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2012'10.12 (Fri)

「光 思い出 行動」

光 思い出 行動


 私は始めから泥棒なんぞに身をやつす気は、さらさらありませんでした。
 いえ、それは誰だってそうでしょうね。少年時代に将来就きたい職業に泥棒を選ぶ人なんているけないでしょうし、ある日天啓を受けたかのように泥棒になろうと志す人も絶対にいないでしょう。
絶対と断言をしてしまいましたが、もしや万に一つそのような御仁がいたならばごめんなさい。いえ、泥棒さんに謝る必要なんてないでしょうね。あと御仁などと丁寧に言わなくてもいいでしょうし、さん付けもいらないですね。
 まあ、そんな私も泥棒を犯してしまったわけなのですけど、だから謙遜しているわけではないですよ。社会的立場を鑑みての批判であることをお忘れなく。
 ああ、考えてみれば怪盗ルパンや石川五右衛門などは、まさしく天に愛された泥棒だと言っても過言ではないのでは。あの人達になら、呼び方にも敬意を表して構いますまい。いましたね。万に一つが。

 さて前置きが長くて申し訳ございません。私の悪い癖の一つです。はい。自覚しているだけでもう二つ三つはあります。それはおいおい知ることになるでしょう。
 なぜ私が泥棒になったのか、なぜ悪事に手を染めてしまったのか、話さなくてはいけないのでしたね。……そうですね。
 はい? ええ、よくお気づきになられました。これは私が考え事をするときの癖です。鼻の頭を親指と人差し指でコネコネしてしまうのです。冬はまだいいですが、夏は指が脂まみれになって適いません。
 では、振り返って参りましょうか。私の過去を。

 幼い頃から気弱でもやしっ子で、物心ついた時にはクラスの片隅で気配を消しながら、昆虫図鑑を眺めている少年でした。
 え、そこからかよ、ですって? はい、今さっき申し上げた通りです。私が泥棒になった経緯を説明するには、幼少期の背景を知っておいて下さった方が良いと感じまして。経緯というよりは、思い出を語るのに近くなると思います。
 ご快諾ありがとうございます。では話を続けますね。私はとにかく気が弱くて、自分から発言など出来ず他人の言うことなすことに常にビクビクしている少年でした。
 保育園で吃音症を患い、クラスメートのみならず保育士の先生からも笑われたのが原因だったと思います。お気づきかと思いますが、私は他人に語るときに一息で 早口に喋りきろうとする癖があります。吃音を隠すためにはこんな風に話すのが一番でしたので。お聞き苦しいと感じることもあるでしょうが、ご容赦下さいませ。
 そんなわけで学生時代は日陰を好み、なるべく存在をクラスに認識させないことだけに執着していました。友達……いませんでしたね。残念ながら友と呼べるほど他人と会話をしませんでしたし、教師以外との会話は年間を通して数える程度でした。今でも中学二年生の時にクラスメートと唯一交わした会話を覚えていますよ。「昨日、二階渡り廊下にこの緑色の筆箱を落とした人。あ、谷垣さんですか。どうぞ」私、美化委員会でした。
 そんなわけで教室の角でうずくまる自爆霊のような学生時代を終えました。今にして思えばイジメに遭わなかったのが奇跡のようなものです。代償として存在そのものを誰にも覚えられないためか、同窓会の案内が来たことは一度もありませんが。もっとも泥棒などしてしまったこの身では、そっちの方が都合良かったのかもしれません。
 関東の国立大学を経て、私は片田舎にある地方銀行に入行しました。はい、そうです。ちょっと前までは銀行マンだったんですよ。そこまで驚かれると恥ずかしいですね。
 根暗ではありましたが反面、勉強だけはコツコツとやっておりましたので学業の成績だけは良かったのです。……まあ、話を聴いて下さい。何故それなのに泥棒なんかにと訝しむのはごもっともです。それでも私は泥棒です。妄言などとんでも無い。どうぞ最後までご静聴下さい。
 面接試験ではさぞかし挙動不審だったのでしょうね。明らかに顔をしかめる人事部の方や苦笑いを禁じ得ない役員の方。それでも採用通知を頂いたのは、やはり高学歴が功を奏したのだと今ならハッキリと分かります。
 ちなみにどこの大学かと? いやはや、気恥ずかしいですね。口で言うのも何ですので、書いていいですか。ちょっとペンを拝借します。……どうでしょうか。ああ、予想通りの反応ありがとうございます。でも、こそ泥になるには学歴なんて必要ありませんから。
 私は実家から遠く離れた地方の銀行を選びました。何故なら、見知らぬ土地で全く新しい自分に生まれ変わりたかったからです。
 学生時代は他人とのコミュニケーションを敬遠してもそれほど差し障りはありませんでしたが、さすがに社会人になっては死活問題になるだろうと自覚していました。そして私は学生時代の自分をあのままで良いと思うほど、心底ネガティブでもなかったのです。
 とにかく最初が肝心だ、まっさらな別人のつもりで頑張ろうと思いました。入行式を経て研修を終えて配属先の支店に着きました。私は頭の中にフレッシュで活力溢れる新入行員を描き、何度もイメージトレーニングを行いました。そしてお決まりの新入社員挨拶。私はこの瞬間、今までの人生全てを賭ける意気込みで精一杯挨拶をしました。
 成功でした。私は完璧に思い描いたフレッシュマンを演じきりました。拍手喝采です。誰もが私を眺める双眸に期待の二文字を浮かべていました。きっと私の面接時の印象を耳にしていたであろう支店長だけが、目を丸くしていましたが。とにかく私は過去の自分とは決別し、支店の皆様は新しい私を快く向かい入れて下さいました。
 私が初めて自発的におこなった行動がコレでした。そうです。生まれて初めての行動です。名誉あるアイデンティティの昇華です。

 新入行員は通常、個人宅へ赴き新規口座の誘致や金融商品の案内などを行う「個人営業」を数年は担当します。女性ならば窓口応対でした。
 ですが私に任された仕事は、企業や商店などに融資を勧めたり相談されたりする「法人営業」でした。自慢に聞こえたら謝りますが、一般の新入行員にはあまり担当させない業務です。良い意味で。つまり私は他の同期よりも頭一つ抜きん出たスタートを切れたのでした。
