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2009'07.30 (Thu)

試験に挑むサービスマンの場合 前編


【More・・・】

僕は昔から試験というものが苦手だった。
高校受験も大学受験も第一志望は見事に滑り、
大学なんて第二志望までも落ちて結局短大に進んだ。
それだけではなく高校の時はワープロ検定などももれなく落としたし、
自動車免許だって仮免で四回、本免で三回落とした。
試験になると緊張で体が固くなったり頭がパニックを引き起こすわけではない。
どちらかといえば常にベストコンディションで挑んでいるつもりだ。
なのに、試験という試験は軒並み落としている。
僕が試験に対して苦手意識を持つようになったのは、ごく当たり前なことなのだ。

だけど短大を卒業と同時に今の会社に入社出来たことは奇跡に近かった。
どうせ就職活動も試験同様、呪いがかかったように落とされるのだろうとタカを括っていたので、
就職活動一社目にしていきなり内定をもらえたので、
僕は飛び上がらん勢いで喜び、即効でこの会社に就職することを決めた。
優しい先輩や上司に囲まれ、毎日厳しいながらも楽しく業務をこなしていた。
社会人にさえなってしまえば、もう煩わしい試験などには縁遠くなる。
これからは試験や資格などにビクビクせずに、コツコツと実力を身に付けていき、
僕という人間を評価してもらおう。

そう思っていたのに……。

「蒼井君、レストランサービス技能検定って知ってるかな?」

試練はまたしても僕の目の前に大きく立ちはだかってきた。


13Happy
「試験に挑むサービスマンの場合」


六月、ジューンプライドのおかげで婚礼シーズン真っ最中の平日。
週末に行われたウェディングパーティーの洗い物に追われていると、
支配人から直々に事務所へ来るようにお達しがあった。
僕は最近の自分の素行を思い返してみたが、呼び出しをされる用事も特に思い当たらずに訝しんだ。
支配人はとても優しく大らかな人だが、一応このフェリスタシオン迎賓館の所属長である。
そんな方から改めて呼び出しを受けるということは人事異動関連も否定できない。
部署異動か、もしくは他支社へ異動…。
どちらもまだ受け入れ難い僕としては、
そんな不安が頭の中で渦巻きながらもとにかく事務所へ向かった。
ホール担当である僕は現場のメンテナンスなどか主な業務なので、
事務仕事というものは一切持っていない。
なので必然的に事務所に席がなく立ち寄る要件もさほどないため、
馴れないこの空間に足を踏み入れること自体、少し緊張してしまう。

事務所の中央に位置する支配人のデスクには、
支配人だけでなくその傍らに僕の直属の上司である紫倉チーフが
ムッツリとした顔で待ち構えていた。
そして僕の顔を確認するや否や、雷が落ちる。

「べらんめい、こんちくしょう!呼び出されたら駆け足で来やがれ!小僧!」

チーフの怒鳴り声に、僕は思わず首を引っ込める。
三日に一度は雷を落とされるが、この迫力には未だに慣れることが出来ない。
亀のように小さくなった僕を苦笑いで見つめていた支配人が

「忙しいところを呼び出してすまないね」

と声を掛ける。
僕はその柔らかい物腰で接してくる支配人に笑顔で返事をする。
紫倉チーフもサービスマンの神様として崇めているが、支配人のことも尊敬をしている。
チーフと支配人は僕の中にあるいつかは越えてみたい目標だ。

「さて、呼び出した要件なんだがね。蒼井君、レストランサービス技能検定って知ってるかな?」

早速僕を呼び出した要件を口にする支配人に、僕は首を横に振って答える。

「いえ、初めて聞きました」

話の内容からすると異動のことではないようで僕はホッと胸をなで下ろしたが、
検定という言葉に良くない予感がムクリと頭をもたげた。

「実はね、私も初めて聞いたので詳しくは知らないんだが…」

そう言いながら支配人はチーフに視線をスライドさせる。
どうやらチーフはその検定とやらに詳しいようだ。

「レストランサービス技能検定ってなぁ、ホールサービスマンの技能向上を目的に
 制定された資格のことでさぁ。資格は全部で三級、二級、一級と三段階。
 試験内容は学科をパスした後に実技をクリアすれば晴れて資格修得、となるわけでさぁな」

