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2012'06.13 (Wed)

駄・ランプ  第六章

「不愉快だわ」
僕が話し終えるのを待っていたかのように、佐々木は間髪入れずに言った。
「非常に不愉快だわ。この上なく不愉快だわ。そこはかとなく不愉快だわ。御し難く不愉快だわ。あまつさえ不愉快だわ」
「茉莉お嬢様、そこはかとなく枕詞の用い方が間違ってございます」
「黙りなさい、珠江」
 珠江さんは一歩下がり低頭した。
「この私が思わず使用人風情からたしなめられるくらい、そのくらい不愉快というのを分かってもらえるかしら」
「茉莉お嬢様、使用人ではなく私はメイドでございます」
「口を慎みなさい、珠江」
 訓練の行き届いた丁寧な一礼で詫びる珠江さん。
 僕は床に正座をした状態で、メデューサのように睨み付ける佐々木に怯えていた。
 何故、僕が佐々木の前にいるかというと、理由はこうだ。
 リイナを助けるためには魔人界に行かなければいけない。それには他の魔人の協力が不可欠。
 僕が知っているリイナ以外の魔人といえば、炎の魔人であるジンのみ。それには主人である佐々木に助力を乞わなければならない。
 ということで、僕はクラス名簿から住所を調べ、佐々木家に向かったのだ。
 しかし、佐々木家の門前に立って腰を抜かした。まるで文化財のような佇まいの日本家屋。端が見えないほど広大な庭園。出迎えた数十人はいるであろう使用人達。
 通学路で一際目に付いた建築物。てっきり大きい寺か神社かと思っていたけど、まさか人家だったとは。
 今更ながら、佐々木がとんでもない大富豪のご令嬢だと知った。
 さて、入り口で佐々木に会いたい旨を伝えると、思いのほかアッサリと部屋に通してもらえた。
 そして外装とはチグハグな、バチカン美術館のような佐々木の自室で、本人が待っていたのである。

