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2009'06.14 (Sun)

値切る母親の場合 後編


【More・・・】

厳粛な式を終え、新たなスタートを迎えた新郎新婦が晴れ晴れとした表情で
チャペルのガーデンに現れた。
つい先程鳴らされた鐘の音よりも盛大な拍手で迎えられた二人。
新郎はやっと最近、きちんとした定職についたらしく責任感に溢れた凛々しい顔。
新婦は母親に似ず、穏やかで可愛らしい笑顔。まさにお似合いなカップルである。

そんな二人を祝福するようにゲストは列を作り、手に持った花を空高く舞い上げた。
その花はフラワーシャワーに使うには珍しい花、桜の花である。
初春の澄んだ青空に控えめな桃色が無数に舞う。まるで粉雪のようだ。
私はその光景を眠い眼を擦りながら見守っていた。
…やはりやって良かった。

私の数少ない趣味の一つに園芸がある。
狭い庭に無数に咲く花々に心癒されるのが楽しみで、長年を掛けて色んな草花を育ててきた。
その中の一つに、今ではすっかり大輪になった桜の木がある。
ちょうどこの季節、満開に咲き乱れ、近所ではちょっとした有名スポットになるほどの
自慢な桜の木だが、私は今朝、4時に起床して一房一房、丁寧に摘み取った。
もちろん、緑川の娘さんのためである。
チャペル式ではフラワーシャワーをする気がないと小耳に挟んだ時に思いついた、
私からのサプライズプレゼントだ。

あの時に休憩室でみんなに提案をして苦い顔で非難されたが、
やはり私は緑川の娘さんのために何かをしてあげたかった。
私は常日頃から事務所で彼女の隣に座り、何かしらの小言を受けたり、
愚痴を聞かされたりと緑川にはあまり良い印象がない。
時には耳を塞ぎたくなったり、逃げ出したくなることもある
(実際にティールームへ逃げてることもしばしばだが…)。
それでも、そのぶん彼女の仕事ぶりもつぶさに観察しているつもりだ。
何やかんや文句を言いながら、緑川は朝から就業時間まで全く手を休めない。
毎日のんびり館内を散策したり、ティールームでお茶を飲んでいる我々が頭が下がるほどに。
さらにどんな些細なミスも決して逃さず、書類や伝票の記載漏れは今まで発生したことがない。
表舞台に立つ我々は、実は見えない裏側で彼女に相当助けられているのだ。
私は立場上もちろんその事を毎日隣で感心しながら見ているが、
他のスタッフには気付かないかもしれない。
だが、この機会に彼女へサプライズプレゼントをすることで、
緑川だってイヤミばかり言うだけではなく陰ながら支えてくれている事を思い出し、
日頃の感謝を形として伝えてもらえればと考えたのだが…。
緑川へのサプライズの話は今日までティールームでも、
休憩室でも一度たりと話題に上がることが無かった。
どうやらサプライズを用意したのは私だけらしい。

そんな少し気落ちした心も、空へ舞う桜の花びらに歓声を上げる新郎新婦と
ゲストの姿を眺めていると、報われた気がした。
純白のドレスに控え目な春の花が良く映える。
ゲストも珍しいフラワーシャワーに、桜の花びらを摘んで歓喜していた。
それくらい喜んでくれないと困る。
なんせそれだけの量の花びらを確保するために、
我が家自慢の桜の大樹は一枝だけ丸裸になってしまったのだから。
毎年楽しみにしているご近所の皆さんもさぞかし不思議に思うだろう。
だが、私は一向に構わないばかりか、むしろ清々しい気分でもある。
ここにいるゲストの皆様と、主役の二人を最高の笑顔にすることが出来たのだから。

新郎新婦を囲んで写真を撮ろうとしているゲストを掻き分け、
むっすりとした新婦の母が私に近付いてきた。
朝のうちに慶事の挨拶は済ませたので、私は軽く片手を上げるだけにした。

