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2012'06.09 (Sat)

駄・ランプ  第五章

 あれから一週間が経った。
 帰宅してすぐにパソコンの電源を入れると、早々にマホロバを立ち上げログインする。
 そして決まったようにフレンド登録されてあるページを開き、お目当てのプレーヤーがインしているか確認する。
 確認して、いつものように重い溜め息を吐いた。
 リイナはあれからずっと、マホロバにも繋げていない。
 にも……というのは、召喚にも応じなくなったのだ。

 僕はマウスから手を離すと卓上ランプを引き寄せ、念を入れて擦った。
「出でよ、ランプの魔人」
 しかし反応はなく、僕の声だけが無駄に広い部屋へこだました。
 やるせない気持ちだけが胸に溜まっていった。
 あの時、リイナの消え方は明らかに普通ではなかった。その理由を僕は次の日、夕飯の時に父さんから聞いて知った。
 父さんとリイナが隠していた真実と、犯してしまった禁忌を。

「リイナに初めて出会ったのは、私がまだ二十歳の頃だった」
リイナの記憶を戻した夜、父さんは夕飯を食べながら静かに語り出した。
「当時の私はやりたいこともなく意志も弱く、ただ惰性で大学に通うだけの人間だった。本当に友人と呼べる友人もいなく、意地悪なゼミの先輩の小間使いとしての日常が、情けなくも唯一孤独にならない手段だったよ」
父さんの顔をマジマジと見つめる。
この人が昔のことを話すなんて初めてだし、何より鋼の心を持つ父さんが、今とは全く別物な青年だったとは。
「そんなある日、私はふと立ち寄った近所の雑貨屋であのランプを手に入れた。改人はあれをどこで?」
「商店街の電気屋さんで」
「ふむ。どこをどう巡ってお前の手元にやってきたかはわからないが、これもやはり運命のようなものだろう」
箸を使うのが下手な父さんは、焼き魚を不器用にほじりながら口に運ぶ。
「初めて会った時には本当に驚いた。ランプを擦ったら煙と共に女の子が現れたのだからな。しかもその時、リイナはな。その、あれだ。着替え中だったのでな。暴れるわ喚くわで、最初の三十分はドタバタしたまま終わったよ」
驚いたというわりには無表情で懐古する父さん。
というか、佐々木といい父さんといい、ランプを見ると結構みんな擦ってしまうものなんだな。
「それから私の生活は一変した。初めはお互いギクシャクしていたが、日が経つにつれて慣れていった。当時まだ十八歳だったリイナと色々な話をしたものだ。学校でのことや友達のこと、お互いに悩み事を相談し合ううちに、私達は魔人と人間という垣根を越えて親交を深めた。毎日のたった三十分間が、自分が自分らしくいられる時間だったし、リイナを自分の妹みたいに可愛がっていた」
父さんの気持ちがとても理解できた。
僕も毎日、用もなくリイナを喚び出しては下らないお喋りを楽しんでいる。
リイナも元来、大らかな性格なのだろう。ほぼ習慣となった召喚を疎ましく思わず、僕に付き合ってくれる。
リイナとの三十分間は、いつの間にか僕にとっても掛け替えのないものになっていた。
「そんなある日、私にとって一つの転機が訪れた。普段通りに召喚したリイナの隣にもう一人、空色の髪と瞳を持つ魔人がいたのだ。それがリイナの姉、ルイーゼだった」
おや、と首を捻る。以前にリイナへ家族のことを訊ねたことがあったが、本人は一人っ子だと確かに言っていた。
「リイナが日向で朗らかに咲く蒲公英ならば、ルイーゼは控え目だが可憐に咲く紫陽花のような女性だった。私はそう、一目でルイーゼに惹かれてしまったよ」
飲み込もうとしていたご飯がグッと詰まる。父さんの瞳が何かを悟って欲しいようにジッと僕を見た。
「それからは時々、リイナはルイーゼを連れてくるようになった。私もルイーゼに会えることを心の中で望んでいたし、彼女もきっとそう思っていると仕草で感じ取れた。意気地がなかった私は自分からはそれ以上、ルイーゼに歩み寄れずにいた。そんなもどかしさを軽々と踏み越えたのは、彼女の方だった」
そこで父さんは一旦、箸を置くと湯呑みを啜る。淡々とした父さんの語り口に、僕はいつの間にか箸を止めて聞き入っていた。
「その日も三人で他愛のない会話をしていると、そろそろ三十分間が経つところだった。終了時間に備えて手を繋ぐ姉妹。名残惜しく見送る私。その時だった。ルイーゼは妹の手を離すと、私の胸に飛び込んできたのだ。驚く私に、悪戯っぽく舌を出すルイーゼ。そして呆気に取られた顔を残して、リイナだけが煙と共に消えていったよ。その日を境に、私達の関係は一変した。それまであやふやだったお互いの立ち位置が、くっきりと色を付けた」
僕は自分のことを、そこまで鈍い性格だとは思っていない。
ある予感が、着実に正解に向けて進んでいた。
父さんは、父さんだけの昔話をしていたのではなかった。

