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2008'06.04 (Wed)

「ヨーグルトではなく…そう、ケフィアと呼ぶべきか。」 第二章


【More・・・】

その後は散々、泣き尽くした私を心配をしてくれた心優しい通行人の皆さんに
涙でクシャクシャになった顔で何度も頭を下げた。
通行人の人達は私に安堵の笑みと、彼に「あんまり女を泣かすなよ」という
非難を含んだ眼差しを交互に向け、再び歩き出した。
何故自分にも視線を向けられるのか訳がわからない様子の彼はもう一度、首を傾げる。
その仕草が可笑しくて、私は小さく吹き出しながらお兄ちゃんに話し掛けた。

「ずっと外国に行ってたんだよね。いつこっちに帰ってきたの?」

「つい先日だ。親父が死んで直ぐに研究の跡を継いだ姉貴に協力するために。」

そういえば彼のお父さんが亡くなったという噂も耳にしたことがあったが、どうやら本当だったらしい。
何せ近所付き合いを嫌う人だったので、この界隈で親しくしていた人はいないはずだ。
無表情で抑揚のない喋り方まで当時のままだった。
私は懐かしくて、また胸がいっぱいで声が詰まりそうになったが、ゆっくり深呼吸をした。

「じゃあ、今はお姉さんと二人暮らしなの?」

私より4つか5つは年上なお姉さん。
学年が違い過ぎたせいもあってか、あまり面識がない。
すごく美人で物静かな女性、という印象だけがうっすらと残っている。

「違う。姉貴は東京に暮らしている。そこの大学院で研究をしている。」

「へぇ。じゃあ今、お兄ちゃんは一人暮らしなの?」

「そういう事になる。」

お父さんの跡を継いだということは、親子二代に渡って例の健康食品とやらを開発しているのか。
わざわざ東京の大学院にまで行って研究するなんてよっぽど体に効くんだろうな。

「ねぇ、お兄ちゃん。何の研究をしているの?」

「『ヨーグルト』だ。」

私はそれを聞いて合点が入った。
どうりでこの建物の前を通った時に、酸っぱい匂いがすると思った。
ヨーグルトは私の好物だ。しかもそれが健康に良いなんて。

「じゃ今度そのヨーグルトを私にも食べさせてよ。」

「推奨しない。体内に混入すると爆発する恐れがある。」

私はそれを聞いて盛大に吹き出してしまった。
食べると爆発するヨーグルトってどんだけよ!そりゃ元気になり過ぎだわ!
さっきまで大泣きしてると思ったら、今度は大笑いしているので、
だいぶ離れた位置にいたさっきの通行人は振り返り、何事かとこちらを見ていた。
私はそんな彼らに気付いて、気恥ずかしく小さく頭を下げた。

「でもそんな仰々しいヨーグルトなら、もっと違う事に使えばいいのに~。」

「勿論そのつもりだ。飲用は危険過ぎる。」

昔からそうだったが、頭が良すぎるお兄ちゃんと、
頭の出来が普通の私との会話には度々行き違いが発生した。
お互いが全く違う次元の話をしている事が結構ある。
それは幼かったからではなく、大人になった今でも同じらしい。
お兄ちゃんはよく意味が通じなくて困惑している時に首を傾げる癖があった。
たぶん私だけが知っているお兄ちゃんの秘密だ。
今もお兄ちゃんは無表情はそのままで、小さく首を傾げている。
それを見つめて沈黙する私。いけない。何かを話さないと。
お兄ちゃんは話し掛けられば必ず何でも答えるが、決して自分からは話題を提供しようとはしない。
私は少し焦り気味になり、彼の後ろにある建物を指差した。

