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2009'02.28 (Sat)

参列拒否をする父親の場合 前半


【More・・・】

「支配人、ちょっと相談なんですけど…。」

「ん?どうした?」

「今私が担当している渡瀬綾さんっているじゃないですか。」

「あぁ、確か再来月に結婚式の…。前に打ち合わせに同席させてもらったな。」

「はい。その恵さんのお父さんなんですけど…結婚式に出ないって……。」

「?なんだ。病気で入院したとかか?」

「いいえ。」

「怪我か?」

「いいえ。」

「じゃあ、なんでだ?」

「だから、結婚式に出たくないそうです。」

「………健全なのに、か?」

「はい。」

「………。」

「出席拒否です。お父さん、自らが。」

「………えぇ…?」

「有り得ないっすよね。」

「……えぇ……それは……。」

嫁ぐ娘を何の感慨も抱かず送り出せる、そんな父親はこの世にいないだろう。
人生で一度の晴れ舞台で、花嫁姿になった自分の娘を見た父親は、
半ば諦めながら、半ば憤りながら、寂寥感に浸るしかない。
産まれた時からその日が来ることを望みながらも、…その日が来なければいいと。
行き場のない思いは、自分の愛する娘をさらっていった婿に。
口では有り難いと激励しながら、腹の底では呪詛の言葉を延々と書き連ねられる。
自分もその昔、一人の娘をかっさらっていった男だという事実には、都合良く一旦蓋をして。
男として生を受け、娘を持ってしまった者として、抗う事の出来ない宿命のようなものだろう。

ただし、抗う者もいる。
『男は諦めが肝心』だとは言いつつも、潔くないのはいつだって男の方だ。



2happy
「参列拒否をする父親の場合」




「お父さん、お前の結婚式には絶対行かないからな!」というセリフを、ドラマなどでよく耳にする。
フィクションの話ではなく、実際に両親を交えての打ち合わせの際に、
意見の食い違いなどで諍いが起きた時、ついつい口にしてしまうお父さんも少なくない。
特に気が強いお嫁さんとお父さんともなれば
「お父さんなんて結婚式に呼んであげないから!」
「こっちから願い下げだ!」なんて、大喧嘩にまで発展して、見守るこっちがハラハラしてしまう。
しかし、それで本当に結婚式に来ない、なんてお父さんはいなく、
皆一様に仏頂面に涙を浮かべ、晴れ姿を見送るものだ。
世間体というのもあるが、誰でも本当は分かっている。
きちんと娘の晴れ姿を見届けるのが、父親としての最後の使命だと…。
だから私は、始め赤沢からその話を聞いた時に、そう言った類のものだと思った。

「赤沢、父親というものは得てしてそんなものだ。さほど珍しい話でもないだろう。」

「でも支配人、綾さんのお父さんは打ち合わせし始めた当初から、ずっと言ってるんですよ?」

「そりゃそうさ。誰だって自分が大事に育ててきた娘が嫁ぐのを、すんなり見送るのは難しいぞ?」

「でも支配人、綾さんのお父さん、本気で当日は来ないかもしれません。」

「考えすぎだ。私は今まで何度となくそういう父親を見てきたよ。
 当日は文句を言いながらも、きっちりヴァージンロードを歩いてくれるさ。」

「だって支配人、綾さんのお父さん、当日に外国へ逃げちゅうみたいですよ?」

「…どういうことだ?」

「私、見せてもらったんです。結婚式当日が日付のサイパン行きの航空チケット。
 『ゆったり南国リゾート~♪』なんて言ってましたよ?」

「………。」

「ね?有り得ないっしょ?」

「あぁ…。」

「本気っぽいでしょ?」

「………。」

以前に散々式に出ないと宣って、終いには間に挟まれていた新郎と
掴み合いの喧嘩になったケースは目の当たりにしたことがあるが、
まさか航空チケットまで手配している父親というのは初めて聞く。
単なるパフォーマンスなのか、それとも…。
いや、パフォーマンスをする意味もよくわからない。
そこまでしても、結婚式に出たくないものなのか?

