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2008'10.09 (Thu)

「ヨーグルト…ケフィア…。最早どうでもいいのです。」 第九章


【More・・・】

西日は茜色に染まり、日に日に間隔を短くする夕陽が寂しげに研究室内を照らす。
そろそろ照明を点けても差し支えのない時刻ではあるが、
私は気にも留めず黙々と実験用機器の間を行ったり来たりしていた。
しかし…こうやって眼鏡を外し髪を後ろに小さく二つに束ねるとまるで中学生の頃を思い出す。
こうして誰もいない研究所の中を余計な事など一切考えずに、
ただ『ケフィア』を完成させたい一心で研究に打ち込んでいた。
あの頃は本当に研究の事しか頭に無くて食事すら満足に取らずにいたものだ。
三日間何も口にせず動いていて、眩暈と共に転倒した時には少々驚いたが。
あの時には冷蔵庫の中にあるサプリメントや果物を慌てて口に詰め込んだのを覚えている。
まぁ、今となっては良い思い出だ。
それが高校に入学してから、突発性過醗酵エネルギーに欠かせない
醗酵抑制物質の保持者である彼に出会い、生活も研究も途端に一変した。
毎日文句も言わずに放課後我が家に通い、研究を手伝う傍ら食事の面倒まで見てくれた。
彼と過ごす夕飯の時間は私に温もりと安らぎを与えてくれた。

そこまで考えて、私は頭を左右に振りながら溜め息をついた。
今は彼との思い出が胸に痛い。
私は目の前の実験器具のディスプレイから窓の外に視線を移す。
真っ赤な夕焼け空が目に刺さるが眼鏡に慣れた視界はぼやけているだけだ。
そんな焦点が合わない風景を見つめ、また無意識に私は彼の事を思っていた。

…彼らは今頃何をしているだろうか?

私の頭の中に先ほどの彼女の言葉が浮かんだ。


「一度だけ…。たった一度だけでいいの。誠一くんとデートをさせて…欲しいの。」


その言葉と同時に、これまで見たことのない彼女の真剣な表情を思い出した。
普段の柔和な態度はどこにも見当たらなく固く口を引き締めた凛とした顔。
同じ女性として、本気で美しいと思ってしまった。

私はディスプレイに視線を戻す。
相変わらず視界はぼやけているが幸いディスプレイに表示された数値は判別出来る。
私はそのデータをバインダーに挟んだ用紙に記入する。
微かに手が震えて上手く字が書けないが、読めない程ではないので気にせずに記入し続ける。

あの時に断るという選択もあったはずだ。
いや、当初はその考えが大半を占めていたのである。
しかし、私の心に巣くったどす黒い感情が次々に疑問を投げ掛けてきた。
彼女のお願いを無碍に断っていいのか?
この機会を逃したら研究が進まないのではないか?
断ったら彼女は研究から離れるのではないか?
彼女無しに研究を進められるのか?
彼女の機嫌を損ねたら桑原氏にも反感を買うのではないか?
そもそもお前に断る権利があるのか?
お前は断れる程に彼を独占しているつもりか?
お前は彼と釣り合いが取れていると思ってるのか?
本当に彼のパートナーに相応しい女なのか?
彼女の方が彼のパートナーに相応しいんじゃないか?
悪魔のような囁きと同時にソレは私の自尊心も刺激するため、高らかと演説を始める。

「科学者というものは真理の探求にこそ純粋であるべきである!
 目の前に可能性があるならば他の何物もかなぐり捨て去り手を伸ばすべきではないか!
 科学の進歩に犠牲は付き物!ましてや個人の感情など最も矮小であり範疇外!
 崇高たる科学と同じ天秤に掛ける事すらおこがましい!
 そんな脆弱な精神で科学を語るなど片腹痛いわ!」

そして私が生み出したソレは声を潜め背後から問い掛けた。

「あなたはお父様とお母様の意志をここで絶つつもりですか?」

その一言が私を堕とした。
堕ちながら見たソレの姿は、無表情で無愛想で卑屈な目をした私そのものだった。
気付けば私は首を縦に振り、彼女に承諾の意思を表していた。


私はバインダーに数値を記入し終えると次の実験器具の点検に移動しようと振り返ったが、
その時に隣の器具から伸びていたパイプに頭をぶつけた。
一瞬、目の前に星が飛び散り私は額を抑えうずくまった。
まったく、眼鏡を外すと視力だけではなく距離感まで失われるものなのか。
そういえば私に眼鏡をするように進言したのは彼だった。
あれは確か高校一年の冬先だったか、初めて安定した視力で彼を見た時の
胸の高鳴りといったら忘れられない。
つい耐えきれずに眼鏡院を飛び出すほどに。
思えばあれが初めて彼を意識した瞬間だった。
私は額をさすりながら立ち上がり次の器具のディスプレイをチェックする。
正直そんなに急いで実験をする必要性はない。
小休止でも挟みながらやればいいのだ。
しかし私の体に染み付いた研究に食らいつく姿勢は緩む事を知らなかった。
私は以前伯母様から言われた言葉を思い出していた。

「科学が人類にもたらしたものは何?精々破壊と殺戮でしょ?科学の衰退こそ一番の平和よ。」

私は今でもこの意見には全く賛同出来ない。
しかし科学を追い求めた先に本当に何が待っているのだろうか?
私は科学者としてお父様の意志を継ごうとこれまで様々なものを犠牲にしてきた。
それを知ったのはごく最近の事なのだが、以前まではそれでも一向に構わないと思っていた。
だが、それに気付くきっかけをくれたのは野原苺だった。
彼女を魅力的な女性に仕立てたのは見目麗しい容姿だけではなく、
内面から光る豊かな感受性や社交性といったものだった。
これまで私が必要ないと放棄し見向きもしなかったものだ。
彼女に久方振りに会った時に私が感じたのは敗北感。
私が彼女と向き合う時にいつも苛まれていた感情である。
そして今日、私は最大の敗北を喫した。
それは彼女につけられた敗北ではなく、自分自身につけた敗北である。
私は逃げたのだ。
彼から、彼女から、自分から。