「今は一人暮らしなんだよね!?淋しかったりしない?」

「外国ではずっと一人暮らしだった。故にそのような感情を抱くことはない。」

そりゃそうだろな、と思いつつも私は会話を途切れさせないように、話し続けた。

「ふぅん。じゃあ、ご飯とかどうしているの?」

「どうもしない。」

「どうもしないって。…どうせロクな物を食べてないんでしよ!?」

「食物の摂取は全て果物やサプリメントで補っている。問題はない。」

「それをロクな物を食べてないっていうの!?」

「現在のところ栄養失調症の自覚症状は感じられない。問題ない。」

「もぅ、お兄ちゃんってば。私がご飯作りに来ようっか?」

会話の流れだったが、言ってしまった後に「しまった!」と思った。
いくら幼なじみと言えどもたった今、再開したばっかり。
しかも仲が良かったのは小学校の数年間だけ。ちょっと馴れ馴れし過ぎたか?
お兄ちゃんは何も答えず、沈黙。思わず下を向いてしまったので、顔を上げるのが怖い。
もしもいつもの無表情じゃなくて、あからさまに嫌そうな顔をしていたらどうしよう。
そう思い、固く瞼を閉じていたが、頭の上からか細く感情に乏しい声が舞い落ちてきた。

「ではお願いするとしよう。」


お兄ちゃんの言葉を噛み砕き理解するまで数瞬かかったが、私はパッと顔を上げた。
相変わらずの無表情がそこにある。

「本当に、いいの?」

「作ると提案したのはお前の方だ。良いのか否かハッキリしろ。」

そう言いながら、また首を傾げるお兄ちゃん。
私は電動仕掛けの赤べこのように何度も首を縦に振った。
再び胸にこみ上げてくるものがあり、それを抑えようと必死に堪えたが、
どうやら間に合わなかったらしい。
また私の両目から止め処なく涙が溢れてきた。
お兄ちゃんに呆れられてもいい。今だけは流れる涙を拭いたくなかった。
だってこれほど嬉しいことは、これからの人生においてそう何回も無いだろう。
この時は本気でそんな事を思っていた。

私はお兄ちゃんに変な心配はかけまいと、無理矢理に笑顔を繕ったが、
結局泣き笑いという失笑ものの顔で明日の仕事帰りにここに寄ることだけ告げ、立ち去った。
その時のお兄ちゃんの顔は見てない。どうせいつもの無表情だろう。
自宅まではもう三分も歩けば到着する。
赤々と燃えていた夕焼けは静かに闇に沈もうとしていた。
私は買い物かごを勢い良く前後に振りながら悠々と歩いた。
通り過ぎる人達は、みんな目を見開き私の顔を見て振り返る。
それはそうだ。若いOLが涙で化粧を崩し、尚且つニタニタ笑っているんだから。
さぞかし滑稽な姿だっただろう。それでも私は大して気にならなかった。
頭の中は、明日彼に作る夕飯の献立作成に忙しかったから。

それからというもの私は通い妻よろしく、ほぼ毎日お兄ちゃんの家に会社帰りに立ち寄った。
そして夕飯を作り、時々洗濯や掃除をしてあげたり、身の回りのお世話を進んでやっていた。
彼は表立って感謝こそしないものの、夕飯は必ず残さずに食べてくれたし、
始めはそこかしこに投げっぱなしだった汚れ物も、
きちんとまとめて洗濯かごに入れてくれるようになった。
私は料理を作ったりアイロンを掛けたりしている合間に、彼をチラチラと盗み見をする。
複雑な造形をした実験道具を前に難しい顔をするお兄ちゃん。
実験結果が記された用紙を食い入るように眺めるお兄ちゃん。
結構いつも忙しそうで、会話をする時間は殆どなかったが、それでも私は幸せだった。
無機質な機械音だけが木霊する研究室の中だったが、私にとっては居心地が良い空間だった。
彼が未だになんの研究をしているのかさっぱりわからないが(どうやら健康食品は関係ないらしい)、
側に居れるだけで充分に満たされた。

そんな生活が二年ほど続き、ある日を境に私は彼を「お兄ちゃん」と呼ばなくなった。
いや、正確には呼べなくなった、と言うべきか…。

その日も私は仕事帰りに彼の家に寄り、一緒に夕飯を食べていた。
それはそれでいつも通りなのだが、私は並々なら無い懸案事項を抱え、ちょっぴり憂鬱だった。

「あのね、実はね、今日は結構大事な話があるんだけど…。」

「もぐもぐ。聞こうじゃないか。」

「ちょっと、食べながら喋らないでよ。
 …いつも言ってるけど、そんなに慌てて食べなくても料理は逃げないから。」

「んぐ。済まない。」

そう言って彼は、私が差し出したお茶を、ゆっくりと飲み干す。
そして彼は短い吐息を漏らすと、いつもの真っ直ぐな眼差しで私を見つめた。

「それで要件は。」

「あのね…うちのパパがね、最近、私がお兄ちゃんのところに行くのを気にし始めたの。」

頷きもせずに黙って私の話に耳を傾ける彼。
お兄ちゃんは基本的に私が話をしている時は余計な口を挟まずに聞いてくれる。
もっとも自分から何かを話すことはまず無いのだが…。

