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2010'09.02 (Thu)

私の星乞譚。 第十四章

季節は春へと向かっているのに、天空のステージは未だに冬の星座で賑わっていた。もっとも冬の星座自体、数を持っているわけではない。目立つ星と言えば、ぎょしゃ座のカペラにペルセウス座のミルファクや変光星のアルゴルくらい。星は小さいけど、うさぎ座やカニ座なども愉しげに夜空を駆け巡っている。
そして先月から仲間入りした、やまねこ座を横目で見ながら……。
春の代表的な星といえば、うしかい座のアルクトゥルス。桜が散る頃になれば、東の空から遠慮がちに登場するだろう。北の空ではポラリスを頂に、親熊の北斗七星や古代エチオピア王が静かに見守っていた。
確か高校に進学する時にも、今夜と同じ星を仰いでいた。あの頃は、まさか一年後にこんな気持ちで夜空を見上げるとは思ってもみなかった。
季節は巡り、天空は約束通りに一周した。
変わったのは私の方。

学校から帰ってきて夕飯を食べた後、私は鎌田君を電話で公園に呼び出した。
昔は何度も心の中でその場面を想定してはきっと指が震えてダイヤルを回せないと身悶えていたのに、ごく自然にあっさりと、受話器を握れた。あまりに呆気なくて自分でも驚いた。それはひとえに私が精神的に成長したからか、はたまた一種の諦めが心にあるからか……。
あれほど彼へ星結いをすることに期待と憧れを抱いていたのに、今では虚しい気持ちしか残っていない。だって星結いをした瞬間、お別れになってしまう。淡い初恋とも……恒光石達とも……愛しい星乞いのあの人とも……。
いつまでも大事にしまっていたって意味がないことは分かっている。これを手放さなければ、次へ進めないことも分かっている。
だから、今日でこの気持ちとはお別れしよう。せめて最後に、鎌田君へ伝えたかったことだけは伝えたい。

ダッフルコートの襟をかき、私は凍えた指先に息を吹きかける。白くぼやけた景色の奥に、誰かが公園へ足を踏み入れたのが見えた。
確認するまでもない。視覚よりも先に、私の心の中にある双眼鏡が敏感に反応した。
鎌田君だ。
「ごめんなさい。こんな夜遅くに呼び出しちゃって」
「ん、別にいいよ」
以前と変わらない微笑みを浮かべたまま、鎌田君は私の前に立った。
「何だか、久しぶりだね」
「あぁ、そうだな」
数ヶ月ぶりでまともに直視した鎌田君の姿は本当に以前と何一つ変わってなくて、私が大好きな愛しい彼のままで、私はふいに涙が零れそうになった。
優しく見つめる眼差し。
大きく男らしい無骨な手。
低く心地良い響きを持つ声。
その全てが、私を魅了して止まない要素で構成されていた。
「鎌田君と初めて出会ったのも、この公園だった。覚えている?」
「うん、覚えている。まだ小学校に入る前の事だったな」
さっきまで何を話そうと考えていたけど、上手く内容がまとまらなかった。でも今は不思議な力に導かれて、バラバラだった言葉が星座のように線を結び、繋がっていく。
「あの頃、近所にいた野良犬に追われて、滑り台の上で泣いていた私を鎌田君が助けてくれた」
「そうそう。必死になって棒きれを振り回したっけ。結局、野良犬を追い払うことは出来たけど、腕を噛まれた」
「それを見て、私はますます泣いたわ」
「一緒にいた大山もわんわん泣いていたな。後にも先にも、大山があんなに泣いたのを見たことはなかった」
昔を懐古しながら、鎌田君の口から出た、ともえちゃんの名前を聞いて、私はズキッと胸が痛んだ。でも仕方ないのだ。今更なんだ。
「あれから小学校に入るまで毎日遊んでいたね。小学生になって男女別々の学校だったけど、放課後になれば一緒だったし、お店でもしょっちゅう話をしていた。私の生活の中で、鎌田君と過ごした時間って思った以上に多いね」
「それは、俺も一緒さ。酒留は昔からの幼なじみだから」
そう言ってもらえるだけで救われる。私達の時間は、私だけ大切なものじゃないって思えるもの。
「でもね、そんな何気ない時間がある日を境に、急に特別な時間に変わったの。それがいつだったか、はっきりとは覚えていないけど、鎌田君と一緒の時間が、私にとってかけがえのないものに変わっていったの」
あぁ、もう少しだ。
そんな時間が終わってしまうのは、もうすぐ……。
「だから、一緒の高校に通えると知って、一緒のクラスになったと知ってからは、飛び跳ねるくらい嬉しかった。うぅん、実際に飛び跳ねちゃった。そして鎌田君が抱える悩みを知った時、少しでも鎌田君の力になりたいって本気で思った」
そう、私は鎌田君の孤独を癒す星になりたかった。彼が迷い悩む時に暗闇を抜ける指標になるような、星になりたかった。

