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2012'08.10 (Fri)

傲慢に書き綴ったル・ヴィアンディエ 第五章

「小麦粉が五キロ。卵が五十個。水が七リットル、いやキャベツから出る水分と仕込みの量を想定すると、もう少し減らしていいか」
人で混雑した厨房を縫うように歩きながら、俺は露天商のように陳列された食材へ隈無く目を光らせる。
「やはり昆布や鰹節といった日本のダシなどあるわけないか。ならば洋風で作るしかないが、それはそれで面白い。やりがいがある」
「おい、一体何を作ろうとしているのだ? カメノコ」
「亀岡だ。お前は自分の頭を使う必要ない。ただ俺の指示に従っていればいい」
「そうは言っても何をするかだけ教えてくれもいいだろう、カメアタマ」
「だから亀岡だと言っている。ワタルと呼べ。第一、何を作るか教えたところでお前が理解できるか疑問だからな。馬鹿だし」
「うむむ。癪に来る言い方だが的を得ているので反論できん。それで私は何をすればいいのだ、ワタミ?」
「癪は触るもの。的は射るもの。ついでに俺はワタル。人を居酒屋みたく呼ぶな。さしあたって小麦粉を五キロ、卵を五十個準備しておけ。賄い用で使っていい竈はどこだ?」
「右手に見えますデザート担当の隣にある二つの竈だ」
「ちなみにそっちは左手な。俺が戻ってくるまで食材を集めて、水を鍋一杯に火へ掛けておけ」
「了解した。では後ほど」
早速駆け出そうとするサリーを制す。
「あ、ちょっと待て。小麦粉の分量は食材担当の人間に計ってもらえ。絶対にお前が計るなよ。適当にやられたらたまったもんじゃないからな」
信用されなかったのが気に食わなかったのか、サリーは頬を膨らませながら、了解と駆け出した。
憮然としないのはごもっともだが、俺が関わる料理で目分量などは御法度だ。常にパーフェクトを望むのがポリシーなのでな。
俺の頭の中には一冊の分厚いレシピ本がある。
その本には俺がこれまで読んだ数多の料理本に記された調理手順から食材の分量まで、事細かに全て記憶し収まっている。
それだけではなく、今まで食べたありとあらゆる料理も、自分なりに解析しレシピ本に写真付きで収まっているのだ。それこそ、その辺のグルメコラムニストなど鼻で笑えるくらいに味からブイヨン、姿形すら消えた食材まで鮮明に覚えている。
食に関しては絶対に妥協せず理想を突き詰めていく。それが俺なりの信念であり、頭の中にあるレシピ本の存在意義でもある。
一つだけ問題があるとすれば、そのレシピ本を完全に使いこなすには俺の腕前がお粗末過ぎることか。

それから俺は調味料や干し小エビにベーコンなど、粗方の食材を集め終え賄い専用の竃に行くと、サリーが先に着いていたようで器用に卵をヒョイヒョイお手玉にして遊んでいた。
「おい、馬鹿女。貴重な食材をおもちゃにするな」
「大丈夫。私が落とすなどヘマをするわけがない。ウォールアップだ」
「だからウォームアップだって。壁を上がってどうする」
放っていた卵をかごの中に戻すと、サリーは小麦粉が詰まった袋をポンと叩き言った。
「材料は揃ったぞ、ワタル。きちんと言い付け通りに計量は他人にしてもらった、こんちきしょう。まずは何から始めようか」
「レディーがこんちきしょうなどと言ってはならん。では始めに小麦粉全てと卵をその大きな容器に入れろ」
丁度良く竃の脇に陶器で出来た大きな容器がある。俺はそれを指差すとサリーは躊躇いなく小麦粉を容器にぶち込んだ。そして次に卵をから付きのまま容器に放り込もうとしたので、慌てて制止する。
「おい馬鹿! 殻のまま入れてどうする! 割って中身を容器に入れろ!」
「なんだ。そうならそうと始めから言えばいいのに」
ブツブツ文句を言いながら高速で割った卵の中身を容器に入れていくサリー。
この女、一から十まで細かく指示を出さなければ使えないプログラミングタイプなようだが、手先の器用さはずば抜けている。五十個もあった卵を二十秒も経たないうちに割り終わってしまった。