デートと言っても彼が私から離れるわけでもないし…。
研究が進展するためならば彼だって喜んでデートをするだろうし…。
そもそも恋愛感情など一時期の気の迷いでしかないし…。
散々な言い訳を振り撒いて私は逃げたのだ。
そして私の敗走はここで止まらない。
私は研究からも逃げる事にした。

ちょうど今、行っている実験は彼女が解明したケフィア菌のデバイスの
理論の証明をするための実験だ。
さほど時間は掛からない。多分今日中には終わるだろう。
それが終わったら、私は研究を手離す。
伯母様の言うとおりなのかも知れない。
真理を追い求め何かを得ようともがいた結果、私は大事なものを自ら手離してしまった。


五つの実験器具の点検を終え、試験用薬品の調合を行うため手近な台にバインダーを置く。
すぐに次の行動に移ろうとした私の体が一瞬躊躇した。
私はバインダーが置かれた台に目をやり、溜め息をつく。
そこは私と彼が高校時代までいつも食卓として使用していた台だ。
彼が同居をしてからは研究所ではなく隣接する実家の居間で食事を取っているが、
ここの空間こそが私達の原点であり安らぎの象徴でもあった。
私はその古めかしいが頑丈な造りで出来た台を手でさする。
確か今日の夕飯は鶏肉のディアブル風だと言っていた。
肉料理は鶏肉しか好まない私が飽きないように彼はいつも趣向を凝らした調理を施す。
これまで幾多の鶏肉料理を食してきたが、どれも美味であった。
その中でも取り分けこの料理は私の大好物であり、
彼も何かある時には必ずこの料理をチョイスして作る。
例えば些細な事で口論になった時。
例えば学会に提出する面倒なレポート作成が終わった時。
例えばそれまで行き詰まっていた研究に進歩が見られた時。
口数の少ない私に合わせてか、
彼はいつもそうやって言葉の代わりに私へ気持ちを伝えてくれた。
私も彼の思いに応えるため、普段は口にしないが食後にその日の夕飯を褒める。
すると彼はこちらが逆に恥ずかしくなるほど顔をクシャクシャにして微笑むのだった。
それだけのやり取りで、私達は直接口頭で思いを伝えなくても通じ合っていられた。
私達にとって食事とは無言の会話を楽しむ時間でもあった。

しかし、それも今日で終わりだ。
最後の晩餐には相応しい献立かも知れない。

以前は食卓だった思い出がたくさん詰まった台をさする私の手が震える。
今まで思い出す事もなかったのに、
これまでの彼と過ごした時間が次々と脳内で再生されていく。
瞳を閉じるとこれまでの日々が浮かび上がってくる。

入学式の日に初めて出会った時に交わした挨拶。
目を丸くする彼に『ケフィア』の事を打ち明けた放課後。
彼が初めて作った夕飯。
まだ試験段階の『ケフィア』が暴発して腰を抜かした彼。
研究が完成してここに来る理由を失った時に見せた寂しげな瞳。
そして『ケフィア』が兵器に利用された事を知り、
失意の末に取り乱した私を優しく抱き締めてくれた夕暮れ。
あの時ほど彼の存在に感謝した事はない。

再び始まった研究の日々。
『ケフィア』の汚名を返上すべく邁進しながらも芽生え始めた彼への恋心。
意を決した彼への告白。
しかし何故か失神されてしまい茫然とするしかなかった。
伯母様が研究に参加したのもちょうどあの時期だった。
それがまさかあんな形で裏切られようとは夢にも思わなかった。
だが、それでも彼は挫ける事なく私を救ってくれた。
医務室で見た彼の右腿に突き刺さった生々しい傷痕。
自分がどれだけ人に守られて生きているか、まざまざと思い知らされた。
しかしそんな私を好きだと言い抱き締めてくれた彼。
この人に一生ついていこうと誓った。

それから間もなくして初めて彼のお母様に会う。
気性は荒いが情に厚く清々しい女性だった。
オシャレに目覚めたのも桑原氏との交流が頻繁になったのもちょうどこの頃か。
彼はとにかく桑原氏に対して反発わしてばかりだったが、
あの副会長にもだいぶお世話になったものだ。
そして長かった受験期間を経て東大入学。
同棲生活のスタート。
順風満帆な毎日で私達の仲を阻むものなど何もないと思っていた矢先に、
野原苺と出会ってしまった。
私の小学時代の同級生であり彼の初恋の相手。
その時から順調に回っていたはずの歯車は狂い始めていた。
日に日に募る焦燥感。
彼への猜疑心。
醜くく肥大する独占欲。
そして、彼女と交わしてしまった取引…。


私はそこで目を開き台から手を離す。
色々な事があったが、本当に幸せな日々だったと思う。
彼と過ごせたこの三年あまりはまさに夢のような時間だった。
後悔がないと言えば嘘になる。
しかしそれでも今の私にはこれ以上何かを抱えて生きる事が出来ない。
研究も彼も、これまで私を支えてくれたものに決別を告げなければ、私は次に進めない。

…違う。言い訳だ。
結局は逃げたくなったのだ。自分自身を傷付けない為に。
これ以上研究を続けて野原苺との差を見せ付けられるのは、自尊心が耐えられない。
彼がいつか野原苺に傾くのを目の当たりにしたくなくて、
譲るふりをして体良く去ろうとしているだけ。
全てわかっている。それでも私は逃げる事を決めた。
この研究所はそのまま彼に譲ろう。
大規模な実験以外ならば大いに役立つはずだ。
建築物の所有権は私にあるので文句を言う人はいないだろう。
大学も辞めてしまおう。も
もともとどうしてもと望んで進学した訳ではない。
お父様との約束を果たしただけの事。
あのキャンパスに未練は微塵も無い。
そうなると学会との契約も解約になってしまうが、
きっと野原苺の父親あたりが彼を拾ってくれるはずだ。
何やら気に入られているようだし。
それに桑原氏にも目をかけられている位だし、
彼ほど優秀な人物ならば論文の一つでも書けば学会と契約出来るのではないか?

