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2009'05.14 (Thu)

人懐っこいシェフの場合 後編


【More・・・】

「それでは次に進行についてお伺いしましょう。
 ご本人から挨拶を頂戴するのは当然として、
 どなたか来賓の方から祝辞をお願いする予定などはございますか?」

「いや…特には。僕の挨拶であとは乾杯でいいかな、と思ってましたが…駄目ですかね?」

「駄目ということはありませんが…。」

やはりいくら天才教授と言えども、その辺の機微には疎いようだ。
まだ23歳では当然か…。

「たまたま当館のスタッフの知り合いに大学院の教授がいらっしゃいましたので、
 こういった祝賀会についてお伺いしましたところ、
 だいたい来賓三名くらいから祝辞を頂いて、花束や記念品を贈呈して、
 ご本人の挨拶は短くても10分はスピーチなさるらしいですよ。」

「そ、そんなにですか!?」

目を丸くして口をあんぐり開ける誠一さん。
私も以前いた式場で祝賀会などの施行に入ったことがあるが大体はそんな流れが多かった。
来賓を招待するとなれば、それ相応の気遣いはあって然るべきなので非常に面倒なのだ。

「僕、10分も話せないですよ!誰かに祝辞なんてして欲しくないし。
 それに花束ってなんですか?誰か持って来るんですか?」

「ご自分で準備される方が多いかと…」

「………。」

絶句しながら溜め息をつくという器用なことをした誠一さんは、額に手を当てて悩み出した。
そりゃ誰だって人前で話すのは苦手だし、他人の長々としたスピーチを聞きたくもない。
だが、そんな建て前が重要な場面あるということも、この若過ぎる教授に知って欲しい。

「桑原副会長から祝辞を賜っては如何でしょう?」

抑揚の全くない声でそうアドバイスを送る素子さんに、
誠一さんは苦虫を噛み潰したような顔で返す。

「それだけは絶対にイヤだ。
 食事の前にあの人のイヤミなんて聞いたら絶対に楽しくないに決まっている。」

私はその時、誠一さんの言葉の一端が心に引っ掛かった。
今この青年は何かおかしな事を言っただろうか?

「別にそこまでして誰かの話を聞かなくてもいいんじゃねぇの?
 それに意外と頼まれた方だって絶対に面倒臭いんだって。」

一瞬物思いに耽っていた隙に白根から口を挟まれた。
私はお客様を前にして無責任極まりない発言をする白根を横目で睨み、声を潜めて叱責する。

「おい白根、あんまり適当な事を言うな。」

「でもクロちゃんよ、本当のことだぜ?誰も祝辞なんて聞きたくないし、喋りたくないだろ。」

「とりあえずお前は黙ってろ。料理についてだけ話してくれ。」

「いいじゃねぇか、オレだってこの二人に最高に楽しい食事をして欲しいだけじゃねぇか。」

「だったら尚更黙っとけ。とにかく料理以外のことに口を挟んでくるな。」

我々が小声で応酬している姿を不思議な顔で見つめる誠一さん。
私はすぐに笑顔を作り、何事もないことをアピールした。
だが、素子さんの書き殴った手元のノートには
「白根氏、料理以外の発言に制約有」と記されていた。
…そこはメモらなくていいだろう。

「あの、ですね…。僕は出来ればそんな形式ばった祝賀会じゃなくて
 お世話になった人達を招いて、ただお食事を楽しみたいんです。
 だから祝辞とかは別に…あ!もちろん僕の挨拶くらいはしますけど!…駄目ですか?」

遠慮がちだが真摯な眼差しで誠一さんは言った。
私はその表情に言葉を窮する。
確かにセオリー通りに進めた方が安心だろうが、決して駄目というわけではない。
それよりも私が気になったのは誠一さんのある発言だ。
先ほども同じことを言っていたが、それが私の心に引っ掛かった元だ。
誠一さんはこう言った。

