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2009'04.11 (Sat)

初体験な司会者の場合 後編


【More・・・】

「それではこれより、お二人にはウェディングケーキご入刀に」

「セリフが棒読み過ぎる。もう一回最初から。」

「ういっす。それではこれより、お二人にはウェディングケーキご入刀に」

「だからもう少しセリフに抑揚をつけろ。場面を頭の中で想像してみな?
 ここは楽しくなる予感を連想させる雰囲気を前面に出さなきゃダメだろ。もう一回。」

「うす。それではこれより、お二人にはウェディングケーキご入刀に」

「違う。『ウェディングケーキ』を強調するんだ。じゃないとセリフが単調過ぎる。もう一回。」

「はい。それではこれより、お二人にはウェディングケーキご入」

「またすぐそうやって早口になる!
 自分でゆっくり話していると感じるくらいでいいんだって!もう一回。」

「はぃ。…それではこれより、お二人にはウェディン」

「さっきと声のトーンが違う!いい加減に統一しろ!もう一回!」

「……。…それではこれより、お二人に」

「マイクの位置が高い!カラオケじゃないんだから水平に持つな!もう一回!」

「………。」


赤沢の友人のウェディングパーティーまであと1ヶ月となった。
隙と会場が空いていれば必ず行う司会の練習会も、
最近ではフェリスタシオン迎賓館の見慣れた日常の風景と化していた。
初めのうちはマイクを握り締め悪戦苦闘する赤沢の姿を稀有な眼差しで眺めていたが、
今ではスピーカーから流れる司会のセリフも館内BGMの一種となっている。

だいぶ長い期間練習していると思っているが、それでも赤沢の上達は著しくない。
と言っても、全く上達していないわけではないが、
ウェディングパーティーの司会者として表に出すにはまだ未熟というレベルである。
やはり本番を経験しなければある程度の上達は見込めない。
実際にパーティーの雰囲気とゲストが全員揃った時の緊張感は体験しないことにはわからない。
それによって会場に響く声の通り方も違ってくるし、
そもそもあの独特な緊張感だけはいくら練習しようが身に付かないものだ。
まぁ、今それを言っても仕方がないことだが…。

指摘する点が多すぎてどうしても口数が増えてしまうが、それも仕方がないことだろう。
いくら新婦の友人と言えど赤沢は当館のスタッフ。
他のゲストは否が応でもプロの司会者という目で見るだろう。
ならばこちらも、否が応でも赤沢をプロの司会者に仕立てて送り出さなければならない。
付け焼き刃や陳腐なメッキなど一瞬で剥がれ落ちる。
それがウェディングパーティーの司会というものだ。
しかし、赤沢も赤沢なりに本気で取り組んでいる。
普段は軽い調子でヘラヘラしている印象しかない彼女だが、
仕事に対しては非常にひたむきで真面目であり、
この練習でもどれだけ私にダメ出しをされようが決して投げ出したりせず、
健気に努力を続けている。
こういうところが赤沢の評価すべき点だと関心しているが、それでも一つ気掛かりな事がある。
果たして彼女は当日、最後まで司会をやり通せるだろうか?

散々厳しい指摘を繰り返しすぎたからか、赤沢は返事をすることすら億劫になったようで、
煮詰まった表情で台本と睨めっこしている。

「…一旦休憩に入ろう。」

練習をしている本人はもちろんだが、指導しているこちらも疲労は溜まってくる。
私は赤沢に休憩を促したが、彼女は無言のまま頷いただけで、すぐにまたセリフを読み始めた。
赤沢のここまで真面目な眼差しを見るのは珍しい。
それほどまで司会に対する意気込みは真剣だということか。
まだ駆け出しにもなっていないのに、プロ意識だけは一人前である。
大したものだ。


そんな彼女を私以外にもう一人、暖かい目で見守る人物がいた。
昨年まで赤沢の上司だった紫倉チーフである。
シャンデリアの電球交換を終えた彼は、それまで腕組みをして我々の特訓を眺めていたが、
赤沢が一人練習を始めると頬を緩めて近付いてきた。
軽く会釈をする紫倉チーフに私は肩をすくめて返す。

