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2009'01.21 (Wed)

「だから、ヨーグルトではなくケフィアなんです。」 第四章


【More・・・】

耳をつんざく回転音を撒き散らす旧式型エンジンをジッと見つめる。
もう何度目の実験になるか覚えてもいないし、
こうしてどの位の時間、眺めていたかも分からない。
ただ目の前で稼働するエンジンに視線を落としたまま物思いに耽っていた。
最初はうるさいと感じていたエンジン音も馴れてしまえばさほど気にならない。
むしろ余計な雑音が耳に入らず思考に集中出来て助かる。
頭の中では絶えず何度も練り直した数式や方程式が濁流のように渦巻いていた。
一瞬でも気を抜けば思考の渦に飲み込まれ、数字の迷宮に堕とされてしまいそうで…。
僕はある程度まとまった数式を手元のノートへ必死に書き殴る。
まるで命綱を懸命に手繰り寄せているみたいだ。
そして溜め息をつく暇もなく視線を轟音響かせるエンジンに、
思考は数式の荒海に戻す。
ここ数ヶ月、ずっとこんな調子を続けている。

あの副会長室で桑原さんに啖呵を切ってから今日まで、僕はある研究に没頭していた。
それは『二次醗酵による突発性過醗酵エネルギーの搾取』である。
通常、醗酵というのは一つの物質が何度も行うことが可能である。
醗酵速度の違いはあるが、それでも添加物など変えればいくらでも醗酵を繰り返すし、
腐敗だって立派な醗酵作用の一つだ。
だから本当ならば突発性過醗酵エネルギーはそこに醗酵作用がある限り
いくらでもエネルギーとして搾取出来る。
しかし、不思議なことに突発性過醗酵エネルギーは
最初の一度しかエネルギー変換出来ない。
詳しく言えば、僕が保持していた『醗酵抑制物質』で抑えた醗酵作用を、
彼女が保持していた『抑制分解因子』で
醗酵エネルギーを解放出来るのは最初の一度だけ。
一度そうなった醗酵物がもう一度『醗酵抑制物質』で抑制される事はない。
免疫がついてしまうのか、はたまた分子構造の変化か、理由はさっぱり掴めていない。

彼女と野原さんと三人『チーム☆ケフィア』で研究をしていた頃、
この問題に取り組んでみようかと意見が上がった事がある。
しかし、当時発電所開設のために資料作成やレポート提出におわれて
多忙を窮めていた僕は、これ以上やることを増やせないと反対した。
実際に彼女達も新しい事に取り掛かれる程の余裕がなかったし、
まずは目先の研究を完遂させてからという事で断念したのだった。
だが、実はその研究を一番着手したかったのは僕だった。
もしも突発性過醗酵エネルギーが何度でも搾取可能ならば
発電所が抱える課題の一つ、「副産物の削減」を解消する事が出来る。

発電所の動力炉の燃料になるのは穀物がほとんどだ。
一つの例を簡単に説明すると、
動力炉にお米を投入し麹菌で醗酵させエネルギーを取り出した後に残った副産物が
酒やみりんなどの原料になる。
別の例を上げれば、牛乳はチーズやヨーグルトに。麦やトウモロコシは洋酒の原料に。
一見、副産物と言える副産物が発生していないように思えるが、そうではない。
その後に出来た副産物を捌ききれないのだ。引き取り先があまりないのである。

発電所で使用する穀物は量が莫大でもちろん発生する副産物の量も莫大だ。
それを例えば食品会社に売却しようにも売却出来ない。
大手の企業ほど農家や工場と既に介入する隙がないくらいしっかり業務提携しているし、
中小企業では量が莫大過ぎてとても扱いきれない。
それでも半分ほどは担い手が出来たが、
結局半分は産業廃棄物として破棄しなければいけない。
だからと言って無理矢理でも安価で企業に引き取らせるような事になれば
将来的に経済を逼迫する事になる。
それにその燃料になる穀物の確保自体でギリギリのラインだ。
これ以上の無理を続ければ逆に環境破壊の引き金になる。
燃料となる穀物を確保するために大規模な森林伐採や
発展途上国への割に合わない強制労働、
それをやってしまえば2000年初期に行われたバイオマスの
大失態の二の舞に成りかねない。

