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2009'09.06 (Sun)

お礼をしたがる母親の場合 後編


【More・・・】

ホッとしたのも束の間。お母様は聖歌隊達に挨拶もそこそこ、急ぎ足で移動する。てっきりガーデンで新郎新婦の姿を見に行くのかと思いきや、何故か入り口の扉を開けて出て行った。お母様の考えがさっぱりと掴めないながらも、その尋常ならぬ様子に私も後を追う。これまでの行動から察するに、きっと誰かにお心付けを渡したいのだろうが、その誰かが思い当たらない。チャペルのアテンダー役
の緋村に聖歌隊、パイプオルガン奏者、そのぐらいしか従業員側らしい人物はいなかった気がするが……。
が、いた。私はまさかと思いお母様の後を追った先にいる人物に注目する。ドイツ人牧師のケンだった。私は少し駆け足になってお母様に追いつこうとする。あまり近寄り過ぎては監視しているようで気が進まなかったが、この時ばかりは後悔した。あの敬虔を通り越して堅物な牧師にお心付けを渡した日には……!
だが、私の制止は間に合わず、お母様はケンを呼び止めるとおもむろにバッグからポチ袋を取り出した。微笑みを浮かべながらそれを差し出すお母様を前に、ケンの顔がみるみるうちに紅潮していく。

「チップなんてふざけないでっ!僕はボーイサンじゃないよっ!」

間に合わなかった。元々白人の彼は顔が真っ赤になると、童話に出てくる赤鬼のようだ。目をつり上げて憤怒するケンに、お母様は事態が掴めず呆気に取られる。

「いえ、あのですね牧師さん。うちの子達のために一生懸命して頂いたので、感謝の気持ちと思いまして……」

「一生懸命やるだなんてアタリマエだよ!僕がチップを貰わなかったら頑張らない牧師だとオモッタの!?とんでもないブジョクだっ!」

「違うくて……本当に気持ちといいましょうか……。あれです、お布施って思ってもらえれば」

「お布施って、あなたクリスチャン!?違うデショ!僕は毎回きちんとフェリスタシオンさんからオカネもらってるよ!それなのに何でアナタからも貰わなくちゃいけない!?これは私だけじゃなく神への冒涜でもアルよ!」

文化の違いなのか、性格の問題なのか、まさかお母様はここまで激怒されるとは思わなかったのだろう。お母様にしてみればただ単に感謝の気持ちを示したいだけなのだろうが、それが相手にとっては失礼に当たる場合もある。それでもなお、お心付けを差し出そうとするお母様を、ケンは手を激しく振って遮る。そして一言、「No!!」と告げると肩を怒らせて去っていってしまった。
日本には「お客様は神様」という言葉があるが、ケンにとって神はそんな不特定多数な存在ではなく、唯一絶対なものらしい。きっと我々もお客様も、神に仕える自分よりも下の存在なのだろう。
宗教というものはこれだから難しく、ややこしい。


その後、シュンとうなだれるお母様を文化の違いだから仕方ないと宥め、新郎新婦やゲストが待つチャペルガーデンへと案内した。しばらくは落ち込んでいたお母様だったが、息子の晴れ姿を見たり親族と会話をしていく度に、徐々に元気を取り戻していった。我々はそんなお母様の様子を安堵の表情で眺める。やはり主役のお母様はこうでなくては困る。結婚式当日に塞ぎ込んでいる親御さんを見るのは、不幸以外の何ものでもない。
無事(?)チャペル式を終えた新郎新婦とゲストは、続いてウェディングパーティーへと進む。厳かな式の後のパーティーなので、皆気持ちが高ぶってきて、お仕えするこちらも自然とテンションが上がってくるが、そんな我々以上にパタパタとホール内を駆け回っている人物が一人、誰であろうお母様だった。会場内に待機するホールスタッフを見つけるや否や、駆け寄っては頭を下げながらポチ袋を握らせていく。また別のスタッフが会場内に入ってくれば同じように、常にお母様はホール内をキョロキョロ見渡して当館のスタッフを見つけんと奮闘していた。なんだかいちいちお母様に探させるのも申し訳なくて、今日いるスタッフを分かり易いように一列に並ばせておこうかとも、思ったくらいだ。

