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2012'06.20 (Wed)

駄・ランプ  第七章

地下二階までやってきた。
階段はそこで終わっていて、細長い廊下が続いている。
どうやらそこからは一本道なようで、建物の構造がわかりやすくて助かるが、罠に誘い込まれている気もしなくはない。
ジンを先頭に僕達は進む。周囲に注意を払いながら、やや小走り気味に。
「ようやく半分以上まで来たようですね。このまま逃げ切れればいいんですけど」
前を行くジンは振り向かずに答えた。
「あの程度の雑兵ばかりなら容易いがな。しかし、そうもいくまい。魔人裁判所の警備がこれほどヤワだとは考えられん」
「もっと強い人達がいっぱいいるんですか?」
廊下の行く先が大きく開けているのが見えた。
そこには地下だというのに燦々と光が降り注いでいた。特殊な照明でも使っているのだろうか。
そして地面には石畳が敷き詰められており、中心には豪華な噴水が設置してある。さながら中庭といった空間が全容を露わにした。
光に誘われるように歩調が早まる。
「魔人は好戦的な種族でな。困ったことに何事も力で解決しようとするきらいがあるのだよ。それが悪事を犯してここに連行されるような輩なら尚更。故に魔人裁判所には手練れな者達が常駐していると聞く。力を押さえつけるには、より強大な力に頼るのが手っ取り早いのだよ」
先に中庭へ足を踏み入れたジン。だがピタリと立ち止まると、右手で僕を突き飛ばした。
「こ奴らのようにな!」
リイナと一緒に後ろへ転ぶ。何をするのだと顔を上げたそこに、重量を持った何かがズドンという派手な音と共に降ってきた。
その衝撃で僕とリイナは、さらにこんがらがりながら来た道を押し戻された。
「一体、何が……」
舞い上がった土煙の向こう側では、ジンと誰かが交戦しているのがわかった。
建物を揺るがす衝撃と破壊音。赤々と立ち昇る火柱の光。
唖然とする僕の横をすり抜け、リイナは未知の修羅場に躊躇なく舞い込んでいった。僕も竦んだ足を無理矢理に起こして中庭に入っていった。
「ふはは! さすがにやるではないか、炎の魔人よ! まさかこんな所で、お前とやり合えるとは思わなかったぞ!」
豪快に高笑いを響かせるガタイの良いその魔人は、体以上もある大型のハンマーを軽々と振り回した。
一度でも掠れば体が粉々になりそうな攻撃を、ジンは軽快なフットワークでかわしていた。
「ふん! 貴様のような筋肉ダルマの相手は好まん! もっとインテリジェントな魔人を相手にしたかったものだ!」
バスケットボール級の火の玉を立て続けに三つ放つジン。ムチムチと肉をしならせた魔人は、それを順番にハンマーで叩き落としていった。
しかし最後の一つを横殴りにした瞬間、火の玉がかき消えるのと同時にハンマーも蝋のようにグニャリと溶けて地面に落ちた。
「力馬鹿を相手にするのは、克田だけで充分!」
大柄な魔人が火の玉を処理している僅かな時間で、ジンは頭上に巨大な火で出来た槍を構えていた。
そしてそれを魔人目掛けて、思いっきり投げつけた。
グッと歯を食いしばって身を堅くする魔人。しかし彼の前に突如として現れた氷の壁が、火の槍を阻んだ。
炎との激突で、氷は炸裂と共に一瞬で個体から気体に変化し、蒸発する。
そして続いて、鈴を転がしたような声がどこからともなく聞こえる。
「インテリジェントって、こんな感じでいいかしら~ん? ジンジ~ン」
声の主を探してあたりを見渡す。するといつの間にいたのか、噴水のてっぺんに小柄な女性が薄笑いを浮かべて座っていた。
「私が思うにね、ジンくんはインテリジェントの意味を勘違いしていると思うの~ん。接近戦はおバカ、遠距離攻撃はスマートっていう思考の方が一番、頭悪~い。でも、そんなところがまた魅力的~♪」
顔から髪まで粉雪のように真っ白なその女性は、カラカラと笑った。
ウェーブのかかった髪を流すように一つで束ねている。頭にアクセントで飾った大輪の青いバラが、子供と見間違えてしまう容姿から幼さを消している。
「黙れ、氷結の魔人よ。力任せな魔人は馬鹿だと相場で決まっているのだ。誰かさんみたいにな」
ぶ然と腰に手を当てたリイナが反論する。
「誰が馬鹿よ。少なくともあんたよか頭いいわよ。あんた、私が通っている大学を二次募集までことごとく落ちたくせに」
「う、うるさい! それ言ったら絶交だって約束したじゃん! りっちゃんのブス!」
「絶交して。お願いだから今すぐ絶交して」
低レベルなやり取りをしていると、大柄な魔人は腹の底から声を上げて笑いながら、噴水のそばで仁王立ちした。
「相変わらずな奴らだな、お前らは! 克田も久しいな! こんなところで会うとは、夢にも思わんかった!」
どうやらこれまた顔見知りらしく、リイナは軽く手を挙げて答えた。