「ほら、私って一人っ子じゃん。だからパパとママからすごく大事に育てられてきたの。
 それが、毎晩一人暮らしの男の家に通ってるのは、どうなのーって時々言われてるのね。」

なるべくソフトに説明したが、実は両親からかなり強く言われていた。
私は一人っ子だったから本当に両親に溺愛されて育った。
困った事があればすぐに親が手伝ってくれたし、欲しい物は何でも買ってくれた。
俗にいう箱入り娘そのものである。
今でも会社の飲み会があれば絶対にパパが迎えに来てくれるし、
恥ずかしい話だけど未だに毎朝ママから起こしてもらっている。
友人からは甘過ぎると言われるけど、幼い頃からそうやって育ってしまったので、
他の家がどういうものか想像もつかない。
想像もつかないほど、我が家は幸せに包まれていたと思う。
そんな家庭だったので、毎晩遅く帰ってくる私を不信に思った両親は話を聞いて愕然とした。
パパは鼻息を荒くして「あいつの家に怒鳴り込む」と言って聞かなかったし、
ママはママで自分の育て方が悪かったと泣き崩れ、数日寝込んでしまった。
私はどうにか説得しようと何度も話し合いを求めたが、
両親は(特にパパ)一向に聞き入れようとしない。
そんな両親にキレた私は「じゃあもう家から出て行く!」と啖呵を切った
するとパパは真っ赤な顔をして沈黙し、ママはますます塞ぎ込んでしまった。
そこで「出ていけ!」と言われないのが、我が家の甘甘なところである。
それ以来、我が家では彼の話はタブーになり、両親との間に冷たい壁が出来てしまった。
かと言って私もそんな状態に甘んじているわけでもないし、両親だって納得した訳でもない。
私だって両親の事は大好きだし、育ててもらったことにいつも感謝をしている。
わだかまりは早々に取り除いてしまいたい。
なので、

「だからね、その…一度うちの親に挨拶に来てくれないかな、って。お兄ちゃんに。」

ということである。
すると彼は間髪入れずに「了解した」と答えた。
あまりに簡単すぎる返事に私は一瞬、呆けてしまった。
目を丸くする私を見つめ、お兄ちゃんは追記する。

「いつも食事の世話をしてもらったり洗濯をしてくれたりお前には本当に感謝をしている。
 故にお前の両親に挨拶をする事がお前の要望ならば快く引き受けよう。」

いつもの感情に乏しい喋り口調だったが、お兄ちゃんにありがとうと言われるのは初めてだった。
私は嬉しくなり、目に涙が溜まっていくのがわかったが、そこで首を振り高ぶる気持ちを諫めた。
まだだ。ここからが一番重要な話だ。

「それでね、もう一つお話しなきゃいけない事があるの…。」

「何だ。」

「私、お兄ちゃんの事を、もうお兄ちゃんって呼べなくなる…。」

「以前も伝えたと思うが呼称など適度に識別出来れば支障はない。好きなように呼べ。」

「うぅ、ちょっと違う。」



私は大きく深呼吸をして目を閉じた。



「…出来ちゃったの。」

「何がだ。文章の主語を明確にしろ。」

「…赤ちゃんが。」

なかなかくるものがこないな、と思って病院に行ったらすでに八週目だった。
…まぁ、私が銅像でもなければ彼だってロボットじゃない。
若い男女が一つ屋根の下にいればそれなりの艶っぽい出来事があったりする。
ただ一緒にご飯を食べて満足しているほど、私達はお子ちゃまではなかった。