「支配人、私フラワーシャワーを頼んだつもりはありませんでしたけど?」

「おや、そうだったのですか」

わざとらしくとぼけた私を緑川は横目で睨んだ。

「言っときますけど、追加料金を請求されても絶対に払いませんから。
 そっちが勝手にやったことですからね」

「もちろんです。これは…私から娘さんへのプレゼントです。気に入って頂けましたかね?」

もとより緑川から感謝の言葉はこれっぽっちも期待していない。
だから私の気障なセリフに舌打ちで返すくらいが彼女らしくて落ち着く。

「他人の娘に良くもまぁ…。
 そんなことは別にどうでも良いんですけどね、注文が一つ間違ってるのがありましたよ。」

私がギョッとして彼女の方を向くと、緑川は白い目つきで自分の娘の手元を指差した。

「あの子が持っているブーケ、私が選んだのと違うやつなんです。
 あんなにゴテゴテしたのじゃなくて、もっとこう…こじんまりとした…」

娘さんが持っているブーケは、カサブランカを豪勢にも大量に重ね合わせて球体状にしたもので、
ブーケや花の相場に詳しくない私でも、決して安価なものではないと
一目で分かるくらい素晴らしいものだった。
あれだけ費用に口うるさかった緑川が絶対選ぶとは思えない代物だ。

「それは確かにおかしい。桃瀬君はなんて?」

ブーケなどの小物も全てフィッターの桃瀬が担当している。
彼女に限って商品を間違えるとか、そんなことがあるはずなかった。
すると緑川はもう一度舌打ちをすると、つまらなそうに言い捨てた。

「間違えました~お気になさらず~、ですって。
 全くお客さんが頼んだものくらい、まともに準備が出来ないのかしら?あの馬鹿娘共は…」

「馬鹿娘、共…?」

「そうよ。それが何か?」

二度も聞き返すなと言わんばかりに非難がましい視線を私に送り、
緑川は親族がいる方へスタスタ歩いていった。
私もすぐに弾かれるように『フィオーレ』へ向かった。


勢い良く衣裳室のドアを開けると、
ウェディングパーティー用のカラードレスの準備をしている桃瀬と、娘さんの担当をした赤沢がいた。
突然「花嫁達の楽園」に入り込んできた私に驚いた二人は、何事かと目を丸くする。

「緑川さんの娘さんのブーケ…君達が?」

私の言葉を聞くやいなや、二人はニンマリと微笑んだ。
今すぐ鏡があったら確認したいが、きっと私も彼女達と同じ表情をしているのだろう。

「こう見えても私、桃ちゃんのママからフラワーアレンジメントを教わってるんすよ?」

「共同製作でしたけど、出来映えは悪くないと思います。」

イタズラっ子のように舌をペロッと出す赤沢と、可愛らしくウィンクする桃瀬。
私はあまりの嬉しさに声が詰まって何も言えなくなってしまった。
そんな棒立ちしている私を可笑しそうに見ていた桃瀬が作業の手を休めずに口を開いた。

「私がこうやって接客やヘアメイクだけに専念出来るのも、
 緑川さんがフィオーレの経理を全部引き受けていてくれているからなんですよね。」

赤沢も桃瀬を手伝いながら、しみじみと語った。

「私だって、いっつも怒られっぱなしだけど、その都度ちゃんと緑川さんに手直ししてもらって。
 お客様や本社に迷惑をかけないで済んでるのも、あの人のおかげなんすよね」

そして二人は顔を見合わせると気恥ずかしそうに笑う。

「緑川さんがいつも陰ながら支えていてくれてたのに、私達全然気付こうともしないで…。
 最近になってようやく支配人が伝えようとしてくれたことに気付いたから、
 大したことは用意出来ませんでしたけど」

「私達からのささやかなサプライズプレゼントっす。
 どうでしょ?こんなもので大丈夫っすかね」

私は思わず涙腺にきてしまった感情をグッと堪え、大きく頷いた。
本人以上に自分が感極まってどうする。

「うむ。あのブーケ、凄く素敵だったよ!
 君達の気持ちが、ちゃんとこもっていて…あんなキレイなブーケ、今まで見たことがないよ!」

精一杯の褒め言葉を並べた私に、二人は嬉しそうにはにかんだ。
そして桃瀬は声を潜めてこっそりと秘密を打ち明けてくれたが、私はさらに驚かされた。

「実はですね、支配人。サプライズは私達だけじゃないんです。
 だからパーティーは楽しみにしていて下さいね」

「大丈夫っす。
 娘さんには何かあってもそれは全て式場からのプレゼントですから、素直に受け入れて下さいね、
 って伝えてありますから」



新郎新婦の二人をウェディングパーティー会場『グランシンフォニア・ルーム』にお招きして、
つつがなくパーティーはスタートした。
来賓からの簡単な祝辞を頂戴していよいよ乾杯、というところで、
司会から「実は…」と前置きがあってあることが告げられた。