私は…どうしようか。
そうだ。ハワイにいるお祖父様とお祖母様のところにでも居住させて頂こう。
幼い頃から面倒を見てもらっているので拒みはしないはずだ。
南国の風に当たりしばらくはゆっくりと過ごしたい。
そういえば以前、お母様にサーフィンを教授してもらった事があった。
元来の運動音痴でなかなか上手く出来なかったが、あれはあれで楽しかった。
手習いとして始めてみるのも良いかも知れない。

そんな事を考えながらまた一つ溜め息をつき、天井を仰ぐ。
そうしないと涙が零れ落ちそうだったからだ。



その時、後方にある扉が急に鈍い音を立てて開いた。
この研究所には玄関などなく、鉄製の扉を開くとすぐに
複雑な造形をした実験用器具達が出迎えするかたちになる。
驚き振り返ると、そこに居たのは彼だった。
帰りに駅構内にあるスーパーマーケットで買い物を済ませてきたのか、
右腕には食料品が入った袋を抱えている。
低い声で「ただいま」と言うといつもの歩調で私に近付き、
手元にあるバインダーに目を落とした。
普段通りの柔和な表情だが鋭い目つきでバインダーに記入された文字を凝視する彼。
私は頭の中が真っ白になり、ただ目をしばたかせるのが精一杯だった。
一通り目を通し終えたのか書面から目を離した彼は
そんな私の様子を見て不思議そうに首を傾げたが、
小さな溜め息をつくと壁に掛けてある白衣を羽織ると先ほどの私と同じく
無言で実験用器具を操作し始めた。
私は疑問符で埋め尽くされた頭を現状把握するためフル稼働させた。


確か彼が出席した講義が終わるのが4時近くだったと記憶している。
その後に野原苺と接触をしたとして共に連れ立ち夕食でも喫して帰宅したとしても、
おおよそ9時くらいになるだろうと予測していた。
よもや今夜は帰って来ないかも知れないと覚悟はしていたが…。
現在の時刻は6時前。
こんな早くに帰宅して来るとは思いもよらなかった。
何が何やらさっぱり掴めない。
もしかして彼女とすれ違いになり会えなかったのだろうか?
せわしなく器具の間を行き来している彼に問い掛ける。

「…野原苺に会わなかったのですか?」

立ち止まり目を大きく広げ私を見る彼。
私の声が若干震えていた事に驚いたらしいが、しばらく考えた後、

「いや、まぁ会ったよ。だからこうしてるんじゃないか。」

と軽く手を広げて見せた。
私の中の疑問符が倍増する。
ますます謎が深まってしまった。
会って話をしたのならば何故にここにいる?
私に宣言をしておきながら、もしや彼女はデートに誘わなかったのか?
だとしても今の彼がしたゼスチャーの意味が不明過ぎる。
私の沈黙を問いに充分な答えをしたのだと判断したのか、
彼は身を翻すと再びあちこちの器具の操作する作業に戻った。
私としてもただ突っ立っているだけでは埒が開かず、深呼吸をしてもう一つ質問を投げかける。

「…デートの件はどうしたのですか?」

かなり核心を突いた質問だったので言葉を発してしまった後に心拍数が急上昇し始めた。
しかし彼はこの問いに対して、先ほどよりも更に驚きを露わにして私に目を向ける。
既に脳内がパニック状態の私を、彼は口をパクパクさせて目を白黒させて凝視する。
一体全体何がどうしたというのだ?
すると彼はジーンズのポケットをまさぐると中から携帯用情報端末機を取り出す。
あれは確か彼がスケジュール管理や簡単な情報処理で使用するものだ。
首を傾げながらタッチペンで端末機を操作しながら
「おかしいな…」と呟くと彼は困惑した表情を浮かべ

「今日、デートの約束なんてしてたっけ?」

と問い返した。


私は呆れのあまりに何も答えられなかった。
彼は何を勘違いしているのだ?わざと言ってるのかとも怪しんだ。
混乱も頂点に達した私はまだ端末機の操作に執心している彼に近付き、やや語調を荒げ言った。

「ですから野原苺とのデートはどうしたのかと聞いているのです!
 先ほどお会いしたならばその話をしたはずでしょう!?これ以上私を悩ませないで下さい!」

一気にまくし立てたせいで息を切らした私に対する彼の答えは、
私以上に混乱した様子の表情だった。

「ちょっと待ってよ!?なんで僕が野原さんとデートしなければいけないのさ!?
 一体何の話をしているの!?」

驚愕が更なる驚愕を生んでいく。
私と彼は鏡写しのように眉をひそめ首を傾げて向き合っていた。
どうやらお互いの認識している事の齟齬が尋常ではないらしい。
私達は一つずつ事実を照らし合わせる事にした。

「あなたは午後の講義が終わった後にどこへ行きましたか?」

「実験棟の研究室に戻ったよ。
 そしたら野原さんが居て、大事な話あるからって休憩スペースに一緒に行ったよ。」

「そこでどんな話を聞かされましたか?」

「ケフィア菌のデバイス解明の解説に決まってるじゃん!
 僕より先に君へも話した、って野原さんが言ってたよ。」

「それだけ、ですか?」

「それだけさ。で、これは急いで理論証明の実験をしなきゃと思ったら、
 君は家に帰ったって野原さんが言うから超特急で僕も戻ってきたのさ。
 なんでわざわざここに戻ってきたの?実験棟の研究室でも良かったじゃん。」

「本当にその話しか聞いてないのですか?」

「はい。それだけです。」

「…デートの件は?」

「だから!そのデートってのが一番意味不明なんだけど!何なのそれ?」

彼の態度からはとても嘘を言っているような素振りは窺えない。
…なんという事だ。野原苺は彼にデートの話をしていないのだ!
私の心の底に微かな喜びが湧いたが、それにしてもおかしい。
彼女が彼に伝えないという事は取引は成立しないではないか?
一方的にこちらが得をして終わったという形になる。
彼女はそれで良いのか?
それに私の気持ちもどうなる?