非常に簡潔で明瞭な説明に、僕と支配人はただ頷くばかりだ。
チーフはさらに話を続ける。


「三級は受験資格がサービス実務経験一年以上。
 まぁ、資格を取得したからっつって免許みてぇなもんじゃございやせん。
 別段なにが出来るってわけじゃありやせんが、
 なんせこの資格、国家資格に認定されてるんで持ってりゃあ箔が付きまさぁな」

僕はそこまで説明を受けて最後に大きく頷くと、支配人に向き直り

「それで…もしかして、僕に受検しろということでしょうか?」

と恐る恐る尋ねた。すると支配人は満面の笑みを浮かべた。

「話が早くて助かるよ。
 実はね、今年から我が社でもレストランサービス技能検定取得者を増やして
 レベルアップを図ろうと上からお達しがあったんだ。
 差し当たってホール部門に所属していて
 勤続年数が受検資格に満たしたスタッフを受けさせるように、ということで。
 蒼井君、当館ではまず君が最初の受検者に選ばれたんだ」

「つっても、小僧以外のスタッフはおりやせんがね」

チーフが補足すると、支配人は「少数精鋭だからね」と満足げに微笑む。
僕は二人の話を聞きながら、体が徐々に強張っていくのを感じていた。
爪先や指先から段々と冷たくなっていく感覚、学生の頃に何度も味わった嫌な感覚だ。
試験や受検という単語に、僕はトラウマに近い嫌悪感を抱いている。
どれだけ努力しても、最善を尽くしても、試験で滑ればゼロと一緒。
それまでの頑張りなど一瞬で水泡に帰し、落第者の烙印を押されてしまうのだ。
社会人になって一番嬉しかったことは、そういうものから解放されたことだった。
だが、人生というものはどこまでも甘く出来ていない。
試練は常に隙をついて僕の往く道に舞い込んでくる。

僕があまりにも浮かない顔をしていたからであろうか、
支配人は僕に受検の意志を催促しようとせずにチーフへ話を振った。

「紫倉チーフは随分とレストランサービス技能検定に詳しいようですが、
 やはり一級くらいはお持ちなんですか?」

「まぁ、持ってまさぁね。
 というよりも、あっしはレストランサービス協会の名誉顧問になってるんでさぁ」

まるで今朝の朝飯でも思い出すように、チーフは何の感慨も表さずに答えた。
僕と支配人は驚きのあまりにあんぐりと口を開いた。

「紫倉チーフって、そんな要職まで兼務していたんですか?ちっとも知らなかったですよ」

「あれ?あっし、支配人に言ってやせんでしたっけ?
 でも名誉顧問なんて名ばかりでさぁ。あっしは興味なかったんですが、
 昔のよしみが名前だけでもいいから貸してくれって言うもんですから仕方なく…。
 会社的にマズいんなら除名して頂きやしょうか?」

「いえいえ!どうぞそのままで結構です!」

ブンブンと手を振りかぶる支配人。
つくづく凄いお人だとは思っていたけど『サービス界のゴルゴ13』の名は伊達じゃない。
これはまた認識を改める必要がありそうだ。
この人の部下が僕なんかで、本当にいいんだろうか?

「ふむ…。では名誉顧問の目から見て、蒼井君は合格出来そうですか?」

一番重要なところを指摘され、思わず背筋が伸びる。
チーフは値踏みでもするように、僕を頭から爪先までじっくりと眺めた。

「まぁ。努力次第でさぁね。
 さほど難しい試験でもないんで、基本さえ身についてりゃあ問題ありやせん」

それを聞いてホッと溜め息を吐く支配人。
だけど僕は過去の苦い経験から全く楽観視することが出来なかった。
こういった試験で合格した記憶など一つもない。
どれだけ良い言葉を聞いても憂鬱は増すばかりだ。

「ちなみに合格率はどの程度なんです?」

「その年によって難易度が変わりやすがね、筆記試験は七割ほどで実技試験は八割程度でさぁ。
 もっとも三級は専門学生の卒業課題みたいなもんでさぁ」

「筆記は何点合格なんです?」

「100点満点中60点合格でさぁ」

その数字を聞いて、僕も支配人も「おっ」という顔をして目を合わせた。
試験にしてはイージーな合格点ではないか。それなら合格率七割というのも頷ける。
少し希望が膨らみ掛けたが、チーフは「ただし……」と、たしなめる。


「この筆記試験の特異なところですなぁ、間違えると二点減点ってぇところなんでさぁ」

「それは…どういうことですか?」

「へい、筆記試験は全部で100問で1問1点計算。
 正解すれば当然1点加算されやすが、間違えると2点減点なんでさぁ。
 つまり、100問中70問正解しても30問外せば……」

