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2008'12.25 (Thu)

「やっと、ヨーグルトはケフィアになれるのですから…。」 エピローグ


【More・・・】

「今回の件は完全に私の配慮不足でした。
 何とお詫びを申し上げればいいのか分かりませんが…申し訳ございませんでした。」

病院の待合室にある長細いソファーに腰をうずめてから三時間。
それまで終始無言のまま隣で脚を組んでいた桑原さんが呟くようにそう口を開いた。
謝罪を述べるこの人の態度が珍しく夢でも見ているような感覚だが、
向かい側にある扉の上に赤く点灯している『手術中』のランプが、現実に引き戻す。
それに耳をつんざいていた救急車のサイレンの音がまだこびりついて離れず、
桑原さんの言葉はすぐに霧散していった。

彼女が建設中の足場から転落、意識不明のまま一番近い総合病院
(近いと言っても現場から30分も離れていた)に搬送されて即刻緊急オペを開始。
それから現在まで三時間は経っているが、未だに手術は終わらない。
僕はその間、今日の出来事を反芻しずっと考え込んでいた。
結局、何が一番悪かったのか。何が悪かったからこんな事態になってしまったのか。

そもそも『ケフィア』が悪かったのか?
四年前の高校生の時に完成した『ケフィア』を彼女の伯母さんにではなく、
もっと別の人に託せば良かったのだろうか?
醗酵抑制物質保持者である僕が協力をしなければ良かったのだろうか?
いや、もっと遡って研究の創始者である彼女のお父さんやお祖父さんが
『ケフィア』なんて発見しなければ良かったのだろうか?
『ケフィア』を兵器に利用しようとした人達が一番悪かったのだろうか?
研究を引き継いだ彼女が悪かったのだろうか?
彼女が中途半端に研究を続けたのが悪かったのだろうか?
桑原さんの配慮が足りなかったのだろうか?
発電所の下見なんか行きたいと言い出した僕が悪いんだろうか?
あんな事を言った彼女が悪いんだろうか?
石を投げつけたデモ集団が悪いんだろうか?
止めなかった作業員が悪いんだろうか?
…考え出したらキリがない。
きっと誰が一番悪いだなんて、誰にも分からない。
ただまた新しい罪を均等に、それ相応の重さだけ背負うことになったのは確かだ。

『ケフィア』が原因で今度は無関係な人まで巻き込む結果になってしまった。
あの時報道のカメラが回っていたせいで証拠は自ずと残ってしまう。
暴動を起こしたデモの首謀者数名が救急車と同時に来た警察に検挙された。
確かに彼らが起こした暴動は決して許せるものじゃない。だけど彼らをそういう行動に駆り立
ててしまったのは、他でもない僕らなのだ。咎められるのはむしろ僕らの方なのだ。

「起こってしまった事実はどう足掻いても変える事は不可能です。
 我々がすべきは立ち止まらないことです。
 頭を抱えたからといって世間一般の『ケフィア』に対するイメージは払拭出来ませんし、
 発電所の開発が促進されるわけではありません。違いますか?」

さっきは頭を下げたと思ったら次の瞬間には苦言を呈する。
本当に人の気持ちなどお構いなしで冷酷非情な副会長を睨みつける。
しかし桑原さんは背筋を伸ばして真っ直ぐ僕を見つめ返し

「だから、そんなに自分を責めないで下さい。
 全員に同じ分だけの責任があるんですから。私にも、環境庁にも、原さんにも。」

といつになく優しい口調でたしなめた。僕は反論出来ず再びこうべを垂れる。
いつもながら思うがこの人はずるい。
どんな場面でも必ず人の気持ちを手玉に取り、いとも簡単に手握してしまう。
コツコツと真面目に生きるのが信条ゆえに自分でも呆れるほど不器用な僕は、
たぶん一生を賭けてもこの人には勝てないだろう。


細く長い待合室の廊下の向こうから聞き覚えのあるハイヒールの音が近付いてきたので、
僕はゆっくりと鎌首を上げた。
手に三人分の缶コーヒーを抱えた野原さんがこちらにゆったりと歩を進めている。
僕と目が合うと弱々しく微笑み、「おまたせ」と言いながら
缶コーヒーを僕と桑原さんに手渡した。
お礼を言うといつものようにニッコリと笑ったが、
横目でまだ『手術中』のランプが点灯しているのを確認すると
途端に表情を曇らせ僕の隣に腰掛けた。

