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2010'08.26 (Thu)

私の星乞譚。 第十三章

 あれから一ヶ月が経った。
 ともえちゃんと鎌田君が私の目の前で星結いをしてから、もう一ヶ月という月日が流れていた。
 私は今までと変わらない普段と同じ生活を送っている。朝起きて学校に行って、ご飯を食べて眠って。何も感じない。何も考えない。何も望まない。カラッポになった容れ物だけの体を毎日、無感動に引きずっている。
 不思議なものだった。心は何をすることも望んでいないのに、体は規則正しい時間に目覚め、決まった時間に決まった行動をする。教室の席に座れば机から教科書を取り出すし、クラスメートに話し掛けられれば笑顔で応対をしている。空虚になって稼働を止めた魂でも、体だけは無意識に酒留心恵として毎日を送っている。
 そのちぐはぐさ加減に馴染めず、まるで生き霊になってもう一人の自分を眺めているような錯覚に陥る。そんな虚無感が私をさらに考えることから敬遠させた。こんな毎日だったけど、眠りに落ちる数瞬前に決まって思い出すのは、鎌田君と過ごした日々だった。心の中にあったものは何もかもを捨て去ったはずだった。
だけど、整理しきって結局残っていたのは、一番思い出したくなくて、一番大事な思い出。
 顔を真っ赤にしながら、やっとのことでおはようと言った入学式の日。
 宿題をする振りをして、ずっと来るのを番台で待っていた夕暮れ時。
 お釣りを渡すときに触れ合った手の平と指先。
 動物園で見せた寂しげな表情と、初めて彼の心の中にある闇を知った夏の夜。
 一緒に勉強をした土曜日。
 その全てが宝石箱のようにキラキラと輝いていた。でも、そんな淡い記憶を思い返して最後に行き着くのは、あの夜の出来事。
 彼の頬に流れる涙の跡。
 ともえちゃんの手の平から放たれた星の欠片。
 唇を重ね合わせた二人。
 もう何も残っていないはずの体から、止め処ない涙が溢れてくる。心と一緒に涙も涸れてくれればいいのにと嘆きながら、私は嗚咽を漏らさないように顔を枕に押し当てた。
 悲しみは日を増す毎、確実に私の心を蝕んでいく。そのうちに、悲しみで満たされた重い心を引きずって毎日を送らなければならない日がくるのかと思うと、頭はますます思考を放棄した。
 そんなふうに私が泣いていると、決まって恒光石のあの子が緩やかに光を点滅させて、私の涙を拭ってくれた。もう星を紡ぐ運命を失ったというのに、その子は懸命に私を励まそうと宙を漂う。最初は疎ましくすら感じていたけど、その慰めが今の崩れそうな私をつなぎ止めてくれる、唯一の救いになっていた。

 正直に言えば、ともえちゃんのことを憎んではいない。
 あんな光景を見せられた直後は、親友に裏切られた絶望感で胸が切り裂かれたように痛んだけど、思い返してみれば彼女はずっと自分の気持ちを秘めたまま、私を陰ながら応援していてくれていたのだ。
 それがどれだけ辛いことだったか、逆の立場で考えればすぐに分かる。
 自分の好きな人の話を親友から、毎日嬉しそうに聞かされるのはどんな気分だっただろう。そして同じ人を好きになってしまった後ろめたさに苛まれ、何度も諦めるけどやっぱり諦めきれない気持ちは、どれだけ苦しかっただろう。
 ともえちゃんの本心はわからない。けれど長年連れ添った親友ならば、きっとそんなことを考えただろうと私は思った。だからわざと、大木先生を好きだなんて嘘をついたのだと、改めて気付かされた。
 あの日から私達は教室でも通学路でも、声を掛け合わなければ目も合わせていない。お互いがお互いの存在を避けて過ごした。
 そしてもちろん鎌田君とも。
 何故か、ともえちゃんも鎌田君へ近寄ろうとしない。星結いをしたカップルは周りに秘匿した方が良い、と明天先生も言っていたし。それともただ単に二人とも恥ずかしがっているだけなのだろうか。
 どっちにしろ、あれだけ仲が良かった私達はあっという間にバラバラになってしまった。以前まで同じグループだったヒジテツ君は、気を遣ってか私へ何かと話しかけてくれる。鎌田君から話を聞いているのか定かではないけど、気落ちしている私のことは詮索せず、普段通りに冗談を言って楽しませてくれるのが、心地良かった。
 あと数ヶ月経てば、二年生に進級する。その時にどうか、私達をバラバラのクラスへ離してくれないだろうか。そんなことを願わずにはいられなかった。ともえちゃんと鎌田君と同じ空間にいるのが耐えきれず、カラッポなはずの心はシクシクと痛んだ。

