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2009'02.16 (Mon)

運の悪い花嫁の場合 前編


【More・・・】


突風と豪雨が窓ガラスを叩きつける。
植木鉢は哀れもなく飛ばされ、ポプラの木はその幹が折れんばかりにしなっている。
事務所の窓から見えるチャペルに隣接された、
緑溢れるガーデンは今や修羅場と化していた。
昨日、園芸業者に頼んで、新しく植え替えて貰ったプランターの中に咲く赤のパンジーは
その花弁が千切れそうなくらいに振り乱されている。
花が吹き飛ばされるのが先か、プランターが倒されるのが先か、
時間の問題なようだが私は何一つ手出しできずに見ているしかなかった。
重心の関係か、また植木鉢が突風に煽られ倒れる。
これでガーデンにある植木鉢は全て転倒してしまった。
鉢植えからは無惨にも、堆肥が混じった土がこぼれている。

私は目の前の光景に耐えきれず目を横に逸らすと、
隣で同じようにガーデンを眺めていた赤沢と視線がぶつかった。
今日の花嫁のプランナーは彼女だ。

「支配人…、結局嵐になっちゃいましたね。」

「…あぁ。」

「昨日までの天気予報だと関東一円は晴れマークだったんですよ?」

「……あぁ。」

「それが今朝になってこれですもん。私、朝カーテンを開けてビックリしちゃいました。」

「………あぁ。」

「………。」

「………。」

「…やっぱり幸恵さんの運の悪さは、本物なんですかね?」

「…滅多な事を言うんじゃない。」




ウェディングパーティーは人生の縮図のようなものだ。
ゲストの数や規模、金銭面の力の掛け方ではなく、
『在り方』そのものが新郎新婦の過去と未来を写し出している。
ゲストからの祝福の言葉は、これまで本人達が築いてきた信頼への賞賛であり、
贈られる拍手は、これから旅立つ二人への激励であり、はなむけである。

僅か二~三時間という短いウェディングパーティーには、様々な人生模様が凝縮している。
我々の仕事は一生に一度のセレモニーを滞りなく、
思い出深いものにするためのお手伝いをすること。
時には友のように朗らかに語らい、時には親のように慈愛を込めて進言する。
常に一番に新郎新婦の幸福を願い、
惜しみなく力を尽くしサポートする事をポリシーとする我々は、
自らが儀式人であることに誇りと喜びを胸に抱いている。

ここ、『フェリスタシオン迎賓館』は幸福と輝きに満ち溢れた、一つの楽園のようなものだ。
結婚式の主役はあくまで新郎新婦だが、
そんな主役に仕える我々にとってここは『儀式人の楽園』なのである。



1happy
「運が悪い花嫁の場合。」


「でも支配人、この時期に台風なんて有り得ないっすよ?
 しかも昨日まではめっちゃ天気が良かったのに。」

「台風じゃなくて単なる突発的な強風だろう。それに天気予報が毎回当たるとは限らん。」

私の叱咤にも屈せず、さらなる反論を返すこの若い女性は、
赤沢というプランナー歴まだ一年という、経験の浅いスタッフだ。
入社後三年はホールに配属され、現場で研鑽を積んだ後、
本人の希望もあり、昨年プランナー部門に異動した。
活発で明るい性格がお客様にはなかなかの好評だが、
やや軽率な言動が目立つのと、事務処理で簡単なミスが多い。
請求書の金額が間違っていたり、報告書は誤字脱字だらけだったりと、
いつまで経っても成長が見られず、上司としては頭を抱える回数がなかなか減らない。

「でも幸恵さん、チャペルの後にガーデンでみんなと写真取りたいって、
 ずっと言ってたんですよ?なんとかして叶えてあげたいじゃないですか。」

だがお客様の事となると、自分を顧みず親身な接客をする辺りは、非常に評価している。
ホスピタリティの精神は、育てようと思って育てられる訳ではない。
だがこの赤沢は元来その素質を兼ね備えている。
彼女をプランナー部門に抜擢したのはその点を評価したからだ。

「支配人、この天気で外に出ちゃ駄目ですかね?
 もしも本人が良いって言ったらいいでしょ?
 ちょっとドレスを汚して衣裳部に怒られるかもしれないけど、
 支配人がフォローしてくれますよね。」

