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2011'10.21 (Fri)

銀行・郵便・彼女

お題「銀行・郵便・彼女」

「鈴木さん、現金書留です~」
呼び鈴が鳴るより先に、決まってその声は聞こえてくるのだ。
そして少し遅れて鳴ったチャイムが合図のように、俺は憮然とした顔を作って狭い玄関の扉を開けた。
「鈴木さん、現金書留です~」
郵便配達員の女性は朗らかな笑顔を浮かべながら同じセリフを言い、書留の便箋を差し出した。
俺は慣れた手つきでサインを済ませ、それを受け取る。自然と頬が緩んでしまった。
差出人が誰であれ、今の生活がこの現金で支えられているのは事実なのだから。
配達員の視線に気付き、俺はハッと口元を引き結ぶ。顔を上げると、嬉しそうに目を細めた女性が口を開いた。
「鈴木さん、小説の方は進んでらっしゃいますか?」
女性の笑顔が眩しかったからだろうか。俺は横を向いて口ごもりながら答えた。
「いや、全然……」
「そうですか……」
いやに残念そうな声を出すので、俺は取り繕うように言葉を続けた。
「でも進んでないって言ったって、文章に起こしてないだけだから。あらすじは九割方整っているし、構成も悪くないと思っている。自分なりには、かなり自信作になる予定」
すると女性は途端にパァっと顔を輝かせた。朝日を浴びて花開くスミレとでも言ったような、人を虜にしてしまう笑顔だった。
「良かった。その作品でデビュー出来るといいですね。私も応援していますから」
俺は鼻の頭を掻きながら目を泳がせた。

その後も女性は、食事はちゃんと摂っているかとか最近は寒くなってきたけど風邪は引いてないかとか、他愛のない話題を振ってきた。
そして一通り話も尽きた頃に、満足げな表情と丁寧なお辞儀を残して扉を閉めた。
アパートの階段を降りていく足音が消えたのを見計らって、俺は忙々と便箋を破り開けた。
中からは現金が十万円と、そして一通の手紙。
俺は一万円札を乱暴に机の上に投げて、手紙に目を通した。
『拝啓、鈴木様。めっきり寒くなりましたが、いかがお過ごしですか?』
綺麗な文字で綴られた彼女の短い文章を、俺はゆっくり噛み締めるように読み進めた。
さほど長くもない文章を読み終えると、反芻するようにもう一度最初から読む。気持ちが春の日差しを浴びたみたいに、温かくなっていった。
手紙をきちんと畳んだ俺は、大きく伸びをしてゴロンと横たわる。
そして手の先に触れた文芸雑誌をパラパラと捲りながら、毎月届く謎の現金書留について思考を巡らせた。

初めて届いたのは半年前になるだろうか。
大学を卒業し、就職活動もろくにしないで俺は作家になる道を目指した。
東北の片田舎にある実家を、親とケンカをして飛び出し東京にやってきた。ビル群の谷間から覗く狭い空を見上げていれば、自分も夢に手が届く気がした。
しかし現実は当然ながら甘くなかった。
必死になって仕上げた作品だったが、新人賞では落選ばかり。生活もジリ貧で、アルバイトで食いつなぎ睡眠時間を削って小説を書く日々は、確実に俺の意気込みを削ぎ落としていた。
かといってオメオメと地元に帰るのもプライドが許さない。されとして追い詰められていく毎日に焦るばかりだった。
そんなある日、あの郵便配達員が呼び鈴を押したのである。
毎月定期的に届く現金書留には、決まって十万円に一通の手紙が添えられていた。
初めはひどく不気味に感じて、一ヶ月間はそのお金に手を出せなかった。
当然だ。差出人もわからない十万円という大金である。
こちらはボロアパートに一人暮らしのフリーター青年。手を着けようものなら、何か危ない仕事でもさせられるのかとビクビクしていた。
翌月も書留を持ってきた配達員に問い詰めたが、差出人は自分も知らないと言うばかり。使っても問題ないのでは、と楽観的なことまで言う始末。
とにかく怪しいことはこの上なかったが、経済的にも精神的にもカツカツな生活に、十万円は砂漠での一杯の水に匹敵した。
そしてお金を使おうと決心させたもう一つのきっかけが、彼女からの手紙だった。
彼女といっても、当たり前だが手紙にも差出人は記載されていない。だが綺麗な文字や柔らかい文体で、それを書いたのが女の人だと思った。
内容は毎度ながら季節のことや何気ない日常について。本人を特定するような記述は一切なかった。
しかし文章の端々で、遠回しに俺を気遣うのが感じられた。
どことなく郷愁を誘う文句、時には弛みそうな生活をやんわりと正してくれる励ましなど。
姿が見えない彼女に、俺はいつしか支えられているのに気付いた。
見ず知らずの一方的な手紙に文章だけで魅了されるなんて、物書き志望の自分としても学ばされるところもあったし。
俺はむくりと起き上がると、使い古したノートパソコンの電源を入れた。
やたらうるさいファンの音を聞きながら、次に書く作品の資料に目を通した。
おかげで今となっては、余計な心配もせず小説に集中出来る。
新人賞に入選しデビューするのが、彼女への一番の恩返しだと思った。