そこでチーフはわざと間を空けて僕に考える時間を与える。
簡単な足し算引き算の問題だが、頭の中で弾き出した数字があまりにも信じられなくて
僕は解答を口にするのを躊躇った。
すると同じく信じられないといった顔をした支配人が答える。

「たったの、40点ってことですか!?」

「へい。御名答で」

僕と支配人は同時に感嘆の声を漏らす。そして少し膨らみ掛けた希望が一気に萎
んでいくのを感じた。

「それじゃあ、合格ラインが60点なら最低でも88点正解くらいを目指さないといけないということか?
 筆記試験の内容は簡単なんですか?」

「いや、これがですね、問題自体もイヤらしいのが多くて、
 言葉のニュアンスで正解か不正解か曖昧なものばかりなんでさぁ。
 運 転免許の学科試験みてぇなもんですかね」

運転免許でも散々落ちた僕は苦い思い出が甦る。
自分と同じ時期に入学した知人達があっと言う間に次のステップへ進んでいくのに、
自分はいつまでも仮免許で足止めを食らっている侘びしさといったら……。

「しかし、そこでも合格率は七割ですか。
 みんな相当勉強をして挑んでくるんですね。何かコツでもあるんでしょ?きっと」

そう支配人に目配せされた名誉顧問は、「もちろんでさぁ」と呆気なく答える。

「この試験を乗り切るコツはですね、問題を解かないことなんでさぁ」

目を丸くして驚く僕と支配人。問題を解かないで、どうやって試験をパスしろというのか。

「ちと語弊がありやしたね。あまり問題を解きすぎないってことですわな。
 早い話、分からない問題は解かずに飛ばしていけば良いってことですわ」

「なるほど。2点減点を1点減点に抑える、ってことですね」

「そういうこった。
 例えばさっきみてえに70問正解して30問間違えるんじゃなく、
 70問正解して5問間違えて25問解かなきゃあ、ギリギリ合格出来るってことでさぁ」

「つまり確実性がある問題のみを解いていくってことですね」

「簡単に言やぁそうだ。とにかく不正解だけは無理矢理にでも避けなきゃならねぇ」

「なんか、今回の13話もハウツー本みたいですね」

「何でぃ、13話って?」

取り敢えず、試験と言っても結局は僕の頑張り次第ということになるが、
名誉顧問でもある紫倉チーフがレストランサービス技能検定に精通している人なのでかなり心強い。
それに会社からの命令とあれば否応無しに受検させられるのだ。
社会人になってまで試験のプレッシャーと戦わなければいけないのかとがっかりするが、
腹を括るしかない。


「それで、蒼井君。どうかな?受検してくれるかい?」

優しく微笑みながら、初めて支配人は僕の意志を確認する。
いくら上からの命令とあろうとも、決して押し付けがましく言わないところに支配人の人物が光る。
僕は姿勢を正すと、自分に発破を掛ける意味も込めて大きな声で返事をした。

「もちろんです!精一杯頑張ります!そして必ず合格してみせます!」

高らかに宣言した僕に、支配人は満足そうに頷いて見せた。
隣の紫倉チーフはムッスリと腕を組んで

「こんな試験なんざ合格して当然なんだからな。死ぬ気で勉強しやがれ」

と苦言を呈する。
いかにもチーフらしい激励に僕は笑顔で答えると、
デスクに置かれていたテキストを取り上げ僕の頭上に叩き下ろした。

「これは…何ですか?」

「レストランサービス技能検定筆記試験のテキストでい。
 出題範囲はまだ決まってねえが、今のうちに学習していて損はねえ。
 その覚えの悪い脳みそに叩き込んでおきやがれ」

そう言われながら少し厚みのあるテキストをパラパラめくると、
ほぼ全ての箇所に蛍光ペンでマーキングがされている。
しかも見たことも聞いたこともないような単語がたくさん書かれているし、
フランス語も少しだが載っている。
なんだか、段々と自信がなくなってきた。

「確か出題傾向対策の勉強会が来月。学科試験が8月だから勉強する時間は山ほどあらぁ。
 会社の金で試験を受けさせてもらえるんでぃ。落ちたら只じゃおかねえぞ」

落ちるという単語に敏感な僕は思わず身がビクッと竦んだ。
そうなのだ、これは単なる試験ではなくて会社からの業務命令も含まれているので、
在る意味仕事の一部みたいなもので、受かって当然なのである。
今まで味わったことのない種類のプレッシャーで既に胃がキリキリと痛んできたが、
そんな心中を察してか支配人が優しく励ましてくれる。