「ご苦労様でございやす。お嬢ちゃん、随分張り切ってまさぁね。」

「頭が軽い分、人よりガッツはあるようですからね。」

「はははっ。違ぇねぇや。」

可愛い部下の査定について軽く応酬を交わすと、
そのまま紫倉チーフはかつての愛弟子の傍に立った。

「お嬢ちゃん、随分頑張ってるが、ちぃとばっかし根詰めすぎじゃねぇかい?」

紫倉チーフなりの労いの言葉だったろうが、
赤沢は全く耳に入ってないようで、セリフの読み込みを続ける。

「おい、お嬢ちゃん。聞こえないのかぃ?」

「…ブツブツ……。」

「おーい、お嬢ちゃんー?」

再三の問い掛けにも全く反応することなく、目の前の台本に集中しきっている赤沢。
注意力散漫な時と一点に集中している時の差が極端なのが彼女の特徴だが、
これは司会者としてあまり褒められたことじゃない。
紫倉チーフは一度溜め息をつくと、大きく息を吸い込む。

「おいっ!赤沢!!聞こえねぇのか!!」

突然の怒号に赤沢は驚いて顔を上げた。
そしてしかめっ面をしているチーフに気付くと、不機嫌そうに言い返す。

「なんすか、チーフ?私今、司会の特訓中なんで忙しいんですよ!」

「べらんめぃ!てめぇみたいな態度の司会者なんていらねぇや!」

「は?なんすか!?誰だって急に怒鳴られたらカチンときます!
 それに、そんな態度なんか気にしてるほど余裕ないんすよ!」

「だったら司会者なんて辞めちまえ!てめえには10年早えんだよ!」

30歳近く歳の離れた小娘に生意気な口を利かれたのがよほど気に食わなかったようで、
紫倉チーフもムッとして怒鳴り返す。
ここで口喧嘩なんてされたらせっかくの練習が台無しだ。
私は年甲斐もなく睨み合う二人の間に割って入った。

「まぁまぁ、二人共落ち着いて下さい。それに赤沢、紫倉チーフが言うこともごもっともだぞ?」

私が自分の擁護をしなかったからか、赤沢は目をつり上げて不満を露わにした。
チーフは話掛けたのを無視された事を怒っているわけではない。
それほど度量が狭い人物ではないし、この人が怒鳴る時はいつも隠された真意がある。
私同様、人を諭す時はすぐに答えを言ってしまうのが悪い癖だと自戒するチーフだが、
ここでもその癖が出てしまうらしい。


もう癇癪が収まったのか、普段通りの表情で言った。

「お嬢ちゃんよぅ。おめえさんは下を向いたまま司会をやるつもりかい?」

喉元過ぎれば熱さ忘れる性格は上司譲りなのか、
赤沢も既にさっきの怒気はどこにいったのかという具合に、キョトンと首を傾げている。

「だってチーフ。私まだ台本見ながらじゃないと司会出来ないっすよ。
 頭を上げている余裕なんてないっす。」

「ばかやろぅ。それじゃあおめえさんは、
 新郎新婦やあっしら先導の動きはまるっきり無視して喋っている気かい?」

セリフを噛まずに感情を込めて話すのは司会者として必須条件だろう。
だが、それも会場内で行っている出来事を無視して進めては台無しである。

「いいかいお嬢ちゃん?
 あっしら先導と音響係は司会者のセリフのタイミングに合わせて行動しなくちゃなんねぇ。
 逆も然りだ。場合によっちゃあ、司会者があっしら先導の合図に合わせて
 ナレーションを入れなくちゃならねぇ。」

例えばケーキ入刀の場面一つとってもそうだ。
まだケーキナイフの準備が整っていないのに、司会者だけが先行して
「ケーキご入刀です!」なんて言ってしまっては元も子もない。
先導が司会者のナレーションを無視して先行しても同じだ。

「一見あっしらが淡々とテンポ良く進めているように見えるがな、
 その裏じゃあ綿密な事前打ち合わせとアイコンタクトで何とか乗り切っているようなもんだ。
 それなのに司会者がこっちを向こうともせずに自分勝手に進められちゃあ、たまったもんじゃねぇ。」

チーフに諭されて、シュンとうなだれる赤沢。
ウエディングパーティーの前線で数多の場数を踏んできた上司の言葉は、
彼女の胸に重く突き刺さったようだ。
ただセリフを読むだけが司会者ではない。
『Master of Ceremonies/MC』。
会場で起こる全ての出来事を統括するのが司会者の役割なのだ。


「それと、話は変わるがお嬢ちゃん。
 おめえさん、そのお友達の披露宴で泣かねぇ自信はあるかい?」

俯いていた頭をもたげ、思案する目で紫倉チーフを見つめる赤沢。
どうやら私が懸念していたことを代弁してくれるようだ。

「たぶん、泣いちゃうと思います…。」

「お友達とは付き合いが長ぇのかい?」

「はい。美樹ちゃんとは小学校からずっと一緒だったんです。
 だからたぶん、ウエディングドレス姿を見ただけで泣いちゃうかもしれないっすよ。」

よほど親しい間柄なのだろう。
友達の話が出ただけなのに、たった今塞ぎ込んでいた赤沢の瞳がキラキラと輝く。
本当にコロコロと表情が変わっていく娘だ。
そんな娘のような存在の赤沢を眺めうんうんと頷いた後、チーフはズバリと言った。

