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2009'03.21 (Sat)

職人気質な先導の場合 前編


【More・・・】

更新日 3月21日

ウェディングパーティーで、『先導』という大変重要な役割がある。
現在は呼び方が古くさく感じるという理由で『アテンダー』と呼称しているが、
この先導というのは、ウェディングパーティーで新郎新婦の側に仕え、
二人が進む方向やお辞儀をするタイミングやケーキ入刀のナイフの握り方などを、
細々と指示する役割である。
もちろんそれだけではなく、新郎が立ち上がる場面では椅子を引き、
新婦が涙すればすかさずハンカチを渡す。
さらに新郎新婦だけではなく、会場全体にも隈無く気を配り、
進行の妨げや滞りがあれば適切に処理をする。
しかもそれらをお客様に気付かれないように迅速に遂行する。
冷静な判断力と決断力、高い水準のスキルと知識がなければ、とてもではないが務まらない。
先導というのは、サービスマンの中でも熟練された人間だけが就ける、特別な役割なのだ。
現在当式場で先導が出来るのは、ホール部門の要である紫倉チーフ、ただ一人である。




4happy
「職人気質な先導の場合」





紫倉チーフ今から40年前、銀座にある大手老舗ホテルに調理の丁稚として、
この業界の門を叩いた。
今でも銀座にある老舗中の老舗ホテルだが、チーフが就職した当時は高度経済成長の真っ只中、
諸外国からのVIPを招く迎賓館としても用いられていた建物だったらしい。
なので、料理だけではなく接客面の強化も図らねばならないと、
当時にしては最先端な方針により、紫倉少年は勤めてたった2ヶ月で、
調理からホール部門へと異動になった。
実家が小さな小料理屋を経営していたので、跡を継ぐため修業に出てきたのに、
包丁ではなく皿を持つ羽目になった彼は、当時相当ふてくされたらしい。
だが、サービスの世界を知っていく度、その奥深さから徐々に魅了されていった。
そして気付けば、料理人になる夢なんぞどこに消えてしまったのか、
身も心もすっかりサービスマンのそれになっていたらしい。
「料理人が魂を込めて作った料理を、自分がさらに魂を込めてお客様に届ける」というのが
口癖になっていた。

それから彼は、そのホテルで10年間という修業を経て、己を磨く旅に出る。
とにかくサービスと名の付く仕事を手当たり次第に修めた。
和食料理屋から高級中華料理店に旅館、
星が3つも4つも付くようなレストランに勤めたかと思ったら、
ファミリーレストランや軽食屋、ハンバーガー屋やスーパーのレジ打ちまで、
多種多様に幅広く手を着けていった。
まさにサービスの武者修業だった。
その時期に培った人脈は計り知れず、齢55歳になる紫倉チーフを現在でも
ヘッドハンティングにくる企業や、国宝級のゲストを招く晩餐会に是非給仕を、という誘いが絶えない。
このあたりの業界では紫倉チーフを『サービス界のゴルゴ13』などという異名で呼ぶ人間も多い。

さて、そんなサービス傭兵のような紫倉チーフが、
なぜ結婚式場のホールチーフとして当館に落ち着いているのか。
それは今から15年前に話はさかのぼる。

当時はまだフェリスタシオン迎賓館はなく、本社に隣接されたホテルの結婚式場に、彼は来た。
最初の勤務地、銀座の老舗ホテルでも結婚式場としての施設はあったらしいが、
紫倉チーフは携わる機会に恵まれなかったらしい。
結婚式場というサービスの現場は初めてという紫倉チーフは、
興味を示しながらも「この程度か」と高をくくった態度が垣間見れて、
当時まだプランナーだった私は非常に不愉快な思いだった。
その頃、私は紫倉チーフをあまり良くは思っていなかった。
自分よりもはるかに研鑽を積んでいて、サービスマンとしては数段も優秀だというのに気付くまで
時間は掛からなかったが、そんな自分を鼻にかけた態度が気に食わなかった。
今はそんなことないが、昔の紫倉チーフはあちこちから引く手数多の売れっ子で、
相当調子付いていた。
そんなチーフがある日、私にこう言ったのだ。

