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2008'12.06 (Sat)

「やっと、ヨーグルトはケフィアになれるのですから…。」 第六章


【More・・・】

それから一時間の議事の末、桑原さんから今後の日程を簡単にされ、
第一回目の会議は幕を閉じた。
今回は現状の把握と辞退した候補地への再アプローチ方法くらいで、残
念ながら特にこれといった成果が得られなかった会議だった
(と桑原さんが最後に嫌みを込めて言っていた)。

会議が終わった後に桑原さんが僕等を自室に招いた。
あれだけ好き勝手言われて実際は桑原さんも鬱憤が溜まっていたのだろう。
僕達を接客用ソファーに無言で腰掛けさせ、
自分はいつも座っている座り心地が良さそうなリクライニング式の立派な椅子に体を沈めると、
細く長い吐息を漏らした。

「発電所が建設出来る候補地、本当に決まるんですかね?」

年長者を気遣って先に話題を振ってみた。
さっきの会議を聞いてるとまずそれが最重要課題であり、
それが決まらないと先に進めないらしい。
当然といえば当然だが、現状を知るかぎりでは問題は山積みだ。
しかし桑原さんはいつもの微笑みを浮かべ「大丈夫でしょう」と簡単に答えた。

「決まるかどうかではなく、決めるのです。
 どんな手を尽くしてでも必ず発電所は開設してみせましょう。
 それがあなた方と我々学会の契約ですから。」

「でも…相当厳しいんじゃないですか?」

「あなたに心配されるまでもありません。
 それよりも自分自身に気を回して下さい。
 あの程度で腹立てているようでは今後の会議に参加させられませんよ?」

椅子のリクライニングを軽く倒し腕を組みながら桑原さんはそう言った。
どうやらすっかり見抜かれていたらしい。
一度もこちらを窺う仕草がなかったのに相変わらず目ざとい人だ。
僕は小さく溜め息をつきながら次の質問をする。

「しかしあの環境庁の人達のやる気のなさには正直びっくりしました。
 本当にあの人達と一緒で大丈夫なんでしょうか?」

下らない野次や揚げ足取りばかりで会議を悪戯な妨害することしか
頭に無さそうな役人連中を思い出すと、ムカムカが甦ってくる。
しかし桑原さんはさっきと同じ口調で「あの人達は役人としては優秀です。」と即答した。
言葉の意味が分からず首を捻る僕に桑原さんは作り物めいた微笑みを浮かべ話を続ける。

「今回、我々と環境庁が協同で発電所を開発するという契約を交わしたのは
もっと上にいる立場の人間とで、何も今日あの場にいた人達が決定した事ではありません。
ではあの役人連中の仕事は何かと言うと、
何か事が起きた時にいかに少ないリスクで責任を緩和出来る構図を敷けるか、
及びいかに我々との利益配分を自分達に有利な方へ持っていけるよう交渉出来るか、です。」

そう言った後、愉快そうに鼻で笑いながら
「もっとも、私を相手に勝てるわけ有り得ませんが。」と付け加えた。

大人の事情や建て前の裏側に行き来する策謀など学生の僕に分かるわけもなく、
またそんな事を口にして平然としていられる桑原さんや環境庁の人達は
理解の範疇を容易に逸脱した存在だった。
背徳感もなく利益を奪い合いながら一方で
責任を押しつけ合うのが正しい大人の姿なのだろうか?
はらわたが煮えくり返りそうな程に相手を憎たらしく心の中で罵りながらも
欺瞞の仮面を被りニコニコと微笑み続ける事がそれだけ大切なのだろうか?
今の僕にはさっぱり分からない。
だから、その疑問は言葉として目の前にいる大人に投げつけられた。

「桑原さんは…なんでいつも笑っていられるのですか?」

ちょうど顎を撫でていた桑原さんの手がピクリと止まる。
微笑みはそのままで渇いた両目が僕をじっとり捉える。
本来ならば桑原さんの中で触れてはいけないデリケートな部分なんだと思う。
この人は本当に隠してしまいたい何かをワザと露出してしまう
自虐的な性質がある事に僕は気付いていた。
顎に当てた手をゆっくり下ろし腕を組む。
そしてつまらなそうに鼻を鳴らすとこの人にしては珍しく小さな声でボソボソと言った。