そして思い過ごしかもしれないが、あの郵便配達員の女性も彼女と通じ合っているような気がしてならなかった。
歳は俺と同じ頃だろうか。いつも遅い時間に配達にきて、こちらのことを伺ってくる配達員。顔つきはやや大人びているが、無垢な笑顔に時々ハッとすることがある。
あの配達員にデビューしたことを伝えれば、もしかして彼女に伝わるかもと、浅はかな妄想を糧にして俺はキーボードを叩いた。



季節はモノトーンの冬を越え、木々の芽吹きが薫る春を迎えた。
俺は陽気な日差しにつられて浮き立つ足をそのままに、街を歩く。隣の地区にある銀行へと向かっていた。
秋に小説を応募した出版社から嬉しい頼りが届いたのが、ちょうど先月の現金書留がきた翌日だった。
惜しくも大賞は逃したが、佳作入選。出版まではいかないが担当編集者をつけてくれるという。ようやく一歩前進出来た喜びに、俺は隣人がいるのも忘れて大きな歓声を上げた。

久々に背筋を伸ばして見上げた街並みは、何もかもが輝いてみえた。
すれ違う人も自分を祝福しているかのように感じるほど、俺の心は弾んでいた。
買い物以外で街に出るのは久しぶりだった。佳作の賞金がいくらか出たので、銀行振込がされていたのか確認するためだった。
あいにく通帳を作った近所の銀行が改装中とのことで、隣の地区にある支店に行くはめになったが気にしない。
天気もいいし気分もいい。三十分も歩けば着くだろうし、ちょうど良く散歩でもしたい気分だった。
これからの未来を展望しながら、そして陰ながら支えてくれた彼女にどうにかお礼を伝える方法がないか模索しながら。

銀行に到着した俺は、整理券を受け取り椅子に腰掛けた。
店内を見渡すとスーツを着たサラリーマンや主婦など、様々な人間が出入りをする。そして窓口を担当する行員は、せわしなくも笑顔を絶やさずに応対をしていた。
自分も作家など目指さずに、大学時代に真っ当な就職活動をしていれば今頃はあんな風になっていたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、何気なく眺めていた。
その時、ある行員が目に留まったと同時に、俺の心臓は有り得ないほど乱暴に跳ね上がった。
四つある窓口の一番奥で、初老の男性を応対していた行員が、いつも現金書留を届けてきた郵便配達員の女性だったのである。
初めは他人の空似だと思った。しかし、営業スマイルではなく純真に微笑むようなあの笑顔は、間違いなく例の配達員だった。
あまりにも呆気に取られながら凝視していたのだろう。視線に気付いた女性は、ふと横目でこっちを見たのである。
その途端、笑顔が凍り付いた。
一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに初老の男性に向き合う。しかしあからさまな動揺が、離れたここまで容易に伝わってきた。
俺は混乱のあまりどうしたらいいか分からず、整理券を投げ捨てるとそのまま銀行から出て行った。