「私はそんな鎌田君がずっと、好きだったの」
そう、あなたのことがずっと、好き……でした。

何も言わず茫然と立ち尽くす鎌田君。
私は手のひらに意識を通わせ、恒光石を招く。右手の中には眩く輝く恒光石が六つ。私はその子達を天高くかざし、名前を呼んだ。

「アルギエバ」
今までありがとう……。

「アダフェラ」
何度も励ましてくれた……。

「ラス・アラエド」
何度も慰めてくれた……。

「ラスサス」
今日でお別れだけど……。

「アルテルフ」
どうか末永く、夜空で瞬いて……。

最後の一つ、宙を漂う恒光石は極限状態に近い輝きを放ち、嬉々と旋回を繰り返す。
あなたには一番励まされたね。小さな事に躓き、挫けそうな私を幾度となく救ってくれた。
だからあなたには、私の一番の願いである特別な名前を贈る。

「コル・レオニス」

獅子の心臓、そんな意味が込められた恒光石。
鎌田君の胸の内に秘めた寂しさや悲しみ、そんなものは私が星に変える。あなたの魂は孤独なライオンのものではなく、あなただけのものだから。
言葉を発した瞬間、その恒光石は旋回を止め、ゆっくりと光を強めるとそのまま徐々に天空へと昇っていく。そして真っ白な輝きを一度だけ放ち、瞬く間に空へ上がっていった。
南西の空に打ち上げられた六つの恒光石は散り散りにではなく、等間隔で固まった星になった。
そして顔を鎌田君の方へ戻す。彼も同じように視線を夜空から私へ向けた。
真っ直ぐ向き合いながら、私は足を踏み出すと距離を詰める。
鎌田君の息遣いが聞こえる程に近付く。彼の真剣で切実な瞳が、手を伸ばせば届く範囲だ。
私は彼の頬に手を伸ばす。鎌田君は抗わず、私の両手を受け入れた。
少しだけ、心がズキッと痛む。
「私はあなたの一番星に、なりたかった……」
私はそのまま彼の顔に自分の顔を導き、瞳を閉じる。
そして唇を重ね合わせた。

……鎌田君、拒まないんだ。

彼の柔らかな唇が触れ合った瞬間、激流のような温もりが全身を駆け巡り、郷愁にも似た切なさが鎌田君と触れ合った部分から染み込んでいった。
そして瞳からは自然に、どんな名前を付ければいいか分からない、止め処ない涙が溢れ出す。その涙に、これまで私と彼の間にあった全てと、今の一言では著せないキレイに整った気持ちを、包み残さず込められていた。

