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2009'03.21 (Sat)

職人気質な先導の場合 後編


【More・・・】

それから1ヶ月が過ぎた。
昼休み恒例の唄のレッスンは今も続き、紫倉チーフもだいぶ上達してレパートリーも増えた。
最初は演歌のようなテンポの曲も、いつしか聞き慣れたディズニーの名曲のそれになっていた。
ただ、如何せん齢55歳を越えた中年男なので、ダミ声なのが気になる。
私は隣にいたホール部門では紫倉チーフの直属の部下になる、蒼井に話し掛ける。

「紫倉チーフ、だいぶ歌が上手くなったなぁ。」

「はい。ホールで掃除をしている時やセッティング中も、ずっと歌ってますから。」

それを聞いて我々は顔を合わせ苦笑いする。
ホール内では無駄話絶対厳禁を唱えていたチーフ御自らが禁を破るとは。
まだ新米だった頃、私も散々注意されたので、可笑しくて仕方ない。
蒼井も同じ経験があるのだろう。
それだけ聞いても、紫倉チーフがそれだけ真剣に取り組んでいるのが分かる。
だが、一つだけ気掛かりなことがある。

「蒼井君。チーフは毎日あれだけ練習しているけど、まさか本番で歌うつもりじゃないよね?」

確かにチーフの歌は上達した。
だからと言って、大衆の面前で披露出来るレベルとは程遠い。
ましてやウェディングパーティーで先導が歌い出すなんて、明らかに何かが違う。
あの紫倉チーフとも在ろうお方が、そんなこと分からない訳がない。

そんな意味合いを込めての質問に、蒼井は「いいえ。」と即座に否定した。
ちょっぴり安心したが、では一体何のためのレッスンなのだ?

「チーフはディズニーの歌を唄う事で、自らの気持ちをミッキーにするらしいです。」

「どういうことだ?」

「チーフはあの通り、いかにもな下町親父じゃないですか。
だから自分がお客様の要望に応えられるような先導をするには、
魂の根底から変える必要があるらしいのです。
歌はそのトレーニングの一貫だそうです。」

「つまり、役作りをしているわけかな?」

「そういうことらしいですよ。
たった一度の先導のために、あそこまで真剣になれるなんて、本当にすごいと思います。
僕はそんな紫倉チーフを心から尊敬しています。」

まだ熟した大人の男になる前のあどけなさ残る表情をキラキラ輝かせ、蒼井はそう言った。
尊敬する上司を下町親父呼ばわりするのはどうかと思うが、
私も紫倉チーフの仕事に対する姿勢には、頭が下がるばかりである。
しかし、それにしてもチーフの入れ込み具合はある種、異様にも映る。
プロ意識というのはわかるが、何も自らしてそこまでする必要があるのだろうか?
当初、緋村と相談したように赤沢に任せても良かったはず。
それに、チーフの努力は認めるが、あの下町親父がたかが2ヶ月で
ミッキーのような振る舞いが出来るのか?
あのピョンピョン跳ねたり、大袈裟な身振り手振りで踊り始めたり、
そんなことを55歳を超えた中年男には、体力的にも精神的にも酷過ぎる。
あの通り一本気質で真面目な性格なので、自分を追い込んでまでもやり抜くだろうが、
果たしてそれがお客様に喜ばれる結果になるかどうかは、保証が出来ない。
今からでも説得出来ないものか…。
本人の為にも、お客様の為にも。

そんな事を考えていると、蒼井が「紫倉チーフの意気込みは本物ですよ。」と声を掛けてきた。

「あれだけディズニーランドを毛嫌いしていたのに、今では毎週舞浜に出掛けているらしいです。」

「ま、毎週!?」

「はい。」

「赤沢も一緒にか?」

「いえ、さすがの赤沢も毎週となれば飽きてくるらしく、今では一人でも行くようです。
 しかもアトラクションに乗るわけでもなしに、
従業員の動きやパレードをジッと観察しているって話ですよ。」

「それは、さぞかし不審に映るだろうな。」

「でしょうね。それに最近では空き時間になると筋トレをしたり、毎朝ジョギングをしたり、
肉体面の強化にも余念がないようです。」

サービス界のゴルゴ13と言われた紫倉チーフのプロ意識は、私の想像をはるかに越えていた。
私は今までこんなに凄い人と一緒に働いていたのかと、改めて思い知らされる。
蒼井も尊敬する上司の自慢話をして、自ら誇らしくなっているようだが、
そこで何かを思い出したかのように、表情を曇らせた。

