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2011'11.09 (Wed)

「ゴミ箱・穴ぐら・肉」

お題「ゴミ箱・穴ぐら・肉」

カミーユは貧しい農家の末っ子に生まれ、まだ幼いうちに奴隷として売り渡された。
裕福な商家で家畜のように扱われ、年相応になると屋敷の主から欲望の捌け口として使われ出した。
気に入らない態度を取れば暴行を加えられる。とにかくカミーユは、なすがままされるがままにするしかなかった。
そんな毎日に、カミーユは早々に人生そのものを諦めた。いや、何もかもを諦めることが、カミーユが唯一生きていける方法だったのである。
他人には一切期待を抱かない。自分は誰かの欲望の捌け口という役割でしかないのだ。
吐き捨てては生まれ、生まれては吐き捨ててられる欲望を受けるだけの身。
カミーユは自分をまるで、部屋の隅に置かれたゴミ箱のようだと思っていた。


その日の朝、カミーユは主の執事に連れられて屋敷の裏山へやってきた。
むき出しの岩に囲まれた山道を進む。どこに行くか?などと訊きはしない。たずねたところで、カミーユに拒否権があるわけでもないし、むしろ質問をする権利すらないことを、カミーユは充分承知していた。
「ここから少し行ったところに穴ぐらがある。貴様の仕事はそこにいる人間の世話をすることだ」
振り向かずに執事は仕事の内容を伝えた。カミーユはただ「……はい」と応える。
「その穴ぐらには一人の彫刻師が作業をしている。我が屋敷が召し抱えている職人だがな。仕事は毎日食事を届けるだけだ」
簡単すぎる仕事だった。今まで主から夜な夜な人形のように蹂躙されたのに比べたら、泣きたくなるくらい幸福な作業だ。
そういえば、とカミーユは先日のことを思い出す。
まだ自分よりも若い、新しい奴隷が主の部屋に入っていったのを見た。あれが自分の後釜だとすれば、カミーユは主から飽きられてしまったことになる。
安堵感に体がフッと軽くなった。そして新たなゴミ箱役である若者へ、カミーユはゴミを投げつけたのだと思った。
無意識な哀れみというゴミを。
「穴ぐらで、彫刻をしているんですか」
心が軽くなったからだろうか。いつもならしないはずなのに、カミーユは執事に話し掛けた。
「そうだ。日の光も届かない暗い穴ぐらだ。まぁ、本人にしてみれば街中の工房でも穴ぐらでも同じだろう」
軽く言葉を返しながら、執事はつまらなそうに笑った。
「なんせその彫刻師は盲人なのだよ」

穴ぐらの入り口に着くと、執事は「しっかり世話をしろ」と言い残して元来た道を帰っていった。
カミーユは腕に抱えたバスケットに目を落とす。水が入った瓶にライ麦のパン、そして一欠片のチーズ。質素な食事だった。
彫刻師の待遇が自分とさほど差がないように感じて気が楽になったのか、カミーユは仄暗い穴の中に入っていった。

