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2012'07.09 (Mon)

駄・ランプ  第十章

エピローグ

あれから一ヶ月が過ぎた。
毎日は穏やかに流れていき、あの時の騒動がずいぶんと遠い過去に感じられるような平凡な日々である。
季節はすっかり秋を迎え、じきにコートが恋しい気候へと移り変わっていくだろう。
そんな週末の午後。
僕は佐々木と一緒に、駅前のマクドナルドで少し遅めのランチタイムを取っていた。
「んぐ、なにこれ。なかなか美味しいじゃない」
窓際の席を選んだので、小春日和の日差しが心地良い。
佐々木はシェイクを熱心に啜りながら、足をパタパタさせていた。
「それ、飲んだことないの?」
「初めて飲んだわ。もっと粗雑な味かと思っていたけど、なかなかどうして絶妙な味わいじゃない。これが一杯たったの百円? 私が使っているティッシュペーパー一枚分の値段じゃないの」
そう言いながら頬を緩ませてご満悦な表情をする佐々木。短いツインテールがピョコピョコ揺れるのが可笑しくて、僕もついつい笑ってしまう。
今日は佐々木とデートなのである。

リイナを救いに魔人界へ行くため、僕は佐々木と一つの取引を交わした。何でも一つ、いうことを聞くと。
きっと、とんでもないことを言ってくるのだろうと毎日ビクビクしていたが、一ヶ月という時間を掛けた結果がこれである。
「ねぇ、佐々木。本当に願い事がこれで良かったの? 普通に一日デートって」
ポテトを口に頬張りながら訊ねると、佐々木もシェイクのストローから口を離さずに「えぇ、これでいいわ」と答えた。
これならば無理してリイナの願い事を消費する必要がないので、僕にしてみれば嬉しい限りだが。逆にあまりにも穏やかな要望が不気味でもある。
「私がもっと酷いことをお願いすると思ったんでしょ。最初はそうしようと考えていたけど、やめたの」
シェイクをズルズルと飲みながら、佐々木は僕をジッと見つめて言った。
「なんでまた?」
「人の心をねじ曲げたって、それが本当に手には入ったことにならないからよ」
首を傾げる。佐々木の言っている意味が今一つ分からない。
すると佐々木はため息を吐いて「あのユルバカ魔人のことよ」と呟いた。
「あのユルバカ、あなたのお父さんにした一つ目の願いが、自分の思い通りにすることだったじゃない」
「ニュアンスが少し違うけど、まぁそんなところかな」
「あいつ、あなたのお母さん……つまり自分のお姉さんから奪おうとしたのよ」
思わずポテトが喉に詰まり、むせてしまった。
「ゲホゲホ! なんで、そう思っ! ゲホ!」
「汚いわよ。私の目の前にいるときには、スマートに振る舞うよう心掛けなさい。そんなんじゃ、佐々木家の次期当主にはなれなくてよ」
「なりません! ゲホゲホ!」
慌ててコーラを一気飲みする。喉が炭酸でビリビリと痛いが、とりあえずスッキリした。
「佐々木は判決の間にいなかったから知らないだろうけど、リイナはそんなつもりはサラサラなかったから。奪うとかって大胆な表現を使うなよ」
「柔らかい言い方をしようとも、やろうとしたことは事実よ。あなたのお父さんに対する人権のはく奪だわ」
実はつい先日、リイナに思いきって訊ねたのだ。父さんのことがまだ好きなの? と。
するとリイナは寂しそうに笑って首を横に振った。
記憶は戻ったけど、気持ちもあの頃に戻るわけじゃないみたい、と。
「つまり、佐々木も願い事を使って、僕を思い通りにしようとしたの?」
背筋がゾクゾクとする。佐々木の事だから、あっさりとやりかねないのが恐い。
「そうよ。でもね、私が欲しいのはそんな仮初めの愛情なのかって。あのユルバカと同じことをして情けなくないのかって」
僕のトレイに広げたポテトに手を伸ばす佐々木。小さい口で咀嚼しながら「これもなかなかイケるじゃない」と微笑んだ。
「だからやめたの。これでも私、三週間と五日間ずっと悩んだのよ。この私が。光栄に思いなさい、井上くん。私の脳細胞を勉強以外で酷使させたのはあなたが初めてよ」
そう言うと佐々木は、さも嬉しそうに高笑いを上げた。
周りの客の視線が痛い。こいつ、かなり世間ズレしているな。
「そんなわけで井上くん、私はズルなんてせずに最高のレディになってみせるわ。あなたが自分から進んで私の前に平伏したくなる日もそう遠くないわよ」
「永久にこないよ、そんな日は」
「そう言っていられるのも今のうちよ。私、本当はね。あなたをランプの魔人にしてあげようと思ったのよ」
「……は?」
口に運びかけたポテトがピタッと止まる。 佐々木はさも得意げに言った。
「知っていた? 魔人って誰でも必ず、人間界にゲートで繋ぐランプを持っているんだって。つまり井上くんのランプも、人間界のどこかにあるのよ。私はそれを探させようかと思ったの」