「ただ、チーフがそこまでディズニーを追求するのは良いことなんですが、
ちょっとのめり込み過ぎている感もありまして…。」

「と、言うと?」

「いつも仕事中に僕がミスをしたりすると小言を言われるんですが、
その時に『ミッキーはあの映画の時に同じミスはしなかった』とか
『プーさんならピグレットに対してそういう応対はしない』とか、
何故かディズニーのキャラクターを引き合いに出してくるんです。」

「何だ、それは?さっぱり意味が分からないぞ。」

「僕だってさっぱり分かりませんよ。
どうやら今のチーフは、ディズニーのキャラクター至上主義なんだと思います。
こないだもグーフィーの偉大さや、チップとデールの兄弟愛について昏々と語られました。」

「………。」

「それだけじゃないんです。僕が帰る時にチーフへ挨拶をすると、
いつもなら『おう。気ぃ付けて帰んな。』って言うんですけど、
最近では大袈裟に両手を振って『バイバーイ♪』ですよ。僕正直、涙が出ました。」

「おいおい、それはちょっと異様過ぎないか?」

「そうなんですよ。パートさんもみんな困惑してます。
元が元なだけに、ギャップが激しすぎてついていけません。
本当のところ、みんな最近のチーフにはどう接すれば良いか、悩んでいるんですよ。」

朱に交われば赤くなる、とは言ったものだが、
それでもプロ意識に感化されたチーフは、すっかりディズニーに侵食されてしまったらしい。
別に何かに感化されるのは構わない。
だが、今回はその標的がミスマッチ過ぎる。
明らかに困惑の表情を浮かべる蒼井越しにいる、レッスン真っ最中の紫倉チーフを見つめる。
緋村が担当のお客様の結婚式まで、あと三週間。
今までは高みの見物といった気持ちだったが、そんな自分をここに来て悔やみ出す。
チーフの入れ込み具合は分かるが、
それでも50歳過ぎの親父がミッキーマウスをこなせるわけがない。
そろそろフェリスタシオン迎賓館として決断しなくてはいけない。
昔の後輩として、今の上司として、『サービス界のゴルゴ13』の名を汚名に変えることは、
絶対に阻止すべきである。



金曜日は何かと館内が慌ただしい。
週末の結婚式に向けて、平日の暇なうちに着々と準備を進めていくのがホール部門の業務だが、
それでも金曜日になるとセッティングの最終調整ということで、
ホール内ではいつもより人の動きが多い。
何か備品を手に持ったスタッフが無言で行き来する姿を眺めていると、
こちらまで気持ちが高ぶってくる。

ホールに私が足を踏み入れると、気付いたスタッフは作業中でも足を止め、丁寧に一礼をしてくる。
そしてまた黙々とテーブルセッティングや引き出物の確認作業へと戻っていく。
私はそんな彼らを見る度につくづく感心してしまう。
それというのも、ホール部門の責任者である紫倉チーフの指導の賜物であろう。
チーフは本来、今頃はどこかの大手ホテルで、
総支配人あたりの役職についていてもおかしくはない人材だ。
それが何故、さほど大手でもないハウスウェディングでホールのチーフをしているのか、
私自身首を傾げてしまう。
きっとチーフ本人にしか理解出来ない、特別な理由があるのだろう。

先ほど蒼井に聞いた話によると、紫倉チーフは音響室で機材の整備をしているらしい。
これ幸いと私はスタッフ達に労いの言葉を掛けながら、
仕事の邪魔にならないよう足早に通り抜けていった。
音響室に入ると、CDデッキの裏をドライバーでいじっている紫倉チーフがいた。
スタッフ同様丁寧に頭を下げるチーフを手で制し、私は作業の続きを促した。