「あのさ、僕の知らないところで何か起こっているらしいけど、ちゃんと説明してくれない?
 訳分からなさ過ぎるんだけど。」

憮然とした表情を隠す訳でもなくそう言った彼。
確かに当の本人が蚊帳の外では面白くないだろう。
私は小さく頷くと、事の顛末を簡潔に説明した。
本来ならばこんな事を説明したくなかった。
彼がデートから帰ってきたら別れを告げて全てを終わらせる予定だったのに…。



「…何だよ、それ。」

始めは相槌を打ちながら話に耳を傾けていた彼だが、次第に表情が曇り始める。
明らかに不審な眼差しで私を見つめながら彼はもう一度「何だよ、それ」と吐き捨てた。

「確かに彼女が持ちかけてきた話に応じれば、
 いや応じなければ今後の研究にかなり不利が生じるだろうね。
 でもさ、君の彼氏である僕の立場はどうなの?」

本当は沸々と怒りがこみ上げているだろうに、
憤りを抑えながら淡々とした口調で抗議をする彼。
もちろん彼の気持ちを考慮しなかった訳ではない。
野原苺がデートに誘うのは、言ってしまえば彼女の自由だ。
だが選択権は彼にある。当然といえば当然過ぎる話である。
それに彼ならば必ずそう言うだろうと予測していた。
誰よりも一番に私の事を思ってくれている彼である。
自惚れではないが、彼に誰よりも愛されている自信がある。
彼が彼女の催促に応じる可能性などゼロに等しい。
例えそれで研究に滞りが生じようとも、誠実で生真面目な彼ならば断るだろうと思っていた。
しかし、そこまで分かっているのに、私は彼を見捨てようと思った。

いや違う。捨てられるのは私だ。

「科学の躍進の為には多少の犠牲は付き物です。
 ましてやたかだか一度くらいのデートが何だと言うのですか?
 それで『ケフィア』に新たな可能性が生まれるならば安いものです。」

強情な彼の事だ。
自分の意志の中に一欠片でも否定的な感情があれば全力で拒否をするだろう。
逆を言えば、私がどれほど堕落しても一欠片でも思う気持ちがあれば
全力で私を救い上げるはずだ。
彼は優しい。そして強い。
故にこちらも全力で断ち切らねばならない。

「それに野原苺とデートが出来るなんて幸運な事なのですよ?
 彼女は同性の目から見ても非の打ち所がない素晴らしい女性です。
 せっかくのチャンスをわざわざ見逃すのはあまり感心出来ませんね。」


私はもう彼の側にいる資格はない。
彼女の取引に応じた瞬間、その権利を失ったのだ。
だからせめて私に出来るのは、
彼が自分を責める事なく私との縁を切るお膳立てを用意する事だ。
己の責任感に苛まれ、傷付かないように。

「彼女は良家のお嬢様です。
 野原家と良い関係が築ければ今後の研究に大いに役立つでしょう。
 あなたも大学内の研究室などではなくもっと規模の大きい施設で
 自分がやりたい研究に従事したいとは思いませんか?」

いや、私が一番傷付かないように守ろうとしているのは自分の気持ちだろう。
いつか彼が野原苺になびくかも知れないと在りもしない妄想を信じ、
それが現実になるのを恐れ、傷付く事から逃げようとしているのだ。

「そうです。良いことを思い付きました。
 オファーの件はニッサンゼネラルモーターズにしましょう。
 あちらの責任者は彼女のお父様ですので野原家とのコネクションもより強固になるはずです。
 それに彼女と共有する時間が増すでしょうし。良いこと尽くめですね。」

私は馬鹿だ。愚か者で卑怯者だ。何が良い事尽くめですね、だ。
そんな事は微塵も思っていないくせに、よくもまぁぬけぬけと言えたものだ。
私は嘘と欺瞞の言葉で自らを固めている。
これ以上、自尊心が崩れ落ちないように。
先程まで憤りを浮かべていた彼の表情に今は何の感情も窺えない。
恐々と彼の瞳の奥に隠された気持ちを探ろうとしたが、私は目を反らす。
彼との決別を心に言い聞かせたはずなのに、
いざその場面になると一歩が踏み出せないものだ。
簡単に手離せるものではない。
それだけ彼は私にとって大切な存在だったのだ。

日がだいぶ傾き、窓から差し込む夕陽は朱色の濃さを増す。
無言のまま立ち尽くす私達に太陽は一日の終わりを告げる。
真っ赤に染まった研究所に伸びる影二つ。
沈黙が支配する中、先に口を開いたのは彼だった。

「…それで、君はどうするの?」


私を真っ直ぐ見つめながら問い質す彼。
私の言い訳に対する反論はない。
あるのかも知れないがそれより先に彼は事実確認を優先する。
本来ならば私の戯れ言を窘めたいだろうが、それは敢えて後回しにしたようだ。
まったく、実に冷静沈着で論理的なところが科学者らしく好ましい。
しかし、今になってはそんな意志も欠落してしまった私は、彼に正面から向き合う勇気がない。

「どうする、とは?私の今後をあなたが知ったところでどうなるとい」

「良いから答えなよ。これからどうするの?」

話をはぐらかそうとする私を強引に土俵に戻す。
彼の瞳に写るのは私を軽蔑するでも怒るでも哀れむでもなく、
ただ全てを許容する力強さに満ちていた。
…本当に彼には適わない。
普通の男性ならここまで大概は呆れるか怒りを露わにするかだろうが、彼は違った。
私の予想以上に生真面目で強情な性格なようだ。
そんな彼がたまらなく愛おしい。
そして、そんな彼にそこまで愛された自分自身を誇りに思う。
でも、仕方がない。決めたのは私だ。
私が愛した、己の命より大切だと思った彼の頑ななまでの意志を断ち切らせてもらう。