呼び鈴が鳴った。
外は雨が降りしきっていて聞き取り辛かったが、来訪を告げる声はなくただ呼び鈴が鳴っただけだった。
玄関の扉を開くとそこに郵便配達員の女性が立っていて、ポソリと一言「書留です」と呟いた。
今日は配達員の格好ではなく私服だった。それがこの女性が本当は郵便配達員などではなかったことを、如実に物語っていた。
いつもの笑顔はなく俯いたまま書留を差し出した女性の手をピシャリと払った。
地面に落ちる便箋。
「あんた、誰だよ」
驚いて見開いた女性の瞳に、見る見るうちに涙が溜まっていく。一瞬だけ心が怯んだが、俺は口調を強く言った。
「本当は銀行員なんだろ。なんで配達員の格好をして毎月毎月、金を届けていたんだよ。からかっていたのか」
「……ごめんなさい」
鼻を啜りながら、蚊が鳴いたような声で返事をする女性。
俺はさらに声を荒げた。
「ごめんなさい、じゃわからないんだよ! 一人暮らしの貧乏を哀れんで施しでも与えたつもりか! ふざけんな!」
「ご、ごめんなさい!」
身を竦めて嗚咽を洩らす女性。その様子に悪気がないのはハッキリと感じられたが、それでも俺の怒りは収まらなかった。
「金もあんたの財布から出したのかよ。よくも毎月十万も他人にあげられるもんだな」
すると女性は顔を上げて即答した。
「違います! 私じゃありません! 私はただ、届けただけです!」
あまりにも真剣な表情だった。涙でグシャグシャになった瞳に、グッと言葉が詰まる。
「じゃあ、誰からの現金書留だったんだよ」
「……ごめんなさい」
それからは何を聞いても同じだった。
ただ、ごめんなさいと繰り返す女性に、俺はそれ以上の追及はやめた。
そして最後に「もう来るな」と告げると、女性は激しくむせび泣きながら深く頭を下げて扉を閉めた。
やるせない気持ちで、しばらくぼんやりと扉を見つめる。そして地面に落ちたままの便箋を拾った。
今日も同じく差出人は不明。俺は乱暴に封を切ると、中に入っていた手紙を見つけた。一緒に入っていた一万円札の端も、少し切れてしまっていた。
『拝啓、鈴木様。お変わりはありませんか?』
いつもながらの丁寧な書き出しを、俺は鼻白んで読み下した。結局、この彼女も俺を騙し続けていた共犯者。いや、主犯だったわけだ。
俺は舌打ちをして続きを読む。
『今日でこの手紙も最後になるでしょう。本当ならばもう少し早く気付くものだと思っていましたが、やはりあなたは昔から変わっていないようですね。他人に対して注意深さがないというか、洞察力が鈍いというか』
首を傾げると同時に、とてつもなく嫌な予感が胸をよぎった。そしてその次の一文を読んで、俺は目玉が飛び出すほどに驚愕した。
『私はあなたの母ですよ。何故、筆跡で気付かないのでしょうか』
母ちゃんだった。
信じられなくてその一文を何度も読み返す。そして血の気がサァと引いた次に、ドッと羞恥心が湧いてきた。
俺は自分の母ちゃん相手に恋い焦がれていたのか。マジで死にたくなってきた。
落ち込みながらも続きを読む。
『騙していたことはお詫びします。本当にごめんなさい。でも、私のことは何と罵っても構いませんが、あの子のことは決して責めてはなりません』
あの子、と聞いて真っ先にさっきまでここで泣いていた女性の顔が浮かんだ。
『毎月、この手紙とお金を届けてくれたあの子のことを、あなたは結局最後まで思い出せなかったのですね。あの子は小早川麻里さんです。覚えていますか?』
小早川……麻里。誰だ?
俺は一旦、手紙から目を離し天井を仰ぐ。そして記憶を中からその名前を辿り、繋がった。
当時の情景がありありと蘇る。
消毒液の香り、白いシーツ、窓から見えた工場の煙突、そして……無愛想な痩身の少女。
『あなたが入院中に仲良くしていた女の子ですよ』

俺は昔、入退院を繰り返すほど病弱な少年だった。
学校も行ったり行かなかったりしていたので自然と友達はいなく、母ちゃんが買ってくる本だけが唯一の友達だった。
そんな小学五年生の時、また病状が悪化して入院した俺の隣のベッドにいたのが、小早川だった。
彼女も俺と同じように、入退院を繰り返していたのが雰囲気でわかった。
他人はおろか、自分にも諦めたような虚ろな表情。まともな運動をしていないのが分かるガリガリの体。
俺をそのまま分身させたような少女に、並々ならない興味を抱いた。話しかけてもむっつりとしてばかりだが、俺は気にせずに色々と話しかけた。
自分の本を貸してやったり、看護婦相手にイタズラをし、怒られるのを見せて笑わせようともした。
初めは煩わしげにしていた小早川だったが、徐々に心を開いてくれた。
天気の良い日には病院の庭で散歩をしたり、俺達の灰色がかった入院生活が色鮮やかに変わっていった。
しかし、そんな日々にも別れが訪れる。
病状が落ち着いてきた俺は、小早川よりも先に退院をすることになった。
また病室に独り取り残される彼女に、俺は一番お気に入りだった本をプレゼントした。
いつか病院の外でいっぱい遊ぼう、と約束をして……。