平成の時代からエネルギー事業が困難を窮めていた時に
各国がこぞって目を付けたのが『バイオマスエネルギー』だった。
化石燃料に頼らず循環型のエネルギーサイクルという謳い文句で注目を集めたが、
結局はエネルギー変換率に乏しく循環など夢のまた夢。
散々続いた議論の結果、化石燃料や原子力発電の方がまだ環境的という判決が下り、
バイオマスは潮が引いていくようにあっという間に世間から忘れ去られていった。
バイオマス用に開拓させられた無駄に広大な土地だけが、無惨に取り残されてしまった。

発電所開設の会議の場面で自己利益だけにしか目がない環境庁の役人が
限界ラインより大幅な穀物確保案を押し通そうとした事がある。
穀物卸業者との癒着があったようだが、
それよりも発電所稼働率を上げてエネルギー供給と一緒に
自分の立身も上げたいという目論見が正直なところだろう。
しかし千里眼の桑原さんからは逃れる事が出来ず厳しい一喝を喰らっていたが…。

以上の事を踏まえて、
僕が現在着手している『二次醗酵における突発性過醗酵エネルギーの搾取』の
研究が完成すれば、発電所の開設に大きく貢献出来るはずだ。
しかしそれはあくまで「出来れば」の話であって成功する見込みはハッキリいって薄い。
一介の大学生が独りきりで研究を進めるのには限界があるし、
それに来年の夏までという期限も決められている。
正直状況はジリ貧になっていく一方だが、それでもやり切るしかない。
桑原さんに啖呵を切った手前もあって意地になっているというのもあるが、
それ以上に彼女のこともある。
彼女は両親を亡くしてから一人孤独に研究を続けて『ケフィア』を完成させたのだ。
それは彼女のポテンシャルが元々高かったというのもあるが、
同時に並々ならぬ努力の結晶が実を結んだのだと思う。
そんな彼女を尊敬しながら羨ましくもあった。
だから僕も彼女のように自分だけの力で研究を完成させてみたい。
単なる助手じゃなくて同じ研究者の目線で肩を並べてみたいんだ。
僕が欲しいのは研究を成功させた栄誉よりも、
彼女と同列に立つ資格なのかも知れない…。

そんなひと時の物思いも一瞬で数式の波が頭の中からさらっていった。
僕はまたもや無意識に複雑な数式を幾重にも組み合わせていく作業に没頭していった。
そしてある程度まとまった構築式を乱暴にノートへ書きなぐっていく。
そんな事を繰り返していると、まるで高校時代の彼女みたいだ。
あの頃の彼女は学校にいる間中とにかく机にかじりつき
『ケフィア』に必要な構築式をノートに書きなぐっていたっけ。
当時はその姿を半分物珍しげに半分不思議な気持ちで眺めていたが、
今では僕が同じ事をしている。
彼女の領域に僅かばかりでも足を踏み入れられたようでちょっぴり嬉しい。
あの頃の彼女もこんな風にいつも頭の中は数式で埋め尽くされていたのだろうか?

そんなことを考えてクスリと笑ってから再び視線を稼動中のエンジンに戻す。
規則正しい回転音を響かせているこのエンジンは
現在『ケフィア』のエネルギーを使い動いている。
『ケフィア』がエネルギーに変化する瞬間のメカニズムを解明する実験を行っているが、
さっぱり埒が明かない。
もう何度も何度も実験を重ねたがめぼしい成果は得られていない。
二次醗酵で『ケフィア』にならないのは、エネルギー変換される瞬間に
秘密があるのではないかと睨んでいたが、見当違いだったんだろうか?
今、このエンジン内部で次々に燃料が『ケフィア』に変換されているというのに、
それが直に見れないのがもどかしい。
僕は手に持ったノートを丸め轟音巻き上げるエンジンをつつく。
その後にノートを地べたに置き、素手でエンジンに触ろうとしたその時、
エンジンは急にピストンを緩め止まってしまった。
それと同時に今度は後方から激しく壁を叩く音が聴こえる。
何事かと振り返ると、厚手の強化ガラスの向こうに
驚愕と焦りの表情を浮かべた野原さんがいた。
何かを叫んでいるのか口をパクパクしているが聞こえない。
しばらく両手でガラスを叩いていたが、何をそんなに必死になっているか
未だに理解できず首を傾げる僕を見限ると、破竹の勢いで扉を開け中に入ってきた。