「そうですね。まずは学会と契約した権利を全て彼女に譲渡するとしましょう。
 研究を引き継ぐ相手には適任ですし桑原氏も納得するはずです。」

彼と出会ってからこれまで、私達はお互いを目に見えない糸で束縛してきた。
初めはすぐに切れそうな弱々しいか細い糸で。
しかしそれらは時が経つにつれ時には絡まりながら、時にはもつれながら、
時には引きちぎれながらも互いの心に執拗なほど絡み付くのを止めなかった。
窮屈に感じる事もあったが、どこかに繋ぎ留められている事に安らぎを感じる。
いつの間にかその幾重にも束ねられた糸は確固たる縄に成長していた。
その私達の心を結んだしっかりと太い縄を、人は「絆」と呼ぶのだろう。

「その必要はないだろ。君がここまで作り上げてきた研究だ。彼女に引き継ぐ事はない。」

その糸は記憶で出来ている。
彼と共に研究した日々。
放課後の下校時間。
夕飯のひととき。
市街地での買い物。
交わした会話。
触れ合った肌。
繋いだ手。
私の涙を拭った手。
優しく包み込む手。

過ごした時間、忘れられない記憶の数だけ糸は私と彼の心を繋ぎ留めている。


「あなたも優秀な人物の側で研究に励む方が良いでしょう?
 それともあなたが私の研究を引き継ぎますか?それも良いでしょう。
 今のあなたにはそれだけの実力を有してます。」

そして糸は記憶だけではなく交わした約束でもある。
毎日放課後に我が家へ来て下さい。
もう少し研究を手伝って頂けないでしょうか?
一緒に論文を完成させましょう。
一緒に春には大学に通いましょう。
私の事を好きでいてくれますか?

幾度となく交わした約束はそのままお互いを支配する鎖でもあった。

「そんな事はどうでもいい。僕の質問に答えてよ。これから君はどうする気?」

思いという鎖を断ち切るには決して容易ではないだろう。
特に彼は格別だ。どんなに私が自分自身を否定しようとも、彼だけは私を肯定する。
私がどれだけ悪態をつこうとも抗い続けるだろう。
今もそうだ。こんな私を見捨てようとする素振りは微塵も感じられない。

「ですから研究も契約も全て野原苺かあなたに引き継ごうという事です。
 私は金輪際研究から手を引かせて頂きましょう。」

この人はこれ以上私と関わっても何一つ得な事はない。
だから私は全力で彼を切り離させてもらう。
自分に嘘をつこうとも。
彼の人格を否定しようとも。

鋭利な刃物で傷付けた方が回復は早い。

「そんなの…冗談じゃない!今まで頑張ってきたのは何のためだったの!?
 お父さんの汚名を返上するって誓いはそんなもんだったの!?」

私は知っている。彼の頑なな意志を削ぐ方法を。
どれだけ議論を交わしたところで彼の気持ちは揺るがない。
彼を論破出来る程の達者な口を私は持ち合わせていないし、それだけの理由もない。
それでも私は知っている。
彼の追撃を断ち切る方法を。

「お父様に託された研究は既に完成しましたのできっと満足されている事でしょう。
 それにこの世から生を切り離された死者との約定など
 どれだけの価値があるというのですか?」

つまり彼に驚愕という落胆を与えればいいのだ。
こんな時にこんな顔をするのだ。彼が言葉を失うのは目に見えている。
そうすれば後は彼から無言の了承を得て全てを終わらせればいい。
私は体中の全神経を顔面の筋肉に集中させ信号を送る。

笑え。笑顔を作れ。

「『ヨーグルト』という兵器に殺された人達への謝罪はどうする!?
 『ケフィア』は君にとっての希望じゃなか…!」

そこまで言いかけて彼は目を大きく見開き口を閉ざした。
彼の瞳に浮かんでいるのは明らかに失望の色だった。
本当はこんな表情を彼にさせたくなかった。
だが私が望んだのはこんな結末だ。

しかし、誤算が一つ。
ここまで彼が明確に落胆をするとは予想外だったから。
理由はたぶん、無理矢理に笑顔を作った私の瞳から、止め処なく涙が零れ落ちていたからだ。

「ヨーグルト…ケフィア…。最早どうでもいいのです。」

私は自分が悔しくて情けなくて仕方なかった。
感情を表に出すのが極端に苦手で、愛する彼の前では微笑み一つかけられない私。
そんな私を好きと言って、いつも側に居てくれた彼を裏切ってしまった。

「もう…全てどうでもいいのです。…全て、終わりに…したいのです。」

自分の卑劣さに絶望し、醜さに怒りを通り越した悲しみが津波のように襲ってきた。
心が引き裂かれるように痛い。
涙は止まることを知らず流れ出す。
これほどまでの醜態を彼の目前に晒すのが辛くて、
辛すぎて私は両手で顔を覆うとその場にしゃがみ込んだ。
押さえ込んだ手の平の隙間からは次々に溢れ出す涙がすり抜けて私の膝に落ちる。

「…ですから、私と別れて下さい…。」



ちょうど三年前。
あの『ヨーグルト』の報道番組をテレビで見た日と同じような光景だ。
沈みかけた夕陽の残光で照らされた研究所。
嗚咽を漏らし泣きじゃくる私。
まるであの時のデジャブを見せられているようだ。
ただ一つだけ違うのは、あの日に私を介抱するように抱き締めてくれた彼は、
その体格のわりにたくましい腕を垂らして立ち尽くしている。
もっとも、彼が今どんな顔をして立ち尽くしているか、知る由もない。
…見れる訳がない。
無惨にも裏切ってしまった彼の顔を。