「終わったぞ、ワタル」
「次に水を入れて掻き混ぜろ。ちゃんと水は煮沸させただろうな」
「うむ。しかし、何故わざわざ水を沸騰させる必要があるのだ?」
「こんな薄汚い厨房の水など、どんなバクテリアが沸いているか分からん。俺は衛生面には人一倍気を遣うのだ」
「そんなに汚いかな。鼻糞をほじった後に手を濯ぐ程度の使い方しかしてないから、キレイなはずだぞ」
「オーケー。しっかり念入りに煮沸しろ。菌が芽胞まで完全に死滅するまで徹底的に、だ」
煮沸して冷ました水を計量しながら容器に入れる。そして調味料担当からもらってきた塩をサッと入れてサリーにかき混ぜさせる。象牙色のトロッとした緩い生地をサリーは目を輝かせてすくい上げた。
「これは、何かの生地か?」
「そうだ。それにさっきお前が刻んだキャベツと干し小エビを入れてざっくり混ぜる。おい、フライパンか鉄板はあるか?」
「鉄板ならあるぞ」
竈の隅に挟まった六十センチ四方はある鉄板を、サリーは軽々と持ち上げて竈にくべた。鉄板の厚さは二センチほどある。俺は試しに手で端を持ち上げてみようとしたが、あまりの重量にビクともしない。そういえばあの冷凍庫を軽々とぶん投げていたが、この女どんだけ馬鹿力なのだ。
「それで、鉄板でコレを焼くのだな?」
「あ、あぁ。適量を鉄板に流し込んで両面をしっかり焼けば完成だ。これを俺らの国では『お好み焼き』と言い、一般庶民が好んで食すポピュラーなB級グルメだ」
高級レストランばかり食べ歩いたセレブな俺様だが、調理人として市井の料理も手広く網羅している。もっとも没落してからは、B級グルメとやらにかなりお世話になったが。
「ほぉ。聴いたこともない料理だ。おのこみ焼きとは、また可愛らしい名前だな」
「お好み焼き、な。さて、そろそろ鉄板が温まってきた頃か。お好み焼きを焼きに……いや、その前にソースに取り掛かろう。サリー、泡立て器と浅く広い容器を持ってこい」
俺の指示に軽快な返事をすると、飛ぶように用具置き場へ向かうサリー。徐々に料理が仕上がっていく様子が楽しいのか、サリーは少女のように目を爛々と輝かせている。
無邪気なものだと鼻で笑うが、内心俺もテンポ良く調理が進んでいくことにワクワクしていた。いつも自分一人で料理を作るときには、あまりの不器用さに食材を滅茶苦茶にして辟易とするばかりだったのに……。
そんなことを考えていると、道具を抱えたサリーが小走りに戻ってきた。
「ワタル、泡立て器というがこれで間に合いそうか?」
俺の前に差し出したのは、幾重にも枝分かれした木を寄せ集めた棒。茶道具の茶筅を大きくしたような物だったが、これがこの時代の泡立て器なのか。まぁ、別段支障はなさそうだ。
「よし。それでは容器に殻を割った卵と酢、それと塩を入れて良いというまでかき混ぜろ。いいか、絶対に余分にかき混ぜるなよ」
こくりと頷いたサリーは材料を浅くて広い容器に合わせると慎重に、だが手早く泡立て器で混ぜ始めた。ツンと鼻を突く酢の香りと滑らかな卵黄が絡まり、次第に濃い乳白色へと変わっていく。
「よし、一旦止め」
容器の中に指を突っ込み、塩加減を確かめる。やや塩味が足りないため三グラムほどパパッと入れた。
「さて、ここからが難しいところだ。この中に少量ずつオリーブオイルを注ぎながら、尚且つ手早くかき混ぜる。するとトロリと半固形状の白いドレッシングが誕生する。いいか、馬鹿女。油を少しずつ、細い糸を垂らすように入れながらよくかき混ぜるんだ」
左手にオリーブオイルが入った壺、右手は泡立て器を握りながらサリーは無言で頷いた。
「よし、油を入れろ」
俺の合図にあわせてサリーは両手に神経を集中させ、指示通りの動作を行う。
左手がオリーブオイルの壺で封じられているからか、泡立て器でかき混ぜる度に容器が揺れる。俺は両手を容器で押さえた。
口だけ出して手は貸さないつもりだったが、真面目な表情のサリーを見ていると、つい自然に手が伸びてしまった。
「よし、そのままそのまま。攪拌の速度をもう少し上げてもいいぞ」
「……角さんって、誰?」
「攪拌。かき混ぜるって意味だ」
油と混ざり合い徐々に乳化していく。糸のようにスゥと落ちていた油が細かい雫となって尽きた。
「よし。最後に角が立つまでかき混ぜろ」
俺の合図でサリーの右手が解き放たれた獣みたく高速回転を始める。するとあっという間にドレッシングはプルンと艶を帯びて完成した。泡立て器についたその絹をプリン状にしたようなドレッシングをサリーは指に絡めると、口に含む。
「う、美味い! ミルクを入れたわけでもないのに、なんて滑らかでクリーミーな味わい! 酸味と塩味も絶妙だ! これは一体、何という名前のドレッシングだ? いや、そもそもドレッシングなのか?」

