2017年07月 / 06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT   このページの上へ

2012'05.25 (Fri)

駄・ランプ  第三章

「本当に大丈夫ですか。あの人と戦って勝てるんですか」
 心配だった。
 それは何も魔人の庇護を失うからではなく、単純にリイナの身を案じたからだ。
「あぁ、それはやってみないと分からないわね。なんせここ、人間界だし」
 リイナは掛けていたメガネを僕に渡し、肩をグルグル回して体をほぐす。
 スレンダーで(お尻はデカいが)色白なリイナはどう見ても闘い向きに思えない。
 魔人は好戦的とジンは言ったが、常日頃のリイナからはそんな姿は全く想像がつかなかった。
「ようやくその気になったようだな。せいぜい私を楽しませてくれよ。『ブレイカー』の異名を持つ魔人・克田リイナよ」
「ブ、ブレイカー?」
 思わずリイナを見る。
「みんなが勝手に付けただけよ。どうせならもっと可愛い呼び方がいいわ」
 膝を屈伸しながらリイナは答えた。
 ブレイカー……破壊者という意味の名前を冠されたリイナが、ますます謎めいて見える。このあっけらかんとした女子大生が、どれだけの力を秘めているというのか?
「お喋りはこの辺にしておこう。あとは互いの魔力と魔力で語り合おうか」
 それが開戦の合図だった。
 ジンの両手で遊んでいた火の玉が、鋭い槍状に変化する。
 リイナも脚をさばき戦闘態勢に入った。両腕はだらりと垂らしているが、隙という隙は見られない。これがリイナの構えらしい。
 僕は部屋の一番離れた隅に後ずさった。すると、佐々木も僕の隣にちょこんと座る。
「どっちの魔人が勝つかしら。当然ながらジンだと思うけど。井上くんの方の頭が悪そうな魔人はどんな力を使うのかしらね」
「知らない。僕だってリイナが闘う姿を見るのは初めてなんだ。それとリイナを頭が悪そうって言ったけど、そっちのだって相当馬鹿っぽかったぞ」
「それは否定しないわ。見た目で騙されたわね。今度からアレは馬鹿って呼ぶことにするわ」
 随分とハッキリ言い捨てた。有名な炎の魔人をアレ呼ばわりとは。
 視線を臨戦態勢の二人に戻す。
 不敵に笑うジンを無表情で見返すリイナ。
「いざ尋常に、勝負!」
 開始の合図と共に炎の矢がリイナ目掛けて宙を走る。
 ブレイカーと呼ばれた魔人はどんな魔力を駆使して闘うのか、しっかりとこの目に焼き付いておこうと凝視していた、その先でリイナは
「やっぱりやめた。面倒くさい」
 試合放棄するように座った。
「ええええ!!??」
 まさに驚愕だった。
 さっきまでの緊迫した空気は何だったの? と拍子抜けしてしまうほどの投げっぷりだった。
 それよりもリイナが避けたせいで、ジンの炎が壁に直撃した。
「ちょい! 火事になっちゃう!」
 慌てて壁についた炎をたたき消す。燃えはしなかったが、せっかくの白い壁が黒ずんでしまった。
 パソコンのマウスに手を伸ばすリイナに抗議する。
「ちょっとあなた! かったるいにも程があるでしょ! いいんですか? 魔力を失っちゃうんでしょ!」
 マイク付きイヤホンを、頭にはめようとするのを奪い取る。
「別にいいわよ~。私的には大して困らないし。なんで人間界まできてバトルなんてしなきゃいかんの、って感じ」
 もうガッカリするのにも疲れた。さすがにこういう展開になったら少しは魔人らしくするのかな、と微かに期待していたのに。
 もう果てしなくゴーイングマイウェイで付き合いきれない。
 僕は深々と溜め息を吐きながら、ジンに文句を言った。
「あの、この人のどこがブレイカーなんですか? 脳みその一部が既にブレイクしているんですけど。魔人違いじゃなくて?」
 しかしジンは強張った表情でメガネを託し上げる。