「それからルイーゼは、召喚の度に魔人界と人間界を行き来するようになった。私とルイーゼは、薄暗いアパートの一室で奇妙な半同棲生活を始めたのだ。妹であるランプの魔人リイナは、従順に姉と私を繋ぐゲートの役割を果たしていたよ。リイナがあってこそ成り立つ生活だったし、もちろんいつも感謝していた。だが私は感謝ばかりで、彼女の気持ちに気付かずにいたのだよ。今にして思えば、なぜもっとリイナにも目を向けられなかったのかと後悔している」
だが鋼の心は、悔いる溜め息を吐く優しさすら奪った。背筋を正してムシャムシャとご飯を掻き入れながら、父さんは話を続けた。
「それから一年後、私が最後にリイナを召喚した前の日の話をしよう。いつものようにランプを擦ったのだが、その日はルイーゼがそばにいなくリイナだけだった。まぁ、タイミングが合わなければルイーゼを連れてこられないなんて珍しくなかったのでな、私は大して気にもしなかった。たまにはリイナとゆっくり話でもしようかとお茶を淹れようとした時、リイナは躊躇いがちに言ったのだ。ルイーゼと種族の隔たりなくいつまでも一緒にいられる方法がある、と。私は目を丸くした。それは常々、私が悩んでいたことでもあった。当然ながらルイーゼも向こうで生活があるし、結局はリイナの召喚を通さなければ私達は会えない関係なのだ。方法を訊ねてもリイナは教えてくれなかった。ただ一つだけ、自分の言うことをなんでも聞くように願い事をしてくれ、と」
味噌汁で口の中を流すと父さんは手を合わせて、ご馳走様と言った。僕は自分の食事がまったく進んでいないことに気付いたが、今は箸を動かす余裕などなかった。
「リイナのことは絶対的に信用していたので、私には断る選択肢はなかった。私達の間を繋いでくれたリイナだからこそ、喜んで承諾した。戸惑いながらも無理矢理に笑ったリイナの顔を忘れられない。私は正式にランプの魔人に願い事をした。『君の言うことになんでも従うようにしてくれ』と。今にしてみれば、なんという軽薄な願い事だったのだろうと思う。リイナの指先が光った後、私は目の前の女の子を見て、立場が逆転してしまったなと感じた。これでリイナが私の願い事を叶えるのではなく、私がリイナの願い事を叶えるようになってしまったのだと」  重ねた食器を流しに持って行くと、父さんは新しいお茶を淹れながら「リイナはそれ以上なにも言わず、その日はそれで終わった」と呟いた。
「何かをグッと呑み込んで語ろうとしないリイナが消えた後に、結局彼女は私に何を叶えて欲しかったのだろうと訝しんだ。そして次の日、その答えを聞くためにランプを擦った。するとそこには、ベッドに横たわるルイーゼと青冷めた顔で姉の手を握るリイナがいたのだ。私は驚愕してリイナに訊ねた。命に別状はない、貧血で倒れただけだというリイナの言葉にホッと胸を撫で下ろした。だがリイナは依然としてワナワナ震えるばかりで、何かとんでもないことをしでかしたとばかりに縮まっていた。私はリイナの肩を掴んで問い質した。そしてどうにか聞き出せたことが二つ。ルイーゼが身ごもっていることと、もしそれを知っていたら自分は昨日、そんな願い事をしなかったと」
予感は確信へと繋がった。
「身ごもった魔人は問答無用で家を出て、嫁がなければいけないというのが魔人界のルールらしい。リイナの本当の願い事は他にあった。しかしたった一晩でそれをしてはならない状況になった。譫言のように呟くリイナの言葉に、私は自分の顔が赤くなっていくのが分かったよ。この一年間、私はルイーゼに会いたいがために、リイナに対してどれだけ残酷なことを頼んでいたのかと。この子の気持ちに気付けなかった愚鈍な自分を、心の底から悔いたよ」
そこで父さんは一端、口を噤む。リイナへの懺悔だろうか、はたまた過去の自分を呪っているのか。
わからないけど、表情一つ変えないいつもの冷淡な態度は、ただ喋り疲れた中年男にしか見えなかった。
「愕然とする私に、リイナはスンスンと鼻を鳴らしながら向き合った。二つ目の願い事を私に叶えさせるために。ルイーゼはこのまま人間界においていかなければいけない、そして二度と自分を召喚しないで欲しい、だから……自分の記憶を消すように願い事をしてくれ、と。前日に叶えてもらった願い事はきちんと発動した。私は自分の意思とは裏腹に、二つ返事でリイナの言葉を復唱していたよ。そしてリイナの指先が光る直前、彼女は私にもう一つの願い事をしていった」