「何やってるのよぉ!危ないでしょ誠一くん!!」

キレイなウェーブのかかった髪を振り乱しながら、
野原さんは僕の腕を掴むとガラス張りになった実験室から引きずり出した。
長いこと座りっぱなしだったため足がもつれた僕は
実験室を出ると同時にたたらを踏んでそのまま転倒した。
そんな僕を怒ったように頬を膨らませ腰に手を当てた野原さんが僕を見下ろす。
いや、怒ったようにではなくこれは相当怒ってる。

「稼動中のエンジンをあんな近くで観察したら危ないでしょ!
 なんのためこの部屋はガラス張りになってるのかしら!
 それにエンジンに直接素手で触るなんてお馬鹿よ!お馬鹿さんっ!!」

年齢の割りには随分幼稚な口調だがそのぶん心の芯にガツンと響きやすい。
舌っ足らずな説教を受けてやっと僕は自分の行動を省みた。
前に一度、実験に行き詰まった彼女が実験中にもかかわらず
ガラス部屋(そう呼んでいる)に入ろうとしたことがある。
今僕がしていたことはあの時の彼女と同じだった。
いや、結局あの時僕が止めたため彼女は中に入らず済んだが、
僕は思いっきり中に入り間近で観察していたのだ。
僕の方が愚かだということか…。
そんな自分に呆れたのと、またもや彼女と同じ行動を取っていたのが可笑しくて、
僕は小さく吹き出した。

「笑い事じゃないでしょ!アホ!!」

すかさず野原さんが僕の脳天に手刀を振り落とす。
さほど痛くないが反省のポーズを見せるため僕は両手で頭を抑えて低頭した。

「ごめんなさい。今度からは気を付けるよ。」

「反省してならいいよぉ。誠一くんってば、普段は大人しいのに時々暴走するんだもの。
 誰かがちゃんと見張ってないとダメなんだからねぇ。」

すっかり子供扱いだが取りあえず機嫌は直ったようだ。
いつもの柔和な笑顔を浮かべると小走りに研究室の方に向かい、
キャスター付きの台車を押しながら戻ってきた。
台車の上には1メートル四方の箱が乗っている。

「誠一くんからお願いされてたの、ちょっと遅くなったけど完成したのぉ♪」

「えっ!!もう出来上がったの!?」

驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた僕に不敵な笑みで返す野原さん。
馴れた手つきで段ボールの包装を解き
「ジャジャーン♪」という子供じみた効果音と共に姿を現したのは、透明なエンジンだった。
ちょうどさっき僕の傍らで動いていたものと似たような形状で、
内部までつぶさに観察すると細かい部品の一つ一つまでスケルトン素材で出来ている。

「これは…!すごいよ!!えぇ…!?どうやって出来てるの、これ!?」

エンジンの外装をあれこれいじりながら感嘆の声を上げる僕を満面の笑みで眺めながら、
製作者たる野原さんは自慢げに解説を始めた。

「これはねぇ~、ほとんどの素材が強化プラスチックと
 合金化アクリルで出来ているんだよぉ♪
 透明度を極限まで追究したらここまでスケスケになっちゃった♪」

これでもかとばかりに胸を反らす野原さんを尊敬の眼差しで見つめる。
まさかここまで完成度が高いとは思いも寄らなかった。

「しっかし…これは凄いね。まさか野原さん一人で作ったんじゃないでしょ?」

「ふぇ?もちろんイチゴが一人で全部作ったんだよ?」

「えぇ!たった一人でこんなに早く!?」

確か野原さんにお願いしたのは1ヶ月前くらいだったはず。
3、4ヶ月は掛かっても構わないと予想していたんだけど…。

「このくらい朝飯前なのぉ♪だってイチゴは世界一の『えんじにあ』なんだからぁ♪」

以前、冗談のつもりで「透明なエンジンがあると便利なんだけど」と野原さんに
話した時に「作れるよぉ♪」と簡単に返事をされた時にもだいぶ驚かされたが…。
野原さんの底抜けなスーパーさ加減には脱帽させられる。

「これがあれば誠一くんの研究に役立つと思って頑張ったのぉ。
 だからもう、さっきみたいな危ないことしちゃダメなんだからね!?」

人差し指を僕に向けて再度忠告を促す野原さん。
僕が両手を挙げて「はい。もう絶対にしません。」と言うと、
野原さんは朗らかな微笑みを浮かべてウィンクを飛ばした。
アイドルのような淡麗な容姿に自然と人の心を惹き付ける裏表がない性格。
…つくづく野原さんには適わない。
でも研究続きで凝り固まっていた気持ちが野原さんのおかげでだいぶほころんだ。

