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2009'09.01 (Tue)

お礼をしたがる母親の場合 前編


【More・・・】

「本日は誠におめでとうございます、田宮様」

親族控え室の上座に腰を掛けた黒留袖を身にまとう女性へ恭しく低頭する。今日、これから結婚式を挙げられる新郎家のお母様だ。当館の支配人としてお祝いの言葉を述べに伺ったのだが、田宮様は少し胡乱な表情で私の顔を覗き込む。だが胸のネームプレートに目をやると、すぐに破顔して立ち上がった。

「支配人さんでしたのね!これはこれは、ご丁寧にありがとうございます!今日は宜しくお願い致します~!」

腰をくの字に折り何度もお辞儀をするお母様に合わせて、私も紅葉谷チーフよろしく、赤べこのようにペコペコと頭を下げた。この新郎新婦の母親独特の謙虚過ぎる姿勢が私は好きだ。主役の本人達以上に周囲へ気配りしなければならない立場からくる、特異な物腰で接されると、こちらとしても仕事だからではなく、本心からお手伝いして差し上げたいという気持ちになる。
そんなお母様が腰を低くしながら手持ちのバッグに手を入れる。ハンカチでも取り出すのかと思いきや、その手に握られていたのは小さなポチ袋だった。その瞬間、私は嫌な予感がしてギョッとする。

「支配人さん……これ、心ばかりですが……」

「いえいえ!お気持ちだけで結構ですっ!」


14Happy
「お礼をしたがる母親の場合」



ホテルや旅館の従業員に渡すチップというものがあるが、結婚式業界では「お心付け」と呼ぶのが一般的だろうか。介添え役や司会者などに幾らかのお金を包んで渡す人が、今でも時々見かけられる。我々サービスマンというものは、お客様に対して料金を頂いた分の品物や飲食物を提供するだけではなく、そこへ目には見えない「おもてなし」や「奉仕の心」を込める事が、最大の目的だと思ってい
る。いわゆる「付加価値」というものだろう。なのでお客様から品物以上の賃金、いうなれば「お心付け」を頂くということは嬉しくもあり、少し困ることでもある。何故ならば、お客様は我々のサービスに品物以上の価値を見出して下さった、だがそれは見返りを期待しない慈愛の精神から導き出された行為なのだから。
そしてさらに困ることがある。

「まぁ、そうおっしゃらずに。どうかお受け取り下さいまし」

周りを憚ってか、声を潜めるお母様に合わせて私も声を殺してなおも拒む。

「いえ、本当に!お気持ちだけで結構ですからっ!」

当館の代金には、消費税の他に「サービス料」として一割頂いている。これはサービス業界には必ずといっていいほど付く代金で、街中の飲食店にはないだろうが少し値の張るレストランの明細書には一番下に注文と一緒に並んでいる言葉である。なので私はこのサービス料を、お客様から事前に頂く「お心付け」だと思っている。このサービス料はいわばお客様からの信用の証なのだ。

「……ということなので、我々は既に田宮様からお気持ちを頂いているのです。それを更に頂いてしまっては、立場がございません」

「いえいえ、それ以上に私達はフェリスタシオン迎賓館さんにお世話になって感謝しているのですから、どうかお受け取り下さいまし」

サービス料について簡潔に説明したのだが、お母様は一向に引く気配がない。そもそも人間の心理として、一度出した手を引っ込めるには、差し出した時以上に勇気がいる。私はどうしたものかと困り果ててしまった。困る理由がまだあるからだ。

理由その二として、受け取った後の処理に困るからだ。
お心付けを自分の懐に入れても良い、という職場もあるらしいが、私個人としてはあまり好ましくないと感じる。確かに自分がお客様に差し上げた付加価値がお金という有形物で現れれば、誰だって嬉しいし、個人としてのモチベーションも上がるだろう。だがそれが増長してしまえば、お客様にお心付けを過剰に要求したり、あげたお客様とあげなかったお客様とに自然と差を付けてしまうことになる。なので当館はお心付けを頂いた場合は必ず会社側に報告し、提出させる事を義務付けている。もしも怠ったり、隠した場合は罰則の対象になるくらいだ。
そして頂いたお金は全て領収書を発行して処理される。これがまた面倒で堪らない。なんせ会社内で発生した突然の利益なので、適切に処理しないと後々大変なことになる。一度本社へ全て報告し、向こうの事務管理から書類が届きそれに私始め、受け取った本人、事務の緑川の捺印をしてまた本社へ送らなければならない。あまりの面倒臭さに、あのお金に関してはうるさい緑川でさえ「このお金、支配人のお酒代にしちゃえばいいんじゃないんですか?」と冗談交じりに言ったほどだ。