――シゲノブ、これからは誰にも負けない絶対に折れない心で、お姉ちゃんと産まれてくる子供を守ってね。

「リイナの魔力は強力過ぎた。呟く程度のささやかな祈りにまで、私への願い事は発動されていた。それが魔人界の禁忌に触れたとは、本人ですら気付かなかっただろう」
あまりの驚愕に開いた口が塞がらなかった。
父さんの鋼の心が、まさかリイナの魔力によるものだったなんて。
いつも歯がゆさや虚しさといったもの感じていた。その堅固さや孤高さに、息子ながら劣等感を抱いたこともあった。
魔人達が人間の性格をいじる行為を禁忌と定めた理由を、僕はひしひしと実感した。
「それから私は約束通りにリイナの記憶を封印させて、二度と喚び出さないようにランプを海へ投げ捨てた。そして目覚めたルイーゼに全ての事情を説明し、改めて求婚をしたのだ。当然ながら人間界に戸籍も親類も持たないルイーゼと一緒になるには、絶大な苦労があったよ。時には非合法に近い手段を使ったこともある。さらにはルイーゼの空色の瞳と髪もカラーコンタクトやヘアマニキュアで隠し、名前も与えた」
心臓が乱暴に跳ね上がった。
「ルイーゼの髪は五月の晴れた青空に似ていた。それに因んで、ルイーゼの名前は」
「……さつき、だね」
僕の母さんの名前だ。
「うむ。ルイーゼは髪も瞳も黒に染め、井上さつきとして人間になった」
気付けば、両眼からは止め処ない涙が溢れ出していた。
様々な感情が折り重なって、自分でもどうすればいいのか分からない。
一人もいない母さんの親類や、父さんの早すぎる結婚や鋼の心。
これまでずっと不思議に思いながらも聞けなかった謎が、氷解した。
しかしそこにあった事実は、受け入れるにはあまりにも大きすぎる。
「本当ならば、お前に母さんのことやリイナのことは打ち明けないまま、墓場まで持って行くつもりだった。仕方ないだろう。自分の母親が魔人などと、一体誰が信じるというのか」
僕は涙を乱暴に拭う。
確かにそうだ。もしもリイナに出会う前の僕なら、母さんの真実を聞かされても絶対に信じなかっただろう。
母さんのことを思い出して、また涙が溢れてきた。
おっとりしていてちょっと抜けているけど、優しくて温かくて、料理が上手な母さん。
いつも僕の味方をしてくれて、テストで一番を取ると僕以上に喜んでくれた母さん。
人間とか魔人とかなんて関係ない。
母さんは僕の中で、誰よりも大切な母さんだったんだ。
鼻水を啜りながら、父さんに訊ねる。
「母さんが魔人ってことはさ、僕も魔人ということになるの」
ヒゲをいじりながら答える。
「一応そういうことになる。しかし、お前も知っているかもしれないが、克田家特有の闘魂の魔法は人間界では魔力が弱すぎて全く発動しないのだ。だからお前は普通の人間と何一つ変わらない。
母さんの足が不自由になったのもそのせいだ。買い物の帰りに横断歩道を渡ろうとしていた時に、信号無視をしたトラックが突っ込んできた。咄嗟のことで自分が人間並みになってしまったのを忘れたらしい。避けもせず、反射的に回し蹴りでトラックを跳ね返そうとしたそうだ」
ガクリと力が抜けた。
「母さん、バカだったんだね」
「バカだな。しかしながら、本能的にはやはり魔人なのだと改めて気付かされたよ。十年以上も人間としてやっていたのにな」