「お嬢ちゃん、絶対に泣くなよ。」

愉快そうに微笑んだ赤沢の表情が、そのまま凍り付いた。
そして次には眉毛をへの字にして、泣き出しそうな子供のように唇を尖らせる。

「…なんでっすか?」

「おめえさんが司会者だからさ。」

チーフの答えに納得出来なかったのか、赤沢は首を横に振る。
今度は駄々をコネる子供だ。

「披露宴で花嫁の友人がやる司会者が感極まって次のセリフが読めず涙を流す。
 確かに感動的な場面かもしれねぇ。お客さん方もつられて泣き出すかもしれねぇ。
 だがな、進行はどうなる?誰が止まった披露宴を進めてくれる?
 別におめえさんが単なる友人だったらそれでも構わねぇ。
 問題なのはおめえさんがここ『フェリスタシオン迎賓館』のプランナーだって事だ。
 おめえさんはこの道のプロフェッショナルだ。」

その言葉を聞いた瞬間、赤沢の目の色が変わった。
まだまだ未熟でいびつだが、しっかりと胸に宿っているプロとしてのプライドに火が灯った色だ。

「まぁ、お客さん方はそこまで突っ込んでお嬢ちゃんを見やしないさ。
 司会の小娘が泣いてら、くらいにしか思うめぇ。
 だがな、おめえさんはどうでい?おめえさんのプライドが許さねぇんじゃないかい?」

赤沢は無言で首を横に振る。
それが肯定の意味なのか否定の意味なのかはっきりしないが、
その表情を見れば容易に真意の程が汲み取れる。

「今更気付くのも馬鹿野郎だが、そんなこと関係ねぇ。
 プロならお客さんに頼まれたことは全力で答える!完璧を提供する!違うかい!?」

声を張り上げ発破を掛ける紫倉チーフに、赤沢は負けないくらいの声で「もちろんです!」と答えた。
この単純さも赤沢の良いところだ。
打てば響くように期待した返事を返してくれるので、
上司としてはどれだけガッカリするようなミスをされても、ついつい可愛がってしまう。

紫倉チーフも満足したのか、一度大きく頷くと

「よぉし、じゃあまずは特訓を続けるこった。邪魔して悪かったな。」

と言い、激励の意を込めて赤沢の肩を優しく叩く。
赤沢もすっかりやる気を取り戻し、すぐさまマイクを握り締め
真っ直ぐ前を向きながら喋る練習を始めた。
そんな様子をチーフはしばらく目を細めて眺めていたが、私に軽く会釈をすると立ち去っていった。
私が一番言いたかった懸案事項をチーフは見事に捉え、尚且つ励ましてくれた。
去り際に見せた紫倉チーフの珍しく上機嫌な表情は、
部下に良いアドバイスを与えられた喜びの表情だった。
部署は離れても、チーフにとって赤沢はいつまでも可愛い後輩なのである。

それからしばらくは私の指南を受け、赤沢は一時間ほど特訓に励んだ。
紫倉チーフとの雑談を除けばかれこれ三時間近くは喋り続けていただろうか。
赤沢のハスキーボイスもだいぶかすれてきたので、その日は練習を終える事にした。
ただ立ったまま発声をしているだけでも意外と全身に力が入るので、
終わったと同時に赤沢は脱力しヘナヘナと司会台にもたれかかった。
相当疲労が溜まっているのだろうか、顔を突っ伏しておでこを台本にくっつけている。
そして何故かそのままグリグリと顔を動かし始めた。
何の意味があるのか知らないが、ファンデーションが台本に着くんじゃないか?
そんな奇行に興じる赤沢を眺めながら、私は労いの言葉をかける。

「以前に比べてだいぶ上達してると思うぞ。
 この調子で頑張れば本番までには間に合うだろう。」

私の言葉に反応して顔を上げる赤沢。
台本にこすりつけていた額が赤い丸を残している。
ぼんやりとした表情を向け「そうすか?」と弱々しく呟いた。

「うむ。ただし、本番の緊張感は体験してみないことにはわからない。
 頭の中が真っ白になってセリフが全部飛んでいってしまうかもしれないからな。
 そうならないためにも、セリフを頭にではなく体に叩き込まなくてはいけない。
 だから何度も練習を繰り返すのだ。」