 これは私に大きな自信を与えてくれました。さらに先輩から仕事のノウハウを習得して感じたのは、さほど難しくはないということでした。融資といっても自らの差配で額を決定するわけでもなく、上司に逐一報告をすれば良いだけのこと。決定を下すのは上司なので、私は取引企業と上司のパイプ役を果たしているだけで上等なのです。
 責任感さえ持っていれば責任を取らされないポジション。期待してくれる上司や先輩。たまに羨望混じりの愚痴をこぼす同期行員。私の生活は非常に安定しており、全てが満たされていました。日陰で怯えていた過去の自分を忘れてしまうほど、私は日なたで目一杯に人生を謳歌していたのです。
 ですが、転機はやがて訪れてきたのです。それが転機だと気付かないほどの小さな綻びが、私の足元をさらっていきました。
 そういえば転機の「転」は、転落の「転」と同じ漢字ですね。だからどうしたと言われてしまえばそれまでですが。
 私が担当をしていた取引企業の中に、とある損保会社がありました。日本全国に展開する大手といっても差し支えのない規模の損保会社でしたので、私はいつも若干緊張しながら店舗内に出入りしていたのを覚えています。ほら、最近もCMを新しくしたあの損保会社ですよ。コアラが出てくるアレです。
 しかし私は努めてポーカーフェイスを装い、その日も損保会社の正門をくぐりました。いつも応対をしてくれた部長さんと通された個室で雑談混じりの対話をしており、そろそろ話も終わりかといった頃です。外線が入ったということで部長さんは席を外しました。あ、部長にさん付けをしては二重敬語ですね。新米の時に先輩から注意をされました。
 私は出された番茶を啜りながら、所在なく個室内を眺めていたのです。木彫りの熊にどこかの国のタペストリー。誰か役員の方のお土産でしょうか。そして壁には損保会社のロゴが入ったカレンダー。お盆休みには実家に帰ってみようか、そんな事を考えていました。
 するとその時、隣からボソボソと会話が聴こえてきたのです。この個室は主に商談用で使われており、四つくらい同じ部屋が連なっていました。
 始めはあまり気にせず聞き流していましたが、その声が段々と切迫したものに変わっていったので、私はおやっと思ったのです。薄い壁一枚隔てた向こう側の人の表情が容易に想像出来るような、本当に思い詰めた声でした。
 不躾ながらも私は気になって聞き耳を立てていましたが、声は徐々に小さくなっていきます。対話している二人が囁くほどになったので私は諦めて湯呑みに手を伸ばしましたが、途端に大きな声が壁越しに聴こえてきたので私は危うく湯呑みを落としてしまうところでした。
 そして耳に入ってきた言葉を聞いて、心臓が縮まりました。
「じゃあ、来期には大規模なリストラが行われるのですか!」
 大声を咎めるしーっという音に続いて、対面していたもう片方の声も耳に届いてきました。
「それだけで済めば、の話だ」
 私は全身を耳にして、壁の向こう側に神経を集中させました。穏やかでない話だということは分かります。ただ、もしそれが損保会社のことだとしたら? 当然ながらメインバンクである銀行は痛手を被るでしょう。
 私はいつの間にかイスをずらし、壁に頬を寄せて泥棒か忍者の如く息を潜めました。まあ、当時はまだ泥棒ではなかったので如く、です。悪しからず。
 しばらくしてから部長さ……部長が戻ってきたので、私は適当に挨拶を済ませて銀行に直帰しました。
 話の全容を直属の上司である銀行の課長に伝えると、彼はみるみるうちに顔色を変えました。この時の私はかなり焦っていたためか、若干吃音症がぶり返していましたが、課長はそんなことも気にせず私を連れて別室に席を移動しました。
 社会人の基本は報告・連絡・相談です。ほうれん草のお約束です。私が耳にしたことは全て課長へ伝えました。あとは上司が如何様にするか判断してくれます。ですが、事態が事態です。私としても報告しておしまい、となるほど楽観主義ではありませんでした。
 今のうちに保有している損保会社の株を売却すべきでは、と進言しましたが、インサイダー取引に抵触する恐れがあると一蹴されました。今にしてみれば大袈裟な話ですが、当時は真剣そのものだったのです。
 上には自分が報告するからくれぐれも余所には漏らさないように、と課長に言い含めその話は終わりました。私は自分の役目はそこで終わったと、力強く頷くことで上司に忠義を示して通常業務に戻りました。
 私はその時に内心、かなり舞い上がっていたと思います。自分の知り得た情報の極秘性に、優越感すら抱きました。損保会社には気の毒でしたが、銀行としても慈善事業で融資をしているわけではありません。沈むと分かっている船から上手く財産だけを吸い上げる方法などいくらでもあるのです。
 これによって、また自分の株が上がるだろう。もしかして出世するかも、と。数年後に名刺の肩書きには何と記載されているだろうかと、ささやかですが夢見てしまいました。この私に、学生時代は日陰者だった自分に、いやしくも出世欲が芽生えたのです。
 私はそのくらい舞い上がっていました。
 それから数ヶ月後、たぶん二ヶ月経ったくらいだと思います。私は課長と共に支店長から呼び出しを受けました。もう損保会社のことなどすっかり忘れていたので、どんな用件だろうと首を傾げました。
 銀行の事務所の奥には、普段あまり人が出入りしない個室があります。大手の融資先との内密な取引などに使用する個室で、防音のためか扉がやや厚めに作られていました。
その物々しい空気漂う個室へ足を踏み入れた私を待ち受けていたのは、支店長の烈しい叱責でした。
 目をつり上げて顔を真っ赤にした支店長は、かなり厳しい言葉で私を罵倒したのです。私はあまりに唐突なことだったので、口をぽかんと開けているのが関の山でした。
 激した様子の支店長の言葉をどうにか繋ぎあわせて、ようやく事態が飲み込めたのです。損保会社の経営が傾いているのは根も葉もないデマである、しかし銀行はデマを信じて融資を渋った、先方は不審に思い支店長にカマをかけて真相を探る、うっかりした支店長は口を滑らせて私のことを言った、先方は大激怒、銀行の信用は地に落ちた、と。
 はい。おっしゃるとおりです。私の責任というよりも明らかに支店長のミスですね。新入りの情報を鵜呑みにしたばかりか、裏付けも取らず口を滑らすなど愚の骨頂です。
 ですが、当時の私はそんな考えに至らないほどパニック状態でしたし、よしんば身の潔白と支店長の失態を糾弾したところで火に油を注いだだけでしょう。
