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2008'04.09 (Wed)

「…ヨーグルトじゃない!…ケフィアだ!」 第五章


【More・・・】

モノトーンの冬が過ぎ、野原には新しい命の息吹きが芽生え、
街路樹は少しずつ、でも確実に新緑を装い始めた。
学校の校庭に咲く近所でも有名な桜の木々は、今まさに八分咲きを迎えようとしていた。
僕と彼女は無事に進級し、過酷なクラス分けレースを経て同じ理系?クラスに進んだ。
彼女が実は学年トップの成績を保持していると知った僕は、
早速その日から彼女に勉強を教わるようになった。
初めて勉強のご指南を賜ろうとお願いをした時、彼女は実に不思議そうな表情を浮かべ、
「教わる必要性はあるのですか?」と言った。
 僕もかねてからの疑問を彼女にぶつけてみることにした。
一体、彼女はいつ勉強をしているのだろう?

「…勉強?意味がよくわかりませんが
 学校指定の教科書なら一度だけ入学当初に目を通しましたがそのことでしょうか?」

「えぇ!?じゃあ一度教科書を開いただけで後は全然勉強してないの?
 じゃあテスト前はどうしてるの?勉強もしないでテスト受けてるってこと?」

「あの程度の学術書なら一度読めば充分でしょう。
 それにあの学力判定試験のことですか?
 空欄に適切な文章や単語を記入していくだけの単純作業に
 何故尽力しなければならないのですか?」

彼女の思った以上の頭の良さに驚愕を通り越して辟易してしまった。
まったく、神様というのは不平等なものだ。
そこでもう一度、彼女に勉強のご指導を催促したところ、
最初は研究に関係ない事に時間を費やしたくないといった雰囲気だったが、
研究の手伝いや夕飯を作ってあげてることを兼ね合いに出したら、
彼女は渋々承諾した。
お互いに有益な交換条件が整い、それから期末テストまで僕は夕飯後の一時間だけ、
彼女から勉強を見てもらうことになった。
と、言っても僕だってそんなに馬鹿ではない。
丸暗記さえすれば確実に点数を取れる教科もあればそうでないものがある事は知っている。
だから彼女から解き方に工夫を必要とする数学や英語を教えてもらう予定だった。
結果、僕は彼女を講師に頼んで正解だと確信した。
普段彼女と会話をしていて感じてはいたが、彼女は無駄なく論理的に話を進める。
指導方法も同様で、僕が解らない箇所を的確に見抜き指摘、改善を促す。
僅か一時間の勉強時間だったが、塾に三時間通うよりはよっぽど有意義だった。
彼女の指導の甲斐あり、僕は冬休みの遅れを何とか取り戻し、
希望する選択クラスに滑り込むことが出来た。
彼女も僕と同じ理系?クラスを選択していたので、また同じクラスになれて僕は本当に嬉しかった。
ただ、今回の事で僕はもっと彼女と話をすべきだと反省をした。
もちろん『ケフィア』についてではなく、お互いの事を。
ほぼ毎日顔を合わせ、放課後も休日も一緒に過ごしていたのに
クラスメートですら知っていることを僕が知らなかったなんて、
友人達にも言われたが本当にどうかしている。
なので、選択クラスも決まったことだし良い機会と思って彼女に志望大学を聞いてみた。

「私としては卒業後に『ケフィア』を専門的に研究出来る機関や大学に
 進もうと思っておりますが先生方としては東京大学に進学して欲しい旨の話を
 入学当初に示唆されました。」

まぁ、聞くまでもなかったか。
きっと彼女ほどの学力ならば日本の最高学府あたりが妥当だろう。
外国の大学名が出てこないのが不思議なくらいだった。
そしてふと僕は、自分が東大に行くことは可能だろうかと思った。
理系?クラスで東大を受験することは可能だし、毎年数人は合格者を輩出している。
ただし反面、落ちる人ももちろん多い。
受験をする半分以上は不合格になり、滑り止めの大学に進む。
やはり未だに赤門は学生にとって狭き門なのである。
それを知ってもなお、僕が東大を視野に入れて考えを巡らせる理由は
当然ながら彼女がいるからだった。
彼女と同じ大学に通ってキャンパスライフを満喫したい!という甘い妄想がないわけではない。
でもそれより気懸かりなのは『ケフィア』の事である。
きっと彼女は大学にいったら更に専門的に研究を行うだろう。
そうなったときに僕もその隣にいたいと思う。
別に片時も離れられないくらい彼女の事が大好きというわけではない。
ただ『ケフィア』を兵器に利用された責任を背負っているのは彼女だけではない、ということだ。
僕だって研究に携わっていたのだから罪の意識に苛まれないわけはない。
償えるものならばどんな形でもいい、大罪に加担した事を償いたい。
それが彼女と同じ目標である『ケフィア』の平和的利用だと僕は信じている。
だからそれにはまず東大に合格しなければいけない、という大きいハードルがあった。
行く先はなかなか困難である。