「フフフ、さすがはブレイカー。その名に恥じない振る舞いよ」
 え? と口を開けてもう一度リイナを見る。
 うん、変わらない。いつも以上にダルそうな格好で欠伸をしている。
「どこがですか。どう見ても前世はナマケモノってくらいやる気ゼロですけど」
「そう。それがブレイカーである」
 ますます分からず首を傾げる。
「克田は普段からやれば出来る子なのだが、そのやる気が消えるのが問題なのだ。しかも何が原因か何がスイッチか誰にも分からない。突然に、何の前触れもなくやる気がゼロになってしまうのである! 恐ろしい!」
 僕はガックリと膝を突いてうなだれた。
 それ、「ブレイカー」じゃなくて「ブレーカー」じゃん! 電子レンジとドライヤーをいっぺんに使うと落ちるアレじゃん!
「それのどこが恐ろしいんだよ!」
「恐ろしいに決まっておろう! 少年よ、君は何かスポーツをしているか?」
「中学の時に野球をやっていましたが」
「君は九回裏ツーアウト満塁の場面で急に試合放棄が出来るか。出来るわけがないだろう。しかし! この女は平気でそれをやってしまうのだ! あと一球で全てが決まるという場面で、尻を掻きながらバッターボックスを降りるのだ! この女は!」
 あ、確かにそれは恐ろしい。
「精神がぶっ壊れているとしか思えん! 今もそうだ! 闘いというものは我々にとって神聖なもの! それなのに始まった直後、電源がドン! 正気の沙汰とは思えん!」
 頭を両手で抱えながら天を仰ぐジン。てっきりリイナは人間界に召喚されるのが面倒くさくてダルそうな態度をしていると思ったが、元来からこういう性分らしい。
 幼なじみとしてリイナの怠け者っぷりを見せられてきたジンとしては、嘆きたくもなるはずだ。
「で、そっちの魔人は戦意喪失ってことでいいのよね」
 壁際で膝を抱えて座っていた佐々木が、詰まらなそうに口を開く。
「試合放棄ならこっちの勝ちよ。それでいいわね、ジン」
「待たれよ、我が主。そのような不本意極まりない勝負など私が許さない」
「あなたが許す許さないの話ではないわ。戦わないで勝負が決まるなら一番楽じゃない。そっちのぐうたらな魔人もそれでいいわよね。さっさと降伏宣言をしなさい」
 指差しをされたリイナはムッとした顔で佐々木を見返した。
「私はどっちでもいいわ。てか、あんた誰?」
「どっちでも良くない! 僕は困る!」
 リイナの前に立ちながら言った。
 一定期間というのがどのくらいなのか分からないが、何もせずに負けるのは悔しい。
「私も許さん! 我が主よ! さっきも言ったがこれは私怨! いくら主の命令といえども承服致しかねる! 勝敗の判断は私が決めること!」
 ジンは両手に炎をくゆらせリイナに向ける。
「立て、克田! ブレーカーが落ちた状態の貴様に勝ったところで、嬉しくも何ともないぞ! 我が灼熱の魔力を喰らうがいい!」
「待って! 炎を飛ばすなら外でやって下さい! うちの庭を貸しますから!」
 これで火事でも起きたら、たまったものじゃない。それに火災には思い出したくもない嫌なトラウマがある。
 問題無用とばかりにバトルを再開するかと思ったが、意外にもジンはあっさり承諾しベランダから庭に降りた。
 他の二人もブツブツ言いながらも従ってくれた。
「さぁ、いざ尋常に参る!」
 仕切り直しとばかりにジンは声を張り上げた。
 両手には赤々と燃え上がる炎。こちらといえば、両手でお尻を掻きむしりながら大きな欠伸を見せている。
 つくづく闘争心の欠片もない。
「ちょっとあなた、本気でやる気を出して下さい。負けてもいいんですか」
「だから私は構わないって。さっさと終わってネトゲが出来るならどっちでも」
「じゃあせめて闘いに勝って終わって下さい」
「うーん、そんな簡単にいかないわよ」
 声を潜めて会話をしている最中だったが、ジンは立て続けに炎を飛ばしてきた。