「そこを何とか、ね?お受け取り下さいまし」

そう言って田宮様は半ば強引に私の手にポチ袋を握らせて、満足げに踵を返した。ここまでされては突き返すわけにはいかない。私は小さくお辞儀をして控え室から出て行った。

ロビーに出ると、今日の結婚式の介添え役をするパートさんと目が合った。介添え役としては既にベテランの域に達しているその人は、困ったような笑顔で私を見つめている。さっきのやり取りを観察していたからだろうか、きっと私もちょうど彼女と同じ表情をしているのだろう。介添え役はおもむろに胸ポケットから、私が握り締めているそれと同じ柄のポチ袋を取り出した。

「今のうちに渡しておきますね。田宮様のお母様からです」

「やっぱり、あなたも貰ってたんですか……」

「違います!だって仕方なかったんですもの!あんな無理矢理渡されたら貰わない方が失礼じゃないですか!」

お心付けを頂いたことに対して私が咎めていると勘違いしたのだろう。介添え役は必死の形相で弁明する。我々社員だってお客様からお金を頂戴することに困惑するのだから、責任を負う立場にないパートさんならもっと参ってしまうはずだ。

「いやいや、私だって断りきれなかったのだから仕方ない。素直に報告してくれてありがとう。これは私が預かっておこう」

少しムスッとした表情の介添え役からポチ袋を受け取ると、今日1日の仕事を激励して業務に戻らせた。
彼女の背中を見送ると、私はフィオーレに向けて歩き出す。とりあえず今日の結婚式の担当、赤沢に色々と聞き出さなければいけない。それと今のうちに徴収するものは徴収しなければならないだろう。

フィオーレの扉をくぐると、中には幸いお客様がいなく、事務所兼ティールームに顔を出すと丁度良く目当ての赤沢と桃瀬が一服ついていたところだった。笑顔で迎える二人に、私は早速確認を取る。

「君達、田宮様のお母様から何か頂かなかったかい?」

すると赤沢と桃瀬は顔を見合わせ、幾分ホッとした笑顔を浮かべてポケットから同じポチ袋を取り出した。

「私達もさっき貰っちゃって困ってたんすよ~」

「支配人、申し訳ございませんがお願いします」

そう言って彼女らから貰ったお心付けを含めて、全部で四つ。その時にふと、金額が気になった。私はそれぞれ糊付けされたポチ袋を開くと、赤沢と桃瀬も興味があったのか手元をのぞき込む。あまり行儀が良い行為ではないが、自分の懐には入らないもののやはり幾ら頂戴したのか気になるのが、人間心理というものだろう。

「君達が五千円。介添え役と私が三千円、か……」

「やった。私、支配人より値段が上だった」

ガッツポーズを決める赤沢を「あちゃけ」と諌める。彼女達の方が上なのは、当然ながら両家に尽力した割合を考慮したのだろうが、それより何より気にかかったのは……。

「田宮様のお母様、金額まで分けて準備してらっしゃるということは、私達以外のスタッフにもお心付けを渡す気が満々ってことかしら?」

「そこだ。そもそも結婚式には全く関係ない私が挨拶を交わしたというだけで頂いたくらいだ。きっと今日の結婚式、ウェディングパーティーに関わる全てのスタッフに準備していると考えるのが当然だろう」

私はお母様が持っていた手提げバッグを思い出す。母親が携帯するには些か大きいとは思っていたが、もしも我々の憶測が正しければ相応な大きさだ。

「なるほど~だからお母様、打ち合わせの時にスタッフの人数まで確認したんすね。なんでそんなことを聞くんだろって不思議に思ってたんすけど、これで納得いきました」

「赤沢、お前打ち合わせの時にスタッフへのお心付けは不要だって、ちゃんと説明してるんだろうな?」

重要な内容決めより雑談の方が多い赤沢のことだから、その点の注意が怠っていると思い尋ねたが、赤沢は「言うわけないじゃないっすか」と即答した。

「あちゃけ!それは説明しないと駄目だろ!」

叱る私に対して赤沢は怯むことなく言い返す。

「だってそんなこと言えるわけないじゃないっすか!?第一、今時お心付けなんて知らない人の方が大半ですよ!?そんな人達にわざわざ『準備しなくていいですよ~』なんて、逆に下さいって言ってるもんじゃないっすか?説明するだけ野暮っすよ」