「結婚式が決まった時に、何かトラブルがあったとか?」

「いいえ、特には。」

「あれじゃないか?跡取り問題で納得してないとか。」

「それもないと思うっすよ。綾さんは次女で、既にお姉さんが婿取りしてますし。
 旦那さんだって長男ですから、跡取りとかは円満に解決したはずですけど。」

嫁にいくか、婿に来るかの問題は、
家督制度が希薄になった現代でも、充分にトラブルの元になる。
特にまだ若いカップルは、そこまで考えが及ばずに結婚式の準備を進め、
いざ両家顔合わせの段階で大波乱になった、という話も珍しくない。
しかも、どちらも一歩も譲らず、渋々どちらかが諦めても、結婚後に大きなシコリになり、
ギクシャクした親戚関係というのも、幾度となく目にした。
新婦家の父親が不満を持つと考えればその辺かと思ったが、どうやら違うらしい。

「じゃあ、アレか。娘さんとお父さん、凄く気性が荒くて仲が悪いとか?」

「全然。どちらも普通な性格で、むしろおっとりしてますよ。
 その結婚式に出ないとかそういう話をしてない時は、本当に仲良そうですし。」

「じゃあ、なんで結婚式に出ないなんて言うんだ?
 しかも当日に外国へ逃げるだなんて。さっぱり分からん。」

「だから支配人に相談してるんじゃないですか?」

私は口を噤み、腕組みをする。
何度考えても、その父親の心理がさっぱり掴めない。
すると、隣でドスンドスンと書類に判を押していた緑川が口を開く。

「ただ単に出たくないだけでしょ!自分の娘が他人に持ってかれる姿が見たくないんですよ!
 男なんて!所詮!意気地なし!なんですから!ね!!」

セリフに合わせて、物凄い力で判子を書類に叩きつける。
まるで机を叩き割る練習をしているようだ。
鼻息を荒げながら判子を振りかざす緑川を宥めるように、私は柔らかい声色で話し掛ける。

「確かにそうですけどね、緑川さん。
 私は何かしらの理由があるんじゃないのかと、思うわけですよ」

最後の「すよ」と同時に、緑川が一際力強く判子を振り下ろす。
事務所内に炸裂音のようなものが響き渡り、
奥の方で事務仕事をしていた紅葉谷チーフが「ひっ!」と情けない悲鳴を上げた。
私は判子の心配をしようか机の心配をしようか悩みながら、緑川の睨みを一心に受け止める。

「理由なんかはないです!男が腰抜けなだけでしょ!
 父親なんてね!ろくに子育ても手伝わずに『可愛い可愛い』言ってただけでしょうが!
 そんな甘っちょろくしか接してないから、いざいなくなるとなるとピーピー喚くんですよ!
 その点、母親なんてね!娘や息子をどこに出しても恥ずかしくないように、
 気合い入れて育ててきたんです!男の人とは覚悟が違うんです!」

口から唾を飛ばしながら、一気にまくし立てる緑川に圧倒され、私は何も言い返せなくなった。
しかし、何故この女性はいつも威圧的なのだろうか?
なにか私にでも恨みがあるのだろうかと、ついつい自分の日頃の行いをあらためてしまう。

「とにかく支配人、今度綾さんの家に行ってお父さんを説得するんで、一緒に来て下さいね。
 私はちょっと衣裳部に行ってきます。じゃ。」

どちらかと言えば、緑川の癇癪に触る行動が多い赤沢は、
危険を察知した小動物のように素早く事務所から立ち去った。
相変わらず仕事はさほど早くないくせに、逃げ足だけは速い。
私もわざとらしく、

「さて、チャペルガーデンの草むしりでもしますか…。」

と一人ごち、足早に事務所を後にした。
緑川はイライラが治まらないようで、一人取り残された気弱な紅葉谷チーフを
標的にし出したのが、音だけで感じ取られた。
紅葉谷チーフに事務仕事を頼んだのは自分だったので、心の中でそっと謝罪した。