「うおっ! 危なっ!」
 顔面に飛んできた炎をギリギリで避ける。
「少年よ、火傷をしたくなければ下がっているがよい!」
 僕は逃げるようにその場を離れ、花壇の脇にしゃがみ込んだ。
 その間にもジンは間髪入れずに炎を繰り出す。リイナはそれを一つずつ叩き落とした。
 襲い掛かってくる炎を的確に捌くリイナも凄いと思うが、次々に炎を生み出すジンも相当な手練れに感じた。
 しかし、どことなく疑問が残る。ジンの炎がさっきから同じ火力だった。
「ちょっとジン、あなたも本気を出しなさい! そんなショボい火の玉をぶつけるだけで倒せると思っているの?」
 佐々木も同じことを思ったらしくジンに檄を飛ばす。
 そうだ。炎の魔人と言うくらいなら、もっと破壊力の大きい炎で攻撃しても良さそうなのに。
 ジンの作り出す炎は大きくてもテニスボールほどで、速さも余裕に目で追える程度だ。事実、さほど反射神経がよくない僕でも避けられたくらいである。
「そう無茶を言うな、我が主よ。魔人は人間界だとその魔力を十分の一程度しか発揮出来ないのだ」
 攻撃の手は休めずに答えるジン。対するリイナもせわしなく立ち回りながら言った。
「そうよ。だから人間界ではあまり闘いをしたくないのよ。魔力が充分に使えなきゃ、スキルによってはかなり不利になるからね」
「そう、そして私のスキルは……」
 ニヤリと口元を歪めて構えを変えるジン。頭上に五つ六つと火の玉を浮かべると、一斉にリイナ目掛けて放った。
「この状況下でも有効に活用出来る!」
 炎を打ち落とそうと前進したリイナ。しかしその炎は当たる直前、カッと光ると次々に爆発した。
 後方に吹き飛ばされるリイナ。僕は思わず駆け寄った。
「大丈夫ですか! しっかりして下さい!」
「ちょ、危ないわよ。ユウトくん」
 僕を突き飛ばしたと同時に、リイナは立て続けに炎を被弾した。
 瞬く間に炎に包まれるリイナ。
「ハハハ! 灼熱のドレスを身にまとう気分はどうかね、克田よ! 我が魔法はそんなにヌルくはなかろう!」
 相当に手応えがあったのか、ジンは高らかに声を上げて笑った。
「魔人の魔は魔法瓶の、魔!」
 勝ち誇った顔でポーズを決めるジン。なんだ、魔法瓶って。魔法でいいだろうが。
 炎にまとわりつかれて悶えるリイナ。僕は慌てて園芸用のバケツに水を汲んでぶっかけた。
「大丈夫ですか! 怪我は? 火傷は? それと僕の名前はユウトじゃなくて改人です!」
 身に付けた衣服はあちこちが焼け、きれいな空色の髪は先端が焦げていた。
「魔人は人間と違って頑丈だから平気よ。ただ、やっぱり魔力がフルにないと使えないスキルっていうのは辛いわ~。こりゃ、負けるかな」
 リイナはそう言って弱々しく笑った。
 その表情が僕の胸にグサッと刺さる。
「あなたのスキルって、魔力が完全じゃないと使えないんですか?」
「うん。せめて魔人界にいるくらいじゃないと、これっぽっちも役に立たないわね」
「それって、どんなスキルなんです?」
「ん~、とにかく強くなる」
 僕は顎に手を当てて考える。
 この状況を打開するには迷っている隙はなさそうだ。リイナが負ければ、僕が失うものも小さくない。
「じゃあ、魔力がフルの状態なら問題ないんですね?」
 力無く微笑んでいたリイナの眉がピクッと動く。そして悪戯っぽく口元を歪めた。
「まぁ、その点は保証するわ」
 背後で炎が哮る音が聴こえた。それと同時に足音がゆっくりと歩み寄ってくる。
「さぁ、トドメを刺してくれよう。少年よ、同じ忠告を二度もさせるではない。退きたまえ」
 振り返るとジンは手のひらに炎の矢を構え、尚且つ頭上にはあの爆発する火の玉までこしらえていた。次の一撃で全てを決めるつもりだろう。
 打算的な考えがないわけじゃない。だけどそれより、僕のリイナが負ける姿を絶対に見たくなかった。