「紫倉チーフが言うように試験まではまだまだ充分な時間があるし、
 しかも君には名誉顧問という力強い味方も傍にいるんだから、 安心して試験を受けるといいよ。
 まずは頑張って下さい」

「はい!ありがとうございます!」

「小僧、この試験を受けるにあたって言っときたいことがある」

咳払いをして改まるチーフに、僕は背筋を正して話に耳を傾けた。

「受検して資格を取得する事を目的にするな。
 試験はあくまで試験でそれが全てじゃねぇ。単なるスキルアップの手段のうちの一つだ。
 一番大事なのはお客様のためを思って行動すること。分かったか?」

「…はい!分かりました!」

実のところ、チーフの言わんとする事を半分も理解していなかった。
だけどこの試験が終わった時にその意味を理解できる、僕はそんな気がした。

学科試験まであと約二カ月、それをパスすればその二カ月後に実技試験が控えている。
これから約四カ月間、僕とレストランサービス技能検定の長い闘いが幕を開けた。



「な、なんだ…これは……」

自己採点した答案用紙を眺め、僕は有り得ない点数に唖然としてしまった。
チーフからもらった過去問題集の中から、試しにと思い一昨年の試験問題を解いてみた。
まだテキストも何も読んでいないまっさらな状態の自分の実力を計りたかったのだが、
やはり問題内容がサッパリ分からない。
ワインや食材などの問題は普段の業務で接しているのである程度は解けなくはないが、
食中毒や消防管理の問題などになるとお手上げだ。
腸炎ビブリオが死滅する温度なんて知ったこっちゃない。
それでも問題は全て○×式なので適当でも当たるかと思ったが……

「マイナス20点って、何だよ?」

どうやら認識が甘かった。100問を全て解答して正解数が40問で不正解数が60問。
間違いは2点減点なので差し引くと、なんとマイナス20点になってしまった。

「0点だったら分かるけど、さらにそれを下回ることって…あるのかよ……」

僕は愕然として机に突っ伏してしまった。
ゼロからのスタートならまだ分かるが、マイナスからのスタートとは…。
合格というものが物凄く遠い存在に思えてきた。
そもそも合格というものをまともに手にしたことのない僕にしては、
試験をパスするということは夜空の星を掴まえることに等しかった。
出鼻を挫かれて落胆する僕に、ちょうど昼休みをしにきた白根シェフ長が声を掛けてきた。

「おいおい、どうしたんだい蒼ちゃん!?何かヤなことでもあったのか?」

熊のような大柄なシェフ長に背中を叩かれ、僕はあまりの痛さに跳ね起きた。
この人、力の加減が出来ないから迂闊に近寄ると体がボロボロになることもある。

「い、いや…ちょっと試験があるのでその勉強をしているんです」

「そうか、試験か!休み時間だってのに勉強とは偉いぞ、蒼ちゃん!さすがは師匠の弟子だぜ!」

そう言うとシェフ長は僕が解いていた問題集を手に取った。
そういえば学科試験には調理用語の問題も出てくる。
ここは一つシェフ長にコツをご教示願おうか。

「シェフ長、調理方法を覚えるコツって何かあります?」

「調理方法って何だ?」

「えっと…ポワレとかローストとかステーキとか。
 英語とフランス語で覚えないといけないんですよ」

「あぁ、それね。…無いな」

「え、無いんですか?」

「おう。要するに全部『焼く』だろ?いいじゃねえか、それで」

「えぇ!いいんですか、そんなんで!?じゃあシェフ達にいつもどうやって指示を出してるんです?」

「へ?そんなもん、いい感じに焼いといてって伝えりゃ、下の者達が上手く焼いてくれるぜ?
 なんか問題あるのか?」

「ありますよ。だってステーキとローストじゃあ全然違いませんか?
 そうだ、確か問題にそういうのがあったはず……」

僕はたった今自分で解いていた問題用紙から一問探し出し、シェフ長に問い掛ける。


「問題です。『あぶり焼きしたものをグリエ、網焼きしたものをロティという』…○か×か?」

調理人なら初歩の初歩な問題だが、シェフ長はうんうん唸りながら一向に答えようとしない。
段々と当館の調理部門自体に不安を感じてきたが、
長い時間を掛けてようやくしかめ面をしたシェフ長が答えた。