 夜空を見上げれば、北東の空に生まれたばかりの、やまねこ座が輝いていた。あの晩に誕生したまだ若い星座は、冷たく澄んだ夜空に凛然と構えている。
 まさに主である、ともえちゃんを彷彿させる。鎌田君は、ともえちゃんは、星の糸でお互いの誓いを繋いだ。
 それで良かったのかもしれない。
 ともえちゃんが両親へ取り入れれば、鎌田君のお父さんが残した借財も多少は緩和されるだろう。将来、婿に入るとなれば尚のこと、鎌田君にとっては好都合だ。
 大山の庇護を得たライオンは、獰猛な爪と牙の替わりに安寧を約束された猫になった。
 やまねこ座にはそんな意味が込められているような気がしてならない。もっともそれは、鎌田君が心の底から望んだ願いでもあったはずだ。彼のライオンとしての厳しい宿命は安寧を約束された日々を得て、本当の意味で終末を迎えたのだ。
 本来ならば、私も手放しで喜ばなければいけないのだろう。それでも素直に喜べない自分がいる。そんなときに、私は何も残されていないはずの心に、たった一つだけ拾い忘れた気持ちがあることを、改めて思い知らされる。
 私はまだ、鎌田君のことが好きなのだ。
 こればかりはどんなに心をカラッポにしても、全てを捨て去っても、恒光石みたいにいつの間にか胸の奥に戻ってくる。それほどまでに彼への気持ちは果てしなく深く、止め処なく熱いものなのだと気付いた。
いずれはスッパリ諦めなくちゃいけない。この気持ちも時間と共に風化していくのだろうと思っていたけど、何故かこの思いは日を増す毎に膨らんでいくばかりだった。カラッポになってしまったからだろう。私の心の中は以前よりも彼のことでいっぱいに満たされている。
 そのこともまた、私を苦しめる要因になっていた。親友と星結いをした相手を未だに好きでいるなんて。望むだけ無駄だとわかっているのに。
 これはきっと、ともえちゃんの気持ちに気付けなかった自分へ科せられた罰なんだ。彼女の秘めた思いを見抜けず、散々鎌田君の話ばかりしていた間抜けな自分も、同じ気分を味わえばいい、と。
 そう思うと気持ちは少し軽くなったが、それでも哀しみは止まない粉雪のように降り積もるばかりだった。