「本日、晴れの日を迎えられたお二人にだけ、当館から特別に乾杯酒のプレゼントでございます。
 その特別な今日の日に相応しいボトルは『ドン・ペリニョン』です!」

ゲストが思わず感嘆の声を漏らす。
ドンペリといったらなかなか滅多にお目にかかれないシャンパンだ。
だが、驚くべきはそこではない。
ドンペリを左手に持って恭しく一礼をした紫倉チーフの右手に握られたのはサーベル。
そしてゲストが何事かと考える隙も与えず、チーフはサーベルの刃先をボトルに這わせると、
短い気合いと共に右手を振り抜いた。
一瞬の出来事に度肝を抜かれたゲストの皆様が次に見たのは、
注ぎ口のところがきれいに切断されて短く吹き上がるシャンパン。
突然の演出に、会場内は割れんばかりの拍手で包まれた。
映画やテレビでしかお目にかかったことがないが、
まさかサーベルオープンを生で見れるとは思ってもみなかった。
周りのスタッフも気が付けば拍手を送っていたが、
紫倉チーフは誇らしげに振る舞うでもなく何事もなかったかのように
新郎新婦のグラスにシャンパンを注ぐ。
さすがはプロ中のプロフェッショナルである。
新婦の両親テーブルを見ると、あの緑川も目を丸くして拍手をしていた。
だが私の視線に気付くと、すぐに手を引っ込めていつものムスッとした表情を作った。
私は苦笑いしながらバックヤードに戻る。
サーベルを布巾で拭って、ケースにしまおうとしている紫倉チーフの肩を叩く。

「紫倉チーフ、まさに見事な演出でした。私感激しましたよ!」

するとチーフは控え目に微笑み「大したことじゃありやせんぜ」と素っ気なく返した。
そんなチーフを私はつい、からかいたくなり、

「チーフ、因果応報なんじゃなかったんでしたっけ?」

と尋ねると、チーフは白々しい顔をして

「今日のは単なる練習でさぁ。ババァは関係ありやせん」

と返した。
私は小さく吹き出すと、すぐ後ろから大きな笑い声が湧いたので、驚いて振り返った。
するとそこにはデカい図体に髭面の白根が立っていたが、
何故か白根はタキシードに身を包んでいる。

