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2012'10.07 (Sun)

傲慢に書き綴ったル・ヴィアンディエ エピローグ

エピローグ

 あれから、一ヶ月という月日が経った。
「レストランの厨房は真剣勝負だ。研鑽を絶えず続ける俺達は、まさに信念の奴隷だ。しかし、俺達はそれを恥だと思ったことなど一度もない。むしろ胸を震わすほどに歓喜している。そう、俺達の心の中は青い炎でたぎっている。冷静に現状を把握し、常に目の前にある困難に立ち向かい、真っ直ぐと前を見据える実直な青い炎が、イテッ!」
「さっさとソテーパンを洗え!」
 岩石のようなマエストロの拳骨を喰らい、俺はその場に頭を押さえてしゃがみ込む。ご自慢のネット通販で買ったコック帽が、無残にもへし折れた。
「何をする! そんなに急かさなくても頑張って洗っているだろう!」
 俺はシンクに溜まった洗い物の山を横目に、マエストロへ抗議する。しかし目の前の豚は鼻息荒く、シンクの中からソテーパンを一枚取りだした。
「たった一枚のソテーパンを洗うのにどれだけ時間を掛ける気だ! それと洗い物をするときに、直立不動で真っ直ぐ前を見据えてどうする! 実直な青い炎を見ている暇があったら、手元を見ろ!」
「だって下を向いていたら、この前みたいに帽子が燃えるだろう。イワキユニフォームの帽子、意外と高いんだぞ」
「ほっかむりでもしていろ、ダメ岡! いやお前なんて、全くもってダメ岡、略してマダ岡に降格だ!」
 超繁忙時なランチタイムでごった返す厨房で、俺とマエストロのやり取りなど気に掛ける人間はいない。誰もが忙しそうに、次々と迫ってくる仕事をこなそうと目まぐるしく動き回っている。

 結局俺は賑やかで人情味に溢れた『陽日の胃袋』ではなく、この喧騒にまみれたクレセントの厨房を自分の戦場に選んだ。
 もしもあのまま中世ヨーロッパに残っていたら、サリーやタイユヴァンや楽しい仲間達に囲まれ、充実した人生を送れただろう。さらにはタイユヴァンの執筆に加担し、ル・ヴィアンディエをまさに歴史を覆す大史書にまで完成させていたかもしれない。
 しかし、それでは駄目なのだ。人類の歴史に大きな波紋をもたらすとか、そんな大々的な話ではなく、俺自身の在り方がそれを否定した。
 あの晩にメイが言ったとおり、俺が中世ヨーロッパの人間達にチヤホヤされたのだって、たまたま未来の料理知識を物珍しげに披露しただけのこと。それでは答案用紙を丸暗記して試験に挑むのとなんら変わりはない。見方によってはズルをしたまでだ。
 彼らに温かく迎えられたからこそ、その輪郭はますますハッキリした。
俺が望んだ調理人としての姿は、こんなまがい物ではないのだと。俺が汗水垂らして歯を食いしばって挑まなければならない場所は、現代なのだと。
 タイユヴァンが傲慢に書き綴ったル・ヴィアンディエこそ、俺がかつて亀岡家という財産に胡坐をかいておごり高ぶっていた姿、そのものだったのだ。あのまま俺が中世ヨーロッパにいたら、高飛車で威張り散らしていた亀岡渉へ、確実に戻っていただろう。
 メイもそのことがよく分かっていたのだ。だからこそ、あの晩に俺が打ち明けた話に反発しながらも同感し、トンファーと裏参謀という役を手放したのだろう。メイもまた過去の栄光を羨望しながら、必死に自分の手で何かを掴もうと抗っていたのだ。