だが如何せんまだまだ発展途上の新米プランナーだ。
考えが未熟過ぎる時もある。
私は呆れて溜め息をつく。

「…あちゃけぇ(馬鹿馬鹿しい)。」

つい口から出てしまい言葉を飲み込もうとしたが遅かったらしく、
赤沢が口に手を当てニヤニヤと笑っている。

「あちゃけぇですかぁ~?私って、あちゃけぇ~?プププ。」

「!…うるさい!とにかくこの天気で外に出るなんて絶対に駄目だからな!」

私は生まれも育ちも東北地方なため、ふと気が抜けるとお国訛りが口から漏れてしまう。
人は無くて七癖とはよく言ったものだが、この癖はどうにも矯正出来ずに苦労している。
時々出てしまうお国訛りを、他のスタッフは大概聞き流してくれるが、
赤沢だけはここぞとばかりに幼稚にからかってくる。

それにムキになって返してしまう私も私だが…。

「ちょっと黒石支配人!こっちは電話してるんだから静かにして下さい!
 大声出すんなら外に行って下さい!」

振り返ると、受話器に手を当てた経理の緑川から睨みつけられた。
目をつり上げて鼻息を荒げる姿に私はたじろぐ。
この緑川は経理担当で、歳はそろそろ50に届く中年太りな女性だ。
もともと癇癪持ちな性格だが、最近は更年期のせいか些細なことでも直ぐに憤慨する。
事務所内の机の配置上私の席と近いため、彼女の怒号を耳元で聞かされる時もある。
正直私はこの女性が苦手だ。
サービス業というものは、お客様にだけホスピタリティーを向ければ良いわけではなく、
一緒に働くスタッフにも向けなければ連携が上手くいかない。
身内にサービスが出来てこそ、お客様に最高のサービスが出来るといっても過言ではない。
なのでスタッフ間でもお互いに尊重し合うことが非常に重要なのだが、
この人に関してはそういった気遣いが皆無である。
誰彼構わずつっけんどんな態度で当たり散らす時もあり、
社内の空気が悪くなる時もしばしば。
それでも経理の仕事は申し分なくこなしてくれるので助かるが、
三つ子の魂百までもとよく言ったもので、人の性格はなかなか変えられない。
ここにも悩みの種がしっかりと根を張っている。

いつも請求書の金額間違えや、印紙使用帳の記入漏れで、
特に緑川からマークされている赤沢は、とばっちり被害を受ける前に
「じゃあ支配人、私は今日のお嫁さんに挨拶してきますね~。」と、
早々に逃げ出していった。
その赤沢の背中を忌々しげに睨みつける緑川。
私も被害をこうむる前に脱出した方が良さそうだ。

緑川がまだ電話口の相手と話し込んでいる隙に、私も赤沢を追うように事務所を後にした。
彼女がそこに居座っているせいか、スタッフは事務所内で無駄話はおろか、
極力事務作業を長引かせようとせず、代わりに事務所へ戻りたくないがために、
ゆったりと接客に時間をかけてくれる。
考え方を変えれば、
彼女がいることによってこの式場に良い効果を与えてくれているのかもしれない。
上司としてはそう評価したいものである。


パーティーホールへ続くロビーを歩きながら、そこから見える窓の外を眺める。
風は止むことなく木々を揺らし、建物に叩きつける。
ガーデンにあった、パンジーが植えられていたプランターがいつの間にか倒れていた。
明日また園芸業者を呼ばなくてはならない。
いやあの程度なら自分でも出来るか…。

しかし、本当に時期はずれな台風のようだ。
この時期柄、春一番の突風に見まわれることもしばしばだが、
それにしてもこれは少しばかり異常だ。
この天気ではチャペルガーデンで記念写真を撮るどころではないし、
遠方から来るゲストの心証に良い印象は残らないだろう。
お決まりの「雨降って地固まる」という言葉も、今日だけは皮肉にしか聞こえない。
赤沢が言ったように今日の花嫁は実に運が悪い。
いや、それは本人も認めていたことか…。
私はちょうど1ヶ月前に、
今日の花嫁 田端幸恵さんとその花婿さんと、歓談した時のことを思い出した。

通常、私は支配人という役席上、結婚式の担当を持つことはまずない。
件数が多くプランナーの手が回らない時や、私の知人などの場合は
特例で担当になる事はあるが、普段は経営や現場監督が職務になる。
だが私の場合、打ち合わせの際にプランナーと同席させてもらうようにしている。
現場で直にお客様の生の声を聴取する事や、
プランナーの育成を主な目的と銘打ってるが、
実のところ、ただ単に私がお客様と触れ合えることが、
楽しくてたまらないだけなのである。
自他共に認めるほど病的に接客業が大好きな私は、
とにかくお客様と会話をしたり、何かをしてさし上げたりするのが嬉しくて仕方ない。
なので打ち合わせ最中に、プランナーよりも積極的に喋ってしまうので、
後から苦言を呈されるのもしばしばである。
赤沢などは「支配人が隣にいると楽チンでいいっす~♪」などと
アッケラカンな事を言ってるが…。