彼女が救急車に搬送されている途中、桑原さんが野原さんに連絡をしてくれたようで
病院についてすぐに息咳ききって飛んできてくれた
(文字通り、本当に自家用ジェットで飛んできたらしいが)。
野原さんにことの顛末を説明したら
「そんな事だったら私もついて行けば良かった。
私が側にいれば何か変わったかも知れないのに。」と、さめざめ泣き出してしまった。
今回の下見に野原さんも行きたかったらしく、最後まで桑原さんに駄々をこねていたが
結局居残りになってしまった。
彼女にとって野原さんが一番の親友だったように、
野原さんにとっても彼女が一番の親友だったので、相当ショックが大きかっただろう。
ここにも一人、自分を責めてしまっている人がいることを僕は知った。
野原さんはあぁ言っていたが、僕としてはあの場にもしも野原さんが居たら
逆に被害者が増えていたかも知れない可能性も否定出来ないので、
結果から言えば居残りしてもらったことに安堵感を抱いたほどだ。
それに野原さんに何かあったら、昔から親交の深い桑原さんが冷静でいられたか疑問である。


「素子ちゃん…大丈夫かなぁ…。」

今にも泣きそうな声で野原さんが呟いた。
いつもは天真爛漫な彼女もここに来てからはずっと顔が青ざめたままだ。
それでも僕を励まそうと無理に笑顔を繕おうとする健気さに心の強張りがほぐれる。

「大丈夫だよ…。『ケフィア』もこれからって時に、彼女がこんなところで倒れるわけがないよ。」

「だよね…。うん、素子ちゃんなら大丈夫だよね…。また一緒に研究をしたいの…。」

弱々しく微笑む野原さんに僕も少しくたびれた笑顔で返す。
同じ『チーム☆ケフィア』の一員として、そして彼女のパートナーとして、
僕もしっかりしなくてはと自分自身を叱咤激励する。
ちょうどその時、以前母さんから言われたことを思い出した。

「ねぇ、野原さん。ここ最近、素子さんの様子変じゃなかった?」

あれは確か先月に自宅で母さんと彼女と三人で夕飯を食べた時、
洗い物をしていた僕に母さんが尋ねてきた。

「う~ん、そう言われてみれば先々月辺りからかな?
 イチゴのお話をぼーっとして聞いてなかったりとか、
 壁を見つめながら考え込んだりしていたりとか…。
 イチゴはてっきり誠一くんとケンカでもしたのかと思ってたわぁ。」

何故彼女の様子が変だと真っ先に僕とケンカをしたという発想に行き着くのか、
野原さんにしろ母さんにしろ女性の思考はいまいち掴めないが、
野原さんでも気付いていたことに毎日一緒にいた僕が全く気付けなかったのがやり切れない。
今にして思えば、彼女は相当前から発電所が抱える一番大きな問題に
いち早く気付き憂慮していたのだろう。
そして今日のようなデモや暴動が起きやしないかずっと思い悩み、今まで過ごしてきた。
じゃないと今日の彼女の態度は説明がつかない。
あんなに冷静さに欠け、取り乱す彼女は初めて見た。
元々悩みを他人に相談するようなタイプでもないし、
もしも悩みがあっても自分で解決するか黙って抱え込んでしまうかのどちらかだろう。
さんざん思い悩んで消化出来ずに溜め込んだ苦悩が
デモ集団の罵倒でそれまでの抑えが一気に崩壊してしまったのだ。
ガラにもなく張り上げた大きな声は、まるで彼女の悲痛な叫びだった。
その叫び声が耳にこびり付いて離れない。

「なんで彼女がそうなるまで気付いてあげられなかったんだろうね。
 ずっと側にいたのに、僕が彼女を支えてあげなきゃいけなかったのに…。」

何も知らずに車の中で浮かれていた自分が本当に腹立たしい。
悔やんでも悔やみきれない思いが涙となって両目からはたはたと流れ出し、
握り締めた手の甲に滴となって零れ落ちた。

「本当は僕が彼女を守ってあげなくちゃいけなかったんだ!
 あそこから落ちるべきだったのは彼女じゃなく僕だったんだよ!」

「そんなことないよぉ…!誠一くんは誠一くんで頑張ったよぉ…!」

目に涙をいっぱい溜めた野原さんが慰めの言葉を掛けてくれるが、
それは本当にただの慰めで僕が新たに背負った罪を消してくれる力はない。
そんな風に野原さんにまで心配をかけさせてしまう自分が情けなくて、止め処なく涙が溢れる。