それにしても…と、チャペルに続くロビーを歩きながら、私は思った。
赤沢は綾さんのお父さんを説得しに行く、と言ったが、上司としては安易に承諾出来ない。
我々の仕事は、一生に一度の結婚式をお手伝いすることなので、
その人の人生に大きく関わる仕事をしていると、つくづく実感している。
だが、関わり過ぎるのは、いかがなものか?
その人の人生や家庭には、その人個人や繋がりのある人との事情があるし、
触れられたくない部分も、きっとあるはずだ。
確かに結婚式に父親が参列するのは正しい事かもしれない。
なので、どうにか参列してくれるよう父親を説得する我々の行動は、正しい事かもしれない。
だが、時として正しい事が相手を傷付ける事だってある。
正しいと思った行動が正しくない時だってある。
それをしようとしているかもしれない部下を、
上司として、一人のサービスマンとして、どうすれば良いのだろうか?

私は自分の過去を振り返る。
「ただお客様に幸せになって欲しい」
…普段は素っ頓狂だが、赤沢はその思いが非常に強い。
時には自分を省みない行動に走る時がある。
まるで昔の自分を見ているかのようで、上司として嬉しくもあり、悲しい。
赤沢が私のようなサービスマンになるような気がしてならない。
プランナーとして、越えてはいけない壁を、超えられそうで恐いのだ。

窓の外に視線を移す。
ここからはちょうど良く、ドレスや和装、その他の衣裳を打ち合わせする
フィッティングルーム『フィオーレ』が見える。
店舗内は特にお客様がいないようで、フィッターの桃瀬と赤沢が、
コーヒーを飲みながら談笑していた。
二十代前半の赤沢と、二十代後半の桃瀬は、本物の姉妹のように馬が合う。
おっとりとして面倒見が良い桃瀬と、天真爛漫な赤沢のコンビは、
スタッフ間でも一際仲が良いようだ。
今もコーヒーカップ片手に大口を開けて笑っている赤沢を見て、私は感慨に耽った。
彼女はまだプランナーとして僅か一年だが、サービスマンとしては四年経過している。
この頃になれば、ある程度仕事や社会の仕組みを理解してくるし、
人間としての些細な感情の変化にも、敏感に反応出来るはず。
いつまでも子供じみた理想だけ掲げ、サービスマンが勤まらないことは分かってくるはずだ。

とにかく、今は目の前にある課題をどうやってクリアしていくか、上司として見守るしかない。
綾さんのお父さんを説得することが、本当に正しいことなのか、
本人に考えさせてから判断したいと思う。

よほど話が盛り上がってきたのか、赤沢は手をたたいて大笑いしている。
そろそろ自分だって花嫁になってもおかしくない歳なのに、
あまりに稚拙で無邪気過ぎる笑顔だ。
私は分かっているのかいないのか、若かりし日の自分そっくりなプランナーを、
呆れながら眺め、呟いた。

「あっちゃけぇ…(馬鹿馬鹿しい)」



それから一週間後、私は赤沢と連れ立って、渡瀬家の扉を叩いた。
見積書の提示という名目を立てて伺ったが、
如何せん支配人という立場である私も一緒というのは、何かあったのかと訝しまれた。
だが、雑談を交えて話を進めていくうちに、
だいぶ綾さんの両親も警戒心を解いてくれた様子だったので、私は遠回しに話を切り出してみた。

「ではお見積もりについてはご理解頂けたようですので、
 次に挙式当日のお時間の流れをご確認致します。
 挙式が14時ですので、一時間前にはご親族紹介を。
 この10分前には親族の皆様、お揃い頂いた方が良いでしょう。」

綾さんと母親は頷きながら私の話に耳を傾けているが、父親は我関せずと明後日を向いている。
どうやら赤沢から聞いた通りらしい。
私はどうしようかと一瞬躊躇ったが、敢えて話題を引きだそうと父親に話題を振る。

「ちなみに、お父様にとってはこの時間帯が、一番気が休まらないかもしれません。
 ご親族様を上手くまとめたり、親族紹介となれば、それなりに緊張しますからね。」

すると父親は表情も崩さずに、淡々と答えた。

「あぁ、その点はお気になさらず、支配人さん。私は当日、式場に行きませんので。」

その瞬間、それまで柔和だった空気が、一気に固まった。
綾さんも母親も顔を曇らせる。どうやら赤沢の話は本当だったらしい。
というのも、別に疑っていたわけではないが、
あまりにも現実味に欠ける話だったので、本人の口から聞くまで信じたくない自分がいたからだ。
私はわざと驚いたように目を見開いた。

