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2009'02.23 (Mon)

運の悪い花嫁の場合 後編


【More・・・】

厨房内というのは館内でも独特な雰囲気で、いつも言い知れない緊張感に満ちている。
どこに行っても洋風でコケティッシュな、この『フェリスタシオン迎賓館』は、
お客様から見えない事務所やバックヤードも、同じような内壁、調度品でレイアウトされている。
これは、お客様とスタッフの空間を共感することにより、
精神面の隔たりを解消しようという意図があるのだ。
それは厨房内も同様だが、それがかえって違和感を際立たせていた。
場所や雰囲気が変わっても調理に携わる人間は、どうしても職人気質になってしまうらしく、
せわしなく黙々と作業に従事する。
握っている包丁よりも、触れれば切れるような威圧感で支配されたこの空間が、私は苦手だった。

だが、そんな厨房内が水を打ったように静まり返っていた。
結婚式時の厨房はまさに戦場で、むやみに立ち入った日には、
調理人から、蹴り飛ばされんばかりの非難の眼が向けられるほどに、
慌ただしく荒々しいはずなのに、
今はそんな調理人達は、何をするでもなく、立ち尽くし静止している。
まるでここだけ時間が止まっているようだった。

その厨房の最奥にいるであろう人物に私は声を掛ける。

「白根シェフ長!」

すると調理人の人垣から、大柄で無精髭を生やした白根シェフ長が
ニカッと屈託のない笑顔と共に現れた。

「うぉーい、クロちゃん!困っちゃったよ!」

「白根シェフ長…。会社で『クロちゃん』はやめてくれないかな…。」

「固いこと言うなよ!オレとクロちゃんの仲じゃないか!」

ガタイだけではなく声まででかいため、白根シェフ長の話は厨房内に響き渡る。
他の調理人は慣れた様子で我々を見守っていた。

私と彼は旧知の間柄で、かれこれ学生時代まで遡る。
高校時代に同級だった我々は、卒業後に一旦別々の職場に勤めたが、
数年後に何の縁あってか一緒の職場になった。
それ以来、私は現場で、白根は調理で、お互い励まし合いながら今の地位まで上り詰めた。
まだ若い頃に白根と「トップに立ってお客様に最高のサービスを提供出来る式場を作ろう。」という
誓いを立て、それが今形として実現している。
いわば彼は私の戦友でもある。

「だがな、白根シェフ長。我々の立場上、役席名で呼び合った方が都合良いのだよ。
 下の者に示しがつかない。分かるだろう?」

「分かるけどさー!なんか寂しいじゃないか!普段通り『シロちゃん』って呼んでくれよー!」

お前等もそう思うだろ!と周りの調理人に同意を求めるが、彼らは軽く苦笑いをしただけだった。
この手のやり取りは、最早厨房内でも見慣れた光景になっている。
と、そこへ、白根にも負けない大声が厨房内に響き渡った。

「おいっ!白の字!!ガスが使えねぇたぁ、どういう了見でぇ!!」

いつの間にか後ろに立っていた紫倉チーフの怒号に、私は思わず身を屈めてしまった。
白根は紫倉を見ると、更に満面の笑みを浮かべ「師匠!」と言う。
この二人、部署は違えど、何故か昔から師弟関係を保っていた。
どうやら紫倉チーフはガスが使えないと知るや、心配で馳せ参じたらしい。

「それが師匠!あっしらも急に聞かせられたもんで、参っちまってまさぁ!
 火が使えねぇんじゃあ、あっしらの仕事が出来やしねぇ!」

普段は普通に話すくせに、紫倉チーフの前では、白根も『べらんめえ』口調になる。

「ばっきゃろぃ!こんちきしょうめ!!何のために常日頃修業してやがるんだぃ!!
 気合いでなんとかしろぃ!!」

「師匠!そいつぁ、出来ねぇ相談だ!気合いで肉が焼けりゃ、世話ぁねぇ!!」

「いちいち口答えすんじゃねぇ!!この半人前がぁ!!」

「すいやせんっ!師匠!!」

この二人の会話を聞いていると頭が痛くなる。
洋館風ハウスウェディング式場を影で支えているのが、まさか江戸っ子だとお客様が知ったら、
幻滅されかねない。

私はこのいつまで経っても終わりそうもない下町喜劇に付き合ってられず、
事態の収集に乗り出すべく口を挟む。

「白根シェフ長。つまり火さえあれば調理は動けるんだな?」

「おう!下拵えは出来てるから、後は肉焼くだけだ!」

「夏にガーデンでバーベキューをする際に使うプロパンタイプのガス台があっただろう?
 あれじゃあ、間に合わないか?」

夏場にガーデンでパーティーを催したいという要望に備えて、
ある程度設備は整えてあるし、備品も一式揃えてある。
それらは年に数回しか使用をする機会がないため、倉庫に納められているが、
その中にプロパンタイプのガスコンロが何台かあったのを覚えている。
それで食材を焼いている姿を何度か見ているので、火力は問題ないはずだ。
私の話に一瞬キョトンと目を丸くした白根は、見る見るうちにに表情を輝かせ始めた。