穴ぐらの中は幅が狭く、人の背丈ほどの高さしかない道が続いていた。そして一本道ではあるが、右に曲がったり左に曲がったり入り組んでいたので日の光はすぐに届かなくなった。
それでもカミーユは恐る恐る手探りで進む。四方を闇に包まれた中、自分がどの方向に歩いているか分からなくなった頃だった。
「誰だ」
前方から突如として野太い声が聴こえてきたのである。
カミーユは驚いて身震いしたが、従順に役割を果たす。
「や、屋敷の者です。食事を持ってきました」
「そうか。そこから四歩、前に進め」
男の声に従ってカミーユは足を運ぶ。
「そんなに恐がらなくていい。中は多少、広く造られている。あぁ、そこに仕事道具が転がっているから気を付けろ」
男の声に誘われたように、カミーユの爪先に金鎚のようなものが触れた。
「そこから二歩、右に。いや、それだと行き過ぎた。そうそう。そのまま前に来い」
この闇の中が見えているかのと思うほど、男は巧みにカミーユを誘導する。
どこからか、ガリガリと何かを削る音も聞こえてきた。
「そこで手を前に出してみろ」
かなり近い場所からの声に向かって手を伸ばすと、そこに温かいものが触れた。
「そう。それが俺だ」
光もない場所に存在する熱。
暗闇の中の住人は、確かにそこにいた。
「飯は持ってきてくれたか」
「は、はい」
カミーユの触れた場所は背中だった。男は訊ねながら、せわしなく手元を動かしているのが伝わってくる。
「よし。食わせろ」
最初は言っている意味が分からなかった。戸惑っていると男は言葉を付け足した。
「俺の手は常に彫刻品に触れて作業をしている。両手が塞がっているから、食べさせてくれ」
納得をしてカミーユは右手に持った籠を足元に置くと、そのまま右手でパンを千切った。
左手は男の背中に触れている。手離した瞬間、暗闇に取り残されそうで恐かった。
右手で男の口を探る。髪に触れ、耳を這い、口元に辿り着く。すると男の口が別の生き物みたいに、カミーユの右手に噛みつく。そしてパンだけを舌で絡み取ると、ムシャムシャと咀嚼した。
暗闇だからであろうか。カミーユはゾッとしながらも男の催促に従い、口に食事を運ぶ。
「お前、名は何という」
水を飲んでから男は訊ねた。両手は休むことなく動いている。
「カミーユです」
「そうか、いい名だ。俺はジェンキンスだ」
ジェンキンスがそう言うと、彫刻品を削る音が止んだ。そしてこちらを振り向くと、カミーユに手を伸ばす。
「すまないが、少し顔を触らせてもらうぞ」
「え、あ。はい……」
返事を聞き終わる前に、ジェンキンスはカミーユの顔を両手で包んでいた。
頬を揉み、鼻や口を丹念に指でなぞる。顔の輪郭を確かめるように何度も撫で回し、髪を指に絡ませた。
「俺の彫刻品は人物像が専門だ。目が見えない故、たまにはこうしておかないと人間の形を忘れてしまう。ふむ……」
丁寧にカミーユの顔を撫でながら、ジェンキンスは溜め息を吐くように呟いた。
「実に整った顔立ちだ。美しい……」
カミーユの体がビクッと竦む。ジェンキンスに触られるがままに、カミーユは暗闇にも関わらず固く目を閉じた。
しばらくしてジェンキンスが手を引いた。
「すまなかったな。お前の顔を汚してしまった。あとで水で洗うといい」
「あ、いえ。そんな」
自分の顔をなぞる。風邪を引いた時みたいに、頬が熱くなっていた。

その日はそれで終わった。
明日も飯を頼むと言ったジェンキンスを穴ぐらに残し、カミーユは地上に戻った。
眩しい陽光に目を細め、風に髪をたなびかせる。そして先ほどのことを思い出した。
自分を美しいと褒めてくれたこと。
顔を汚してすまなかったと気遣ってくれたこと。
どちらもカミーユにとっては初めてのことだった。初めて人間らしい扱いをされたことに戸惑いながらも、カミーユは確かな胸の高鳴りを感じていた。