「すまねぇ。問題の意味がさっぱり分からねぇ」

「えぇ!どこら辺が分からないんですか!?」

「まずロティとグリエって単語が分からねえ。そしてあぶり焼きと網焼きの違いも分からねえ」

「ロティはローストの事です!グリエは英語で言うとグリルです!」

「なるほどな。…よし!正解はどっちも一緒、だ!」

「全然違います!問題は二択です!もう……信じられないっすよ。本当にシェフ長なんですか?」

「ひっでぇなぁ!これでもオレ、頑張ってるんだぜ?蒼ちゃんよ」

僕とシェフ長がワイワイと言い合いをしていると、
同期の赤沢が面白いものでも見つけたように近寄ってきた。

「シェフ長に蒼井君、何をやってんすか。…?この問題、なに?」

問題集を興味深げにしげしげと眺めながら赤沢は尋ねた。

「再来月に受けることになったレストランサービス技能検定っていう試験の問題だよ」

「へぇ~、そんなのがあるんだ。ねぇ蒼井君、私にもやらせて?」

「あぁ、別に構わないけど」

そう言うと赤沢は解答用紙の裏側を利用して問題集を解き始めた。
僕は熱心に問題を解く赤沢をほっといて、シェフ長に話を戻す。

「じゃあシェフ長、調理法は全然ダメですけど、せめて食材ならば大丈夫ですよね?」

「う、うん。たぶんな」

明らかに目が泳いでいるが僕は構わず問題を出してみる事にした。
本当にうちの厨房は大丈夫なのか?もしかしてシェフ長以外はみんな普通に知識が豊富とか。

「フランス語で『コキーユ・サンジャック』」

「は?」

「『コキーユ・サンジャック』です。日本語で言うと?」

「ジ、ジャクソンさんの娘は小雪です……?」

「単語ですよ!誰ですか、小雪さんって……。『帆立貝』ですよ、まったく。
 次です、これは簡単ですよ。『ブッフ』」

「あ、それはアレだよ。仏教の」

「ブッダじゃねーし!だから食材って言ってるでしょうが!牛肉ですよ牛肉!」

「ビーフって言えよ!フランス語で言われたって分からねぇし!英語できやがれ!」

「じゃあ『オイスター』!簡単でしょ!!」

「だからフランス語はダメって言っただろうが!」

「英語だ!しかも『牡蠣』だ!一般常識でしょうがー!!」

あまりの無知さにとうとう僕は頭を抱えてしまった。
だがシェフ長は悪びれた様子もなく「だってオレ日本人だし」と胸を張っている。
日本人とかそういう問題でない気もするが……。
そんなドタバタ劇を繰り広げているうちに、赤沢はもう問題集を解き終わったらしい。
自己採点まで済ませると「出来た!」と感嘆の声を上げた。

「どれどれ、何点くらい取れた?」

赤沢はシェフ長にも負けじと劣らないフェリスタシオン迎賓館が誇るアホの代名詞だ。
さぞかしひどい点数だろうと期待して解答用紙を覗き込んだが、
右隅にかかれた点数を見て僕は驚愕した。

「結局全部解いたけど70問しか当たらなかったよ~。ねぇ蒼井君、コレって何点合格?90点?」

僕は思わず解答用紙を握り締めるともう一度答えと照らし合わせて採点を確認した。
何度見合わせても確かに70問当たっている。
ということは、間違えた30問を引いても……40点?

「おい赤沢!お前、なんでこんなに正解してんだよ!?」

あまりに興奮していたのか、僕の剣幕に赤沢がたじろぐ。

「何って……だってこれ、○×っしょ?適当書けば当たる時もあるよ~」

「それにしたって、こんなに当たるものなのか?」

「うぅん、半分以上は内容分かって答えたよ。
 だって私、お菓子作りの専門学校だったから、学生時代にこういう勉強ばっかりやってたからね」

それを聞いて僕は納得した。赤沢は確か料理学校の卒業生だった。きっと学科の
中に食品衛生や食材に関するカリキュラムがあったのだろう。学生時代を思い出
してか、赤沢は遠い目をして