「それだ!それだよ!クロちゃん!その手があった!」

白根が上げる歓喜の声につられて、
沈んだ顔をしていた他の調理人達の表情も明るさを取り戻す。
紫倉チーフも安堵の溜め息を一度つき、すぐに大声を張り上げた。

「流石は支配人だ!こんちくしょう!やい白の字!てめぇも支配人を見習って頭使いやがれ!」

「合点でさぁ!師匠!!」

「さぼってやがった分、きっちりと気合い入れねぇと承知しねぇぞ!分かったか!!」

「合点でさぁ!師匠!!」

その気持ちが乗った声を聞いて安心した紫倉チーフは私に向かい、慇懃に頭を下げた。

「支配人。それではあっしもホールに戻らせて頂きまさぁ。
 お手を煩わせやして、相すいやせんでした。」

「いやいや、紫倉チーフ。私は日頃暇なんでね、倉庫内を見回ってたから気付けただけさ。
 でもこんな形で功を奏するとは思いもしなかったよ。」

「いやぁ、こいつぁ御謙遜を。」

「まずはこれで問題が解決して良かったよ。私も一緒にホールへ戻るよ。
 また新しいトラブルが発生してるかもしれないんでね。」

そういうやいなや、我々はホールに向けて歩き始める。
紫倉チーフもアテンダーの途中に抜けてきたはずなので、長居は出来ない。
厨房内には相変わらずでかい白根の声が飛び交っていた。

「そこのお前ら!倉庫に行ってガスコンロを持って来い!走っていけ!
 お前らは皿の準備!お前は付け合わせの準備!モタモタするな!
 お客様の胃袋は待っちゃくれねぇぞ!」

次々に指示を出す白根の眼から笑みは消え去り、厳格なシェフ長のそれになっていた。
一度スイッチが入ると、白根は調理以外は頭に入らない食を追求する職人になる。
これがあるから普段軽薄に見える白根がシェフ長でいられるし、
下で働く調理人達も彼をシェフ長と認め、従うのだ。
白根が動き出せば調理全体が動き出す。
静止していた厨房も時間を取り戻し始めた。
白根がいる限り調理は安泰だし、そう感じるに足りうる信頼もある。

私は安堵の溜め息をつこうとしたが、一瞬悩み、止めた。
ここで気を抜くのは早過ぎる。
『フェリスタシオン迎賓館』の支配人として次なる事態に備えなくてはならない。
まだウェディングパーティーは始まったばかりだ。


来賓からの祝辞を頂き、乾杯の発声と共に祝宴はスタートした。
それと同時にホールスタッフ、及び調理スタッフの動きは一気に慌ただしくなる。
ホールのスタッフは乾杯の直後に、各々が担当するテーブルに料理を運びながら、
ドリンクもまんべんなく配らなくてはいけず、
バックヤードではお客様の食べるスピードと、料理が出来上がる時間を計算しながら、
次の料理を調理にオーダーする。
早すぎてはせっかくの料理が冷めてしまうし、遅すぎてはお客様を待たせてしまうことになる。
経験と判断力が試される責任重大な役割は、まだ若いながらも蒼井が全て仕切っている。
調理も調理でそのオーダーを完璧に信頼し、時間通りに素早く仕上げなければならない。
ホールと厨房の巧みな連携プレーがあって、
初めてお客様の手元に料理をお届け出来るのである。