「それ良いっすね~。紫倉チーフに頼んで並ばせますか?」

私の戯れ言を真に受けているのか、はたまた彼女なりのジョークなのか、赤沢は私の話を聞いて、そう言った。納得したように手をポンとスタンプする赤沢を横目に、私は「あちゃくせ……」と吐き捨てる。いくらお心付けを貰うことが事前に決まったことだと知っていても、そのためにスタッフ全員がずらりと整列している式場がどこにあるというのか。私はその場面を頭の中で思い描き、内心でほくそ笑んでいると、何を思ったのか私を発見したお母様がこちらに近付き、ポチ袋を差し出してきた。

「今日はどうもありがとうございます。少ないですけど、これ……」

「いえ、お母様。私は頂きましたよ」

もう既に誰へ渡したのか分からないほど、お母様は今日一日中お心付けを配り続けているのだろう。私の顔とネームプレートを確認して赤面するお母様。

「あらあら、支配人さんでしたか。おほほ、この歳になると人の顔と名前を覚えるのが大変で」

「同感です」

口に手を当てて後退りしていくお母様を、私は苦笑いで見送る。ここまでスタッフにお心付けを渡すことに執念を燃やす人がいるだなんて、本当に奇特だ。私はお母様の溌剌な背中を眺めながら、隣の赤沢へ小声で話し掛ける。

「なあ、赤沢。あのお母様は何故あそこまでお心付けに執着するのだ?」

「え、なんすか?聞こえないっす。もう少し近付いて下さい」

「だから、なんであのお母様はお心付けを」

「いやん♪支配人の息が耳にかかってくすぐったいっす♪」

女学生のように身をよじり甘い声を出す赤沢の頭を小突き、私は普通の声で言った。

「なんであのお母様はそこまでして渡したがるのだろうな。確かに気持ちは嬉しいが、まとめればそれだけ安くない金額だろうに……」

結婚式はとにかくお金が掛かる。式全体に掛かる金額もそうだが、準備期間中に発生する出費や、式後の新婚旅行や新生活の費用とも考えると、それこそ一生ものの大金が動く。少しでも余計な出費は抑えるに越した事はない。仲人制度が廃れた原因だってそこにある。仲人への御礼代を収めるくらいなら新婚旅行に回した方が特だという考えが広まったからだ。

「田宮様はよっぽどお金持ちな家なのか?」

「さぁ。ただお母様は小さな化粧品会社の社長さんをやってるらしいっすよ。田宮さんのお嫁さんだって、元はそのお母様が経営する会社の社員だったらしいですし」

「なるほど、そういう繋がりがあるのか。それに資金は充分にある、と」

「はいっす。だって田宮家のお母様、頭金って200万払っていったんすよ」

「なんとっ!?」

通常、式前に当館へ収めて頂く前金というか頭金は100万円くらいとされているが、まさかその倍の金額とは。相当に羽振りが良いだけなのか?

「でもっすね、新郎さんの話を聞くと小さい頃は貧乏でかなり厳しい生活だったって言ってました。それが今から十年前くらいにお母様の会社も軌道に乗り始めて、今ではだいぶ楽な生活になったらしいっす」

「なるほど、な……。だからこれだけお心付けを渡したがるのか……」

起業家で成功した人間は、二種類のタイプに分けられる。もの凄くお金に対してがめつくなるか、崇高的なまでにお金に感謝するか。きっとお母様の性格からして後者なのだろう。昔から事業で苦労されたお母様にとって、お金に関するトラブルや裏切りは想像がつかないほどにあったと思う。そういった経験を経て、成功者となったお母様にとってお金とは、信頼でもあり思いや感情といった物の代
弁者でもあるのだ。だから我々に対する感謝の気持ちは言葉ではなく、有形物として示さなければ気が済まなかったのだろう。我々、お客様の満足度という無形物を探求するサービスマンにとっては、なかなか理解し難いことだ。
もちろん我々だけにではなく、祝辞を述べてくれた来賓や、余興を披露した友人達へのお心付け配りに余念がないお母様は、自分の席に着いてゆっくり食事を楽しむ隙もない。白根特製のクラシックガトー・ショコラが寂しくテーブルの上で放置されているが、会場内を駆け回るお母様は大変ながらも、どことなく楽しそうにも見えた。