『小早川さんに会ったのは本当に偶然でした。彼女が年末に地元へ帰っていらして、バッタリ街中で再会したのです。私のことを覚えているのにも驚きましたが、あなたが彼女の勤める銀行の近くに住んでいると聞いて、さらに驚きました』
そう言われてハッと思いだした。
確かあれはアパートに引っ越してきてすぐの事、若い女性銀行員が外回りの営業で訪ねてきたのである。
やたらと挙動不審だったので気味悪かったか、今思い返せば、あれが小早川だったのだ。
『あなたが家を飛び出した経緯を話すと、彼女はこの郵便配達を提案したのです。隠していたのに、恥ずかしくも小早川さんに親として心配な思いを見抜かれてしまったのですよ。それにあなたのことです。私が素直に渡したお金など、すんなり受け取るはずもなかろうかと』
顔が熱くなる。あの無垢な笑顔を持つ女性に、自分はそこまで慕われていたのか。
今までの生活を過ごせたのは、小説が入選するまで支えていてくれたのは、「彼女」ではなく小早川だったのだ。
『先日、小早川さんは泣きながら電話をしてきました。ついにあなたへバレてしまった、きっとあなたは傷付いている、と。確かに私達があなたにしたことは、嘘混じりの戯曲のようなものでしょう。ですが、考えてみて下さい。母親である私ならここまでして当然かもしれませんが、赤の他人である小早川さんがここまであなたのために尽くしたのは、何故だったのかを。そしてもう一度、しっかり彼女と向き合ってあげて下さい。今度はあなたが、何かをして上げる番です。
それでは、これからもお体に気を付けて。立派な小説家になって下さい。
追伸。正月くらいは帰ってきなさい。お父さんも寂しがっています』
俺は最後まで手紙を読むと、深い溜め息を吐いた。
「相変わらず偉そうに説教しやがって。今更、そこまで言われる筋合いないっつうの」
わざと強がった独りごとを呟いて、俺は玄関に掛けてあったウィンドブレーカーを持ち、サンダルを履いた。
うちのボロアパートの階段は鉄製で、足音がよく響く。夜中はうるさくて敵わないが、たまには役立つ時もあるものだ。
扉を開けて外に出る。そして階段に腰を下ろしていた女性に声を掛けた。
「春にはなったが、夜はまだ冷える。よかったら、うちに入れよ。風邪引くぞ」
丸めた背中がピクッと反応した。そして肩が小刻みに震える。
「また色々と話をしようよ。あの病院のベッドにいた頃みたいに。な、小早川?」
肩の震えが大きくなる。それにつれてすすり泣く声も大きくなっていく。
俺は小早川に歩み寄ると、その震える肩へウィンドブレーカーを優しく掛けてやった。



「……という話とか、どうですかね?」
「没、だ」
俺が書いたプロットを読みながら、担当の佐竹さんは無碍もなく言った。
ばっさりと切られて落ち込む俺に、佐竹さんは容赦なく意見を述べた。
「確かに意外性がある新作は期待していると言ったよ。でもね、なんで純愛もの? 君の持ち味はしっとりと読ませるサスペンスホラーだろ。前作はファンにも好評だったんだし、それを売りにしていかないと」
苦笑いをしてコーヒーを啜る。案の定の酷評に、ただ頭を垂れるだけだった。

帰宅すると、妻がリビングのソファーに腰掛けながらのんびりとテレビを眺めていた。
「ただいま。やっぱりダメだったよ」
声を掛けると、妻は笑いながらお茶を淹れてくれた。
「そりゃそうでしょ。あなたの売りはサスペンスじゃない」
担当と同じことを言う妻に、俺はまたもや苦笑いをした。
「事実は小説より奇なり、って言うじゃないか」
「それは単なる作り手の言い訳ですよ、先生。事実以上に奇抜な作品を早く生み出して下さい」
そう言って妻はわざとらしく俺の肩を揉む。
ちょうど凝っていたところだったので、俺はされるがままにしていた。
「それにそのストーリーには、近々新キャラも登場する予定だし……」
俺は首を傾げて言葉の意味を考える。そしてその真意に気付き、ガバッと後ろを振り向いた。
きっと俺も同じような顔をしているのだろう。麻里は満面の笑みを浮かべていた。
そしてゆっくりとお腹をさする。
その表情はいつもと変わらない、人を虜にしてしまう無垢な笑顔だった。

おわり

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