「この世界が下らないからです。」

「下らない…ですか?」

「そうです。この世界は全く持って下らなすぎる。
 出来る事ならば早々にドロップアウトしてしまいたいくらいですが、そうもいかんでしょう。
 だから私は辟易するしかないのです、この世界に。
 私の微笑みは、いわば諦観の笑みといったところでしょうか?」

言っている意味がよく理解できない。
首を傾げるばかりの僕だったが、
何か心当たりがあるのか隣に座る彼女がおもむろに口を開いた。

「確か桑原副会長は以前お父様と
 同じアカデミーに所属し科学者を志していたと記憶しております。
その事と何か因果関係がおありなのでしょうか?」

一瞬驚いたように眉を上げると桑原さんはニンマリと陰湿な笑みを浮かべた。

「さすがは原さんですね。お隣の僕ちゃんとは出来が違うようだ。」

僕ちゃん呼ばわりされてムッとした僕を、狙い通りと言わんばかりに満足げに眺め、
桑原さんはポツリポツリと語り始めた。

「先程、原さんは科学者と言いましたが正しくは私が志していたのは物理学者です。
 科学や物理、数学など志しは違えど様々な学者志望生が集い互いを切磋琢磨し合う、
 それが私達が在籍していたアカデミーでした。」

そこで一旦言葉を区切ると桑原さんは机の上にある電話に手を伸ばす。
内線電話でコーヒーを三つ注文したところから察するに、どうやら話は長くなるようだ。

「そもそも私が物理学者を志した理由は中学生の時分に目にした一冊の科学雑誌でした。
 代々官僚の家柄に産まれた私は幼少期から
 自らの将来が決まっていたと言っても過言ではありません。
 小さい頃から子守歌代わりに経済や政治の話を聞かせられ、
 友人と遊ぶ時間よりも勉学や衆議院議員の懇親会に
 無理矢理参加させられ顔を売る毎日でした。
 己の意志や要望なんぞは物心つく前に去勢されていたも当然で、
 ただ決められたレールを他人の都合で転がされていく、
 そんな面白みの欠片もない鬱屈とした日々を過ごすばかりでした。」

遠い目をして淡々と昔話をする桑原さん。
この人の過去を知るのが少し怖い気がして、どうにも落ち着かない。

「そんなある日、同級生の野原…つまり苺さんの父親に
 面白いから読んでみろと勧められたのが、先にも話した一冊の科学雑誌でした。
 内容は確か…超ひも理論についてだったと思います。
 最初はただページを捲るだけでしたが読み進めていくうちに徐々に興味が湧いてきましてね、
 気が付けば食事を取ることすら忘れて熱心に読みふけってました。
 まさに目からウロコが落ちた気分でしたよ。
 自分のすぐ隣にあるはずの知らない世界を垣間見た、
 少年だった私には非常にセンセーショナルな出来事でした。
 それからは相対性理論や量子力学といった、今で言う現代物理学を
 それこそ貪るように学び出しました。」

丁度その時、トレイを手に持った女性がコーヒーを運んできた。
よく見るといつも受付にいる愛想のないあの人だった。
僕達と桑原さんにコーヒーを配るとなにも言わず退室していく。
随分と素っ気ない対応だったが、桑原さんが咎める素振りも無いところを見ると、
それがあの人のスタンスなようだ。
湯気が立つコーヒーカップを眺めていると、
僕らの手元に置かれたコーヒーを手で示し意地悪な微笑みを浮かべながら桑原さんは
「睡眠薬は入ってませんので安心してお召し上がり下さい。」と言った。
まったく、嫌な事を思い出させてくれる。