「白根、それは…なんだ?」

訝しんで尋ねる私に、当館のシェフ長はニンマリと微笑んだ。

「何って、俺も緑のオバチャンにサプライズプレゼントよ!
 水臭いぜ、クロちゃん!やるんならやるで俺にも声をかけてくれよ!」

「僭越ながら、私も同じ意見です」

大柄な白根の陰から顔を出したのは、プランナーの緋村だった。
こちらも白根同様、パーティードレスに身を包み、正装をしている。

「うちら厨房だって発注伝票とか料理の原価計算を、
 全部あの緑のオバチャンにやってもらってるんだ。
 それこそ感謝の言葉、一つや二つじゃ足りないくらいよ」

「私だって、発注や事務処理ではいつも緑川さんにご指導して頂いてますから。
 このくらいしか出来ませんが、娘さんの晴れの門出にお祝いを、と」

いつの間に話が伝わっていたのか、
この二人も緑川へのサプライズプレゼントを用意していたらしい。

「ところで、二人は何を?」

私は首を傾げる。
二人の服装もそうだが、どうにも白根と緋村の共通点が見当たらない。
すると白根はニカッと少年のように笑うと、緋村の肩をガッシリ組んだ。

「ひぃちゃんがピアノを弾いて、それに合わせて俺の美声を轟かすのさ!」

ひぃちゃんと馴れ馴れしく呼ばれた緋村は、自分の肩に置かれた白根の手をやんわり振り払う。

「支配人、恐縮ですが会場にあるグランドピアノをお借りします」

「あぁ、それは構わんが…緋村君、ピアノ弾けたんだ」

白根の歌唱力に定評があるのは嫌というほど知っているが、
緋村にそんな一芸があるとは知らなかった。
彼女は澄ました顔で

「はい。四歳の頃から習っているので」

と答えた。
これには恐れ入った。

「じゃあ、一丁行ってくるぁ」と軽い調子で片手を上げ会場内に乗り込んでいく白根の後を、
ペコリと頭を下げた緋村がついて行く。
私もそれに続いてグランシンフォニア・ルーム内に入っていくと、
待ってましたとばかりに司会がアナウンスをする。
どうやら知らなかったのはゲストの皆様と私だけだったらしい。
…水臭いのはお互い様ではないか。

簡単な挨拶を済ませ、緋村の伴奏に合わせて白根が自慢の歌声を披露する。
まだ乾杯をして間もなくだというのに、
ゲストの皆様はついグラスや料理に伸びる手を止めて聞き入ってしまっている。
白根の歌声は何度も聞いているので相変わらずといったところだが、
緋村のピアノ演奏の腕前には正直驚かされた。
私の娘も小さい頃にピアノを習っていたので耳は肥えているはずだが、
まさにプロ級の腕前だ。
プランナーにしておくには勿体無いほどの演奏に、
輪をかけて白根の良く響くテノールが会場内を包み込む。
音楽に含蓄がない人でもわかるほどのクォリティーに、聴覚以外の感覚を遮断したいからか、
皆一様に瞳を閉じて白根の歌声と緋村の伴奏にじっくりと浸っていた。
もちろんあの緑川も、しっかりと眼を閉じて聞き入っている。
そして演奏が終わると同時に割れんばかりの拍手が二人に贈られた。
わずか五分程度の時間だったし、形に残るものでもなかったが、
それでも二人からのサプライズプレゼントは
ゲストの心に、新郎新婦の心に、緑川の心にしっかりと記憶されることだろう。

ウェディングパーティーは序盤からスタッフ陣からのサプライズ演出により、
大変和やかなムードで進んでいった。
もとよりお食事会メインのパーティーだったので、進行が退屈にならないか心配になったが、
ゲストの楽しまれている表情を眺めていると、どうやら杞憂だったらしい。
それにしても…白根と緋村には正直度肝を抜かされた。
二人共、本当にプロが裸足で逃げ出すほどの実力だった。
今度何かのイベントで、チャペルでコンサートでもしてもらおうか。
白根の美声と緋村のパイプオルガンならば反響効果があるチャペルにピッタリだろう。
彼らだけではなく、ここのスタッフのポテンシャルには、ほとほと驚かされることばかりだ。

進行はつつがなく流れていき、本来唯一の演出らしい演出、
ウェディングケーキ入刀の場面に差し掛かった。
このケーキ入刀にも緑川は反対したが、娘さんがどうしてもこれだけはやりたいと懇願したため、
鬼神様もギリギリで譲歩したのである。
ナイフをしっかりと握り締めて、これから初の共同作業に挑む二人の表情は
期待と喜びで満ち溢れていた。
そんな二人を温かい気持ちで見守っていると、
私の傍にプランナー部門チーフの紅葉谷がコソッと立った。

「支配人、申し訳ございません」

大して悪くもないのに謝ってしまうのが、この男の悪い癖である。
私はその部分を聞き流し、用件を催促する。

「で、何かあったのかい?」

「はい、実はですね、
 新しい演出アイテムの考察ということで何かないかと色々調べていましたところ、
 これはという物を見つけまして…。
 それで一つサンプルで購入しましたので恐縮ですが、ご覧頂ければと…すみません」

ペコペコと頭を下げる紅葉谷の手には、アンテナがついた小さな箱が握られている。
何故こんな時にそんな話をしなければいけないのか訝しんでいると、
司会より「ウェディングケーキ、ご入刀です!」とコールされたので、
私は一旦紅葉谷への返答は後回しにして、主役の二人に視線を戻した。
すると紅葉谷はそのアンテナ付きの箱を人垣で囲まれた二人に向けると、遠慮がちな声で囁いた。