「さて……それで本日の議題だが、これだ」

会議室のテーブルの上に広げたそれは、束になっているポチ袋と同じように束になったピン札。その場に集まった全員がそれらを見ると、一斉に腕を組んで黙り込んだ。
土曜日に行われた例の田宮家のウェディングパーティーは滞りなく無事に終わり、その日1日で頂いたお心付けを全て回収して会計をした私と緑川は、盛大な溜め息を吐いた。ポチ袋の数にして約30枚ほど、金額にしてなんと十万円から足が出る程の大金になった。予想していたよりも遥かに多大な金額に、私ばかりではなく珍しくも緑川までが頭を抱えてしまった。五万円くらいまでならネチネチ言
われるのも覚悟で本社に報告するつもりだったが、これではとてもじゃないが言えるはずもない。なのでみんなの意見も聞きたいがために、こうして毎週恒例の月曜会議に議題として出した。

「正確な金額にして十万と七千円。我々、中の人間だけでなく、バスの運転手まで頂いていたのには本気で驚いたがな」

「それにしたってこの金額は異常です。どうにかして秘密裏に処分してください」

普段は絶対に月曜会議には参加しない緑川だが、事が金銭に関わることなので出席している。

「秘密裏に処分ということは、本社には報告しないのですか?」

人一倍優等生な緋村が、秘密裏という言葉へ機敏に反応する。他の人間も怪訝な顔でお互いを見つめているが、緑川はそんな連中を一瞥する。

「あんたら、こんな金額とポチ袋の数を本気で報告したらどうなるか分かってんの?叱責だけで済むんならいいけど、会計とあんたらの日頃の業務態度、両方に監査が入るかもしれないわよ」

「それでも、お客様に頂いたのは事実ですし……」

怯まずに正論を主張する緋村に、緑川は鼻白んだ渇いた笑いを投げかける。

「だから受け取ったのはあんたらでしょうが。それはつまり自分が蒔いた種を全く関係ない私に刈り取れって言ってんのよ、緋村。この落とし前、どうやってつけてくれようってんの?あん?」

まるでヤクザだ。この迫力を前に、いつも強気な緋村も黙り込むしかない。もとより鬼神様が事務所の椅子から立ち上がるほどの事態なのだ。ここは一つ、彼女の意向を全面的に受け入れるしかない。

「つまり、このお金はうちらで好きに使っちゃって良いって事なんですよね、緑川さん」

「そうよ。どんな方法でもいいから無きものにしてちょうだい」

緑川の返答を得た赤沢は、私にウィンクを飛ばす。

「もうぶっちゃけ、みんなで焼き肉に行けば良いんじゃないんですか?」

そう言うと指を箸に見立てた赤沢は、お肉をひっくり返す動作をしながら悦に入っている。あちゃけが。

更新日 9月10日

確かに証拠を隠滅してさらにスタッフの労をねぎらうとなれば、飲食に費やすのが最も効果的だろう。だが……

「それだと、あっしらはお客様から頂いた付加価値を消化しただけにすぎねぇ。つまり、あっしらのホスピタリティをてめえの腹ん中に入れちゃあ、プラマイ0だ。何もしなかったのと何ら変わらねぇ。だったらこれはお客様のために有意義に使うのが、正しいんじゃあないんですかい?なぁ、支配人」

紫倉チーフの話に一同深く頷く。もちろん私も同意見だ。お客様から頂いた感謝の気持ち、これをさらに素敵な形でお返ししてこそ、我々フェリスタシオン迎賓館としてのサービスの在り方ではなかろうか?

「チーフの意見はごもっともです。そこで私はこのお金をこんな風に利用したいのだと思うが、どうだろうか?」

私の提案に皆、耳を傾けながら頷く。どうやら他のスタッフも賛成なようだ。


三日後、田宮様のお母様が経営する化粧品会社に、一通の手紙と盛り花が届く。
その手紙にはこんな文章を……。

「先日のご婚礼、誠におめでとうございました。
実は、田宮様方が結婚式をなされたあの日は、偶然にも当館『フェリスタシオン迎賓館』の竣工日だったのです。折しも田宮様の慶事に当館の記念日が重なりました運命にお祝いをと思いまして、僭越ではございますがこの華と感謝の念を込めまして、お送りさせて頂きます。なお、この華は田宮様方の来年の結婚記念日まで、毎月贈呈させて頂きますことをご容赦下さいませ。
それでは今後もフェリスタシオン迎賓館をお引き立て下さいますよう宜しくお願い申し上げます。誠におめでとうございました。
フェリスタシオン迎賓館支配人 黒石」

