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2011'11.28 (Mon)

「冬・まくら・リンゴ」

 お題「冬・まくら・リンゴ」  

 夜の寝室は静寂に包まれている。
 外はしんしんと雪が降り、窓越しに冷気が部屋の中へと忍び込んでくる。
 先週からシーツも毛布も起毛製のものに取り替えたが、理沙は布団を頭から被り、膝を抱いて横たわっていた。
 一人きりのベッドは温もりが蓄積しない。布団の隙間から熱がいつしか逃げていくような錯覚に陥る。
 早くベッドのもう半分を埋めて欲しいと思ったが、理沙は頭を振って手指を揉んだ。
 静まり返った部屋の中で耳をすます。下の部屋で誰かが息づく音が伝わってきた。
 隣を温める役割を担うはずの、夫の孝太郎である。
 理沙は先ほどのことを思い出し、また怒りがこみ上げてきた。

 いつもより遅く帰宅した夫がテーブルの上に置いたビニール袋。その中から転がり落ちたのは、紅いリンゴだった。
 妻の視線を受けながら、寡黙な夫は一言だけ告げたのである。
「近所のスーパーしか開いていなかった」
 その途端、理沙は立ち上がるとエプロンを外して孝太郎に投げつけた。
 癇癪持ちであることは自分でも承知している。だがこの時ばかりは、口を塞ぐことが出来なかった。
 日頃から抱いていた不満を孝太郎にぶちまけて、理沙は逃げるようにベッドへと潜り込んだ。
 布団を被って目を閉じてすぐに、どうしようもない後悔が胸を締め付ける。言い過ぎたとは思ったが、それでも理沙は孝太郎を許すことが出来なかった。
 今日は二人の結婚記念日だったのである。

 布団にくるまったまま寝返りを打つ。考えるのは夫のことばかり。
 出会った頃から口数が少なく、決して気が利く性格ではなかった。
 容姿もそこそこ、仕事もそこそこ。友人からの評判も悪くもなく良くもなく。
 そんな孝太郎と結婚したのは、突然にプロポーズされたからだ。
 無口な孝太郎が唐突に求婚してきたのに驚き、理沙は唖然として首を縦に振るしかなかった。
 今にしてみれば、もう少し熟考しても良かったと悔いる。そして毎日、理沙の話を聴きながら夕飯を食べるだけの夫を前に、この人のどこを好きになったのだろうかと考える時間が増えた。
 日々の些細な不満も、雪のように積もれば倒壊もするし雪崩にもなる。
 それがたまたま今日だっただけとは思いつつも、こんな日に喧嘩したいわけがなかった。
「仕事が遅れてケーキ屋さんが閉まっていたからって、リンゴはないじゃない。せめて事前からネットで取り寄せときなさいよ」
 そう呟いて理沙は孝太郎の枕を掴み取ると、胸に抱いた。
 今日最後の悪態とイジワルを夫への反抗として、理沙はモヤモヤした気分のまま眠りに就いた。

 夜中、ふと目を覚ます。
 外は相変わらず雪が降っているようで静かだ。しかしその中に、微かな寝息が混じっている。
 どうやら夫の孝太郎も就寝したらしい。
 理沙は目をこすりながら傍を見る。当然ながら夫の頭の下には枕がない。理沙が抱きかかえいるのだから。
 ベッドへ直に頭を置いているからか、寝心地が悪そうだ。
 少し子供っぽかったと省みた理沙は、その時あることに気付いて鼻をひくつかせる。
 どこからか甘い香りが漂ってくるのだ。
 理沙は夫を起こさないように布団から抜けると、カーディガンを羽織って一階に降りる。
 リビングの照明を点けると同時に、優しいバターの香りが鼻をくすぐった。
 次いでシナモンと甘酸っぱさが混ざった香りも伝わってくる。テーブルの上にあったのは、アップルパイだった。
 皿の底に手を当ててみると、まだほんのり温かい。そして不揃いにカットされたリンゴから鑑みるに、これは明らかに孝太郎が手作りした品だった。
 流しを覗くと、何度か失敗したのか可哀相なリンゴやパイ生地が生ゴミとして残っていた。
 何故、わざわざこんな時間に手作りのアップルパイなど……と首を傾げたが、理沙はすぐにあることに気付き、アッと声を洩らした。
 二年前、夫にプロポーズをされたのは当時よく通っていた喫茶店で。
 紅茶と一緒に食べていたのは、アップルパイ。
 理沙は皿に添えられていたフォークでアップルパイを一口食べた。
 シナモンがキツすぎてせっかくのリンゴの風味が薄れてしまっているが、その味は理沙の胸に詰まったわだかまりを溶かすには充分だった。
 アップルパイをラップで包み冷蔵庫へ入れると、理沙は足を忍ばせ寝室に戻る。
 そして布団の中で温まっていた枕を、孝太郎の頭の下に敷いた。
 すると孝太郎は浅くいびきを掻く。いつもの丁度良い高さになった証拠だ。
 理沙は夫の寝顔をまじまじと見つめ、明日になったら謝ろうと思いながら眠りについた。

 窓の外が白んできたのを感じ、理沙は目を覚ます。
 いつもこの時期の朝は鼻の頭が冷たくなり、ジンジンした痛みで起きるはずなのに、今朝は不思議な温もりを感じたのを不思議に思った。
 そして目を開けて合点が入る。夫の顔が目と鼻の先にあった。
 寝息が理沙の睫毛を揺らす。一つの枕に二人で頭を乗せていたのである。
 昨日の夜中に返した枕は結局使わなかったらしい。理沙は空の枕を確認するため顔を上げて、気が付いた。
 孝太郎の手が、自分の手をしっかりと握り締めていたのである。
 理沙は微笑みを浮かべて吐息をつくと、孝太郎のおでこにそっと口付けをした。
 そしてまた、ゆっくりと瞳を閉じる。

 夫のどこが好きになって一緒になったのか、それは今でも分からない。
 でも、そんな問いに明確な答えが出せなくても、構わないと思った。
 確かな答えを出す必要ないくらい、自分はこうして幸せなのだから。
 ただ一緒であることが、全てだから。
 そう思いながら、理沙は二度目の眠りに就いたのである。

 おわり

 お題提供・我が愛しの妻、リンコ姫。 Thanks!
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15:28  |  三題噺  |  CM(1)  |  EDIT   このページの上へ

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 | 2012年04月04日(水) 17:37 |  | コメント編集

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