 支店長に合いの手を入れるように部長や課長も私を叱りました。問題が起きた以上、誰かのせいにしなければなりません。その矛先を私に向けるのが一番簡単な方法なのでしょう。組織なんてそんなものです。
 上司三人から袋叩きにあった私は、一言も反論出来ずただ立ち尽くすばかりでした。自分の両足が異様なほど震えていたのを覚えています。
 私、産まれてからこの方、他人様から怒られたことはただの一度もありませんでした。学校の先生や近隣住民ばかりではなく、両親からもです。他人様から疎まれないよう、迷惑を掛けないよう注意深く生きてきましたから。
 ですが私は、社会人になり初めて自我を手に入れました。日陰からやっと日向へ、歩き出せたのです。
 そんな生まれたての自我を、理不尽という圧力で蹂躙された気持ちはお察しいただけますでしょうか。もしも私と同世代の男性なら、がっくり落ち込んだ後に居酒屋で「部長のバカヤロー!」と、くだを巻けば気が済むのでしょう。あ、訂正します。「支店長と部長と課長のバカヤロー!」でした。
 しかしながら私には、そんな術もありませんでした。先ほど言ったとおり、生まれたて赤ん坊のような自我なんて、何かの庇護がなければ呆気なく崩れ落ちるのです。「お前の居場所はそっちじゃないよ」と、日陰から伸びてきた黒い手が私をさらっていきました。
 ああ、ちなみにあくまで喩えですから。本当にその辺の影から黒い手が出てきたわけでもないですし、そんな幻覚も視えません。あしからず。
 その一件があって以来、私は変わってしまいました。正確に言えば、メッキが剥がれてしまった、でしょうか。まず、数年は収まっていた吃音がぶり返しました。
 学生時代と違い、他人との会話を避けても授業に出てレポートを提出していれば済むわけではありません。社内には同僚や先輩もいますし、社外にも顧客はたくさんいます。決して避けてはいけない相手です。
 私は吃音を気付かれたくない一身で、可能な限り必要最低な会話で済ませるようになりました。ですが当然ながら、相手は不審に感じます。その視線がまた、私を追い詰めていきました。
 さらに私の疑心暗鬼は続きます。その日は自分のデスクで事務仕事をしていましたが、とある視線に気付いて顔を上げると数人の女子行員がなにやら談笑を交わしておりました。そしてその中の一人が右手で鼻を摘んでいるのを見てハッとして、私はすかさず机の下に自分の手を隠しました。その手、正確には指には鼻の脂がギトギトとまとわりついていたのです。先ほど指摘されたように、何か考えごとをするとやってしまう悪癖です。
 私はその事を笑われていると思いました。あら見てあの人また鼻を触っているわいやだ脂でぬめぬめじゃないあの指に触れた書類が私のところにくるのかしらん生理的に気持ち悪いわねえ皆さんもそう思うわよねえ、と。
 私は席を立つとトイレに駆け込みました。そして便器に腰をかけ、ガクガクと震える膝を抱いて固く目を閉じました。消え失せてしまいたい、跡形もなく砕け散ってしまいたい、この銀行内で私を知っている人間の頭の中から私の記憶だけをきれいに消去したい。
 私はもう、駄目でした。次の日に会社へ風邪を引いたと言って休みました。その次の日も病欠を告げました。その次の日も同様に休みました。四日目は無断欠勤しましたが、課長の方から電話がきました。何と返事したかは覚えていません。五日目も六日目も無断欠勤しました。誰からも連絡はきませんでした。七日目に課長がアパートへやってきました。
 お前の気持ちも分からなくはない云々、社会とは組織とは云々、これまでの事は気にせず努力を云々、と上っ面の言葉を並べつつも課長は、ちくりちくりと自主退行を促してきました。大っぴらに「銀行に来る気がないなら辞めちまえ!」と怒鳴れば労働基準法に引っ掛かるらしいですね。だから明らかに面倒くさげな顔を隠そうとしない課長に、私はすべてを諦めました。課長はアパートに来てから一度も私と目を合わせてくれませんでした。
 課長が来たときから、いえ正確には無断欠勤をしたときから私の気持ちは決まっていました。なおも言葉を選びながら話す課長の説教を遮って、私は一言「銀行を辞めます」と伝えました。すると課長は一瞬だけ安堵の表情を漏らし、すぐに口を引き締めて「本当にいいんだな」と念を押してきたので、私は無言で頷きました。
 そこからは途端に事務連絡に切り替わりました。有給の消化、総務課でする退行手続き、身辺整理の日程。私も事務的にメモを取り、最後に他に訊きたいことは、という質問に首を横に振りました。
 結局、一度も目を合わせなかった課長を見送り、私は玄関で一つ溜め息を吐きました。肩の荷が下りたと、僅かながらホッとしたのです。これからの生活を考えれば楽観視していられないのに、そのときばかりは情けなくも安堵しました。
 なにやらかにやらと面倒ではありましたが、正式な退職手続きを終えて、ささやかながら催すと誘われた送別会も断り、私はすっかり銀行とは無関係の人間になりました。それから数ヶ月はアパートに引きこもり続けました。外出といえば深夜にコンビニへ食糧を買いに行く程度。安くてお腹に溜まる食べ物を選ぶのが得意になりました。コツとしてはお弁当類は避け、コンビニ独自のロゴ入り商品の食べ物を選ぶことです。何気にリーズナブルで容量がたくさん入っているのです。味も悪くありませんし。
 しかしそんな生活が出来るのも失業保険が適用されている期間だけでした。三ヶ月もすれば収入がゼロになります。貯金も少しはありますが、月々の生活費を計算しても向こう一年ほどしか保ちません。
 私は嫌々ながらもハローワークへ行きました。生活のためには働かなくてはいけません。糊口を凌ぐには労働あるのみです。
 しかし、そうは分かっていてもいざ再就職先を決めようと思うと、二の足三の足を踏む自分がいました。職種にこだわりはありませんでした。そこまでぎちぎちに肉体を酷使する仕事でなければ。
 ですがその新しい職場に自分が馴染むという姿が、全く想像出来ないのです。また同じミスをするのではないか、吃音がバレないか、イジメの標的にされないか、人前で鼻を弄る癖を治せるか。イメージは悪い方へと流されがちでした。
 それでも私は一念発起して、警備会社を選びました。労働時間が深夜ということで昼夜逆転したニートの身なら適合も早いだろう、と。それにあまり人と接しなくていい職種だろうと高を括っていたからです。