「懐かしいなぁ、ぶどう球菌……あいつら、100℃で一時間加熱しても死滅しないんだよなぁ……」

と呟いている。そして僕は横目でシェフ長をジトーと見つめる。
数年前にかじる程度勉強しただけでもこれだけ覚えているのに、現役ときたら……

「だ、だってオレ!学校とか出てねぇし、腕で勝負だもんっ!!」

慌てて弁明するシェフ長はほっといて、僕は赤沢に話し掛けた。

「なあ、赤沢。こういうのって、何か覚えるコツってあるの?」

同期でライバルでもある赤沢に教えを乞うのは癪だが、試験に落ちるよりはよっぽどマシだ。
赤沢は首を捻ってしばらく考えると、「真面目にテキストを読むことかな」と答えた。

「私、覚え悪いからとにかくテキストを何度も読んだっけ。
 もうね、小説を読んでいく感覚っつうの?そのうち頭の中にジワジワと単語が残っていくのよ」

赤沢のくせに随分と当たり前くさい事を言うので、僕はがっかりして溜め息を吐いた。
てっきり何か秘訣でも持っているのかと思ったのだが……

「もっと何かないの?語呂合わせ的なのとか。それじゃあ普通じゃないか」

「ないよ、そんなの。
 蒼井君も私と一緒でアホなんだからさ、コツコツ地道にやるのが一番なんだって」

「なっ!誰がアホだって!?お前と一緒にするな!」

「しょうがないじゃん!アホなのは持って生まれた才能なんだから!」

「おいおい、蒼ちゃんにお嬢。アホはアホ同士仲良くしようや。」

「シェフ長に言われたくありません!」

結局その日は休憩室でシェフ長と赤沢とギャアギャア騒いで終わってしまった。

赤沢にはあんな風に言われたが、
正直真面目にコツコツ取り組むのが一番の近道だというのは分かっている。
ただ、僕だって昔から地道にやってきたつもりなのに試験ではいつも落第させられる。
他の受検者は何か特別な勉強法をしていて、知らないのは僕だけなのではないか?
そんな風に思ってしまう自分がいた。



7月初頭、夏を迎えたもののまだまだブライドシーズン真っ盛りという結婚式業界では多忙な時期に、
僕はレストランサービス技能検定学科試験対策勉強会に出席するため、本社へ赴いた。
レストランサービス技能検定の筆記試験はホテルレストラン協会が出版している
分厚いテキストから無差別に問題が出題されるわけではなく、
毎年協会側から出題範囲が指定されてくるのである。
と言ってもそうでもしてくれないと、とてもじゃないが覚えなくてはならない範囲が広大過ぎて、
まともに受検出来ないレベルだ。
当社では事前に全国各所で行われた出題範囲発表会なるものに一人代表で参加し、
それを各支社の受検者に伝授するという方法を採った。
そして、今日がその勉強会の日である。

僕は本社にある多目的会議室に入ると、
今年新規に購入したテキストと何色かの蛍光ペンを身近な机に置き、周りを見渡した。
どうやら受検者のうち既に何名かは到着しているようだ。
その中の一人と目が合い、僕は苦虫を噛み潰したような気分になり視線を逸らした。
同期入社で現在は日比谷支社にいる竹田である。
竹田はニヤニヤと薄気味悪い笑顔を浮かべて僕の隣の椅子を乱暴に引き、座った。
相変わらず癪に触る態度だ。

「よう、蒼井。元気にしていたか?お前、結婚したんだってな。」

サービスマンらしからぬチャラチャラと伸ばした長髪を掻き上げ話しかけてきた竹田に、
僕はぶっきらぼうに「あぁ」とだけ返した。

「お前確か俺の二つ年下だったよな?そんな早く結婚してどうすんだよ。
 遊び足りないとか思わねえのか?」

「関係ないだろ。俺は堅実派なんだよ」

「堅実派ねぇ……ただ単にモテないだけじゃね?俺なんかまだ遊びたくて仕方ねえもんな」

この男、見た目だけではなく中身も相当に軽率で本当に鼻につく。
入社した当時から同期で集まる度に僕へ絡んでくるので、鬱陶しくて堪らない。
僕はテキストをパラパラ捲り竹田の顔をなるべく見ないようにした。

「それよりも聞いてくれよ。俺さ、来年には先導デビューするぜ」

「な、なんだって!?」

思わず顔を上げた僕をジッと見据えると、竹田はニヤニヤと人を挑発する目つきで言った。

更新日 8月7日

「うちのホールチーフから直々に言われちゃってよ、日比谷の中では一番早いデ
ビューらしいぜ。やっぱりホールで4年もやれば先導くらいこなせないと半人前っ
て事よ。あれ?お前、今何年目?」