「まぁ、分類的にはドレッシングだろうな。単なるマヨネーズだよ。そんなに興奮するほどでもあるまい」
顔を上げるとちょうどサリーの眩しい笑顔にぶつかった。マヨネーズを攪拌するのに夢中になっていて気付かなかったが、かなり密着していたみたいだ。
端正な顔立ちに反して無邪気過ぎるサリーの笑顔に、俺はドクンと胸が高鳴った。今までの人生で他人を、ましてや女を意識することなかった。
若い時分、思春期に入る前は親父とグルメ三昧。最近ではメイという同棲相手もいたが、日々の生活に悪戦苦闘で余計な事を考える余裕など有りもしなかった。
だからこんな、こそばゆい感触は初めてだった。
頬を赤らめて顔を背ける俺に気にするでもなく、サリーはマヨネーズをペロペロと舐めている。
「おい。あまり一人でマヨネーズを食べるな」
照れ隠しのため注意を促すが、サリーの摘み食いをする指は止まることを知らない様子だ。
「だってこんなに美味いドレッシングを食べるのは初めてだもの。たったあれだけの材料を技術だけでここまで変えるとは。まさに東邦の便秘だな」
「神秘だろ。勝手に糞詰まりにするな。それにマヨネーズの何が珍しいのだ。こんなもの、ポピュラー過ぎるドレッシングじゃないか」
「いや、ポピュラーどころか初めてお目にかかる代物だが。ワタルのいた国ではポピュラーなのか?」
一つ気掛かりな疑問が浮かんだ。それは分厚い歯車に小さな小石が絡んだような、ささやかだがハッキリとした違和感。
もしかして、この時代にはまだマヨネーズが誕生していなかったのか?
「なぁ、ワタル。次は何をしたらいいのだ? 早く指示をもらえないと私はマヨネーズを食べ尽くしてしまいそうだ」
「あ、あぁ。ではそろそろお好み焼きに取り掛かるとしよう」
自分の指をペロペロ舐めながら尋ねるサリーに、俺の懸念はかき消される。まぁ、気にする程でもないか。マヨネーズなんて、卵と酢と油を攪拌させれば誰でも作れる(でも俺が作ると必ず分離するのは何故?)。どこかの誰かが偶然にでも思いつくような代物だろう。大袈裟に考えるまでもない。
まさか未来からきた俺が伝授した料理が、オーパーツになるなんて考え過ぎだ。

サリーにお好み焼きの焼き方を伝える。すると馬鹿女はすぐさまコツを掴むと、ヒョイヒョイお好み焼きを生産し始めた。
フライ返しも使わず大きなナイフ一本で、鉄板の上のお好み焼きをひっくり返すサリーの器用さを羨ましく感じつつも、その場は任せて俺は再び厨房内の詮索に走った。
お好み焼きにマヨネーズは良いとして、どうしても後一つ足りないものがある。
オタフクソースまでとは言わないが、それに近い味のソースは必要だ。俺のレシピ本に当然ながらオタフクソースの作り方はしっかり載っているが、この時代の材料では不足しているものが多すぎるし、何より似通った物や代替品を用いても製造に時間が掛かりすぎる。
あの脳みそポンコツ最強フードプロセッサーのサリーでも、時間ばかりは短縮できないだろう。
だから俺はお好み焼きに合う、替わりのソースを探しに行く。仕込み中ではあるが、ソース位は余分にストックしてあるだろう。
とは言っても、俺は再び厨房内を隈無く見渡しながら手をこまねいていた。この時代のソースは無駄に香辛料頼みで、現代のようなフォンド・ボーやブイヨンを下地にしたソースが全く見当たらない。厨房内にあるすべての鍋を開けて確かめたわけでないが、確実にない。匂いで分かる。
西洋料理の歴史にまで詳しくないが、もしかすると俺が知っているソースというものは、かなり現代に近付いてから開発されたのかもしれない。
そんなことを考えつつも諦めきれるわけもない俺は、厨房の細部にまで目を走らせながらお好み焼きに少しでも合うソースを探していた。