佐々木は止まったままの僕の手を掴み、そのまま指に挟んでいたポテトをイタズラっぽく食べた。
「誰か他の人間に召喚されるよりも、私をご主人様として崇め奉る方が数百倍幸福でしょ」
佐々木の小さい手に握られた、自分の手をジッと見つめる。
「魔人……そっか、魔人だもんね」
そして僕は無意識に、佐々木の指に自分の指を絡ませた。
僕の半分くらいしかない細くて白い指。ちょっとひんやりしているけど、柔らかい感触にすぐ熱を帯びる。
頬を染めながらムッとする佐々木。
「なによ、井上くん。私を求めようとする意思はいくらでも受け入れるけど、だからといって軽々しいスキンシップは止めてちょうだい。私に触れて良いのは私が許可した時だけよ」
「あ、そうだね。ごめん、つい」
佐々木の手をパッと離す。子供っぽく口をとがらせながら佐々木は「まったく、すぐ調子に乗るんだから」と文句を言った。
僕は魔人界での出来事を思い出した。
魔力が目覚め、体中の細胞がまったく別物に生まれ変わった感触。
すべてを意のままに破壊出来る強大な力。
それによって沸々と湧き上がる歓喜と自我。
改めて思った。自分は人間ではなく、魔人であるのだと。
窓の外に目を向けると、車道では次々に車が一定の速度ですれ違っていく。
あの中に飛び込めば、普通の人間ならひとたまりもなく命を落とすだろう。
でも魔人状態の僕なら、全てをはねのけて無傷で立っていられる。
そんな想像で魂がざわめく。まるで本能が魔人の力を振るうことを望んでいるように。
「ちょっと井上くん、いい度胸ね」
佐々木の言葉にハッと我に返る。
やや機嫌が悪そうな顔つきで、幼いクラスメートが頬杖をつきながら言った。
「この私とデート中に視線を外すなんて、一体どういう了見かしら? 今日のあなたは私のためにあるの。もっと集中しなさい」
苦笑いをして頷く。
こっちの世界にいれば、人間として今までとおりに過ごせることはわかっている。
だけど、自分が人間でないことを知ってしまった。
正直いって恐かった。
「なぁ、佐々木。僕を見てどう思う?」
「好きよ」
顔がカァッと熱くなる。僕は手をパタパタと振った。
「ち、違う! そういうことじゃなくて! 普通の人間っぽく見えるか、ってこと!」
僕は溜め息を吐いて言った。
「佐々木は見てなかったから分からないけどさ。僕、本当に闘魂の魔人だったんだ。あの時、リイナが警備員達を次々になぎ倒していったの見たでしょ。僕もあのくらい強かったんだ」
つい視線が落ちる。テーブルの上でもじもじと絡まる両手の指が、微かに震えていた。
「僕さ、勉強ばかりやってきたからケンカなんて一度もしたことがなくて。他人を叩いた記憶なんてないくらい、争いごとが嫌いなんだよ。でもそれなのに、魔人の力が目覚めた瞬間、躊躇せずに全力で暴力を振るっていたんだ」
そこで僕は口を閉ざした。
顔を上げられないまま、沈黙が続く。僕は佐々木の言葉を待っていた。
いつもどおり「だったら何?」とか、興味なさげに鼻で笑ってくれるのを期待していた。
佐々木なら、そんなこと関係ないと言ってくれるはずだと思った。
その一言に救われたかった。
だが、しかし。
「そうね。魔人って野蛮よね。なにが好戦的よ。その程度くらい理性で制御できないなんて、お粗末な脳みそを持った種族だわ」
愕然として顔を上げる。
きっと僕があまりに情けない表情だったのだろう。佐々木はハッと息を飲んだ後、とてつもなく機嫌が悪い顔をした。
そして手元にあったシェイクをズズッと飲み干して、コップをテーブルに叩きつけた。
「私は別に、井上くんが人間だから好きになったわけじゃない。あなたの細胞が何で出来ていようと、あなたの血に何が流れていようと、私には一切関係ない!」
 心臓が、いや魂がブルッと震える。
「あなたはただ、この場にいればいいの。あなたがあなたらしく、そのままで私の隣にいてればそれでいいの。あまり下らないことを言わないでちょうだい」
圧倒的だった。
こんな小さな体のどこに秘めているのかと思うほどの迫力が、僕のモヤモヤした気持ちを吹っ飛ばしていった。
凛と背筋を伸ばし、ギッと僕を睨む力強い瞳。
闘魂の魔法など、とんでもない。
それよりもさらに強烈な魔力が、僕の心を鷲掴みにしていった。
「相変わらず、佐々木は佐々木だな。想像をはるかに越えた魔法を使ってくる」
すると佐々木は少し首を傾げたあと、フッと鼻で笑った。
「あんな低レベルな連中と一緒にしないでちょうだい。私は佐々木茉莉。天上天下唯我独尊史上最強の種族よ」
思わず吹き出してしまう。
僕は口元を押さえて笑いをこらえるが、佐々木はやっぱり不服そうに頬を膨らませた。
そして僕のトレイのポテトをパクパクと口に詰め込んだ。
これはまた、随分と変わった女の子に惚れられてしまったものだ。