「CDデッキ、調子が悪いのですか?」

紫倉チーフの背中越しに手元を眺めながら、私は声を掛ける。

「なぁに、大したことじゃぁねぇでさぁ。
 ちょいと接触が悪いだけで、ひと手間加えりゃ問題ありやせん。」

「ふむ、そういうものなんですか。しかし、チーフはこういう修理も得意ですね。」

「ははっ、褒められるようなことをしてるわけじゃあねぇですよ。
 こんなもん、魚さばくのと一緒でね、コツさえ掴みゃあチョチョイのチョイよ。」

「でも機械だっていつかは寿命がきますからね。
 いつでも新しいのを揃えますので、言って下さい。」

見たところ、相当昔のデッキなようだ。
他支社の話では、昔のCDデッキだと
お客様が自分で焼いてきたCDーRが適合しない機種もあるらしい。
それを懸念した指摘だったが、紫倉チーフはただ笑って
「ご心配なく。まだまだいけまさぁ」と言うだけだった。

私はそんなチーフの背中に目を落とし、話を切り出す覚悟をした。
ちょうど今は私達しかいない。
チーフの名誉のために、二人きりが望ましかった。

「チーフは最近、随分と先導の練習を頑張っていますね。」

するとチーフは手を止めて、私に振り返る。
そして気恥ずかしそうに頭を掻いた。

「へへっ。この歳になって人前で歌うたったり、踊ったりするなんざ思ってもいませんでしたよ。
 体がついて来ねぇたらねぇや。」

「ご謙遜を。その歳とは思えないほどの努力ですよ。こっちがうらやましいくらいだ。」

「とは言っても、あっしだけの力じゃねぇ。
 お嬢ちゃんからもだいぶ世話になりやしたからね。あの子にゃ本当に感謝でさぁ。」

ニコニコ微笑みながらそう語るチーフを見て少し心が痛んだが、
それでも私はどうしても言わなければいけない。

「そうですね。ですが、チーフ…。チーフ自身はどう思われますか?
 先導、本当に出来ると思いますか?」

途端にチーフの顔が強張った。その顔には深い皺がびっしりと刻まれている。
サービス業をしていると、お客様の前に出ればいつ何時でも笑顔で応対しなければいけない。
たとえ、何か辛いことがあったり、体調が優れない日でも。
その長年の我慢が深い皺として顔に蓄積していく。
だから、笑顔を浮かべてない時のチーフの顔には、歳相応以上に刻まれた皺が目立つのだ。

私が出来るのかと聞いたのは、ただ先導が出来るのかという意味ではない。
お客様が要望した通りに動けるのか、という意味だ。
お客様は、先導役にディズニーのようなショーマンの要素を大いに期待している。
それを55歳を過ぎた体にムチ打ってでも出来るのか、休日は浅草にしか行かないような、
チャラチャラしたことを毛嫌う思考に、逆らえるのか。
私はそれを問いている。

紫倉チーフは完全なるこの道のプロフェッショナルだ。
ただやるだけやってお客様の意向を無視するような、自己満足なサービスは絶対にしない。
故に自分の力量の範囲も把握しているはずだ。
何でもかんでもやるのはプロフェッショナルではない。
自分の力量を越えるような要求には、代用を準備するのが常套手段なはず。
今回の場合は、先導役を赤沢に任せればいい。
それだけなのに、頑なに先導をやろうとする姿勢を崩さないチーフに疑問を感じた。

顔から笑みを消し、黙って私の瞳を見据える紫倉チーフ。
昔、まだチーフの後輩だった頃はこの目が恐くてたまらなかった。
チーフがこうやって、人の目をジッと見つめた後には、大概の場合に雷が落ちてくる。
あまりの恐ろしさに瞳を逸らすが、それが逆に「目を逸らすんじゃねぇ!!」と、
早く大目玉を食らうはめになるのだ。
いつの間にかチーフより上の立場になった今でも、この目をされると身が竦む思いだが、
それでも今は見つめ返すしかない。
私が最も尊敬して止まないこのサービスマンより上に立ってしまった責任を果たさなくてはならない。

「支配人、それはあれですかぃ?あっしにぁ、荷が重いと言いてぇわけですかい?」

「そうとも言えます。正確に言えば、お客様の意向にそぐわない。」

余計な言葉遊びを嫌う紫倉チーフに合わせて、私はばっさりと言い捨てた。
チーフは一瞬睨むような目つきをしたが、すぐに瞼を閉じた。
15年前なら確実に拳が飛んできた。そんな場面だ。