「本当にありがとう、野原さん。このお礼はいつか絶対にするから!」

「うん♪出世払いでお願いだよぉ♪」

そう言って親指をグッと立てる野原さんに僕は苦笑いで返す。
果たして出世出来るかどうかは分からないが、
少なくとも野原さんより出世するのは難しそうだ。



「ところで誠一くん、研究の方は進展があったの?」

自分でするからいいと遠慮した僕に
「きちんと取り付けて最終調整をするまでが自分の仕事」と言い張る野原さん。
仕方なく一緒にエンジンの設置をしていた時に
スパナにいじりながら野原さんが口を開いた。
僕はその問いかけに対する良い返答を持ち合わせておらず、無言のまま作業を進める。
そんな僕の様子に野原さんは不安そうに眉をひそめた。

「やっぱり…私も手伝うよぉ。一人でなんて無理があるってばぁ。」

「そんな…いいって。
 野原さんには野原さんがやらなくちゃいけない事だってあるじゃないか。
 そこまでお願いしちゃ悪いよ…。」

測定用のコードを本体に接続しながら「これを作ってくれただけで充分さ」と応えた。

「だって、論文発表会は来年の8月でしょ?もういくつ寝るとお正月なのにぃ?」

僕はその言葉に胸が詰まる。
そして下腹部の辺りからジワジワと焦燥感が湧き上がってくるのを感じた。
野原さんは直に指摘しなかったが感づいているようで、
本当のところ研究の進捗状況が芳しくない。
正直に言えば全く進んでいないだけではなく、
スタート時点にすら立っていない状態だった。
『二次発酵におけるケフィアの搾取』だって単に僕の憶測の範囲を逸しておらず、
本当に可能かどうか証明することが難しい。
今の段階で既にどん詰まりだなんて、情けなくて言えなかった。
刻一刻と近付いてくるタイムリミットが真綿で首を絞めるように僕を苦しめていく。

「大丈夫だって!絶対なんとかするから!!
 きっと来年の夏には野原さんもビックリするような論文を発表して見せるさ!」

こんな状態なのに無理して虚勢を張るしか出来ない自分が情けなかった。
本当は野原さんにすがりつきたいくらいジリ貧な状況なのに、
僕の愚かなプライドがそれを言わせてくれない。
しかし野原さんは全てを察してくれたのか、何も言わず頷いて小さく微笑んでくれた。
そんな無理に押し付けようとしない優しさが胸にしみてくる。

「でもね、誠一くん。いくら研究に夢中だからって大切なことまで忘れちゃ駄目だよぉ?」

わざとらしく頬を膨らませながらそう言う野原さんに僕は首を傾げる。
何を忘れていたっけ?
しばらく考えていたが思い出せず、時間切れだったのか
しびれを切らせた野原さんが短く「夕ご飯。」答えた。
その言葉を聞いた途端、僕は大声を上げて立ち上がった。
そして腕時計を確認すると、ちょうど7時10分を回ったところだった。
慌てて駆け出そうとした矢先に野原さんが

「大丈夫よぉ♪素子ちゃんとイチゴで作っちゃったからぁ♪」

と声を掛ける。
ピタリと足を止め振り向くと澄まし顔でモンキーレンチを操る野原さんが言葉を続けた。

「ここに来たときにちょうど素子ちゃんが台所に立っていたから手伝ってきたのよぉ♪
 誠一くんは当てにならないからダメだって。」

ここのガラス部屋の実験室は研究所の奥にある。
どうやら野原さんはここに来る前に母屋の方へ顔を出してきたようだ。

最近ではだいぶ心を開いてきた彼女から、
僕が研究を始めてしばらくして家事全般を引き受けると申し出があった。
それまでは自分の部屋の掃除と洗濯くらいしかやらなかったが、
僕が朝から晩まで研究所に詰めていて忙しいのを気にかけてくれたようだ。
どのみち今の彼女は外出することもなく家に閉じこもっているだけなので
僕はお言葉に甘えることにしたが、夕飯の仕度だけは自分がすることに決めた。
別に彼女が料理下手というわけではないが、
少しは違うところに脳みそを使わないと煮詰まってしまいそうだと思った。
だから気分転換の意味も込めてあえて夕飯係に立候補したのだが…。
どうやらそれすら忘れて研究に没頭していたらしい。