「修羅の魔人、剛森バイオンくんね。中学校の時のわんぱく相撲大会以来だわ。元気してた?」
「がはは! 元気も元気よ! わんぱく相撲の時に、お前からへし折られた左腕と鎖骨が未だに痛むくらいだ!」
全然わんぱくじゃねー!
「ふ~ん、そうなんだ。ところで一つ相談なんだけど、昔のよしみってことで黙って通してくれない? あとで一杯おごるからさ」
「相変わらずやる気と実力が釣り合わない女だな! この任務を果たせたら、パートから正社員に上げてもらう約束をされているのだ! お前らの首には俺の将来も掛かっているのだよ! 何があっても通すわけにはいかん! のぅ、氷結の!」
氷結と呼ばれた真っ白な女性は口元を綻ばせて笑ったが、視線は対峙しているジンを捉えたままだ。
「そういうこと~ん。なんせ就活氷河期時代だから~、職種なんて気にしてられないのよ~ん。どうせ同じ警備員なら、自宅より裁判所の方が格好いいと思わな~い? それとも私をジンくんのおうちに永久就職させてくれる~?」
「あいにく私は実家の乾物屋を継ぐ予定だから、ニートにはならないのだよ。残念だったな、氷結の魔人、伊丹スノウ」
語尾を甘ったるく伸ばす氷結の魔人。ジンは挑発には乗らずにメガネをクイッと上げた。
肩をすくめる伊丹。そして「さっさと片付けちゃいましょ、剛森」と言いながら、噴水に手を突っ込んだ。
手のひらで水を上空にパシャっと払った瞬間、剛森の前に氷で出来た武器が次々と宙から落ちてきた。
先ほど振り回していたハンマーに鋭利な両刃剣。三つ叉の槍に斧、モーニングスターやヌンチャク。バールのようなもの、といったありとあらゆる武器が一斉に揃った。
「がはは! さすがは氷結! どれもこれも我が魔力、千の武器を駆使する修羅の魔力に耐えうる業物ばかりよ! しかし、俺はどうも刃物は好まん」
そう言って剛森は地面に刃先が刺さった剣を握ると、握力だけで粉々に砕いてしまった。
「やはり振るうは鈍器に限る! 何故かわかるか! 相手の肉体が、我が力でグシャリと押しつぶされる感触が堪らんからだよ! がはは! 痛っ、指切っちゃった」
トゲの付いた金棒を両手に持つと、剛森は強度を確かめるように地面にガンガンと金棒を打ちつける。
その度に建物全体が揺れるので、僕とリイナはたたらを踏んだ。
「安心して~ん。私の生み出した氷結製の武器はダイヤモンド並みの強度よ~ん。もっともジンくんの炎には弱いけどね~ん。私はジンくんの甘い言葉に弱いけどね~ん」
「がはは! 知っておるわ! では参るぞ、炎の魔人よ! 氷結の! 後方支援は任せた!」
一度どっしり腰を落とした剛森は、両脚に溜めた力をバネにしてジンに襲いかかった。
「笑止! 貴様ら如きが、この三十七代目高杉ジンを止められると思っているのか! 全てを灰に帰してやろうぞ!」
剛森の金棒を後ろに飛んでかわすジン。そしてすかさず炎の弾丸を立て続けに繰り出す。
豪快なスイングで炎を叩き落とすが、何発かしないうちに氷で出来た金棒は、熱で水へと溶けてしまった。
「氷結の! 次っ!」
そう叫んで手をかざした剛森の頭上に、氷製のハンマーが現れる。それを両手でしっかり握ると、一気に距離を詰めてジン目掛けて振り抜いた。
「危ない!」
しかしジンは素早く跳躍をして上空へと逃げる。そして驚いたことに何もない空間を蹴ると、自由自在に宙を移動し始めた。
「な、なんだあれ」
呆気に取られる僕に、リイナはジンを指差して言った。
「足の裏で爆発性の高い炎を小刻みに発しているの。それで空中移動が可能になるわけ」
よく観察してみると、確かに足の裏から緋色の炎が線を引いている。
「もう、ジンく~ん。小バエみたいにチョロチョロ逃げないでよ~ん」
煩わしげに噴水の水を手で払う伊丹。すると宙に舞った水滴は無数の氷の矢となり襲いかかるが、ジンはスイスイと避けた。
「おぉ、ジンさんすごい!」
基本的な火力もさることながら、こういう用途でも器用に炎を操ることを出来るとは。
すっかりジンのことを見直したが、リイナは口に手を当てて「鉄腕アトムみたい。ぷくく」と笑っていた。
「逃げ回ってばかりでは埒があかんぞ! 降りてこい! 卑怯ものめ!」
地上では剛森がハンマーを振り回して叫んでいる。ジンは足元に一瞥をくれながら、その間に伊丹の氷の矢をかわして上空を駆け巡っていた。
「あの状態だと降りるに降りられませんね。でも修羅の魔人を相手にしなくていいんなら、ジンさんにも勝機があるんじゃないですか。氷結の伊丹さんよりジンさんの方が強いでしょ?」
二人掛かりなら分が悪くても、一対一に持ち込めれば話は別だ。
「まぁ、実力だけみれば高杉の方が強いわね」
腕を組んで戦闘を見守るリイナ。その表情がいつになく真剣だ。
「じゃあ先に伊丹さんを倒せば、武器を調達できない剛森さんは相手にならないでしょう」