「僅か数時間のために、一年も前から準備しなくちゃならねぇこの業界は、割に合わねぇな。」

その一言にカチンときた私は、サービス界の重鎮にこう反論した。

「そうですね。でもそんな事を言うなんて、紫倉さんもサービスマンとして大したことないですね。」

それが発端で、私と紫倉チーフは取っ組み合いの喧嘩になった。
普段は温厚な私が、『サービス界のゴルゴ13』に拳を振り上げたことに、
その場にいた誰もが呆気に取られた。
そんな我々を周りにいたスタッフがなんとか羽交い締めにして取り押さえたが、
なおも頭に血が上った私達の口論は収まらなかった。

「この青二才が!てめぇにサービスに何がわかるんでぃ!」

「あんたこそ!結婚式がどういうものなのか、ちっともわかっちゃいないな!」

「はっ!この程度のことがぁ!?俺様にわからねぇわけがねぇ!笑わせんな!」

「だったらあんた!先導をやってみろ!あんたには絶対に出来ないさ!」

「出来るさ!出来るに決まってらぁ!あの程度、屁でもねぇや!」

それがきっかけで、私は上司に無理を言って再来週に迫った自分の担当の先導を、
紫倉チーフにやらせることになった。
それが紫倉チーフの初先導ということになる。

さすがにその道で研鑽を積んだだけあって、紫倉チーフは先導が述べる口上や細かな動作まで、
僅か一週間で覚えてしまった。
通常ならば最低一年は練習が必要と言われていたが、彼は本番も難なくこなしてしまった。
よほど自信があったのだろう。
披露宴が終わった後に、紫倉チーフはしたり顔で私を散々罵った。
あの程度の仕事をこなせない間抜けはいない。
わかったらもう生意気な口を聞くんじゃない、と。

だが次の日、披露宴を終えた新郎新婦からクレームがついた。
あの先導は何だったのだ、と。
私はやっぱりと思いつつも、とにかく二人の話を黙って聞いた。
だがその時、たまたま運悪く紫倉チーフが通りかかったのを新郎が見留がねて、言った。
あなたに先導をしてもらいたくなかった、と。

あの時のチーフの顔を私は一生忘れられない。
あの自信満々の紫倉チーフが、何も言えずに泣き出しそうな顔をしたのだ。
彼ほどの熟練なら、クレームの対処だって的確に行えて当然なはずだ。
なのに紫倉チーフはただ顔を蒼くして口を閉ざし、額を地べたに擦りつけて詫びた。
あの時の彼は、そうするしかないほどに自分自身に絶望したのだ。

それからのチーフは変わった。
それまでの自信過剰な態度はすっかり入れ換え、結婚式場のスタッフとなるよう、
年下の人間にまで頭を下げて教えを乞うた。
まるであの先導の贖罪のように、献身的に先導業務に励んだ。
そして今から10年前、フェリスタシオン迎賓館設立と同時に、私と共に当館のスタッフになる。
傭兵稼業のようなサービスマンは、いつしかこの迎賓館に腰を落ち着け、
ホール部門のチーフに収まった。
本人曰わく、この場所に骨を埋める覚悟らしい。
その事を知った他の業界の人間は、口々にこう言った。
「フェリスタシオン迎賓館は鬼神に首輪をはめた」、と。

さて私は今、そんな鬼神様と休憩室にてランチタイムである。
当館のスタッフはさほど多くないので、昼時になると全スタッフが休憩室に集う。
そして一つのテーブルにつき、食事を取るのだ。
そのアットホームさが私は何よりも居心地が良くてたまらない。
緑川もこの時間ばかりは、幸いにも大人しく、癇癪を起こすわけでもなく、
持参した弁当をつつきながら、携帯電話のワンセグで昼ドラを視聴している。
この一時が、スタッフ間の連携を良好にする潤滑油の役割を果たしているのだ。



「するってぇと、あれですかぃ。おいらに先導を引退しろって事ですかい?」

「いやいや、紫倉チーフ。そんな大袈裟な話じゃない。
 ただ後輩の育成も大切なんじゃないかと、私は思うのだよ。」

私は紫倉チーフにとある提案を投げかけた。
食事中のたわいない会話の一つと思って聞いて欲しかったのだが、
どうやら本人には面白くない話だったらしい。
その内容というのは、