 なんとか面接をパスし、採用通知も頂いて私は警備員となりました。しかしそれも二ヶ月も続きませんでした。
 人と接する機会が少ないと思った私が浅はかでした。私が配属された警備は企業や店舗などの施錠確認と巡回でしたので、待機時間が思いの外、長いのです。一人で仕事をするわけでもないので数人のグループで行動を共にするのですが、これがまた苦痛でした。
 まず話が合いません。同じグループになった彼らが話題にするのは大抵がギャンブルの話ばかり。あとは合コンでつかまえた女性が云々、風俗で胸が大きい女性と云々、口にするのもはばかられる事ばかりでした。
 終始そんな調子なので、話を振られてもまともに受け答え出来るわけがありません。は? 今なんとおっしゃいました? これまでお付き合いした女性? 友達もいなかったのに、どうやって特定の女性だけと親密な間柄になれるのでしょう。何故、それを今きいたのか意味がわかりません。
 ……さて、話が逸れましたね。勤めて一週間もしないうちに、今回の職場は長くないと感じましたが、生活のためにと我慢をして警備員を続けました。ですが結局辞めてしまったのは、彼らが私をからかい始めたからでしょうか。
 待機室と称された休憩所で、黙って空気と化していた私を、ある一人の男性がニヤニヤ笑いながら指差したのです。俺も男だてらにぺらぺら喋るやつだと言われるぜそれは自覚しているさしかしようただ寡黙なら格好いいわけじゃないだろジッとしていてイケメンなのは高倉健か谷口先輩くらいっすなに谷口先輩を知らない俺の高校時代の先輩っす今は地元で大工やってるっすだから男でも口が上手くなけりゃ女が寄ってこないって話ですよ面も十人並みなのに寡黙なんて単なる根暗っす別に誰のことは言ってないっすただそんなやつがいたらキモいぜって話っすよニヤニヤ、と。たぶん年下であろう青年に私は嘲られました。
 その時点で私は退職を決意しました。確かに無視をするか、反発するかモーションを起こしても良かったでしょう。しかし私がそんな勇気ある行動をすると思いますか。出来ません。自慢にもなりませんが、自信をもって出来ないことを宣言します。
 やられる前に逃げる。銀行を辞めたのをきっかけにすっかり逃げ癖がついてしまった私は、今度はきちんと段階を踏んで退職の手続きをしました。思い立ったが吉日とばかりに退職しようと思ってもスムーズに退職させてもらえないのが社会です。
 まずは上司であろう人間に退職の意向を告げ、人事か総務へ話を通してもらいます。そして退職願いの下書きをもらい自筆で清書。その間に身の回りの整理を進め送別会は丁重にお断りしておきます。そして区切りよく月末に挨拶をして晴れて退社です。完璧です。
 これでまた、虚しいほどに清々しく自由の身になった私は、アパートに引きこもりました。そして失業保険が切れるまでの間「何とかしなくては」と「しかしながら」を行ったり来たりする毎日を送っていました。
 ですがそんな私にも転機が訪れます。この転機こそが私にとって一番の理由になるのです。はい、お待たせしました。泥棒になるべくしてなった理由です。
 それは母からの電話でした。
 お久しぶりですね。元気にしていましたか。ママです。
 覚えているかぎり母の言葉をそのまま話します。我が家では親子間でも敬語を用いる慣わしになっています。他人行儀などと申す人もいますが、物心ついた頃からそうなっていますので、私は不思議に思ったことは一度もありません。
 今は忙しくありませんか。お話していて大丈夫かしら。あらそう、じゃあ。……ああ、どこから話しましょう。落ち着いて聞いてちょうだいね。ママもまだ混乱していてどうすれば良いのやら。そうね。まずは私が落ち着いきましょう。少し深呼吸をする時間をちょうだい。……ええ、いいわ。じゃあ、落ち着いて聞いてちょうだい。実は、パパが入院をしたの。
事故じゃなくて病気です。そうなのよ。あの元気なパパが病気で入院ですよ。だから落ち着いて聞いてとあらかじめ前置きしたじゃないですか。だってパパ、今も毎朝ラジオ体操を欠かさないし、最近は晩酌も木曜日は休肝日にしたわ。孫の顔を見るまで死なないって張り切っていたもの。そういえばあなた、彼女は出来たかしら。うふふ。……そうですね。今はそんなこと関係ないわね。
 それがね、一昨日の夜だと思います。夜中に寝ている時、急に頭が痛いと言い出したの。はじめは寝言だと思いました。だってパパ、イビキも掻くし歯軋りもするの。寝ている時の方がうるさいから、てっきりその類かとママは気にせず寝ようとしました。でもパパ、今度は私の肩を掴んで痛い痛いって言うから、もしかして本気で痛いのかしらって不安になったの。すると今度はパパが頭を抱えて唸り始めたものたがら、私もう一気に慌てちゃって。すぐに救急車を呼んだの。本当は一度、間違って110番に電話しちゃったけど、内緒ですよ。うふふ。
 病院に行ってすぐに精密検査をした結果、脳梗塞でした。ママ、目の前が真っ暗になりました。あんなに健康に気を遣うパパが何故、脳梗塞にならなければいけないのか。もしかしてママの目を盗んで余所でお酒を飲んでいたのかしら、そして横には若い女が……。問い質そうにもパパは昏睡状態でしたから答えてくれません。
 そんなわけでね。まだパパは起きていないけど、お医者さんの診察では目が覚めても後遺症は残る可能性が極めて高いそうなのです。足や手が動かせないか、言葉が不明瞭になるか。とにかく仕事を続けるのは難しいかもしれませんけど、問題は当面のことなのです。入院費や手術代でかなり費用が掛かるらしいのよ。ママ、今になって後悔しています。やっぱり医療保険くらいは入っておくべきでした。パパがあまりにも元気で健康だから油断していたのです。ああ、後悔先に立ちませんね。
 そこで親の立場からこんなことを言うのは非常に恥ずかしいですけど、あなたからも手術代を少し負担してもらいたいのよ。医療ローンもあるみたいだけど利子が、ねえ……。パパも仕事に復帰できる保障もありませんから、ローンを組むのも気が引けるのよ。あなた、前に貯蓄はきちんとしているって言っていましたね。息子の貯えを当てにするなんて親として情けない限りなのは重々承知です。でも、頼りになるのはあなただけなのよ。ママも未だにパニック状態でどうすれば良いやら。助けてちょうだい。