「なんか、部活みたいっすね。」

「なんでも基本は一緒さ。とにかく精進在るのみ。」

はい、と小さく微笑みながら頷いた赤沢だったが、すぐに俯くと溜め息をついた。
不安げな、思いつめたような態度を見せる赤沢。
いつも天真爛漫な彼女にしては珍しい顔をする。

「どうしたんだ?なにか心配なことでもあるのか?」

ハッとして私を見つめた後、赤沢は無理に笑顔を取り繕うとしたが、すぐにまた顔を伏せてしまった。
そして独り言のようにボソボソと呟く。

「さっき…紫倉チーフが泣いちゃダメって言いましたけど、私自信ないっす…。」

なるほど。
あの時は威勢良く返事をしていたが、本当のところは不安でたまらなかったのだ。

「でもな、赤沢。紫倉チーフはあぁ言ったが、何も本当に泣いてはいけないわけではない。
 ウェディングプランナーだって人間だ。感極まれば涙だって流す。
 たとえ立場が司会者だとしても、友人の結婚式ならば仕方ないところもあるんじゃないか?」

業務的な観点から言えば、進行が滞ることは避けたいので司会者は泣かないのが好ましい。
だが、それはあくまで「好ましい」だけで、全てではない。
故に私は紫倉チーフが言ってくれた懸案事項を、赤沢に伝えるのを躊躇っていた。
プロならば、と彼女の思いや感情というものを型に嵌めてしまうのが、
正しいことだと感じなかったからだ。
彼女を信用していないわけではない。
むしろ信用しているからこそ、なんの情報も与えずに自分で判断させたかった。

「お前は、どう思う?」

「………。」

ギッと唇を噛み締めてしばらく考え込み、決心がついたように顔を上げて答えた。

「私、泣いちゃうかもしれないけど我慢します。」

そして大きく深呼吸をして

「美樹ちゃんは、昔からいつも私の支えになっていてくれてたんすよ。」

はにかみながら赤沢はそう言った。

「私、なんか考えが足りなくて子供だから…あ、これは今でもそうなんすけど、
 たびたび美樹ちゃんに迷惑かけてたんです。
 でも美樹ちゃん、いつも笑って私のそばに居てくれたんすよ。
 私、いつも助けられてばっかりで…。
 だから親友の美樹ちゃんの結婚式くらいはしっかりと決めて、送り出してあげたいんすよ。
 それが…私なりに出来る美樹ちゃんへ精一杯の恩返しかな、って。」

どうやら私の懸念は杞憂だったようだ。
そして紫倉チーフが激励するまでもない。赤沢は微弱ながらもしっかりと志を持っている。
私は安堵にも近い溜め息をつくと、軽く二度頷く。

「わかった。全力で頑張れ。」

私の言葉足らずな激励に、赤沢は満面の笑みで応えた。
その時、私は思わず顔を背けてしまった。
赤沢の笑顔が眩しくて直視出来なかったというか、こういう表情に男はどうしても弱い。


気を取り直したのか、散らばった台本を片付けようとした赤沢の手がピクッと止まる。
そして眉をへの字にすると、またうなだれた。

「どうしたんだ?」

「やっぱり緊張します…。う~、失敗したらどうしよう~。」

「気持ちは分かるが誰でも最初は臆するものだ。
 そのプレッシャーに打ち克ってこそ、成長していくものなんだよ。
 安心しなさい。どうせお前のことだから当日はあっけらかんとしてキチンとこなすさ。」

「だと良いんすけどね。」

「そもそも赤沢のくせに緊張するなんて、片腹痛いわ。」

「何てこと言うんですか。もぅ~。」

自由奔放で天真爛漫な赤沢もやはり人の子。
励ましつつも何故か、からかいたくなってしまう。
むくれて頬を膨らませていた赤沢が何かを思いついたのかピョンと頭を起こすと、
真剣な眼差しで私に詰め寄ってきた。

「支配人にお願いがあります!」

たじろいで一歩下がった私に、赤沢がさらに距離をつめた。
軽く手を上げれば触れてしまいそうな程に近い。彼女特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
私はどこに視線を合わせればいいかわからずに瞳を泳がせる。