とにかくそんな私は、今日の花嫁さんと花婿さんとの打ち合わせを楽しみに
プランナーの赤沢と一緒に席へ着いたが、花嫁さんの顔を見て「おや?」と思った。
結婚式の準備というのは思いの外に神経と気を遣う作業なため、
マリッジブルーなのだろう、時々疲れたような表情や、
怒ったような表情の花嫁さんと出くわすことがある。
今回の花嫁さんもそうなのかと案じていたが、何かが違う。
どことなく遠慮しているような、過度に申し訳なさそうな態度なのだ。
挨拶もそこそこに幸恵さんは
「最近、この建物や従業員さんで変わった事はありませんでしたか?」
と尋ねてきた。
これはまた変わった事を言うものだと思ったが、
私はこの花嫁さんが、当式場に何か不満を抱いているのかと不安になった。

「いいえ何もございませんし、
 当式場はお二人が最高な一日を過ごして頂くために、
 館内のメンテナンスには充分に気を配っております。ご安心下さい。」

「いや、そういうんじゃないです。別にここに不満がある訳じゃないんです。」

「?それではプランナーの赤沢が何か粗相でも…。」

「いえいえ!赤沢さんにはいつも一生懸命してもらって本当に感謝してます!
 粗相なんてそんな…!」

「でしょ~?もう支配人、なんて事言うんですか?私はちゃんと仕事してますよ~。
 駄目ですよ。証拠もなく部下を疑っちゃ。まずは部下を信頼しないと。」

「…では、一体なぜそんなことを?」

言おうか言うまいか悩む幸恵さんに、花婿さんが
「だから…気にし過ぎだって。」とたしなめたが、
幸恵さんは決心がついたのか何か秘め事を打ち明けるように口を開いた。

「私…運が悪い女なんです。
 私に関わった全ての人が運の悪い出来事に巻き込まれるんです。」

「それは…どういう…?」

「そのまんまです。私に関わると不幸なことが起きるんです。
 私…死に神みたいなものなんです。」

そう告げると幸恵さんは、一層暗い表情をして、これまでの経緯をポツリポツリと語り始めた。
もともと二人は去年挙式を挙げる予定だったが、
新郎家と新婦家両方に不幸が立て続けに起きた。
招待状を出す直前だったので、式は先延ばしにしたが、
その直後に花婿さんの父親が病気で入院。
またもや延期かと思われたが、父親が「これ以上の先延ばしは不吉」だと言い、
本人不在でも挙式を行うよう言伝た。


「それだけじゃないんです…。
 なかなか出席者から返信ハガキが返ってこないと思って郵便局に問い合わせたら、
 回収員が途中で事故に遭っていたとか。
 気に入った送賓用プチギフトがことごとく品切れだったとか…。
 そんなのばっかりなんです。」

「だからそんなのたまたまだって…。幸恵のせいじゃないよ。」

「でも私の人生本当にそんなんばっかり…。遠
 足はいつも雨が降るか、電車が止まるか。
 受験の日には必ず風邪を引くし、
 テストの日に限って通学バスが事故をおこすとか、しょっちゅうでした。
 おまけに母の命日なんて私の誕生日ですよ?
 もう…本気で自分が死神だと信じた時もあります。」

「考えすぎだよ。それにそういうネガティブシンキングがまた悪い結果につながるんだって。
 僕が側にいるから大丈夫だよ。ね?」

「私…自分の名前が嫌いです。幸せを恵むだなんて…。
 全然幸せなんて私にはこないわ。真逆じゃない。」

必死で慰める新郎さんの気遣いも既に意味をなさないほど、
この女性にとって、不運は人生の一部として根強く絡んでいるのだ。
なんとも悲しい話ではないか。

なんと声を掛ければ良いか悩んでいると、不意に赤沢が柏手を打つ。

「そっかー!だから私最近太ったんですね!」

「関係ないだろ。」

何を考え込んでいたのかと思えばそんな下らないことを…。
真面目なのかジョークなのかいまいち捉えにくい発言だったが、
幸恵さんは一層暗い顔をして「やっぱり…。」と塞ぎ込んでしまった。

「いえ違いますよ、幸恵さん!
 赤沢が太ったのは最近美味しい焼き肉屋さんを発見したらしいからです!
 週一で通っているから太って当たり前なんですよ!あなたのせいではありません!」