穴ぐらへ通うことも慣れてきた。
初めのうちは暗闇に怯え、手探りで中を歩いていたが、今では森を散歩するかのように進めるようになった。
穴ぐらの最奥部である工房にいても同じで、前はジェンキンスの背中に手を触れていないと不安だったが、今は離れていても彼がどこでどんな作業をしているか分かる。
視覚に頼らない生活も、慣れてしまえばそっちの方が快適だった。
そして、穴ぐらの中の方が快適な理由がもう一つ。
「また今日もパンとチーズだけか。お屋敷の奴らは随分としみったれてやがる」
背後からジェンキンスの口に千切ったパンをくわえさせる。
「そんな贅沢は言わないで下さい。食べられるだけでも良いと思わないと」
ジェンキンスが屋敷を悪く言うので、カミーユは誰かに聞かれはしないかビクビクしていた。
「たまにはワインくらい振る舞っても罰は当たらんだろうに。それか肉でも食いたいものだ」
ジェンキンスが暇になると必ずこぼす愚痴だ。
しかし彼は、それを屋敷の人間に伝えるようには言わない。言えば従順なカミーユはお仕置きをされても伝えるだろう。
愚痴を言いながらもジェンキンスの手は忙しなく動いている。暗闇なので何を作っているのか分からないが、ノミやヤスリを交互に持ち替えて使っているようだ。
「カミーユはここに来る前は、別の場所で働いていたのか」
「いえ、お屋敷の中で仕えてました」
「ふむ、そうだったのか。何の仕事だったのだ?」
返事はなかった。
口ごもるカミーユにジェンキンスは「どうした」と訊ねる。自分の世話役が何も返してこないなんて初めてだったので、ジェンキンスは戸惑った。
二人の間に沈黙が続く。暗闇が気まずさに拍車を掛けて、二人の動きを押さえつけた。
「おい、カミーユ。まだ食事の途中ではないか。俺の一日の楽しみを奪わないでくれ」
「あ、はい。すみません」
先に重い空気を払ったのはジェンキンスだった。
申し訳なさそうに彼の口へチーズを運ぶカミーユ。その今までなかった雰囲気に、ジェンキンスは実に居心地悪さを感じていた。
世間との交わりを断った生活をして長い。人と触れ合うのに不器用なのは仕方なかった。
ジェンキンスは何がカミーユの不穏な琴線に触れたのか分からない。
「まったく、屋敷の連中も俺をもう少し重宝してもいいではないか。肉、たまには肉でも食べたいぞ」
だから愚痴でも言って気分を紛らわそうとしたかった。そして戯れ言でものたまって、カミーユを笑わせてやろうとしたかったのだ。
「そうだ、お前。そのパンを口移しで俺に食わせてくれ。プリッとした唇が肉の食感を彷彿させるやもしれんからな」
なんと馬鹿なことを、と自分で言っておいて情けなくなった。
失言を誤魔化そうとヤスリに持ち替えて彫刻品を乱暴に削る。だが、背後にいたカミーユは蚊が鳴くような声で「……わかりました」と答えた。
「おい、お前……」
驚いて振り返ったジェンキンスの肩に、カミーユの手が置かれる。そして首を伝い両手で頬に触れると、ジェンキンスの唇にスカスカのパンの欠片と生暖かいものが押し当てられた。
その感触にジェンキンスはこれまで味わったことのない歓喜に心が沸き立つ。そして全身が瞬時に欲望の塊へと変貌していった。
ゴツゴツと太い腕をカミーユの華奢な腰に巻きつける。そのまま絡め取るように抱き寄せようとして、ジェンキンスはハッと気付いた。
カミーユの肩が震えていたのである。そして自分の鼻先に零れた滴に、理性が舞い戻ってきた。
「カミーユ、お前なぜ泣いている」
ビクッと身を竦ませたカミーユだったが、焦るように次のパンをくわえると、ジェンキンスの口に押し込んだ。
「や、やめろ!」
思わずカミーユを突き飛ばしてしまった。しかしカミーユは暗闇を這ってジェンキンスにすがりつくと、なおも口移しを続けようとする。
カミーユは悲しかった。
初めて自分を人間扱いしてくれたのがジェンキンスだった。しかし、そんな彼もやはり自分を欲望の捌け口にしてしまうのかと。
結局、自分はどこにいてもゴミ箱でしかないのかと。
「いいんです。ジェンキンスさんの言うとおりに致します。望みならばそれ以上のことも」
傷付いた。自分がこれほどまでに傷付くとは思わなかった。
それでも反発することを知らないカミーユは、涙を流しながらも奴隷に徹するしかないのだ。
カミーユは手を下の方に持って行く。そしてジェンキンスの一物を弄った。
その瞬間、カミーユの横っ面を拳が打った。
弾き飛ばされるカミーユ。肩で息をしながらジェンキンスは怒鳴った。
「馬鹿か、お前は!俺はそんなことまでやれと言っ」
「やらなきゃいけないんです!」
カミーユの大きな声が穴ぐらに響く。ジェンキンスは驚いて言葉を飲み込んだ。
「そうしなきゃ、生きていけないんです。生きている価値がないんです」
カミーユは地べたに伏しながら、すすり泣いた。さほど広くない穴ぐらの中が、悲しみでいっぱいに埋め尽くされた。
ジェンキンスはしばらく俯いていたが、すすり泣く声を辿ってカミーユのそばに腰を下ろす。
「わかった。では俺の望むままにしてやろう」
そう言うとジェンキンスはカミーユを立ち上がらせる。そしてそのか細い体を力いっぱい抱き締めた。
人の温かみが、互いの体にじんわりながれ込む。
「いいか。これがお前の、唯一信用していい者の温もりだ。それ以外は何も考えなくていい。この温もりを忘れそうになったらいつでも言え。俺がその都度、お前を抱き締めてやる」
カミーユの中で何かが満たされた。
それは他人の欲望で満杯になったゴミ箱などではなく、純粋で確かなもの。
カミーユは声を上げて泣きながら、ぐったり体を弛緩させる。ジェンキンスはその体を支えるように、両腕にさらに力を込めた。
暗闇に支配された穴ぐらで、目に見えない確かな光が二人を包み込んでいた。