「いや、そんな簡単にはいかないだろうし。それよりも……。やっぱり高杉はバカだわ。気付かれちゃっている」
えっ、と息を飲んでリイナの視線の先を辿る。噴水に腰掛けた伊丹が、不敵に笑った。
「な~んだ。そういうこと~ん」
そう言うやいなや、伊丹は噴水に両手を突っ込むと、水遊びをしている子供のようにパシャパシャと水しぶきを上げた。
「バイオ~ン。下の方は任せたわ~ん」
水しぶきは次々に氷の矢となり、上空のジンへと襲いかかる。だがジンは蝶のようにヒラリヒラリと上手くかわしていく。
それにも構わず、伊丹は氷の矢を繰り出すのを止めようとしない。
ジンの空中移動の方が、氷の矢よりも段違いに速い。ツバメを水鉄砲で撃ち落とそうとするのと同じだ。
実力差が違いすぎて、ジンがおちょくっているようにすら見える。しかし、伊丹が浮かべている不敵な笑みはますます大きくなっていた。
そして目の前にある光景に、違和感を抱く。
「ジンさん、なんで反撃をしない?」
あれだけの火力ならば、上空から伊丹目掛けて炎を放てば一瞬で済む話なのに。ジンはただ空中を逃げ惑うばかりだった。
もしかして、これは……。
「反撃しないんじゃなくて、反撃出来ないのか?」
「そういうこと。高杉はあの力を使っている最中、他の魔法を二重で使用出来ないの。一旦、鉄腕アトムを解除して伊丹ちゃんに攻撃を仕掛けても、空中落下で地上にいる剛森くんに叩かれちゃう」
伊丹は氷の矢の連射を止めない。あれでは攻撃に転じる隙もないだろう。
しかも伊丹の攻撃がやみくもではなく、隠された意図があった。
「……あ」
ジンばかりを眼で追っていたせいか、それに気付いたときには既に遅かったのである。
「ジンさん、逃げて!」
思わず声を張り上げた僕に、ジンは何事かと目を見張る。隣のリイナもようやく気付いたようで、頭上を指差した。
「高杉、上! 天井が落ちてくる!」
中庭風に拵えられたこのスペースは、ご丁寧に天井まで薄い石畳みで造られていたようだ。
だがさすがに一枚板というわけにはいかず、一メートル四方の石板が繋ぎ合わされていたのである。
そのためか、つなぎ目に衝撃を与えれば石板はもろく崩れ落ちる。
一メートル四方ごと。
ジンは落下してきた石板でふいに頭を打たれたせいか、大きくバランスを崩して石板ごと地上に落ちていく。
伊丹は無造作に矢を放っていたわけではなく、初めからこれを狙っていたのだ。
「バイオ~ン。いったわよ~ん」
「高杉! シールドを張って!」
ハッと気付いたジンは、手を真横に大きく広げる。
ジンの体を球体の炎が覆ったのと、剛森のハンマーが豪快なスイングで横殴りしたのがほぼ同時だった。
反対側の壁に烈しく叩きつけられたジン。
一緒に落下した石板の破片が、紅葉のような炎の断片と共に舞い散る。
「や、やられた?」
ゴクリと唾を飲み込む僕に、リイナは顎に手を当てながら答えた。
「うぅん。打撃を喰らう直前にシールドは張ったから、多少はダメージを緩和できたはずよ」
だが目の前の光景に何一つ安堵出来る要素がない。
体が砕けていないのが不思議なほど陥没した壁に、ジンは力無くめり込んでいた。
「まぁ、あくまで緩和したってだけで、確実にダメージは喰らったわね」
自分の見解がやや楽観だったと感じたのだろうか。リイナは言葉を付け足した。
「がはは! 口ほどにもないのう、炎の! 貴様がこの程度の使い手ならば、伊丹の助力などいらんかったわい!」
大きくハンマーを振り回しながら、剛森は高らかに笑い声を上げた。
後ろでは伊丹がこっちに冷笑を投げ掛けてきた。
「もともと二対一ってのが無茶だったのよ~ん。それに後方支援系の私とパワー系のバイオンがペアなら、ジンくんにとって相性悪すぎ。まぁ、リイナちゃんが参戦出来るなら話は別だけど~ん?」
嘲笑うような一瞥をくれてから、伊丹は懐から金属製の輪っかを取り出す。それを僕達にヒラヒラと挑発的に見せつけてから、剛森に投げ渡した。
リイナが首にはめているものと同じ。魔力拘束具だ。
「バイオ~ン。暴れん坊のジンくんに首輪をお願~い。傷だらけのジンくんを私が冷た~く介抱して、あ・げ・る☆」
伊丹がウィンクしたと同時に、カッと目を見開いたジンは炎の矢を放つ。それが剛森の持つ魔力拘束具を弾き飛ばした。
「貴様の冷酷な介抱など御免こうむる。我が主の冷徹な罵倒の方が、よほど心地良いわ!」
勢い良く立ち上がったジンだったが、ダメージを喰らった直後だったからか、ガクリと膝をつく。
「がはは! まだ威勢がよい戯れ言をのたまわれる気迫を残しておる! 最早、お前に勝機などない! 大人しく我が修羅の前に跪け!」
腕をかざした剛森の手に、先端が尖った巨大なハンマーが収まる。
ゆっくりと歩み寄る剛森を前に、ジンは歯ぎしりをして自分の足をガシガシと叩いた。