 期末テストが終わり、散々な結果に終わった答案用紙が返ってきて、一週間後には春休みが始まる。
 私は放課後、担任の明天先生に頼まれて、飼育小屋の掃除をしていた。あの動物園の触れ合いコーナーで語らったのをよしみに、かねてより担当が不在だった飼育係に任命されたのである。
 小屋掃除が終わって教室に戻ると最早誰一人いなく、整然と並んだ机や椅子は茜色に包まれていた。私は自分の席に掛けた鞄を持つと、教室内をぐるりと見渡す。
 私の隣の席には、ともえちゃん。後ろを振り返れば、鎌田君。その隣にはヒジテツ君に、少し離れた席には学級委員の山崎君。
 まだ仲良しだった頃の五人グループを思い出すと本当に楽しくて、まるであの時間だけ夢だったような気がする。みんな、誰が誰を好きだなんておくびにも出さず、ただのクラスメートでいることに満足をしていた、あの頃。もう戻れない、あの日。
 私はもう一度辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、鎌田君の席に座る。私の席より一つだけ後ろの席なのに、そこからの景色は違って見えた。
 鎌田君の席の前に、ともえちゃんの席。その隣には私の席。鎌田君はこの一年間、毎日私達の後ろ姿を眺めながら、授業を受けてきたのだろう。
 そういえば最初の頃は、鎌田君にうなじを見られていると意識していた時があった。今となってはそんなことなんて気にしなくなったけど、当時はそんな些細なことが、私にとって全てだったのだ。
 でも、どんなに気にしていたとしても、鎌田君が見つめていたのは私ではなく、ともえちゃんの後ろ姿だったんだ。最初から彼の眼には、私のことなんて映ってなかったんだ。
 そう思った途端、ふいに涙がこぼれた。
 鎌田君の机に落ちた小さな雫。慌てて拭った矢先に、二つ三つとまた雫が滲む。それを制服の袖で何度拭っても、机の上に落ちた涙は消えることなく増していき、しまいには小さな水溜まりになった。
 泣いてはいけないとは思いつつも、涙は止め処なく流れ落ちる。なんでこんなに苦しいのに、私は未だに鎌田君を好きでいるんだろう。これほど些細なことで涙を流していては、次に彼の顔を真っ正面に見てしまったらどうする。平然としていられる自信は、今の私には無い。
 もうお願いだから、鎌田君のことを忘れさせて……。これ以上、辛い毎日を送りたくない……。

 鎌田君の机に突っ伏して泣いていると、どこからか足音が近付いてくるのが聞こえた。私はとっさに顔を上げたけど、零れる涙は止まらない。何とかごまかすため顔をグシャグシャ擦ると、足音は教室内に入り込んできた。
「誰か、いるのか?」
 静かに落ち着いた声が聞こえてきたので、私は伏し目がちに振り返る。そこにいたのは緋色の瞳を持つ火星、夏日先生だった。
「どうした。下校時間だぞ」
 穏やかな声色とは対照的な人の心を射抜くほど鋭い眼孔に睨まれ、私はピクリと身を竦める。夏日先生が見た目とは裏腹に優しい性格だということは知っているけど、あの双眸を前にしてはどうしても体が固まる。

「あ……すみません、今すぐ帰ります」
 鞄を手繰り寄せ急いで立ち去ろうとした私を眺めて、夏日先生は首を傾げた。
「おまえ、名前は酒巻だったか?」
「先生、私は酒留です」
「あぁ、そうだったな。すまない、担任のクラスの生徒じゃないとなかなか名前を覚えきれなくてな。思い出した。確か私は授業で、酒井の恒光石を窓から投げたな。あの時はすまなかった」
「先生、だから私は酒留です」
「あぁ、重ねてすまない。日本人の名字は複雑で覚えにくい。ところで酒留、何故泣いている?」
 夏日先生の言葉に、収まりかけていた涙がまたブワッと、ぶり返す。しゃがみ込んで泣く私をしばらく眺めた夏日先生は、私に歩み寄ると近くの椅子に腰掛けた。
「酒留、もし良かったら何があったか話してみないか」
 夕陽に照らされた夏日先生は真っ赤で夜空に浮かぶ火星と重なったけど、何故か禍々しい不吉な赤星ではなく、全てを包み込む優しい色に感じられた。