 ……ああ、なんて優しい息子でしょう。ママはあなたを誇りに思います。いけない。また涙が出てきました。本当にありがとうございます。
 ではまた詳しいことが分かったら電話しますね。パパが一日でも早く目を覚ますのを二人で祈りましょう。そして目が覚めたら、隠れてお酒を飲んでいなかったか一緒に追及しましょうね。

 ……以上です。もちろん貯えなんて最早、雀の涙でした。そして実は私、銀行を辞めたことを両親には伝えていなかったのです。浅はかな見栄と心配を掛けたくないというのが理由でしたが、まさかそのせいで墓穴を掘るとは思っていませんでした。
 私は頭を抱えてしまいました。きっと一昨日の夜に父もこういう風にしたとは思いますが、うずくまって頭を抱えてしまいました。母に本当のことを伝えてしまおうとも思いました。貯金なんて底が見えており無職であると。しかしそれを伝えれば、母のことです。卒倒するでしょう。看病している側の人間が倒れていては、病院の方々に迷惑をかけてしまいます。
 しかしながら親を見捨てるわけにはいきません。こんな私ですが、子が親に対する正しい愛情を持ち合わせている人間であると自覚はしています。でも先立つものはない。愛情をお金に換金出来たら、どれほどか良かったでしょう。
 そんなどん詰まりの状態の私に突然、悪魔が囁いたのです。本当に頭の中に他人の声が響いたように聞こえました。「振る袖がないなら、余所から千切って持ってくればいいんじゃないか」と。
 心臓が冷たくなった直後、頭がカッと熱くなりました。なんて恐ろしいことを考えてしまったのかと憤りましたが、悪魔の囁きは私の心から離れませんでした。
 一度そうなってしまうと、都合のいい大義名分がボロボロと溢れてきます。育ての親を救うため、これは私利私欲ではない、汚れ役は自分が引き受ける、また父の喜ぶ顔が見たい。
 身勝手な大義名分です。ただ救いたいなら医療ローンを組めば済む、私利私欲のためではなく見栄のため、ヒーロー気取りなんてはた迷惑、そんなことをして喜ぶ親がいたら逆に見てみたい。今になってみれば当たり前なことです。
 ですがこの時の私は真剣に悩んでいました。それはもう、三日三晩悩みました。二日目の夕飯を抜くほど悩みました。鼻の脂がカラカラになるほど悩みました。そして至った結論が、悪事に手を染めることでした。もう、それしかなかったのです。
 それから私はさらに考えました。続けて三日三晩考えました。二日目の昼飯はパスタにしました。鼻の両脇があかぎれのようにヒリヒリするほど考えました。
 手早くお金を得るには強盗か泥棒だろうと決めました。一番有名なのは銀行強盗でしょうが、銀行のセキリティが強固なのは私が一番よく知っています。それに凶器を突きつけ大金を要求するとき吃音が出てしまったら、窓口の女性行員から笑われたら。と考えると恥ずかしさのあまりに悶絶してしまいます。
 ATMをショベルカーで持って行くという斬新な強盗もありますが、残念ながら私は重機を操るどころか普通自動車免許すら持っていません。ここだけの話、自転車も乗れないのですよ。
 コンビニ強盗をしたところで僅か十万円程度。一般店舗にしても同様でしょう。意を決して悪になろうと思って改めて気付きましたが、この世の中では普通に働くより泥棒をすることの方が難しいようです。もっともそうでなくては、治安維持のために警察官の雇用が高まるでしょう。おや、それはそれで就職難に困る昨今の情勢に新たな光が!
 私は全く良案が浮かばず、安いスナック菓子を頬張りながらテレビを眺めていました。こんなヒマがあったなら、ハローワークに行って新しい就職先を見つける努力でもすれば良かった、と舌打ちしながら。
 その時です。何気なく観ていたニュース番組の字幕にとんでもない閃きが生まれたのです。
 私はスナック菓子を放り出してテレビにかじりつきました。そのニュースは「個人情報漏洩」に関する特集でした。
とある企業が顧客情報一万人分を流出、ある役所では住民情報七千人分を紛失。その流出に対する被害と信頼の損失を事細かに説明していました。
 私はそのニュースを見終わるやいなや、ノートパソコンを開き情報収集に勤しみました。それは個人情報の値段について、です。
 泥棒になろうと決意はしたものの、やはり人様の金銭を奪うのは気が引けました。僅かながら残された良心か、はたまた単なる腰抜けか。しかしその奪うものが、ただのデータでしたらどうでしょう。数千人近くの名前と住所を手にすることに罪悪感は抱くでしょうか。そうです。私は少し個人情報を失敬して、それを必要とする場所に安価で売りつけるだけなのです。
 いくらネット上とはいえ、大っぴらに個人情報買いマス! などと謳うサイトはありませんでした。しかし 情報の片鱗はあちらこちらに落ちているもの。名前と電話番号なら一人何円、メールアドレスは何円くらいじゃないか、といった具合にやはり私以外にも興味を持つ人間は少なくないようです。
 そして私はついに裏サイトを発見しました。パッと見は自宅の猫さんの観察ブログですか、どうやらそれはカムフラージュだそうです。スクロールしていった一番下のバナーをクリックすると、そのサイトに行き着きました。余計な装飾が一切なく、黒の背景に明朝体で一言「個人情報取引サイト」と題名があるサイトでした。
 私は唾を飲み込んで表示された値段レートを見ました。名前と住所と電話番号がセットで一人二百円。そこにメールアドレスが入れば百円上乗せ。携帯番号ならいくら上乗せ。家族情報ならいくら上乗せ、でした。
 私は卑しくも得意の暗算を使って計算しました。私の高校時代の卒業生が三百名。ということは卒業アルバム一冊で六万円。同じように中小学校を足せば十八万円。これはなかなか興味深い値段です。さすがに大学の卒業アルバムは名前だけなので価値はありませんが、私が流れるままに過ごした学生時代のお値段は、十八万円という価値が付くのです! 感慨深いものでした。
 例えばこれが、五千人分の個人情報なら百万円。一万人なら……二万人なら……。私はベッドに寝そべって溜め息を吐きました。
 他人に興味を示したことなんて一度もありません。ましてや誰がどこに住んでいるか、教えてあげようと言われても頑なに断ります。ですがそんな興味の欠片もない情報群が、とんでもない金銭に化けるなんて! まことに恐ろしい世の中ではありませんか!