「魔人といえばそっちのユルバカ、最近どうしているの?」
散々笑ったあとに、コーヒーのおかわりを店員さんに頼んだ。
「どう、って。一ヶ月もすれば慣れるみたいだよ。もっとも始めから馴染んでいたけどね」
「あっそう」
つまらなそうに相づちを打って、ストローに口を付ける佐々木。だが空になってしまったようで、ズズッと乾いた音が鳴るだけだった。
「井上くん、私にもコーヒー」
「はいはい」
「はい、は一度だけにしなさい。それにしてもあのユルバカ、ただぐうたらさせているわけじゃないでしょうね。奴隷のようにこき使わなきゃ割りに合わないわよ」
どうやら佐々木はとことんリイナが嫌いらしい。
まぁ、もともと仲良くなる要素なんてお互いになさそうだし。そもそも佐々木が他人と仲良くしている光景なんて一度も見たことがない。
「奴隷のように、なんて大袈裟な。父さんが働かざるもの食うべからずって最初に言ったしね。かなり渋々だけど、自分でちゃんとアルバイトを探してきたよ」
興味なさげにストローをクネクネと指でいじりながら「ふ~ん。どこで?」と訊ねる佐々木。
その時、コーヒーポットを片手に持った店員がやってきた。
「いらっしゃいませ、こんにちは~。コーヒーのおかわりをこんにちは~」
間の抜けた声に反応して顔を上げる。そして露骨に嫌な顔をする佐々木に、さっきの質問の答えを言った。
「どこでって、ここ」
 僕は自分の足元を指差す。
あくびをしながら空の紙コップを掴み、ダバダバとコーヒーを注ぐ店員こそ、たったいま話題に上がっていたリイナだった。