「チーフ…。どれだけ努力しようと、お客様の望むようなことが出来ないのは、
 自分自身が一番良く理解しているはずです。
 なのに何故、そこまで自らが先導をしようとするのですか?いや…」

そこで私は一度大きく深呼吸をする。

「何故そこまで、チーフは先導にこだわるのですか?
 あなたが上の立場につくことをどれだけの人間が望んでいることか…。
 何故そこまで現場に執着するのです?」

これまで、チーフにはそれこそ数多の出世話が内外からあった。
それでもチーフは一度も首を縦に振ることはなく、全ての誘いを断った。
そしてその理由は誰も知らない。
チーフは一度たりともその理由を口にしたことはなかった。
それについては様々な憶測が飛び交ったが、チーフはただ黙って口を閉ざし、
いつも白手袋をはめるだけである。

その誰も聞けなかった理由を、今ならばチーフが口にしてくれる気がした。
もっとも、納得がいく理由がない限り、
紫倉チーフに緋村担当のウェディングパーティーの先導をやらせるわけにはいけない。
とうとう観念したかのように、紫倉チーフは鼻を鳴らすとゆっくり口を開いた。

「支配人、覚えてますかい?あっしが初めて先導をした、あんたの担当を。」

昔を懐かしんでいるのか、目を細めながらチーフは言った。
その細められた瞼の奥に、笑顔は映っていない。

「もちろん覚えています…。
 当時は私も考えられないほどに生意気で、軽率なプランナーでした。」

「それはあっしもでさぁ。あの頃はちぃとばっかし、天狗になってやしたからね。
 己が出来ねぇことなんざ、この世にないと本気で思っていやしたよ。」

そして私もチーフと同じく目を細め、幼き日の自分を悔やむ。
…そう、私は軽率なプランナーだった。
そしてチーフは、上っ調子の先導だった。

「支配人から先導をやってみろと言われた時ぁね、あっしは全く理解していなかったんでさぁ。
 結婚式の意味を、披露宴の重さを、新郎新婦の気持ちを…。
 あっしぁ、当時も今も結婚にぁ縁のない身でしたからね、そんなことにぁ、
 ちっとも考えが及ばなかった。
 先導なんて前を歩いて案内すりゃ、それでいいもんだと高くくってましたんでさぁ…。」

確かに先導の動きだけに注目すれば、そんなものかもしれない。
あの時の紫倉チーフは先導を完璧にこなした。
そう、ただこなしたのだ。
それが結果としてお客様のクレームに繋がったのである。

「あっしぁ、結婚式が終わった後にお客様が見せた、悔しそうな悲しそうな顔…
 あれが未だに頭から離れねぇんでさぁ。
 そりゃそうだ。一生に一度の大切な晴れの日に、
 これっぽっちも気持ちが入ってねぇ先導が隣にいられたんじゃあ、気分が良いわけねぇわな。
 あの新郎新婦は、自分方の結婚式を思い出す度に、
 最悪だった先導も思い出さなくちゃなんねぇ。
 あっしが仕出かしたこたぁ、いくら頭を下げても消せねぇことなんでさぁね…。」

我々にとっては年に何十件もあるウェディングパーティーの一件でも、
お客様にとっては一生に一度しかない大切なウェディングパーティーなのだ。
あの当時の紫倉チーフには、そんな思いが欠落していた。
それに気付いていた私は、結婚式の重大さを知らしめるために、
わざとチーフに先導をやらせたのである。
私だって、最悪なプランナーだ。

「チーフは…その時の事を悔やんで、償う意味で今も先導をしているのですね?」

私の問いに、紫倉チーフは「へっ!」と自嘲気味に笑い飛ばし、

「最初はそのつもりでしたがね、
 気付きゃ披露宴ほどやりがいがあるサービスの現場もねぇなと、思ったんでさぁ。
 人の晴れの門出を最高の先導で送り出してやろう、
 それが漢 紫倉のサービス道の極みってやつでさぁ。」

と、意気揚々と啖呵を切った。
それを聞いて私は、やはりこの人には適わないと、小さく頷いた。
紫倉チーフが先導に対する思い入れは、自己満足でも見栄でも惰性でもなく、
信念そのものである。
まだまだ修行中とばかりにたくましく腕を組む紫倉チーフを改めて尊敬すると共に、
いつかは自分もこの人の域に達したいと強く思った。
そんな私を眺めながら、紫倉チーフは詰まらなそうに鼻を鳴らし