「それでその演出アイテムなのですが、リモート操作が可能な花火なんです…すみません」

エッ、と紅葉谷に振り向こうとした瞬間、
ウェディングケーキにナイフを入れた二人の後方から、花火が上がった。
その火柱の高さは二人の身長をゆうに越え、3mには達している。
突然の出来事に圧巻された新郎新婦は写真を撮られていることも忘れて、
自分の背後に突如として吹き上がった花火に視線を釘付けにされていた。
だがそれは周りにいるゲストも同様で、
二人の記念すべき瞬間をフィルムに納めることも忘れて、口をあんぐりと開けている。
もちろん会場内にいるスタッフも驚きのあまりに仕事の手を止めてしまっているが、
その中で一人冷静に事の次第を見守っていた紅葉谷が、
申し訳なさそうに弱々しい笑顔を浮かべていた。

「実際のパーティーの雰囲気でゲストの反応と一緒にご覧頂きたかったのですが、
 すみません、いかがでしたでしょうか?」

この男にしては珍しく、したり顔でそう言った。
だが、そんな自分が気恥ずかしかったのか、すぐに顔を伏せると小声で
「すみません、すみません」と呟く。
イレギュラーなことを嫌う彼にしては随分と大胆なことをしたものだと、
私は感心しながらまだ吹き上がり続ける花火を眺めて思った。
きっと彼も緑川に何かサプライズプレゼントをしたかったのだろう。
普段は私以上に彼女から虐げられている紅葉谷だが、
それでも行動に移させるほどの感謝の念があったのだ。
私はやっと吹き終わった花火と鳴り止まない拍手を指差しながら、紅葉谷に肩をすくめてみせる。

「評判はご覧のように大好評だ。すぐにでも商品化してくれたまえ。
 なかなか良いプロモーションだったよ。緑川さんにとって、ね」
すると紅葉谷は照れながら頷いた。
態度は控え目だが、一番派手な演出を用意するあたりが紅葉谷らしくて良い。


その後もウェディングパーティーは和やかに進んでいき、
フェリスタシオン迎賓館伝統にして伝説のデザート、
白根シェフ長秘伝のレシピ『ガトーショコラ・クラシック』が給される頃には、
パーティーもだいぶ終盤に差し掛かっていた。
そして司会者からクライマックスの場面のアナウンスが入ると、
会場の照明は一気に暗転し、メインスポットに照らされた新婦が手紙を朗読し始める。
これからは母親になるという覚悟を涙ながらに切々と語る娘を前に、
緑川はいつもの事務所で見せるようなムッツリとした顔で見守っていた。
隣にいる旦那さんの方が肩を震わせているという逆転現象に、
ゲストをはじめスタッフ一同が緑川の気丈さというか、頑固さを改めさせられた。
そして手紙を読み終わった新婦へ、紫倉チーフから花束が手渡される。
新婦の体が隠れてしまうほどの見るからに豪華な花束に、緑川は顔をしかめた。
何故なら彼女は両親への贈呈用花束を注文していなかったからだ。
単なるケチなのか恥ずかしいからか知らないが、
母親自らが要らないと言われればこちらはどうすることも出来ない。
母親があの緑川ならば尚更だ。
では、あの花束は一体何かと尋ねられれば、
もちろん当館スタッフからのサプライズプレゼントである。

「やっぱり、金額が金額だと花束の大きさもすごいですね」

いつの間に隣にいたのか、最近結婚したばかりのホールスタッフの蒼井が微笑みながらそう言った。

「ホールスタッフ30人分の思いが詰まった花束、か」

「いえいえ、アルバイトも込みなので40人くらいですね」

このサプライズは事前に知らされていたので驚くことはなかったが、
その花束の大きさにはさすがに驚かされた。
蒼井の呼びかけにより、ホールスタッフ全員が一人千円ずつ出し合って、
緑川と相手の両親にも花束をプレゼントしたのだ。

「緑川さんにはパートの皆さんの労働時間の管理とかホール備品の発注とか、
 全部見てもらってますからね。
 それに確定申告の書類も全て緑川さんが一つ一つやってくれてるので、
 パートさん達はかなり感謝しているんですよ」