『ケフィア』が大量殺戮兵器として利用されたと知ったあの日も、
言葉では言い表せない程の絶望と悲しみを味わった。
あまりのショックに耐えきれずに自らの命を絶つことさえ考えた。
それでも、今の私の心痛に比べれば、あの時の方がまだマシだったと思える。
彼との決別を誓った時は、ここまで苦しい事だとは想像もしなかった。
私と彼が過ごした三年間が過去の思い出に変わり、一つの恋が終わる。
それだけの事だと思っていた。
だが実際には、体の一部を欠落するよりも辛苦を伴う事だった。
いや、本当に体の一部を欠落したのだろう。目には見えない心という部位を。
彼に別れの言葉を言った瞬間、何か鋭利な刃物で心をえぐり取られた感触を覚えた。
それはとても痛くて、思わずうずくまってしまう程に痛くて…。
だが、その痛みによって気付かされた事がある。
私の心の中は完全に彼で支配されていたのだ。
それを無理矢理に引きちぎってしまったのは私自身。
心にぽっかりと空いた穴に差し込む隙間風が痛くて、私はただただ泣き喚くしかなかった。
どんなに泣いても一度失ったものは、戻ってこないと知っていても。

どれだけの時間、泣いていたのだろうか。
日はすっかり傾き、研究所内は暗闇が支配していた。
顔を覆った私の手は涙でふやけて老婆のようにしわくちゃになっていた。
あまり声を出さないせいか脆弱な私の声帯はとうに潰れてしまい、
泣き喚こうにも荒く吐いた息がヒーヒーと音を立てるだけだった。
全身は麻痺をしたように弛緩してしまって、立ち上がる事すら出来ない。
辛うじて破錠状態にあった思考回路は回復しつつあった。
そんな私の思考回路がある感覚を捉える。
それまで微動だにせず立ち尽くしていた彼が動いた。
私は瞬発的に顔を伏せたまま聴覚神経に意識を集中させる。
私の一方的な別れ話に対する彼の答えをまだ聞いてない。
もうこれ以上、傷付く事はないはずだ。
どこまでも卑怯で身勝手な考えだが、引導は彼から渡して欲しい。

しかし、彼は何も言わず歩き出す。
足音が遠ざかったと思った矢先に研究所内に明かりが灯った。
私は恐る恐る首をもたげると、壁際の照明スイッチに手を伸ばした彼と目が合った。
その顔は、怒りを露わにしているようにも悲痛に打ちひしがれているようにも見えない、
普段通りの表情だった。
たぶん目を真っ赤に腫らし、化粧が剥がれてぐしゃぐしゃになっただろう私に構わず、
彼は私達が以前まで食卓として使っていた
大きな台にある鞄から携帯電話を取り出し操作する。
どこに電話をかけているのかさっぱり検討付かないが、
何度目かのコールの後に相手先に繋がったようだ。

「もしもし、桑原さんですか?誠一です。」

彼が電話をかけた相手は日本エネルギー開発促進学会の副会長 桑原氏であった。
何故に今、桑原氏に電話をする必要があるのか理解出来ず、
呆気に取られるばかりの私を余所に彼は会話を続ける。

「はい、はい。それは野原さんから聞きました。
 いえ大丈夫です、ですからそれは報告書に添付しますって。…は?
 ……チッ。いえ、違いますよ。舌打ちなんてしてませんって。
 ところでわざわざ桑原さんに電話をした要件はオファーの事で
 …はい、決まりました。」

私の体に電流が走る。まさか彼の口から桑原氏へ伝える事になろうとは。
オファーの話ということは、ニッサンゼネラルモーターズと正式に結託をするという事か。
…いや、それでいいのだ。
本来なら契約者である私から桑原氏に伝える予定だったが、
これが彼からの返事と受け取れなくもない。
私はもう一度うなだれ、最後の審判に耳を傾けた。

「はい。環境庁と共同で発電所を建造したいと思います。
 はい、もちろん彼女の意見ですよ。先方にもそのように伝えて下さい。では。」


電話を切った後にディスプレイに付いた皮脂が気になるのか袖口で丹念に拭いた彼は
胸ポケットに携帯電話を押し込んだ。
そして呆気に取られて開いた口が塞がらない私に向き直り言った。

「僕は責任を取らなきゃいけないんだ。」

男らしい低くよく通る声が研究所内に響き渡った。

「あの三年前の日、本当はもう研究なんかしたくなかった君を
 無理矢理に引き留めたのは僕だった。
 そして論文発表会の時だって、そのまま睡眠薬で寝てれば全て終わりに出来たのに、
 調子に乗って論文を君の代わりに発表しちゃったからまた君を研究に縛り付けてしまった。」

さも済まなそうに眉を下げて目を閉じる彼。
私は口を引き結びしげしげと彼の態度を観察する。
この人は何を言わんとしているのだ?

「僕、知ってたんだよ?君が昔から研究なんか辞めたいって思ってた事。
 でも、君は責任感が人一倍強いからね。
 無理をしているのは分かっているよ。
 だから今回が辞める良いきっかけだって直ぐに思ったよ。」

違う!と反論したかったが、先ほど散々泣き叫び過ぎたせいで声が出ない。
音量をミュートにしたテレビのように口だけパクパクと動いた。
必死に喋ろうとするが声の出し方を忘れてしまったみたいに、口からは何も音が発しない。
彼はそんな私を気に掛ける事なく話を続ける。

「これまで無理に研究を続けさせてごめんね。
 君は今まで本当に頑張ってきたと思う。だから良いんだよ、研究を辞めても。
 後は僕が引き継ぐから。君を研究に縛り付けた責任は僕自身が取るよ。」

彼は何を勘違いしているのだ?
しかも何だ?その三文芝居は?
私は彼のせいで研究を続くなければならなくなったなんて、一度も思った事がない。
もちろん彼からもそんな責任を負ったような素振りは微塵も感じなかった。
他人に鈍感な私と、嘘をつく事が苦手で生真面目な彼が
四六時中一緒にいて気付かないわけがない。