 ですが一万人も二万人もの情報がどこにあるのか、皆目見当もつかないと思いましたが、私はすぐにピンときました。そこに気付いた自分を褒めてあげたかったです。私は泥棒を犯す大義名分に、新たに「復讐」という二文字を足しました。
 全国展開をしているおかげで、個人情報なんて十万も二十万も有している企業を私は知っています。銀行時代に融資担当をしていた損保会社でした。
 あそこならさぞかし値段のお高い個人情報を大量に保有しているはずです。一人分で三百円も四百円にもなるでしょう。それが一万人分……私は興奮を禁じ得ませんでした。
 幸いにも銀行時代に、損保会社の社内をあちこち歩いているので目的経路は明るいです。いつも相手をしてくれた部長より、従業員へお得な情報があったら好きに営業していいとありがたい計らいを頂いていましたので。おかげで建物内の部署へ隈無く顔を出しています。向こうから気さくに声を掛けてくれる人いましたし、顧客の悪口を愚痴る社員もいました。    だから一般的な取引業者よりも内通した情報を私は得ています。
 思い立ったが吉日です。私は身支度を整えると、足取り軽く外出しました。

 午後二十時。最後の社員が最寄り駅に着くまで後を追い、電車に乗るのを確認して、私は踵を返しました。途中にある薄暗いビルとビルの隙間で黒い服装に着替えます。そのまま明るい場所は避けて、損保会社の社員通用口に戻ってきました。
 閉め番の社員が施錠するのを確認したので中には誰もいません。さらには電車に乗るのも確認したので引き返してくることもないでしょう。
 私を大きく伸びをして首をコキコキと鳴らしました。今夜は月もなく、私の姿はすっかり闇に溶け込んでいます。どこからどう見ても立派なこそ泥です。
 忍び足で通用口へ歩み寄り、施錠されているはずのドアノブを捻ると、扉はすんなりと開きました。私はニンマリと微笑みました。
 トリックは簡単です。閉め番の社員が帰る直前に少し細工をしました。扉の近くに誰もいないのを確認し、カギを施錠モードにして扉に引っかかっておきました。 旧式のタイプのカギで、ドアノブのボタンを押してから、ドアノブを回すと施錠するというものです。大手企業の割にはこういうところは手薄だったりします。
 何も知らない社員は扉をくぐり、施錠するつもりでカギをひねります。しかし先に既に施錠をしていたので、彼は実は解除してしまっていたことに気付いていませんでした。
滑り込むように社屋内に侵入し、私は素早く周囲を見渡しあるもの確認しました。警備保障会社のアラームです。
 通常、閉め番の社員が帰った後に警備保障会社の警備員が見回りにくるのですが、それが済むとアラームが赤ランプに切り替わるのです。しかし現在、アラームは緑。警備員はまだ来ていないようです。私の調査では警備員が見回りに来るのは午後二十時半頃。三十分で仕事を終えなくてはいけません。
 仕事、というと何だか格好良いですね。頭の中に例の時代劇のテーマソングが流れるようです。
 最近では施錠と同時に警備保障会社へ連絡がいくような装置が一般的ですが、どこまでも大ざっぱな企業です。管理体制をなんだと思っているのでしょうか。まあ、おかげでまんまと侵入した私が言えた義理ではありませんが。
 私は常備灯の明かりを頼りに暗闇を駆けました。しんと静まり返った建物内に私の足音だけが響きます。その足音が焦っているように聞こえたのは仕方がないことでしょう。
 お目当ての部署に到着し、私は一度だけ受付台に置かれた部署表示プレートに目をやりました。「顧客管理部」。狙って下さいと言わんばかりの部署です。部屋の配置は昔と替わっていないようでした。
 一番近くにあるデスクのパソコンの電源を入れます。カタカタという旧式のハードディスク独特の音と強風のようなファンの音が室内に響き渡りました。昨今の掃除機だってもう少し静かだろうと嘆息してしまいたくなる音です。ビル管理セキュリティーですら旧式なら、顧客情報を管理しているパソコンも旧式で当然なのでしょう。
 私はOSが二つほど前の世代のお爺ちゃんパソコン(お婆ちゃんかもしれません)がのろのろ立ち上がっている間に、何気なくデスクを見渡しました。
 脈略のない揃い方のキャラクターペンが刺さったペン立て。ブックスタンドで立てかけられたファイルの数々。写真立てには家族でバーベキューに行った時のものが。写真に写る顔を見てぼんやりと思い出しました。以前に個人営業をおこなった四十歳くらいの女性です。
 私が定期預金のご案内をしようとしているのに、この女性はまったく聴こうともせずに姑の悪口をひたすら喋っていました。誰でもいいから愚痴りたい性格だった ようです。私はげんなりして粗品の卓上カレンダーをプレゼントすると、その一瞬だけ気前よそうな顔になったのが印象的でした。
 しかしその卓上カレンダーは、今は別の物と入れ替わっていました。銀行のロゴは同じものでしたので、私が辞めたあとの誰かが持ってきたものでしょう。
 私はその卓上カレンダーを払い落としたい気分になりましたが、犯行現場に不必要な形跡を残すのはマズいと思い我慢しました。ただ、情報を盗むのにこの女性のパソコンで良かったとほくそ笑んだのは覚えています。
 程良くカリカリ音もおさまったパソコンを前に、私は椅子に腰を下ろして背負っていたバッグからメモリースティックを取り出しました。そしてそれをUSB端子に差し込むと、フォルダというフォルダをコピーペーストしてメモリースティックへと移し始めました。
 お金や物を盗めば当然ながら、発覚した段階で捜査が入ります。しかしこの方法はどうでしょう。データを移行ではなくコピーペーストならば盗難の痕跡が一切残りません。そして私が売った個人情報にしても、あのサイトが摘発されない限りは公にされることはないのです。なんという完全犯罪ではありませんか! 私、柄にもなく興奮してしまいました。
 データを吸い取っている間に社内ウェブでも閲覧してやろうか、とマウスを操作した時でした。私はディスプレイに小さく表示されたウィンドウを見てギョッとしたのです。データ転送まで残り二十分と表示されていました。
 大量のデータをいっぺんに移行すればそれなりに時間が掛かります。さらにパソコンは年季の入ったヨボヨボマシーン。時間はさらに掛かるはずです。私は慌てました。計算ミスです。
 二十分なら警備員が来るまでデータは吸い取れるはずです。しかしそれはあくまで憶測の話であって、今日担当の警備員が時間前行動派の人間だったらアウトです。インド時間のゆったり派が来る可能性もありますが、可能性は可能性でしかありません。
 途中でメモリースティックを引っこ抜いてしまおうか、しかしここまで来ておいてそれは勿体ない。いっそのことパソコンの本体ごと持ち去っては、いやいやそれではまんま盗難になってしまう。私は葛藤に悩みました。焦らすようにパソコンのファンも大きく唸ります。