それはいいとして、まずはこれからのことをきちんと決めなくてはいけない。
お兄ちゃん流に言うと、現状の把握と今後のプランの確認、みたいな。
いくら感情の起伏に乏しく人間味が薄いお兄ちゃんと言えども、
自分が親になるとなれば冷静でいられるわけがない。
現に私だって不安で押しつぶされそうだ。
本当に産んでまともな生活がおくれるだろうか?子供を育てていけるだろうか?
家は?会社は?親は?何一つきちんとした答えが出せそうにもない。
かといって、子供を堕ろすなんて、絶対に嫌だ。
でも一人でなんて育てられるわけないし、彼にだって決定権がある。
彼がこんな性格なものだがら、妊娠の事実を突きつけた時の反応が
全くと言っていいほど想像つかなかった。
私はそんな彼の反応を確かめるべく、普段なら逸らしがちな彼の瞳をジッと見つめていたが、
驚くでもなく、焦るわけでもなく、落胆するでもなく、おこるわけでもなく、
いつもと変わらない無表情を浮かべるだけだった。
くそ、こんな時に無表情って便利だな。
しばらくはお互い黙り込んでしまい、研究所内は不快な機械音が支配していたが、
耐えきれなくなった私は口を開いた。

「で、どうするの?」

彼は微動だにせず、抑揚のない声で答える。

「何をどうするのだ?」

私はだんだんと怒りとも悲しみともつかない感情が胸の奥から湧き上がってきた。
お兄ちゃんはいつもそうだ。私だけに喋らせて自分はそれに同調するだけ。
自分から話題を提供することもなければ、意見を主張することもない。
ただ変な実験道具や研究材料と、にらめっこしているだけで私の事なんてちっとも考えてくれない。
本当に子供を産んで家族としてやっていけるだろうか?
銅像のように反応しない彼を見ていて、自信がなくなってきた。
ずっと我慢していた涙が堪えきれなくなって零れ落ちそうになり俯いたその時、
目の前の銅像が、スッと立ち上がった。
そして私の隣に来て、こう言った。

「俺個人の純粋な希望としては産んで欲しいと思う。駄目か?」

相変わらず一本調子の喋り方だったが、その言葉はたぶん初めて聞くであろう、
紛れもない彼の意志だった。
そんな飾り気のない彼のセリフが、私の胸の中で何度もリフレインする。
怒りでこみ上げたはずの涙を、今は感激の涙が後押しする。
だが、私は長身な彼を見上げる姿勢で睨み付けた。
私だって本能赴くままの犬や猫とは違う。
嬉しいからといって直ぐに満面の笑みを作れるほど、素直でもなければ器用でもない。

「…本当に、ちゃんと子育て出来るの?」

「俺やお前の親でも出来た事を我々が出来ない道理はない。」

確かに正論ではあると思うけど…。
でも、何故だろう?彼が言うと本当にそんな気がしなくもない。
普段、あまりものを言わないから説得力があるのだろうか?
…無表情だけじゃなくて無口もなかなか便利なものだ。

「…じゃあ、私と結婚してくれる?」

「無論そのつもりだ。戸籍上にも家族という集合形態を取った方が育児には好都合である。」

彼なりに真面目に答えたつもりみたいだけど、冗談にしか聞こえない。
ていうか、失敗した。私からプロポーズをしてどうする…。
そんな風に悔やんでいる私を気にかけるでもなく、お兄ちゃんは一歩近付くと、
両腕を伸ばしそのまま優しく抱き締めた。

私の大好きなお兄ちゃんの香り。ちょっと化学薬品のような香りに包まれ、
私はお兄ちゃんの背中にきつく腕を回して、我慢していた涙をポロポロと零した。
心の中に凝り固まっていた不安が、ゆっくりと氷解していく。
無口で無表情で無感動なお兄ちゃん。
でも、私の一番大事な、大好きな彼とこれからは一生一緒に暮らしていくのだ。
産まれてくる私達の子供と一緒に…。

お兄ちゃんの心ごと包み込むような温かい抱擁を受けながら、私は彼の耳元で囁いた。

「…ねぇ。男の子と女の子。どっちがいい?」

甘ったるい幸せに酔いしれて、何気なく口から出た言葉だったが、彼はいつもの調子で即答した。

「俺とお前の親族構成や血液型、食事の好みや体調、その他の要素を遺伝子染色体で
 掛け合わせると女が産まれる可能性は78%である。」

たった一瞬でそこまで計算出来ちゃう頭脳と、場違いなほど冷静な返答に、
私は小さく溜め息をつく。…空気読んでよ、本当に。

「じゃあ女の子だとして、名前はどうする?」

「個人を特定出来る呼称ならば問題ない。好きに名付けるがいい。」

どうせ、そう言うと思ってたわよ。
お兄ちゃんは他人の名前に関して、全くと言っていいほど興味がない。
それは自分の子供でも同じらしい。私のことも「お前」しか言わないし。
もしかして私の名前知らないんじゃないか、と時々思ってしまう。