「なるほど、な。それにしても大きな花束だ。一人千円だとすると計五万円。
 それで花束二つだから、一つ二万五千円の花束か。…豪勢にもなるはずだ」

卑しくもついつい単価を調べてしまうのが癖なので計算してしまったが、
それにしても相場の二倍以上な金額だ。
だが、あまり細かいことまでは知らない彼は、
ただ「大きいですね~、立派ですね~」とホクホクしているだけだった。
さすがは自分の結婚式で金額を無視して、何でもかんでもやっただけのことはある。

娘から花束を受け取った緑川は、場に似つかわしくないほど豪華なそれに目を落とし、黙り込んだ。
そして眉間にシワを寄せると、固く瞳を閉じてそのまま丁寧に頭を下げた。
そのお辞儀の意味を、我々スタッフは理解した。
それは緑川が見せる、初めての感謝の気持ちなのだ。
きっとこれから先、あの傲慢な鬼神様が我々に頭を下げることも、
感謝の言葉を述べることもないだろう。
だが、それで構わないくらい濃厚な思いがこもった長いお辞儀だった。
鬼の眼にも涙、とまではいかなかったが、
緑川の心に我々の日頃の感謝はしっかりと伝わったはずである。



「やっぱり一番凄かったのは、白根シェフ長と緋村君のセッションだな」

「そんなこと…ないです。私は紫倉チーフのサーベルオープンでした。
 初めて見ましたけど、格好良かったです」

「支配人が準備した桜のフラワーシャワーも良かったですよ。季節柄、キレイでした~」

「桃瀬君と赤沢君が準備したブーケだって良かったじゃないか。
 商品としても充分いけるんじゃないか?」

週が明けた月曜日。
定例会議を終えた我々は、いつものようにティールームで息抜きを楽しんでいた。
話題はもちろん先週末の緑川の娘さんの結婚式で各々が準備したサプライズプレゼントについて。
私と桃瀬、そして緋村の三人は話に夢中になっていた。

「でも、結局は全員がサプライズプレゼントをやることになって驚いたよ。
 私はてっきり誰もやってくれないものだとばかり思っていた」

私はあの休憩室での一コマを思い出していた。
私の提案に浮かない顔で拒否をした面々だったが、蓋を開けてみればご覧の結果である。

「私は嬉しかったよ。
 みんな、いつも緑川さんにアレコレ言われて嫌な気分も味わっているだろうに、
 あれだけ素晴らしい演出を用意して心の底から祝ってくれた。
 フェリスタシオン迎賓館のスタッフは、本当に優しい人達ばかりだよ」

手放しの褒め言葉に、桃瀬と緋村は照れ笑いを浮かべる。
そしてそれを隠すように二人とも同時に口に付けたカップを傾けた。

「私も…初めは支配人にサプライズを提案された時、なんでそこまでしなきゃいけないの、って
 本心では思ってたんです。でも、緑川さんの事をよく考えてみると、
 実は目に見えないところで凄く助けられているんだなって、気付かされました。」

「私だってそうです。普段は緑川さん、あぁだから苦手な印象しかないですけど、
 でも絶対に間違ったことは言わないんですよね。
 ただちょっと口が悪いだけで、緑川さんに指摘されたことを実行すると
 本当に仕事が一段も二段も成長するんですよ。
 それって、私達のことをよく見ているってことですよね。…尊敬します」

この緋村にそこまで言わせるとは、緑川は相当な人物なのだろう。
私としても全く同じ意見である。
普段は傲慢で口が悪く無愛想な緑川だが、実は仕事熱心で真面目な人なのだ。
彼女が面倒な事務や雑用を一手に引き受けていてくれているおかげで、
我々現場の人間は何気兼ねなく自分の業務に専念出来るのだ。
縁の下の力持ち…まさに我がフェリスタシオン迎賓館の鬼神様に相応しい言葉である。

「うむ。だがな、あれでもう少しみんなと打ち解けてもらうと、もっと仕事も円滑に進むんだが…。
 彼女にはそういう点にも気を回してもらいたいものだ」

「そんな気はさらさらございません。残念でしたね」

急に背後から怒気を含んだ濁声が聞こえて、私達は驚いて飛び上がってしまった。
そこには眉間にシワを寄せて仁王立ちしている緑川の姿があった。

更新日 6月20日


あまりに唐突な出来事に、我々は動揺してしまって声が出せなかった。
事務所のデスク以外にいる緑川の姿はあまりに見慣れなく、
そしてティールームに足を踏み入れた彼女を見るのも初めてで、
よくこの空間があることを知っていたなと感心してしまうほどだった。