1ヶ月前からか、昼休みに休憩室で赤沢がしきりに、
同期の蒼井に焼き肉の話題をしていたので覚えていた。
何でも豚カルビが絶品らしいが、何故それをこのタイミングで言うのか?
そもそも太るのは単なる不摂生であって、運は関係ないだろう。

「ちょ、なんで支配人が焼き肉屋さんのこと知ってるんですか?」

「あなたが休憩室で話していたのを耳にしたからです!」

「へぇ、支配人って地獄耳なんですね。あ、でもね幸恵さん。
 私が行ってる『食通苑』ってとこなんですけど、マジで美味しいんですよ。
 今度行ってみて下さい。ここから近いんで。」

誰が相手でも常に自然体なのが彼女の長所であり短所でもある。
上司としてはもう少しエレガントな接客を身に付けてもらいたいが、
赤沢の人柄が功をそうしたのか、幸恵さんの表情が幾分和らいだ。
私は一つ咳払いをして口を開く。

「とにかく…我々はお客様方が人生の中で、最高に幸せな一日になるように
 全力でサポートさせて頂きますのでご安心下さい。
 きっと挙式当日は人生の中で一番運の良い日だと思って頂けるはずです。
 あなた方も、そしてゲストの皆様も…。」

それまでお通夜のように暗い影を落としていた二人が、やっと笑顔を見せてくれた。
思わず私も笑顔になる。
…そうだ、これから結婚式を挙げる新郎新婦の表情は、こうでなくてはいけない。
この笑顔こそが私達にとっては最高の喜びであり、褒美でもあるのだ。

「そうですよ、幸恵さん。当日は絶対にハッピーでラッキーになるに決まってます。
 アンラッキーなんて、うちの支配人が全部吸い取ってくれちゃいますよ。」

「…そうですね。では私も赤沢君を真似て太らせてもらいましょうか?」

「ちょっと支配人!私はまだデブになってません!そういう発言ってセクハラだと思います!」

「何を言う!自分で太ってきたと今さっき言ったじゃないか!」

私達のやり取りが可笑しかったのか、新郎新婦は声を上げて笑い出した。
また彼女のペースに巻き込まれて、ついついお客様の前で大人気なくなり恥ずかしかったが、
この二人の姿を見ると本当に何不自由ない幸せなカップルそのものだった。

運が良いか悪いかなんてものは、結局のところ感じ方次第なのかもしれない。
起きてしまった出来事を不運と感じる人もいれば、単なる偶然だと流す人もいる。
特に似たような悪い事が二、三度続くと、
何か人外な作用が及んでいると勘ぐってしまうのが人間の心理らしい。
幸恵さんは自分を「死神のようだ」と言っていたが、きっとそういうことだろう。
ならば、そんな鬱屈を吹き飛ばしてしまうような、
素晴らしい結婚式にしてあげようじゃないか。
一番の幸運を掴めましたと言ってもらえるような結婚式にするのが、
当式場『フェリスタシオン迎賓館』のスタッフ、いや、我々儀式人の本職なのだから。


そんな意気込みを当時は抱いていたし、それは今日も変わらない。
ただ、窓の外に映る景色を見ていると、少し不安な気持ちになる。
今日一日、何事もなく過ぎれば良いのだが…。
暴風雨にあおられ、沈み込んでしまいそうな気分を、私は奮い立たせる。
頭を軽く左右に振ると、私は脚をホールに向けた。
あの二人に最高な一日を送ってもらうために、
準備がきちんと整っているか確認しなくては。
不具合が起きてしまう前に、各所で点検作業を行うのが私の責務である。


当館『フェリスタシオン迎賓館』はワンチャペル、ワンバンケットホールで構成された
完全1日一組限定のハウス型結婚式場である。
結婚式当日の館内は貸切状態で、自宅にゲストを招いているかのように寛いで頂く事ができる。
昨今ではこのスタイルの式場は珍しくなく、
いわば少数招待制プライベート思考な時代に沿った建物と言えよう。
館内の施設は他にも衣裳スペース、エステ、大小8つの控え室などがあるが、
敷地面積の大半はチャペルとホールで占めている。
どこかの名が付くホテルの大ホールとまではいかないが、
最大収容客数200名規模の当館ホール『グランシンフォニア・ルーム』には
他に類を見ないほどの豪華なシャンデリアが24基も天井から吊されている。
一つのシャンデリアに取り付けられている電球の数は約100個。
会場内に一歩足を踏み入れたゲストは、誰でもまず天井を仰ぎ感嘆の声を上げるという。
しかし、この自慢のシャンデリアなのだが、どうやらスタッフにはあまり評判が良くない。
というのも、電球交換が面倒なのだ。
地上7mの高さに設置されたシャンデリアの電球を一つ一つ点検し、
玉切れがあれば交換する。
それら全ての点検には二時間近く掛かるというので、相当骨の折れる作業なのだが、
丁度良くホール担当のスタッフが、電球交換の真っ最中であった。