「研究の引き継ぎはたった今、行われた。
 この『ケフィア』こと、突発性過醗酵エネルギーの研究の総責任者は僕になった。
 だから手始めにオファー先は勝手に決めさせてもらったよ。
 僕ね、新エンジン開発なんて小さいものよりも、発電所のような
 でっかい事業の方が性に合ってるんだよね。
 やっぱり男の夢はでっかくなくっちゃ!」

腕を組み自分の言ってる事に納得をしているのか、彼は喋る毎にうんうんと首を振る。
その仕草がどことなくぎこちない。

「あとついでに桑原さんにお願いして野原さんを研究から離してもらおうかな?
 僕、本当は独りでじっくりと研究する方が好きなんだよ。
 うん、そうしよう。あ、ついでにこの研究所も僕が貰うよ。
 最新鋭の機材がある実験棟も良いけど、
 やっぱり使い慣れた機材があるここの方が落ち着くんだよね。」

彼は腕組みを解かないまま室内を迂回し演説を続けたが、
「でもね、一つ問題がある。」と、人差し指を額に当て言った。

「この『ケフィア』の研究に不可欠な要素が二つ。
 それは僕が保持している『醗酵抑制物質』と君が保持している『抑制分解因子』だ。
 いくら無限増殖に成功しているといっても、やっぱり元になる物質がないと
 進まない実験もあるからね。
 そこで一つ提案があるんだけど、君、僕の助手にならないか?」

彼はそのまま壁面に陳列された戸棚に近付くと500mlのビーカーを取り出し、私に差し出した。

「助手といってもそんなに大した用事じゃない。
 定期的に君の体液を提供して欲しいだけ。まぁ、ほとんど毎日になると思うけどね。
 それと大学の実験棟に呼び出す時もあるだろうけど勘弁してよ。
 もちろんタダとは言わない。朝食と夕飯くらいはご馳走するからさ。どう?」

更新日10月23日

そこまで聞かされて私は特段に大きな溜め息を吐いた。
まったく彼がここまで大根役者だとは思いもよらなかった。
らしくない態度に棒読みな話し方。
それに、セリフに合ってない思い詰めた真剣な眼差しと
差し出したビーカーを持つ手の震えが、大根っぷりに拍車をかけている。
私は自分の眉間に指差し口を開いた。

「自分で気付いていないと思うので教えて差し上げましょう。
 あなたは嘘をつくときに必ず眉間にシワを寄せる癖があるんですよ?」

喉がかすれて上手く喋れないが何とか声は出るようになったようだ。
私の指摘に彼は慌てて額に手を当て眉間を隠したが、
すぐにハッと息を飲むと悔しそうに微笑を浮かべた。

「…嘘だね。僕にはそんな癖ないはずだもん。」

「それはそうです。それは私の癖ですから。」

そう言って私は眉間にグッと力を込める。
喜怒哀楽を表情に出すのは苦手だが、これだけは得意だ。

「それも嘘でしょ。君にそんな癖があるはずない。
 僕は君の事なら誰よりもよく知っていると自負しているよ?」

「でしょうね。だからこうして眉間にシワを寄せているのですよ?」

その一言がよほど可笑しかったのか、彼は小さく吹き出すとそのまま声を上げて笑い始めた。
私も彼につられて笑っ…たら良かったのだが、
あいにく私はそこまで融通が効く性質ではない。
いつもの仏頂面を提げているだけだ。
しかし、今の彼にとってはこちらの方が安心するのではないだろうか?
こういった場面では普段通りが最も望ましい事を、私は知っている。
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06:13  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(29)  |  EDIT   このページの上へ

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 | 2008年10月09日(木) 20:40 |  | コメント編集

>>↑さん
でも素子はもっとずるいことをしたんだと私は思ってます。
それはおいおい読んでいって頂ければ・・・。
要人(かなめびと) | 2008年10月10日(金) 06:00 | URL | コメント編集

ああ…こうやって素子は内側から崩れていっちゃうんですね……どんだけの物語を見ても、読んでもこの様なシチュエーションは苦手です…悲しくなってしまう(T_T) 素子、早く立ち直ってくれ~!
猫 | 2008年10月10日(金) 23:15 | URL | コメント編集

>>猫さん
私も書いていて苦手でしたよ、こういう場面って。
でも心を鬼にしてちゃんと書き上げました!!
要人(かなめびと) | 2008年10月11日(土) 06:06 | URL | コメント編集

予想大ハズレ><逃げでしたか~^^;
ここで一発、誠一くんからのリアクションが
欲しいところですけど…応援ポチ♪
momokazura | 2008年10月13日(月) 01:20 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
やっと誠一の登場です♪
さてはて、どうなることやら><
応援ありがとうございます♪
要人(かなめびと) | 2008年10月13日(月) 05:59 | URL | コメント編集

苺ちゃん、この場で交換条件を出すなんて許せませんね(怒)
素子ちゃんは1人で決めちゃう子なのかな?まぁ、それは良しとして…けどこの場合は誠一君との問題でもある訳だから、素子ちゃんが勝手に決めれる事でもないような気がするけど。  
誠一君はどう出るんでしょうね? 先が気になります。
それよりも、素子ちゃんがしたもっとしたズルイ事が何なのか気になるんですけど!
夢 | 2008年10月13日(月) 06:47 | URL | コメント編集

やっと小説完成しました……
厚かましいとは思っているのですが、前々から頼んでいた批評をお願いできますか?