「えぇ!それはどうしてですか!なにか事情でも!?」

「逆にお尋ねしますが、結婚式に父親がいないと困ることって、あるんでしょうか?」

私はそれを聞いて、つい返事に窮してしまう。
質問に対する上手い切り返し方がなかった訳ではない。
サービスマンは、時として口八丁にならなくてはいけない。
お客様の要望に全てイエスで返していては、商売として成り立たない場合もある。
なんでもかんでも要望通りにしか出来ないサービスマンは、
決して「良いサービスマン」ではなく、「都合の良いサービスマン」だと、私は思う。
では、私が口ごもってしまった理由というのは、
あまりにもお父様の容姿とセリフがミスマッチだったからだ。

赤沢が言っていたように、人懐っこそうな笑顔なお父様と、清純で大人しいお母様。
その二人の間ですくすくと育っただろう、朗らかな綾さん。
絵に描いたような、幸せな家庭に見えた。
小さい頃の綾さんやお姉様の写真に、成人式に撮った家族写真など。
私達が通された客間には、家族写真がいくつか飾られている。
リビングではなく客間にまで写真を置くということは、
来客に対して、我が家自慢をしたい表れだろう。
そんなどこから見ても家庭的にしか見えないお父様が、
何故そこまでして結婚式に出たくないと拒むのだろうか?

「例えば、お父様が病を患ってらっしゃる場合や、身体に障害をお持ちの場合は、
 致し方なくお父様の替わりにお母様や代役の方へお願いします。ですが…」

私はそこで一旦トーンを落とし、綾さんに視線を向ける。

「やはり娘様としては、最高の花嫁姿をお父様に見て頂きたいのではないでしょうか?
 何故なら、それが一番の親孝行になる事を、綾さんは知っているからです。」

私の言葉に、綾さんはグッと唇を噛む。
赤沢の話によると、お父様は相当結婚式に出たくないらしく、
外国に高飛びする準備まで拵えているほどだ。
ならば、余計な押し問答を展開するよりも、早々に情に訴えて揺さぶった方が効果的だろう。
しかし、本人は全く動揺せず、

「大丈夫です。その花嫁姿は後日ゆっくり写真で見ますから。」

と言った。
隣に座る赤沢がしたり顔で私を見つめる。
そのぐらいの手段は、既に自分が実践済みだと言いたいのだろう。

「確かに写真はいつでも何度でも、開き見返すことが出来ます。
 ですが、結婚式という1日は、その瞬間しかないのですよ?」

「はい。ですから、その日は私の代わりに母さんや叔父にお願いしようと。」

「お母様は、それで宜しいんですか?」

私は的を違う方向に絞る。
微笑みを浮かべながら、やや非常識過ぎる事を言うこの父親と話しても、埒が明かない。
しかし、お母様は綾さんと同じように、口を引き結んで黙り込んでしまった。
一見寛大そうに見えるお父様だが、案外亭主関白なのかもしれない。

「と、とにかくですね、写真で見るとかそういう話ではなくて、
 綾さんはお父様に出席して頂きたいはずです。一緒に並んで写真に…」

私はそこまで言って、あることに気付き、部屋を見渡した。
そして、さっき視界の隅で捉えたそれを、もう一度じっくり眺める。

「…お姉様の結婚式には、ご参列になられたのですね。」

客間の壁に飾られた家族写真の中に、
ウェディングドレスを着た花嫁を中心にした親族集合写真がある。
当式場ではないが、花嫁の隣にはお父様とお母様、その隣には綾さんと、
どうやらお姉さんの結婚式らしい。
燕尾服姿から察するに、お姉さんの時はきちんと参列したようだ。
私の視線の先にある写真に気付いたのか、お父様は誤魔化すように二、三度咳払いをする。