「そうもいかないでしょ。名前は一生ものなんだから。
 女の子だったら例えば…○○子とか○○美とか。」

別に変な名前じゃなくて、普通の名前で結構。
出来ればお兄ちゃんにも一緒に考えて欲しい。
しかし、彼はしばらく考えた後にポツリと呟いた言葉を聞いて、私は愕然とする。

「素粒子。」

私は乱暴に彼から体を離すと、わざとのように大きな溜め息をついて見せた。
彼は私の気持ちなどとんと理解出来ないようで、お決まりのように小首を傾げる。
とにかくうちの両親を説得してもらわなくちゃ。
子供の名前は諦めるとして、それぐらいはきちんとしてもらわないと困る。


彼とパパとの話し合いは、それはそれは壮絶なものだった。
いや、話し合いと呼べるものなんかじゃない。
お互いの言い分が全く通じ合わない、例えればお互いに違う言語で喧嘩をし合っているような、
端から見てるとそんな印象だった。

彼の意思を確認した次の日。
私は早速、彼を自宅に招いて両親を説得してもらうよう段取りをつけた。
散々、連れてこいと言っていたが当日になって急に会いたくないとゴネ始めたパパを、
ママと二人でどうにか説得し、話し合いの場に引きずり出した。
自宅の茶の間。重油を流し込んだように重たい空気の中、一番始めに口を開いたのは彼だった。

「子供が出来たので結婚しようと思う。」

息苦しいほどねっとりした空気が一瞬にして凍り付いた。
…言い方が直線的過ぎるよ。しかもタメ口かよ。
血の気が引くように青ざめたパパの顔が、一瞬で真っ赤になった。

「ちょっと待て!誰も結婚など認めてない!しかも!子供だって!?どういう事だ!説明しろ!!」

天井が抜けるんじゃないかと思うほどの怒号が響く。
いつもは家族思いで優しいパパ。
こんなに大声を出すパパを見るのは、生まれて初めてだった。
私は口から心臓が飛び出してしまうほど胸がドキドキしていたが、
彼は平然とした口調で返答した。

「妊娠したので彼女と結婚する。それ以外に説明のしようがない。」

テーブルに置いたパパの両手は、爪が食い込んで
血が出るのではと心配するほど強く握り締められている。
怒りで小刻みに震えるパパの手を見て、
昔はあの大きな手に頭を撫でてもらうのが好きだったなぁ、と脳みそが現実逃避をし出した。
隣を見ると、青ざめたママが口を鯉のようにパクパクさせて私を見ている。
その目は私を非難するというよりは、憐れんでいるようだった。
私は何となくだが、こういう状況になるだろうと始めから予想していた。
娘が妊娠したと知って、冷静にいられる親などいるわけがない。
鬼の形相で今にも彼に殴りかかろうとしているパパの姿は、この場ではむしろ正常だろう。
だからその娘さんを頂戴しにきた男の方にだって、
頭を下げるとか謝り倒すとか相応しい対応があると思う。
しかし、彼にそういう芸当を期待をしたが、やっぱり無理だった
只でさえ捻れやすい話題が、さらに捻れてしまう。
そもそも彼に両親を説得させようとしたのが間違いだったか?