「もしも私がキチンと司会を出来たら…」

不意な出来事に高鳴る胸を抑えつつ、彼女の次の言葉に固唾を飲み込み

「焼き肉奢って下さい。」

ずっこけた。

信じられないほどの落胆が疲れた体をドッと重くする。
呆れはてる私をなおも真剣な表情で見つめる赤沢。
まったく…年甲斐もなくドギマギしてしまったではないか。

「なんで私がお前に焼き肉を奢らなくちゃならんのだ。」

「だって私、昔からご褒美があると頑張れるタイプだったんですよ。だから…」

「人参をぶら下げられた競走馬じゃあるまいし。お前もプロなら己の信念だけで乗り切れ。」

「う~、焼き肉~。」

なおも食い下がろうと瞳を潤ませる赤沢の額を指ではじき、私は鼻を鳴らした。
こちらが目を見張るような行動をしたかと思えば、次の瞬間には溜め息に変えてくれる。
この娘と一緒にいると常に一喜一憂していなければならず忙しなくて仕方ない。


それからほぼ毎日赤沢は司会の練習を欠かさなかった。
最初の頃から比べると見違えるほどに上達し、
どのスタッフが聞いてもお世辞抜きに褒め言葉を口にした。
練習もある程度すると結局同じ事の繰り返しになるので、上達の具合も飽和状態になる。
やはり実際にウェディングパーティーの雰囲気を経験するのが一番だろう。
満を持して、赤沢は当日を迎えた。

ウェディングパーティー当日、赤沢はいつものパンツスーツ姿ではなく、
フォーマルなパーティードレスに身を包んで司会台の前にやってきた。
スタッフが友人や知人のウェディングパーティーで司会をする場合は、
業務の服装で行ってはならないという、会社の暗黙のルールに従ったものである。
何故ならば、スタッフが友人知人の司会をする時は大概司会料はサービスとなる。
なのでスタッフは業務外で行うように、というわけである。

チャペル式が終わったと思うやいなや、赤沢は司会台にへばり付き黙々と台本を読み始めた。
最後の悪あがきというか、最終調整というか、
とにかく本番直前にして赤沢の表情には余裕の二文字はない。
そんな鬼気迫る様子にホールスタッフは誰一人声を掛けることが出来ずに、
ただ遠くから見守るだけだった。
アテンダー役の紫倉チーフも何も言わず厳しい眼差しで赤沢を見つめる。
進行のタイミングなどは既に何度も確認済みなので、今更最終打ち合わせをする必要もない。
チーフは黙って部下の初舞台を見届ける気なのだろう。
そんな二人の気迫がホール全体に伝わり、グランシンフォニア・ルームは異様な雰囲気に包まれ、
何故だかこちらまで緊張してきた。

パーティー開始時間も差し迫り、ゲストも徐々に会場内へと入り始めた。
その頃になると赤沢も台本から目を離し頭を上げているが、
顔を真っ青にしたまま直立不動で固まっていた。
まるで一個のオブジェのように置物と化している赤沢を、
他の友人達は好奇の眼差しで眺めたり写真を撮ったりして騒ぎ立てていた。
きっと友人の前でもあっけらかんとしたキャラクターで通っているのだろう、
こんな様子の赤沢が愉快でたまらないらしい。
私としてもここまであがってしまっている彼女を見るのは初めてで、段々と不安になってきた。
果たしてこんな状態で練習通りに喋ることが出来るのだろうか?

司会台に置いた赤沢の両手が動く。そして右の人差し指で左手の平をなぞる。
どうやら「人」の字を書いて飲み込むおまじないをやりたいらしい。
だが、赤沢の右指は尋常ではないほどに震えていて、あれだけ簡単な二画が書けないようだ。
何度かチャレンジしたが右指は踊るは左手は舞うはで、
三人書くはずが一人も書けず、結局両手を握り諦めてしまった。
緊張を紛らわそうとしたのが裏目に出てしまったようで、
握り締めた両手はさっきよりも酷く震えている。
そればかりか、震えは他の箇所にも伝染してしまったようで、ついに脚まで震え始めてきた。
赤沢の緊張は今、極限状態まで差し掛かってきてしまったようだ。