下品な笑い声を上げる竹田に、
僕は込み上げてくる怒りをどうにか抑えようと、右手を強く握り締めた。
だが、怒りと同じくらいに羨ましい気持ちも胸に溢れる。
先導といえばホール部門の花形なので、それが出来て一人前とも言われている。
うちの紫倉チーフはまだ僕に先導をさせる気はないらしいが、
だからといって僕もやりたくないわけではない。
やはり何年もホールをやっていると憧れもするし、他支社の先輩や竹田の話を聞けば羨ましくもなる。

「う、うちは日比谷と違って小規模だしスタッフも限られているから。
 だから竹田みたいに急繕いでデビューをする必要もないんだよ」

それが今の僕に言える精一杯の強がりだった。
竹田は悔しがっている僕を見れて満足したのか、反論もせずにニヤニヤと笑っている。
試験対策勉強会を前に嫌な気分にさせられてしまった。


「ところでよ、彼女……元気にしてるかよ?」

「彼女って、誰だよ」

途端にキョロキョロと目を泳がせ声を潜める竹田。
誰のことを言わんとしているのか、分かってはいたが敢えて自分の口からは言いたくなかった。

「彼女っつったら、あれだよ……赤沢だよ」

「……あぁ、赤沢がどうかしたのか」

このチャラ男、入社当時から同期の赤沢に熱を上げているのだ。
同期の集いの前にはしつこく赤沢も参加するのか聞いてくるし、
何かと理由をつけてはデートに誘っているらしい。……もっとも全て断られているが。
こいつが僕に近付いてくるのだって、案外赤沢の情報を仕入れたいためなのだろう。

「赤沢ってさ、まだ彼氏いないのか?」

このチャラ男が赤沢に対する入れ込み具合も大したものだが、
さっき馬鹿にされた恨みもあって、僕は意地悪がしたくなった。

「さぁ、ただ最近は帰るのも早いし、休みの日も予定がいっぱいらしいから、もしかしたら……」

「だろ!?やっぱりな!だから最近は俺が電話しても全然出ないのか!」

それは単に嫌われているだけだと気付かない辺りがかなりおめでたい性格だが……。
それに赤沢は色恋よりも今は仕事に命を懸けているので、
あの調子だとこの先数年は彼氏を作る気がないだろうな。

「なんだよ、どうせ検定受けるんならお前じゃなくて
 フェリスタシオンからは赤沢が受ければいいのにな。」

「赤沢はプランナーだから受検したって意味ないだろ。
 それよりもほら、そろそろ始まるぞ。あっちいけ」

いつの間にか会議室にも人が増えてきて予定していた時間も迫ってきた。
僕は竹田を邪険に追い払うと、奴も舌打ちを残して自分の席に戻る。
しばらくすると会議室の正面に本社の人事課が座り、
出席者全員に挨拶をすると色々と諸注意を述べて早速試験対策勉強会を始めた。









↓蒼井「また…落ちるのか……?」
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Comment

あらら、蒼井くんピンチですね~
でも蒼井くんて困ってるほど面白い気がするのはなぜでしょう笑
いえ、いいチャンスなのでがんばってほしいですw
momokazura | 2009年07月30日(木) 23:19 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
それをひとえに彼の人柄ですwww
今回は蒼井君にとことん困ってもらいますので、お楽しみに♪
要人(かなめびと) | 2009年07月31日(金) 06:31 | URL | コメント編集

あらあらあら。
蒼井くん、大変そうですね。
それにしてもそんな検定があるんですね。
司会者はそんなのなくてよかったです(笑)
すみれ | 2009年07月31日(金) 20:16 | URL | コメント編集

>>すみれさん
司会者は腕前一本が勝負ですからね。
私なんて先導やらPAやら司会やら多岐に渡ってやらされているおかげで
どれ一つ極めていない気がします><
要人(かなめびと) | 2009年08月01日(土) 06:34 | URL | コメント編集

蒼井くんピーンチ!
まさか試験が苦手だとは・・・
にしてもレストラン検定なんて有ったんですね、初耳でした

何故かこの話だけタイトルクリックで入れません
ログインページになっちゃって・・・
頑張って調べてクッキー有効にしたのになぁ、不思議だ
でもコメント欄から入れるので大丈夫です
パソコンって難しいですね
楚良 紗英 | 2009年08月01日(土) 12:21 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
結構マイナーな検定ですけど国家資格になったので注目され始めてきてます。