「ジェンキンスさん、お食事を持ってきました」
「いつも済まないな。ああ、そこにノミが落ちているから気を付けてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「ん?……おいおい、これは一体どういう風の吹き回しだ」
「さすが、鼻が利きますね。お屋敷に掛け合って特別に用意してもらいました」
「おお、神よ!久方振りの肉だ!肉が食えるぞ!」
「はい。これを食べていい作品を完成させて下さいね」
「ええい、こうしちゃいられん。早く食べさせてくれ」
「かしこまりました」
「うむ、美味い。程良い柔らかさだ。クズ肉ではないきちんとした品なようだな」
「はい。それは良かったです。……ん」
「どうした、カミーユ。体調でも悪いのか」
「はい……。ちょっと風邪を引いてしまったみたいで」
「なんと、それは良くない。どれ、こっちに来い」
「……あ」
「ふむ、体も熱い」
「ダメです。ジェンキンスさんにまで風邪がうつったら大変です」
「構わんよ。どれ、横になりなさい。そっちに俺の寝台がある。お前が寝るまで添うてやろう。肉などそのあとでよいわ」
「……はい」

それから一ヶ月が経った。
屋敷の執事はジェンキンスの作品を回収するために、古美術商を供だって穴ぐらへ来た。
「お屋敷で待っていてくれても良かったのですが。こんな山道を歩くのも骨が折れましょうに」
「なぁに、行商人をしていた頃を思い出す。それにジェンキンス氏の作品を少しでも早く拝みたいですからな」
穴ぐらへやってきた。
執事はランプに火を灯し中に足を踏み入れる。だが、その入り口にあったものに気付き、腰を下ろした。
「これは……彫刻品?」
古美術商もしゃがみ込むと、メロンほどの大きさを持つ大理石で出来た彫刻品を手に取った。
「ジェンキンス氏の作品で間違いないでしょうな。しかしまた、この人物は……」
瞳を閉じた人間の頭部の彫刻だった。顔の輪郭は活き活きと表現され、髪も毛先の一本まで完全に再現されている。
文句の付けようもない、超一級の出来栄えだった。
「素晴らしい。これはジェンキンス氏の作品の中でも最高ではないか。きっと凄まじい額の値が付きますぞ」
「はぁ。しかしこの人物、この顔をどこかで見たような。……あぁ、カミーユか」
鼻息を荒くしている古美術商が執事に訊ねる。
「カミーユ?」
「はい。以前まで主の下の世話をしていた奴隷です。もっとも二月ほど前に屋敷を追い出されてからは、行方知れずでしたが」
「なんと、奴隷か……」
見目麗しい彫刻のモデルが身分卑しい者と知れれば、価値は一気に下がるだろう。
二人はしばらく思案したあと、冷たく笑顔を向けあい、懐からナイフを取り出した。
「あいつめ。主の次はジェンキンスの下の世話をしていたとはな。きっと今のこの中にいるはず」
「まあまあ、殺す前に私にも一興を。このくらい美しいのならば、奴隷とはいえ相手のしようもあるというもの。しかし屋敷側としては問題なくて?」
「全くありません。屋敷から追い出された奴隷など、死んだも同然ですから」
ランプを掲げた執事を前に、二人はどんどんと奥へ進む。そして最奥部である場所に辿り着き、執事と古美術商は驚愕した。
彫刻道具が散乱した穴ぐらの真ん中に、二人の人間が並んで横たわっていた。
「カミーユにジェンキンス……二人とも、死んでいる」
穴ぐら生活が長かったからか、日を浴びていない体は紙のように真っ白だったが、それ以上に人の持つ生気の色が完全に失われていた。
「おい、こっちの奴隷。どういうことだ」
古美術商の引きつった声に、執事は遺体にランプを向ける。そして息を飲んだ。
「こいつ、片腕がないぞ」
既に半分腐りかけたカミーユの体。その左腕が脇の部分から無くなっていたのだ。そのせいで破傷風で命を落としたのだろうか。
「それに、何でだ。ジェンキンスの胸にノミが刺さっている」
ジェンキンスの薄い胸板から生えたノミの柄。死因はこれで間違いないだろう。
「奴隷が刺したのか」
「いや、右手だけでは難しいでしょう」
「じゃあ自分で刺したのか?何のために?」
二つの遺体を前に執事と古美術商は首を捻ったが、答えなど出るわけがなかった。
そして二人の満ち足りた死に顔が、また執事と古美術商の頭を悩ませたのである。

おわり


お題提供・寝落ちの女王、てとらん。Thanks!

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