私も普段はホール内でお客様の様子やスタッフの動きを観察しているが、
今日だけは制服を身にまとい、ホールスタッフと同じようにサービスに当たった。
こちらの方が何かあった時に迅速な行動が出来るだろう。
ただ、他のスタッフからは不思議な眼差しを向けられたが…。
私はバーカウンターに入り、スタッフからオーダーされたドリンクを
目まぐるしい勢いで作っては出し、作っては出しを繰り返した。
最初は要領が分からず渋滞したが、だいぶ馴れてきたのか、ホール内を見渡す余裕も出てきた。
ゲストの皆様は歓談に華を咲かせたり、楽しげに写真を撮り合ったりと、
今のところ問題は無さそうだ。
メインテーブルの新郎新婦も、始めの頃にまだ残っていた緊張がだいぶ解けたようで、
今はお酌をしに来た友人と談笑を交わしている。
このまま何事もなく終わればいいが、と老婆心を抱いていると、
司会のアナウンスがホール内に響いた。

「皆様、和やかにご歓談頂いておりますが、
 この辺で新郎新婦にはウェディングケーキ入刀の儀式にお望み頂きましょう!」

紫倉チーフのアテンダーでウェディングケーキ台の前に進む二人。
そしてその二人を取り囲むように、カメラを構えたゲスト達が人垣を作る。
照れ笑いを浮かべる新郎新婦の手に握られたナイフ。
ウェディングパーティーで最も盛り上がる場面だ。
照明が暗転すると同時に、ゲストの期待感も高まる。

「それでは、運命に導かれたお二人、手に手を取り合って、ウェディングケーキ!ご入刀です!!」

司会のテンポ良い抑揚に合わせて、BGMが鳴った。

しかし、その曲を聴いて、私は生ビールを注ぐ手を一旦止めてしまった。
この近未来的というか宇宙的というか、聞き覚えのあるデジタル音。
その後に流れるパレードを彷彿させるこのメロディーは…「エレクトリカルパレード」だった。
夢の世界に迷い込んだような軽快なリズムが、会場内を包み込む。
その中心には、夫婦第一回目の協同作業に勤しむ新郎新婦。
…何とも言えず、シュールな光景だった。

ウエディングパーティーのBGMは、そのカップルの趣味や個性というものがハッキリと表れる。
なのでどの場面にどの曲を使おうが、それはその人のセンスの問題なので、
こちらがとやかく言う筋合いはないが…。
ただ、出来ればこのケーキ入刀の場面は、しっとりと力強く聴かせる曲が好ましいと思う。
アップテンポな曲でもさほどおかしくはないが、
だからと言って「エレクトリカル・パレード」は些か元気過ぎやしないか?
一見おしとやかな幸恵さんだが、人は見かけには拠らないものだと思いつつも、
私は壁側にいる赤沢に視線を向ける。
この結婚式の担当である彼女も、口をポカンと開けて始終を見守っていたが、
私の視線に気付くと近寄ってきた。

「…随分と、ノリの良いケーキ入刀だな。」

「…ですよね。」

「これは、BGMおまかせではないんだよな。」

「はい。幸恵さん達が自分で選んできた曲ですよ?」

「BGM曲リストは確認したのかい?」

「いえ。幸恵さんがCDーR一枚に焼いてきてくれたので。」

「完璧に持ち込みということか。それにしては妙な…。
 こう言ったら失礼かもしれないが、あのカップルらしくない曲だな。」

「あぁ、それ私も思いました。」

顔を合わせ小首を傾げる私達をよそに、進行は次に移っていく。
ケーキ入刀を終えた二人から恭しくナイフを受け取る紫倉チーフ。
その姿はいつ見ても、ドスを預かるヤクザのようにしか見えなくて可笑しい。

「それでは続きまして、可愛らしいお子様から花束のプレゼントです!」

ゲストの温かい拍手を受けながら、新郎の姪っ子三人が花束を持って、主役の元へ進んでいく。
恥ずかしげに花束で顔を隠す姿が愛くるしい。
だが、その場面変更に伴い、BGMも切り替わったが、
そのイントロを聴いて私と赤沢は眉間にシワを寄せた。
雄大にバラードなオーケストラ調のメロディーからジワジワ上がり、
ハスキーな男性ボーカルの声がスピーカーから流れてくる。
さすがにこれには我々だけでなく、ゲストにも耐えきれない違和感を抱かせたのだろう。
首を捻る人に、隣同士耳打ちし合う人に、
反応は様々だが、曲が進むに連れ徐々にざわめき始めた。
この曲はエアロスミスの「 I Don't Want To Miss A Thing」。
確か映画「アルマゲドン」の主題歌になった曲だ。
私と赤沢は弾かれるように音響操作室へ向かった。
中に入ると、外注でお願いしているレクチャーマンがヘッドホンを外し、怪訝な顔で向かい入れる。