「蒼井に先導をやらせるたぁ、10年早ぇでさぁ。」

ということである。

「しかしね、チーフ。10年早いというが、10年後にはチーフも定年退職だろ?
 それにもしも病気や怪我でチーフが休んでしまったら、
 誰も先導、いやアテンダーが出来る人がいなくなってしまう。」

「とんでもねぇ!あっしは這いつくばってでも先導を致しやさぁ!」

這いつくばってる人間に先導をされるのは、新郎新婦もイヤだろうと心の中で呟きながらも、
私は若干不機嫌な鬼神様を宥めながら話を続ける。

「私もね、紫倉チーフが倒れるだなんて全く考えてはいないよ。
 ただ、本社から口うるさく言われてるんだよ。
 ホール部門の全員、もしくは半分以上はアテンダーが出来るよう指導しろって。」

一日に5件も6件も結婚式を行う他支社とは違い、
当館は完全一日一組限定なのでホールは紫倉チーフと蒼井の二人で、今のところは事足りている。
だが、それは言い換えれば、欠員が許されない状態ということだ。
一昨年まではまだ赤沢がいたので多少は余裕があったが、
現状が現状なだけにもう一人くらい人材は必要だ。
しかし本社に掛け合ってもあまり返事は芳しくない。
そのくせ要望ばかりを押し付けてくるので困る。

「けっ。本社の連中に言われたくねぇや。あいつらはてんで現場ってものを分かっちゃいねぇ。
 適当に上から指示を出してりゃあ仕事した気になってやがるから、たちが悪ぃぜ。」

ごもっともなご意見だが、私としては感心ばかりしていられない。

「しかし、そろそろ蒼井君も4年目だ。
 だいぶ仕事にもなれてきて、新しいことにチャレンジしたい頃じゃないかな?」

「馬鹿言っちゃなんねぇ。あの小僧なんざ半人前も半人前。
 まだまだ教えなきゃなんねぇことが山ほどあらぁ。
 先導がしたいだなんて戯れ言言った日にゃあ、張り倒してやりやすよ。」

幸いに本日、蒼井は休みだった。
もしもこの場にいて話を聞いていたら、散々ボロクソに言われてさぞかし落ち込んだだろう。

「だからといって、いつまでも何も教えないわけにはいかないさ。
 別に本番をやらせなくてもいい。
 アテンダーの練習をさせるだけでも、させてあげてくれないか?」

その程度でも案外本社に面子が立つのだが、紫倉チーフは頑として首を縦に振らない。
それだけ先導というのは、紫倉チーフにとっては特別な仕事なのだ。

「確かに先導っていやぁ、花形の仕事だ。
 あの小僧も先導が出来て初めて一人前と認められるのは知ってるだろうし、
 あっしとしてもいつかはやらせてぇと思ってまさぁ。
 ですがね、支配人も知ってのとおり、先導ってなぁただ動けりゃ良いってもんじゃねぇ。
 花形なんて言われても、やってることは黒子みてぇなもんよ。
 新郎新婦よりも目立っちゃならねぇし、かと言って存在感がなくちゃならねぇ。
 その辺の機微に対処出来ねぇうちは、小僧に白手袋は預けられませんぜ。」

白手袋というのは、アテンダーをする人間がはめるもので、
黒タキシードに白手袋は、ホールスタッフの目標であり憧れでもある。
つまりまだ、蒼井にアテンダーはやらせるには早過ぎるということである。

頑固一徹な紫倉チーフがそういうのならば、決して蒼井にアテンダーをさせることは無理だろう。
私としても彼を見ていてそう思うし、
第一年齢も経験も上である紫倉チーフに物を申す事自体にはばかりがある。
だけど本社からの意見なので無碍にも出来ず、さてどうしたものかと悩んでいると、
向かいに座って話を聞いていた緋村が、
「あの、よろしいですか?」と遠慮気味に話に参加してきた。


「ちょうどアテンダーの話が出ましたので、お二人にご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」

「うむ、どうした?」

相談と自分から言ったのに、緋村は困ったように口ごもる。
どうやら言いづらいことらしい。

「どうしたぃ、緋村さんよ。言いたいことはハッキリ言いねぇ。」

チーフは赤沢を「嬢ちゃん」、桃瀬を「桃嬢」と呼ぶのに、何故か緋村だけは
他人行儀にさん付けで呼ぶ。
サバサバしていて気が強い女性はあまり得意ではないのだろうか?