「貴様!子供が出来るというのがどれだけ大変なのかわかっているのか!
 第一、ちゃんと育てる自信はあるのか!?」

「受精の確率という観点から見れば一つの生命を出生する事が
 いかに困難かつ稀少なものかは重々承知。
 さらに懐妊時の胎児や母体へのリスクも度外視はしていない。
 しかし現在の医療技術の発達によってだいぶリスクは解消してきてると思うが。」

「そういう事を言ってんじゃねぇ!!」

当事者にして傍観者のように、感情論は一切交えず淡々と語る彼。
これには流石に私もイラッとくる。パパ、よく手を挙げずに我慢をしている。偉いなぁ。
そんな事を思っていた矢先、「お前はどう思ってるんだ!!」と怒りの矛先が私に向いてきた。
きっと彼と話していても埒が空かないと感じたのだろう。
壁に向かって怒鳴るような虚無感に苛まれ続けるよりは、
まだ話の通じる娘を攻めた方が得策だと思ったか。
パパの表情には怒りと共に疲労も見え始めている。
まだあまり話してないのに…。

「私は、彼のことが大好きだし、生まれてくる赤ちゃんだって、大切だし。結婚したい、です…。」

一言づつ区切るように呟く私。
どうだと聞かれたので正直な気持ちを話すしかないんだけど、
両親を目の前に何とも言えず恥ずかしい。
でも、それを言ってしまった後のパパの顔、忘れることが出来ない。
つり上がっていた眉毛がしおれるようにハの字に垂れ下がり、
悲しいような悔しいような泣きそうな顔をしていた。
嫁いでいく娘を送り出す親の胸のうちが如何に複雑なものか、
パパの表情が全てを物語っている。
それを見ていてこっちまで泣きそうになった。
まだ言い足りなさそうに彼を力一杯睨みつけているが、
すっかり意気消沈してしまったのか、大きな溜め息をついて座り込んでしまった。
握り締めた手は、いつしか力無く膝の上に置いている。
我が家の茶の間は、再び重苦しい沈黙が占拠した。
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09:48  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(10)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

いきなりな急展開ww
しかし下世話なことは百も承知ですがっ!
そこに至るシチュエーションに興味津々です//
す、すいません~><
momokazura | 2008年06月05日(木) 19:50 | URL | コメント編集

ご飯作る
  ↓
ウマー
  ↓
お茶出す
  ↓
ウマー
  ↓
お茶こぼす
  ↓
アチャー
  ↓
拭いてあげる
  ↓
セクロスー


こうですか、わかりません><
要人(かなめびと) | 2008年06月06日(金) 15:59 | URL | コメント編集

ちょw
素粒子吹いたww
キイト | 2008年06月06日(金) 19:42 | URL | コメント編集

>>キイトさん
素粒子の他にも量子や光子などもあります。
要人(かなめびと) | 2008年06月07日(土) 07:12 | URL | コメント編集

こういう人が色っぽい状況に追い込まれると、
どういう反応するのかなって、ムフフでしたww
ボケとつっこみっぽくて、オモシロ~!!
momokazura | 2008年06月07日(土) 16:43 | URL | コメント編集

>>momokazuraさん
なかなか色っぽい状況を描写するのが
苦手なもので・・・。すいません。
でも結局、人間ってHの時は誰でも同じなんじゃ
ないかと思いますよ☆
要人(かなめびと) | 2008年06月08日(日) 08:16 | URL | コメント編集

「ふふ・・・かたくなってるw」
「うむ、生体的(ry」

てな感じなんだろうねwwwww
で、で、後半になってくるt(ryt

素粒子wwwwww果たして冗談で言ったのか何なのかwwwww
多分冗談だろうけどwwwww普通にwww素粒子とww言っただけなのにwwwww振り向かないでwwwwww的な混乱を招く恐れがあります

あれ?ケフィアパパンの貴重なジョークシーンじゃね?
八頭身派 | 2008年06月08日(日) 20:25 | URL | コメント編集

むむむwww。

結婚の文字を見て、興奮した自分は負け組みw。
結婚初夜ktkr
(楓´∀`) | 2008年06月09日(月) 19:44 | URL | コメント編集

大切な娘を理解できない男にとられる…
パパさん、お気の毒ですね^^;
momokazura | 2008年06月09日(月) 23:56 | URL | コメント編集

>>八頭身派さん
父上さんは一応、真面目に答えたつもりです。
そういうことしか頭にないので・・・。でもやることはちゃんとヤッテマス☆

>>(楓´∀`) さん
結婚初夜って意外と疲れちゃってギシアンどころでは
ないのがガチです。

>>momokazuraさん
いつの時代も娘を取られる父親って複雑なものらしいです。
オレは子供が男で良かった!
2
要人(かなめびと) | 2008年06月10日(火) 09:36 | URL | コメント編集

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