トラックと正面衝突をしたのに、半身不随で済んだのは奇跡だと医師が言っていた。体の頑丈さだけが魔人の名残として、母さんの命を救ってくれたのだろう。
母さんとリイナが姉妹というのを、初めて納得した。
 お茶のおかわりを汲んで再び席に着き、話は以上だと言って父さんは静かに眼を閉じた。
 僕はまだ済んでいない夕飯を前に、ただただ頭を垂れていた。
 父さんにとってもリイナにとっても、思い出すには辛すぎる過去なのだろう。それを私欲で、半ば興味本位で掘り起こしてしまった。
 スンスンと鼻を啜る。味噌汁が落ちた涙で塩気を増した。
 父さんのことも心のない人だとか、冷たい人間だと責めた時もある。その裏に隠された理由に気付きもせず。
 一番の禁忌は、僕だ。
「ねぇ、父さん。リイナはどこに行ってしまったのかな。昨日から召喚に応じないし。やっぱり禁忌を犯したから?」
「たぶん、そうかもしれないな」
「禁忌を犯した魔人はどうなるの? そして、それは一体誰が裁くんだろうね」
 鼻の下に生やしたヒゲをいじりながら答える。
「そこまでは知らない。リイナも教えてくれなかった。私もふいに消えるとは思わず、驚いた」
 と、まったく驚いている顔を見せずに父さんは言った。
「そうなんだ。でもさ、父さんにまで罰が与えられるのかと思ったけど、それだけは幸いだったかな」
 しかし、父さんは頷かない。
「父さん?」
「罰、か。それなら今も受け続けている」
 息を飲む。父さんは僕の目をジッと見つめながらそう答えた。
「な、なんで? だって絶対に折れない心なんでしょ。すごいじゃないか。挫折もせず傷付くこともなく生きていれるなら、どれだけか楽だろうに」
 つまらないことでいじけたり気持ちが鈍る僕にとっては、父さんの性格が羨ましくさえ思えた。
「お前は私をそんな風に見ていたとはな。不思議なものだ。確かにこの折れない心は役立つことも多い。特に大人になって社会に出れば、嫌みな得意先からネチネチ文句を言われても、笑顔で商談を進めなくちゃいけない。意見がまったく合わない傲慢な上司からの不当な圧力にも、屈しなければならない。だが、折れない心というものは虚しいだけだ」
 そう言って父さんは席を立つと、この家に唯一ある和室の襖を開けた。僕も倣って足を踏み入れる。
 四畳のスペースに床の間代わりの仏壇が一つ。父さんはろうそくに火を灯し、線香の煙をくゆらせた。
「時には落ちこみたいこともある。思いっきり泣きたいこともある。だが、この心はそれすらもさせてくれないのだ。母さんを亡くした時も、私は涙一つこぼしてやれなかった」
 母さんの遺影の前で正座をする。お鈴を二度鳴らし、手を合わせる。何かに謝るように、父さんは必要以上に背中を丸めて拝んでいた。
「私の心に落ちた悲しみは消えることも癒されることもなく、底のない空間を永久にさ迷う。そこに残されるのは虚しさだけ。途方もない空虚感が広がるだけなのだ。それでもこの心は折れることなく、私の背骨を真っ直ぐに正して、責めるように足を前に進ませるのだ」
 そう言って父さんはもう一度、合掌をして頭を垂れる。その姿はまるで、何かに許しを乞うようにも見えた。