そうこうしているうちに、会場のドアが閉まる。
新郎新婦入場の準備が整った合図だ。
音響操作係の準備も万端。
ドアオープン係もスポット係の準備も整っている。
後は司会のパーティー開始の合図を待つだけだった。
だが赤沢は、ドアが閉まったと同時にさらに体中の震えが増してきた。
呼吸は荒くなり、顔は人形のように真っ白になっている。
少し離れたここまで赤沢の心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。
ゲストだけでなく、スタッフ全員の視線も自分に集中する。
その緊張感だけは決して練習で経験出来ない。
ビギナー司会者が越えなければならない最後の壁である。
会場全体の視線が突き刺さり赤沢の動きを封じる。
これはマズいと判断した私は足を踏み出した。
絶対に口出し出だしはするまいと誓っていたが、どうやら予想以上に良くない状況らしい。
ほんの少し背中を押してあげるだけでもエンジンがかかるはずだ。
私は最も彼女に適した励ましの言葉を頭の中で模索しながら歩み寄ったその時、
赤沢は震える手でマイクを握った。
そして瞳を閉じて大きく一度だけ深呼吸をする。
するとその瞬間、立っていることすら不思議なほどの全身の震えがピタリと止まった。
そしてゆっくりと開いた瞳には何かが覚醒したように力強さが宿っていた。
私は思わず息を飲む。
どうやら赤沢は、自らの力で最後の壁を越えたようだ。
マイクを握り締め背筋を伸ばして立つ姿は頼もしく、どこか誇らしくも見える。
軽く息を吸い込み口を開く。

「皆様方には大変長らくお待たせを致しました。」

澄んだ声がスピーカーを通して会場内に響き渡る。
それまで雑談を交わしていたゲストは自然に会話を止め、ホール内をキョロキョロと見渡す。
さっきまで赤沢を笑い物にしていた友人達は皆一様に目を丸くした。
微笑みを浮かべて次々に言葉を紡ぎ出す赤沢。
それでいい。
先程までの無表情では心に届く声は出ない。

「新郎新婦、ご入場です。」





「いや~、一昨日は結局三次会まで行ったんで、昨日は一日中爆睡してました~。」

高笑いを上げながら愉快そうに赤沢は言った。
朝礼が済んだ後、チャペルガーデンの草むしりをしていた私を赤沢が訪ねてきた。
暖かい日差しに当てられ、雑草の成長も早い。
マメに手入れをしないとガーデンはたちまち草が生い茂ってしまうので、
この時期はなかなか気が休まらない。
私を真似て雑草を抜く赤沢と、先日の結婚式について雑談を交わしていた。

「私の司会かなり好評で、二次会でも司会者をさせられたり、
 新郎さんの友達からも結婚式をする時にはよろしくって言われました。」

「それはなかなか良い営業効果があったようだな。」

「でもっすね、おかげで肝心の良い男探しは全然出来なかったっす。
 司会やら幹事やらやっちゃうと忙しくて。」

「ははっ、そっちの営業は不振だったわけだ。」

「まったくですよ。
 他人の結婚式にかまけ過ぎて自分の結婚式がますます遠退いていくって感じです。」

そう言いながらも赤沢に不満げな様子はなく、
自分の婚期すら気にする余裕がない今の生活に、概ね満足しているようだ。
実際、そんな風に婚期を逃していくプランナーを今まで何人か見てきたので、
こちらとしてはやや心配だが…。

私は小高く積まれた草をバケツにまとめる。
さほど小さいバケツでもないのにかなりの量だ。
確か先週も草むしりをしたはずなのに、よくも飽きずにこれだけ生えるものだと感心してしまう。

「司会は、何事も問題なく終わったな。」

「はいっす。」

邪魔者は排除されて青々と生え揃えられた芝生をうっとりと眺めながら、
赤沢は溜め息をつくように答えた。

最初はどうなるかと気を揉んだが、赤沢は無事に何事もなく、
いやそれ以上の成果で初の司会を終えた。
まだ場慣れしていない感は否めなかったが、それが逆に初々しくて良かった。
誇れる技術もまだ身に付いていない替わりに、
精一杯伝えようとする姿勢が声に乗り、ゲストから好感を得たようだ。
100点満点とまではいかないが、問題なく合格点は上げられるデビューだったと思う。

「でもそれもこれも支配人が指導してくれたおかげっす。
 本当にありがとうございました。」

そう言いながら赤沢は慇懃に頭を下げる。
私は雑草が詰まったバケツを両手で持ち「どういたしまして。」とお辞儀を返す。

「しかし、私はてっきりお前が途中で絶対に泣くと思ったぞ。
 特にあの、美樹さんの手紙の時…」

「あぁ、あの時はかなりヤバかったです。」

新婦が両親に宛てた手紙だけはどれほど結婚式に慣れても涙が零れそうになる。
特に最近は涙腺が緩くなってきたのか、娘も年頃になり重ねて見てしまうからか、
時々こっそり会場の隅で目尻を拭ってしまう機会が増えてしまった。
先日もつい感情移入してしまって思わずウルッときたが、
大の親友である赤沢は涙で声を詰まらせることなく進行した。