「食事を楽しみたい」

この青年は白根と同じことを言っているのだ。
片や、結婚式場の調理人…。片や、若き大学教授…。
年齢も育ちも環境も違うはずの二人が同じ考えを持っているということが不思議でならなかった。
いや、誰だってどうせなら食事を楽しみたいと思うのは自然だろう。
ただそれをわざわざ口にして、
祝賀会というある意味教授就任の御披露目の場にそれを要求することが珍しく感じた。

「いや、別に駄目ということはございません。主催者である誠一さんがそれで良ければ…。」

「問題ないでしょう。
 会食を有意義に過ごすことが最大の目的ならそれを阻害しかねない事項は排除すべきです。」

誠一さんに替わって素子さんが答えた。
やや直接的な言い方だが、どうやら奥さんも彼と同じ意見らしい。

「かしこまりました。
 それでは誠一さんからご挨拶と乾杯の発声を一緒に頂戴して、
 あとはすぐご会食ということでいかがでしょうか?」

「はい、ちょっと緊張しますけどそれでお願いします。」

安堵の溜め息をつきながら誠一さんはニッコリと笑みを浮かべた。
本人がそれで良いなら仕方ないが、これでは祝賀会というよりもお食事会ではないか?


「それで、今試食した料理の感想なんですが…いいですか?」

いよいよ今回の本題である。今日はこれが目的で二人にお越し願ったのだ。
私は背筋を伸ばし直したが、白根はそのままの砕けた調子で「どうぞ~。」と促した。
お前が緊張するところだろうが。

「では…さっき食べた料理なんですけど、どれも本当に美味しかったです。
 僕も趣味では料理を作るんですけどそんなのが比べものにならないくらい、
 本当に美味しい料理でした。」

私は上々な評判にホッと胸を撫で下ろす。
当然だ。白根が作る料理が不味いわけがない。
だが、誠一さんは「ただ…」と言葉を続ける。

「コース料理でお願いしたからかも知れませんが、ちょっと品数が多かったかな、と思いまして。」

私は今日の試食会で出したメニューをもう一度確認する。
オードブルから始まりデザートで締めるコース料理だが品数は全部で7品。
決して多いとは思えない品数なはずだが…。

「ボリュームが少し多かったですかな?」

素子さんは小柄なので見るからに少食そうだし、誠一さんも背丈は高いが大飯喰らいに見えない。

「確かに品数は7品ですが、
 普通の方がお召し上がり頂くには丁度良いボリュームだと思いますが?」

「いや、違うんです。
 量は問題ないんですけど、次から次に料理がはこばれてくると、なんだか忙しなく見えちゃって…」

「しかし、コース料理というのは得てしてそういうものかと…。
 コースとしてお客様に楽しんで頂くにはそのぐらいの品数で構成しなければ」

「別に構わないぜ。」

私の話に割り込んで白根がアッケラカンと言った。

「そうだよな。7品は多いよな。だいたい5品くらいの方がゆっくり食べれるよな?」

私は白根の発言に正直ムッとした。
私だって誠一さんが品数を減らせというなら、減らしたって構わない。
ただ、白根がメニューを考慮に考慮した上での料理構成だったろうから、
あえてそれをアピールしようとしたのだ。
なのにこの男ときたら自らがあっさりとそれを覆してしまった。
私は隣の巨漢を肘で小突き耳打ちをする。

「なんでそんな簡単に替えるちゃうんだよ!?」

「だってこの二人がそっちの方が良いって言うんだもん。いいじゃねぇか?」

「お前にはプライドとかポリシーってものが無いのか!? 」

「あるけど?」

相変わらず軽い調子の白根に憤りつつも呆れながら、
私は二人に「シェフ長が問題と仰っておりますので…」と承諾の意を伝えた。
そんな私を誠一さんは申し訳なさそうにしつつも不思議そうに眺めた。