ところで、年末にエアメールで貴重な情報と共に春には日本に行くと連絡した彼女の伯母さんは、
春になっても一向に来る気配がなかった。
ちょくちょく連絡はくるものの、
大体は「こちらの調査が滞っている」「もうしばらく日本には行けそうにもない」といった内容ばかり。
こちらも研究は思うように進まず、僕も彼女もだいぶ暗礁に乗り上げてきた。
その日の夕飯も彼女と僕は顔を上げないのまま黙々と箸を動かしていた。
今日の夕飯は山菜の炊き込み御飯に春キャベツの挽き肉巻き。
最近、塞ぎ込みがちな彼女を元気付けようと、うんと旬の食材を意識した。が、

「さっきのアレ、本当に危ないから。もうやっちゃ駄目だよ?」

「…。」

優しくたしなめるように微笑を浮かべ言ったのだが、
彼女は僕の顔を見ようともせず、俯いたまま口をモグモグしていた。
彼女はつい先程、実験中のガラス部屋に入っていこうとしたのである。
最近は使用頻度が高いガラス部屋での実験は、
実際にエンジンなどの駆動機を稼働させるのに適している。
実験途中に対象物が異常を起こし暴発した時、頑丈な防弾ガラスが守ってくれる。
このガラスは一見薄そうに見えるが、その耐久性は実際に体験済みなので折り紙付きである。
さっきもいつものようにエンジンに醗酵を抑制しているケフィア菌を入れ、
突発性過醗酵エネルギーの実験をしていた。
以前、突発性過醗酵エネルギーの論文が完成した時、
彼女が僕に見せてくれたケフィア菌を用いたエネルギー変換。
今もあの時と同じようにエンジンは静かに規則正しく駆動している。
しかしその光景が僕達を悩ませる原因だった。
ケフィア菌を使用した突発性過醗酵エネルギーは、
他の醗酵物と比べ突発性が穏やかでより効率的なエネルギー変換をするのが特徴である。
なので、突発性過醗酵エネルギーこと『ケフィア』を一般的にエネルギーとして使用するには、
ケフィア菌の醗酵を元に研究を進めるのが最優先に考えられた。
しかし、そのデバイスが全く解明出来ないのである。
どうしてケフィア菌だけがこういう特性を持つのか、さっぱり解らない。
ガラス一枚隔てた向こう側の光景を観測するのは、これで何度目になるだろうか。
いい加減、辟易してきた。
きっと彼女も目の前の現象をただ眺めるだけに歯がゆさが頂点に達したのだろう。
ガラス部屋の中のエンジンを睨んでいた彼女は、
手に持ったバインダーをその辺に置くと、ガラス部屋の扉に向かって歩き出した。
僕は初め、どうしたのかと気にした程度だったが、
彼女がドアノブに手を伸ばしたのを見てハッと息を飲み駆け出した。
ドアが開く寸前、僕は間一髪後ろから彼女を羽交い締めしたが、尚も彼女は抗った。

「なんてことしようとしてるの!危ないでしょ!」

「これ以上の観測は埒が空きません。直接稼働中のエンジン内部を解剖します。」

僕の手から逃れようと暴れる彼女。
だが小柄で華奢なせいか、腕に力を入れると簡単に体が浮き、足だけがジタバタしていた。

「無理に決まってるだろ!」

「新たな一歩を踏み出さない限り進展は望めません。」

「怪我するだけじゃ済まないだろ!?冷静になれって!」

「承知の上です。」

「絶対ダメ!!」

自分でもビックリするくらいの大声が出た。
彼女も驚いたのか、ピタッと暴れるのを止めるとゆっくり体の力を抜いた。
そして小さく「離して下さい。」と呟いた。
僕は恐る恐る体を離すと、彼女は操作盤のスイッチやレバーをいじり、
ガラス部屋内のエンジンの稼働や観測用器具の装置の電源を切ると、
バインダーを抱え実験室に戻って行った。