すると厨房内の一際開けたテーブルを囲んで、マエストロと数人の調理人が額を突き合わせて何か相談をしていた。テーブルの上には様々な大きさの鍋が置いてある。
「おい、マエストロ。仕事もせずに取り巻きの部下とサボリか。結構な御身分だな」
イヤミを飛ばす俺に対して、マエストロは顔を上げ眉間を擦ると、少し苦笑いを洩らした。
「もっとも過ぎるご意見だが、部下を携えてサボるのも俺の仕事でね。まぁ役得という奴だよ」
「何か相談事か?」
見ればマエストロを囲んだ調理人達も、渋い表情で溜め息を吐いている。俺はまさに会議中といったテーブルに歩み寄ると、大小ある鍋の中を覗き込んだ。
「新作料理の開発か?」
見れば鍋の中には野菜を煮たものに魚や果物など、様々な煮込み料理が並べられている。
「ご明察だよ、錬金術師殿。最近のドフィネ公は既存の料理に飽いているきらいがあってな、新たな調理法を開発しているのだよ。それに西棟の裏参謀、イエールの新料理にドフィネ公が注目しているのも気に入らん。料理長選抜の大きな足掛かりにもなるので、おざなりには出来んのだ」
言葉の割にマエストロの表情は明るくない。どうやら新料理の開発が上手く進んでいないようだ。
鍋の中には野菜を姿のままぶち込んで茹でたものや、魚を多種多様なスパイスで炒め煮にしたもの、果物をグチャグチャにして洋酒で煮込んだもの、豚の頭をそのまま丸茹でしたものまであった。
中には確実に異臭を放っている鍋もあり、俺は顔をしかめながらもそれぞれの鍋に指を突っ込んで味を確かめる。そんな俺の行動を咎めるでもなく、マエストロは腕を組んで愚痴をこぼしていた。
「正直言うと私はな、食材をただ丸焼きしてスパイスを絡めるだけの今ある調理法に限界を感じているのだよ。味付けも結局は香辛料頼みで、どれだけ珍しいスパイスを施しているかで料理の価値が決まる現在の風習は、いずれ料理界そのものの衰退に繋がると懸念せずにはいられん。そこで新たに煮込みという境地を開拓せんと一念発起しているのだが、ご覧の有り様よ。ただ煮るだけでは味も見た目も貧相で思うように上手くいかない」
相当参っているのかマエストロは懇々と弱音を吐くが、俺にしてみれば知ったことではない。もとより調理人とは芸術家であり探求家だ。悩みに悩み抜いた結果に究極の一皿が生まれるのである。
俺は適当な相槌を打ちながら、一通り舐めた目の前の鍋達の味を頭の中で組み立てる。これは思いも寄らない収穫があったもんだ。
「なぁ、マエストロ。ここにある鍋の中身は勝手に使ってもいいか?」
話の腰を折られてムッとするマエストロだが、俺の言葉を飲み込むと不思議な顔をした。
「あ、あぁ。どのみちこれらは試作品なので客前に出せないものばかりだ。好きに使って構わんが、一体何をする気だ?」
マエストロの了承を得ると、俺は近くにある空いた鍋に、野菜や豚の頭の煮汁を混ぜる。
「何って、ソースを作るのさ」
俺の言葉にその場にいた一同が目を丸くする。そして次には呆れにも似た嘲笑で俺を指差した。
「いいか、東邦人よ。ソースというのはきちんと法則通りに配合したスパイスから出来上がるんだ。こんな煮汁なんか混ぜ合わせてもスープにしかならないよ」
「それとも東邦ではスープをソースと発音するのかな?」
よく見れば取り巻きの中に、さっきマルコ爺さんからスパイスを挽いた乳鉢を受け取ったソース担当の男もいた。きっとこいつらの中では、ソースとはそういう既成概念の範疇でしかないのだろう。
「そうだろう。ソースとは香辛料から作られるものだろう。お前等の中ではな」
珍しく俺の中に、いつものハッタリではなく確固とした自信がみなぎっていた。
「だったら貴様等のソースという既成概念を、全く新しいものに書き換えてやる。もちろん貴様等が馴染みのソースなんかよりも数倍美味いもので、だ。楽しみにしているんだな」
絶え間なく大きく入り組んだ歯車に、またもや小石が挟まったような感触を覚えた。