「願い事を叶えて下さい、ランプの魔人。今、僕の後ろにいる魔人を、あなたのフル魔力をもって、やっつけて欲しいんです」

 パァッと空色の瞳に光が宿る。上出来、と囁きながらリイナは僕に人差し指を突きつけた。

「契約コード詠唱! キョウノ・ドロップリツ・アップイベントハ・ロクジマデ!」

 途端にリイナの全身が眩い光に包まれた。僕は念のため巻き添えを食らわないように、庭の片隅へ逃げた。頭上には「100」の文字が浮かんでいる。
「な、バカな! そんなことが出来るわけがない!」
 唖然としてたじろぐジン。その表情は確実に驚愕の色だった。
 スクッと立ち上がり拳を構えるリイナ。自信に満ち溢れた顔で告げた。
「面倒だからバチコーンって瞬殺しちゃうね」
 僕はゴクリとつばを飲み込む。
 見たところ、リイナの容姿には何一つ変化がない。これで本当に魔力がフルに充填されているのだろうか?
「いくよ~。リイナパ~ンチ!」
 間の抜けた声が庭中に響きわたる。しかし次の瞬間、目の前にあった光景が一気に変わった。
 今の今までジンが立っていた場所に、何故か拳を振り抜いた型のリイナと、血しぶきが宙にパッと飛び散っていた。
 そして何が起こったのか理解出来ない僕の脳みそに、ドン! と車が追突したような音が届く。
 数メートル後方のブロック塀が崩れ、瓦礫の下にジンが横たわっていた。
「え、ちょっと。一体何が起こって……」
 後ろを振り向くと、佐々木も驚きのあまり口をポカンと開けている。彼女にしては珍しくひょうきんな顔だ。
 一瞬の出来事過ぎて目で追えなかったが、リイナがジンを攻撃したのか? リイナパンチって言っていたし。
 ブロック塀の瓦礫の中からジンがよろよろと起き上がる。鼻からは血をダバダバ垂らし、かなりのダメージだったのか腰がひょろついている。
「フフフ……。さすがは闘魂の魔人と名高い克田家の血筋よ」
「闘魂の、魔人?」
 随分と猛々しい呼び方にリイナが答える。
「そうよ。高杉の家が代々炎を操る魔人の家系なら、うちは代々闘魂を宿す魔人なの。高杉、解説よろしく」
 弱々しい手つきでメガネをたくし上げるジン。
「魔人はそれぞれの魔力を媒体に与え、魔法となす。私なら炎に。他の魔人は水や雷、人形やガーゴイルといった傀儡に宿し戦闘するタイプの者もいよう。しかし克田家の血筋は自らの肉体に魔力を込める。己の有り余る魔力を己の器に全て充填させるのだ」
「魔人は自分の魔力を、媒体を通じて使用したいんじゃないの。そうしないと具現化出来ないだけ。でもそれだと途中で魔力が漏れたり、上手くコントロール出来ないのよね。だからいかにして強力な魔法を使うかは、魔力をきちんと調整出来るかがポイントになるの」
 肩をグルグルと回してリイナは歩み寄る。ジンはバカ正直な性格なのか、極端に怯えた様子ながらも解説を続けた。
「その点、克田家特有の闘魂の魔法は、媒体が肉体ゆえに魔力のコントロールが容易で、ひとかけらも漏れることない。一度魔法が発動すれば、身体能力は二百倍にも三百倍にも飛躍する無敵な戦士へと変貌するのだ!」
 ガクガクと震えるジンを目の前に、リイナはゆっくりと拳を振り上げる。
「ただし魔力が体中に行き渡るだけの環境がなきゃ、ちゃんと発動しないのがネックだけどね。解説、ありがと♪ お返しにドグシャーンってしてあげる」
 ありがとう、というわりには報酬が辛辣過ぎた。
 リイナのおむすびのような拳が振り下ろされた瞬間、ジンは爆煙と共に地面へめり込んだ。