更新日 9月4日

どのくらい唇と唇が触れ合っていただろうか。
きっと僅か数秒だっただろうけど、永遠にも感じられる時間を経て、私は鎌田君から身を離した。その瞬間、また涙が一気に溢れ返す。これは悲哀の涙だ。
ともえちゃんと誓ったはずなのに、鎌田君は私のキスを拒まなかった。それが憐れみなのか、優しさなのか、きっと彼は教えてくれない。だけど私はそんなキス一つで満足してしまった。
親友の契り人の唇を奪って、罪悪感よりも先に歓喜が生まれたのだ。そんな最低な自分が情けなくて惨めで……悲しかった。
コートの袖で目元を拭う。涙でぼやけた視界で、鎌田君を真っ直ぐ見つめた。
あとは、彼から引導を渡してもらうだけ。どんな言葉でも構わない。素直に受け入れよう。これがきっと、私が鎌田君を星乞いの人として聞く、最後の言葉になるのだ。
だけど、鎌田君はさっきから俯いたままだ。時おり、腕を組んでは溜め息を吐いている。
私は段々と悲しさの中に悔しい気持ちがこもってきた。
確かに幼なじみから星結いを受けて、断るのはさぞかし心苦しいだろう。でもそんな優しさが、ますます私を傷付けることになると、どうして鎌田君は気付かないのか。断るならばキッパリと断って欲しい。
私は煮え切らない態度の鎌田君から断りの言葉を引き出そうと声を掛けた、その時。それまで黙っていた鎌田君がパッと顔を上げて呟いた。
「不甲斐ない」
目を丸くする。
断りのセリフにしては少々異端過ぎる。不甲斐ないって、私が? 鎌田君は苦々しい顔のまま言葉を続けた。
「本来なら男の俺が言わなきゃいけないはずなんだ。それなのに自分に言い訳して逃げてばかりだった。ごめん。酒留に恥ずかしい思いをさせてしまった」
鎌田君が何を言っているのか、全く理解出来ない。混乱で頭の中がめちゃくちゃにこんがらがる。
なんで私は謝られている? 鎌田君が言わなきゃいけない事って何?
いつの間にか涙は止まっていた。鎌田君は何かを覚悟したように、首を捻る私へズイッと近寄る。途端に心臓が大きく緊張し、体が強張った。
そして次の瞬間、私は目の前にある信じられない光景に、息が止まりそうになる。
鎌田君の堅く握り締めた右手が、ぼんやりと光を放っていた。そして私の方に差し出した手のひらに、三つの輝く恒光石。
「なんで? 鎌田君、ともえちゃんと星結いをしたんじゃ、なかったの?」
放心して尋ねる私へ、瞳にグッと力を込めて鎌田君は言った。
「大山とは星結いをしていない。俺が星を繋ぎたい相手は、お前だ」
天高く右手をかざし、鎌田君は声を張り上げる。

「デネボラ! ゾスマ! ショルタン!」

ライオンの雄叫びに呼応するように閃光を放った恒光石は、南西の空へ目掛けて飛んでいく。三つの星は先に打ち上げた私の星と交わるように弧を描き、線を引いた。
クエスションマークを逆にしたような形をした私の星達と鎌田君の三つの星を、確かに今、青白い線が繋いだ。それは私がこれまで生きていた中で一番輝いていて、一番大切な思いを含んだ青白い軌跡。
「星が……繋がった」
 夢から覚めたような、それでも覚めた夢がまだ続いているかのような心地よい陶酔感が私の体の中をゆっくりと駆け巡る。
「鎌田君、鎌田君……。星が、私達の星が結んだよ! 星座になったよ!」
「あぁ、見える! 俺にも見えるよ! 酒留と俺で星座を作ったんだ!」
今まさに共鳴した意識を確認して、舞い上がった私達は夜空を指差して歓喜する。そしてあまりに興奮していたのだろう。お互いの手を繋ぎ、指を絡めていた。
ハッと気付いた私は顔を真っ赤にして手を引こうとする。でも鎌田君はその手を掴まえると体ごと引き寄せて、抱き締めた。
鎌田君の鼓動がトクントクンと私の胸に響く。そのリズムが心の奥から温かい喜びを引き出した。私を包む腕に力を込めて、鎌田君は耳元で囁いた。
「俺もずっと前から、酒留のことが好きだったんだ。これからもそばにいて欲しい」
その一言で私はもうどうしようも無くなり、声を上げて泣いた。そんな私を鎌田君はさらにギュッと抱き締める。
私の気持ちに鎌田君が応えてくれて、鎌田君の星も私に向いていると知って。あれほど切実に望んだ結果なのに、私はただただ涙の続く限りに泣いた。感激も許容量を超えると、感情という機能が停止してしまうようだ。
光さえ届かない至福というブラックホールに吸い込まれて、無の世界を漂いかける私を、背中に当てた鎌田君の大きくて優しい掌の熱が、現実に引き戻してくれる。
それがまた新たな至福を生み出し、私の魂は無限に膨張する喜悦のスパイラルの狭間を行ったり来たり繰り返した。
そんな私たちを、夜空のキャンバスでは形を成したばかりの星座が、冬の星座に囲まれていつまでも見守っていた。
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06:37  |  星乞譚  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

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