更新日 8月17日

賄い用の竈に戻るとサリーの周りには僅かな人垣が出来ていた。その間から香ばしく焼けたお好み焼きがポォンと宙を舞うのが見えた。あの馬鹿女、調子づいてまた曲芸を披露しているのか。
「食べ物で遊ぶな、馬鹿女。調理中の食べ物を投げていいのはピザ職人だけと決まっているのだ」
「ハハハ、すまない。こうもギャラクシーから囲まれては私の血が何かせねばと騒ぐ」
「ギャラリーだろ。何で銀河系に囲まれているんだよ、スケールデカすぎ。おい、竈の火を強めろ。それと鉄板の端を使わせろ」
俺は手に持った鍋を鉄板に置くと、サリーは素直に竈へ薪をくべながら、鍋の中をしげしげと見つめる。
「スープでも作る気か?」
もう一つの鍋を持ってもらったマエストロの部下から受け取り、俺は次に小麦粉とバターを用意する。
「違う。もう一つソースを作るのだ。おい、馬鹿女。空いている鍋にバターと小麦粉を入れて軽く色が付くまで炒めろ」
「ソース? それならさっきのマリナーズがあるじゃないか。何か不服か?」
「マヨネーズだろ。なんで球団が出てくるんだよ、そっちの方が不服だ。何ということはない。お好み焼きをさらに美味しくするためだ。四の五の言わず命令に従え」
気のない顔をしつつも、俊敏に俺の指示を実行に移すサリー。そんな俺らのやり取りをマエストロは目を丸くして眺めていた。
「ワタルよ。東邦の錬金術師という奴は料理も出来るのか?」
「だから錬金術師とは喩えだと言っただろう。俺は元々、調理人だ」
「だとしても、スープをソースに変えようというのか? それこそまるで錬金術ではないか」
なおも信じられないとばかりに首を傾げるマエストロはほっといて、俺は徐々に熱が伝わりバターが緩く溶けてきた鍋に意識を集中させる。そこまで疑うのならば実物を見せてやればいいだけのこと。
「さらにその舌で味わって飛び上がりやがれ」
俺は独り言を呟きながら、サリーへ小麦粉の投入を伝えた。
底面を焦がさないように手早くバターが絡んだ小麦粉を炒めると、鼻をくすぐる香りと共にほんのりと色付く。そこに温まった野菜の煮汁と豚の頭部を煮出した汁を交互に少量ずつ混ぜ入れる。
「本来ならここで水量が半分以上になるまで煮詰めるがな、時間がないので軽く沸かせるまでにする。サリー、小麦粉がダマにならないように気を付けろよ」
「アイアイサー」
小麦粉をツナギにしたスープはやがてとろみを帯び、かき混ぜる度にふんわりと尾を引く。周りで見守っていたマエストロや調理人達は驚いた様子で鍋に見入っていた。
「そして次にこの洋酒で煮詰めた果物を入れる。これのおかげで洋酒を煮詰める手間が省けたし、多種多様な果物が複雑な甘さを引き立ててくれる」
煮詰めた果物を鍋で合わせると、途端に何ともいえない濃厚な香りが辺りに漂った。鼻をひくひくさせて目を閉じながら喜悦に浸っている調理人達。その様子が、俺の調合と料理センスが間違っていなかったことを、如実に物語っている。
俺は嬉しさのあまり舞い上がりそうな体を懸命になだめ、あくまでも冷静に振る舞うべく腕をグッと組んだ。
「最後に少量のスパイスと塩で味を整えれば、完成だ。どうだマエストロ、味を確かめてみろ」
かき混ぜ用に使っていた木の棒を差し出すと、マエストロは恐る恐る指の先にソースを付けて口に運ぶ。
軽く口をクチャクチャさせたマエストロは、途端に目をカッと見開いて自分の指と鍋の中身を交互に見た。
猛禽類を警戒する小鳥のように素早く何度も首をカクカクさせるマエストロは、今度は鍋に直接指を突っ込んでもう一度味を確かめる。そして顔を真っ赤にさせて唇をプルプルと振るわせると、絞り出すような声で叫んだ。
「な、何なんだこのソースは! 今まで味わった事のない美味さだ!」
その一言を、皮切りに生唾を飲み込んでことの次第を見つめていた調理人達も、次々に鍋の中に指を突っ込んではソースを味わう。そして皆一様に瞳を輝かせて絶賛した。
しばらくの間、賄い用の竈の周りは大混乱になり、自分の指が溶けてしまうのではないかというほどに舐めた指を鍋に突っ込んで、味見を繰り返す人だかりでごった返した。俺とサリーは賄いを食べる前にソースが無くなってしまうのではないかと心配して、混雑する人波を必死に押し返した。
「おい! いい加減にしろ! さっさと仕事に戻れ! 後でゆっくりと味わさせてやるから! おい、そこの髭野郎! 鍋に指を突っ込むな! 行儀が悪いぞ!」
「戻るのだ、みんな! まだ竈に火がついているから押したら危ないではないか! おい、やめろ! 大概にせんと我が愛刀の錆になるぞ!」
終いには本当にサリーがナイフを振り回し始めた。阿鼻叫喚状態になりつつも東棟の厨房『陽日の胃袋』は、少々早めの食事休憩に入るべく準備を急いだ。


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