やはりジン一人に相手をさせるのは無理があった。
魔人同士の力量に差があるのは当然だろうが、ジンがこの二人を前にして好機を掴める可能性はゼロに等しいはずだ。
剛森と伊丹の連携を崩すには、もっと味方が必要だ。
僕は辺りを見渡す。
この場にいる他の魔人といえば、リイナ唯一人。
しかし首にはめられた魔力拘束具のせいで、今のリイナは人間並みの力しか持たない。
剛森か伊丹か、どちらかを説得できないか? 仲間に引きずり込める余地はないのか?
考えろ。学年首席の頭をこんなときに活かさないでどうする。
彼らのメリットは? 弱点は? 付け入る隙は?
駄目だ。いくら考えても妙案なんてさっぱり浮かばない。
そもそも対戦中の魔人が、話に耳を傾けるなんて無理なはずだ。
闘いこそ神聖なもの……拳で語り合う……。彼らはそういう種族なのだ。
魔人が、せめてもう一人くらいは味方になる魔人さえいれば。

「……んん?」
額に当てていた人差し指を離す。
僕はまるで呆けたように、もう一度辺りを見渡した。
「どうしたの、改人くん?」
リイナが不思議そうに顔をのぞき込むくらい、僕は素っ頓狂な声を上げたのだろう。
あまりに当たり前なことで気付かなかった。灯台もと暗しとはこのことだ。
僕は再び熟考をしてから、リイナに確認をした。
「ねえ、リイナ。僕の母さんはあなたの姉なんだよね?」
「うん、そうよ」
今更なにを聞く? と訝しむリイナに僕は質問を続ける。
「魔人と人間のあいだに産まれた子供も、当然ながら魔人の血を引くんだよね?」
リイナがハッと息を飲む。