「じゃあそれに合わせてメニューもまた練り直しますよ。」

「無理を言ってすみません。よろしくお願いします。」

「いやいや、大した手間じゃねぇ。
 それにその品数だったらデザートは特別にしても胃袋が持ちそうだな。」

「え…特別に、って…?」

「デザートはショートケーキ!しかも一人に一つ、ワンホールでどうだ!」

「本当に良いんですかっ!?」

「甘いものはいけるクチかい!?」

「はい!もちろんっ!!」

感極まって身を乗り出す誠一さん。
隣に座った素子さんも顔を上げて瞳をキラキラ輝かせている。
興奮状態の三人をよそに、私一人だけ取り残されてしまった。

当館のデザートには白根が長年の研究の末に
辿り着いた秘伝のレシピ「ガトーショコラ・クラシック」が給されるのが伝統となっている。
それが非常に評判が良く、ゲストとして招かれたお客様が
わざわざそれを食べるだけのために来館するほどだ。
白根もそのレシピには並々ならぬ思い入れがあるはずなのに、
それをまたもや自らが覆してしまうとは…。
怒りを通り越して失望してしまった。

しかもその替わりにショートケーキ…優雅さも高級感もあったものじゃない。
それではまるでお誕生日会ではないか。
確かに本人の好みを取り入れることも大事だが、
それをただ馬鹿正直に聞き入れていたらバランスが悪くなってしまいかねない。
まだ世間慣れしていない若き大学教授に適当な事ばかり言う調理人。
この人達に任せていてはせっかくの祝賀会が台無しになってしまう。
ここは一つ、私が軌道修正を図らねば。

「せっかく記念の祝賀会なのでお料理に合わせてワインにもこだわってみてはいかがでしょうか?
 普段飲めないようなヴィンテージワインなど取り揃えれば、ゲストの方もきっと楽しまれますよ?」

私の提案に誠一さんが眉をひそめる。

「僕…お酒が飲めないんですけど、他の人にはその方が喜ばれるんですか?」

「えぇ。やはり美味しいお酒の方が楽しめますよ。」

「でも…それじゃお酒が進んじゃってお料理を食べなくなりますし、
 団欒って雰囲気が壊れてしまうんじゃないですか?」

怪訝な顔をして反論する誠一さん。
隣を向くと白根も同じような顔つきで私をジッと見つめていた。
何なんだ、一体?私は何か間違ったことを言ったのだろうか?
素子さんだけは顔を上げずに相変わらずノートに何かを書き殴っていたが、
目を凝らしてよく読んでみると、
ワープロで打ったかのように正確な文字で「黒石氏との意見に齟齬有り」と書かれていた。
齟齬有り、とは一体なんだ?
長年サービス業をしていてここまでお客様と意思の疎通がいかないのは初めてだ。


私は彼らの求めていることがさっぱり分からず、頭を抱えてしまいそうになったその時、
いつの間にそこにいたのか紫倉チーフがそっと肩を叩き、

「支配人、お電話が入っております。」

と声を掛けた。
私は「ちょっと失礼します」と席を立つ。
こんな時に誰からか、と思ったが正直なところ電話に救われた感が否めない。
あの場での私は明らかに意見が食い違っていて疎外されていた。
ここで一旦仕切り直しといきたい。

バックヤードにある内線電話の前に行くと、不思議なことに受話器が伏せてあった。
私は小首を傾げると、後からついて来た紫倉チーフが「申し訳ねぇ、支配人。」と頭を下げた。

「これは、どういうことかな、紫倉チーフ。」

電話があったというのは虚言だった。
きっと紫倉チーフがわざと私を席から離すためにかたったのだろう。
先輩ながらも部下であるチーフに嘘をつかれたことに怒りは湧いてこない。
熟練されたサービスマンであるこの人の行動には常に深い意図が隠されているからだ。
替わりに自嘲気味な興味が湧いてきた。

「支配人、この場は一つ白の字に任せてやってくれやせんかね?」

「白根に…?何故かね?」

何故かね、と自分で言いつつ私も、心の底では白根に一任するのが最良策だと薄々感じていた。
だがそれが何故かまでは分からない。
紫倉チーフはどうやら見抜いたようなので、是非ご教示願いたい。

「あのお二人方は白根と同じなんでさぁ。似たもの同士って奴ですかね。
 だからあのお二人方の気持ちを汲んでやれるのは白根だけなんでさぁ。」

「それは何となく感じ取っていたよ。ですがね、紫倉チーフ。
 私にはなんであの二人と白根が似たもの同士なのかが分からないんですよ。」

正直なところを言ってしまえば、私は悔しかったのだ。
白根とは高校生の頃からの付き合いで、あの男のことなら何でも知っていると自負していた。
中年にもなってこんなことを言うのは気恥ずかしいが、親友だと思っている。
そんなあいつのことで今更分からないことが出てくるなんて、悔しかったのだ。