固まっている我々を見回した緑川は、フンッと荒い鼻息を吐き出すと、近くの椅子に腰掛けた。
その一挙動に我々はビクついてしまう。

「桃瀬、私のマグカップもあるんでしょう?」

その無意識に威嚇するような声に、桃瀬がビクンと過剰に反応して立ち上がり、
忙々とお茶の準備に入った。
そしてお茶っ葉の缶をひっくり返しながらあることに気付き、マジマジと緑川の顔を覗き込む。
桃瀬の淹れるハーブティーはその人の体調や気分に合わせて各種のハーブを調合される。
普段通い慣れているスタッフなら大体の顔つきで微調整をする程度だが、
初来店?となる緑川にはどんなブレンドをすればいいのか、資料がないので
彼女はまずジッと観察するしかないのだ。

だが、そんな桃瀬の気兼ねなど全く知る由もない緑川は舌打ちをして睨むと、
ティールームの亭主は慌ててハーブティーを淹れる準備を再開した。
カチャカチャといつもより手つきが緊張している音を耳で感じながら、
私と緋村は黙って顔を伏せていた。
緑川は何も言わずただ腕を組んでハーブティーが入るのを待っている。
この緩やかな時間を楽しむティールームで今まで味わったことのない張り詰めた空気に、
私は胃の奥がキュンと痛んだ。

「お、お待たせ致しました…」

やっと完成したのか、おずおずと怯えながら緑川の前にハーブティーを差し出す桃瀬。
ディープフォレストのマグカップが初めて出番を迎えた記念すべき瞬間だと言うのに、
イヤに重たい雰囲気である。
ジッとカップの中の揺らぐ水面を見つめていた緑川は、ゆっくりとカップを持ち上げると一口飲んだ。
全員が固唾を飲んで見守る中、緑川は苦い顔をして感想を述べる。

「不味くは、ないわね」

その一言に桃瀬はグタッと肩の力を落とした。
本当に安心した時の人間はこんな仕草をするのだろう。
そんな様子をつまらなそうに一瞥した緑川は、カップを手に持つと席を立った。

「それでは私、業務に戻ります。桃瀬、このカップは帰りにでも返すわ」

そう言い残すと、緑川はズカズカ大股でティールームから出て行った。
そして全員がドッと深い溜め息を吐いたと同時に、再びドアが開く。

「あんた達もいつまでもサボってないで仕事しなさい。支配人、あんたもよ」

それだけを言い捨てると、緑川は力一杯ドアを閉め、今度は本当に事務所へ戻っていった。
体を強ばらせ遠ざかっていく緑川の足音を聞きながら、
もう完全に彼方へ行ったことを確認したのと同時に、堪えきれず皆一斉に大声を上げて笑い出した。

スタッフ全員の優しさと温かい真心に触れ、
ほんの少しだけ…本当に僅か一ミリ程度だが、みんなと打ち解けた緑川だった。








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Comment

うぅぅ、素敵なサプライズ♪
桜のフラワーシャワーなんて見たことがないです。
きっとキレイでしょうね~。
ブーケも豪華になってるなんて、花嫁は嬉しいですよね。

案外、値切る親の子供は大人しいですね。
これも日本国中共通なのかしら?(笑)
すみれ | 2009年06月15日(月) 22:26 | URL | コメント編集

気付かなかったんですが、ふと見ると……
要人さん、3万ヒット超えてたんですね!
遅ればせながら、おめでとうございますwww
これからもがんばってくださいね!
微力ながら応援してます^^

サプライズ、素敵ですw
最期に鬼の目にも涙を期待してるんですが、
そうはいかないかしら^^
momokazura | 2009年06月16日(火) 01:50 | URL | コメント編集

>>すみれさん
私も一度でいいから桜のフラワーシャワーを見てみたいです。
ドレスよりも和装の時の演出だったら素敵なんでしょうね。
私の知ってるところでは親も値切る人だと子供も同じ感じですけど。
人それぞれかしら?