魔人はもう一人、いた。

「僕も魔人ならば、闘魂の魔法が使えるんだよね」
額に手を当てながら顔を赤くするリイナ。何故もっと早くそこに気付かなかったのかと狼狽えている。
「あぁ、そっかぁ。そうだよね。考えてみれば当然だよね。お姉ちゃんの子供だもん。いや、そんな事例は今まで……あー聞いたことあるわ。うん、有りっちゃ有りだわ」
ブツブツ独りごちるリイナ。
盲点なのはこっちも同じだが、とにかく今は時間がない。僕はリイナの細い肩を掴むと、こちらを向かせた。
「単刀直入に訊くよ。どうすれば闘魂の魔法を使える?」
現状を打破するにはそれした方法がない。
人生で一度もケンカをしたことがない自分が闘えるとは思えないが、あの反則級のパワーが手に入るならば、多少はジンの援護が出来るかもしれない。
困惑しながらリイナはおずおずと訊ね返してくる。
「えっと、こっちに来てから魔力を感じる?」
「魔力……いや、さっぱりわかりません。それってどんな感じなんですか?」
「そりゃあ、こう。ムラムラっていうか、バゴーンっていうか。全身からダラシャーって気合いが溢れ出すみたいな」
駄目だ、抽象的すぎる。
「普通の魔人は、生まれながら魔力をホイホイ使えるの?」
「いやいや。成長と同時に使い方に目覚めるのよ。ふとした瞬間に、あーこういうものか的な。ケンカしてるときにダラシャーってしたら、いつも以上に高杉が吹っ飛んでいく、みたいな。軽く蹴ったつもりなのにバコーンって力入れたら、高杉の腕からポキッて音がした、みたいな。第二次性徴の精通みたいなものね」
「変な例え出すなや。でも、一気に目覚めさせる方法は? そんな悠長に魔力を開花している暇なんてないですよ」
するとリイナは顎に手を当てて低く唸った。
「あるっちゃ、あるわ。よく何歳になっても魔力が目覚めない魔人がいるんだけど、そんな時に強制的に目覚めさせる方法として使われるの」
僕はホッとする。それならば安心だが、何故だかリイナの頬が赤く染まっていく。
「それってどんな方法なんですか?」
「えとね、同系統の魔法を持つ感応者との濃ゆ~い接触……」
濃い接触? 訳が分からず首を捻る。
同系統の魔法を持つ感応者ということは、この場合はリイナだろう。
濃密な接触とはなんだろうか。がっちり握手でも交わしてみれば良いのか。
頭を掻きむしりながらリイナは悶えるが、意を決したかのように真っ直ぐ僕を見据えた。
空色の瞳がいつも以上に輝いて見える。心臓がトクンと鼓動を増した。
「緊急事態だからね。仕方ないわ」
え? と聞き返す間もなく、リイナは両手で僕の頬を包む。
その手のひらが柔らかいな、と思った瞬間に、さらに柔らかくて温かいものが唇に触れた。
パッチリと開いた視界はリイナの顔で塞がれた。嗅ぎ慣れたリイナの甘い香りが、至近距離で僕の鼻孔を襲う。
あまりの驚愕に一度停止していた心臓が、激しく乱暴に動き始めた。
「ん……にゅ、んぅん……」
艶めかしい吐息と共に、リイナの唇が、僕の唇の輪郭をなぞるように這う。
そのたびに全身の筋肉がガクガクと弛緩し、心拍数は臨界点を容易に超越していった。
アドレナリン貯蔵タンクは弁が壊れたようにダクダクと体中に放出されていく。もう全身が麻痺状態に侵されたみたいで、地に足が着いていない心地だが、それでもリイナの唇の感触だけは恐ろしいくらい鮮明に感じられた。
「……! ……!」
抗おうにも口は塞がれているし、顔はガッチリと両手で挟まれて動けない。というか、全身に力が入らず立っていられるのが不思議なくらいだ。
それでもなお、リイナの柔らかい唇は離れようとしない。もう気を失いそうだと思ったその時だった。
少し開いた僕の唇の隙間から、ニュルっとした何かが入り込んできた。
あれ? と思った時には既に、僕の舌にそれがニュルニュルと絡みついてきたのだ。
本能が一気に爆発した。
その瞬間、僕は劣情の塊となった。リイナが僕にとってどんな存在だとか、そんなことは考える余裕もない。
「……ぉん、むぐ! ぅふ……、んはぁ、んん……!」
ただ、お互い貪るように舌と舌を絡め合う。
本能の赴くままに、唾液と唾液を絡め合った。

しばらくして、リイナの舌がサッと潮が引くように僕の口内から去っていった。
どのくらいの時間、その行為をしていたのだろうか。
たぶん僅か数秒だったのかもしれないが、永遠にも近い時間に感じられた。
つと後ろに下がるリイナ。空色の瞳はとろんと潤んで、頬はポゥっと上気していた。
僕はクラクラする頭を抱え、支えを失った体をガクンと下ろす。
「……き、近親相姦だ」
「ちょっとちょっと、イヤな言い方しないでよ。私だって仕方なくやったんだから。まぁ、キス程度で済んで良かったわね。もっと鈍い魔人だと、それ以上の感応をさせないと魔力が目覚めないって言うし。そこまでいくと感応っていうよりも官能だわ」
充分に官能でした。
「それで、闘魂の魔法は目覚めたんですか?」
そう言って顔を上げると、向こうで剛森と伊丹があんぐりと口を開いて、こっちを見ていた。
「お前ら、こんなときに一体何をしておるのじゃ」
「リイナちゃ~ん、そんな年下の坊やと公然猥褻? ブレーカーの落ちすぎで、ついに頭の回路がショートしちゃったのかしら~ん」
散々な言われようだが当然だろう。リイナはニャハニャハ笑いながら手を振って見せた。
興を削がれたと呆れる二人。だが、壁際でうずくまるジンのメガネがキラッと光った。
アイコンタクトで合図する。奇をてらい、仕掛けるなら今しかない。
僕は立ち上がり、グッと構えた。