「…支配人は、冷たい飯ってなぁ食った時がありますかい?」

真剣な眼差しで問い掛ける紫倉チーフ。その表情はどことなく悲痛そうだ。

「そりゃあ、遅くなって帰ればご飯が冷たくなってる時が多いよ。」

「いやいや、冷めた飯じゃなくて『冷たい飯』でさぁ。分かりますかい?この違いが。」

私は頭を捻って考えてみたが、違いなどさっぱり分からず、
冷めてしまってカピカピになったご飯ばかりが浮かんだ。
そして悩みながらもジワジワと理解してきたことが一つ。
…白根や誠一さん、素子さんは私が決して理解出来ない感覚に苛まれている、ということだった。
私はお手上げとばかりに肩をすくめてみせる。

「紫倉チーフ、私には全く理解出来ない。どうやらあの場に私は相応しくないようだね。」

何でもお客様のためにやり過ぎるサービスマンだった私だが、
それでも今の地位まで昇り詰める事が出来た大きい要因がある。
それは引き際を見極めるタイミングを身に付けたことだ。
一見矛盾している思えるが、それだってサービスマンにとっては重要な要素である。
理解を示した私にチーフは深々と頭を下げる。
職人気質に過ぎて上下関係を誰よりも重んじる紫倉チーフのことだ。
後輩とはいえ上司である私に物申すのはさぞかし心苦しかっただろう。

「それではこれからの打ち合わせはあっしが引き継ぎやしょう。
 支配人は急用が舞い込んじまったってぇことで如何でやんしょ?」

「あぁ、すまないが後は宜しくお願いします。」

「合点承知。」

苦笑いを残してバックヤードから立ち去ろうとしたが、私はふと足を止めた。

「チーフはその、冷たいご飯とやを食べたことがあるのかい?」

不可解ながらも白根がこだわる『楽しい食事』というものを知るためのヒントは欲しい。
どのみち後で本人に問い質してみるが、まるっきり何も知らないままでは
あまり気分がいいとは言えない。紫倉チーフはニッと歯を見せて笑い

「もちろんでさぁ。あっしの実家も小料理屋でしたからね。」

と返した。
私はますます分からなくなってしまったが、手を上げてその場を立ち去った。


「なるほどな、師匠がそんなことを言ったのか…。」

私の話を一通り聞いた後、淹れたてのハーブティーを啜りながら白根はひとりごちた。
帰りにでも久しぶりに一杯引っ掛けながら話をしようと画策していたが、
たまたまティールームで白根にばったり会ったので丁度良いと思い、話を切り出してみた。

白根はここ、花嫁達の楽園『フィオーレ』内の事務所兼スタッフ休息所である
ティールームに入り浸っている時が多い。
自身のアイドル的存在であるフィッターの桃瀬に
ちょっかいを出しに来ているのが大方の目的だが、
彼女が調合してくれるハーブティーが胃痛に効くらしいのも目的の一つだ。
調理人は毎日様々な料理の味見を行わなければいけないので、自然と胃潰瘍が持病になるらしい。

「冷たい飯、か…。師匠も上手い言い方をするねぇ…。」

「私は前々から気になっていたんだ。なんでお前がそこまでして『楽しい食事』をこだわるのか。
 その、冷たいご飯っていうのが関係してるんだろ?もし良かったら教えてくれないか?」

私は支配人としてではなく、サービスマンとしてでもなく、
一人の友として白根のことを知りたかった。
そんな親友である白根はゆっくり頷くと、昔から変わらない屈託無い笑顔のまま語りかけてきた。

「クロちゃんよぅ、オレの実家を覚えているかい?」

「もちろん覚えているさ。トンカツ屋『しらね』だろ?」

白根の実家はトンカツ屋を営んでいて、
私も学生の頃や地元に帰った時にはよく食べに行ったものだ。
もっとも跡取りである白根がこうして当館のシェフ長をしているせいで
誰も店を継ぐ人がいなく、現在はあえなく閉店している。