僕は夕飯の手伝いまでしてくれた野原さんに再三頭を下げて感謝した。
しかし野原さんはまだ澄まし顔を崩さず
「もう一つ忘れている事があるんですけどぉ。」と言った。
そんなにあれこれ物忘れするほど抜けていたのかと自責の念に囚われたが、
どうにも思い出せない。
腕を組んでうんうん唸っていると、野原さんは呆れながら溜め息をついて
「クリスマス、何もプレゼントしなかったの?」と呟いた。
僕の目が点になる。確かに今は年末、一昨日がクリスマスだったが…。
まだ合点がいかず首を傾げる僕に、野原さんは半分怒ったような表情をした。

「別にイチゴ、みんながみんなクリスマスはガールフレンドにプレゼントをあげるべきだ!
 って言うつもりはないけど。少しは乙女心も理解してほしいのよ。」

「ちょ!ちょっと待ってよ!そりゃ彼女は僕のガールフレンドだけど…その……」

「記憶がない今の素子ちゃんは素子ちゃんじゃないって言うの?
 あの人は別人だって言うの?」

「………。」

「あのね、誠一くん。
 そういう考えが知らず知らず素子ちゃんを傷付けているって、気付いてる?」

ハッと頭を上げると真剣な表情をした野原さんと目があった。

更新日 1月25日

「こんなことイチゴが言うのも変だけど、二人の友達だから言うね。
 素子ちゃんは誠一くんがそういう風に昔の素子ちゃんばっかり見て
 今の素子ちゃんを見ようとしないこと、分かってるんだよ?」

「別に僕はそんなつもりじゃ…」

「じゃあ何で昔みたいに接してあげれないの?」

言葉が喉の奥で詰まる。確か以前にも彼女に同じような事を言われた気がする。
でも僕はそれを受け入れようとせずに今日まで過ごしてきた。

「いくら記憶が無くったって、人格が違うからって、あの子は素子ちゃんなんだよ?
 なんでおんなじように好きになってあげれないの?」

決定的な一言を突かれて僕はまた俯いてしまった。
そんなことは分かっていたのに、分かっていたはずなのに
敢えて目を向けようとしなかった事をズバリ野原さんに言われてしまった。

僕はいずれ彼女は元に戻る日が来ると信じている。
毎日祈るように願っている。
だから所詮今の人格の彼女は仮初めの姿なのだと相手にしようとしなかった。
同じ容姿でも僕が愛した彼女はあんな消極的でオドオドした女の子ではなく、
しっかりと前を向き自分の決めた道を突き進む女の子なのだ、と。
今の彼女と向き合っても意味がないと卑屈になっていた。

「誠一くんの気持ちも分からなくはないよ。
 でもね、今の素子ちゃんから目をそらしたって二人の絆が離れていくだけだし、
 あの子の中に眠る素子ちゃんだって、悲しくて顔を出せないんじゃないかな?」

「そりゃ…そうかも知れないけど…。」

そこで真剣な表情をしていた野原さんはクスッと笑うと

「イチゴもね、最初は誠一くんと同じ気持ちだったんだよぉ。
 だからね、ちょっとチャンスかな!?って思っちゃったのぉ。」

照れて顔を赤らめた。
初めはなんの意味が分からなかったが、直ぐに真意に気付き僕も同じように赤面した。
いつぞやの騒動が一瞬脳裏に蘇った。

「でもね、誠一くんから素子ちゃんとケンカしたって話を聞いてハッとしたの。
 そして少しでもズルしようとした自分が恥ずかしく思えちゃった♪」

両手を頬に当て自嘲気味に笑っていた野原さんは、
一度深呼吸をしてもう一度僕に向き直った。

「だからね、イチゴも気付けたんだから誠一くんも気付いてあげて。
 あの子は誠一くんが大好きだった素子ちゃんと同じ素子ちゃんなんだよ?」




それからエンジンの設置を終えた野原さんは、
一緒に夕飯を食べていこうという彼女の誘いを丁重に断り帰ってしまった。
なんでも現在所属している研究チームのミーティングに参加しなければいけないらしい。
忙しい身分なのに僕の無茶を聞いてくれて本当に感謝の言葉しか出ない。
残念そうに野原さんの後ろ姿を見送った彼女と、時間も時間なので夕食を取ることにした。

筑前煮に白菜の漬け物、ブリの照り焼きと今夜は和食尽くしの献立だ。
どちらかといえば僕が食事を作ると洋食よりになりがちなので、
和食というのも新鮮で良い。
僕は白菜の漬け物に箸を伸ばし口に入れた。