「マエストロ! それよりもこっちの方が酷いです! こないだダメ岡が連れてきた女!」
 振り向くとホール担当のチーフが、肩を怒らせて後ろを指差した。
その奥には壁にもたれかかってグラスを傾ける女が一人。チャイナ服ではなく、豊満なボディーをウェイトレスの衣裳に包んだメイが、妖艶に頬を染めて吐息をついていた。
「おいおい、メイちゃん! まだ仕事中だよ! なんで優雅にワインを飲んでいるのさ!」
 慌てふためくマエストロに、メイはトロンとした目を緩慢に向ける。
「だて、ここは美味しいワインをたくさん仕入れているから、ついつい手が伸びたアル。なによ、タイユヴァン? 私の酒が飲めないアルってか?」
「それ、お客様のワインだから! メイちゃんのお酒じゃないから! ついでに俺はタイユヴァンじゃないから!」
「ゴチャゴチャとうるさい豚ね。またトンファーでボコボコにされたいアルか」
 この暴力チャイナ、相当酔っているのかマエストロとタイユヴァンがごっちゃになっていやがる。マエストロは訳も分からず、メイの迫力に気圧されてたじろいだ。
 あれから様々なアルバイトを試してみたメイだったが、結局どれ一つとして長続きする職場はなかった。ダメ元でマエストロにウェイトレスとして雇えないかと話しをしてみたら、丁度現在ホールに欠員があったらしく、クレセントで働かせてくれることになった。
 酔っぱらうメイを見て途方に暮れたマエストロは、キッと俺を振り向くともう一度拳骨を喰らわせる。
「ちょ! 何をするのだ、マエストロ!」
「うるさい! 連帯責任だ!」
 メイの駄目な仕事っぷりは今に始まったことではなく、再三ホールの人間やマエストロを困らせたが、それで首を切るということは絶対になかった。今のように鬱憤を俺にぶつけて後はお咎めなし。マエストロの寛容さには、ほとほと頭が下がる。
 そしてもう一人、マエストロの懐の深さに助けられている人間がここにも。

「タイユヴァン、キャベツの千切りは終わったぞ。我が愛刀の錆びにもならなかった。もっとも毎日研いでいるから錆びんがな」
 そう言って笊いっぱいに千切りになった青菜を運んできたブロンズヘアの少女を目の前に、マエストロは頭を抱えて塞ぎ込んだ。不思議そうに小首を傾げるサリー。
「どうした? 頭痛が痛いのか?」
「違うよ、サリーちゃん! 俺、キャベツを千切りしろって言ったよね。これはなんですか?」
「……これはキャベツです」
「いいえ、レタスです! いつになったら野菜をキチンと見分けられるの!」
「いや、だって……そっくりじゃないか、キャベツに」
「確かに似ているね! でも全然別物だから! 小学生でも見分けられるから!」
 そう言ってマエストロは、再び俺の頭に拳骨を打ちおろした。これはなんというとばっちりだ。