「ねえ、井上くん。あなた、何で私がここまで不愉快なのか分かっていない様子ね。それがまた私の不愉快さに拍車を掛けるわ」
「茉莉お嬢様、ローリングサンダーでございますね」
「口を挟まないで、珠江」
 頭を下げる珠江さんに倣って僕もそうする。
「理解もしていないのに反省した振りをしないで、井上くん。どこまで私を不愉快のズンドコに叩き落とすつもりなの?」
「茉莉お嬢様。お恐れながら、ズンドコではなく、どん底でございます」
「口と鼻穴を閉じなさい、珠江」
 お辞儀をして鼻を摘む珠江さん。何なのだ、この二人は。
「井上くん、覚えているわよね。前に私は伝えたはずよ。あなたが好きだって。当然ながら記憶しているわよね、学年主席さん?」
「あ、はい……」
「そうよね、覚えているわよね。それなのにあなたはなんて言った? この私になんて言った? あの頭と尻が緩い魔人を助けるために力を貸せ? こんな屈辱は初めてよ。万死に値するわ」
「ぼ、ぶふょ……ぶほぶぶ……」
「口を開けなさい、珠江」
 顔を真っ赤にした珠江は胸元を押さえて激しく呼吸をする。高校生くらいの子供がいてもおかしくない歳の女性が、一体何をやっているのだ。
「あの、佐々木の言うことはごもっともだけど。たった一度、ジンを喚び出してくれるだけでいいんだ。それだけで」
「イヤよ」
 完全な否定だった。百パーセント混じりっけなしの拒絶に閉口してしまう。
 佐々木のことだから絶対に協力してくれないだろうとは思っていたけど、ここまで頑固だとは。父さんの鋼鉄な心に匹敵する。
「話はもう終わりね。私も井上くんに言うことは何もないわ。珠江、客人はお帰りよ」
「かしこまりました、茉莉お嬢様」
 ホラ貝を構える珠江さん。ブオーという間の抜けた音が響いた直後に、数十人のメイドが部屋へ入ってきた。
 ギョッと身構えると、メイド達は入り口に向けてズラリと整列をした。
「「お帰り下さいませ! お客様!」」
 丁寧にして強制的に帰れと告げられた。これではどんな神経の太いセールスマンも、裸足で逃げ出すだろう。
 帰るまで絶対に頭を上げないであろうメイド達。親の仇のごとく不機嫌に睨み付ける佐々木。何故かホラ貝を構えている珠江さん。
 僕もいち早くこの場から去ってしまいたい。だけど、時間がない。なんとしてでも、僕は魔人界に行かなければならないのだ。
「取引をしよう」
 ゴクリと唾を嚥下してから佐々木に提案する。
「取引、ですって?」
 眉間に寄せたシワを倍に増やして佐々木は答えた。
 今すぐにでも噛みつきそうな勢いだが、もはやこれしかない。
 というよりも、超絶リアリストな佐々木相手なら、始めからこうすれば良かったのだ。
「そう、取引だ。もしも佐々木がこの場にジンを喚びだしてくれたら、リイナの願い事を一つだけ君に譲ろう」
「……」
 破格な条件だ。僕はずいと佐々木に詰め寄る。
「君はランプを擦るだけで魔人の力を一回増やせるんだ。どうだい、魅力的な取引だと思うけど」
 どのみちリイナを助けられなければ、百近い願い事は効力を失う。佐々木に一つ貸しを作るくらい、惜しくもない。
 鬼の形相はそのままに沈黙する佐々木。そんな僕らの間に、ホラ貝を振りかぶった珠江さんが割って入った。
「痴れ者が! 茉莉お嬢様に対して取引などとは、なんたる無礼でございましょう! お嬢様が直接、手を下す必要などありません! 私が葬ってさし上げま」
「控えなさい、珠江!」
 佐々木の叱咤に珠江さんばかりか、整列していたメイド達もビクーンと身をすくめた。
「いいわよ、井上くん。取引に応じましょう」
 邪悪にニンマリとほくそ笑む佐々木に、背筋がゾクッとした。
 なんだか罠にでも嵌められたような、嫌な感覚だぞ。
「下がりなさい、メイド達。珠江、あのランプをここに」
 佐々木が命令を下すと、メイド達は速やかに部屋から出て行った。珠江さんはランプと一枚の紙を持参する。
「茉莉お嬢様、取引ならば血判を捺させましょうか」
 ランプだけを受け取ると、ご満悦な表情の佐々木は紙を手で払う。
「必要ないわ。だって私と井上くんの間には、目に見えない絆があるから」
 ええ?
「御意。かしこまりました。さすがは茉莉お嬢様、佐々木家の次期当主になられるお方との愛は、着々と育んでらっしゃるようで。お羨ましい」
 ええええ?
「く、下らないおべんちゃらは止しなさい、珠江」
 ええええええええええ?
「では私も退席させて頂きます。またあとでロイヤルミルクティーでもお持ち致します、茉莉お嬢様。いえ、我が愛しい娘」
 えええええええええええええええ?
「はい。またあとで、ママ」
 ええええええええええええええええ!
 ほんのりと頬を染める佐々木を残して、珠江さんは控えめに微笑みながら部屋を出て行った。
 今のは冗談なのか? 訳が分からず脳みそが疲れた。