そしてさらにそれから二日後、田宮様のお母様から速達で返事の手紙が届いたので、私は早速、各部署にその手紙のコピーを配布した。

「前略
過分なお心遣い、誠にありがとうございます。頂いたお花は会社の受付に飾らせてもらいました。来館される方々もあまりの美しさに足を止めるほどで、これが毎月届くのかと思うと、私自身楽しみで仕方ありません。
お恥ずかしながらここ数年、息子の結婚式や仕事に追われ、ゆっくりとお花を鑑賞する隙すらない毎日を送っておりました。そして息子の結婚式を終えて、一気に気がゆるんだと同時に、これから何を楽しみに余生を過ごしていけば良いのか悩んでいた矢先に、貴館から届いたお花に思わず目を奪われ、そしてその素敵なお花にまだまだ頑張れるんだと励まされました。本当にありがとうございます。
息子の結婚式の時にはスタッフの皆様には本当に良くしていただき、感謝のしようもございません。どうぞこれからも益々の御隆盛を祈念致します。ありがとうございました。
田宮」

恥ずかしながら私、当館設立当時からの支配人ではあるが、フェリスタシオン迎賓館の竣工日がいつか、覚えていない。だが、誰かが誰かを思いやる気持ちは、こうして連鎖していくのだということだけ、覚えていれば良いのだと思う。


おわり



↓赤沢「私は前に貰ったお心付けでお客様と飲みに行ったことがあるっす。お客様へ現金還元、みたいな。あ、これ会社には内緒っすよ」
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Comment

このお母様のお心付けは度を越してますね~
牧師さんにまでとは思いませんでした。
好意からなんでしょうが裏目に出てしまって、
この後の支配人のフォローが大変そうです。

応募用の小説も大変そうですが……がんばってください!
momokazura | 2009年09月07日(月) 01:20 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
なんだか逆に外人さんの方がお心付けに対してウェルカムな気もしますが。
最近だとチップ制度はおかしいって外人さんも思い始めたらしいですね。
応募用作品、あと4分の3あたりまで来てるんですが、書く時間がなかなかなくて困ってます。
要人(かなめびと) | 2009年09月07日(月) 06:23 | URL | コメント編集

10万を無い事にするって言うのも大変ですよね。 それって本社にバレないんでしょうか?
それにしてもあのお母様は気配りが凄くて…結婚式を楽しめたんでしょうか?
新しいPCが届いて良かったですね♪ 調子はバッチリですか?
夢 | 2009年09月09日(水) 09:10 | URL | コメント編集

10万円って大金ですもんね。
結果はご覧のとおりです。

PCすごく早いです!調子良すぎです!
要人(かなめびと) | 2009年09月10日(木) 06:17 | URL | コメント編集

良いアイディアですね!
フェリスタシオン迎賓館のスタッフの方々、素敵です♪
夢 | 2009年09月10日(木) 23:08 | URL | コメント編集

>>夢さん
お金って不思議なものです。
こんな風に使えば素敵なのに、なかなかそうもいかないんですよね。
お金がない世界に行きたいです。
要人(かなめびと) | 2009年09月11日(金) 00:14 | URL | コメント編集

 
はぁぁ、なるほど・・・
10万円もの大金、こういった使い方もあったんですね

お金って信頼関係とか崩してしまう悪いイメージがあるのですが、
こういったお話しを読むと「素敵だなぁ」と思えます
使い方次第で天と地ほどの差がありますもん
良いアイディアですね、ナイス支配人!
 
楚良 紗英 | 2009年09月11日(金) 00:28 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
私もお金はあんまり好きじゃないけどこういう使い方は好きです。
人間が作ったものならば人間のために使われて当然。
それが人を侵すものに進化してしまったのは不思議です。
お金こそが人類が作った一番の害悪かも知れません。
要人(かなめびと) | 2009年09月11日(金) 23:59 | URL | コメント編集

お心づけ、音響さんにはめったにきません・・・(泣)
やん | 2009年10月02日(金) 16:13 | URL | コメント編集

>>やんさん
司会はギリギリもらえますかね><
うちは音響さんは担当者がやるのでもらえる率が高いです。
要人(かなめびと) | 2009年10月03日(土) 06:27 | URL | コメント編集

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