「では…、再来月に私が担当の新郎新婦からの要望なんですけど、
 アテンダーの方にディズニーランドのパレードのようにノリが良くやって欲しいそうです。」

「それは…一体どういうことでぇ?」

「その新郎新婦ですが、ウェディングパーティーにすごくファンタジーな要素を期待していて、
 演出からBGMや小物に至るまで、全てディズニーチックにアレンジしたのです。
 だからホールスタッフにもそれらしい振る舞いをして欲しいらしく…」

紫倉チーフが明後日を見るような目つきで、緋村の話を聞いている。
きっと頭の中で全く想像がつかなくて呆れているのだろう。

「特に自分達の側に常時いるアテンダーには一番頑張って欲しいらしく、あの…着ぐるみを…。」

「えぇ!それは無理でしょ!!」

私が反対すると緋村は手をブンブン振り、

「もちろんこればかりは断りました!
 でも…着ぐるみが駄目ならば、それ相応のことはして下さい…と。」

私は感嘆の吐息を漏らす。
ウェディングパーティーというものは、まさに新郎新婦の好みやスタイルが色濃く現れ、
特に個性派時代の昨今では
「他人と同じようなウェディングパーティーなんて嫌だ!もっと自分達らしい結婚式を!」
という思いで臨まれるカップルも少なくない。
もちろん我々式場側としても、その考えには賛成でむしろ推奨している。
だが、まさかここまで個性を出してくるカップルがいようとは…。

「紫倉チーフ、ディズニーランドって知ってます?」

「あ、まぁ…知ってまさぁな。」

「ミッキーマウスって、知ってます?」

「舞浜に住んでるネズ公のことなら知ってまさぁ。」

休日には浅草あたりにしか行かなそうな江戸っ子でも、一応ディズニーランドは知ってるらしい。
私の考えが見透かされたのか、チーフは「ふん!」と鼻を鳴らす。

「年寄りだからって馬鹿にしないで頂きたいでさぁな、支配人!
 デズニーランドってったら、サービス道を極めようって者なら一度は文献でお目にかかりやすぜ。」

「紫倉チーフ、デズニーじゃなくてディズニーです。」

「あ?おいら、デズニーって言ったぜ?」

「『デ』じゃなくて『ディ』ですよ。」

「細かい事をゴチャゴチャ言うねぇ。とにかくそのデズニーランドのサービスの質の高さは、
 あっしも一目置いてまさぁ。
 あっしらと方向性は違いますがね、見習う点は山ほどあるんじゃねぇですかね。」

「紫倉チーフは、ディズニーで働いた経験はおありで?」

サービス巡礼修行中に、もしかしたら勤務経験があるかもしれない。
そんな興味本位のような期待があったが、チーフは首を横に振り、
「さすがにそれはねぇですね。」と答えた。
それはそうだろうなと思いつつも、少し残念だった。

「あのチャラチャラした雰囲気はどうにも好きになれねぇ。
 話で聞くだけで腹一杯になっちまう。」

「おや、チーフはディズニーに行った事がないんですか?」

「行きてぇとも思いやせん。支配人はあるんですかい?」

「そりゃあ、娘を連れて何度かは。」

大きくなった今はそんなことはないが、
娘が小さい頃はしょっちゅうせがまれて一緒に行ったものだ。

「緋村さんも、行ったことあるかい?」

「当然です。今でも一年に2、3度は行きますよ。
 この日本の東京に住んでいて、ディズニーランドに行ったことない人の方が珍しいですよ?」

チーフは面白くなさそうに口を噤む。
彼は身も心もサービス業に全てを捧げたせいか、結婚には縁遠く、未だ独身である。
私のように子供がいれば行く機会があっただろうが、
大の男が単身で乗り込むには、些か場違いな場所だろう。