リンク先のURL、失敗しちゃいました。
とある人からも指摘を受けてやっと気付いて直しました。
ご迷惑をお掛けして申し訳ございません><
要人(かなめびと) | 2009年08月02日(日) 06:25 | URL | コメント編集

げっ、この検定ってマジで減点されるんですか!?
なんというか、ややこしいですねぇ~
そして蒼井くん、早くもヘタってますね~
マイナスからのスタートにウケましたw
momokazura | 2009年08月04日(火) 03:00 | URL | コメント編集

私もmomokazura さんと同じ疑問が…
減点なんてあるんですか!?
マイナス20点とは蒼井君らしいと言うか何と言うか(笑)
白根シェフ長にもウケますね~、問題かけても分からなさそうな気が…
夢 | 2009年08月04日(火) 14:26 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
これは結構ガチです。
私自身も最初の頃は本気でマイナス点を取ることがありました。
とにかく恐ろしい検定です。

>>夢さん
白根シェフ長はフェリスタシオンスタッフの中でも一番抜けてますから。
実際にうちの厨房さんにも色々問題を出したことがありますが、
殆どまともに答えられませんでした。
知識よりも感覚らしいです。
要人(かなめびと) | 2009年08月05日(水) 05:39 | URL | コメント編集

白根シェフ長、予想的中です(爆)
「だってオレ日本人だし」って…うんうん、分かります。 日本人なんだから日本語使おうよ!って、私もついつい思っちゃいますよ(汗)
きっと世の中には理論型タイプと感覚型タイプに分かれるのでは? 私も美容用語とか聞かれても、半分答える自信がないな~ (笑)
それにしても赤沢さんの意外な一面が! 暗記する時の憶え方が面白そうですね♪
夢 | 2009年08月05日(水) 09:37 | URL | コメント編集

知識より腕ですよ!現場は!!
そして感性!

・・・私って、どんな仕事してるんやろ?
やん | 2009年08月05日(水) 14:07 | URL | コメント編集

シェフ長もある意味すごかったけど、赤沢さん、意外な一面ですねw
蒼井くんも、赤沢さんに教えを請う羽目になるとは……^^
momokazura | 2009年08月06日(木) 03:26 | URL | コメント編集

>>夢さん
実際ところ、知識って仕事にとってその程度だったりします。
ただ、今回は試験という名目なので分からないと困るんだな、これが。
私もどちらかというと感覚型タイプです。でも理想は理論型ww

>>やんさん
確かにその通り!
PAさんはやっぱり感性なんじゃないですかね。
それと曲に対する知識?かな。

>>momokazuraさん
学生時代に少しでも齧ってる人は他の人よりも一歩も二歩も有利なんです。
まぁ、結局は勉強次第ですぐ追いついちゃいますがね。
要人(かなめびと) | 2009年08月06日(木) 06:51 | URL | コメント編集

 
>「な、なんだって!?」

あのAAが頭に浮かんだ自分を殴りたい
ちょっとレストラン検定の参考書で殴られてきます

オイスターって牡蠣だったんですか、ソースのイメージしか無かった・・・
楚良 紗英 | 2009年08月06日(木) 08:04 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
大丈夫です。私も自分で思い出していましたから。
オイスターソース、つまり牡蠣のエキスが入っているソースってことですね。
覚えておくと地味に便利です。
要人(かなめびと) | 2009年08月07日(金) 05:47 | URL | コメント編集

同期の人、しかも気に入らないヤツに差をつけられるのは辛いですね。
でもまあ、大したことなさそうな相手なのでマイペースでがんばってほしいですw
赤沢さんに嫌われてるのに気付かないほどのニブさですし^^

息子さん、三歳で「お金」の価値がわかるとはスゴイw
momokazura | 2009年08月08日(土) 01:02 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
同期ってやっぱり気になる存在なんだと思います。
しかし、サービス業界にも必ずいるのがチャラチャラした奴。
他の業種に行けよ、と思わず怒鳴りつけちゃいたくなります。

息子は完璧にお金の価値を把握しているみたいで、
一円には見向きもしないくせに、百円にはすかさず反応しました。
将来が恐い・・・><
要人(かなめびと) | 2009年08月08日(土) 06:32 | URL | コメント編集

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