夕食の時はいつも元気(相変わらず無表情だが幾分そう見える気がする)な彼女が、
ご飯を口に運んでも俯いたままだった。
こんなに分かり易いほどに落ち込む彼女を見るのは初めてである。
それほどに研究に対して純粋でひたむきなのが感じ取れる。
しかし、このまま実験に進展がなければ彼女は本当にさっきのような危険な行動を取りかねない。
僕が居るときならば目を離さなければいいが、そうでないときにはどうしたらいいのか?
それにやっぱり、二人だけで研究を進めるにはそろそろ限界があるように最近感じる。
いくら彼女がスーパー天才少女でも、助手が全く素人の高校生では頼りなさ過ぎる。
もっとちゃんと科学や物理に精通した学者や研究者がいれば…。
東大にでも行くのが彼女にとっては一番良いのだが、それには時間があり過ぎる。
僕らには時間がない。
実際、こうしている間にも『ケフィア』はますます兵器として悪用され続けている。
先日、テレビのニュースで知ったのだが、
去年の夏に突発性過醗酵エネルギー型の兵器が投入された紛争は
一旦鎮静化の動きを見せたが、今度はヨーロッパの一部の国が介入した結果、
更に大規模な戦争に発展した。
しかも対局する両軍共に突発性過醗酵エネルギー型兵器『ヨーグルト』の乱用で、
被害と犠牲者の規模が人類至上最凶と呼ばれる程の戦争まで発展している。
確かに『ヨーグルト』は原子爆弾のような数十年に渡る後遺症はないものの、
その破壊力は広島、長崎に投下されたソレに匹敵するという。
今や『ヨーグルト』はこの世で最も安価で最も殺戮性の高い兵器というレッテルを貼られてしまった。
米国の新聞紙には「たくさん人を殺したければ、ライフルを買うよりヨーグルトを醗酵させろ」という
戦争反対なのか何なのか分からないキャッチコピーが流行しているらしい。
更に思わぬ方向にも飛び火していて、
「ヨーグルトを製造している村は爆発する」などという根も葉もないデマが巷で広まって、
乳製品市場に混乱をきたしている。
倒産した、などという地方の酪農家を取材した番組をこないだ見たばかりだ。
…きっとそれだけではないだろう。
『ヨーグルト』による被害は僕らの目に見えないところで、確実に蝕み始めている。
それらは、いつだったか彼女が僕に「今後予測される事ですが」と
前置きをつけて話をしてくれた憶測通りの内容だったが、
それでも僕らの罪悪感と焦燥感は募る一方だった。
時間が経つにつれ、事実が増えていくにつれ、僕らの抱える罪も重さを増していく。
何とか早急に『ケフィア』を平和的に利用出来るよう開発する
…それが僕と彼女が考えるせめてもの罪滅ぼしなのだ。
どうにかしないと…早く研究を完成させないと…と足掻けば足掻くほど泥沼にはまっていく。

そんな気分に陥って、僕も彼女も力無く食事をしていた時、研究所のドアが勢いよく開いた。
突然の出来事に驚いて伏せていた顔を上げると、
元気な声を張り上げ跳ねるように駆け寄ってくる闖入者がいた。
僕が彼女の自宅兼研究所に通うようになってから
今まで一度も来訪者を見かけたことがない。
だから急な展開に心臓が飛び出そうになったが、
条件反射的に彼女の前に立ちはだかった。
すると護られる側の彼女は椅子に腰掛けたまま、いつもの張りのない声で独り言のように呟いた。

「…伯母様。」


僕は彼女の言葉に一瞬気をそられ、聞き返そうと後ろを振りむこうとした瞬間、
前方から突進してきた少し大柄な女性に弾き飛ばされた。

「Nièce! Ma belle nièce! Comment allez-vous!?」

「もぐ。Je ne vous ai pas vus depuis longtemps. Vous paraissez être aussi énergique.」