「本当に美味しいトンカツだった。余所で食べるトンカツとは別格だったよ。」

「へへっ、あれは油に秘密があったんだよ。
 サラダ油とオリーブオイルを半々混ぜて揚げるのがコツなのさ。」

「そうだったのか。だから油のしつこさが無くて美味しいかったのか。」

「そうさ。
 でもな、店が忙しかったせいでオレは一度も親父やお袋と一緒に飯を食った時がなきゃ、
 どこか遊びに連れて行ってもらった記憶もねぇ。
 夕飯はいつも一人食ってたよ。」

屈託無い笑顔のまま白根はそう言った。
私はそこで初めて白根が言う『楽しい食事』の意味を理解した。

「そりゃ飯くらいはお袋が店で出すカカツやご飯とかだから
 いつも熱々で味は申し分ないものだった。
 だがな、一人で食う飯っていうのは味気なくて寂しいものだぜ。
 誰と会話をするわけでもなく、ただ黙々と腹に食い物をため込んでいくだけ。
 そんな一人で食う飯ってやつは温かいはずなのに、冷たいんだよ…。」

私は改めて誠一さんと素子さんのプロフィールを思い出した。
確か素子さんは早くにご両親を他界され、
誠一さんもお父様を亡くし、お母様は看護士をされていたはずだ。
あの二人もきっと白根と同じように、一人で食卓につく寂しい食事を経験してきたのだろう。
だからアレだけ『楽しい食事』に執着していたのだ。
決して単なる祝賀会ではなく、自分を慕ってくれる、支えてくれる人達に囲まれて
温かい食事を楽しみたかったのだ。
二人のプロフィールを資料を読んで知った白根が
「自分に持って来いなお客様」と言ったのも納得出来る。

人の苦しみというものは同じ経験をした人にしか決して理解されない。
それも幼少期の思い出となれば尚更だ。
…幸か不幸か、私にはそんな経験が一度もなく、夕飯は家族が全員揃ってが当たり前だった。

更新日 5月20日

「私もその気持ち、分かります…。」

それまでシンクで洗い物をしていた桃瀬がマイカップを持って席についた。

「私も母が忙しかったので小さい頃、夕飯の話し相手はいつもテレビでした。
 ずっとそうだっからそれが当たり前だと思ってましたけど、
 一度だけ友人のお宅の夕飯にご一緒させてもらったことがあったんです。
 その時に初めて一家団欒の意味を知ったのと同時に、
 すごくその友人が羨ましかったのを覚えています。」

幼き日の自分を懐古するように遠い眼をした桃瀬は、ホッと溜め息をついてハーブティーを啜った。

「『美味しい料理』ってやつはな、ある程度頑張れば作れるしいつでも食べることが出来る。
 だけど『楽しい食事』ってのは違う。
 気の合った仲間、良い雰囲気、整った環境がなくちゃ味わうことが出来ねぇ。
 言ってしまえば、どれだけ不味い飯を食ったって
 仲間や家族と馬鹿言い合って思いっきり笑えれば楽しい食事になるんだよ。
 どうせならそういうものを作る仕事をしたいもんじゃねぇか?クロちゃんよ。」

隣に座った桃瀬がしきりに頷いている。彼女もまた、楽しい食事を欲する人なのだ。

私はどう答えればいいかわからず、口を閉ざしてしまった。
それほどに白根の話から感銘を受けてしまった。
今まで陽気な調理人としか思ってなかった白根の中には、
我々よりも秀逸なサービスマンとしての感覚を持ち合わせていたなんて。
『楽しい食事』を作る、まさに我々サービスマンの領域ではないか。

「そうだな…
 我々『フェリスタシオン迎賓館』が目指すのはまさに白根が言う『楽しい食事』であるべきだろう。  
 なぁ、白根。もしも余裕があればでいいが、もっとホールに来て
 お客様と触れ合える時間を増やしてくれないか?
 他のスタッフにとって良い刺激になる。」