 鼻を啜って時々声を詰まらせながら、私はこれまでのことを夏日先生に打ち明けた。私が話している間、夏日先生は相槌を打つわけでもなく、口を挟むわけでもなく、ただ黙って耳を傾け、最後に一言「そうか……」と呟いただけだった。
「先生、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「他の人と星結いを成功させた相手に、星結いを申し込むとどうなりますか?」
 私はギュッと口を結ぶ。夏日先生は腕を組んでジッと考えた後に答えた。
「当然ながら星は結ぶことなく、夜空に散って終わるだろう。過去にそういうケースで星座を生み出した人間はいない」
「やっぱり、そうですか……」
 肩を落とす私を見て、夏日先生はまた首を傾げる。
「何故、そんなことを聞くのだ?」
 私はその質問をされて逆に戸惑った。今まで私が話した内容から、言葉の真意を容易に察することが出来るだろうに。もしかして夏日先生、結構鈍い?
「確かに鎌田君は私の友達と星結いをしました。でも私、どうしても自分の気持ちを整理出来なくて……。だから、せめてこの思いだけでも伝えてみようと考えているんです」
 むしろ、そうしなければ鎌田君への思いはますます増していくばかりで、もう耐えきれなくなってしまいそうだった。
 でも、勇気が出ない。もしも私が鎌田君に星結いをして、せっかくまとまった鎌田君と、ともえちゃんの仲を掻き乱すようなことになったらどうしよう。もう彼に近付かないことが、私に出来る最良の選択なのではないか。
 そんなことを考えてしまう。
 だから地球と同い年である年長者の意見を参考にしたかったのに、夏日先生は首を捻るだけだった。なんだか、この先生。外見からのイメージと違うぞ?
 散々悩んだ末に、夏日先生は途端に合点が入ったような顔をすると私の顔をマジマジと見つめた。
「なるほど。そういうことか。道理で噛み合わないわけだ」
「な、何がですか?」
「あぁ、こっちの話だ。忘れてくれ。私としては何とも言えん話だ。酒留がその、金田に星結いをしたいというなら止めはしない」
「先生、鎌田君です」
「あぁ、すまない。よく聴く名字だったので、つい間違った。止めはしないが、かといって勧めもしない。せっかく相談してもらったのに恐縮だが、星結いに関して我々は人間に意見をすることすら禁じているのだ」
「それは、星の運命だからですか」
「うむ。酒留はなかなか博識だな」
 以前、朔張校長から聞いた話だ。忠義の淑女や彷徨の民は、人間の星結いに対して干渉することが出来ないよう、引力の鎖でお互いを締め付けあっている、と。
「だが、無駄口を叩くくらいなら出来る」
 そう言うと夏日先生はそっと瞳を閉じ、手の平を天にかざす。そして、静かにその名前を呼んだ。
「フォボス、ダイモス」
 夏日先生がかざした手に眩い光が放ったと思った瞬間、いつからあったのか、夏日先生の周りを二つの岩石が漂っていた。