「ちょっと、難しいだろうな…。」

もちろん、そのウェディングパーティーで紫倉チーフがアテンダーをするのが、である。
本人は至って真面目にやっているのだろうが、何に影響されているのか、
この人の先導は歌舞伎役者のように動きがカチカチしている。
それに角刈りの頭髪に、いかにも職人という顔つき。
こんな人が、あのディズニーランドのパレードのように軽快にコミカルに振る舞えと言うのか。
…ミスマッチ過ぎる。
とてもじゃないが、人前に出せる代物ではない。

「緋村君、その新郎新婦はどうしてもアテンダーからパレードのような先導をして欲しいのかい?」

「はい。着ぐるみは無理ならと、ミッキーの手袋とヘアバンドは既に購入したそうです。」

「そうか…。このフェリスタシオンのスタッフでやれそうなのは、赤沢くらいだな…。」

キャラクター的に考えて、あの赤沢だったら素でやりそうだ。
むしろノリノリでやるだろう。
あのおちゃらけ娘に適役過ぎる。

「そうですね。赤沢さんだったら、何とかこなしてくれるかもしれません。
 ただ、アテンダーとしてきちんとお世話が出来るか心配ですけど…。」

「あいつ、物覚え悪いからな。
 そこはまだ2ヶ月あるから、みっちりと教え込めば何とかなるだろう。
 紫倉チーフ、赤沢にご教授願えますか?」

それまで腕組みをして押し黙っていた紫倉チーフは、
私の言葉に対して「ちょいと待ちな!」と怒鳴った。
その迫力に、私と緋村はすくみ上がる。

「さっきから支配人に緋村さん、何の話を進めてるんでぃ!?
 お嬢ちゃんなら出来るだの、ご教授願うだの、あっしはちっともわけがわかんねぇな!」

「いや、ですからチーフ。当日だけは特例なので赤沢にアテンダーをやらせようかと」

「べらんめぃこんちくしょう!あっしが先導をやらないだなんて、いつ言ったんでぃ!?」

何を言っているのか唐突過ぎて一拍間が空いてしまったが、
私と緋村は同時に「えぇ!!」と驚愕した。

「ちょっと待ってください、チーフ!言ってる意味が分かりません!」

「チーフが当日ミッキーをやるっていうんですか!?無茶です!出来るわけありません!」

「うるせいやい!やってみなきゃわかんねぇだろうが!」

完全にムキになっている。
今になって思えば、ちょっと考えればわかる話だった。
頑固で負けず嫌いな紫倉チーフに、面と向かって「あなたには出来ない」といえば、
反発するに決まっている。
もう少しやんわりと断れば良かったが、もう遅い。

「あっしはこの業界に入って40年!プロ意識なら誰にも負けねぇと自負してまさぁ!
 頼まれた仕事を断るたぁ、あっしのプライドが許さねぇ!
 舞浜のネズ公だろうが、インドの象だろうが、お客様が喜ぶんならやってやろうじゃねぇか!」

そう言うとチーフは勢い良く立ち上がり、自分が座っていた椅子に片足をダン!と乗せる。

「あ!おとこ紫倉ぁ~!全身全霊を込めてぇ~!
 神妙に勤め上げてぇ~!あ!見せ~ま~さぁ~!!」

と、歌舞伎役者のように声高らかと啖呵を切った。
茫然とそれを見上げてた私の後ろから、それにも負けないくらいの大声で野次が飛ぶ。

「うるさい紫倉っ!!休憩室で何を叫んでいるのよ!
 それにあんたの啖呵は!下手くそなのよっ!!」

静かにワンセグで昼ドラを見ていた緑川が吠える。
それにカチンときたチーフがさらに暴言を吐いたので、休憩室は一気に騒然となった。
お互い口汚く罵り合う中年の間に入り、なんとか宥めようとする私と緋村。
屈強な体つきの紫倉チーフを、なんとか羽交い締めで抑えながら、私は頭を悩ませていた。
とてもじゃないが、チーフに今回のアテンダーが出来るとは思わない。
そのくらいは理解できる分別があるとは思っていたが、
何故ここまでチーフが先導にこだわるのか、わからない。
とにかく何とかして当日まで説得しなければ、お客様にとっても我々にとっても不幸である。
いぶし銀を利かせたべらんめぇ調のミッキーなんて、
とてもじゃないがフェリスタシオン迎賓館のホールに出現させてはならない。