「それがあっしが先導を続ける理由ですがね、しかし面白くねぇ。」

と言った。
急に不機嫌になったチーフに目を丸くした私を、サービス界のゴルゴ13は一喝する。

「あっしはまだ自分が老体だなんて思っちゃいねぇ!
 それにあっしがやれねぇことを見栄張ってやる馬鹿野郎と決めつけやがるとは、どういう了見でぇ!
 この紫倉が出来るっつったら出来るに決まってんだ!黙って見てやがれ!黒助っ!!」

声を張り上げて紫倉チーフは、久方振りに私を昔使っていたあだ名で呼んだ。
私は身を竦めながらも、もう聞くことのなくなった怒号に懐かしさと嬉しさを噛み締めた。
言いたいことを吐き出してスッキリしたのか、チーフは不敵な笑みを浮かべて私の肩を力強く叩く。

立場は上になろうとも、私はいつまでもこの人の後輩らしい。
尊敬する先輩の背中から学べる機会がまだあることに、
内心飛び上がりたいほどワクワクしている。






チャペル式が終わり、感動の余韻がまだ引かないまま、ゲストは自分達の席に案内される。
テーブルの上にはディズニーのキャラクターがプリントされた席札や
箸置きなど小物が歓迎をしてくれる。
新郎新婦のウェディングパーティーに対する意気込みがこれでもかと伝わってくる。
全員が着席したのを確認し、満を持して司会者から開宴のコールが告げられた。
普段より語り口調に抑揚が強調され、セリフがコミカルなのは新郎新婦からの指定である。
そして会場内が暗転すると共に、軽快なBGMがホール全体に響き渡った。
それと同時に、ゲストは一斉に入場口を注目する。
BGMはアップテンポな「ミッキーマウス・マーチ」のユーロバージョン。
ウェディングパーティーの開始には少し派手過ぎるが、ゲストの瞳は期待で満ち溢れている。
それもそのはず、会場内を颯爽と動き回るスタッフは、
皆一様にディズニーキャラクターの耳当てを付けたり、軽い仮装を施している。
この会場『グランシンフォニア・ホール』に足を踏み入れたその瞬間から、
気分は既にディズニーリゾートだ。
布石は整った。
BGMも盛り上がりが最高潮に達し、スポットライトが一斉に照らされ入場口が開かれた。
次の瞬間、会場全体が驚きのあまり息を飲む。
皆が予想していたよりも期待以上な光景がそこにあった。
ゲスト全員が瞬きすら忘れるほど度肝を抜かれ、
視線が入場口から入ってきたソレに釘付けになっている中、
先ほどチャペルでリングガールの役目を果たしてくれた
新婦の姪っ子だという女の子が大声で歓声を上げる。

「ママ!ミッキーだよ!ミッキーマウスがいるよ!!」

その一言につられるように、我に返ったゲストも歓声を上げる。
そして会場にいる全員が、あらかじめ渡されていたペンライトを頭上にかざし、
力いっぱい振り始めた。
私も壁際で、頭にミニーの髪飾りをあしらった赤沢と一緒に、夢中になってペンライトを振った。

大きな耳にツンと突き出た鼻。
赤いジャケットではなく、黒のタキシードに身を包んだミッキーマウスの着ぐるみの中にいるのは
誰であろう、『サービス界のゴルゴ13』と言われた紫倉チーフ、その人だった。
ゴルゴ13の異名どおりに、依頼は正確にこなすことを信条とする、当館の先導役である。

大きな白い手をブンブン振りながら入場してきたミッキーは、
胸に手を当て恭しく一礼をすると、飛び上がるように振り向き、
後ろに手招きをして今日の主役である新郎新婦を会場内に導く。
主役の登場に会場内には一際歓声と拍手が湧いた。
その脇でスポットライトが微妙に当たらない位置に立ったミッキーは、
BGMに合わせてステップを踏んでいる。
そしてゲストへの一礼が済んだ新郎新婦の前に立つと、
軽快に手拍子をしながら花道を歩いていく。
その後ろを満面の笑みでついて行く新郎新婦。
ミッキーに合わせてゲストの皆様も、いつの間にかBGMに合わせて手拍子をしていた。
会場全体がファンタジーに包まれた瞬間だった。
まさかゲストも、ミッキーの中身が齢50歳を過ぎた中年男だとは想像もしないだろう。
私だって今実物を目の前にして、信じられないくらいだ。