「この曲とさっきのケーキ入刀で使用した曲、逆じゃないか?」

「ですよね…。明らかに逆ですよね。」

どちらかといえば、この場面は「エレクトロニカル・パレード」の方がしっくりくるだろう。
可愛らしい子供が花束を渡す場面で、エアロスミスは渋すぎる。

「ちょっとちょっと~、レクチャーさん。間違えちゃったんすか?」

赤沢の言い方に、音響操作係としてのプライドを傷つけられたレクチャーマンは、
ムッとした表情で手元にあったBGM曲リストを突き出す。

「オレは間違えてませんよ!ほら、見て下さい!
 ケーキ入刀は6曲目!子供花束贈呈は7曲目!」

そう言ってレクチャーマンが指差したCDデッキのディスプレイには、7曲目の表示がされている。
確かにレクチャーマンは間違っていないようだが、
ではこれは一体?と訝しみながら新郎新婦の方を見て、私はしまった!と思った。
穏やかに微笑んでいるはずの幸恵さんの表情が、若干引き吊っていた。
たぶん、幸恵さんが曲をCDーRに焼くときに、
6曲目と7曲目を間違って逆に入れてしまったのだろう。
あらかじめCDの中身まで確認すれば良かったのだが、
持ち込みのCDほど、過信してしまい見落としがちになる。
しかも曲リストには、不幸にも曲名が記載されておらず、場面と曲番号だけが書かれていた。
これでは確認のしようがないが、それでもこの場面を前にしては、ただただ悔やまれる。

結婚式に精通していないゲストでも、このBGMがさっきのと間違いだというのは明白なようで、
気付いた人は苦笑いを浮かべ、生暖かい目をメインテーブルに向けていた。
それでも子供達は一生懸命に役目をこなそうと、真剣な表情で新郎新婦に花束を渡す。
丁度その時、曲はサビの箇所に行き着いてしまった。
タイミングが良いのか悪いのか、無駄に荘厳な子供花束贈呈に、
会場内のゲストは一斉に失笑した。
こんなに不幸な子供花束贈呈は、見た事がない。
隣で立ち尽くす赤沢は、ガッカリした様子で流れてくるメロディーを口ずさんだ。

「ドワナ クローズ ユア アーイズ…」

「…あちゃけぇ(馬鹿馬鹿しい)……。」

私は溜め息をついてレクチャーマンに「疑って、すまなかった。」と詫びる。
彼も自分に落ち度はないものの、不本意な仕事をしてしまった悔いのせいか、
ガックリとうなだれてしまった。
私達は何も言わずに、音響操作室を後にした。
朝からここまで、ミスは出さないよう躍起になってきたが、遂に運命とやらに負けてしまった。
その事実が、悔しさよりも蓄積されていた疲労を引き出してきた。

私はトボトボ歩きながら、腕時計に目を落とす。
パーティー終了まではまだ一時間もある。
今まで気を張り詰めていたせいか、一気に疲れが五十歳前の肩にのしかかってきた。
私は周りを見渡し、誰もいないことを確認すると、二、三度屈伸をする。
そして気合いを入れ直した。まだ、まだ気を抜くわけにはいかない。

あの新郎新婦の幸せのため、幸福な結婚式だったと感じて頂くため、
ここ『フェリスタシオン迎賓館』の支配人として、儀式人として、諦めるわけにはいかない。


それからのパーティーは特に目立ったトラブルもなく、スムーズに進行した。
いや、トラブルというトラブルはあったのだが、表沙汰になる前に防げたというか、
発生はしたものの、お客様に気付かれずにすんだと言うか…。
とにかくスタッフというスタッフは皆一様に、思わぬトラブルに巻き込まれながらも、
どうにか自分の仕事をこなした。
当館のスタッフが一件の結婚式に総動員した、そんな1日だった
(ちなみに経理の緑川のみ通常業務。事務所で誰かは電話番をしていなければならないし、
 第一彼女がホールに立った方が、逆にトラブルを招きそうだ。)。
部署という垣根を超えて、これだけみんなで協力し合ったのは、
きっとこの『フェリスタシオン迎賓館』創立以来、初めての出来事かもしれない。
ただ、その分消耗した体力も並大抵のものではなく、
パーティーも終盤にもなると、スタッフは皆疲れきってぐったりとした笑顔になっている。
そんな壁側に並んだしおらしい笑顔から見守られ、パーティーもいよいよお開き。
締めの挨拶として、幸恵さんのお父様がマイクの前に立つ。