「これはこれは支配人。お疲れ様でございやす!」

脚立から降りてきたばかりの、ガタイが良い中年男性が渋いだみ声を張り上げる。

「紫倉チーフ、ご苦労様です。」

この見るからに厳つい職人気質な男は、ホールの責任者である紫倉チーフである。
見た目からすると下町の職人か老舗の板前さんのようだが、
若い時分からサービス業一本でやってきた練達者だ。
歳は私よりも5つばかりも上だが、出世することを頑なに拒み現場に居続け、
縁の下の力持ち的な役割を果たしてくれている紫倉チーフは、
スタッフ全員から尊敬の眼差しを向けられている。

「あ、黒石支配人。お疲れ様です。」

少し離れた場所から挨拶をしてくれたのは、ホールスタッフの蒼井だ。
紫倉チーフと同じように脚立にまたがり電球交換をしている。
歳はまだ20代前半。あの赤沢とは同期入社だ。
髪は常にオールバックにまとめ、清潔な身だしなみが好印象な青年だが、
まだ経験が浅いためか、些かサービス動作に荒削りな部分が見られ、
時折粗相をしたという報告が聴こえてくる。
なので、まだ当分は紫倉チーフの下で修行を積ませたいと思っているが…。

「こるぁ!蒼井!支配人に対して高い所から挨拶するたぁ、どういう了見だ!あぁ!?」

早速親方から喝が飛び、蒼井は慌てて脚立から降りて頭を下げた。

「馬鹿やろう!
 一礼の時は、手の指先まで神経を行き渡らせろと、何度言ったらわかるんでぃ!
 こんちきしょう!!」

弾かれたように背筋を伸ばして丁寧な一礼を贈ってくれた蒼井に、
私は苦笑いをしながら手を挙げた。
厳しい師匠に巡り合うのは幸運なことだと言うが、
どうもここに来ると結婚式場という気がしない。
まるで建設現場か刀鍛冶屋にでも来たようで困る。

「ところで紫倉チーフ。いつもは彼一人に電球交換をやらせているのに、
 今日は御自らも脚立の上かい?」

「支配人、御自らなんてやめてくだせぇ。こそばゆくてなんねぇや。
 それがですね、今日に限ってやたらと玉切れの数が酷くて
 小僧一人じゃとても追っつかねぇんですよ。」

そういうと紫倉チーフは蒼井を顎でしゃくった。
蒼井は蒼井で私に挨拶を済ませると、またせわしく脚立に登り始める。
シャンデリアの位置が位置なだけに、脚立も見上げる程に高い。

「そんなに玉切れが多いんですか?」

「多いってもんじゃありやせんぜ。
 普段はシャンデリア一基に3、4個がせいぜいなんですけどね。
 今日はその倍以上と来たもんだ。たまったもんじゃあ、ありやせん。」

「ご覧くだせぇ。」と言うと紫倉チーフは一つのシャンデリアを指差す。
まだ電球交換していないシャンデリアらしいが、
目を凝らしてみると確かに玉切れが多い。
これは滅多に見れない光景だ。

「そういえば赤沢のお嬢ちゃんが妙な事を言ってやしたね。
 今日の花嫁さんは運が悪いとか何とか…。」

「紫倉チーフも聞きましたか、その話。…どう思います?」

「そんなことあるかい!べらんめぇ!って一喝してやりやしたがね、
 この状況見せられちゃあ、ちょっとおざなりにゃあ出来ねえですわ。」

「う~ん、確かに。
 今日になって急に電球が切れ出すっていうのは、ちょっとおかしいですよね。」

「ですがね、支配人。
 運が良かろうが悪かろうが、花嫁さんは誰でも幸せになる資格があるわけでさぁ。
 それを命に替えてでもお守りするのが、あっしらの役目じゃあござんせんかね?」

流石は紫倉チーフ、と私は感心してしまった。
見てくれは厳つい大工の棟梁みたいだが、
魂は紛れもなく、お客様の幸福を第一に考えるサービスマンである。
この人が現場を支えてくれる限り、我が式場は安泰だ。

