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2010'08.24 (Tue)

私の星乞譚。 第十二章


 外へ飛び出すと私は真っ直ぐに鎌田君の家へと駆け出した。
 走る度にシャーベット状の雪が跳ね上がりパジャマの裾を汚す。何度も足を取られそうになりながらも、私は懸命に走り続けた。
 鎌田君の家まで走れば、ものの一分も掛からずに着く。
 大きな門構えの、ともえちゃんの家を過ぎ、角にある公園を曲がれば目指す場所はすぐだ。昨年、ヒジテツ君から星結いを受けた公園を後目にカーブを曲がろうとした時、私は思わず足を止める。
 そして近くにある電柱に身を隠した。
 公園内のブランコの隣にベンチが二つある。その手前側のベンチに見覚えがある人影が座っていた。鎌田君だった。
 制服の上にコートを羽織り、学校から帰って着替えてそのままといった服装で、がっくりと肩を落とし力無く腰掛けている。きっと帰宅してお父さんがいないことを知り、心当たりがある場所を手あたり次第に探したのだろう。
 足元はぐっちょりと湿った雪が滲んでいた。彼はもうお父さんから裏切られたことを知ってしまったのだろう。双眸は空虚を写し、頬には一筋の涙の跡がくっきりと残っていた。絶望感が彼の全身を覆って、見るもの全てに深い悲しみを与える。
 私は泣き出しそうなほど胸の痛みに締め付けられながらも、彼に歩み寄ろうと電柱から身を離す。しかし、あることに気付き二の足を踏んだ。
 ベンチに座りうなだれる彼の隣に、もう一人誰かが座っていた。電柱のそばから見た角度では、ちょうど良く鎌田君の陰になっていたので気付かなかった。一体誰が隣にいるのかと気になり立ち位置を変えてみたけど、如何せん暗くてよく見えない。
 もう少し近付いてみようかと思案していると、その人物が鎌田君の目の前へ立ち上がった。公園の水銀灯の明かりが、その人を照らす。私は驚愕に息を飲んだ。
 鎌田君と一緒にいたのは、ともえちゃんだった。

 何故、ともえちゃんがこんなときに、こんな場所で、鎌田君と二人でいるの?
 私は驚きのあまり頭がパニックになったけど、冷静に思い返してみる。ともえちゃんだって鎌田君と幼なじみだし、家だって数十メートルだけど私より近所だ。それに鎌田君のお父さんは大山家に借金をしていたし、そういう情報は私よりも早いはず。きっと、ともえちゃんが鎌田君にお父さんのことを話したのかもしれない。いや、むしろあの様子だと、今のいまその話をしているのではないのか。
 ともえちゃんと鎌田君が一緒にいて、別段不思議なことなどないはずだ。それなのに、私は背中をザラッと撫でられた不気味な予感がした。胸のざわめきが収まらず、ただその場に立ち尽くした私に気付くわけもなく、ともえちゃんは鎌田君に何か話し掛けている。
 ここからだと何を話しているのか全く聞こえない。その時、それまで頭を垂れていた鎌田君がゆっくりと顔を上げた。泣き腫らして真っ赤になった目を丸くして、ともえちゃんと見つめ合う。
 そして次の瞬間、ともえちゃんの右手が淡く青白い光を放った。
 その光が何を意味するのか、分かっている。分かっているけど、何が起きようとしているか、さっぱり理解出来ない。
 心臓がこれまでにないほどの勢いでバクバクと鼓動する。私は息をするのも忘れて、目の前の光景に見入った。
 ともえちゃんの口元が小さく動いた瞬間、手のひらに置かれた光の粒が途端に膨張し、漆黒の夜空へと解き放たれる。その一つを皮切りに、ともえちゃんが何かを呟く度に光は強烈な輝きを放ち、夜空目掛けて飛んでいった。
 私は過去に二度、これと同じ光景を目にしている。
 一度目は入学式の日。体育館の大きなスクリーンで上映された講義で……。
 そして二度目は、ついこの前。この場所で、私に向かいヒジテツ君が……。
 見間違うわけもなく、疑う余地もない。
 それは紛れもなく、星結いだった。