「さて話を続けましょうか。
 それまで何もしたい事が無く惰性で生きていた私に物理はこの世界に彩りを与えてくれました。
 それこそ生まれてから一度も潤す事のなかった渇きを満たすように
 私は物理の世界に没頭していきました。
 家族は進学先までは干渉してはきませんでしたからね。
 世間様に申し分ない名の通った大学なら学部など気にならないらしかったので
 私は京大に入学し、物理一本を専攻して勉学に励みました。
 そして卒業間近にアカデミーから声が掛かったのです。
 本来だったら私は野原さんのお祖父さんである野原林檎郎の秘書に
 付くはずだったのですがね、翁本人からも『若いうちは見聞を広めるべき』と推薦して頂き
 何とか家族を説得して出立しました。
 アカデミーに着いてからは更に意気揚々と研究に精だしたのですが…。」

そこで一旦言葉を区切ると、桑原さんは珍しく溜め息をついた。
そして真っ直ぐに彼女を見つめ、尋ねた。

「原さん、物理の最終目標は何だと思いますか?」

不意に質問された彼女はしばらく考え込み「真理の探求です。」と答えた。
それは事あるごとに彼女が口にする言葉である。
桑原さんは満足そうに一度頷くと「非常に優秀で普遍的な解答です。」と評し、
「では次の質問です。」とまた彼女に尋ねた。

「それで、今まで真理とやらを暴く事に成功した学者がいたのでしょうか?」

これには彼女は答える事が出来ず口を噤んでしまった。答えられるわけがない。

当然だ。

「桑原さん、もしもそんな人がいたら世紀の大発見ってレベルじゃありませんよ。
 真理を探求し続けるから科学や物理や哲学があるんじゃないんですか?」

「では誠一さん、あなたは何のために研究をしているのですか?
 その先に一体何があるんですか?」

「何のためって…そりゃ、『ケフィア』を解明して世の中の為に役立たせる、じゃないんですか?
 その先って言われても…今は目先のことで精一杯ですし。」

この人は何を言いたいのかさっぱり理解出来ない。
口を開けば業務的な内容と皮肉しか喋らない桑原さんらしからぬ態度に
僕は戸惑うばかりだが、本人もそれを察してか顔の前で小さく手を振り
「失礼。話を戻しましょうか。」と言った。

「あなた方もご存知のとおり、この世は科学では証明出来ない不可思議なことで溢れています。
 物理も同様に現象までは把握出来てもその過程を説明出来ないことが大多数です。
 別に実証論を否定するわけではありませんが、
 何となくそういうものだから理解しろという曖昧過ぎる
 現在物理学はどうにも受け入れられない性分でしてね、
 若かりし日の私はそれならばいつか自分がすべてを解明してみせる、
 真理を暴いてみせると本気で思ってました。
 しかし学べば学ぶほどに、理解しようとすればするほどに物理の輪郭はぼやけていき、
 真理は遠ざかっていくように感じていました。」

彼女にならって僕も現在物理学を多少は嗜んだことがある。
確かに見方によれば曖昧なものなんだろうけど、それを追求しようともしなかったし、
ただそういうものだと理解した、いや、させられただけだった。

「大学で学んでも駄目ならアカデミーに入ってもっと詳しく調べれば解明出来るかもしれない。
 そう信じて来る日も来る日も実験と研究を繰り返し、
 私はとうとうアカデミーでトップに上り詰めました。
 単純な話ですけどね、一番上に立ちさえすれば真理が見えるかもしれない、
 もしくは尻尾くらいは掴めるかもしれないと思いましたが、
 頂からの景色を見渡して私は絶望しました。
 何一つ変わらない景色、
 いや今まで以上に輪郭がぼやけた世界が広がっていくだけでしたよ、そこは。
 私はその時に真理などは到底掴めないことを理解してしまったのです。
 自分の努力がまだ足りないだけでもう少し上に行けば今度こそ真理が掴めるかもしれない。
 しかしこのまま真理を探求し続けて何か意味があるのか?
 そんな葛藤を繰り返して思い悩んでいた私にショッキングな一報が舞い込んできたのです。
 私の物理の原点でもあった超ひも理論が、
 その当時までは完全な理論と謳われていたものが覆されたのです。」