「あの時は、あの時です。今回は辞退させてもらいます。」

なおも頑なに拒み続けるお父様に、私は段々と腹立たしく思えてきた。
自分の結婚式に親が参列する事を、疎ましく思う子が、どこにいるというのか。
そして、自分の結婚式に親が参列しない事を、
子はどれだけ悲しく思うのか、わからないのだろうか。
如何なる理由が在ろうとも、我が子の巣立つ姿を見届ける、それが親としての義務だろう。

「何故…そこまでして、結婚式に参列されるのを拒むのですか?」

「それは…あなた方には関係ないでしょう。」

「確かに関係ないでしょうけれども、娘様としてはお父様から結婚式に来て頂く事を、
 切に願っているでしょう。」

「………。」

私は壁にある、幸せな家族の象徴を表す写真を指差す。

「一家全員揃ったお姉様の結婚式が飾られてあるのに、
 綾さんの結婚式は、お父様が不在の形で残すおつもりですか?」

「………。」

「嫁ぎゆく娘様を笑顔で送り出す…。
 それが親として、父親としての役割ではないでしょうか?」

「何故あんたにそこまで言われなくちゃならない!」

それまで押し黙っていたお父様が、急に語気荒く口を開いた。

「これはうちの問題であって、あなた方式場にはなんの関係もないだろ!
 何故そこまで言われなくちゃならないんだ!」

「しかしですね…!やはり結婚式というものは…」

「それはあなた方が決めることじゃないだろう!
 別に父親がいなくちゃ、結婚式が出来ないわけでもないだろ!?」

「そりゃ…そうですが、…しかし」

「あなた方には迷惑かけとらん!式もきちんと挙げさせるし、金もしっかり払う!
 だからあんた方はあんた方の仕事をきっちり黙ってやってりゃいいんだ!
 これ以上我が家のことに首を突っ込まないでくれ!」

普段はよほど温厚なお父様なのだろう。
あまりの大きい声に、綾さんは縮み込んで泣き出してしまった。
私は反論したい事が山ほどあったが、目の前にいるのがお客様というのを無駄に自覚してしまい、
何も言えなくなった。
お父様の言うことは正しくないと思う。
だが、それを覆すのは、正しいサービスの形ではない。
それを覆してしまえば、サービスの形を破錠する事になる。

頭の中で、本心と建て前がグルグルと葛藤を繰り返す中、お父様が静かに私を押さえつける。

「支配人さん。父親が結婚式に出席しなくて、何か困ることはあるんでしょうか?」

イエスばかりのサービスマンは、お客様にとって都合が良いサービスマン。
だが、お客様の事情を無視して自分の意見を押し付けるサービスマンは、愚の骨頂だ。
私は頭を下げて、首を横に振るしかなかった。

「…いいえ。ございません…。」

更新日 3月4日



渡瀬家から帰りのタクシーの中、私と赤沢の間には、妙な沈黙が同乗していた。
辺りはすっかり暗くなり、閑静な住宅街を抜けて街中に入ると、
途端に帰宅ラッシュに巻き込まれる。
少しずつしか進まないタクシーの脇を二輪車がすり抜けていき、
歩道には仕事帰りのサラリーマンで溢れている。
私はそんな光景を眺めながら、重たくなった口を開いた。

「今後、打ち合わせを進める際には、お父さんの事に極力触れないこと。いいな?」

赤沢はうんともすんとも言わず、真っ直ぐ前を向いている。
彼女は打ち合わせの後半から、ほとんど口を開いていない。
普段は口に蓋をしたいほど無駄話が多いくせに、
こういう時だけだんまりを決め込まれると、どうも調子が狂う。

「綾さんのお父さんが言うとおり、我々がそこまで首を突っ込むべき話ではないんだよ。
 渡瀬家には渡瀬家の事情というものがある。
 それをどうにかしようというのは、サービスマンとして逸脱している。
 そんなものはサービスではない。」

「………。」

「赤沢、君の気持ちはよく分かる。私としてもお父さんに出席して頂くのが、最良だと思う。
 だが、本人があそこまで拒否をしているのだ。余程の理由があるのだろう。
 だから、本人の気持ちが変わるまで、我々は待つしかない。」