「本日はお足元の悪い中、ご臨席頂きまして誠にありがとうございます…」

本来ならば、新郎家の父親が述べるべき謝辞だが、残念なことに入院中のため、
幸恵さんのお父様が謝辞を述べることになった。
田端家の跡継ぎは幸恵さん一人なので、父親ならある程度覚悟しなければならないだろうが、
それでもこの場面で、大衆を前にしてスピーチとなれば緊張してしまう。
幸恵さんのお父様は小刻みに震える手で、
こちらが用意した、謝辞用の例文が書かれてあるA、4版のコピー用紙をそのまま使用している。
そしてそれをそのまま読み下していた。

可能ならば何か別の紙にでも書き写して使って欲しかったが、
父親というものは、大体が無頓着に出来ているものなので、
そんな些末なことに気を掛けたりしない。
ゲストの皆様もそれは承知の上で、特に咎める素振りもなく、黙って聴き入ってくれている。

明らかに棒読みで常套句が並べられた文面を最後の辺りまで読み終わり、
後は最後の感謝を述べる一文を読めばお役目ご苦労だが、
幸恵さんのお父様はそこで言葉を止めた。
何事かと会場内が、にわかにざわめき出す。
スタッフも互いに顔を合わせて訝しみ、隣で並ぶ新郎新婦も丸くした目を父親に向けた。
皆の視線が集中する中、当の本人は照れながら頭を掻いて「ちょっとすいません」と言い、
マイクスタンドからマイクを取り出し、握り締めた。

「実は、この子が出来ちまった時にですね、私は母ちゃんから、あ、この子の母親からですね、
 妻から言われた事があるんですよ。『私は運が悪い。不幸だ。』って。
 なんせ、私らは今で言う『出来ちまった結婚』でしたから。」

突然の話に会場内はどよめき出す。
新郎家側は面白い事が起きそうだと期待して、ニヤニヤしている。
対照的に新婦家は、何かバツの悪い話でもし出すのではとハラハラしている。
だが、本人は気にするでもなく、淡々と話を続ける。

「今となっちゃ、そんなに珍しい話でもないんですが、当時は世間の風当たりが厳しくてね、
 母ちゃんから泣かれたもんですよ。
 で、あいつが『あんたに引っかかった私は運が悪い。』って愚痴るわけでさぁ。
 で、生まれてきた娘は、やたらと運が悪いときたもんだ。」

会場内にドッと笑いが起きる。やはり皆様、幸恵さんの事は委細承知なようだ。
会場は湧いているが、幸恵さんと新婦家の親戚だけは恥ずかしそうに小さくなっている。

「とにかくこの子は運が悪い。なにかある度に不幸に巻き込まれる。
 親としてもかなり頭を悩ませていましたが、その悩む頭の一つが先に逝っちまった。
 これにはさすがにびっくりでしたよ。」

不幸な話のはずだが、会場内には再び笑いが起きた。
居たたまれず俯いてしまう幸恵さん。
彼女は母親が亡くなったのは、自分の不運のせいだと思い込んでいる。
きっとその事をお父様も知っているはずなのに、何故この場面で笑い話にしてしまうのか、
私は不思議でならなかった。

「そりゃあ、そん時は驚いたわ悲しいわだったんですけどね、
 母ちゃん、死ぬ間際に言ったんですよ。『幸せな人生だった』って。」

また可笑しな話でもくるのかと期待していたゲストも、
これ以上身内の恥を晒さないでくれと憤っていた身内も、
主役の二人も、スタッフ全員も、その一言に肩透かしを喰らって口を噤んでしまった。
お父様一人がニコニコしながらマイクを握っている。

「私はね、母ちゃんに馬鹿だと言ったんですよ。
 旦那と娘を残して死ぬのが、何が幸せなんかと。
 そしたら母ちゃん、『こんな良い旦那と可愛い娘に送ってもらえるんだから幸せだ』って。
 あ、この時、幸恵は学校に言ってたんで、私しか知らない話だったんですけどね。
 …母ちゃん、昔から体が弱かったんですよ。」

水を打ったように静まり返る会場。
いつの間にかお父様は、顔を涙でクシャクシャにし、笑いながら話していた。

「それでも私は悲しくてね、死にかけの女房が笑ってるんだから悔しくてね、言ったんですよ。
 お前、オレと結婚したのは運が悪かったって言ったじゃねぇか。
 今度は運悪く死ぬんだ。もっと悲しそうな顔しやがれって。
 そしたら、母ちゃん言ったんですよ。『運は悪かったが、幸せでした』って。」