遠い日の思い出を懐古するように瞳を閉じる桑原さん。
瞼の裏には当時の苦悩した自分の姿が映っているのか、その表情はこの人らしくなく切なげだ。

「それからはアカデミーの修了課程を早々に取得し、当面は自暴自棄な生活を送っていました。
 そんな私に両親は愛想を尽かしましてね、とうとう勘当されてしまいましたよ。
 私が物理を見限ったように桑原家は私を見限ったのですから、
 これもまた一つの因果なんでしょうね。
 桑原家の家督は全て弟が引き継ぎましたが、あちらの方が私よりも官僚に向いてましたし、
 私としても煩わしいしがらみから解放されて清々しました。
 そして私が30歳になった時、当時この学会の副会長を務めていた方から勧められ、
 ここに職を得たのです。」

気だるそうに目を開くと桑原さんは慈しむように部屋を見渡した。
そして諦観の笑みを僕達に向けると

「私が絶望に見限ったものを、今度は支援する立場になりそれで糊口を凌いでいるんですから、
 本当にこの世は皮肉なものです。」

と言って話を締めた。

普段、皮肉ばかり口にする桑原さんがこの世は皮肉だと罵るのは非常に滑稽な姿だった。
桑原さんの目尻に刻まれた笑い皺。
それが真理の探求という永遠に終わらない徒労から解放された修了証なのか、
はたまた道半ばで投げ出した臆病者に対する蔑みの烙印なのか。
まだまだ未熟な僕には到底知り得ない事だろうし、
本人にとってはどうでも良いことなのかもしれない。
ただ、だいぶ冷めたコーヒーをすすり「うん、不味い」と微笑む表情は実に穏やかで、
どことなく寂しく見える。
ある意味、この人は自分の中で真理を見つけたのだ。
諦めることがこの人にとっての真理だったのだ。
そんな桑原副会長に折り入って伺いたいことがある。
この人なりの答えを聞いてみたい。

「桑原さんにとって…科学って何ですか?」

顎に手を当てしばらく考えてから桑原さんはこう答えた。

「救いのない信仰宗教のようなものですかね。」

「信仰…宗教ですか?」

「そうです。学問というのはもともと宗教のようなものです。
 大多数の学生は教科書の内容が真実か虚実か疑わずに
 教師の言うことを信用して学習に励みますよね。いや、猜疑の概念すらない。
 しかしある程度深くまで学問を追及していくと、
 実は信憑性が問われる内容を学んでいたと気付く時があります。
 宗教だって同じでしょう。聖書を穴が開くほどに眺めれば神の教えに近付ける。
 物欲を捨て去れば本当の幸福に巡り合える。
 一心不乱に祈りを捧げれば死後の世界で天国に召される。
 でも実際にはそんな事ないですよね。
 神様を信じてもいくら祈りを捧げても、人には誰でも幸福と不幸が等しく降りかかります。
 ご覧なさい。無宗教に近い日本人と他国のカトリック教者の幸福度に何か差はありますか?」

「幸福は個人の主観であり客観性で良し悪しは計れないものです。」

今まで押し黙っていた彼女がおもむろに発言をした。
珍しいことに興味深い話題だったらしい。

「それはそうですね。ただ、神を信じても信じなくてもそう大差はないと言いたいのです。
 物理も同じです。この世界の森羅万象物理法則を理解しようがしまいが、
 誰にでも等しく万有引力は負荷をかけますし位置エネルギーは変わることがありません。
 ですから物理など全く興味を抱かない先程コーヒーを運んできた受付嬢にも、
 物理を学び尽くしその末に絶望を見出した私にも、同じように朝は来ます。
 ですが、知ってしまった私の方が彼女よりも不幸であるのは事実でしょう?
 科学とはそういうものです。
 いつか真理に手が触れられる日を信じながら追求すればするほど失望を重ねていく、
 救いのない信仰宗教のようなものです。」