「Je suis toujours énergique!
 Vous pensez que vous avez ressemblé de plus en plus à père! 」

「んぐ。Est il le so?There n'est pas une conscience.
  Cependant, vous dites, c'est peut-être donc. 」

幸い弾き飛ばされた先が壁だけで良かった。
ビーカーの陳列棚や実験器具に突っ込んだら大変なところだった。
軽くぶつけたおでこをさすりながら、視線は夕飯に固定したまま口に食事を運びながら話す彼女と、
そんな不躾な態度を気にもかけずに大声を張り上げ喋り続ける彼女の伯母さん。
二人とも実に流暢なフランス語で会話をしているので、
僕には話している内容がサッパリ分からない。

ていうか、彼女はフランス語も話せるのか…。

「Quand est-ce que vous êtes venus à Japon?ぱく。」

「Matin en ce moment! Je suis venu, en voulant à la fois vous rencontrer tôt.
 Quel est ce repas? Il semble très délicieux! 」

「もぐもぐ。Il a préparé ce repas. 」

急に僕の方を振り向く伯母さん。ものすごい笑顔が少し怖い。

「Est-ce qu'il est votre petit ami?」

「Il n'y a aucune réponse qui correspond à la question. ごくん。
 Cependant, je tombe amoureux de lui. 」

彼女の返事に何故かわからないが、伯母さんは大きな瞳を更に広げ、
さも愉快そうに手を叩きながら高らかに笑い始めた。

「Ma nièce merveilleuse est devenue une femme à cause d'amour!
  Il n'y a aucune chose heureux tout supplémentaire! 」

「それは良かったですね。
 ところで伯母様。そろそろ日本語で会話をしませんか?」

やっと彼女が日本語で喋ってくれた。一体何が良かったのだろう?
それよりも初めて会った彼女の伯母さんを改めて観察してみる。
歳は50代前半くらいだろうか。
軽くカールがかかった長い髪がオーバーなリアクションに合わせて躍動的に揺れる。
背丈はだいぶ大柄で、これが彼女と同じ遺伝子が入った人かと疑いたくなるが、
じっくり顔を見ると目や口元がどことなく似ている。
目尻には永年笑顔で過ごしたであろうカラスの足跡のような皺が刻まれてる。
それが人懐っこく活発な印象を更に深くしているのだろう。

「そうね。たまには日本語での会話も楽しみたいわ。」

勢い良く髪を掻き揚げ、左右に二度降る伯母さん。
その姿はまるで百獣の王 ライオンのようだ。
その横で姿勢良く椅子に座り、ちまちま料理を食べる彼女は、差し詰めウサギといったところか。
眼差しだけは俄然鋭く、猛禽類のような凄みがあるが。
そのライオンが僕に視線を合わせると、大股に歩み寄り握手を求めてきた。

「さっきははね飛ばしちゃってごめんね。」

そう言うと伯母さんは簡潔に自己紹介をした。
突き出された手を握りながら僕も自己紹介をする。
体だけではなく掌も大きい彼女の伯母は、僕の手を握りながらニコニコ微笑んでいたが、
次の瞬間、腕ごと僕を引き寄せると万力のような力で抱き締めた。

「なんて可愛い男の子なのかしら!この子のボーイフレンドなんて勿体無いわ!
 是非、私と一緒にパリに来てちょうだい!!」

突然の抱擁にパニック状態になった僕は、
顔を真っ赤にしながら伯母さんから逃れようと暴れたが、
彼女の両腕には恐ろしい程の力が込められているので、容易に離れられそうもない。
その横で、特に気にすることなく黙々とご飯を食べていた彼女が、

「彼は私の大変優秀な助手です。もぐ。
 連れて行かれると私に多大な損失が生じるのでご容赦頂きたいです。」

と、呟いた。
彼女の言葉を聞き止めた伯母さんは、腕の中で暴れる僕をからかうのを止め、やっと手を離した。

「助手?このボーイはまだ高校生でしょ?研究の役に立つのかい?」

「彼が突発性過醗酵エネルギーに必要不可欠な醗酵抑制因子の保持者でしたので。」

彼女の伯母さんの言い方に少しムッとしつつも、彼女のフォローが嬉しくて僕は溜飲を下げた。

「それに彼が調理をした食事は非常に美味で栄養バランスが完璧です。
 その点も重宝しております。」

「そ、そうだ。もし良ければ一緒に夕飯でもどうですか?」

僕の言葉を聞くやいなや「トレビアン!」と叫び、近くにあった椅子に飛び乗る。
確かに以前彼女に聞いた印象そのままの人らしい。
僕はさっきの力強い抱擁のことはすっかり忘れ、
彼女の伯母につられ微笑みながら食事の準備をした。
しかし、正面に座る彼女が、