ミッキーマウスの着ぐるみは、紫倉チーフが自ら手配をして入手したものだ。
こんな着ぐるみを一体どこで手に入れたのか謎だが、何でも昔のコネで偶然手には入ったらしい。
確かにコレを着てしまえば江戸っ子風の外見は隠せるし、
新郎新婦にも最高のサプライズプレゼントになるだろう。
ちなみにミッキーが着ているタキシードは、フィッターの桃瀬が特注でこしらえた物である。
以前まで紫倉チーフが着ていたタキシードをリメイクして作られたので、
このミッキーは当館『フェリスタシオン迎賓館』オリジナルのミッキーということになる。

しかし、こうして眺めているとつくづく紫倉チーフが演じるミッキーマウスの先導は完璧だった。
どれだけ研究と研鑽を重ねたのかわからないほどに、
ダンスとミッキーマウス独特な動きを忠実に再現するだけではなく、
自らがあくまで先導だということを鉄則として、写真に写らないように立ち回り、
主役を引き立てるように身振り手振りを付け加える。

それだけではなく、先導としての役割をこなす傍ら、
時間があればゲストのテーブルに赴き、一緒に写真撮影のサービス。
メインテーブルが寂しくなれば、わざとおどけながらシャンパンボトルを持って馳せ参じ、
しっかりと笑いを取るなど、ホール全体への気配りも忘れなかった。
チーフはそんな調子でウェディングパーティー中は
ずっとホール内で新郎新婦とゲストを楽しませていた。
まさに、一つのエンターテイメントがそこにあった。
一度だけバックヤードに来て水分補給をしたが、着ぐるみは脱がず、
ミッキーの口にストローを突っ込んで水を飲んでいた。

結局その日は新郎新婦もゲストも終始興奮しきった状態で、
終わってしまうのが勿体無いくらいに楽しまれてた。
新郎新婦はあまりの嬉しさに、涙を流しながら何度も頭を下げて、
ミッキーの手を取り、別れを惜しんだ。
そして、お客様が全員館内から完全にいなくなるのを確認して、
紫倉チーフはやっと着ぐるみの頭部を脱いだ。
最後の最後に夢を崩してはならないというプロフェッショナルの気構えだろう。
頭にタオルを巻いたチーフが顔を見せた時、その場にいたスタッフ全員が惜しみない拍手を贈る。
しかし、チーフは疲労の色など全く見せず、
一度だけ深い溜息を吐き出すと、いつもの厳しい顔つきで

「よっしゃ。さっさと片付けて明日のセッティングに取り掛かろうや。」

と言った。
精神的にも肉体的にもさぞかしキツかっただろうに、それをおくびにも出さないチーフのタフさに、
一同唖然としてしまった。
きっと、この日でもっとも驚愕した瞬間だっただろう。






「チーフ、水曜日休みっすよね?一緒にまたディズニーへ行きましょうよ~。」

いつもと変わらない休憩室に、赤沢の甘えた声が響き渡る。
給料日直前だというのに遊びに誘うとは、さてはまた、たかろうという算段か?
だがチーフはつまらなそうに鼻を鳴らし

「べらんめぇ、こんちくしょう。そんなチャラチャラしたところに行けるわけねぇだろぃ。」

と断った。

「おや、チーフ?
 ついこないだまであれだけディズニーランドに入れ込んでいたのに、どうしたんですか?」

訝しむ私に、チーフは手を振りながら「勘弁して下せぇ」と言った。

「あん時はあん時でさぁ、支配人。
 あっしもプロフェッショナルですからね、お客様のためと思いやぁ、
 どんな場所だろうが行って勉強させてもらいやすぜ。
 ですがね、その必要がねぇんなら行きてぇ場所でもねぇわな。」