更新日 8月25日

 ともえちゃんは合計で五つの恒光石を打ち上げると、おもむろに鎌田君の前にしゃがみ込む。そして微動だにしない彼の頬に、自分の手を合わせた。
 トラックに衝突されたような衝撃が胸を襲う。何かを叫びたいのに言葉は喉の奥でかき消え、膝はガクガクと震える。
 だめ……ともえちゃん。何をしようとしているの? その人は、鎌田君だよ……? 私の……ずっと、好きだった人だよ?
 ふと気配を感じたのか、ともえちゃんが視線をこちらに向けた。そして目をカッと大きく見開き、次に泣きそうな悲痛の表情になる。
 聡明な眉毛をへの字に曲げ下唇を噛んだ顔は、私が今まで見たことがない、ともえちゃんの表情だった。ほんの数瞬だけ見つめ合った後、ともえちゃんはソッと瞳を閉じて何かを呟いた。私にはその唇が、こう言ったように感じた。
 ……ご・め・ん・ね。
 そしてともえちゃんは瞳を閉じたまま、その潤んだ唇を鎌田君の唇に重ね合わせた。鎌田君は拒む素振りもなく、ともえちゃんの口付けを受け入れる。
 しばらくキスをする二人を見つめていた私は、もう居ても立ってもいられずにその場から走り去った。

 もう何が何だか分からず、頭と心の中は絵の具をぶちまけたパレットのようにグチャグチャになっていた。何か考えようにも何を考えればよいのか分からず、ただ闇雲に足だけを動かす。
 その時に足を滑らせた私は、黒ずんだベチョベチョの雪の上へ、間抜けにも転んでしまった。お腹から顔まで冷たい水分を含んだ雪で汚れる。
 惨めで情けない姿だけど、不思議なことに悲しくはなかった。それに転んだというのに体はどこにも痛みは感じず、手や顔は冷たいとも感じない。
 コートについた雪を払って立ち上がる。体がもの凄く軽いと思った。軽いというよりは、中身が何もない空洞のようで、あれだけゴチャゴチャしていた頭の中も、キレイさっぱり何もなくなっていた。何も感じない。何も考えられない。何も溜まらない。私の体はカラッポになってしまった。
 ボーっと辺りを見渡した視界の隅に、ぼんやりと漂う光が目に入った。
 いつの間に巾着袋から飛び出したのか、恒光石がチカチカと瞬きながら私の周りを旋回している。きっとこの子なりに私を励ましてくれているのだろう。
 私は空虚になった頭でのんびりと思い、その恒光石に乾いた微笑みを向ける。するとその子はますます光を強め、私の周りを飛び回る。
「ごめんね。本当はあなたをちゃんと星座にしてあげたかったけど、叶わなくなっちゃった。ごめんね」
 そう呟くと恒光石は徐々にスピードを落とし、弱々しく点滅をすると、私の胸元へ帰っていった。私は泥にまみれた体を引きずって、とぼとぼ家に戻る。
 家の前には心配そうな顔をしたお母さんが、道路に出て私の帰りを待っていた。私に気付くと駆け寄ってくるお母さん。泥だらけの私を見て悲しそうに顔を歪める。
「ごめんね、心恵。本当にごめんね。お母さんもお父さんも、あなたの気持ちを全然考えていなかったわ。今日はもう遅いから、ゆっくり寝ましょう? そして明日また、お父さんとじっくり話し合いましょう」
 私の肩をギュッと抱き留めながら言うお母さんに、私はしっかりと告げる。
「もう、いいの。全部終わったの。終わったことなんだよ、お母さん」
 果たしてお母さんが私の言葉をどんなふうに受け取ったか、分からない。けれどお母さんは私を力強く抱き締め、嗚咽を漏らした。
 私はお母さんの背中をトントンと叩きながら、カラッポになった体で自宅に戻った。

 その夜、冬の夜空に新たな星座が誕生した。
 八つの星で構成されたその星座の名前は『やまねこ座』。
 ともえちゃんの恒光石は五つ。鎌田君の恒光石は三つ。

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08:39  |  星乞譚  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

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