「ゆっくり腰を落ち着けてご依頼した調査と『ケフィア』に関するお話をお聞きしたいところですし。」

と言った後の伯母さんの顔を見て、僕は立ち止まってしまった。
彼女が研究の話を切り出した途端、
それまで仮面のように顔に貼り付いていた笑顔が一瞬にして消え去り、
変わりに彼女のような感情が伺えない底光る瞳だけを残して無表情になった。
どこまでも真っ直ぐに前を見据える表情は、
まさしく彼女そっくりな研究や実験だけに純粋な眼差しだった。
僕は思わず固唾をのみ、彼女が話してくれた伯母さんの特徴を思い出していた。

ーさっぱりとした性格で協調性に富んだ女性。
 ただし研究や実験のことになると真面目で非常に優秀な頭脳の持ち主。―

「現状で言えば、うちの団体は世界中どの支部も壊滅状態よ。」

食卓で夕飯を囲みながら彼女の伯母さんの話を黙って耳を傾ける僕達。
伯母さんは時々「トレビアン」と世辞を挟みながら僕が作ったご飯を食べているが、
表情はピクリとも笑わない。
さっきまでの大騒ぎが嘘のようだ。

「件の『ヨーグルト』爆弾が第四次大戦に使用されてから各支部の代表者は
 あらゆる方面から事情聴取されっ放し。日本の政府だけではなくFBIやNASAまで。
 ほとんど監禁状態だったわ。
 そのせいで我々が研究していた実験器具や資料は洗いざらい調査されて
 大半があっちこっちに持ってかれちゃった。」

現在の大戦に「第四次」と付けて呼ぶ人はそう少なくない。
彼女は姿勢を正して伯母さんの話を食い入るように聞いていた彼女。
眉間にはシワを寄せて幾分、怒気を含んでいるようにも見える。

「私も各方面から事情聴取をされながら、あなたに頼まれた通りに色々調査をしてみたわ。
 その中の一つ、北海道にある日本支部についてだけど…。」

そこで一旦、話を区切りお茶に手を伸ばす。
日本支部といえば彼女が論文を提出したところだ。

「去年の10月頃から日本支部に所属する全員が忽然と行方不明になっているわ。
 資料も重要と思われるもの全てが焼却された痕跡があった。」

顔を真っ青にし、テーブルの上に置いた手を指が肉に食い込むほど強く握り締める彼女。
僕もある程度は予想していたが、実際に伯母さんの話を聞いてしまうと落胆の色を隠せない。
これで真相は更に闇の中へ消えていってしまったことになる。

「あなた達もニュースとかで『ヨーグルト』の出どころが日本かもしれないって
 噂を聞いたことがあるでしょ?姿を消した日本支部がその原因だ、って言われてるわ。」

手に持った箸を置いて、小さくご馳走様と言うと、
それまで張り詰めた顔をしていた伯母さんは微笑を浮かべ僕に、

「美味しかったわ。ありがとう。本当にパリへ連れて帰りたいくらいよ。」

と、ウィンクを飛ばして言った。
そんな姿が愛らしい伯母さんに、僕は無言でお辞儀をして食器を下げた。

「さてと、それじゃあ今度はこっちのお願いを聞いてもらう番よ。
 そのあなたが作成したっていう論文、見せてもらっていいかしら?」

伯母さんの要望に僕は顔には出さなかったが少し戸惑った。
それは彼女も同じで、眉間に寄せたシワを解かず、ジッと実の肉親を凝視したまま動こうとしない。
伯母さんもそんな僕達の態度を察してか、努めて明るい口調で言った。