エスカマリさんこと、大司教がリイナに科した刑罰とは『一年間の魔人界追放及び人間界への流刑』だった。
向こうの時間では僅か一年間だが、リイナの体感では四年の歳月を人間界で過ごすことになる。
刑としては妥当ではないかと判断に、リイナ本人も納得した。

「お待たせしました~。他にご注文はこんにちは~」
バリバリと豪快な音を轟かせながら、営業スマイルというには、些か弛緩し過ぎている笑顔でリイナは言った。
「なんという接客態度かしら。客を舐めているとしか思えないわね。あなた、それでも本当に大学生だったの?」
「他にご注文はこんにちは~」
般若のお面みたいに怒りを露わにしながら、佐々木はテーブルをバンッと叩いた。
「私にもコーヒーを寄越しなさい!」
周りにいた客もその迫力にビクーンと反応する。随分と偉そうな小学生だと、半ば興味本位の視線を向けてくる人もいた。
だがリイナはマジマジと佐々木を見つめた。
「あのね、お嬢ちゃん。これはコーヒーっていって、すごく苦い飲み物なの。夜も眠れなくなっちゃうのよ? お母さんから飲んでいいって言われた?」
佐々木が瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にして憤怒した。あまりの怒りに声も出ないらしい。ツインテールが威嚇する猫の尻尾みたく、ピーンとおっ立っていた。
それをゲラゲラと指差しながら笑うリイナ。
最低だ、こいつ。
「そういえばさ、リイナ。髪とかそのままで良かったの? 最初は黒に染めていくって言っていたけど、一度も染めていないよね」
ここは話題を変えた方が吉だ。
サービス業をするにはだらしなさ過ぎる立ち姿勢のリイナを、頭から爪先まで目を通す。
服装はマックの店員で問題ないが、首から上が違和感の塊だ。
制服のキャップからこぼれるのは空色の髪。そして清々しい五月晴れのような空色の瞳。
明らかにおかしい。
母さんも結婚して人間界に来たときは、髪も目も真っ黒にして、名前まで偽ったというのに。
しかしリイナはケロッとして答えた。
「え? 生粋のコスプレーヤーですって面接の時に言ったら、すんなり許可してくれたわよ」
「嘘付けや!」
「本当よ。出退勤時のコスプレだけはやめてね、って約束させられたけどね。妙に理解あるな、って思っていたらさ、実は店長さんが本物のレイヤーだったのよ」
リイナはさも得意げに腕を組んで、したり顔をして見せた。
「まぁ、ようやく人間界が私に追い付いたってことかしら」
愕然とすると、他の店員がカウンターの方からこっちに声を掛けた。
「リイナちゃーん、ちょっとこっち手伝って」
「あいよ~。じゃあまたあとで。改人くんにチビ助」
ヒラヒラと手を振って去っていくリイナ。
当然ながら名前もそのままだったのか。昔の母さんと父さんの苦労はなんだったのだろうか。
「なんなのよ、あのユルバカ魔人! 私を誰だと思っているの! 佐々木茉莉よ! 人生の中でここまでコケにされたのは初めてだわ! この屈辱、命に替えても償わせてやる!」
ピンポン玉のような佐々木の手が、テーブルをガンガンと叩く。
きっと周りの人は、キレる小学生! とか思っているんだろうな。
何だか保護者めいた気分を感じながら、僕は佐々木を宥めた。
「まぁまぁ、あの人を相手に本気で怒っても仕方ないよ。気にしないのが一番」
「ふざけないで! 今すぐアレを魔人界に叩き返しなさい! いいわ! 私がクズを召喚して強制送還させてやる!」
「落ち着きなよ。どうせすぐに、大司教から送り返されるのがオチだって」
持っていた鞄から、ランプを取り出そうとする佐々木を無理矢理に止める。
こんなところでジンを喚び出されては人目につきすぎるし、何よりさっきから会話が明らかに電波っぽい!
鼻息を荒くする佐々木の頭を撫でて、気を落ち着かせる。さらさらの金髪が指にしっとりとなじんで気持良い。こうすると何故か、佐々木は大人しくなるのだ。
「なんなのよ、ユルバカ。今度舐めた態度を取ったら、佐々木家の権力をフルに行使して存在ごと抹消してやる」
「ははっ、それは恐いな」
「私は真面目よ。あいつ、自分の立場が分かっているのかしら。服役中なのよ、服役。もっと自覚して、それらしく振る舞われないのかしら。井上くん、手錠でもして家の中に閉じ込めて起きなさい」
いや、それはそれで喜びそうでイヤだ。怠惰の権化たるリイナは、用がなければ一日中でもゴロゴロしていられるのだ。
家から一歩も出るな、なんて罰どころかニート免罪符じゃないか。
「でもさ、リイナもあれで塩らしくなるときもあるんだよ。先週の日曜日、父さんと三人で母さんの墓参りに行ってきたんだ」
墓石を前にしたリイナは跪き、延々と頭を垂れて泣いていた。ときどき、涙声で「ごめんなさい」と呟きながら。
そして家に帰ってから母さんのアルバムを眺めながら、父さんにこっちでの話を聞いていた。
また止め処なく溢れる涙を拭いながら。目を真っ赤にしながら、アルバムをめくっていた。
「きっとリイナはさ、罪を償うためだけじゃなく、亡くなった母さんの軌跡を辿りたくて人間界にきたんじゃないか、って思う時があるよ」
ブラックのままのコーヒーを啜る。ほろ苦さが口の中いっぱいに広がり、スッと喉を通っていった。
「母さん、つまり自分のお姉さんが過ごした空気や場所、一緒に暮らした家族。そういうものに触れたかったんじゃないかな」
それがリイナなりの罪滅ぼしのつもりなんだろう。
ただ姉と一緒にいたかったがために、犯してしまった間違いを。
「ふん、単なる独りよがりだわ。馬鹿馬鹿しい」
そう言って佐々木は、僕の飲みかけたコーヒーに手を伸ばした。その表情にはさっきまでの不愉快な様子はない。
かわりにコーヒーを口に含んで、わざとらしく苦い顔を作っただけだった。
「それはそうと井上くん。あなた家で、ユルバカと変なことになっていないでしょうね」
サラッと流した口調で言う佐々木。だが視線だけはきつく、こちらを伺っている。
「変なことって何さ。僕達、一応親族なんだけど。あの人からしてみれば、僕は甥っ子になるんだよ」
当然ながらの話だが、人間界に知り合いも生活基盤もないリイナは、我が家で面倒を見ることになった。
つまり、まぁ……同棲中である。
僕は腕を組んで真っ直ぐ佐々木を見つめた。多少でも挙動不審な態度を取れば、粗探しのようにネチネチ突っ込まれそうでイヤだ。
「ふ~ん。何もないのね?」
「あるわけがない」