 なんとサリーはあの時、俺とメイを追いかけて一緒に冷凍庫の中に入ってきたのだ。
 廃品回収置き場で冷凍庫の蓋を開けて、隣にサリーがいたときの驚愕といったらなかった。てっきりタイムスリップが失敗したものだと焦ったぞ。
 俺が連れてきた馬鹿女二人に振り回され、ぐったりとした様子のマエストロは溜め息を吐く。どうにも反省の色が薄そうな劣等生三人(いや、俺はそこそこ反省している)を前にした担任教師のように、優しく諭す口調で言った。
「ダメ岡は前からこんなだから馴れたが、メイちゃんもサリーちゃんも女の子だからって、いつまでも甘やかしてはおけないよ。ここは男も女もない実力主義の現場だ。仕事が出来ないならクレセントに雇っておけないよ」
「なにアルか。この溢れんばかりの美貌で男汁臭いレストランに華を添えているのは、誰だと思ているね。私はそこにいるだけで周囲を美々しくするから、多少仕事が出来なくてもオケーよ」
「……はぁ。サリーちゃんもそろそろ食材を覚えようよ。いくら外国人だからって、もう許される範囲じゃない。微妙に日本語ペラペラ過ぎるし。そうだ、ダメ岡。サリーちゃんのパスポートやビザ、今日はちゃんと持ってきたんだろうな? 俺だって不法入国者を雇うのは御免だぞ」
 冷や汗が背中をつたう。あまり触れられたくない話題だったが、先日あまりに不審に思ったマエストロがパスポートやビザ申請の証拠を提示しろと言ってきたのだ。
 これは非常にまずい。何故ならこの馬鹿女、不法入国で国境どころか時空の壁を越えてしまっているからな。パスポートどころか戸籍すらこの現代には存在しない。
 俺はサリーを肘で小突き、声を潜めた。
「おい、昨日言ったとおりにとぼけろ。分かったな」
「うむ、あれだな。心得た」
 するとサリーは大げさに肩を竦めて声を張り上げた。外人コンプレックスの日本人なら誰でも追及不能にする、魔法の呪文を唱えろ!
「ワタシ、フランス語、ワッカリマセーン!」
 あぁ、この子に期待した俺が馬鹿だった。洞穴のように開いた口が塞がらないマエストロ。この子の時空を超えた馬鹿さ加減は、確かに追及不能にする威力は秘めていたようだ。
 すると隣にいたメイが、酒臭い吐息をはきながら助け舟を出した。
「このお馬鹿なサリーちゃんは、もともと日本育ちのフランス人ね。国籍も日本だから安心よ。頭がパーなのは先天性の病気だから、気にしないことよ」
「あぁ、なるほど。だから日本語もペラペラなのだな」
 上手く機転を利かせたメイに、俺はホッと胸を撫で下ろす。こっそりと感謝を告げると、メイはつまらなそうにそっぽ向いて「夕飯に一品増やせアル」と言った。
そんなメイに、サリーが食ってかかった。
「おい、イエール。頭が悪いのはいいとして、先天性というのはどういう意味だ? 返答によってはあの月夜の晩の二回戦に突入するぞ」
 どうにもこの馬鹿女達は反りが合わないらしく、一言一言に棘があるメイの言葉にサリーが突っ掛かっていくので、こちらは肝を冷やして仕方ない。
「あれよ、先天性とは天賦の才とかそういう意味ね」
「お、おぅ。そういうことか。うむ、確かに私の才能は隠そうとも内から溢れ出してしまうからな」
 何故か誇らしげに頬笑みを浮かべるサリー。才能って言っても、頭が悪い才能ってことに気付いてないのだろうか? やはり単細胞なサリー相手では、メイの方が一枚上手になってしまう。
 そんな滑稽な会話に心底呆れたのか、マエストロはどっぷりと深い溜め息を吐いて、笊いっぱいのレタスに目を落とす。
「とにかくこのランチタイム中、お前達三人は仕事に加わらなくてもいい。かえって足手まといになる。ダメ岡にサリーちゃん、そのレタスを使って今日の賄いを作れ。あんまり酷いものを作ったら承知せんぞ。分かったな」
 そして苛烈を極める自分の戦場へと足早に戻っていった。俺達三人は互いに顔を見つめ合い、無言で人気のない賄い用のコンロ前へ移動する。