「誤解しないで。科学者として知的好奇心を満たしたいだけだわ。
 それに今、その論文を他に漏らしたらそれこそ団体の危機よ。」

それを聞いて数秒考えた後、彼女は僕に「お願いして宜しいですか?」と伝えた。
僕は了承の意を示し、奥の資料保管室に僕らが手掛けた論文の原本を取りに行った。

僕から論文を受け取ると、伯母さんはお礼を述べ胸ポケットから眼鏡を取り出し、
ゆっくりページをめくる。
無表情だが真剣な眼差しで論文を読み進める伯母さんは、本当に彼女そっくりだった。
そういえば彼女が眼鏡をかけた姿を眼科以来見てないな、
と思いつつ僕は夕飯の後片付けを始めた。

洗い物を終え、全く姿勢を崩さず椅子に座り続ける彼女と食い入るように
論文を読む伯母さんに温かいお茶を淹れ、僕も彼女の隣に腰を掛けた。
それから10分後、深い溜め息とともに眼鏡を外した伯母さんは、
論文を読み終えた一番目の感想を彼女にではなく、僕に向けて言った。

「あなたはこの論文を理解出来たの?」

ここに来てからずっと僕に接する時は茶化した態度だった伯母さんが、
一転真面目な表情で話かけてきたので少し驚いた。

「え、ええ。そりゃずっと彼女に手伝ってましたから多少は理解しています。」

「なるほど。この子が優秀な助手というのも頷けるわね。
 ますますパリに連れて行きたくなったわ。ねぇ?本当に駄目?」

伯母さんは悪戯っぽく彼女を見つめながら懇願する。
そんな伯母さんを彼女は、「拒否します。」と一蹴した。

「そりゃそうよね。いくらあなたが弟の研究を引き継いだとしても、
 こんなに早く論文を完成させるのは不可能だもの。
 このボーイが醗酵抑制因子を保持していたのも、あなたにとっては運命だったのかしら?」

「科学者ならば事実という啓蒙にのみ真偽を委ねるもの。
 運命などという非科学的な根拠を兼ね合いに出すべきではありません。」

「はははっ!その言い方、本当に弟そっくり!」

僕は彼女達の会話を聞きながら不思議な心地良さを味わっていた。
僕の事を誉められただけではなく、
彼女が伯母さんと話す時に気兼ねなく接しているのがわかるからだ。
彼女は僕と出会った最初の頃やクラスメートには未だにそうだが、
必ず一枚厚い壁を造って交わりを絶つ。
それが伯母さんとのさっきからのやり取りや、
今は論文の内容について議論している様子を見ると、
似てはいるけど自分とは正反対な性格を持つ自分の伯母さんを慕い、敬っているのがわかる。
僕以外の人に気を許す彼女の始めてみる一面に、ささやかな嫉妬を抱きつつ、
やっぱり心の隅にこそばゆい喜びを感じていた。

「で、ここにある実験器具が作動しているってことは今も研究を進めているのでしょう?
 やっぱり突発性過醗酵エネルギーについてかしら?」

伯母さんの問い掛けにそれまでいつもより饒舌に会話をしていた彼女が、
口を閉ざし俯いてしまった。
何故彼女がそうなったか分からず首を傾げる伯母さんに、彼女に変わって僕が質問に答えた。

「今はケフィア菌について研究をしているんです。でも、なかなか上手くいかなくて…。」

「ケフィア菌?」

尚も不可解な顔を作る伯母さんに、
僕はケフィア菌が突発性過醗酵エネルギー変換時にみせる特徴と
これまでの実験成果を簡潔に説明した。

「ケフィア菌にそんな特徴があったなんてね…。
 世の中、不思議な巡り合わせで出来ているものね。」

伯母さんの言うことがいまいち呑み込めず、今度はこちらが首を傾げる。

「私の弟、つまりこの子の父親と『ヨーグルト』の研究を始めた時、
 弟はケフィア菌を用いた実験をするのが好きだったわ。」

「伯母様、出来れば『ヨーグルト』ではなく『ケフィア』と呼んで頂きたいです。」

急に顔を上げた彼女が眉間にシワを寄せながら、訂正を要求した。
伯母さんは軽く肩をすくめりと、

「ややこしいから今はそう言っただけよ。」

と、反論した。

「私はてっきり弟がケフィア菌を使いたがるのは私達の父親である、
この研究の創始者が始めて実験に使ったのがケフィア菌だったから、
それに願掛けしてるだけだと思ったけど…。意外と弟はこの事に気付いていたのかもね。」