 この日はそれで話を終えた。
 あれから父さんとはリイナについての会話はない。
 話すこともなかったし、話したところで何かが好転する兆しもなかった。

 僕はぼんやりとディスプレイを眺める。画面の中を自分のキャラクターが意味もなく、クルクルと仄暗い洞窟を駆け回っていた。
 リイナと初めて行ったダンジョン。魔法攻撃が大幅にアップするアイテムを落とすモンスターがいるとかで、五周くらいは付き合わされた。
 結局は途中でリイナが寝落ちをして終わったが。
 無意味なのはわかっているけど、こうしてリイナと一緒に回った軌跡を辿れば、彼女の行方がつかめそうで。
 僕は頬杖を突きながら欠伸を漏らす。そして吐いた息がそのまま溜め息になって消えた。
 ランプでの召喚に応じなくなった今、リイナと繋がる可能性はこのネットゲームだけになった。
 ログインし続ければ、いつかリイナが気付いて、メッセを投げてくれるかもしれない。
 今頃になって僕は、リイナと自分の世界を隔てる大きな壁をヒシヒシと実感していた。
 たとえばリイナが人間なら、歳や住む国が違うとしても無茶をすれば会うことも出来るだろう。
 でも、リイナは魔人界の住人。
 この世にあるどんな交通手段でも、会えない場所にいる。
 住む世界が違うとは、こういうことなのだ。
 それでも淡い期待は尽きることなく、溢れて止まらなかった。
 諦めきれずに、こうして毎日ログインをしては、リイナの影を求め、探し彷徨うのだ。

 僕はマウスから手を離し、腕を伸ばす。そして時計をチラッと見て、ダラリと腕を垂らした。
 いつの間にか時刻は、夕方の六時になろうとしていた。窓に目をやると、既に陽は落ちようとしている。
 黄昏時が早い。季節が秋に向かっている証拠だった。
 僕は凝った首を回してマウスを握る。そろそろ父さんが帰ってくる時間だ。夕飯の準備に入らないといけない。
 続きはまた夜にやろうとログアウトしかけた、その時だった。

 エスカマリ:こんにちは。あらじんくん。

 ポロロンという軽快な音に合わせてメッセが届いた。僕は目を丸くしてキーボードを叩く。


更新日 6月12日

 ーあらじんー:お久しぶりです、エスさん。

 ちなみに、あらじんとは僕のキャラクターである。このエスカマリさんは、リイナが所属するギルド『カオスの天秤』のギルドマスターだ。何度か一緒に狩りへ行ったこともある。
 それでも頻繁な付き合いがあったわけではないので、意外な人からのメッセに驚いた。

 エスカマリ:突然にすみません。今、お時間は大丈夫ですか?
 ーあらじんー:はい、大丈夫です。どうしたんですか?