「その通りです、紫倉チーフ。
 我々は普段通りに全力でお客様に尽くせばいいんです。
 まったく、赤沢も不運だなんだと下らないことを言ってくれたものだ。」

「へへ、まったくでさぁ。あのお嬢ちゃんもまだまだ半人前でさぁ。
 でもお嬢ちゃんはあれで気合いは人一倍ですからね、これからの修行次第でさぁ。」

赤沢は以前までホール担当だったので、
紫倉チーフにしてみたら自分の娘みたいなものなのだろう。
男女隔てなく厳しいながらも、赤沢にだけは今のように、時折甘い一面を見せるときがある。

「では紫倉チーフ、私はその花嫁さんに挨拶をしてきますよ。
 くれぐれも脚立から落ちたりして、怪我をしないようにお願いします。」

軽い挨拶のつもりで言ったのだが、紫倉チーフの表情が少し曇る。

「実は…さっき小僧が脚立から落ちやしてね。」

「えぇ!それで怪我は!?」

「いやいや!ご覧の通りピンピンしてまさぁ。
 ちょうど足から着地したんで大事に到りやせんでしたし、怪我もありやせん。」

それを聞いてホッと胸をなで下ろし、私と紫倉チーフは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
電球といい、脚立からの落下といい、今日は随分とアクシデントが多い。
もしかして本当に…と疑りつつも、私はそんな考えを払拭するように頭を振りかぶった。
そして他の機材や備品の点検を、再度徹底するよう言い含めて、
一抹の不安を抱えながらもホールを後にした。

更新日 2月17日


花嫁専用控え室は多少広めな造りになっている。
その控え室でドレスや和装の着付けやメイクアップはもちろん、
パーティー中は何かと忙しく食事をする機会がないため、
終了後に料理をそこでお召し上がり、シャワーも完備されているため
サッパリしてから二次会に行く事が出来る。
最近ではマタニティーな花嫁もいらっしゃるので、
具合が悪くなったらすぐに横へなれるように、大きめなソファーにもなっているし、
生花タイプのブーケを保管するようの冷蔵庫まであったりと、
とにかくありとあらゆる面で多機能にして居心地が良い部屋になっている。
やはり結婚式の主役はなんといっても花嫁である。
一番重要なお客様には最適な空間で寛いで頂きたいと考慮すれば、
この花嫁専用控え室が他とは一線を画した造りになったのは自然なことだろう。

さて、そんな本日の主役である花嫁に挨拶を賜ろうと、私は控え室のドアをノックした。
返事があったので私は中に入ると、
そこには純白のドレスに身を包んだ幸恵さんが、
手にブーケを持ちソファーに腰掛けている。
その隣にはタキシード姿の新郎さんもいた。

「本日は誠におめでとうございます。
 今日の日を迎えられたお二人に、慎んでお祝い申し上げます。」

私は早速お祝いの言葉を掛けた。
こうして晴れ姿の二人が並んでいると、実にお似合いなカップルではあるが、
どうしたのか花嫁の表情が優れない。
私はてっきり悪天候のせいで気落ちしているものと思い、何か励ましの言葉を考えていたが、
ふいに誰かが背広を引っ張った。
振り向くとそこには衣裳部の桃瀬が申し訳なさそうな顔でうつむいていた。
桃瀬は衣裳部に配属されて六年になる中堅の女性フィッターである。
花嫁衣裳の相談打ち合わせだけではなく、美容師の免許も取得しているため、
着付けやヘアメイクも手掛けるので、当館としては非常に重宝している人材である。
もともと衣裳部は当社の直営ではなく、テナント扱いの専門店と提携していたものを、
当館に取り込んだ形になる。
衣裳部の前身である貸衣装専門店『フィオーレ』の店長の娘が桃瀬である。
彼女は『フィオーレ』が経営も形態も、完全に『フェリスタシオン迎賓館』の
一部になったと同時に、美容師学校を卒業して当館に入社した。
統合した当初は確執が生じはしないか懸念したが、
彼女のハツラツとした性格や元来の気立ての良さのおかげで、
すんなりと当館のスタッフの仲間入りが出来て安堵したものだ。

そんな桃瀬に促され、私は新郎新婦に詫びて一旦退室した。
何かトラブルでも、と身構える私に桃瀬は口ごもりながら話し始めた。

「…すみません、支配人。
 実は幸恵さんのドレスなんですけど…その、彼女が選んだドレスじゃないんです。」

「?どういう事だ?」

「幸恵さんの選んだドレスなんですけど…
 もともと他店舗から取り寄せる予定のドレスだったんです。
 そのドレスが先週末に別の花嫁さんが予約入ったので、
 リペアしてからの取り寄せだから昨日到着予定だったんです…。でも…。」