「さて、じゃあ望みを叶えてあげるわ。出て来なさい、クズ」
 埃でも払うように、ぞんざいな手つきでランプを擦る。伝説の炎の魔人が、最早クズ扱い……。
 ランプから溢れた煙が晴れると、以前と同じダークのスーツを身にまとったジンが、腕を組んで立っていた。
「お呼びかな、我が主よ」
「私はあんたなんかに用はないわ。要件があるのは井上くんよ」
 眼鏡の奥にある緋色の瞳がゆっくり僕を捉える。
「……ほう。久しいな、少年。そして罪人の主よ」
 そう言ってジンは興味を失ったように眼を閉じた。
 罪人、という言葉が胸に刺さる。
「リイナのことを、知って……」
「うむ。いまや知らぬ者などいないほどの話題よ。奴とは幼なじみ故に此度の件は責めたくないが、擁護しようとも思わん」
 エスカマリさんが話したとおり、あちらでは大事件になっているようだ。ジンのあからさまな態度が事実を物語っている。
「それで、私に用とは何事である。少年よ」
 グッと握った手に力を込めて頷く。
「僕を、魔人界に連れて行って下さい」
 ジンの赤い髪がフワッと浮き上がる。眼鏡を指で直してから訊ねてきた。
「何故、訊いておこうか」
「リイナを、救うためです」
 カッと開いた眼が宙を泳ぐ。
「何を馬鹿げたことを……」
「リイナを助けたいから、どうしても魔人界に行かないといけないんです。お願いします!」
「断る。それに私は主以外の願いは一切受け付けん」
「受け付けなさいよ、クズ」
「わかった、聞こう。……いやいやいやいや、待ちたまえ。我が主に少年よ」
 一人ノリ突っ込みをかましたジンは腕組みを解いた。あからさまに困惑した態度をしている。
「それよりも、人間である井上くんが、魔人界に行くことは可能なのかしら?」
 ソファーにふんぞり返った佐々木が訊ねる。それにはジンではなく僕が答えよう。
「魔人は召喚した瞬間、手に触れていたものも、一緒にゲートをくぐって来てしまうんだ。前にリイナが、パソコンごと召喚されたのもそのせいさ。そして逆も然り。召喚が解かれた瞬間に手に触れていたものは、魔人界に連れて行かれちゃうんだ」
 実際にそれで、何度かリイナに枕を持って行かれたことがある。
「その通りだ。それに人間界からは物だけでなく、科学技術といった英知も魔人界に持ち込んでいる」
「なんで? 魔人はみんな、あんたみたいに馬鹿なのかしら」
「ぐぬぬ……。魔人は得てして魔力に頼るせいか、人間のように科学技術を発展させようと考えもしない。なので我々が人間の願い事を叶えてやるのは、立派なギブアンドテイクなのだ」
 そしてジンは咳払いをして、僕を真っ直ぐに見据えた。
「故に知力の恩恵たる人間の心に魔力を使うなど、言語道断なのである。我が主の命令により魔人界までの手引きはするが、それ以上は手助けせんぞ、少年よ」
「しなさいよ、クズ」
「わかった、しよう。いやいやいやいや、我が主よ。それはさすがに致しかねるぞ」
 若干慌て気味にジンは首を横に振る。
「なによ、クズ。私の命令が聞けないというの。有り得ないほど使えない魔人ね」
「きちんと願い事という形にして頂けるなら、いくらでも叶えるが」
「そのくらいサービスしなさい、クズ」
 図々しい要望をさも当然にのたまう佐々木。主人運の悪いジンに同情せざるを得ない。
「いや、さすがにそこまでお願い出来ないよ。それにリイナに加担すれば、ジンさんも只では済まないでしょうから。でもせめて、リイナが留置されている魔人裁判所っていうところまでは、連れて行ってもらえないでしょうか?」
 浅く瞳を閉じ思案してから、ジンはコクリと頷いた。
「了解した。案内をしよう」
 ホッと胸をなで下ろす。
「ジンさん、ありがとう。そして佐々木も、ありがとう」
 頭を下げると佐々木はニヤリと笑って言った。
「井上くんが帰ってくるまで願い事を考えておくわ。楽しみに待っていることね」
 背筋がゾクッとする。頼むから一般常識の範囲内にしてもらいたい。
 スッと手を差し出すジン。
「では少年、参ろうか」
「はい。よろしくお願いします」
 僕はその手を握り返す。炎のように熱い手だ。
 さぁ、魔人界に行ってみようか。僕の魔人、リイナを救うために!
 