 マホロバでは、フレンド登録している人からたまにメッセが来る。一緒に遊ぼうとか、メインクエストを手伝ってくれとか。
 それでもこの人から直接メッセが来るとは思いもしなかった。だっていつもは、リイナを介しての付き合いだったから。
 その瞬間、心臓が乱暴に跳ね上がった。
 以前にリイナから聞いたことがある。『カオスの天秤』は三十人所属している中規模なギルドだが、大半は魔人だと。
 そして、このギルドマスターも魔人界の住人である、と。

 エスカマリ:実は、リイナくんの件で。
 エスカマリ:これは内密ということを前提に聞いて頂きたいのですが……。
 エスカマリ:リイナくんが、とある罪状で裁判にかけられることになりました。
 エスカマリ:その罰として彼女は
 エスカマリ:おそらく魔力を剥奪されるかと……。

 頭の中が、真っ白になった。

 エスカマリ:詳しい詮索は控えて頂きたいのですが、リイナくんはとある禁忌を犯してしまったのです。
 ーあらじんー:それって、人間の性格をいじったからですか?
 エスカマリ:お
 エスカマリ:これはこれは
 エスカマリ:まさかご存知だったとは。

 手を揉みほぐしながら懸命にキーボードを叩く。震えが止まらない。
 
 ーあらじんー:相手はうちの父、でしたから。
 エスカマリ:なんと
 エスカマリ:これはまた
 エスカマリ:数奇な運命でしょうか!

 罪状や剥奪という文字が、もの凄い圧迫感を突き付ける。僕は次々に表れるエスカマリさんからのメッセに、釘付けになった。

 エスカマリ:これは極秘ルートから仕入れた情報ですが
 エスカマリ:リイナくんは数年前に
 エスカマリ:人間の性格を魔力で操作し、改変してしまったのです。
 エスカマリ:その段階で逮捕をしてしまえば良かったのですが
 エスカマリ:直後にリイナくんは自らの記憶を封じてしまった
 エスカマリ:記憶を失ったリイナくんを問い詰めても
 エスカマリ:責任能力は皆無であろう、と。
 エスカマリ:よって
 エスカマリ:記憶が蘇るまで
 エスカマリ:リイナくんはずっと魔人界の裁判機関から
 エスカマリ:マークされていたらしいのです。

 髪をグシャっと握る。やっぱり、思ったとおりだった。
 リイナの記憶が戻った直後に、魔人界でいう警察のような機関が捕らえていったのだろう。
 ここにきて禁忌という言葉の重みを感じた。

 ーあらじんー:もしも魔力を剥奪されたら
 ーあらじんー:リイナはどうなるんです?
 エスカマリ:魔人が魔力を強制的に剥奪されるのは
 エスカマリ:人間にしてみれば、手足をもがれるのと同等かと。
 エスカマリ:当然ながら
 エスカマリ:召喚にも応じられなくなるので
 エスカマリ:リイナくんとは、二度と会えなくなってしまうでしょう。

 二度と会えなく……。
 両手でグッと口を塞ぐ。そうしないと、ボロボロと脆い本音を叫んでしまいかねなかった。
 エスカマリさんからメッセをもらった瞬間、リイナへの細い希望がやっと繋がったと思った。
 でもそれが、辛辣な事実を告げる最後の手紙になるなんて。

 ーあらじんー:いやです
 エスカマリ:……
 ーあらじんー:リイナと会えなくなるなんていやです
 エスカマリ:そうでしょう
 ーあらじんー:絶対にいやです
 エスカマリ:そうでしょう
 ーあらじんー:僕はもう一度、リイナに会いたいです

 ディスプレイが涙でぼやけた。
 僕は目から零れ落ちるままに、キーボードを叩き続けた。

 エスカマリ:それは私たちも同じです
 エスカマリ:同じギルメンが魔力を剥奪されるなど
 エスカマリ:己の身を裂くように辛い
 ーあらじんー:エスさん
 エスカマリ:はい?
 ーあらじんー:どうすればいいですか?
 エスカマリ:……
 ーあらじんー:ただ、そんなことを伝えるために、メッセを送ったわけじゃないですよね
 ーあらじんー:なにか、あるんですよね?