「発注ミスをしたのか?」

「違います!私、ちゃんと発注したんです!
 だけど…運送業者の運転手さんが配達途中に事故って……。」

「なん…と…いう……。」

私は目元をおさえて天を仰いだ。
まさかそんな事が起きるというのか?いや、桃瀬が言うのだから嘘ではあるまい。
彼女は自分のミスを隠すために狂言を演じるようなスタッフではない。

「それで…今朝に急遽別のを選んでもらったんですけど…。
 やっぱり、幸恵さんが可哀想で…。」

「なんでもっと早く報告しなかった?」

「だって朝から違う衣裳準備してたからバタバタしてて!
 私も報告しなきゃ、って分かってたんですけど、それどころじゃなかったんです!」

私は言ってしまった後に自分の発言を悔やんだ。
別段、報告が遅れたことで桃瀬を責め立てたかったわけでもない。
ただ役席の立場上言っただけなのだが、朝から慌ただしく立ち回っていた彼女には
辛辣な言葉に聞こえたのだろう。

私は下唇を噛み締めて涙を堪える彼女に
「悪かった。君はいつも頑張ってくれてるのにな。」と謝った。
しかし、偶然とはいえまず有り得ない状況に遭遇してしまったものだ。
こんな運の悪い出来事はそうそうあるまい、と思ったところで
私はハッと控え室のドアを振り向き、朝からの出来事を思い返した。
台風のような突然の暴風雨…。
いつも以上に玉切れが多いシャンデリアに、脚立から足を滑らせたスタッフ…。
そして、届かなかったウェディングドレス…。
人は良くない出来事が三度続くと人外的な何かの作用が及んでいると信じてしまうらしい。
今、私の胸の中に渦巻いている葛藤がまさにそれだった。
信じたくないが、本当に今日の花嫁は不運を招き入れる性質なのかもしれない…。

そんなことがあるものか!と、私の職業意識が妄想を打ち消す。
とにかく人為的なミスではないにしろ、幸恵さんが意気消沈している事には変わりない。
支配人として言うべき事があるはずだ。
私は再びドアをノックして入室する。

「幸恵様。ドレスの件は桃瀬から聞きました。
 なんと申し上げたらよいか…。大変失礼致しました。」

「そんな支配人さん、桃瀬さんが悪いわけではないですし、
 事故だったんなら仕方ないですよ。」

「いえ、どんな理由であれ、お客様がお選び頂いたものを準備出来なかったとなれば、
 それは私どものミスです。ドレスのお代は頂く事が出来ません。」

「そんな…!ちゃんと払いますから!
 …それに、こういうのはしょっちゅう馴れてますから…。」

そう言って弱々しく微笑む幸恵さんを見て、私は胸がグッと詰まった。
花嫁のドレスといえば、男の自分には計り知れないほどの思い入れが
込められているはずである。
何十着というドレスの中から色々悩んだ末に、
自分に一番合うものをやっとの思いで決まった一着だっただろう。
今日という晴れ舞台を思い描きながら…。
そんな悲劇を「しょっちゅう」の一言で片付けてしまうこの女性の表情に映るのは、
不運にまみれた自分の人生への諦観の笑みだった。

「それに…ほら、こっちのドレスの方が私に似合ってると思うんです。
 だから運転手さんには悪いけど、あのドレスが届かなくてラッキーだったかも、なんて…」

ここまできて我々に気を遣わせまいと、心にもない嘘をつき気丈に振る舞おうとする花嫁を、
私はこれ以上見ていられなかった。
取り敢えずドレスの詫びと、今日一日は幸福な時間を過ごして欲しい旨の言葉を残し、
私は控え室を後にした。
そして外に待機していた瞳を潤ませている桃瀬に声を掛ける。

「赤沢から例の話、聞いてるか?」

「…いえ、本人から直接聞いてました。私も本気で信じてはいなかったんですが…。」

「うむ、当然だ。私だって信じてはいない。
 だが…、とにかくこれ以上のミスは起きてはならない。
 家族衣裳やお色直し用のドレス、
 それらに付随する備品の一つ一つを細部まで確認してくれ。」

「…はい。わかりました!」

グッと下唇を噛み締め、力強く桃瀬は頷いた。
そんな頼もしいフィッターに私も頷き返す。
一生懸命に打ち合わせをして選んで頂いたドレスを着せてあげれなかった悔しさが
彼女のフィッターとしてのプライドに火をつける。

「確か今日はプランナーの緋村が事務所待機していたはずだ。
 打ち合わせがなかったらヘルプに行かせる。」

「ありがとうございます。助かります。」

「今日の新郎新婦を何としてでも幸せに満ち溢れた顔でお帰り頂くぞ!」

「はいっ!」

そう言葉を交わし我々は歩き出した。
とにかく今出来ることは、これ以上あの花嫁の表情を曇らせるような要因は
排除することだけだった。
我々『フェリスタシオン迎賓館』スタッフ総員の意地に掛けても、
幸運を手繰り寄せなければいけない。