ごめんなさい。本当はあるんです。

更新日 7月12日

我が家にはパソコンが一台しかない。
ネットゲームを生きがいとするリイナは、暇さえあれば僕の部屋に来て、マウス片手にディスプレイと向き合っている。
勉強をしている脇でカチカチカタカタとうるさくて仕方ないが、止めろと言って止めるわけでもないだろう。
そこまでは別に問題ない。
問題は夜中だ。
リイナはとにかく、深夜遅くまでネトゲライフを満喫している。魔人界とは時間の流れが違うせいか、こっちが深夜でも向こうではまだ日中ということも多い。
あちらの知り合いと遊んでいれば、自然と時間も狂ってくる。
時差みたいなものだろう。
ギルド内では『寝落ちの女王』の異名を持つリイナは、突然襲ってくる睡魔に対する抗体が一向に身に付かない。
そして既に睡眠モードに片足を突っ込んだリイナに、一階に用意された自分の部屋まで帰る気力があるわけがない。
すると自然に体は、一番近くにあるベッドを求める。ちょうど良く人肌で温まった、僕のベッドに。
「邪推ってものだよ、佐々木。そんな昼ドラみたいな展開あるわけないじゃないか」
冷や汗が出ないように、目が泳がないように努めて平静を装う。
僕は朝起きた時にリイナの寝顔が鼻の先にあることや、寒い朝は抱き枕状態にされていることなどを思い出さないように、必死で佐々木の無言の圧力に耐えた。
あんな艶めかしい事実がバレたら、高確率で生命の危機に瀕する。