「んなぁ~、僕らのぉ、倶楽部のぉ~リーダーだぁ~。」

「違いますよ、チーフ。もっとテンポ良く!さんハイ!ぼっくらの、クッラブの、リーダーだ~♪」

「僕らのっ倶楽部のっ、リーダーだぁ~。」

「かぁ~、全然駄目っすね。なんでディズニーの曲で拳利かせちゃうんですか?
 演歌じゃないんですから。」

「んなこと言ったって嬢ちゃん、この曲ぁリズムが取りにくくてかなわねぇ。」

「何弱音吐いてるんすか、チーフ。この曲はねぇ、
 みんなでミッキーのクラブに入って楽しく歌って遊ぼうぜ!って曲なんすよ?
 ディズニーの基礎です、基・礎!」

「何が倶楽部だ馬鹿やろう。あっしは銀座のクラブ遊びしか知らねぇ世代でぃ。」

休憩室の一角では、赤沢による紫倉チーフの歌唱指導が行われていた。
この光景が最近の昼休みの風景になっている。
あの日以来、チーフは赤沢からウェルトディズニーの何たるやをご教授賜っている。
私と緋村が、初めは赤沢にアテンダーを任せようとしたのことで、師事を仰ごうと決めたらしい。
30歳も年が離れた赤沢から物を教わるチーフの眼差しは、真剣そのものだった。

「んなぁ~、ぼっくらの~クッラブの~リーダーだぁ~。」

「あ、テンポはさっきより良くなった!でもさ、最初の『んなぁ~』って何ですか?」

「あん?気合いだ、こんちくしょう。気合いと根性がなくて、ネズ公の真似が出来るかい。」

「気合いと根性いらないから!ミッキーに必要なのは夢と希望とラブっすから!」

なかなか上手くいかずに首を傾げてブツブツ呟く紫倉チーフを、ニヤニヤ眺める男がいた。
シェフ長の白根である。

「へへっ、師匠。随分とハイカラなことやってるじゃあ、ありやせんか。」

「うるせぇ、白の字。こちとら真面目にやってんだ。あんまり茶化すとぶっ飛ばすぞぃ。」

「へいへい、すいやせん。でもね、オイラこういうの得意なんすよ。」

そういうと白根はおもむろに立ち上がり、咳払いをして背筋を伸ばす。
すると、無駄に軽快なテノールで歌い始めた。

「ぼっくらの♪クッラブの♪リーダーだ~~♪ミッキーマウス~♪ミッキーマウス~♪
 さぁ歌おう声上げて~♪ヘイ!ヘイ!ヘイ!」

完璧なリズムと音程で、ご丁寧に良く響くビブラードまで掛かっている。
まるで一端のテノール歌手のようだ。
お調子者の白根は、事あるごとに自慢の喉で場を盛り上げたり、女性の気を引いたりする。
音痴な私にしては羨ましいほどだ。

一通りマーチを歌い終えると、隣に座っていたフィッターの桃瀬が瞳を輝かせて拍手をする。
自身のアイドルである桃瀬に褒められて調子に乗った白根は、
立ち上がるともう一度咳払いをして「星に願いを」をアカペラで歌い始めた。
バラードを歌わせたら、白根の右に出るものはいない。
会社の飲み会でカラオケに行くと、あまりの上手さに皆白根の後に歌う事を嫌がる。
それほど白根の歌は心に響く。
すっかり聞き惚れている桃瀬を見て、調子に乗った白根は彼女の手を取り、立ち上がらせる。
そして桃瀬を火傷するほどに熱い視線で見つめながら、さらに声量と歌唱力を上げていく。
苦笑いしながら白根に手を取られる桃瀬。
熊のようにガタいが大きい白根と桃瀬では、まるっきり「美女と野獣」だ。

自分も桃瀬をアイドルと崇める紫倉チーフは、
弟子に美味しいところを持ってかれて、かなり面白くないらしい。
拳を握り締めてわなわな震え、堪忍袋の尾が切れたその時、
紫倉チーフより先に、もう一人の鬼神が吠えた。