 似たような速度でのんびりと迂回する石達。夏日先生が口にした名前から察するに
「もしかして、この子達は火星の衛星ですか?」
「御明察だ。酒坂は本当に博識な生徒で感心する」
「だから先生、私は酒留です。私、天体が好きなので」
「あぁ、すまない。数ある言語の中で日本語は特に難しくて困る。特に近年は外来語も混じっているので理解不能だ。それにしても天体が好きとは恐れ入った。この学校の生徒とはいえ、漆黒の闇に畏怖を覚え夜空を仰ごうとする人間は多くないというのにな」
 満足げに微笑む夏日先生に同調してか、二つの浮遊する石も淡く光を点滅させる。
「惑星の衛星ということは、朔張校長と同じくこの子達も『忠義の淑女』なんですか?」
「正しく言えば淑女ではなく、紳士だな。ところで酒留、衛星はどのようにして生まれるか、知っているか」
 夏日先生の赤い瞳が横目使いでこちらに向いたので、私は背筋がゾクッとする。
「き、聞いた話ですけど、彷徨の民を相手に星結いをすると恒光石は衛星に生まれ変わる、って……」
 恐る恐る答えると、夏日先生はやや自嘲気味な笑いを含んで頷く。
「正解だ。我々としては恥ずかしい限りの話だが、意外と知れ渡っているのでバツが悪い」
「そんなことないです。先生方は魅力的な人ばかりなので、あ……」
 その時、私は心にある疑問が浮かんだ。
 齢四十五億年と言われる彷徨の民。人類が誕生し、知性を有し文明を築くようになってから数千年が経つというのに。夏日先生は衛星を僅か二つ。明らかに少ないような気がしてならない。
 そんな私の心の内を見透かしてか、夏日先生は口を開いた。
「そういう事だ、酒留。我々は星結いを受けそうになる直前に、その場から姿を眩ませるよう決めている」
 夏日先生が衛星の一つを掴まえると、フォボスと呼ばれた星はくすぐったそうにスルスルと手から逃れていく。
「それは長いこと人間と交わっていれば言い寄られたり口説かれたり、愛の告白を受けることもある。我々としてもそれを疎もうともしないし、禁じてもいなかった。やはり誰かに好かれれば我々だって嬉しいし、擬似的にでも人間の一部になれるということは、耐え難い喜びでもあった。しかし、星結いだけは駄目だ。あれは人間達だけに許された行為であり、我々が介入してはならないものなのだ」
「何で、ですか? その、先生方を好きになった人達で星結いの作法を会得してれば、誰でも望むと思います。それが好きな人の傍に居続けられる衛星になるとすれば、尚更……」
「酒留、一般的に夜空の星を何と呼ぶ?」
「恒星、ですか?」
「そうだ。たとえ十等級の輝きしかない星でも何百光年先に太陽と同じ規模の、それ以上の恒星が存在するのだ。お前達、人間はそれを打ち上げているのだぞ。我々惑星には計り知れない驚異なのだ。そんな貴重な星を衛星という小さな星で終わらせてはならない。我々の引力が宇宙を構成する重要な機会を阻んではならないのだ」
 夏日先生の言葉が重々しく私の肩にのし掛かる。
 今までさほど考えたことはなかったけど、私達が恒光石を打ち上げるということは、星を一つ誕生させるということ。つまり何光年先にある銀河で太陽を創造するのと同じなのだ。
「そんなこと、考えたこともなかったです。でも、先生方へ星結いをした人達の思いは、星の形態や大きさとは関係ないじゃないですか? 夏日先生に星結いをした人だって、本当に先生のことが好きだったから、惑星とか衛星とか関係なく星結いをしたんだと思います」
 私の言葉に少し目を丸くした夏日先生は、次にのんびりと頬を緩めた。
「酒田は本当に、素直で優しい人だな」
「だから先生、私は酒留です」
「あぁ、すまない。昔、似たような名前の知り合いがいたものでな。だからこそ、我々はそんな人間達と共存することを望むのだ。人間は時に奪い傷付け合う愚行に走ることもあるがな、その裏には純粋で切実な魂を隠し持っている。我々はそんな人間を慕い敬い、尊く思う。
その中でも星結いは、思いを伝え合う最高の作法ではないか。己の秘めた気持ちを、渾身の勇気を持って打ち上げる。そこに見栄も恐れも欺瞞もない。ただ相手を思う愛情の一点のみ。そんな人間達が行う神聖な星結いという、夜空に星で線を描く行為を手助けすることに我々は、この上ない喜びを感じずにはいられないのだ」
 そして夏日先生は衛星の一つを軽く指で弾き、私に赤い目を向ける。
「それが我々にとっての『星乞い』なのだ」
 無駄話、といった夏日先生の気持ちが何となくわかった気がする。
 本来なら表立って星結いの推奨は禁じているけど、先生は言葉の陰で私を応援してくれているのだ。星結いは星座を生み出すだけでなく、行為そのものに意義があるのだ、と。その一言を、オブラードに包み私へ伝えてくれたのだ。
 悲しみでカラになっていた心の底に、小さな力が芽生えた。
「先生、ありがとうございました」
 私は夏日先生へペコリと頭を下げる。すると夏日先生はしれっと顔を澄ます。
「なんの事かな。私は無駄話をしただけだが?」
 そして私と夏日先生は顔を見合わせ、クスクスとしのび笑った。