その時、紙コップを持ったリイナが戻ってきた。
「ほい、チビ助。あなたはココアにしておきなさい。同じカカオ豆なんだからいいでしょ」
佐々木の視線が僕から外れ、ほんわり湯気が立つコップに注がれる。
僕は安堵の吐息を、細く鼻から吐き出した。
「私はコーヒーって言ったのに。注文も真っ当にこなせないのかしら、このユルバカ魔人は」
悪態をつきながらも、佐々木はチビチビとココアを飲んだ。
これはナイスタイミングだった。上手く空気も和らいだし、話題を転換させるには都合がいい。
「ところでユルバカ。あなた、井上くんに変なことをしてないでしょうね」
「してないわよ、チビ助。キスしたくらいよ」
……え?
「き、キスゥ……」
「イエスゥ♪ しかもA+」
……ちょ?
「ぷ、プラスゥ……」
「イエスゥ♪ 舌入れたくらいだって」
……ぐはぁ。
「近親相姦です♪」
「バカヤロウ! それは言うなや!」
取り乱して立ち上がった僕に、リイナはニャハニャハと笑ってみせた。
「だってそれ、自分で言ったんじゃない」
「なんでこのタイミングで言うかな! 空気読んでよ! もっと空間把握能力を鍛えようよ!」
最悪なタイミングで爆弾を落としやがった。
あの時のキスは便宜上仕方なかっただけで、こっちも説明を受ける前に奪われてしまっただけで。
舌がウニャウニャと絡みつく感触を思い出すだけで、今でも鼻血が噴き出しそうになるわけで。
てか、僕にしてみれば、ファーストキスだったわけで。
現実逃避したくて頭をブンブン振る。しかし僕が逃げ出したくても、当然ながら現実は逃げてくれなかった。
目の前の佐々木を恐る恐る見て、背筋が凍った。
石像にでもなったのかと思うほど、無表情な女の子がそこにいた。
瞳は艶消し塗料で塗ったように輝きがなく、顔は生気がすっかり失っていた。
ただ、底知れない迫力だけが、静かに漂っている。
もはや怒っているのか悲しんでいるのか分からない不気味なオーラが、僕の指や爪先に絡み付いてきた。
佐々木の口がゆっくりと動いた。
僕はゴクリと唾を飲み込む。
「珠江」
「はい、ここに。茉莉お嬢ひゃま」
背後から突如として聞こえた声に、心臓が乱暴に跳ね上がる。
驚いて振り返ると、そこにはメイド服を身にまとったオバサン、珠江さんがいた。
ハンバーガーを頬張りながら、丁寧な一礼を交わす。
「今の、聴いていたわね」
「当然にてございます、むしゃり」
ハンバーガーを咀嚼しながら主の問い掛けに答える。
そう、と小さく呟いた佐々木は、能面のまま淡々とした口調で言った。
「今すぐ手頃なホテルのスウィートを予約しなさい。既成事実を造るわ」
開いた口が閉まらなかった。この目の前の女の子の思考回路はどうなっているんだろうと、混乱してしまう。
すると珠江さんは毅然とした態度で、恭しく首を横に振った。
僕はホッと胸を撫で下ろす。
「致しかねます。茉莉お嬢様。お嬢様の場合、貞操観念以前に児ポ法に引っかからないか、そっちの方が心配です」
アホー!
「そう。じゃあ子供を作るわ」
「致しかねます、茉莉お嬢様。そもそもお嬢様は初潮がまだですから、無理です」
爆弾発言キター!
もうツッコミを入れるのもイヤになってきた。なにこの親子。
「そう。じゃあ……」
空気がピリッと変わるのを感じた。
頭の中の第六感が騒ぎ立てる。僕は少し腰を浮かせてリイナの手を掴んだ。
正面に対峙した佐々木の顔が、邪悪に豹変した。