堪えきれず声を洩らして泣き出した花嫁。
その横にいる花婿に、アテンダーの紫倉チーフがそっとハンカチを握らせる。
花婿は優しく幸恵さんの肩を叩きながら、涙を拭いてあげた。

「だからね、この子は生まれつき何かあると運が悪い子でしたが、
 私は気にした時が無いんですよ。
 運が悪いかどうかなんて、所詮その人間の解釈しだいですからね。
 受験で滑っても、あぁ、神様がもっと勉強しろって言ってるんだ、頑張ろうって
 奮起する奴もいれば。道端で百万円拾って、この金を拾っちまったせいで
 トラブルに巻き込まれるかもしれない、ってビクビクする奴もいる。
 運の良し悪しなんてそんなもんですよ。」

母ちゃんがそれを教えてくれたんですよ、と言うと、
お父様は照れ笑いを浮かべ、顔をつるっと撫でた。

「だからね、私はこの子が運悪いだなんて、ちっとも思わないんですよ。
 逆に運が良い方じゃないんかな?
 だって、こんな気が利く優しい婿さん貰ってよ、素敵な友達や親切な会社の皆さんや、
 親戚の皆さんに囲まれて生活してるんだ。
 それに式場の皆さん、色々ご迷惑かけたと思うのに、
 嫌な顔一つしないで一生懸命お世話してくれる。
 こんな良い式場、よっぽど運が良けりゃ巡り会えないですよ。」

その一言にスタッフは一斉に深い一礼をする。
我々サービスマンにとっては、これ以上ない褒め言葉だ。

「そんなこんなでね、下らない話をしちまいましたが、
 これからも一つ、うちの幸運な娘をよろしくお願いします。
 本日は誠に、ありがとうございました。」

お父様が小さく頭を下げたと同時に、割れんばかりの拍手が、会場を埋め尽くした。
どんな励ましの言葉よりも、父親から嫁ぐ娘に送る、最高のはなむけの言葉だった。

更新日 2月27日

「赤沢さん、今まで本当にありがとうございました。
 支配人さんも、今日は色々とありがとうございました。」

パーティーは無事幕を閉じ、華やかな花嫁衣装から普段の服へ着替えた二人は、
これから二次会に向かうそうだ。
忙しさは結婚式が終わったら終わりではなく、まだまだ続く。
各場所で行われる二次会全てに顔を出さなければいけないし、三次会まで続けば、
家に帰ってくるのは夜中というのも珍しくない。
よく「新婚初夜はゆっくり」などと、わざとらしく宣う親戚のおじさんがいるが、
その初夜を一番邪魔するのは当人だったりする。
とにかく、まだまだ予定は立て込んでいる二人だが、
新婦である幸恵さんの表情は、憑き物が落ちたようにスッキリしていた。

「とんでもない、こちらこそ色々とご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした。
 しかし…最後のお父様のスピーチ、胸にジンときました。
 素敵なお父様をお持ちでいらっしゃいますね。」

「私もグッときましたよ~。てか、泣いちゃいました~。
 『運は悪いけど幸せでした』って、お母様もカッコいいっす!」

興奮したように話す赤沢。
実際彼女はあまりにも号泣し過ぎて、パーティー終了直後に二人へまともに挨拶が出来なかった。
幸恵さんが照れたように笑う。
その仕草がお父様そっくりだった。

「私、今までずっと自分は運が悪いって思ってましたが、
 お父さんの話を聞いて、考えがちょっと変わりました。
 お父さんも言ってましたけど、運の良し悪しって、自分の気持ち次第なんだなって…。」

そう、結局運が良いか悪いかなんて、その人の感じ方次第でいくらでも変わってくる。
解釈一つで不運は幸運になるし、逆も然り。
トランプの表裏のようなもので、カードの切り方一つで不運を全て幸運にすることが出来る。
今回の一件で私もその事をつくづく実感した。

「あまり細かい理由は内輪なことなので省かせて頂きますが、
 当館にとっても幸恵さんは幸運だったのですよ。」

「私が…ここの幸運ですか?」

「はい。大切な事を色々と気付かされた、良いきっかけになりました。
 幸恵さんは当館『フェリスタシオン迎賓館』のラッキースターでございます。
 本当にありがとうございました。」

サービス業をやっていて一番恐いのは、日常の業務に慣れてしまうことである。
普段、もう少し確認作業をしっかりしておけば回避出来たミスがたくさんあった。
それに今更気付かされるというのは、まさしく業務に慣れきった怠慢の結果である。
幸恵さんのおかげで、それらに気付くことが出来た。