更新日 9月1日


 夏日先生の周りを決まった速度で旋回する二つの衛星をぼんやりと眺める。時々、夏日先生が指で進路を邪魔したり息を吹きかけたりするとチカチカ瞬いて反発するが、すぐにまた先生のそばにじゃれついていく。そんな可愛らしい仕草が私の中のあの子に似ていた。
「なんだか衛星って、恒光石の動きに似ていますね」
「は? 恒光石だと」
 不思議そうに首を傾げる夏日先生。私にはそう見えるけど、先生はそう感じないのかな。
「似ていませんか? 淡く光を点滅させたり、宙を舞ったり。恒光石って、こんな特徴もあったんですね」
 その途端、眉間に皺を寄せた夏日先生は私にズイッと近寄る。先生の剣幕に押されて、私は二、三歩後ずさった。
「どういうことだ、酒留。何故、恒光石が宙に浮く? 説明しろ」
「せ、説明も何も。私が持っている恒光石の一つが、この子達みたいに宙を舞うんです。他の人の恒光石もこんな風に飛ぶんですよね?」
「いや、そんな話は聞いたことがない」
 ばっさりと否定されて唖然とする私をよそに、夏日先生は険しい顔をして考え込んでしまった。
 私はてっきり、みんなの恒光石も元気がいい子だったら宙を飛び回るものだとばかり思っていた。だって星になるくらいなら多少は浮いても不思議はないと思っていたもの。でも先生があれだけ驚くということは、よっぽどらしい。
どういうこと? この子は一体何者?
 いつも私を励ましてくれたはずの恒光石が、一気に得体の知れない存在へなってしまった。
 夏日先生を見ると、腕を組んでブツブツと独り言を口にしていた。
「いや、あり得ん。そんな事例は聞いたことが……いや、何かの文献で、違う、確か朔張に聞いた……。あぁ、昔のこと過ぎて思い出せん。……ん! 宙に浮く恒光石! そうだ、あれは確か、みなみの……」
 何かを思い出した夏日先生は、ゆっくりと私に視線を戻す。真紅の双眸に睨まれ、私は自然と身がすくんだ。
「あの、先生。私の恒光石って、変ですか?」
 怯えながら尋ねる私に、夏日先生は一言一言を選ぶように答える。
「いや、変ではない。過去にもそういう恒光石を持った人間はいた。お前に害をもたらす危険性はないから、安心しろ」
 それだけを聞くとまずは気が安らいだが、懸念はぬぐいきれていない。
「じゃあ、この子は一体?」
「それは、私の口からは言うことが出来ない。おっと、もうこんな時間か。長居し過ぎたな。酒留もそろそろ帰った方がいい」
 急によそよそしくなった夏日先生は口早にそう告げると、衛星をしまい立ち上がった。戸惑う私に背を向け教室から出て行こうとして、夏日先生はピタリと足を止めた。
「……酒留、さっき私が言った無駄話を覚えているか」
「は、はい」
「そうか……」
 そして夏日先生は振り向きもせず、最後に一言だけ残して去っていった。

「頑張ってみろ」

 夏日先生の遠ざかる足音と反比例して、私の鼓動は徐々に高まっていった。人間の星結いに口出ししないはずの彷徨の民が、確かに私へエールを送った。それはきっと、何か特別な意味を含んでいるに違いない。
 行き場を失い、さ迷っていたほうき星は、火星の加護に導かれ地球引力圏内に軌道を乗せる。私の中で停滞していた運命という名の星も、ゆっくりと巡りだした。
 私は通学鞄を掴むと勇んで教室を後にする。あれだけ空っぽだった心が、今は一つの決意で溢れていた。
 鎌田君に星結いをしよう。
 たとえ星が散る運命だと分かっていても、もう動き出した気持ちを軌道修正することは出来ない。
 この思いは止められない。

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