……で、どうすればいいんだ?

「ねぇ、リイナ。どうやって魔法を使えばいいの?」
身体的にはさっきと全く変化がない。体が軽くなったわけでもなく、沸々と湧き上がる何かがあるわけでもない。
自分の袖をまくって見ても、いかにも運動が苦手そうな肉の少ない腕があるだけだ。
本当に僕、闘魂の魔人なの?
するとリイナは僕の目をマジマジ見つめながら、自信たっぷりに頷いた。
「大丈夫。しっかりと魔力は充填されているわ。お姉ちゃんに似た、鮮やかな蒼い魔力が宿っている」
言っている意味がよく分からない。分からないけど、リイナがそう言うのならば間違いないのだろう。
僕はもう一度、腕を前に突き出してそれらしく構えてみる。
「どうすれば魔力を使えますか?」
「んとね、デュクシ! って気合いを入れれば勝手に体がガチコン! ってなるから。あとはフィーリングでよろしく~」
なんだそりゃ。かえって力が抜けそうだ。
とりあえず、僕は細く息を吐いてお腹のあたりに力を込めた。
ガチコンってなるようにデュクシね。
全身にグッと力を入れる。そしてそのフレーズを声に出してみた。
「デュクシ!」

その瞬間、血が動いた。

いや、思考よりも先に体が勝手に動いたのだ。
え、と思ったその時には既に、僕の握り拳は十メートル先にいた剛森の脇腹に深々とめり込んでいた。
ハンマーを持ったまま、見開いた目を僕に向ける剛森。そこでやっと僕の思考も事態に追い付いた。
それと同時に、全身を駆け巡った何かとてつもない力が、ガチコン! と腕や足にはまる。
僕はめり込んだままの拳を、勢いに任せて振り抜いた。
「うおおおおおっ!」
分厚い筋肉で覆われた剛森の体が、くの字に折れ曲がったまま吹っ飛んだ。
耳をつんざく爆発音と共に、剛森は壁に激突した。
「な、なに今の?」
自分でやったことなのに、もの凄く他人事に思えて仕方なかった。
自分の手のひらに眼を落とす。
歓喜か恐怖かわからないがプルプルと震えている。その手がぼんやりと、蒼く光を放っていた。
よく見るとその光は全身から放たれている。これがガチコンの正体……。
これが、闘魂の魔人の力……。
「改人くん! 前、前!」
リイナの声でハッと顔を上げると、棍棒を振りかざした剛森が突進してきた。
「何者だ、お前は! 何故、只の人間が魔力を宿している!」
剛森の攻撃を体が勝手に避けていく。棍棒の動きがゆっくりなわけではない。だが頭で考えるより先に、視覚で捉えた瞬間に体が反応しているのだ。
「ちょっとややこしい関係だけど、その子は私の甥っ子よ。つまりは克田家の血筋で~す」
その一言で剛森の表情が変わった。
「どうりで体が懐かしんでいるはずだ! 闘魂の! お前につけられた傷痕がうずくわ!」
両手で握っていた棍棒を右手に持ち、左手を掲げて「もう一本!」と叫ぶ。同じサイズの氷で出来た棍棒が左手に収まった。
「ならば遠慮はいらんだろう! ゆくぞ! 闘魂の血を引く小僧よ!」
剛森の握る棍棒がモヤッと黄色く光る。そこに確かな魔力を感じた。
「改人くん、修羅の魔法がくるわよ。気を付けてね」
リイナの忠告が聞き終わるやいなや、棍棒を構えた剛森が襲い掛かってきた。
「我が修羅を存分に味わうがよいわ!」
プラスチック製のバットでも振り回しているのかと思うほど、剛森は軽々と二本の棍棒を振り回してくる。
紙一重で避けた時に聴こえる空気を引き裂く音が、棍棒の重力がどれだけ殺傷能力を秘めているのかを容易に物語っていた。
しかも剛森は左と右で絶妙にタイミングをズラしてくるので、反撃はおろかカウンターを当てる隙もない。
僕は体が反応するままに、せめて壁際に追い詰められないよう逃げ回るのが精一杯だった。
「がはは! ただ逃げるのが関の山ではないか! 我が修羅の魔法は数多の武器に魔力を通わせ、もっとも的確に相手を仕留める斬撃を繰り出すことに長けている! お前が餌食になるのも時間の問題よ!」
さも得意げに自分の魔法を誇る剛森が癪だが、事実さっきから避けきっているはずの棍棒が何度か掠っていた。
僕の反応が鈍くなっているのか、はたまた剛森の速度が増しているのか。
どのみち一撃でもまともに喰らえば、一気にたたみかけられることは必至だろう。
だが、僕はせわしなく足をさばきながらも冷静に周囲を見渡す。
伊丹は相変わらず噴水のてっぺんに腰掛けたままだが、いつでも剛森に武器を準備出来るよう、水の中に手を入れている。
そして……。
「リイナ! 凄いパンチを出したいんだけど、オススメな掛け声はない?」
突然の問い掛けに困惑するリイナだったが、顎に手を掛けながら答えた。
「エイシャラー! がいいわよ。よく高杉にトドメを刺すときに使っているわ」
またもや気合いが抜けそうな掛け声だな。
まぁ、別にいい。剛森の攻撃を一度だけ止められれば、それでいいのだ。
反撃の準備は整った。
僕は軽快なフットワークをやめ、距離を取るために後方へ大きく跳んだ。
そして腰を落として両足をガッシリと地面に噛ませる。
「がはは! ついに観念しおったか! 闘魂の小僧よ!」
棍棒を大きく振りかぶる剛森。只でさえ巨大な体が、一回り膨らんで見えた。
僕は怯みそうな気持ちを奮い立たせ、お腹にグッと力を入れた。
「木っ端微塵に砕けろ!」
二本の棍棒が頭上から襲いかかる。