「うるさいっつてんでしょうがー!!」

緑川の怒号に、白根の歌声もピタリと止む。
携帯用のイヤホンを握り締め、緑川は顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
このイヤホンは紅葉谷チーフからもらったものだ。

あれから毎日、昼休みに歌の練習をする紫倉チーフに、緑川が噛み付く。
その構図になると、ある程度男性ではないと喧嘩の仲裁が出来ないため、
必然的に私か紅葉谷にその役割が回ってくる
(白根はこんな性格なので、いつも面白そうに見物しているだけである)。
なので、気が弱く心配性な紅葉谷チーフは、少しでも衝突を減らそうと、イヤホンをプレゼントした。
雑音シャットアウト機能がついているためやや値段が張ったらしいが、
命には替えられなかったらしい。
それ以来、紫倉チーフと緑川の喧嘩は見なくなったが、
どうやら白根の歌はイヤホンを貫通してしまったようだ。

残念とばかりに肩をすくめ、桃瀬を席に座らせる白根。
その際に桃瀬の肩に手を乗せ軽くポンポンと叩く。
このスケベ親父、如何なる時でも隙あらばスキンシップを欠かさない。

白根に良いところを披露された紫倉チーフは、すっかり歌の練習をする気が失せてしまったようだ。
むっすりと不機嫌な顔をして椅子に腰掛けている。
それを見た赤沢は、チーフを元気付けるように後ろに周り、肩を揉んであげる。

「白根シェフ長は元から上手いんだから、仕方ないっすよ。
 紫倉チーフもちゃんと上達してますって。」

「ん…そうなのかい……。」

「そうっすよ。第一この歳になってディズニーの歌を歌うなんて、なかなか出来ませんよ。
 やっぱりチーフのプロ意識には感心しますね~。」

「う…む。…へへっ、あたぼうよぅ。」

「この調子ならあと一週間も練習すれば完璧っすね。チーフなら余裕っすよ。」

「おぅ。任してくんな、お嬢ちゃん。よっしゃ!もう一丁練習すっかぃ!」

さっきまでヘソを曲げていた紫倉チーフは、すっかり機嫌を直したようだ。
さすがは赤沢と言ったところか。
普段はあっけらかんととしている彼女だが、
落ち込んだり機嫌が悪い人を見つけると必ず側にいて、
慰めたり励ましたりするのが得意なのである。
こういう自然に他人へ気を配れる姿勢が、サービスマンにとって重要なのかもしれない。

立ち上がり練習を再開しようとする紫倉チーフへ、赤沢が話し掛ける。

「チーフ、今度の休みに是非ディズニーに行きましょう。
 やっぱり本物のパレードを見て、参考にしないことには始まりません。」

「ん、そいつぁ一理あるわな。よっしゃ、お嬢ちゃん。案内してくれるかい?」

「もちろんいいっすよ。あ…ただですね。私、今月車検だったんで生活厳しいんすよね…。
 持ち合わせがちょっと…。」

「はんっ!そのくれぇ、あっしが出してやらぁ。」

「マジっすか!?ありがとうございます!
 じゃあ帰りに焼き肉屋に寄って反省会しなきゃいけませんね?」

「へへっ、お嬢ちゃんには適わねぇな。いいぜ、おごってやらぁ。」

これ以上ないほどに満面の笑みを浮かべ、ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ赤沢。
…こいつ、もしかしてそれが狙いだったのか?
いつの間にか狡猾さも覚えてきたようだ。
私も気を付けなければ。




↓紫倉チーフ「お楽しみはまだまだこれからだぜ!その前にちょっくら押していっておくんなせぇ!」
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Comment

赤沢さんは相変わらずですねぇ~!
一周年おめでとうございます!! これからも楽しみにしています♪
夢 | 2009年03月22日(日) 09:26 | URL | コメント編集

>>夢さん
ありがとうございます♪
まだまだ頑張りますよ~!
来月あたりにカット行きたいと思いますので、よろしくお願いします。
要人(かなめびと) | 2009年03月22日(日) 22:13 | URL | コメント編集

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