更新日 10月9日

「お前が野菜を間違える度に、また賄い担当にされてしまたよ。これで今週は三回目アル。いい加減に他の仕事もしたいね」
 いつの間に持ってきたのか、白ワインが並々と注がれたグラスを傾けてメイは文句を言う。その鼻先へサリーはペティナイフを突き付けた。
「そういうイエールこそ、毎回なにもしていないだろうが。貴様のような奴をな、ただ長いだけで役立たずという意味で、ウナギの寝床というのだ」
「それをいうなら無用の長物だ、馬鹿女。頭が悪いんだから無理して慣用句を使うな」
「人は間違ってこそ成長していくのだ。よく言うであろう? 成功は失敗の母、だと」
「逆アルね。まったく本格的に脳みそが呪われている残念極まりない女アルな」
 その言葉にカチンときたサリーは、ついには取っ組み合いの喧嘩を始めた。刃物を仕舞ったことは評価してやるが、この武闘派二人の喧嘩を仲裁するには命がけになるので、本当に勘弁して欲しい。
 頬にサリーの鉄拳、脇腹にメイの旋風脚を喰らいながらどうにか二人の動きを制止する。まだ鼻息が荒い二人は、今度は口喧嘩へと突入した。息も絶え絶え状態な俺を余所に、サリーとメイは厨房の喧騒にも負けないくらいに、キャンキャンと吠えている。
「そもそも、なんでお前までこっちの時代に来てしまうアルか! おかげでただでさえ狭いダメ岡のアパートがさらに狭くなてしまたよ!」
「うるさい! あそこにいたら私は無理矢理に結婚させられる羽目になってしまうところだったのだよ!」
「それでいいじゃないアルか! どうせ相手は貴族だたでしょ! なにが不服か!」
「貴族っていうか、シャルル王子だったのだよ!」
 一瞬、誰のことを言っていたか分からず俺とメイは目が点になる。だが次の瞬間、とてつもない驚愕が込み上げてきた。
「えぇ! じゃあ、もしもあの世界に残っていたら、お前がフランス王国の王妃になっていたのかよ!」
「浪費?」
「お・う・ひ! アルよ馬鹿! お前、なんでそんな超VIP級な縁談を放っぽり出してきたの! 馬鹿過ぎるよ! ついでにこんな馬鹿女に惚れちゃったシャルル王子も、馬鹿過ぎるアルね、常識的に考えて!」
 散々に責め立てられながらも、サリーは毅然と反論する。
「もしも私が嫁入りをしてしまえば、必然的に調理人としての夢は諦めざるを得なくなるのだ。それに相手は王子。こちらがいくら言い訳をして縁談を引き延ばそうとも、いずれは強制的に結婚させられる。ならば別の世界にでも逃亡を図るしかないだろう。私がなりたいのは国王妃殿下などではなく、全てを幸福に招く料理を作れる調理人なのだ。それに……」
そこでサリーは一旦、言葉を区切ると、モジモジしながら俺を横目で見る。ほんのりと頬を染めながら。
「わ、私だって、自分の歩みたい道くらい自分で決められる。誰と歩んでいきたいかだって……。もう十七歳だからな! あ、間違った。七百十七歳だからな!」
頬を赤らめたサリーにつられる様に、俺の心に温かい気持ちがじんわりと滲んでくる。それを見たメイが鼻白んだ様子で「だからついて来られると迷惑だたアルよ」と呟いた。
 変に意識してソワソワとはにかむ俺とサリーに、メイは盛大に舌打ちをした。それが喧嘩終了の合図となる。
「そんなことよりもさっさと賄いに取りかかるアル。しかし、レタスの千切りなんて何に使えるか。サラダくらいしか思いつかないね」
 小高い山になったレタスの千切りを眺めてげんなりとするメイ。困ったようにサリーも見つめるが、俺の頭の中では既に分厚いレシピ本が高速でページを捲りあげている。
「あ、アレもいいね。刻んだレタスを味噌汁にぶち込むと美味しいアルよ。うむ、それでいいよね」
「アホか。そんな貧弱なメニューじゃなくても、ちゃんとした料理は作れる」
 たかがレタスの千切り程度、最高のレシピ本と呼ばれた俺にかかれば、究極の料理に早変わりする。そして……。
「よし、早速調理に取りかかる。サリー、まずはフライパンを中火にかけろ」
「アイアイサー!」
 最強の包丁と呼ばれたサリーの、可憐な頬笑みというスパイスがあれば、他には何もいらない。

 おわり



目次
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Comment

サリーちゃん、ついてきちゃったんですね。。。
メイちゃんとサリーちゃんのコンビ、ナカナカですね♪
それにしてもこの方達…いつか立派な料理人になれる日が来るんでしょうか?
マエストロの寛大さには関心させられちゃいますね!
この3人の行く末も知りたいなぁ~。
ぽけっと | 2012年10月10日(水) 15:05 | URL | コメント編集

>>ぽけっとさん
これの続きも考えてはいるので、いつかは書きたいと思います。

「マエストロは寛大すぎ」「全員クビにしてしまえ」
などの意見も以前はありましたw
でもマエストロは偉大なので、ダメ岡とサリーちゃんの才能をきちんと見抜いていたのです!
それで手元に置いてゆっくり成長を見守っているのです!
メイちゃんは・・・・可愛いからなんとなく? かしら。

今度はこの三人、18世紀のウィーンにでも旅をさせようかと。
要人 | 2012年10月10日(水) 22:17 | URL | コメント編集

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