 ……まだかな。あと何分くらいだろうか。
 さっきからジンと手を繋いだまま、ぼんやりと突っ立っている。確かにいつ召喚が切れるか分からないけど、もう少しあとに手を繋いでもよかった気がする。
 しかも何故かジンは、若干嬉しそうな顔をしているし。佐々木は腐った生ゴミでも眺めるような眼をしているし。
 それにこれ、言っちゃ悪いことだと思うけど。ジンの手、汗でヌチャヌチャして気持ち悪い……。

☆ ☆ ☆

 魔人界の街並みは人間界と何一つ変わりなく、高層ビル群の間を自家用車の列が縫うように走っていた。違いといえば髪と皮膚の色が異なる魔人が闊歩していることと、夜空に浮かぶ月が二つあることくらいだろうか。
 僕とジンは地下鉄に乗って、魔人裁判所へ向かった。
「するとなにか。少年があのルイーゼ様の息子だというのか?」
 眼鏡を何度もたくし上げるジン。道すがら今回の事を説明していたのだが、ここまでジンが驚愕するとは思わなかった。
「ルイーゼ様、って大げさな」
「何を言うか。ルイーゼ様といえば美人な上に強大な魔力。才色兼備、容姿端麗、良妻賢母、十人十色とそれはそれは評判な魔人だったのだぞ」
 後半の四字熟語は明らかに使い方が間違っているが、母さんはよっぽど凄い魔人だったらしい。ジンは眼鏡の下から指を入れ、目尻をグッと押さえる。
「あの女傑と名高かったルイーゼ様が、よもや人間界で命を落としていたとは。生きているうちにもう一度、お会いしたかったものだ」
 目頭が熱くなった。
こっちの世界では母さんの事を知っている人がいる。亡くなった事を悲しんでくれる人がいる。
やはり母さんは、魔人界の住人だったのだ。
「そしてもう一度、バトルしてみたかったものだ」
 結局はそこかい。まずはリイナに勝ってから言いなさい。
「ところで少年よ。こっちの世界はどうだ? 人間界と違って魔力に満ち溢れているであろう」
 ジンに言われて僕は大きく息を吸ってみる。確かにこっちに来てから、空気の質が違って感じた。
 酸素の量が多いというか、濃厚だというか。でも決して不快ではなく、むしろ気分が高揚しているほどだ。そしてどことなく、懐かしさすら感じてしまう。
「ええ。よく分かりませんが、違和感があるのに違和感がないというか。言葉では言い表せませんが、これが魔力なのかな、っていうのが、なんとなく伝わります」
 するとジンは顔は正面を向いたまま、指先をこちらに突き付けた。
「? なんですか、エッ!」
 指先から途端に小ぶりな炎の玉が放たれた。とっさに手で防ぐ。
「なにするんですか! 火傷しちゃうでしょ……あれ?」
 確かに皮膚を焦がすような熱い感触があったはずなのに、手の平には黒いススが付いているだけだった。
「それが魔力だ、少年よ。闘魂の魔法ほどではないが、すべからく魔人は体全体に魔力を帯びることになる。それがシールドの役割を果たし、人間よりも数倍、体が頑丈になるのだ」
「べ、便利ですね」
 だからと言って、突然に炎をぶつけてくることもないだろうに。
 すると電車の中に車内アナウンスが鳴った。
『ご乗車中のお客様にお願いです。車内での魔法の使用はどうぞお控え下さい。繰り返します。車内での魔法の使用は……』
 周りの乗客もこっちを指差しながら、ヒソヒソと声を潜めている。
 顔が真っ赤になるジン。ああ、魔人界にはそういうルールがあるのね。

「克田とは面会が可能なのか?」
 車内を巡回していた鉄道員から一通り怒られた後、電車の手すりに掴まりながらジンが訊ねてきた。
「はい、そうらしいです。ただしリイナは独房に捕らえられているので、鉄格子越しであると。そこまで行けさえすれば、あとはリイナを脱走させられるかと思います」
「ふむ。ところで少年に入れ知恵をしたのはどこの誰だ? 只の魔人ではないな、きっと」
「エスカマリさんっていう、ネットゲーム内で知り合った魔人です」
 緋色の目を見開いてジンは「ほほう……」と唸った。
「魔人界でもかなり人気が高いらしいですね。ジンさんもやっています? マホロバ」
「うむ、もちろんだ」
「あ、本当に。エスカマリさんはリイナが所属するギルドのマスターなんですよ。僕と同じ弓使いなんですけど、パーティーサポートがメッチャ上手い魔人さんです」
「マホロバはキャラクタースキルよりも、連携攻撃といったパーティープレーが重要だからな」
「そうそう。でもそこのギルドに『紅蓮の翼』っていう斧使いの人がいるんですけど。その人、派手な攻撃ばかり使いたがって、一緒に戦闘すると邪魔で仕方ないんですよ。周りが見えてないっていうか。迷惑な人っていますよね」
「少年よ。その、紅蓮の翼とやらは……」
「はい?」
「……私だ」
 この上なく気まずい空気が流れる。眼鏡の奥の瞳にうっすら涙が溜まっていた。
「……」
「……」
「邪魔で悪かったな」
「……」
「……」
「あらじん、死ね」
「……」
「……」