「…でも綾さん、可哀想です!」

溜め込んだ鬱憤を吐き出すように、赤沢はそう言った。
タクシー運転手が何かあったのかと、バックミラーでこちらを窺う。

「それは私だって同じ気持ちさ。でもな、赤沢。
 だからと言って、無理矢理お父さんを説得したり、引っ張り出したりするのは、明らかに違うだろ?
 アドバイスも結構、相談に乗るのも結構。
 だが、他人の人生にまで足を踏み入れるのは、…いけない。」

この世の中には様々なサービス業がある。
いや、人と関わり合う仕事全てがサービス業といっても過言ではない。
その中でも特に我々の仕事は、他人の人生に干渉し易い。
知らず知らずのうちに、他人の人生の一部に影響を与える担い手になっていることの、
なんと多いことか。
アドバイスの仕方一つで、打ち合わせの内容一つで、
その人の行く末を全く別のものにも変え兼ねない。
我々の仕事は、そういう視点から見れば、実に危うい立ち位置にいることになる。
お客様との距離感、そのバランス加減がサービスマンの資質となる。
赤沢も、もちろんその事を重々承知なはずだ。
だが、理屈では分かっていても、感情では理解出来ないのだろう。
その証拠に、への字に曲がった口元は直らない。

「じゃあ支配人は、このままで良いって思うんですか?
 お父さんがいないまま結婚式をやって、綾さんは幸せだって思うんですか?」

「もちろん、そうは思わない。だがな、我々が出来ることは」

「お客様が一番幸せだ、っていう形で結婚式をさせるのが、私達の仕事じゃないんですか?」

「それは当然だ。だがな」

「支配人、さっきから『でも』ばっかり!
 なんでお父さんに出席してもらうように説得しちゃ駄目なんですか!?
 お客様の言うことに頭だけ下げてれば、それで良いんですか!?
 それが支配人の言う、立派なサービスマンなんですか!?」

「…お客様の人生に干渉し過ぎるのは、正しいサービスではない。
 それを侵せば、サービスマンとして成り立たなくなる。」

「じゃあ支配人は正しいサービスマンじゃないですね!私、知ってるんですよ!?
 支配人がまだ若いときに自分の担当の」

「赤沢っ!!」

狭い車内に私の怒鳴り声が響いた。
目を丸くして唇を噛み締める赤沢。
運転手も驚きながら、困ったように「お客さん、もう少し静かにしてもらえませんかね?」と注意する。年甲斐もなく激してしまった自分を悔やみながら、私は言葉を続けた。

「だから…お前がそうならないように、私のようなサービスマンになって欲しくないから、
 言ってるんだよ。お前はお客様相手に親身になって接客をする良いサービスマンだと思う。
 だが、時々やりすぎるのだ。そういう気持ちが強すぎて、簡単に一線を超えてしまうんだ。
 それはサービスとして間違ってないが…正しくはない。」

その結果がどうなるかは、敢えて自分の口から言いたくなかった。

てっきり何か言い返してくるものかと思ったが、赤沢は黙って俯いたままだった。
車内に再び重苦しい空気が流れる。
私は居たたまれなくなり、先程怒鳴ってしまった詫びを言おうと口を開いたと同時に、
赤沢が顔を上げた。

「すいません、運転手さん。ここで止まって下さい。」

ここでいいんですか?と念を押す運転手に、赤沢は私の方を見ようともせず、頷いた。
ウィンカーを立てて、タクシーが路肩に駐車する。
ドアが開くと赤沢は飛び出るように降車して、私を睨み付けた。

「焼き肉食いに行きますんで、今日はもう直帰します!お疲れ様でした!」

私の制止の言葉にも耳を貸さず、赤沢はそそくさと帰宅する人混みの中へ消えていった。
後にはタクシーの窓から手を差し出した私だけが、間抜けに取り残された。
道行く人が生温かい視線を私に向ける。
タクシーの運転手が「お客さん、どうしますか?」と、バックミラー越しに尋ねた。
私は少し迷いながらも、「いや。行って下さい。」と答える。
運転手は何も言わず、ハンドルを切って発車させた。
私は溜め息をつきながら、目元を手で覆う。