冒頭の言葉をもう一度繰り返し、桑原さんはコーヒーを口に運んだ。
そして甘美がものでも飲んだかのようにご満悦な表情を浮べ、またもや「不味い。」と呟く。

僕は若輩者の質問に対して丁寧に答えてくれた年輩者に感謝の意を込めて頭を下げた。
しかし、人の感性なんて本当に十人十色なものだと改めて実感した。
桑原さんにとって科学とは「救いのない信仰宗教」だし、
あまり思い出したくはないが科学を「破壊と殺戮を産み出しただけ」と言った人もいた。
どちらにしても僕など足元にも及ばないその道を極めた人達の言葉だが
、どうにもネガティブに過ぎやしないか?
では自分にとっての科学は?『ケフィア』は?
…答えなど見つからない。答えを見いだせる域に達していないほどに、
僕はまだまだ矮小な存在なのだ。

更新日12月11日

「私の伯母様も似たようなことを仰ってました。」

ちょうど彼女も同じことを考えていたらしい。
奇遇なのだがまるで彼女と以心伝心のようでちょっぴり嬉しかったが、
その言葉を聞くと僕は内心穏やかではいられなくなる。
その感情の変化が表にも現れているのか、桑原さんは嗜虐的に口角を上げ、
発言した彼女ではなく何故か僕の方を見て

「伯母さん、八頭美枝子さんのことですか?」

と言った。

あの人のフルネームなど知ったことではないが、
彼女の伯母さんは以前一時期だけ一緒に研究をしていたことがある。
だがあの人は論文発表という重要な場面で僕達を罠に嵌め、
『ケフィア』ごと貶めようとした僕の中では最も許せない人物だ。
あのけばけばしく派手な衣装に身を包んだ大柄な女性を思い出すだけで、
右足の古傷がズキズキと痛み出す。

「あの人と似ているというのは少々心外ですが、
 美枝子さんとはそんなに知らない仲ではありませんのでね。
 私がここに来て初めて受け持った契約者が、八頭美枝子さんでした。」

これには驚いて僕と彼女は一斉に目を見開いた。
桑原さんは「そんなことも知らなかったのか」と言わんばかりに鼻を鳴らす。

「元々は彼女の父親が前身の契約者でしてね、
 お亡くなりになられて美枝子さんに引き継いだのと同時期に私に担当が回ってきたのです。」

時々、桑原さんと研究のことについて話し合うのだが、
僕以上に専門的な知識が豊富で面食らっていたがこれでようやく合点が入った。

「美枝子さんは大変気性が荒い人でしてね、
 何かと意見が衝突する度にすぐ激昂して大変でした。
 私もまだまだ若い時分でしたからお互い引くというのを知らなくて、
 とにかく反りが合いませんでしたよ。」

あの人の性格から察するに桑原さんと反発し合うのは火を見るより明らかだ。
一緒に研究していた時に学会のことを良く言わなかったのは、やっぱりこの人が原因か。

「それでも私は美枝子さんの事は評価してましたがね、
 如何せん報告してくる研究結果が芳しくない。
 私も研究を手伝ったり当時の上役に掛け合ってもみましたが、
 当学会の示す基準をクリア出来ずに私が担当をして
 二年目の論文発表会で彼女の団体は契約破棄の通告を受けてしまったのです。」

二年前の夏、論文発表会の控え室で悲痛な表情を浮かべながら
当時の話をしていたあの人を思い出し、今それと似たような表情をしている桑原さんを見て、
この人達の間に何があったかは知らないが、そこに頑なな連帯感があった事だけは窺えた。

「ですから時を経て姪である原さんの担当に就くことになったのも、
 また一つの不思議な因果なのでしょうね。」

いつもむちゃくちゃな量のレポートの提出を催促する桑原さんだが、
サディスティックな顔の裏側には僕達を支えれるために
奮闘している一面も隠されているのかもしれない…。

「まぁ、もっとも私は美枝子さんといい八頭君といい、
 あなた方の家系の人達はどうも好きになれませんがね。」

それはあくまで都合の良い解釈であって、結局実際はこんなもんだが。
何がこの人の本心なのかまったくもって掴み所がない。
今日の話が全部本当という確証もないし逆も然り。
ここまで人を食ったような性格なのには感服してしまうし、頭の切れ味は一級品だと思う。
でもそれらを踏まえてなお、僕がこの人に対して思うことは