☆ ☆ ☆

 さて、ダークモードのジンと地下鉄に揺られること四十分。目指す魔人裁判所に到着した。
 いかにもお役所的な外観の建物に足を踏み入れる。受付の役人に面会の要望を告げると、地下へと続くエレベーターに案内された。
 リイナがいる独房は地下五階。古い型のエレベーターなのか、降りていく時間が長く感じた。
「当然ながら独房のある階では、魔力の使用は一切認められていない。もしも使用した場合は処罰の対象になるので、変な気は起こさんことだ」
 中年の役人はジットリとした視線を交互に向ける。
「赤髪の青年。罪人との関係は?」
「幼なじみである。闘魂の魔人の家系である克田家。そして炎の魔人の、伝説の炎の魔人の家系である我が高杉家は、古くからの仲である。故に兄弟のように育ってきたといっても過言ではない」
 そこまで誰も聞いてない、とばかりに面倒くさそうな顔をしながら、中年役人は僕を見た。
「君は、どんな関係かね?」
「この少年は、我が友人である!」
 鼻息を荒げて意気揚々と答えるジン。
「いや、君には訊いていな」
「友人である! 彼は私の友達である! 友達!」
 友達という響きに悦っているジンがかなり気持ち悪い。というか、イヤだな。
「本当に友達なのか? 君、いかにも友達が少なそうだぞ」
「おい! それはどういう意味だ!」
 喧嘩に発展しそうになる直前、エレベーターが到着した。
 中年役人は独房監視員に引き継ぐと、そのままエレベーターで戻っていった。
 独房階は全体が薄暗くカビ臭い。それに監視員は二人とも鎧を身にまとい、先端に刃が付いた槍を携えている。重苦しい雰囲気が、リイナの罪状の程を物語っていた。
「面会時間は五分。何を話していけないとは言わないが、相手は罪人である旨を含むがよかろう。ちなみに伺っておくが、君達は何系統の魔法だ?」
 監視員は事務的に訊ねる。魔法の系統によっては、面会遮絶になるとエスカマリさんは言っていた。
「私は代々誉れ高き炎の魔人、高杉家のジンである。貴様、私を知らないとはモグリか?」
「知らんわ。君は?」
「……治癒系の魔法です」
「了解した。では、これより面会を許可する」
 魔人のマスターだということも、隠しておいた方が良いらしい。願い事という形で魔法を使えば、系統を無視して莫大な魔力を駆使出来るからだ。
 監視員の後に続いて進む。二人いるうちもう一人は僕らの後ろに。
 当然ながら警備体制に抜かりはない。リイナに伝えたいことが伝えきれるか不安になった。
 片廊下に面して三畳ほどの独房が十部屋ほど連なる。ちょうど真ん中へ来たときに、監視員は足を止めた。
「克田リイナ、面会者だ。起きろ」
 簡素な洗面台と便座、それに粗末なベッドしかない独房。そのベッドの上に、リイナは横たわっていた。
 こちらに背中を向けているので顔は見えない。でも、その久しぶりに見る姿に涙が出そうになる。
 今やこんな薄暗い独房で裁きを待つだけのリイナ。あの馬鹿なことばかり言い合った日々が、いやに眩しく思い出された。
 あと少しの辛抱だ。リイナは僕が絶対に、救ってみせる。
「リイナ! 僕だよ!」
「えっ! 風早くん?」
 ……あぁ?
 満面の笑みを浮かべて起き上がったリイナだが、僕達の顔を見ると露骨な溜め息を吐いた。
「なんだ。改人くんに高杉か」
「なんだとはなんだ! 人がせっかく会いに来てくれたのに! しかも何で風早くんが出てくるんだよ!」
「え~。だって私いま、結構有名人になっているらしいから。無能力者になる前に、一度くらい風早くんが来てくれるかな、って。『魔力は失っても君への愛は変わらないよ。そうだ、この気持ちが消えないように、水の精霊の誓約を二人で受けよう』みたいな」
「ねーよ! なに都合のいい夢見てんだよ!」
「叶わないから夢なんだと思います」
「望みねーのかよ! もっと頑張れよ!」
 ケタケタ笑いながらお尻をバリバリと掻くリイナは、心底がっかりするくらいに普段通りだった。
 僕はちょっと離れて深呼吸をする。
「あなた、本当に魔力を剥奪されるんですか?」
 リイナは監視員をチラッと見てから言った。
「そうよ。こればっかりは言い訳出来ないし、自分でやっちゃったことだもん。後悔はしていないわ」