これにはかなり驚いた。
彼女から聞いていた突発性過醗酵エネルギーを最初に研究し始めたのが、
まさか彼女の祖父だったなんて。
てっきり彼女のお父さんとばっかり思っていた。
僕は彼女に抗議の視線を送ると、
彼女は「あなたが聞かなかったからだ」と言わんばかりの視線で反撃した。
そんな視線だけの応酬を、伯母さんは柏手を二度打ち遮り、勢い良く立ち上がった。

「光が見えてきたわ!私にもその研究、手伝わせてちょうだい!」

今までしんみりしていた空気をいきなりぶち壊されて、
呆気に取られた僕達を無視し、伯母さんは話を続けた。

NEW!更新日4月15日

今までしんみりしていた空気をいきなりぶち壊されて、
呆気に取られた僕達を無視し、伯母さんは話を続けた。

「現在、悪魔の所行と言われる『ヨーグルト』を平和利用しようと
 努力するあなた達に感動したわ!その研究をさっさと解決して学会に殴り込みましょう!
 我が団体も全面的に協力するわ!いえ、それしか団体が生き残る策はないのよ!」

拳を振り上げ、朗々と演説をする伯母さん。
言っている事は分かるが、何故学会に殴り込むのか理由が掴めない。
そんな伯母さんに彼女は冷静に

「『ヨーグルト』ではなく、『ケフィア』です。」

と、突っ込んだ。

「いちいち細かい事をゴチャゴチャ言わない!いいこと?
 現在我々の団体が各方面から根掘り葉掘り秘密裏に調べ上げられているのは、
 別に犯人をとっ捕まえて軍法会議にかけようとか、そういうわけじゃないの!
 ただ爆弾の元になった研究の開発者を敵対する国に囲われる前に先手を打ちたいだけ!
 だからそんな軍事国家の切り札として一生暗い地下牢で
 マッドサイエンティストになるくらいなら、先にこっちから明るみに出てしまえばいいのよ!」

「えぇと、だったら今、名乗り出てしまって国からとかに保護してもらえればいいんじゃないですか?」

「阿呆っ!」

僕を力一杯指差し、鬼の形相で睨み付ける伯母さん。
さっきから興奮しているのか、えらく口調が荒れている。
どうでもいいが、他人から阿呆とあまり言われた事のない僕はちょっと傷付いた。

「そんなことしたら、今の日本じゃあんたら一生後ろ指さされて生きていくことになるのよ!
 それにあなたはいいかも知れないけど、
 多分この子にはずっと監視が付くからまともに研究を続けらんない立場になるわよ!
 それでもいいの?」

彼女に目をやると、俯きながらテーブルに置いた両手をジッと見つめている。
 伯母さんの話を聞きながら、真剣に考え込んでいるのが手に取るようにわかる。

「じゃあ、なんで学会に殴り込む必要があるんですか?
 どのみちおんなじなように感じられますけど…。」

「年に数回、各分野の研究をしている科学者や教授連中が
 研究成果を発表出来る学会があるのよ。
 そこでケフィア菌を用いた突発性過醗酵エネルギーの一般実用性を訴えるわ。
 その学会は発表する団体に制限はないし一部の企業も参入しているから発表後、
 研究開発に協力したい、なんて話もあるくらいよ。
 しかもこの学会の凄いところはね、発表された研究の権利の半分を学会に委ねることで、
 絶対に外部に研究に関する機密を漏らさないし、
 どの圧力からも学会が研究者を保護をしてくれるの。
 嘘のような本当の話だから驚きよね。」

あまりに信憑性に乏しいような話で、僕は彼女の意見を伺おうとする前に、
彼女の方から先に答えた。

「伯母様の提案ですが私もこの『ケフィア』が完成をしたら同じように学会に
 権利を委ねてでも発表するつもりでした。
 ただし懸念材料が無いわけではないので迷っていたのです。」