「さて、昔話も飽きましたし私もあなた方とは違って忙しい身分です。
 そのカップも空のようですし、どうぞ今日のところはこれでお帰り下さい。」

本人曰わく諦観の笑みを浮かべ入り口を指差す桑原さん。
やっぱりこの人はどうにも好きになれない。

「最後に一つ宜しいですか、桑原副会長?」

憤然と席を立とうとした僕の隣で彼女が口を開く。

「伯母様の所在は…つかめないのでしょうか?」

たった今話題に上がった人物の名前を出して彼女は尋ねた。
同じ罠に嵌められて憎らしくしか思わない僕とは違い、彼女はさほど憤りは感じていない。
普段は僕に気を遣って伯母さんの話は慎む彼女だが、
やはり何処かにいるであろう肉親の安否が気になるようだ。
両親を亡くした彼女にとっては数少ない家族の一人なのだろう。
恨むに恨めなくて当然か…。

「以前もお話しましたが、我々の仕事はあくまであなた方研究者のサポートです。
 身辺警護が必要となくなった今、美枝子さんの捜索は当学会の管轄外です。
 そういうのは探偵にでも頼んで下さい。」

力強い瞳を携える彼女を真っ直ぐに見据えて、桑原さんは無碍もなく言い放った。
その返答に彼女は力無く静かにうなだれる。
やっぱりこの人は嫌いだ。もう少し言い方ってものがあるだろうに。
伯母さんに味方するわけではないが、これでは彼女が可哀想だ。

僕は彼女の手を取って立ち上がらせると、挨拶もそこそこに退室しようとした。
ドアノブに手をかけた時、桑原さんが背後から

「第二回目の会議は来月の18日です。欠席しても構いませんのでご一報下さい。」

と声を掛けた。僕は眉間にシワを寄せ振り向くと

「もちろん出席させて頂きます!」

と即答して副会長室を後にした。

あれで諦観の笑みなのかと疑いたくなるほどに粘着質な微笑を浮かべた桑原さんを残して。




↓桑原さん「これを押すことで自己満足に浸れる人間が一人はいるのです。
             浸らせてあげましょうか?」

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00:37  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(5)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

桑原さんの過去、気になりますね~!
要人さんの奥さん、辛口ですね(汗) けどきっと経験重ねれば大丈夫ですよ!たぶん…
私も指導者向きではないので何とも言えません凹
夢 | 2008年12月06日(土) 17:23 | URL | コメント編集

>>夢さん
辛口どころか毒舌です。
それでも全く凹まない自分の方が驚きですけど><
要人(かなめびと) | 2008年12月06日(土) 23:12 | URL | コメント編集

奥さんあっての要人さんですね!
桑原さんの意外な過去…彼にも悩み苦しんだ日々があったのですね(涙)
今日の忘年会、思う存分楽しんできて下さいね。 けど、飲み過ぎには注意ですね。
夢 | 2008年12月09日(火) 11:39 | URL | コメント編集

桑原さんの過去を堪能致しました^^
この人の性格が歪んでるのも、うなずけました。
アマデウス×サリエリですかwああ、邪な妄想が~
この人のことが益々好きになりましたwwてか、主役はだれ笑
桑原さんに平伏して、ぽちぽちぽち♪
momokazura | 2008年12月10日(水) 02:31 | URL | コメント編集

>>夢さん
忘年会楽しかったですけど飲んでないですよ。
私、外ではお酒が飲めないので嫁さんの運転手でした。
明日あたりに行くと思いますので宜しくお願いしますね♪

>>momokazuraさん
最近桑原さん大活躍で素子の影が薄いのなんの。
本当に主役が誰だか忘れる時があります。
応援ありがとうございます♪
要人(かなめびと) | 2008年12月10日(水) 06:32 | URL | コメント編集

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