 ベッドにダラリとだらしない格好で寝そべり笑っているが、リイナの空色の瞳は真剣だった。ズキッと胸が痛む。
「記憶が戻ってすぐに言ってくれれば、また封印することが出来たのに。あなたならそのくらい容易に頭が回ったでしょう」
「うん。でもね、それはやっぱりダメかなって。だって私、一度は逃げたんだもん。それなのにどうして、また逃げられるっていうの」
「逃げる、って。父さんはそんな風にあなたを思っていない。それに父さんだけではなく、母さんだってきっと……」
 リイナの顔が嬉しそうに崩れた。
「あは、やっぱりシゲノブはシゲノブだわ。いつも人の心配ばっかりで、温かくて優しい。馬鹿だね、私。そんなシゲノブのことを忘れちゃおうだなんて、もったいない。それに、お姉ちゃんのことまで」
 目じりにうっすら涙を浮かべて満足そうにリイナは微笑んだ。そしてベッドから降りると、鉄格子に近付く。
 リイナの首には銀色のリングがはめられていた。僕は自分の首を指差しながら訊ねる。
「それ、魔力拘束具?」
「そうよ。これのせいで魔力は全部、封印中。もし解放出来たら、ここなんて二秒で突破可能よ」
 リングをグイグイ引っ張りながら、リイナは諦観の笑みを浮かべた。
「そんなわけで最後に力も使えずに、私は無能力者になるしかないわけ。でも、さっき後悔はしていないって言ったけど、一つだけ後悔があるかな。ここまで私を心配してくれるご主人様に、何もお返し出来ないまま魔力を失っちゃうなんて」
 リイナがスッと手を伸ばす。その手を掴むと、僕は鉄格子越しにリイナを引き寄せた。
 監視員が引き離そうと詰め寄ったが、それをジンが体を割って阻んだ。
「案ずるな。不粋である」
 冷たい鉄格子を挟んで伝わってくるリイナの体温。僕はリイナの耳元に口を寄せ、短く言葉を伝えた。
 体を離すとリイナの頬に涙が零れ落ちる。
「ありがとう。本当に、ありがとう。最後にお姉ちゃんの子供、私の甥っ子の顔が見れて幸せだったわ。そして願い事を全部果たせなくて、ごめんなさい。いっぱい心配かけて、ごめんなさい。」
 頭を下げるリイナ。
「それと、高杉もありがとう。改人くんをここまで連れてきてくれて。結局、勝負は私の勝ち逃げになっちゃったけど、他の魔人に負けないように、もっと強くなりなさいね」
 神妙な顔つきのジン。
 その時、監視員が互いに目配せをしたのを視界の隅で捉えた。
 これはマズいことになったと焦る。
 リイナの言葉の端々を拾っていけば、充分に気付くだろう。僕がリイナと契約した人間だということを。今更ながら、もう少し言葉を選んでおけばと後悔した。
 片方の監視員が槍を構えると、もう一人はエレベーターの方へ向かった。
 ここで騒がれて放り出されてしまえば、計画が台無しになってしまう。万事休す! と思った直後だった。
 ジンが、監視員の腕を掴んで制止させた。
 思い掛けない行動に、その場にいた全員が目を丸くする。腕を掴まれた監視員も、唐突のことに呆然としていた。
「あの、ジンさん?」
「……気が変わった」
 ムッスリとした態度で呟いた瞬間だった。ジンが触れていた監視員が、ガス爆発でもしたかのように炎のかたまりとなった。
 消し炭になった相方を、口をパクパクしながら見る監視員に、ジンが軽く手を触れる。
「劫火の抱擁」
 同じように一瞬で丸焦げにされた監視員。その瞬間、廊下にけたましい警報音が響いた。
「ジンさん、これは一体……」
「我が魔法をこやつらの体内で直接爆発させた。内臓から血液に至るまで、一瞬で炎が駆け巡ったであろう」
 黒こげになった監視員の衣服をあさりながら、解説をするジン。
 ポケットから鎖のついた鍵の束を取り出すと、その鎖を炎で焼き切った。
 そしてリイナの鉄格子の鍵を開ける。
「高杉あんた、なんてことをやっちゃったのよ……」
「うっさい! りっちゃんのアホ! スカンク!」
 メガネをクイッと託しあげながら、ジンは言葉を続ける。
「私は我が主の命により、この少年を助力したまで。そして克田よ、本当に勝ち逃げをするなど許さん。共に脱走しようぞ。我が旧友よ!」
 やや興奮した様子のジンには申し訳ないが、僕とリイナは同時に深い溜め息を吐いた。
「いや、あのですね。そういう意味じゃなくて」