「私もてっきり自分が泣いちゃうものだと思ってましたけど、なんて言うか、
 泣いちゃダメだって気付いたんです。」

にっこり微笑んだまま空を仰ぐ赤沢。
頬に当たる風が心地良く、彼女のしなやかな髪を撫でていった。

「紫倉チーフも言ってましたけど、私があの時泣いたら進行が止まっちゃって、
 美樹ちゃんのせっかくのパーティーが台無しになっちゃうって。
 美樹ちゃんのパーティーをきちんと進行して、きちんと送り出してあげるのが
 私に出来る精一杯のはなむけで、それが私の…あれ?」

上を向いていた赤沢の瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。
にわか雨に驚いた小鳥のように目をしばたかせる彼女の瞳からは、止まることなく涙が流れた。

「それが、私のサービスなんだって…。
 …ふぇーん、今頃になって感動してきちゃいまじだ~。」

赤沢は涙でクシャクシャになった顔を拭いながらしゃくり上げ、
終いには声を上げて泣き出してしまった。

私はその様子を黙って見守った。
きっとあの時にグッと堪えた涙だけではなく、今まで何ヶ月も我慢して特訓を重ねた達成感が、
プッツリと緊張の糸を切ってしまったのだろう。
今は流せるだけの涙を流してしまえばいい。
悔しさや悲しみが流させた涙でなければ、思う存分泣いたって誰もからかいはしない。

更新日 4月18日

子供のようにただ泣いていた赤沢は、しばらくすると気持ちも収まってきたようで
今は鼻をスンスン言わせながら目尻を拭っている。
その時私は、以前彼女に言われたことを思い出し、どうすべきか悩んでいた。
あの時は下らないと一蹴したが、今ならば寛容にすべきだという気持ちに傾いている。
それに赤沢のここ数ヶ月の頑張りようは本当に賞賛に値する。
だから決して他意はない。
別に私が女性の涙に弱いわけではない。
部下の努力にご褒美を上げるのも上司としての甲斐性だろう。

そんな言い訳を頭の中で唱えながら、私は上擦りそうな声を抑えて言った。

「まぁ、あれだ。お前も頑張ったことだし、たまにはご褒美もあげなきゃな。
 こないだ言ってただろ、あれだ。焼き肉、奢ってやっても、いいぞ?」

そう、教育は飴と鞭が必要だ。
だからこれはあくまでその一貫であり、決してデートの誘いではない。

キョトンと目を丸くした赤沢が何も反応を示さずジッと見つめる。
てっきりすぐさま飛び跳ねるほどに喜ぶものだと思っていたので、
私は居たたまれず顔を背ける。
すると赤沢は白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべて答えた。

「ごめんなさい~。今日は友達と用事があるので、また今度でお願いしま~す。」

スゥと血の気が引いた後に、ドッと羞恥が胸に湧き上がった。
勝手にくすぶっていたさっきの自分を思い出し、顔が紅潮していくのが分かった。
私はそのまま身を反転させると足早に歩き出す。

「ま、まぁ、そうか。しかしあれだ。わ、私も忙しい身だから、次がいつかは分からないけどな!」

「ちょ、ちょっと!支配人!何を怒ってんすか!?」

「は!何を言ってる!?何故私が怒らなきゃならないんだ!?」

「怒ってますって!来週!ね!来週の月曜日は空いてますんで、その時に焼き肉行きましょ!?」

「だ、か、ら!私も忙しい身だと言っているじゃないか!」

「支配人いっつも暇でしょうが!だって、そ…」

「蕎麦って言おうとしたな!?今、蕎麦って言いかけたな!!」

「言ってないっす!言ってないっすよぉ!!」

子犬のようにキャンキャンと私の後に着いてくる赤沢から追い付かれないように、
私は真っ赤になった顔をバケツで隠しながら歩調を早めた。
あの時、両手でバケツを持っていて良かった。
もしも赤沢の泣き顔を見たあの時に、両手が塞がってなかったら…。

危なかった…。





↓緋村「私も司会を始めるべきでしょうか?赤沢さんに負けたくないし…。」
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06:17  |  儀式人の楽園  |  CM(11)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

絶対泣けない!ですね~。
でも、もう毎週のように花嫁の手紙を聞いてる私は、
慣れてしまって別の意味で泣けないかも・・(笑)
もうウルッとくることさえ、なくなりました・・・。
友人司会だと、やっぱり泣いちゃうのかしら?