「ありがとう、だなんて、そんな…。私、幸運だなんて初めて言われました…。」

嬉しそうにはにかむ幸恵さん。その横顔を眺めながら同じ表情で微笑む新郎さん。
まさに幸せなカップルそのものだった。

「そうですよ。幸恵さんは私にとってもラッキースターでしたよ~。」

「え?赤沢さんにも、何か良いことがあったんですか!?」

「はい~。今日は一日中バタバタ走り回ってたんで、絶対2、3キロは痩せましたよ。
 こりゃ、今夜の焼き肉は絶対に美味いはずです!」

「で、結局食べ過ぎて体重を戻すんだろ?」

「あ。…ダメじゃん。」

幸恵さんが吹き出したのを皮切りに、私達はお腹を抱えて笑い出した。
まったく、赤沢の天然さ加減には適わない。




何度も頭を下げる二人をエントランスで見送りながら、
姿が見えなくなるまで見送り、赤沢が小さく呟いた。

「支配人、私…この仕事が大好きです。」

「…うむ。」

「あと、焼き肉も大好きです。」

「……うむ。」

「生ビールもあったら、言うことありません。」

「………。」

「今日は頑張ったんで、奢って下さい。」

「……あちゃけぇ(馬鹿馬鹿しい)。」

私は赤沢の頭を小突きながら振り返り、館内に向かう。
キャンキャン喚きながら後に付いてくる赤沢に伝令を出した。

「これから緊急だが、ミーティングを開く。全部所、参加できるスタッフは全員参加。
 急いで全部所に通達を。場所は…そうだな、親族控え室が空いているので、そこでいいだろう。」

「へ?なんで、今からなんですか?今日は何事もなく終わったじゃないですか?」

「馬鹿者。控え室のコーヒーメーカーの故障も、チャペルの鐘も、BGMの件も、
 その他様々な問題も、全て事前にしっかりと確認作業を怠ってなければ
 慌てずに済んだことばかりだ。今一度、周知徹底しておかなければいけない。
 また同じミスを繰り返したくないからな。その為のミーティングだ。」

「そんなの明日でもいいじゃないですか!?
 もう疲れたんで、焼き肉食べて英気を養いたいっす!」

「鉄は熱いうちに打たねばならない。」

「うぐぅ~。焼き肉~、生ビール~。」

「早く行け。」

「うぅ…支配人の、あちゃけぇー!」

そう言い残し、赤沢は事務所に向かって走り去って行った。
私は溜め息をつきながら、凝り固まった肩を叩く。
今日のミーティングは取り敢えずトラブルへの対策案だけ打ち立てて終わるとしよう。
赤沢に感化されたのか、私まで焼き肉が食べたくなってきた。

事務所への通路を歩いていると、ちょうど良くチャペルのガーデンが眺められる窓に差し掛かった。
窓の外に目を向ける。
いつの間にか嵐は過ぎ去り、雲の切れ間から陽光が差し込んでいた。
少し遠くに見える、倒れたプランターからこぼれたパンジーに丁度良く光が当たり、
雨で濡れた花弁がキラキラと輝く。
最近、歳を取ったせいか、近くのものが見えにくくなったが、
遠くのものは、まだまだハッキリと見える。
私はそれを見ながら大きく伸びをして、よしっ!と気合いを入れた。

幸せとかラッキーいうのは、こういうものなのかもしれない。


おわり


↓紫倉チーフ「そろそろ花見の季節が待ち遠しいなぁ、こんちきしょう!!」
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Comment

なんか凄い!結婚式場とは思えない会話…
うう~ん、一度裏側を見てみたい(笑)
そうそう、さっき要人さんの職場の前を通りましたよ! 
夢 | 2009年02月23日(月) 13:03 | URL | コメント編集

>>夢さん
結婚式の裏側ほど面白いものはありません。
かなり色んなことを隠してやってますから(笑)
要人(かなめびと) | 2009年02月24日(火) 06:41 | URL | コメント編集

いや…CDは運命ではなく、幸恵さんの単なる録音ミスだと思いますけど…
プロパンタイプのガスコンロ、使えたんですね!私はこれが壊れているんじゃないかとハラハラしながら読んでました。
会場スタッフと厨房スタッフの連携には驚きました!私はてっきり順序通り料理を作ってるだけかと思ってました。すみません、ハイ。
夢 | 2009年02月25日(水) 12:41 | URL | コメント編集