 脂と汗でぐちょぐちょになった鼻の頭を指で揉んでいた時でした。私は何気なく、本当にふと首を横に向けたのです。次の瞬間、私は奇声を発して椅子から転げ落ちました。何と言って叫んだかは覚えていません。ただ奇声を上げたのだけは確実です。
 人が立っていました。暗闇の中にぼんやりと人が立っていたのです。
 私は口から心臓が飛び出しそうになるのを必死に堪え、地べたを這いつくばりながら後ずさりました。その人がいつから立っていたのか分かりません。私が目の前に集中していたからかもしれませんが、まったく気付きませんでした。犯行中にまさか隣を取られようとは。泥棒失格です。いいえ、もとから泥棒の才能はないのです。
 私はとにかくパニック状態でした。幽霊かと思いましたが、それならそれで構いません。むしろこの状況なら幽霊の方がマシでしょう。まさか幽霊が義憤に駆られて警察へ通報するわけありませんから。
 人間です。相対しているのは生身の人間であると本能レベルで分かりました。
 私は腰が抜けたのか立ち上がれずいました。もとより脚がガクガクに震えていましたし。しかし右手だけはまともに動きました。椅子から転げ落ちると同時に、素早くポケットに忍ばせておいた折りたたみ式ナイフを握っていたのです。
 いえ、違います。あくまで自己防衛手段のつもりで準備しただけです。万が一に備えてポケットに忍ばせていた程度ですもん。刃渡りだって僅か十センチですもん。
 しかしながら、この時の私はとにかく錯乱していたので、相手の出方次第ではどんな行動を取るか自分でも予測不可能でした。相手が向かってきたのならば、私は鋭利なナイフを力任せに振るっていたかもしれません。
 ですが、その人はむしろ後ろに一歩引いて、両手を挙げたのです。暗かったせいか相手がどんな顔をしていたか見えませんでしたが、明らかにこちらを警戒しているようでした。そして次に口にした一言が、私の精神を混乱の淵から正常へと戻したのです。
「お前も、か」
 はい。確かにそう言いました。
 声は小さくて滑舌も良くありませんでしたが、その人ははっきりとそう言ったのです。私はナイフを握り締めていた手をゆっくりと離し、目の前の人間を改めてまじまじと見つめました。
 その人は上下ともに黒のジャージを身にまとい、頭には深めに黒のニット帽を被っていました。靴もご丁寧に黒です。
 まるで鏡でも見ているようでした。私もその時、ほぼ同じ格好をしていましたから。もっとも私の場合は黒の野球帽でしたが。
 そして私は吟味に吟味を重ね、一言だけ言葉を絞り出しました。
「あなたも、ですか」
 すげなくその人は首を縦に振りました。私は両肩に乗っていた緊張感がドッと降りたのを感じたのです。

 しばらくお互い見つめ合っていましたが、先に動いたのは向こうでした。
「立てるか」
 挙げていた両手を下ろしながら訊ねました。言い方はぶっきらぼうでしたが、声音がまだ緊張しているみたいでした。
「あ、はい」
 私ものそのそと立ち上がります。そしてまた沈黙が流れました。
 まさか予想だにしていなかった状況が起こりました。警備員や損保会社の社員と鉢合わせしたらどうしよう、という懸念はありました。でも、これは考えてもみなかったケースです。私が泥棒として未熟なわけではありません。プロの人でも絶対に予測できないケースだと思います。
 泥棒に入った先で別の泥棒と鉢合わせするなんて。万に一つが見事的中した気分でした。もしも泥棒マニュアルなんていうものがあったとしても「別の泥棒に遭遇した場合の対処法」という項目はまずないでしょう。そのぐらいイレギュラーです。
 お相手さんもそうなのでしょう。私みたいにそわそわと挙動不審な態度は露わにしていませんが、目つきがまだ警戒を怠っていませんでした。お互いがイレギュラーな展開に、動けないまま時間は過ぎていきます。
 このまま硬直状態でいるのも困ります。私は目的があって泥棒をしているので。ですがそれはお相手さんも同じなのでしょう。沈黙を破ったのはまたしても彼の方でした。
「データを?」
 カリカリと音を立てるパソコンを指差して訊ねてきたので、私はコクリと頷きました。
「あなたは?」
「俺も、だ」
 どうやら目的まで一緒なようです。いやはや、参りました。
「あの、もしよければ先にいかがですか。私のはもう少し時間が掛かりそうなので」
 彼は呆気に取られた顔で私を見ました。何を言っているのでしょうか、自分は。譲ってどうするというのでしょう。コピー機の順番待ちでもあるまいし。自分の及び腰にほとほと呆れてしまいます。
「え、いや。でも、あんた」
「いやいや。良いのです、本当に。困ったときはお互い様ですから。ハハハ」
 ああ、こんなにも自分の後頭部を叩いてやりたい気分になったのは初めてです。情けないったらありません。
「それに早くしないと、警備員が来てしまいますから」
 すると彼は一瞬だけ背後に視線を泳がせました。私はおや、と思いましたが彼の続く言葉に気を取られてしまいました。
「警備員はこない」
「えっ。こないんですか」
「ああ」
 これはまた驚かされました。私は彼との間を一歩詰めました。
「何故そんなことが……。はっ、まさか。お仲間さんがいらっしゃるのですね」
「ん。まあ、そんなところだ」
 私は感嘆の声を上げて、その場にしゃがみ込みました。これはやられました。彼は私と同類だと思っていましたが、とんでもない。単独犯ではなく組織犯だったのです。私みたいなペーペーのこそ泥ではなく、チームとして動くベテラン泥棒さんだったのです。
 なんだか急に頼もしく感じ、私は笑みを漏らしました。
「では、焦らずに犯行をおこなっても差し支えないのでしょうか」
「そうだな」
 実に清々しい気分でした。それまでの懸念材料が一気に解消されたのです。私は立ち上がると近くにあった椅子を彼に勧めて、自分もパソコンデスクの椅子に腰を下ろしました。
 彼は椅子に腰掛けても背もたれに寄りかからず、手を膝に置いて常に視線を周囲に配っていました。なるほど、さすがプロの人は違います。どんなときも油断はしないということですね。私も倣って腕を組み何かを考えるふりをしてみました。
 不思議なことに、私は先ほどまでの不安感はまったくありませんでした。何故でしょう。彼に仲間がいるとしても、私の協力者というわけではありません。しかし、赤信号みんなで渡れば恐くない心理、とでも名付けましょうか。私以外に同じ方法で悪事を働こうという人間がいると知るのは、想像以上に心強いものです。
 私はチラッとパソコンに表示された残り時間を確認しました。データ移行まであと十八分です。まだ二分しか経っていなかったのか、はたまたパソコンの処理能力が低く表示よりも時間が掛かっているのか分かりませんでした。
「あんた、なんでこのデータを」
 ふいに彼の方から話しかけてきました。私は思わず腕組みを解いて背筋を伸ばします。
「はい。何でしょうか」
「なんでこのデータを吸い取ろうとしているんだ」