「死なない程度に殺しなさい」

恐怖が全身を貫く。反射的に立ち上がると脱兎の勢いで駆け出した。
視界の隅にチラッと、ホラ貝を振りかぶった珠江さんが映った。

「ちょいちょい、改人くん。私まだバイトの途中よ~」
腕を引っ張られながらも懸命に走るリイナが、呑気な文句を垂れる。
駅前通りの休日の午後。人混みを掻き分けて僕はリイナを連れて疾走した。
後ろをチラッと振り返ると、珠江さんがホラ貝片手に追いかけてくる。
息を切らす様子もなく、無言なのがこの上なく怖い。
マックの制服を着た空色の髪と瞳を持つ女性と、それを追うオバサンメイド。
すれ違う人達も、何事かと驚きながらざわめく。
「やばい。追いつかれるわよ」
心なしかリイナの口調が弾んでいるように聴こえる。この魔人、こんな状況を楽しんでやがる。
「臨兵闘者皆陳列前行……」
怪しげな呪文が背後から聞こえてきた。
恐怖が頂点に達する。僕は掴んでいたリイナの腕をグッと引き寄せて、叫んだ。
ここで使わずして、どこで使えというのか。緊急脱出だ。
「お願いです、ランプの魔人! 僕を助けて!」
情けなくも声が裏返ってしまった。リイナは満面の笑みを浮かべて、青白く光を放つ人差し指を僕に突き付けた。

「契約コード詠唱! ブッチャケ・ワタシモ・ファースト・キス・ダッタンダケドネ!」

おわり


私、ダルそうにしている女性が好きなんです。

この度は「駄・ランプ」を最後までお読み頂きありがとうございます。
あとがきなんて久しぶりですね。
アニメとか小説を読んでいると、登場するヒロイン達のなんと活発なこと。
意味なく怒ってツンツンしているわ、かと思えば急にべた惚れになってキスをしだすわ。
現実世界にいたら、単なる極度の癇癪持ち変人娘だよね~、と時々思ってしまいます。
まあ、私が観る作品が偏っている気もしますが。
とにかくね、もっと女の子って普通だよと。そこまで精神メーターが振り切っていないよと。
一ヶ月の約29日を平常心で過ごすよと。
いやいや、私の隣にいる女の子なんて、常にゴロゴロしているよと。
パンダだってそうじゃん、ダルダルしている方が愛着あるじゃんと。

……そんな理由から今回のヒロインであるリイナが誕生しました。
活発ヒロインの全く真逆であり、でも超絶剛腕魔人さんのリイナさんは
私の中ではなかなか愛すべきヒロインに仕上がりました。
皆様の中ではいかがでしたでしょうか?

さてさて、次の作品に出てくるヒロインはどんな個性の持ち主でしょう。
これもこれで私好みのヒロインに仕上がってます。

ん? 次って?

はい。
来週あたりからまた新しい話がスタートしますよ。
次回のは以前に何かで言いました、某新人賞で最終選考までいった作品です。
乞うご期待!

それでは、改めて敬愛なる読者様と
今回のモデル役を担ってくれた我が愛しの妻に多大なる感謝を申し上げまして
どうもありがとうございました!




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21:45  |  駄・ランプ  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

リイナのモデルは奥さんでしたか!?
佐々木さんのモデルは誰なのでしょう?
最初は “ど~ゆ~人なの?” と思っていた佐々木さんも最終的には好きになってしまいましたwww
もぉ終わっちゃったけど、この先も気になりますね~。
次回の作品も楽しみにしてますね♪
ぽけっと | 2012年07月13日(金) 10:55 | URL | コメント編集

>>ぽけっとさん
明日はよろしくお願いしますw

佐々木のモデルは特にいませんね。
ツンデレキャラは一人くらいいてもいいかな、くらいです。

今日からまた新しいのですので、是非楽しんで下さい♪
要人 | 2012年07月16日(月) 09:45 | URL | コメント編集

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