すみれ | 2009年04月13日(月) 13:48 | URL | コメント編集

赤沢さん、ファイト~!って感じですね。
やっぱり、連係プレーって大切なんですね。

バイト君の髪は大丈夫でしたか? 注意されてませんでした?
ハガレン、残念でしたね。 私はバッチリでしたよ(^^)V
夢 | 2009年04月13日(月) 22:58 | URL | コメント編集

>>すみれさん
私は何度か友人のを経験していますが、うるっとは来ませんでしたね。
新婦の手紙だとたまに来ちゃうときがありますけど><

>>夢さん
大ちゃんの髪、ばっちりでしたよ!!
どうせそこまで気にして注意するのは私だけですし…。
HDの容量がいっぱいになっててしまって録画ミスです。
仕方なくPCで見るとします。ネットって本当に便利♪
要人(かなめびと) | 2009年04月14日(火) 08:24 | URL | コメント編集

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 | 2009年04月16日(木) 09:59 |  | コメント編集

赤沢さん、プロですね、やる時はやるんですね!
前編での上司(紅葉谷チーフ)に対する態度は頭にきますが、この人柄ゆえに上司に反感を持たれないんでしょうかね? だとすると得な性格ですよね? 私には絶対無理だな…

どうにか地図をアップロードする事ができHPの“ご案内”の所に載せました! ただ試行錯誤した結果、リンクバージョンになってしまいました。 それとリンクの文字は何度試しても色が変わりません。 う~ん…(悩)
 
夢 | 2009年04月16日(木) 11:14 | URL | コメント編集

うおぉぉぉ、とうとうデビューですね。
あの扉が閉まった瞬間って、本当に何とも言えない緊張感が
漂いますよね~。
一言マイクを通すと注目されて余計緊張しちゃうし・・・。
私にもそんな時があったのに、今じゃ、
「てにをは」が合わなくても、平気な顔でしらばっくれて
しゃべってる自分が怖いです(笑)
すみれ | 2009年04月16日(木) 20:44 | URL | コメント編集

赤沢さん、すごい緊張ですね~
緊張されてると、みてる方もドキドキして見守っちゃいますよ^^;
最初はどうなるのかと思ってたら、自分の力だけで持ち直して、
さすがはプロって感じで、なんかカッコいいです^^
いよいよ本番ですねw赤沢さんの活躍を楽しみにしてます♪
momokazura | 2009年04月17日(金) 00:41 | URL | コメント編集

>>夢さん
赤沢の場合は周りに救われている感があります。
私だって彼女みたいのが同僚にいたらさすがに・・・
いや、同じようなのがいるので平気みたいです><

HP見ました♪地図が完成していてすごい!
ですが出来れば「ご案内」の文字も下と同じくピンクにした方がいいかと。
普通の文字だと思って最初スルーしちゃったので。

>>すみれちゃん
ドアが閉まると「もう逃げられないぞ」という緊張感をひしひしと感じます。
私の場合は一言しゃべればどうってことないんですがね。
未だに鬱になるときがあります。

>>momokazuraさん
でも赤沢は根性がある方だと思います。
初めてのときは本当にまともに立っていることが出来ませんでした。
うらやましい限りです。
ちなみに、本番の描写は割愛させて頂きました。
ごめんなさい><
要人(かなめびと) | 2009年04月17日(金) 06:13 | URL | コメント編集

支配人ったら何が危ないんですか?(笑)
いや~、何て言うか…プランナーの気持ちも分かった気がしましたが、男心も分かったような気が…
赤沢さんも1歩進めて良かったですね♪

HPアドバイスありがとうございました! さっそく色変えました。 地図以外にも新しくなったのですが気づきましたか? 文章とか、かなり悩んだんです。 分かりづらかったり変だったりしたら教えて下さい。
夢 | 2009年04月19日(日) 16:03 | URL | コメント編集

本番描写割愛はちと残念ですが、
赤沢さんの司会が無事におわって良かったですw
これで彼女も一回り成長できたんですね^^
それにしても今回は支配人の方があぶなかったのかな~
おじさんだからって、ときめいちゃいけないとは思いませんけどっw
momokazura | 2009年04月20日(月) 00:26 | URL | コメント編集

>>夢さん
男は一生懸命な女性に心惹かれちゃうものなんですよ。
特に最近の男子は♪

HPすごく進化していますね!びっくりしちゃいました!!
頭皮ケアのところはかなりの力作でした!!

>>momokazuraさん
おじさんだってときめきは欲しいですもの♪
でも好きとかそういうのはどうなんでしょ?
まだ開発中ですのでよくわからない、ってことで><
要人(かなめびと) | 2009年04月20日(月) 06:17 | URL | コメント編集

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