 鼻を啜りながらエスカマリさんの返事を待つ。

 エスカマリ:……
 エスカマリ:リイナくんは、本当に良いマスターに巡り会えたようです。
 エスカマリ:その通り
 エスカマリ:リイナくんを救える手段はあります

 心臓が急に鼓動を速めた。絹糸のような細い希望が、繋がった。

 ーあらじんー:どうすればいいですか!
 ーあらじんー:なんでもしまうs!
 ーあらじんー:リイナに会えるためなっrら!
 ーあらじんー:教えtうぇ、くださっい!

 タイプミスも気にせずに答えを迫る。直接聞けないのが、もどかしいくらいだ。

 エスカマリ:落ち着いて下さい
 エスカマリ:これはマスターである
 エスカマリ:あらじんくんにしか出来ない方法です。
 エスカマリ:あなたには
 エスカマリ:魔人界に来てもらいましょう。

 思わず目を見開いた。
 僕がリイナのいる、魔人界に行く……。
 高鳴る胸がうるさい。

 エスカマリ:それでは、リイナくんを救う手立てを伝えます。
 エスカマリ:まず、これが一番重要なのですが
 エスカマリ:あらじんくんは他の魔人と接触することが出来ますか?
 エスカマリ:リイナくん以外の

 顎に手を当てて思案する。リイナ以外の魔人……。あては、ある。

 ーあらじんー:います。一人だけ
 エスカマリ:それは
 エスカマリ:助かりました

 通学鞄をひっくり返して、ペンケースとノートを開く。
 僕はエスカマリさんが記す方法を逐一メモに取った。文字が踊って自分の字とは思えないほどに汚い。
 でもこれは、武者震いなのだ。
 リイナは僕が助けるんだ!

 エスカマリ:以上です。
 エスカマリ:情報によるとリイナさんの処罰は明日
 エスカマリ:一刻の猶予もありません
 エスカマリ:リアルでの都合上、私本人が何も手助けできないことを
 エスカマリ:非常に心苦しく思いますが
 エスカマリ:どうぞ、御武運を!
 ーあらじんー:はい!
 ーあらじんー:エスさん、ありがとうございました!

 そこでエスカマリさんとのメッセは終わった。 
 僕はパソコンをシャットダウンしながら、メモも読み返す。
 まずやるべきことは……。
 僕は腕を組んで唸る。最初からして難関だが、致し方ない。リイナを救うために、どうしても説得しなければいけない相手がいる。
 僕は顔を叩いて気合いを注入する。そして駆け出した。
 とにかくやるしかない。
 数年前のあの火事の夜、僕は一番大事な人を救えなかった。
 だから今度こそは絶対に救ってみせる。大切な僕の魔人を救うのは、僕自身なんだ!

 玄関を勢い良く開けると、ちょうど帰宅した父さんにバッタリ出くわした。
「どうした、改人。夕飯の時間だぞ。どこかに行くのか」
 淡々と訊ねる父さんに、僕は意気揚々と答えた。
「うん。ちょっとリイナを助けてくる!」
 一瞬だけ間を挟み、父さんは軽く頷いて「そうか」と言った。
「夕飯までに帰って来られるのか?」
「え、いや。わからない」
「そうか。では先に食べている」
 そして父さんは家に入ると、玄関の戸を閉めた。僕はクスッと笑って走り出した。

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Comment

リイナちゃん、どうなるの?
気になります。。。
数日前、楽しみにしているのに更新なくて悲しかったです(涙)
一日に何回も見に来てしまいましたよ~!
ぽけっと | 2012年06月13日(水) 17:05 | URL | コメント編集

>>ぽけっとさん
すみませんでした。
飲み会やら二日酔いやら忙しいやらで更新できませんでした。
休まず更新しますw
要人 | 2012年06月13日(水) 22:25 | URL | コメント編集

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