↓黒石支配人「『フェリスタシオン迎賓館』へようこそ!どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい。」
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08:53  |  儀式人の楽園  |  CM(12)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

始まりましたね!
これからも更新楽しみにしたいです

まだ相当先のことだとは思いますが、色々と想像できますね
自分だったらどんなところが良いんだろう、みたいな
相手が居なきゃ意味無いですけどさ
知らなかったことばかりなので興味が持てそうです
楚良 紗英 | 2009年02月16日(月) 15:33 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
一生の内に一度も結婚しない人の割合って、約5%だそうです。
ですので、ちゃふ子さんもいずれは必ず結婚するということになります。
結婚式の裏側というなかなか目にすることの出来ないストーリーですので、
どうぞお楽しみに♪
要人(かなめびと) | 2009年02月16日(月) 17:55 | URL | コメント編集

新しいお話も面白いですねwスッと入っていけました^^
支配人と赤沢さんのやりとりにニヤニヤですw
儀式人の名前も色に因んでますよね?
テンプレもかわいいですw私のテンプレと同じ作者さんでした。
あと、リンクのブログ名を変更した方が良いですよね?
momokazura | 2009年02月16日(月) 22:36 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
スタッフの名前は全員色分けされてます。
そして各部署ごとでも同系色でまとめてます。
例えば、ホール部署は「蒼井」「紫倉」と青系。
他にも紺野さんとかいる予定です。
そういえば、テンプレがmomoさんとこと一緒ですね!
これはなんたる偶然♪
出来ればリンクの変更して頂けるとありがたいです♪
要人(かなめびと) | 2009年02月17日(火) 06:26 | URL | コメント編集

テンプレかわいいですね。^^
お話に合わせてガラッと変わったので、違うページに来たかと思っちゃいました。

また毎日楽しみです♪♪
リンク、うちも変えときますね。^^
みい | 2009年02月17日(火) 07:32 | URL | コメント編集

かなりの変わりようにビックリしました! いや~、幸せになれそうな感じですよ。
でもこの花嫁さん、どうなるんだろう? 幸ある事を祈ります。
ところで「フェリスタシオン」ってどんな意味??
夢 | 2009年02月17日(火) 11:05 | URL | コメント編集

>>みいさん
あまりにもガッツリ変わってしまいました。
テンプレって、私が思うに本の表紙みたいなものなので
やっぱり変えたほうがいいかな、と思いまして。
今日からまた宜しくお願いしますね♪

>>夢さん
ご存知のように(?)私はハッピーエンドが大好きですから。
最終的には幸せになる話ですので、安心して読んで下さい。
「フェリスタシオン」はフランス語で「おめでとう!」です。
要人(かなめびと) | 2009年02月17日(火) 23:01 | URL | コメント編集

●どうも……

こんばんは、ブログに訪問、ありがとうございました。

私も『フェリスタシオン』の意味を聞いてみようと思ってましたが、上のお答えでわかりました。

幸せになるお話……うん、いいですよね。
テンプレが同じ作者さんで、なんだかちょっと嬉しい私です。
また、おじゃましますね。
ももんた | 2009年02月25日(水) 23:39 | URL | コメント編集

>>ももんたさん
「フェリスタシオン」の意味は結構うら覚えなような気が・・・。
どこドアさんのテンプレがいろいろ探した中で一番しっくりきました。
ももんたさんが使っているテンプレも良かったんですけど、
知り合いが既に使用済みだったので・・・orz
『妄想のネタ』のmomokazuraさんです。
お名前も似てらっしゃいますし、今度よろしければ訪問してみて下さい。
案外、気が合うかもしれませんよ♪
要人(かなめびと) | 2009年02月26日(木) 05:56 | URL | コメント編集

どうもお久しぶりです、孫琳です。

みんなのキャラが立っていて、面白いですね。
赤沢さんは、素敵だと思います(笑)

結婚式場の話は、あまり読んだことがないので、結構期待してます!
孫琳 | 2009年03月04日(水) 06:25 | URL | コメント編集

>>孫琳さん
お久しぶりです!受験は終わったんですね?
学生の方に結婚式の話はあまり縁がないように感じますが
いずれは誰でも必ず結婚するので、どうか将来の参考になさって下さい。
要人(かなめびと) | 2009年03月05日(木) 06:57 | URL | コメント編集

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 | 2009年05月31日(日) 01:40 |  | コメント編集

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