「違うよ!僕が悪いんだよ!僕が全部悪いんだよ!僕がもっとしっかりしていたら!
 彼女をしっかりと守ってあげれたら!…くそっ!!」

涙で濡れた手を振りかぶり股を叩く。
痛みが足全体に広がるが、彼女の心の痛みに比べればちっぽけなものだ。
何度も股に拳を打ちつける僕を横目で見ていた桑原さんが急にすっくと立ち上がる。

「悲劇のヒーロー気取りは結構ですが、
 言いたいことは直接本人に言った方が宜しいでしょう。」

桑原さんの視線の先を追いかけてカッと目を見開く。
『手術中』の赤ランプが消えていた。

更新日 12月27日

僕と野原さんも桑原さんにならい慌てて立ち上がる。
しばらくすると中から術用のマスクを外しながら担当の医師が出てきた。
固唾を飲んで直立する僕達に少し驚いたのか、
医師は肩をピクッと震わせると顔を崩して明るい口調で結果だけを簡潔に告げた。

「手術は無事に成功しました。命に別状はありません。ご安心を。」

医師の言葉に盛大な溜め息をついて肩の力を抜く僕達。
命に別状がなくて本当に良かった。
野原さんが安堵のあまり、僕の腕に掴まりポロポロと泣き出した。
僕達のホッとした様子を確認して、医師は彼女の様態について説明を始めた。

「幸いにも落下した時に頭からではなく右側面から着地したようです。
 大きな損傷部位は右腕の骨折くらいで頭部は外傷程度ですので、
 既に意識も取り戻してます。」

「えっ!彼女、もう目覚めてるんですか!?」

「はい。局部麻酔で施術しましたから。ただ…」

そこで言葉を区切ると医師は顔を曇らせる。
そして手術室の扉を開き中に招き入れた。どうやら実際に見て確認して欲しいようだ。
遠慮なくスタスタと手術室に入っていく桑原さんの背中を追って
僕と野原さんも恐る恐る中に足を踏み入れる。
あまりお目にかかることのない医療器具に囲まれ、手術台に横たわる彼女がいた。
頭と右腕に痛々しく包帯が巻かれている以外はさほど外傷は見られない。
足音に気付いたのか首から上だけをこちらに向けた。
その彼女の表情を見て、僕は言い知れぬ違和感を感じた。

…いつもの彼女とどこか違う。

頭部に包帯を巻かれているからとかそういうのではなく、
普段の彼女から何かが欠けているような。
僕はその違和感の正体を突き詰めようとつぶさに彼女の表情を観察して、ハッと息を飲んだ。
何故だか良くない予感がじわりじわりと腹の底から湧いてきて、心拍数が上昇していく。
彼女の瞳から力強く放つ輝きが消え失せていた。
いつもどんな時でも強烈な光を放ち、見るもの全てを魅了する瞳の輝きがそこにはなかった。
そのことに気付いたのは僕だけではなく、野原さんも同じだったらしい。
そして野原さんも僕と一緒で言い知れぬ嫌な予感を感じたのか、
「も、素子ちゃん…?」手術台の彼女に震える声で呼び掛けた。
自分の名前で声を掛けられたはずの彼女は怪訝そうな顔でこう答えた。

「あなた達…誰?」

何か鈍器で頭を殴られたような衝撃が体中を駆け巡った。
彼女の表情から連想してしまった予感が現実に成り下がったのを
必死に頭の中で否定しようとする。
だが、その直後に聞こえた医師の言葉が決定打を放った。

「施術後すぐということで記憶がだいぶ混乱しているようですが、
 全生活史健忘の可能性が診られます。」

「全…健忘?」

その言葉の意味が分からなくてもおおよその検討はつく。
だが未だに事実を認めようとしない自分自身がわざと首を傾げて知らないふりをした。
そんな僕に医師は最も簡潔な言葉でとどめを刺す。

「つまり記憶喪失です。」

その言葉を聞いた瞬間、がっくりと肩を落とした。
そんな僕を虚ろな眼差しで見つめる彼女の瞳の奥には、
研究に対する剥き出しの熱意も、長い時を経て育んだ僕との愛しき日々も、
好奇心に満ちた学生生活も、お父さんとお母さんから受け継いだ頑なな意志も、
何もかもが消え失せていた。

絶望感に打ちひしがれた僕だけを残して欠落していた。


第六部へ続く…。





今回も「やっと、ヨーグルトはケフィアになるのですから・・・。」を
最後までお読みいただきありがとうございました。
前回の最後に予告したとおり、今回は二部構成になってますので次回に続きます。
そして次の第六部でこのケフィアシリーズは終了です。

果たして記憶を失った素子はどうなってしまうのか?
残された誠一はどうなるのか?
研究は誰が引き継ぐのか?
発電所は本当に開設出来るのか?
桑原さんはどういう決断をするのか?
なんで苺ちゃんはこんなにかわいいのか?
誠一ママは禁煙が出来るのか?
ワンワンニャンニャンって何なのか?
冷蔵庫に貯蔵してある手作りガリはいつ頃が食べ頃なのか?
毎回保育園で鼻血を出してくるうちの息子はいったい何をしているのか?
来月のペットボトルのゴミの日はいつなのか?