更新日 6月27日

その棍棒目掛けて、僕は両拳を突き上げた。
「エイシャラー!」
蒼く輝く拳が衝突した瞬間、氷で出来た棍棒はクリスタルのように粉々に砕け散った。
「んなっ! 馬鹿な!」
柄だけが残った棍棒を地面に投げ捨てながら、剛森は驚愕に目を見開く。
だがすぐに表情を戻すと、両手を頭上に掲げた。
「やはり侮れんな! しかしたった二つ武器を破壊しただけでどうなる! 得物などいくらでも調達出来るぞ!」
僕はニヤリと頬を緩めた。そして視線を噴水の方に向けると、突如として爆発が起きた。
「伊丹!」
爆炎で吹き飛ばされた相方の姿を見て、剛森は初めて気付いたらしい。
「すみません。こっちも二人体制でやらせてもらいました」
これまで噴水の上に君臨していた氷の女王に替わって、いま湧き上がる水の中に手を入れているのは、炎の戦士だった。
「貴様が水を個体にするのが得手ならば、水を気体に化すのが我の得手! 干上がれ!」
短い気合いを発した瞬間、噴水の水は灼熱と共にあっと間に蒸発していった。
そう、僕が剛森の相手をしている間に、ジンには伊丹の背後に回って奇襲をついてもらったのである。
「伊丹! 大事ないか!」
倒れた伊丹に駆け寄る剛森。しかし伊丹はケロッとした顔で立ち上がった。
「大丈夫よ~ん。爆風で弾き飛ばされただけだから、ケガはしていないの~ん。本当なら極熱の炎を喰らわせることも出来たのに、ジンジンってばフェミニ~ン。ますます惚れちゃったわ~ん。お嫁にして~ん」
頬に手を当ててクネクネする伊丹。ジンはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「御免こうむる。貴様の冷たい霜でうちの乾物が腐るわ」
「しかし、何故じゃ! 何故に炎のは、容易に伊丹の背後へ回り込めた!」
悔しげに地団駄を踏む剛森に、リイナは得意げに言った。
「うちの幼なじみを舐めないでくれる? 高杉はね、ずっと学生時代にボッチで過ごしたから、存在感を消すスキルを完全にマスターしているのよ。誰かの後ろに気付かれず立つことなんて、朝飯前よ」
「おい! そういう傷を抉るようなことは言うな! りっちゃんのアホ! あばずれ!」
ゲラゲラとお腹を抱えて笑うリイナはほっといて、僕は剛森と伊丹に言った。
「もう伊丹さんが氷の武器を造れないのなら、剛森さんの魔法も使えないはずです。勝敗はつきました。ここは黙って通してもらえませんか」
噴水の方では、ジンが手のひらに炎の槍を携えている。そっちがやる気ならやる、といったアピールだ。
伊丹は僕とジンを交互に見つめ、ため息を吐いた。
「そうね、闘魂の坊やの言うとおりだわ~ん。私達の負けよ~ん。あ~あ、これでまた正社員の道が遠退いちゃったわ~ん。バイオ~ン、また一緒に職安に行きましょ~ん」
肩をすくめて降伏宣言をした伊丹は剛森の腕にソッと触れた。しかし剛森はその手を荒々しく払いのけた。
「ふざけるな! まだ両膝が地に着いておらんのに、負けを認めてたまるか!」
「で、でもバイオ~ン。もう私、武器を出せないわよ~ん? 諦めましょうよ~ん」
「武器なら、どこにでもあるわ!」
剛森はドスドス歩いていくと、壁際に飾られた人間の背丈はある石像の彫刻を、力任せに引っこ抜いた。
「俺が武器だと思えば、何だって武器よ!」
丸太のように振りかぶった石像が、ぼんやりと黄色く光を放つ。
「腕に抱えられれば、何でも得物か。節操のない魔法よ」