>>momokazuraさん
はい!気付けば3万いってました!
momoさんが描いてくれた看板イラストが
引き寄せてくれたおかげです。
これからもよろしくお願いしますね♪
要人(かなめびと) | 2009年06月16日(火) 06:26 | URL | コメント編集

サプライズ!素晴らしいです!!
やっぱりここのスタッフの方達って凄いですよね~!
皆さん、緑川さんの大切さに気付いてくれて良かったです♪
緑川さんもこれを機会に皆に優しくなってくれれば…いやいや、緑川さんは今のままでイイのかもしれませんね。
私の聞くところによれば、この辺の方達は値切るのが当たり前的な考えがあるみたいですよ。 土地柄なんでしょうか?
夢 | 2009年06月16日(火) 13:24 | URL | コメント編集

以前、学校の帰りに友人と二人で桜の木の下で突っ立ってました
風が吹く度に、ぶわーって桜の花びらが舞い散る!
キャーキャー言いながらはしゃいでましたよ
桜は綺麗ですもんね、降り注ぐとホントに気持ちが良くて・・・

良いなァ、こんなサプライズ!
思わず拍手しちゃう緑川さんが素晴らしく微笑ましかったです
楚良 紗英 | 2009年06月17日(水) 01:13 | URL | コメント編集

>>夢さん
始まりました、サプライズ合戦!
ここは色々考えるのに苦労しましたよ。

私はそんなに値切られた感覚はないんですけど、そうなんでしょうか?
むしろそれが日常茶飯事になっているので、気付かないとか!?

>>楚良 紗英さん
私も桜は大好きで作中でよく登場します。
季節的にもイメージ的にも桜を出すと物語りに色が付くんですよ。
要人(かなめびと) | 2009年06月17日(水) 06:38 | URL | コメント編集

紅葉谷チーフ、やってくれますね~♪
それにしても会場内での花火って想像つきませんね。機会があったら見てみたいものです。

息子さんの具合、どうでしたか? なんともないとイイですね。
夢 | 2009年06月17日(水) 18:52 | URL | コメント編集

>>夢さん
花火の演出は大好評ですよ。
最近の演出では一番盛り上がりますし、人気があります。

息子は何も問題なかったです。
ちょっと便秘気味ってだけでした。
要人(かなめびと) | 2009年06月18日(木) 06:18 | URL | コメント編集

1つ25000円の花束なんてどんな感じなんでしょうね!?
見てみたい…
安く上げようとした披露宴なのに、普通の披露宴より盛大になってるんじゃないですか? これも緑川さんの人望?

息子さん、問題なくて良かったですね!
うちの長女も3才位の頃お腹が痛いと苦しがり、夜中に病院に走ったら 「便秘かもしれませんね」 と言われた事があります。 あの時は慌てたけど、今となっては懐かしい思い出ですね。
夢 | 2009年06月18日(木) 18:03 | URL | コメント編集

>>夢さん
たぶん花輪クラスの大きさになるかと予想されます。
やっぱり緑川さんの人望でしょうね。
それだけ彼女が陰ながら皆を支えていた証拠でしょう。
要人(かなめびと) | 2009年06月19日(金) 06:13 | URL | コメント編集

すごいパーティーになりましたね~。
せーぜー、卓上花火くらいで、そんな贅沢な
花火の演出は見てないな~。

緑川さん、何と声をかけるのでしょう?
気になります。
すみれ | 2009年06月19日(金) 15:01 | URL | コメント編集

>>すみれさん
分かってはいても花火は一番盛り上がりますね。
でも花火の演出は高いです。
もうちょっと安くなればもっと稼動するのに、といつも思ってます。
要人(かなめびと) | 2009年06月20日(土) 06:09 | URL | コメント編集

緑川さん、ちょっと皆に近づきましたね♪
それにしても…ホント感情を顔に出さない人ですね~。
支配人!支配人なんだから緑川さんを前にうつむくのはやめましょうよ!と思うのは私だけでしょうか?
胃の奥まで痛んでるし(笑)
夢 | 2009年06月20日(土) 18:01 | URL | コメント編集

>>夢さん
支配人は緑川さんがかなり苦手なので仕方ないんです。
私もこういう人は苦手なので、心の中で「くわばらくわばら」と唱えるだけでしょうね。
要人(かなめびと) | 2009年06月22日(月) 11:17 | URL | コメント編集

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