性格が素直過ぎる反面、思ったことが直ぐに顔へ出てしまうのが、赤沢の短所だ。
サービスマンならば常にポーカーフェイスを心がけてほしいものだが…。
さっき見た赤沢の表情からは、憤りの奥に悲しさが混じっていたのを、私は見逃さなかった。
彼女自身も分かっているのだ。
我々が踏み入れられる範囲は限られていること、
自分の思いがサービスマンにとって相応しくないことを。
全ての物事が上手くいく訳がないことを、歳を重ねる毎に理解していき、
正しいことすら世間に通用しないことに何の感慨も抱かず、いつしか慣れていく。
人はそんな風に成長していき、大人になっていくのだろう。
赤沢はちょうど今、そんな成長する時期なのだ。
今回の件をどう受けとめるかで、彼女の今後は変わっていく。
ある意味プランナーとして、サービスマンとしての分岐点に、
上司である私は的確なアドバイスが出来たであろうか?

…分からない。分からないが、
このまま世間に沿って成長していく彼女を見ていくのが、哀しいのかもしれない。
もしかすると、まだ二十代だった自分も、あんな表情をしていたかもしれない。
いや、今でもしているのだろう。

私はそんな赤沢と同じ表情をしているかもしれない自分が恥ずかしくて、
誰が見てるでもないのに手で顔を覆ったまま、呟いた。

「自分から直帰します、と言うやつがあるか。
 …でって、あちゃくせ(本当に、馬鹿馬鹿しい。)……。」






↓緑川「ごちゃごちゃ言ってないで!さっさと押すもの押して下さい!こっちは忙しいんだから!」
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Comment

第一話、楽しく読ませて頂きました!
やはり要人さんの文章は惹きつけられますね(゜∀`*

これからも頑張って更新してくださいませ♪
もと | 2009年02月28日(土) 11:34 | URL | コメント編集

今回の話も面白そうですね^^
まさか本気でサイパン行っちゃわないと思いますが…
あと、誠一くんと素子ちゃんの時のこちら側の視点でも
読みたかったな~なんて、ちょっと欲深なこと考えちゃいました。
momokazura | 2009年02月28日(土) 17:47 | URL | コメント編集

>>もとさん
お褒めの言葉、ありがとうございます。
バリバリ毎日更新、頑張ります!

>>momokazuraさん
なるほど!それは思いつきませんでした。
別のキャラ視点でも物語を書いてみますね♪
要人(かなめびと) | 2009年03月01日(日) 06:05 | URL | コメント編集

緑川さん、イイ感じですね~♪
同じ職場に居たら多分イヤ、でもこの中に居るのは好きです!
パパさんの出席拒否の理由、気になりますね。

今日からキャンペーン始めるのでヨロシクです。
何かした方が良いキャンペーンがあったら教えて下さい! ネタ切れ気味なんで…
字、大きくしようとしたけどなりません(怒) ふぅ~~~。。
夢 | 2009年03月01日(日) 10:14 | URL | コメント編集

緑川さんは私生活でいろいろありそうですが、
標的にされた紅葉谷さんはかわいそうですね~
支配人も逃げ出してしまうのが面白いですww

あとコメント頂いた件ですが、がんばってみますね♪
momokazura | 2009年03月02日(月) 01:16 | URL | コメント編集

>>夢さん
緑川さんはフェリスタシオン迎賓館で、唯一ホスピタリティーのかけらもない人材です。
それがまた他のスタッフに良い(?)スパイスになります。
キャンペーン始まったんですね!
機会があったら行きますんで宜しくお願いします。
ホームページ、頑張って下さい!

>>momokazuraさん
紅葉谷チーフは常にみんなの標的にされてます。
スタッフはいかに緑川さんから逃げるか、に全身全霊をかけてますので。

イラストの件、無理なお願いを言って申しわけありません。
何卒、宜しくお願いします♪
要人(かなめびと) | 2009年03月02日(月) 09:04 | URL | コメント編集

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 | 2009年03月04日(水) 18:37 |  | コメント編集

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