 足が膝まで埋まり、白眼を剥いたジンの頭を掴んで引っこ抜くリイナ。
 どちらかといえば背丈のある体が、人形のように高々と宙を舞う。リイナはそれをバレーのスパイクのように叩き落とした。
「魔人の魔は小悪魔的の、魔♪」
 そう言ってリイナは可愛らしくピースサインを決めた。
 小悪魔っていうよりは悪魔だよ、あんた。
 もはや息絶えたか? と危ぶまれたジンだったが、這々の体で立ち上がった。しかしすでに満身創痍で、僅か数秒もしないうちに形勢は逆転してしまった。
「ありゃ、まだ動けるんだ。しぶとさは昔から変わらないね。そのガッツをちょっとは社交性に使えば友達も出来るのに」
「うるさい、りっちゃんのバカ! ……我が主よ! 頼みがある!」
 及び腰になりながらジンは佐々木に言った。
「このままでは私が負けてしまう! 願い事を! その少年と同じく私の魔力をフル充填するよう、願い事をしてくれたまえ!」
 腕を組んでジッと思案する佐々木。なるほど、リイナに対抗するにはその方法にすがるしかなさそうだが。
 しかし……。
「一つ訊ねていいかしら。その魔人同士の争いは、生死を賭けるものなの?」
「い、いや。決して命のやり取りまではいかん。魔人は闘いを好むが無益な殺生は好まん」
「そう、死ぬわけではないのね。じゃあ負けなさい」
 信じられないものを見るような目をするジン。唇が泣きそうにワナワナ震えている。
「だってあなたが負けたところで、一定期間願い事が無効になるだけでしょ。そもそも思い出してみなさい。私があなたに頼んだ願い事は、既に井上くんから上書きされて効力を失っているの。私が損をすることは何一つないわ」
 もの凄く冷淡な口調で佐々木は告げた。
 ジンの目にみるみる涙が溢れる。小学生にいじめられた大人を見ているかのようで、ますますジンの存在が滑稽に映る。
同情しなくはないが、言われてみればそのとおりだ。大事な願い事を、たかだか魔人の私闘のために消費するバカはいない。
 だが仮にも自分のパートナーである。よくもそんな無慈悲な言葉で淡々と言えるものだ。
「し、しかし我が主よ。主が宿敵と仇なす少年に、従者である私が敗北を喫すのだ。悔しくはないのか?」
「えぇ、これっぽっちも。私はあなたに願い事を叶えてもらいたいだけ。それ以外の要望も感情も全くないわ」
 冷たく言い放つ佐々木に、ジンはガックリと膝をついた。
 なんというか、敵ながらにも同情を禁じ得ない。佐々木なんかに喚び出された時点で運の尽きと思うしかないな。
 リイナは絶望に打ちひしがれるジンの前にしゃがみ込み、頭をなでなでする。
「どうする、高杉? 今日のところはこれで終わりにしましょ。これ以上やったらあんた、確実に残念な存在になっちゃうけど」
「だ、黙れ! バカにすんな! りっちゃんのうんこ! 尻デカ!」
 リイナの手を払いのけるとジンは火の玉を放った。至近距離で直撃だったが、リイナの体には煤一つ着かない。
「ちょっと、なにすんのよ~」
 悪い子をたしなめるようにスペーンと軽く叩いたリイナだったが、ジンはゴム鞠のように軽々と吹っ飛んでいった。
 もはやジンは虫の息だった。立ち上がろうとするが、力が入らないらしくパタリと倒れ込んだ。
「く、くそぅ……。魔力、魔力さえあれば……」
 歯軋りしながらメガネをたくし上げるジン。指先もぷるぷると震えている。
 その様子を佐々木は首を捻って見つめていた。なんだか表情が険しい。
「もう一つ訊ねてもいいかしら。ジン、なんであなたのメガネは外れないの?」