更新日 6月19日

 リイナくんのドキドキプリズンブレイク大作戦!
 監修:エスカマリ

 一、まずはリイナくんに作戦を伝えよう。面会に行くフリを装えば誰でも会えるぞ!
⇒今ここ。
 二、裁判の時間になったら判決の間で待機しよう。魔力剥奪の儀式はその場で行われるぞ! その際に身内だとか役人に伝えれば、より近くで観覧できるぞ!
 三、 そして裁きの瞬間! 魔力剥奪の儀式に入るときに、一瞬だけ魔力拘束具が外されるのだ! ここがチャンス! すかさずリイナくんへ願い事をしよう! どんな願い事でもいいさ! リイナくんは素早く契約コードを詠唱すればいい! 力ずくでその場を脱出だ! 闘魂の魔人相手なんて誰も適わないって!
 四、あとはリイナくんと手と手を取り合って、南の島にでも逃避行。新たな二人の未来が始まる……!

「……という予定だったんですけど」
 真顔で話を聞いていたジンの額から、冷や汗がダラダラと垂れ落ちてくる。
「それ、先に言えよー」
「だってジンさん、手伝わないって言ったじゃないですか。だから余計なことを伝えても、意味ないかなって」
「高杉ってこういう奴なのよ。目立ちたがり屋っていうか、一時のテンションに流されやすいっていうか。たいていは良くない結果を引き起こすけどね」
 顔を真っ赤にして吠えるジン。
「う、うるさい! それを言ったら克田はどうなのだ! なぜ当の本人がそこまで落ち着いていられる!」
「だって改人くんがここに来た時点で、助けにきたなって気付いたし。それにさっき、その旨を耳打ちされたし。全く高杉はいつもながら空気が読めない奴ね」
「てか、あなたも普通にご主人様って言っていたでしょうが。全然気付いていなかったでしょ。嘘言うな」
 イタズラっぽくペロッと舌を出して見せるリイナ。
 顔を赤らめたり青ざめたり、彩り豊かに染め替えるジンは頭を抱えて激しく唸った。
唸りたいのはこっちの方だ。計画を最初からメチャクチャにされたのだから。
警報音が未だに鳴り響く。奥を見るとエレベーターが動いていた。警備員がまもなく駆け付けるだろう。
「困ったわね~。まぁ、私は元々罪人だけど、高杉も間違いなく捕まるわ。あんた馬鹿ね~。お父さんにメッチャ怒られるわよ~。眼鏡、叩き割られるわよ~」
 欠伸をしながらバリバリ尻を掻く姿は、緊張感の欠片もない。
 頭を抱えてブツブツ呟いていたジンは、変な雄叫びを上げながら立ち上がった。
 そして後方に巨大な炎の玉をぶっ放した。
「何をやっているんですか、あなた……」
 エレベーターの扉がひしゃげて炎に包まれる。次いで反対側の通路から、槍を構えた警備員がワサワサと現れた。
「魔力の使用を許可する! 脱獄犯と荷担した者達を捕らえよ!」
 先頭に立った警備員のリーダーが手をかざす。すると後に携えた警備員達の槍が鋭い造形に変化し、一斉に投擲してきた。
「ほう、魔力を使用してよいのならば、決闘と受け取っても構わんのだな。ならば遠慮はせん。我が灼熱の業火を存分に味わうがよい!」