私からの頼まれ事に白根は特大のスマイルを浮かべた。
この男は昔からこうで、私から何かを頼まれる度に必要以上に喜びを露わにするのだ。
まるで散歩に行く前の尻尾を千切れんばかりに振る犬のように。
いや、こいつの場合は犬ではなく熊か。

「もちろんだよ!もう最初から最後までホールに居てやるぜ!」

「そこまでは、ちょっと…」

「こうなったら歌のレパートリーを増やさなくちゃな!
 早速お嬢ちゃんとカラオケに行かなきゃならねぇぜ!」

「いや、それは勘弁してくれ。」

私の話なんぞ耳に入っていないようで、白根は勢い良く立ち上がって歌の練習を始めた。
白根の歌声のファンである桃瀬は、始まるや否や目を輝かせて拍手を送る。
ティールームにイタリア人が裸足で逃げ出すくらいの心地良いテノールが響き渡る。
出来ることなら今だけはフィオーレにお客様が来ないことを祈りたい。
いくら楽しい空間を演出するのが結婚式場の生業と言えど、
さすがに従業員が歌の練習をしてる場面は誤解を与えかねない。



それから約半月後、誠一さんの大学教授就任祝賀会はつつがなく執り行われた。
二人の要望と白根シェフ長の提案が功を奏し、
祝賀会は今まで見たことがないほどアットホームで温かな会食となった。
ゲストの皆様は終始笑顔で会話と食事を楽しんだ。
そして祝賀会も終了間際、厨房での仕事が一段落ついた白根が
無精髭に豪快な笑顔を浮かべ、ゲスト一人一人に尋ねて回った。

『お食事は楽しいですか?』








↓誠一「皆さん、お久しぶりです。教授になっちゃいました、ハハハ。…何ででしょうね。」
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08:19  |  儀式人の楽園  |  CM(6)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

祝賀会って面倒くさいんですね。 花って自分で準備するんですか?なんか変な感じ(驚)
白根シェフ&支配人コンビ、面白いですね~! 型にはまってる人とはまってない人って感じで。 私は白根シェフみたいな人の方がイイですね♪ どんな祝賀会になるのか楽しみです♪♪ ハイテンションな苺ちゃんも登場するのかしら?
夢 | 2009年05月15日(金) 09:03 | URL | コメント編集

>>夢さん
祝賀会なんて半分ヤラセみたいなものです。
白根×支配人はまさに白黒コンビです。一番書いていて面白い二人なんですよ。
今のうちにネタバレっぽくなりますが、苺ちゃんは残念ながら登場しません。
すみません><
要人(かなめびと) | 2009年05月15日(金) 23:48 | URL | コメント編集

久しぶりの素子ちゃんと誠一くんの登場にテンション上がりますw
やっぱりこの二人はいいですね~♪
素子ちゃんはあいかわらず、突き抜けててかわいいし、
支配人から見た誠一くん像も好意的で、そうでしょ~いい青年でしょって、
読者の特権で鼻高々になっちまいましたよ^^
momokazura | 2009年05月17日(日) 00:22 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
そう言っていただけると書いた甲斐があるってものです。
あわよくば他のキャラも登場してもらおうと思ったんですが、
構成的になかなか難しかったので、また別の機会にご登場願おうと思います。
特に苺ちゃん辺りはまた書いてみたいですね♪
要人(かなめびと) | 2009年05月17日(日) 06:08 | URL | コメント編集

お客様、それぞれにこだわりがあって、
そのこだわりが全く理解できず・・ってこと
やっぱりありますよね。
でも、分かってくれる白根シェフがいてくれて
誠一さんも素子さんもよかったですよね♪
すみれ | 2009年05月20日(水) 10:02 | URL | コメント編集

>>すみれさん
料理に関してって、結構見た目の豪華さとか味とかに頼りがちになってしまうものです。
特にこういった試食会をわざわざ開くような催し物には。
でも一番は「楽しい食事」をすることなのかな、と常々思っております。
要人(かなめびと) | 2009年05月21日(木) 06:15 | URL | コメント編集

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