「う……確かに」

説明義務を怠るのは会社側として誉められたものではないが、それも時と場合によりけりということか。それほど『お心付け』というものは我々にとってデリケートな問題らしい。

私はほとほと困り果てて腕組みをすると、桃瀬がハーブティーを淹れながら言った。

「とにかく支配人、お母様にしても善意で私達にお心付けを渡されてるので、無碍にお断りすることも出来ないですよね。ならば一旦は有り難く頂いて、後々スタッフ全員から徴収してまとめて本社に報告するしかないんじゃないですか?」

桃瀬の提案に赤沢も頷いて賛同する。私だってそれがベストだと思うが、そうもいかない事情もあるからこうやって頭を抱えているのだ。

「金額が、多すぎるんだ……」

「へ?何すか?」

「金額が多すぎる。もしも本当にスタッフ全員へお心付けを渡すとなると、半端じゃない金額になってしまう。五千、一万という額なら本社に報告出来るが……赤沢、一体いくらになると思う?」

私はわざと計算が苦手そうな赤沢に考えさせて、その間に妙案が思い浮かばないか頭を回した。単純にホームスタッフが15人はいるとして、全員に三千円のお心付けを渡すとする。その他にも先導役や司会、音響操作係となれば……

「六、七万近くっすか……?」

驚愕の色を浮かべて生唾を飲み込みながら赤沢はやっとの事で答える。ようやく事態が飲み込めてきたらしい。

「そうだ。そんな額を本社に報告したら、私は何と言われると思う?フェリスタシオン迎賓館はお客様からお代以上の金額をせしめていると嫌みを言われても反論出来ん」

その前に総務の緑川が発狂しそうで恐ろしいが。フェリスタシオン迎賓館全般の帳簿を預かる彼女はイレギュラーな出費も利益も極端に嫌う。

「それじゃあ、どうしたら良いんでしょうね……」

顎に指を当てて思案する桃瀬の一言に、私は言葉を窮する。そう、解決策が全く思い浮かばないからほとほと困り果てているのだ。するとマイカップに残った最後の一口をグイッと飲み干し、赤沢が腕を伸ばして立ち上がる。

「まずは断ることが出来ないんですし、一旦は受け取っといて全部まとめた後に考えましょうよ。それしか今出来るはないですって」

ジャブジャブとカップを洗いながらそう言った赤沢に、私は額を抑えながらも頷くしかなかった。そして去り際に赤沢は私を見てニンマリと微笑む。

「いざとなったら支配人が本社から怒られればいいだけなんで~」

「なっ!だからそういう事にならないように事前説明はきちんとしろと言ってるんだ!あちゃけ!」

声を張り上げた叱責も逃げ足の早い赤沢の背中には届かない。私は盛大な溜め息を吐くとハーブティーを一口すすり、賤しくも今日1日で頂くお心付けが総額でいくらくらいになるか、改めて計算し直してみた。そして、あるところにはあるものだと、自分の懐事情を省みながら妙な感心をした。

更新日 9月5日

それから私は、赤沢を通して全スタッフにお心付けについて諸注意を促した。とにかく一度は遠慮しながらも受け取りを拒まないこと。さらに受け取った場合はすぐに上司へ提出すること。まさか隠れて懐に入れるスタッフはいないだろうが、事前に知らされていれば回収(?)もスムーズになるだろう。
チャペル式開式10分前、控え室に集った親族達を介添え役が案内する。皆、三々五々談笑を交わしながらチャペルへ向かう足取りの中、私も若干離れた位置から見守りつつ後をついて行く。視線の先には田宮家のお母様。そしてそのお母様の視線の先にも注視を怠らない。周りの親族と会話しながらも、お母様は近くに当館のスタッフはいないかと常に目線を漂わせている。まるでお心付けを渡すのが今日という晴れの日の最重要課題かのように。
チャペルに入るとアテンダー役としてプランナーの緋村がお客様を誘導している。お母様は彼女を発見するや否や、喜び勇んで駆け寄りバッグから取り出したポチ袋を差しだした。一度二度、遠慮する仕草を見せた緋村は、仕方なさそうにだが恭しくお心付けを頂く。そしてチャペルに式が始まり、皆が祭壇の方に注目しているのを確認すると、緋村は無言で私にポチ袋を手渡した。いかにも指示通り
に振る舞いました、と言わんばかりのしたり顔を添えて。……なかなか役者ではないか。