疑問は深まるばかりですが、それも全て第六部で解決します。是非ご期待下さい!

第六部は区切りよく新年からスタートします。
それまでまだ数日ありますが雑談などをチラチラ載せようかと。
なので宜しければこのお話に対する疑問、質問などをお寄せ下さい。
このお話に関することでなくても結構です。
悩み事や相談事などでもお答えしますのでお待ちしております♪






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06:02  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(10)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

びっくりしましたっ!
こんな展開になるとは思ってませんでした。
素子ちゃん大丈夫なんでしょうか~><;
素子ちゃ~ん;;応援ポチポチ♪

要人さんの息子さん、モテモテで大収穫ですねw
momokazura | 2008年12月25日(木) 21:03 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
今回の第五部もあと二日で終わりです。
どうぞ最後までお楽しみに!!
応援ありがとうございます♪
要人(かなめびと) | 2008年12月26日(金) 05:55 | URL | コメント編集

遠い名古屋の地から素子を祈っています。
あ、それから・・・
今日の更新の15行目は脱字でしょうか?
今回の下見に~の部分です。
行きた「かった」らしく、かと・・・。

いやもう何かホントごめんなさい。
ちょっと鳴門海峡の渦潮付近で泳いできます。
楚良 紗英 | 2008年12月26日(金) 10:12 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
ご報告ありがとうございました><
すいません、誤字脱字が多いので指摘して頂くと
すごく嬉しいです♪
要人(かなめびと) | 2008年12月26日(金) 11:19 | URL | コメント編集

名古屋ではペットボトルを毎週火曜日に集めますよ
楚良 紗英 | 2008年12月27日(土) 11:50 | URL | コメント編集

やっと見れたと思ったらエピローグでした(驚)
皆の行く末が気になります。
新年から楽しみですね~!
ちなみにうちのペットボトルは明後日です。って…関係ないか(汗)
夢 | 2008年12月27日(土) 11:50 | URL | コメント編集

第五部終了、お疲れ様でしたっww
それにしても今回すごいとこで終わってますね^^;
ほんともお、ひえ~ですよっ!!!
最後のあとがきに笑わせてもらいました^^
ウチのペットボトルの回収日は月・木ですね~
第六部も楽しみにしてますww
……素子ちゃ~ん;;応援ポチポチ♪
momokazura | 2008年12月28日(日) 00:04 | URL | コメント編集

いつも溜まった文を一気に読ませてもらってるのですが、
まさに急展開ですね。前回見た会議シーンや、
飲み会のシーンからは想像がつかないペースです。
素子ちゃんが落ちてく描写が
私にもスローモーションで見えました。

ってか記憶喪失って…。

…つまり、自分好みに育て直すことも可能なわけですね!
いや、そんなことしたら最低だと思いますがw
記憶も間違いなく個人を特定する要素ですもんね。
というか一番大事な部分だと思います。
次回最終話ですか。
鮮やかな締めを痛いしてます。
(私的には素子ちゃんのおばさんが気になりますが)
雲男 | 2008年12月28日(日) 13:50 | URL | コメント編集

次で最後ですか…;;
毎日授業中にこの小説を読むのが唯一の楽しみってくらいだったんで悲しいですね…。

それでも、続きを楽しみにしていますんで、頑張って下さい^^
もと | 2008年12月28日(日) 17:13 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
うちの地域では月に二回くらいしかペットボトルの日がないんですよ。
だから出し忘れるとかなり最悪です><

>>夢さん
でも新年早々沖縄に飛んじゃうんですよ。
なんで今から多めにストックしています!

>>momokazuraさん
苺ちゃんとも後、もうちょっとで最後なんです!!
それが一番寂しい!!
応援ありがとうございます!

>>雲男さん
自分好みに育て直す!ですか。
実はそうもいかないんですね、これが~♪
まずは来年をお楽しみに☆

>>もとさん
授業中ですか!わぁお・・・。
多分来年の三月か四月に終わると思うので
それまではどうぞお付き合いのほどお願い致します♪
要人(かなめびと) | 2008年12月29日(月) 06:03 | URL | コメント編集

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