「えぇ!?じゃあチーフってディズニーが嫌いだったんですか?
 あれだけ熱心に通ってたのにぃ?」

「あたぼうよ。誰が好き好んで幕張のネズ公に会いに行くってんでぃ。」

どんな仕事でも厭わず、
常に最高の状態でお客様に提供するのがプロフェッショナルというものである。
だがその分、仕事と割り切っているために終わってしまえば早々に切り換えるのも、
プロフェッショナルの条件なのだろうか。

私に言及したとおり、紫倉チーフはその年齢をものともしない働きで、
見事にお客様の期待以上を引き出した。
誰も想定出来ないほどのキャパシティを見せつけた紫倉チーフは、
他のスタッフに非常に良い刺激になっただろう。

「そんなこと言わないで一緒に行きましょうよ~。
 私、一人じゃ怖くてホーンテッドマンション乗れないっす~。」

なおも食い下がる赤沢に、チーフは

「はん!あんなガラクタお化けなんざ、塩撒いとけ!塩!!」

と無碍もなく言い捨てた。

まだブツブツ文句を言っている赤沢に構わず、
チーフは「さぁて、ちょっくら散歩でも行ってくるかぃ」と立ち上がった。
残念そうに俯く赤沢だが、その落胆はディズニー仲間を失った寂しさなのか、
はたまた焼き肉屋に通いすぎて金欠な折りに現れた都合良いパトロンを失った悲しみか、
わからない。
わからないが、そんな彼女が何かを期待するように視線を私にスライドさせてきたので、
慌てて顔を背けた。
残念ながら私は赤沢にホイホイ焼き肉を奢ってやれるほどに高給取りではない。

そんなことを思っていると、休憩室から出て行こうとした紫倉チーフの鼻歌が聞こえてきた。
どこかで聞き覚えのあるメロディーに、私は一瞬何の曲だったかと悩んだが、
すぐに吹き出してしまった。

チーフが口ずさんでいたメロディーは「星に願いを」。
ディズニーが嫌いだなどとうそぶいていると、
そのうち鼻が伸びてしまうという話をチーフは知っているだろうか?




↓桃瀬「以上、紫倉チーフが頑張ったお話でした♪チーフ、格好良かったですね♪」
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06:31  |  儀式人の楽園  |  CM(6)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

あら?
お休みかなと思ってたら、これだけ一気に書き上げちゃったんですね!
『サービス界のゴルゴ13』 紫倉チーフ カッコイイです。^^*

私もダンボールミッキーには入ったことあります。^^
みい | 2009年03月21日(土) 08:02 | URL | コメント編集

>>みいさん
さすがに一気には書き上げませんよっ><
私はある程度(一話分くらい)ストックがないと心配でハラハラしてしまうんです。
だからその貯めていた分を一気に出しました!
明日からまたハラハラです。
要人(かなめびと) | 2009年03月21日(土) 23:06 | URL | コメント編集

コメディ調は好きです
塩撒いとけなんかツボなんです

蒼響です

一時間ほど新作のタイトルに悩んでやってきました
そろそろ全部公開したいなー
結婚式って奥深いですね
いつかリアルで自分も迎えられたらいいのぅ。リアルで、リアル
個人的には桃さんが気になったのでアレを押しましたよ

追記
>>普段より語り口調に抑揚が強調され、セリフがコミカルなのは新郎新婦からの指定である。
>>コミカルなのは
第四期?
蒼響黎夜 | 2009年03月21日(土) 23:23 | URL | コメント編集

>>蒼響黎夜さん
おぉ!新作ですね!!
エア受験生ですか?それとも別の作品かしら?
どのみち早く読ませて下さいな♪

結婚するときには是非ご相談下さい。
以外と結婚って簡単に出来てしまうものですよ。
考え方によっては。

コミカルなのはwwwwwwwwよくぞ探したwwwwwwwww
要人(かなめびと) | 2009年03月22日(日) 22:10 | URL | コメント編集

紫倉チーフ、プロ意識が凄いですね~! 私も見習わないとです。
それにしても結婚式場の仕事って奥が深いんですね(驚)
ご来店、楽しみに待ってますね♪
夢 | 2009年03月23日(月) 01:30 | URL | コメント編集

>>夢さん
そうですね。
結構濃い仕事をしているなと、いつも思ってます。
もっともここまですごい仕事はきませんけどね><
要人(かなめびと) | 2009年03月23日(月) 06:24 | URL | コメント編集

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