 佐々木に言われてみて初めて気付いた。あれだけ激しくぶっ飛ばされているのに、ジンのメガネは壊れるどころか外れもしない。
 もしかして……。
「ハハハ! さすがは我が主、鋭い着眼点に感服する! そう! このメガネには我が魔力が常に注ぎ込まれているのだ! 故に何があろうとも決して外れず、傷一つ付かないのである! なんせ我が魔力が半分以上も使われているからな! フハハ!」
 この魔人、バカだ。
「高かったのだよ、このメガネは! お小遣い四ヶ月分をつぎ込んで、やっと買ったのだ! フハハ!」
 自身の身よりもメガネを守るとは。しかも魔力の半分って。バカとしか言いようがない。
 佐々木は般若のような顔つきになっている。青筋がピクピク浮いていて恐い。
「いけないわ。思わず願い事をするところだった。存在自体、消滅しなさいって」
 そしてリイナを指差して言った。
「今日はこれ以上、見たくもないわ。そこの頭と尻が緩い魔人。早くトドメを刺してしまいなさい」
 ムッとしながらもジンに歩み寄るリイナ。
「ヒロトくん以外が私に命令しないでちょうだい。てか、あんた誰?」
 改人だよ、バカ。完璧に忘れるツボに入っている。
 恐怖に震えるジンを目の前に、リイナはニッコリと微笑む。
「じゃあね、高杉。私も早く終わってマホロバをやりたいのよ~。最後はエイシャラーってやっちゃうね」
 そして振りかざした腕をジンの脳天に叩き落とした。
「リイナハンマー♪」
 可愛らしい言い方とはまったく真逆の、とてつもない衝撃と共に庭の一部が爆発した。
 地面がぼっこりと陥没している。その中でジンは首まで地面に埋まっていた。
 何がブレーカーだ。本気でブレイカーじゃないか。
 生首状態のジンが、蚊が鳴くような声で言った。
「ま、負けました……」
「はいはい。これで私の六九二七戦六九二七勝ね」
 一度も勝ててないじゃないか、炎の魔人。これではリイナが相手にしたくなくなる気も分かる。
 がっくりと気絶したジンはそのまま煙となって消え失せた。
「ねぇ、今の魔人は本当に死んでないんだよね」
「大丈夫よ。魔人はあの程度じゃ絶対に死なないから」
 ホッと溜め息を吐く僕の後ろで佐々木は「あら、残念」と呟く。まったく冗談に聴こえないので、頼むからそういうことは口走らないで欲しい。
 怠慢にお尻を掻きながらリイナは屋内へと戻っていく。
「もう用件は済んだからマホロバやっていいよね、ご主人様」
「あ、はい。どうぞ」
 嬉々として走りながら家の中へ引き返すリイナ。少し大きめのお尻がプリプリ揺れている。走っている姿を見るなんて実に稀だ。
 あれが最強である闘魂の魔人なのだから、人は見かけによらないものだ。
「じゃあ井上くん。今日のところは帰るわね」
 僕の横をスッと通りながら佐々木はそう言った。そして捨て台詞のような言葉を残す。
「私の願い事はまだ二つあるわ。あの魔人がバカだからといって、油断しない方がいいわよ。私、諦めてないから」
 振り向いて氷柱のように鋭い一瞥を投げつけた。
 執念深さには本当に頭が下がるが、こっちはまだ願い事が百個もあるんだよね。消耗戦でいいなら確実にこっちの勝ちだけど。
 氷結の女王の宣戦布告に対して、僕は溜め息で返した。
「はいはい、勝手にしなよ。でもさ、なんで佐々木はそこまで僕に突っかかってくるのさ。どうしても勝ちたいんだね」
 入学当初からそうだった。佐々木はいつも執拗なくらい僕に絡んできた。
 すると佐々木はムッツリしながら腕を組む。そして不機嫌そうに言った。