呆れたように首を振るジン。それでも剛森は目をつり上げて、僕に向かってきた。
「我が最高の武器は不屈の魂よ! 闘魂の小僧! お前に俺の魔力を挫くことが出来るか!」
石像を振りかぶったまま、突進の勢いを乗せて攻撃をするつもりだ。
僕は腰を落として迎え撃つ。
「くるならば相手をします。だけど不屈の魂と言いましたが、案外いいものじゃないらしいですよ。僕の肉親が言うには」
デュクシ! と軽く叫ぶと、体がポゥと蒼く光り、腕や足にムチッと力がこもる。
「ほざけ! 小僧が!」
渾身の攻撃を、身を翻してかわす。爆発音と共に地面がぼっこりと抉れた。
僕はそのまま体を軸にして右足にローキックを打ちつける。
「デュクシ! デュクシ!」
勢いに任せたまま体を旋回させて、もう一発ローキックをお見舞いする。
剛森の膝がガクリと折れた。二メートルは余裕にある巨大が、蹴り込みやすい高さになる。
コマのように回転する勢いは止まらない。
脇腹に回し蹴りを叩き込み、右肩にも同じ回し蹴り。
すると苦悶の表情を浮かべた剛森の体が、グラリと傾く。ちょうどいい高さとタイミングだ。
「デュクシ!」
顔面に渾身の力でハイキックを食らわせる。グキッという音と共に、剛森の巨大は壁際まで弾け飛んでいった。
「や、やり過ぎちゃった?」
瓦礫が崩れ、土煙が舞う。それがだいぶ収まって見えてきたのは、首から上が壁にずっぽりめり込んだ剛森だった。
「まぁ、魔力のコントロールが出来ないうちはそんなものよ。いい蹴りだったわ、改人くん」
リイナがパチパチと拍手を送る。それに反応するように、壁に頭を突っ込んだまま剛森が豪快に笑った。
「がはは! ほんまにいい蹴りだったぞ! 闘魂の! この小僧はお前より強くなるかもしれんな! よっこいせ!」
グッと壁を押して頭を引っこ抜く剛森。そのままこっちを振り返ったが、そんな剛森を見て一同ギョッとした。
「闘魂の小僧よ! 悔しいが俺の負けだ! ここを通るが良い!」
「剛森さん! 首! 首が曲がっています!」
キョトンとする剛森だったが、その顔が九十度曲がっていた。
最後の蹴りを放った時に聞こえたグキッはこれだったのか。
「バ、バイオ~ン。痛くないの、それ~」
「なんじゃい? それよりもお前ら、何で横になっているんだ? あれ、地面も横になっておる。お~い、どうなっているんじゃ~」
その不気味な姿勢のまま歩いてくる剛森から、みんな逃げ惑う。体が頑丈なのはわかるけど、魔人こわいよ魔人。


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22:40  |  駄・ランプ  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

更新わすれちゃダメじゃないですか!!
ここに来るのが私の楽しみの1つなんですから(笑)
バイオンの90度ってどんな感じなの?
それが治るのか心配デス。
ぽけっと | 2012年06月27日(水) 09:32 | URL | コメント編集

>>ぽけっとさん
ごめんなさいwww
終盤なのでこれからは毎日更新します!

バイオン君の首は直角に折れ曲がってます。
でも、魔人なので大したことありません。逆方向に蹴れば治ります。
要人 | 2012年06月28日(木) 00:36 | URL | コメント編集

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