チャペル式は滞りなく進み、全ての進行を終えた新郎新婦はゲストの祝福を受けながらヴァージンロードをゆっくりと歩いていく。希望と喜びに満ちた満面の笑みを誇らしげに讃えながら……。幸せの鐘を七回鳴らした新郎新婦はチャペルに据え付けられたガーデンに続く扉を開ける。ここでフラワーシャワーや写真撮影などを楽しむのだ。ゲストもアテンダー役の緋村に案内を受けてガーデンへと進
んでいくが、何故か田宮家のお母様だけは逆方向の祭壇に進んでいく。その異様な行動に目を丸くしていると、お母様は聖歌隊やパイプオルガン奏者にいそいそとお心付けを渡し始めた。これには私だけではなく、緋村まで驚いて口をあんぐりと開けていた。
それよりももっと面食らってしまったのは聖歌隊やパイプオルガン奏者だろう。我々サービスマンなら全くないことではないのである程度は臨機応変に対処出来るが、完全に免疫がない彼らはただあたふたして首を横にブンブンと振るだけ。無理矢理ポチ袋を握らせようとするお母様に、警戒心丸出しで
怯えていた。

「支配人、如何いたしましょうか?」

声色は落ち着き払っているが、明らかに動揺に満ちた顔を、私と聖歌隊に交互で差し向けている。完全に私へ押し付けるのではなく伺いを立てるあたりが、赤沢と違い緋村が優秀なところだ。

「私が対処しよう。緋村君はガーデンでお客様を頼む」

「かしこまりました。お願い致します」

そう言い残して緋村はガーデンの方へと向かって行った。私は怖いものでも眺めるように寄り添っている聖歌隊に近付く。ここで私が間に入ってはお母様の面子を潰しかねない。なので私はお母様の後ろで彼らに受け取るようジェスチャーで伝える。すると彼らはお母様と私の仕草を見つめ、ついにおずおずとポチ袋を受け取り始めた。パイプオルガン奏者も同様に、ペコペコと頭を下げながら受け取
る。それで良い。お心付けは断るより受け取る方が勇気を要るし、渡す方も頂かれるより拒まれる方が傷付く。





↓紅葉谷「私はお金ではなく、野菜とかお酒とかもらうことが多いです。ひもじく見えるんですかね……すみません」
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Comment

 
紅葉谷チーフにツボりました
だいじょうぶ、ひもじくはないよ・・・!たぶん

尋常じゃないくらい遅れてしまいましたが、以前のキリリク・・・
すいません、風子描けなかったんで素子描きました
しかもキリ番要素含まれてません
もう、普段のお礼だと思ってくだされば・・・お礼絵にしては低クオリティですが
申し訳ないです、良かったら受け取ってやってください

http://blog-imgs-29.fc2.com/2/5/a/25aliproject25/20090902182717555.png

中学生くらいをイメージして、自分の学校の制服着せてみました
取り敢えず目を何とかしたいけど、ごめんなさい
 
楚良 紗英 | 2009年09月02日(水) 18:37 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
ちょうどこないだまでケフィアシリーズを読み返していたので
素子が見れて嬉しいです。
ちゃふ子さんの学校はこういう制服なんですね。
ありがとうございました♪
要人(かなめびと) | 2009年09月03日(木) 06:48 | URL | コメント編集

こんな「いい方♪」は、もうほとんどいませんね~。
料金以上のことをやってもらって当然・・・そんな時代に
なってしまいましたね。
あと何かちょっとしたミスに対しても「お祝いの席だから」と
見逃してくれる方もほとんどいなくなりましたね。
裁判沙汰もチラホラ聞きます。
淋しい時代だな~と思っちゃいます。
すみれ | 2009年09月05日(土) 13:37 | URL | コメント編集

>>すみれさん
ごもっともな意見です。
結局、そうやってお客様を増長させてしまったのは、他でもない我々サービスマンなんですよね。
これから求められるのは、案外「イエス」と言えるサービスマンではなく
「ノー」と言えるサービスマンなのかもしれません。
要人(かなめびと) | 2009年09月06日(日) 06:15 | URL | コメント編集

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