「井上くんの事が好きだからよ」

更新日 5月30日

 その言葉は、うっかり耳から滑り落ちるところだった。それほど僕は佐々木の返事に期待していなかったし、またいつもの理屈っぽいイヤミでも言うのだろうと思っていた。
「え……」
 聞き間違いだろうか。佐々木の態度と台詞が随分とミスマッチだ。
 例えば目の前の佐々木が可愛らしく頬を染めてはにかんでいたら、僕だってドギマギしながらその言葉をすんなり受け入れられただろう。
 しかしどうだ。この冷血の姫はいつものように、自分以外の物体を無意識に見下すような態度を隠そうともせずに、御光臨あそばされている。
「え、佐々木って僕の事が好きだったの?」
「そうよ」
 もう一度訊ねて確認して、顔面が火を持ったように熱くなった。
 女の子に告白されたのは初めてだった。小さい頃はランプの魔人に執心していたし、中学と高校は勉強ばかりだったから。
 まさかこんな甘美なシチュエーションが、唐突に舞い込んでこようとは。
 佐々木は腕組みのまま、いつもの冷たい口調で言った。
「私、好きになった男は絶対に屈服させないと気が済まないの」
 甘美なシチュエーションのはずなのだが、これは……。
「私が好きになるのは、自分より秀でた何かを持った男だけ。それに打ち勝ち、目の前に平伏させた瞬間に私の恋心は成就するの。支配欲が強いのかしら」
 全然ニヤニヤしねー!
 なにこれ、愛の告白っていうか呪いの宣告に近いじゃん。
 悪寒に体がゾクゾクと震える僕に、佐々木は嗜虐的にニンマリと微笑みを向けた。
 端正に整った顔なだけに、より魔性を秘めた笑顔だった。しかも見た目は単なるロリっ子。これが本当の小悪魔だよ、リイナさん。
「そういうことよ。じゃあ、いつか私の前に跪いてね、井上くん」
 クルッと身を翻すと、佐々木はスタスタと軽快に帰っていった。その去り行く背中がどことなく嬉しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
 僕はガックリと肩を落として地べたに座る。そして辺りを見渡して頭を抱えた。
 崩れたブロック塀、ぼっこり陥没した地面、ところどころに焼け焦げた跡。激しい闘いの爪痕が色濃く残っていた。
 今日一日で様々なことが起きたが、まさかここで最大のピンチが残っていたとは。
 僕は蹴飛ばすように靴を脱いで、自分の部屋へ向かう。
「リイナ! もう一つお願いが……って」
 そこにいるはずのリイナと、ノートパソコンが乗ったちゃぶ台が消えていた。
 時計を確認する。運悪くちょうどリイナを召喚してから三十分過ぎたところだった。
 勉強机にあるランプを擦る。
「出でよ、ランプの魔人! 来い、リイナ! 早く! 頼むよ! ナマケモノ! 打楽器!」
 しかし当然ながら、ランプはうんともすんとも言わない。
 僕はもう一度、時計を見る。それと同時に玄関の戸が開いた音がした。
 タイムリミットがきてしまった。
「ただいま。改人、こっちに来なさい」
 低く落ち着いた声が廊下から聴こえる。怒っているでも笑っているでもなく、感情が一切伺えない声だ。
 僕は心の中に暗雲が立ち込めてくるのを感じながら、玄関へ行く。
「おかえり、父さん」
 仕事用のアルミケースに汚れ一つないスーツ。髪はオールバックに固め、鼻下にはヒゲを蓄えている。
 僕の父、井上重信(しげのぶ)だ。
「庭、あれはどういうことだ」
 外を顎でしゃくりながらも視線は外さない。
 僕は額に浮かんだ汗を拭い、どう答えばいいのか悩んだ。
 まさか魔人同士が闘った跡です、なんて言えるわけがない。そんなことは信じてもらえるわけがないし、ふざけていると思われるだけだろう。
 口ごもる僕を数秒見つめた父さんは、胸元から携帯電話を取り出した。
「もしもし、警察ですか」
 驚いて言葉が出ない僕。父さんは警察に現状を正確に伝えた。
 考える素振りもなく直行だった。あの庭を見れば只ならぬ事が起きたのは明白。普通の人ならば慌てふためいてもおかしくない。
 でも父さんは、僕がすぐに答えないとみるや警察に通報した。一番的確で無駄のない判断なのだろうが、なんだかいやに冷たく感じた。
「改人、庭を修復する電話はまだするな。警察の実況検分が終わった後だ」
 電話を終えると、父さんは靴を脱いで台所に向かう。今のは園芸屋さんへの電話は僕がしろ、という意味だろうか。
 台所に入って鼻をひくつかせながら、コンロを見る父さん。僕は自分が夕飯当番なのを思い出して、しまった! と焦った。
 しかし父さんは何も言わずヤカンを火にかけると、食料庫からカップラーメンを取り出した。
 そして包装ビニールを破りながら淡々と告げる。
「園芸屋には私が電話をしておく。日にちが決まり次第伝える」
 それだけだった。
 責めるわけでも怒るわけでもなく、疑うわけでもない。
 父さんの感情は何があっても決して動くことはない。いつも心は石のように留まり、理性的にしか行動をしないのだ。
 沸いたお湯をカップラーメンに注ぐ父さん。
「お前も食べないのか」
「……いらない」
「そうか」
 僕にとって父さんは、一枚の厚い壁だった。
 どれだけ言葉を投げかけても、どれだけ感情をぶつけても、返ってくるのは乾いた反応だけ。キャッチボールが成立しない、壁を相手に投球練習をしているのと同じだった。
 父さんを前にすると、言い知れない虚しさが心に広がる。
「僕、部屋に行って勉強してくる」
「うむ」
 ラーメンを啜りながら父さんは気のない返事をした。僕は足早に台所を去る。自分の部屋に戻っても息苦しさは抜けなかった。
 僕は勉強机に置かれたランプを見つめる。
 何故だろう。今、無性にあの脳天気な魔人に会いたかった。



目次へ
スポンサーサイト
23:01  |  駄・ランプ  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

このページの上へ

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。