 雨のように降ってくる槍に向かって、ジンはスッと手を払う。すると槍は次々に爆ぜ消滅した。
 その爆煙に紛れてジンは敵の懐に突進する。また派手な爆発が立て続けに舞い上がった。
 一瞬だけ現れた修羅場はすぐに静まり返り、あとに立っているのはジンだけだった。
「ここまで来たら、やれるところまでやらせてもらおうか! 高杉家は三十七代目を継ぐジンを侮るな! 行くぞ、克田! 少年!」
「は、はい!」
 勇ましく走り出すジンのあとに次ぐ。警報音がけたましく鳴る中、僕はリイナの手をしっかりと掴んだ。

 最早開き直ったジンに恐いものはないようだ。
「止まれ、炎の魔人よ! これ以上騒げば、貴様も魔力剥奪の刑に処され、ぐはぁ!」
「うるさい! 退け!」
 自由自在に炎を操り、次々と警備線を突破していく。リイナとの対決では、小さい炎をポイポイ投げてきただけだったが、やはり人間界では力の一割も出せないらしい。
 爆炎に火柱の乱舞。僕は前方から吹き込んでくる熱風から身を守るだけで精一杯だった。
「ジンさんって、本当は強いんですね」
 感嘆しながら呟く僕にリイナが相槌を打つ。
「まぁね。一応、自然四大元素のひとつ、火を担う高杉家の長男だもん。そこそこの相手には負けないわよ。頭は弱いけど」
 階段を駆け上がりながら階層を頭の中で計算する。これで二つ目の踊場までやって来た。
 独房のあったのが五階だから、単純に考えれば今は三階。
 階を上がっていくごとに、警備員の数も増えていっている。いくらジンの魔法が強力とはいえ、最後まで突破出来るのだろうか。
 それにこの建物から抜け出られたとしても、その後はどうする? リイナの魔力は未だに拘具で抑えられているままだ。
「リイナ、やっぱり願い事って出来ない?」
 駆け足なため、上がった息を収めつつ、リイナは答える。
「無理だと思うよ。願い事を叶えるといっても、着火させるだけの微量な魔力は必要だから。試しに何か言ってみて」
「じゃあ、その首輪を外して下さい」
「了解。契約コード詠唱! シメサバ!」
 人差し指を突きつけて唱えるが、何一つ反応がない。やっぱり無理なようだ。
 これでは屋外でも逃げ切れないだろう。
 結局はどん詰まりとわかっていても、先に進まなければと気が急いてしまう。とにかく今は最大の戦力であるジンについて行くしかなかった。

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Comment

ジン、うける…
ヌチャヌチャして気持ち悪いジンの手と要人さんが手をつないでるのが思い浮かんでしまうのは何故?
ぽけっと | 2012年06月17日(日) 14:14 | URL | コメント編集

>>ぽけっとさん
ジンほど大好きなキャラはいません。
だから具現化して見えるほどキャラが立っているということではw
要人 | 2012年06月17日(日) 20:26 | URL | コメント編集

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