「…この漬け物についている香り。これは柚子かな?」

よく漬かった白菜を噛みしだくとほのかに柑橘系の爽やかな香りが漂ってきた。

「そうだよ。やっぱり誠一には分かっちゃうか。」

そう言って微笑む彼女。
今の彼女は僕を下の名前で呼ぶ。
しかも呼び捨てなので名前を呼ばれると少々こそばゆい気がする。

「これは野原さんが漬けたの?それとも君?」

「私が漬けたんだよ。」

「へぇ。よくこんな工夫が浮かんだね。」

「伊達に毎日テレビを眺めてないから。」

「うん、美味しいよ。」

お世辞抜きにこれはなかなか美味だ。今度僕も試してみよう。
褒められた彼女は予想外だったのか、
一瞬目をパチパチしばたかせたがすぐに顔を崩し「良かった。」と呟いた。

「もし研究が忙しいなら夕飯も私が全部作ろうか?
 どうせ家の中でゴロゴロしているだけだし。」

「いや、そんな別にいいよ。夕飯くらいは僕が作るって。」

僕の言い方が素っ気なく聞こえたのか、
彼女は途端に暗い表情になり「別に言ってみただけだし…。」といじけてしまった。

「いや、そんなつもりで言ったんじゃないって!」

「いいよ、気にしてないし。誠一が作りたいんだったら作ればいいんじゃない?」

すっかり気分を害してしまった様子の彼女に僕はどうしたものかと悩んだが、
彼女に聞こえないように小さく溜め息をつくと笑顔で語り掛けた。

「じゃあ今日みたいに僕が忘れそうな日はお願いしていいかな?……素子?」

急に名前で呼ばれて面食らった表情の彼女は目を見開いたままコクコクと頷いた。
僕は彼女の応えに笑顔で返し、味噌汁をすすった。
彼女を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶのは初めてかも知れない。
なんだかぎこちないけどこれはこれで良いかも。

…まだまだお互い心に壁はあるけど、野原さんの助言もあるし
こんな風に少しずつ向き合っていった方が僕らにとってずっと有意義なことなんだろう。






↓野原苺「これ押したらイチゴが良いものあげちゃうよぉ~♪」
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06:23  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(6)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

スーパー苺ちゃん登場ですね♪
誠一君は詰まってますねぇ(汗) 苺ちゃんの協力を得ればイイのに… 
私もスーパー苺ちゃん欲しい…
夢 | 2009年01月23日(金) 11:08 | URL | コメント編集

>>夢さん
スーパー苺ちゃん、一家に一台欲しいですね。
でも維持費が掛かりそう・・・。
なんせ彼女はセレブですから♪
要人(かなめびと) | 2009年01月23日(金) 17:59 | URL | コメント編集

苺ちゃんを褒めるのは私も少し関わってる
気恥かしさがあるのでコメントしづらいのですが^^;
こんなに素敵な子じゃあしょうがないですね笑
苺ちゃんサイコーww
彼女の指摘で誠一くんと素子ちゃんの関係が
良い方向に向ってくれるとうれしいです^^
momokazura | 2009年01月24日(土) 18:45 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
もっとじゃんじゃん褒めまくってもいいですよ♪
苺ちゃん一人いると物語が安定して助かります。
苺ちゃんはみんなの味方ですね♪
要人(かなめびと) | 2009年01月25日(日) 06:34 | URL | コメント編集

はて?誠一君・素子ちゃんは以前は何と呼び合っていたのかしら?
苺ちゃんったら、相変わらず出来た子ですね♪ 一家に1人欲しいトコですが、セレブはちょっと…我が家が数日で破産してしまいます(汗)

今日の雪、凄すぎませんか!? 何センチ積もったんでしょう? 車が埋まってました(驚) お店の雪かきも父からも手伝ってもらい、朝一予約のお客様なんて「大変だと思って」って、スコップ持参で来てくれたんです! 人の温かさを感じた朝でした(涙)
夢 | 2009年01月25日(日) 15:01 | URL | コメント編集

>>夢さん
誠一は「君」、素子は「あなた」とお互い名前で呼ぶことはありませんでした。
どっちもシャイなのでそう呼び合っていたんでしょうね。
雪やばかったですね!!おかげで投票所までいけませんでしたよ!
私は家の雪かきはほっといて会社の雪かきに専念してました。
結局間に合わずにブルドーザーを呼んでましたが。
要人(かなめびと) | 2009年01月26日(月) 06:39 | URL | コメント編集

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