そukyouousaアトマークyahoo.co.jp

そをso アトマークを@に変換してメール下されば、パス送りますので

締切を越えたらケフィアゆっくりと読ませてもらいます^^;
蒼響黎夜 | 2008年10月14日(火) 00:46 | URL | コメント編集

>>夢さん
素子は苺ちゃんの取引に応じてしまった自分に一番ショックを受けてしまったのですよ。
確かに誠一がデートに応じるかどうかは本人次第なんですけどね。
他人に裏切られるより自分が裏切ったほうが傷付くときってありますよね><

あ、来週にでもカットに行きます♪


>>蒼響黎夜さん
遂に完成したんですね!おめでとうございます!!
もちろん読ませて頂きますわ♪早速メールします♪
要人(かなめびと) | 2008年10月14日(火) 06:05 | URL | コメント編集

満点じゃなくていい。
もっと甘えていいのにね。
続きを待ってます。^^
みい | 2008年10月15日(水) 07:30 | URL | コメント編集

素子ちゃん、もっと素直になった方がイイような…

来週、お待ちしてますね。
夢 | 2008年10月15日(水) 09:48 | URL | コメント編集

う~ん、なかなかしんどい内容ですね^^;
一度芽生えてしまった不安は、
そう簡単にはなくならないってことでしょうか?
続きお待ちしてますw応援ポチ♪
momokazura | 2008年10月15日(水) 23:18 | URL | コメント編集

>>みいさん
意外と素直に甘えるのって勇気がいることなのかもしれませんね。

>>夢さん
本当にそう思いますよ、って私が言える立場じゃないんですけどね><

>>momokazuraさん
素子の中では誠一との決別は頑なな意志だから簡単に変えることが出来ないのですよ。


*あんまり書くとネタバレっぽくなるので短めの米レスですいません。
要人(かなめびと) | 2008年10月16日(木) 05:48 | URL | コメント編集

もぉ…素子ちゃん、何て言うか…じれったいですねぇ。
誠一君は冷静ですね~。 いやぁ、誠一君のような人が近くに居たらイイなぁ…なんて、ちょっと考えてしまいました(笑)

私も昨晩から頭痛が! それも全頭部なんです(泣) おそらく、貧血によるものだと判断し、先ほど栄養剤を飲んでみました。
お互い体調には気をつけましょうね~。
夢 | 2008年10月17日(金) 09:23 | URL | コメント編集

>>夢さん
素子THE☆錯乱状態ってところでしょうか?
私は午後くらいに頭痛が回復しました♪
急に寒くなって体調が悪くなっただけのようです><
要人(かなめびと) | 2008年10月17日(金) 15:42 | URL | コメント編集

言葉とは裏腹な彼女の思いが切ないです;;
そして意外なほど冷静で落ち着いてる誠一くん、
彼が何を考えてるのか気になりますw応援ポチ♪

頭痛、回復されたようでよかったですね^^
momokazura | 2008年10月17日(金) 23:31 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
お陰さまで頭はすっきりしました♪
風邪もあったけど多分アニメの見過ぎもあったんだと思います><
要人(かなめびと) | 2008年10月18日(土) 06:06 | URL | コメント編集

おっと、誠一くんそうきましたか~ww
続きが楽しみですww応援ポチ♪
momokazura | 2008年10月21日(火) 00:49 | URL | コメント編集

見ててイタ過ぎます。
誠一くんの男の見せ所ですね。

それにしても、うーん、ポジション的にしょうがないですが
苺ちゃんが悪女の立場になるのも
双方知ってる身としては辛いですね。
まぁパラレルなんでしょうけれど・。
それに、実際誠一くんに言わなかったというのも
何か理由があったのかもしれないですしね。続きに期待です。
雲男 | 2008年10月21日(火) 01:51 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
ここから誠一のターンです!男を見せてくれる!でしょうか?
応援ありがとうございます♪

>>雲男さん
やっぱり悪女っぽいイメージが付いちゃいますよね。
後ほどきちんとフォローは入れたいと思いますが、
どうしても素子視点だけで書いていくとそうなってしまうようです。
でも苺ちゃんは良い子☆
要人(かなめびと) | 2008年10月21日(火) 06:05 | URL | コメント編集

あれっ、こんな状況何処かで見たような(ry
楚良 紗英 | 2008年10月22日(水) 06:35 | URL | コメント編集

>>楚良 紗英さん
ちゃふ子さん早起きwwwwwww
「あなたの体液を提出して下さい」ですよね♪
要人(かなめびと) | 2008年10月22日(水) 07:17 | URL | コメント編集

この場でウケてしまってイイのだろうか…と思いながら大ウケしてしまいました(笑) 
誠一君、こうきたか!って感じですね。 
ちょっとホッとしました。 
さて、素子ちゃんはこの先どうするのやら。
夢 | 2008年10月22日(水) 09:21 | URL | コメント編集

>>夢さん
今日も楽しいお話ありがとうございました♪
誠一らしくないですけどこんな感じで攻めてみました♪
予告どおりに明日でこの章は終わりますのでご安心を><
要人(かなめびと) | 2008年10月22日(水) 16:30 | URL | コメント編集

やってくれましたね~♪
こういう展開すごく好きですww
この章、明日で終っちゃうんですか!?
てか、もう今日か~^^;応援ポチ♪
momokazura | 2008年10月23日(木) 02:53 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
最後はどう締めようか散々迷った挙句、こういう展開で持っていきました。
気に入ってもらえて嬉しいです♪
後はゆっくりまったりエピローグですわ♪

応援ありがとうございます♪
要人(かなめびと) | 2008年10月23日(木) 05:57 | URL | コメント編集

素子ちゃんと誠一君の事は私的には一安心だったので、今日は要人さんがどう出るのかと言う思いで読んでみた所…短すぎます(涙) 相変わらず我が道行きますね~。 朝から1人で大ウケしてます(爆) 今日は良い1日を送れそうですよ。
夢 | 2008年10月23日(木) 09:12 | URL | コメント編集

>>夢さん
いやいや、区切りが良い所だとあそこまでだったので><
あぁ、すいません・・・orz
じゃあエピローグのところはパパッといっちゃいますね♪
要人(かなめびと) | 2008年10月23日(木) 09:21 | URL | コメント編集

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 | 2008年10月23日(木) 23:11 |  | コメント編集

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