>>夢さん
実際のところ、100件に一回くらいは本当に間違えて録音してくる人がいます。
曲だけは本当にきちんと細かく確認しないと、後々大変なことになるので念入りにしてます。
厨房のガスは都市ガスタイプで、最近ではIHタイプのもあるらしいですよ。
ちなみに、うちのところではプロパンガスは消防法で使用禁止になってます。
見つかる度に、消防士さんから怒られてます><
ホールと厨房との連携は、本当に密にしないとヤバイです。
料理が上がってくるのが5分遅れたら、厨房に殴りこみに行きます(怒)
逆に、こっちが料理だし10分遅れようものならば、殴りこみにこられます(恐)
まぁ、どちらも仕事に対して責任感があるということで。
要人(かなめびと) | 2009年02月25日(水) 17:17 | URL | コメント編集

師弟関係のお二人、良い感じで体育会系w

ここまでがんばって来たのに、BGMの取り違えは脱力しますね^^;
お客さんのミスなんでしょうけど、
持ち込みの曲も事前に確認するべきだったんですね。
お客さんに満足してもらおうとするスタッフの真摯な姿勢とか、
昔やってたHOTELというドラマを思い出します。
momokazura | 2009年02月25日(水) 23:26 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
紫倉×白根のガチムチコンビは私も最高に大好きです!
BGMのミスは本当に取り返しがつかないんですよ。
本番だとビデオにも残っちゃいますし。
「姉さん、事件です!」のドラマ、私も見てました!
ホテルと結婚式場、場所は違えど全てサービス業ですからね。
サービスマンはみんな一生懸命なんですよ♪
要人(かなめびと) | 2009年02月26日(木) 05:49 | URL | コメント編集

5月に友人の結婚式に行く予定なので、頑張ってるスタッフの方たちもよく見てきたいと思います。^^
みい | 2009年02月26日(木) 08:39 | URL | コメント編集

お父さんの言葉に感動です! 泣けてきちゃいましたよ(涙)
幸恵さんのお母さんは死ぬの分かってるのに笑ってられるなんて、本当に幸せだったんですね。
いやぁ~、自分の行く末を想像してしまいました。
夢 | 2009年02月26日(木) 13:35 | URL | コメント編集

仕事柄ならではの作品ですなぁ!
裏側まで知っている人間だけしか書けないだけあって、緻密な設定に仰天です
不運な話のはずが、最後には泣かせてくれる展開……べ、別に泣いてなんかいないんだからぁ! まつげが入っただけだもんっ……
名前のこだわりと、緑川の何かもうアレって感じもまたシュールでもないけど好き
いつの間にかランキングが結婚式になってたりでクリック!
蒼響黎夜 | 2009年02月26日(木) 14:06 | URL | コメント編集

>>みいちゃん
一度、そういう目でスタッフの動きを見てしまうと、
案外笑っちゃいます。
新たな発見があるかも!?

>>夢さん
何故か絶対、最後は感動系で締めたくなっちゃうんですよね。
私も死ぬ時は笑ってあっちに逝きたいものです。

>>蒼響黎夜さん
結婚式場の裏側ほど、面白くて珍妙なところはないでしょう。
一度やったら辞められません。
今回はさすがに最初から全員へ名前を付けました。
ただし、下の名前は考える予定無し。
呼称の識別に支障はありませんので…。
ランクリありがとうございます♪
要人(かなめびと) | 2009年02月27日(金) 06:12 | URL | コメント編集

さすが要人さん! 最後は皆ハッピーって感じですね。
考えさせられるトコもいっぱいあったし、うう~ん…イイ話でした♪
夢 | 2009年02月27日(金) 13:56 | URL | コメント編集

お疲れ様でした!
やっぱりお父さんのスピーチに感動しました。
確かに幸運も不運も捉え方次第で変わりますよね。
でも今回の花嫁さんに何かがついてたのは間違いない!
そういうこともあるのねとサラッと流してるのが面白かったです。
倒れたプランターを最後に持ってくるところなんかもさすがw

今度はどんなカップルさんが登場するのかな♪
momokazura | 2009年02月27日(金) 23:51 | URL | コメント編集

>>夢さん
やっぱりハッピーエンドじゃないとしっくりきませんからね。
HP作成、大変かと思いますが応援してますね♪

>>momokazuraさん
時々、本当にいるんですよ。てか、あるんですよ。
やたらと災難ってのが続く日が。
次は、カップルではなくお父さんが問題児です♪
要人(かなめびと) | 2009年02月28日(土) 05:48 | URL | コメント編集

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