 私はどう答えればいいか、鼻の頭をいじりながら考えました。ああ、やっぱり思案中のときには鼻に触れている方が自然に感じます。
「個人情報を裏サイトで販売するためです」
ふむ、とごちて彼はしばらく視線を落としました。そして顔を下向きのまま改めて訊ねてきたのです。
「なんでまた、泥棒なんかに」
 私、恥ずかしながらこの時に少し嬉しかったのです。これまで他人に興味を抱かれたことがなかったので、どんな質問であろうと私の事を知りたいと思ってくださったのですから。
 もしかすると若干、顔が紅潮していたのかもしれませんが、幸いにも暗闇で助かりました。
「そうですね。まずは生い立ちから話すべきでしょう」
 私は姿勢を正し唇を舌で濡らしてから、つらつらとこれまでの半生を語りました。
 はい。そうです。語った内容は今まさしくあなたにお話している内容とほぼ同じです。まあまあ、げんなりなさらないで下さい。彼は眉一つ動かさず最後まで聴いて下さいましたよ。もうすぐ終わりますので懲りずに聴いて下さい。

 話を終えてパソコンを見ると、いつの間にかデータの移行は済んでいました。思ったよりも長話になっていたようです。
 私はメモリースティックを引き抜くとバッグの中に入れ、念のためにハンカチでマウスの指紋を拭き取りました。その動作を一通り眺めてから、彼はぽつりと呟いたのです。
「あんたなりに辛い事情があったんだな」
 私はハッと彼を見ました。笑うわけでもなく憐れむわけでもなく、ただ無表情のままでしたが、それが彼なりの優しさに思えました。私の半生を知って、さらに理解してくれました。
「しかし、しかしです。結果的には泥棒に身をやつしてしまったのです。誉められたことではありません」
「誉められるだけが人生じゃない。生きてこそ、生きているだけで上々じゃないか」
 ああ、情けないことに私はその時に目頭が熱くなってしまいました。
 もしかしたら私は、ずっとそのセリフを誰かに言ってもらいたかったのかもしれません。生きているだけで上々……そうです。日影に隠れて生きてきましたが、それでも私は生きているのです。ただそこに存在しているだけの生命体ですが、そこにいるという事を認めて欲しかったのでした。
 新しい世界が開けた気分でした。偽ることをしなくても私は私らしく生きていけるだろう。この出会いは神様が与えてくれた素敵な偶然なのかもしれない。
 そして私は少し羨ましく思えました。彼には仲間がいるのに、私は一人です。彼には彼を理解してくれる仲間がいるのでしょう。私も、そちら側へ……。
 うっかり心の声が外に漏れたのかと思いました。そう思わざるを得ないほど、彼の言葉に私は衝撃を受けたのです。
「あんたも俺達の仲間になるか」
 生まれてこの方、誰かに何かを誘われたことなど一度もありませんでした。小学生の時に一緒にトイレへ行こうと声を掛けられたことはありませんでした。中学生の時に一緒に帰ろうと声を掛けられたことはありませんでした。高校生の時に体育でマラソンを一緒に走ろうと誘われたことはありませんでした。大学生の時にコンパへ……ああ、もういいですか。しつこくてごめんなさい。
 とにかく、私はその時に人生で初めて、誘致を受けたのです。しかもそれが泥棒の組織! なんと数奇な運命! 駅前にいる妙な宗教勧誘にすらスルーされる私が!
 初めに私、天に愛された泥棒なんて五右衛門やルパンくらいだと断言しましたが、この時ばかりは自分もそういう選ばれし者だと確信しました。なるべくして泥棒の覇道に招かれたのだと。天啓なるものを信じずにはいられませんでした。
 気付けば私は立ち上がっていました。そして怪訝な表情を見せる彼に深々と頭を下げました。
「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」
 ハッキリとどもらずに言えました。引きつり笑いをする彼に、私はニカッと口角を上げてみせました。今さら冗談でしたと言われても駄目ですよ。この世の財宝を全て盗み尽くしましょう。
 すると程なくして、彼が背中にした通路から足音が聴こえてきました。もしも私が猫だったならば、確実に耳がぴんと立ったことでしょう。
「お仲間さんですね」
「ん。まあ、そうだ」
 通路にぼんやりと白色の光が舞います。お仲間さんは懐中電灯を持っているのでしょう。その明かりが徐々に光量を増すごとに足音も近付いてきます。
 私にはその光が、これからの新しい未来を照らす光に見えました。
 私は背筋を伸ばしてお仲間さんが部屋に入ってくるのを待ちます。彼は反応を示さず、ただ椅子に腰掛けていました。
 懐中電灯の明かりが通路から室内に入ってきました。入り口付近をなぞるように光が当たった頃に、懐中電灯の主も室内に足を踏み入れてきました。
 ああ、この人が私のお仲間第二号ですね、と思った時に明かりは私を照らしました。
 眩しくて顔を背けました。そして薄目を開けて正面を向くと、光の奥に見えたものが。腕の輪郭と手に握られた円柱状のもの。その瞬間、両目に激痛が走りました。
「がはっ!」
 何事かと身をよじり叫ぼうとしましたが、私の目に当てられた霧状の飛沫物が気管にも入り込んだようです。途端にむせてしまい声が出せず喉を押さえた矢先、私はあっという間にうつ伏せに地べたへ組みふせられました。
「芝田、大丈夫だったか! 簡易拘束具で両腕を縛れ!」
「それよりも田辺さん! 警察へ連絡は!」
「さっき勝元が電話した! 今にやってくる! こら! 暴れるな!」

 私がある事を思い出したのは、パトカーに乗せられた辺りでしょうかね。
 最近の警備員は泥棒の装いで巡回をおこなう場合があるそうです。もしも万が一に犯人と遭遇しても、泥棒の振りをしていれば刃向かってこられる心配がないとか。
 さらに警備員は防犯上、同じ施設に数分以上留まると本部に連絡がいくようになっています。警備員が巡回施設で盗みを働く場合もありますから。ばったり犯人に出くわした時には、可能ならば話をしてその場に留めておくこと。その間に他の仲間が駆けつけてくれるそうです。
 この話は私が警備保障会社を辞める直前、小耳に挟んだことでした。当時はそんな上手くいくわけないと鼻で笑っていましたが、効果は絶大だったようです。私が身を持って保証します。

 供述は以上です、国選弁護士さん。今まで私が話した事に嘘偽りは一切ございません。全て事実です。
 自白をすれば多少は罪が軽くなると聴きましたけど、実際はどうでしょうね。でも出来れば罪は軽くして頂くとありがたいです。父もまだ昏睡状態で様態は思わしくありませんから、母への負担が心配です。それに父が目覚めた時には傍にいてあげたいのです。私も気になります。父が本当に女性のいるお店で隠れて酒を飲んでいたのか。
 これも何かの縁ですので、弁護の方も何卒宜しくお願い致します。

 おわり

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