「学会への疑い、でしょ?」

彼女は小さくコクリと頷く。そうだった。
彼女は論文の行方の疑惑の一つに学会も上げていた。

「そりゃそうね。日本支部は研究費用を学会から負担していたからね。
 それにあの学会を調査しようにも要塞のようなセキュリティーだもん。
 疑いたくもなるわ。でもこのままチマチマやってても何も事態は進展しないわ。
 逆に危険よ。
 私があなた達と一緒にいることで鼻の利く犬達がここを嗅ぎ付けるかもしれないし。」

僕はハッと息を飲んだ。
伯母さんや団体を調査していた人達がここに来れば、
『ケフィア』がこの研究所で開発された事は一目瞭然である。

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、です。
 我々も時間がありません。伯母様ご協力の程宜しいお願い致します。」

そうなのだ。彼女の言うように僕等には時間がないのだ。
それに伯母さんの話を聞くとますますのんびりしていられない。

「今まで彼女と二人でどうにか研究を続けてきましたが、
 やっぱり協力してくれる科学者が必要です。僕も精一杯頑張りますので、お願いします!」

誠心誠意を込めて頭を下げた僕に、伯母さんは親指を立ててウィンクを飛ばす。

「もちろんね!お互いの利害は一致しているから当然ね!こちらこそ宜しく頼んだわ!」

渡りに船とはまさにこの事だろう。
煮詰まりすぎて泥沼だった現状を打破する救世主が現れた。
これほど嬉しいことはない。さらに予断が許されない立場であることを認識させられた今、
不謹慎ながらも僕はワクワクしていた。
彼女は席を立つと、すぐに僕と伯母さんにこれから行う実験の指示を簡単に説明した。
その瞳はいつもの真っ直ぐ行く末を見据える力強い眼差しだった。
僕の大好きな彼女の瞳だった。
伯母さんの方に目をやると、彼女も既に科学者の顔になっていた。
無表情だが、瞳に強い意志を宿した顔。
僕は真剣な表情の伯母さんに、申し訳なさそうに質問した。

「ところで、その学会の名前って何ですか?」

「『日本エネルギー開発推進学会』よ。あんまり普通の名前過ぎるけど、
 世界中で最も権威を持つ学会と恐れられているところよ。」
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08:43  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(6)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

先日はご訪問&コメありがとうございました。
今後ともよろしくです。

まだ、全部読むにいたってませんが・・・
かなりの大作ですね。
あーるB | 2008年04月12日(土) 17:46 | URL | コメント編集

( ノ゚Д゚)こんにちわ
サラリーマンゆうです!
訪問&コメありがとうございました!

文章力がある要人さんが羨ましいです♪
また伺います!
ポチっ♪
ゆう | 2008年04月13日(日) 15:18 | URL | コメント編集

彼女が手を貸してくれれば、おお助かりですね。
うん。何か、光が見えてきた感じですね。

次回の話、楽しみに待っていますね
藍色イチゴ | 2008年04月13日(日) 15:38 | URL | コメント編集

返事がかなり遅くなりました・・・
先日は訪問&コメントありがとうございましたm(___)m

理解力も知識もない自分にとってはちょっと難しい作品ですが、
少しずつ、ゆっくりと読ませてもらっています♪ ^^
妹野 | 2008年04月13日(日) 20:44 | URL | コメント編集

>>あーるBさん
いやいや、そんなでも犬…大作でもないですよ。
ぱぱっと読めば1時間半くらいで読めるらしいですよ。


・・・長いか?


>>ゆうさん
文章力ですか・・・。それがもっとあればどんなにいい事か・・・。


>>藍色イチゴさん
読んで頂きまして本当にありがとうございます。
この「・・・ヨーグルトじゃn(ry」の方はここら辺で
丁度3分の2くらいです。


>>妹野さん
読んでるうちにだんだん分かってきてもらえば嬉しいです。
ここだけの話、書いている方もよくわかっていない。
要人(かなめびと) | 2008年04月15日(火) 09:15 | URL | コメント編集

最初はカップラーメンやお菓子といった類の簡単な食べ物だけを口にしていて、料理を食べる必要性がないと言っていた、彼女でも、彼の作る料理には信頼を寄せていたんですね!!!

そ、それにしても・・・彼女は・・・完全記憶能力を保持しているのでしょうか!?

今後、伯母さんの活躍にも期待ですw

そうそう。忘れるところだった。
ランクリ☆
桜輔 | 2009年01月04日(日) 20:13 | URL | コメント編集

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