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2010'08.17 (Tue)

私の星乞譚。 第十一章

 季節はあっという間に秋も追い越し冬を迎え、一緒に年も越えた。
 年末から大きく降り積もった雪は、今はようやく収まり始めて粉雪を散らすくらいになった。それでもぬかるみに足をとられる歩道の雪は煩わしく、常に下を向いていないと、いつ転んでしまうかハラハラする。
 年が明けて短い冬休みが終わり、学校は三学期へと突入していた。来週に期末テストを控えた二月の半ば、私は鎌田君と一緒に下校をしている。
 二人とも足元に注意を払い、下を向いたままという滑稽な帰宅姿だけど、こうして鎌田君と肩を並べて歩けるだけで嬉しい。
「酒留、勉強ははかどっている?」
 俯きながら尋ねる鎌田君に、私も顔を上げずに答える。
「うん。部屋が寒くて布団の中に早く入っちゃいそうになるけど、どうにか。鎌田君は?」
「俺もどうにか頑張っている。ただ、夏日先生の授業が急に難しくなった気がして戸惑っている。アラビア語はどうにか語呂覚えで大丈夫だったけど、ギリシャ語がちょっと……」
「私も。今回はかなり頑張らないと赤点取っちゃうかも」
「じゃあ、また試験前だけ一緒に勉強する?」
 私の心に鎌田君の言葉が温かく滑り込んできた。気持ちと一緒に凍えそうな頬もすぐに溶ける。
「……うん。する」

 二学期の期末テストの前日。私は鎌田君の家で、二人きりで試験勉強をしたのだ。
 それはちょうど店番をしていた時、またいつものように買い物に来た鎌田君と学校やテストの話になった。そしてかねてから誘おうか誘わないか迷っていたけど、勇気を出して言ってみたのである。
 一緒に勉強しない? と。
 すると鎌田君は全然嫌な顔をせずに二つ返事で了承した。
 もう、天にも昇りそうな気分だった。上擦りそうな声をなんとか鎮め、勉強をする日にちと時間を口早に確認する。そして鎌田君が店から去った後、私は喜びのあまり、番台に顔を突っ伏してプルプルと震えていた。

「やっぱり、勉強は二人でやった方が効率良いもんね。自分だけだと分からない問題にぶつかると行き詰まっちゃうし」
 照れ隠しをするみたいに、私は意味もなく言い訳を口にする。
 素直に「一緒に勉強が出来て嬉しい」と言えればどれほど良いかと思ってしまうけど、言ってしまった後の自分にまだ自信が持てないから、今はまだこのくらいで丁度いい。
「うん。俺が苦手な教科は酒留が得意だから、すごく助かっている。また今回も星乞譚で出そうなヤマ、期待しているな」
「うん。明天先生攻略なら任せてよ」
 鎌田君はきっと知らないのだろうな。もっと頼りにされるように、彼が苦手な教科だけ力を入れて勉強していることを。
「じゃあ、いつにしようか。酒留は近々予定が入っている日はある?」
「うぅん、特にない。ともえちゃんともテストが終わるまでは遊びは禁止って決めているし」
 もっとも、たとえ予定が入っていようとも全部キャンセルするけど。
「そうか。もしアレなら、大山も一緒に勉強へ誘おうか?」
「え、えぇ? ともえちゃんは、ほら、あれだよ。一人で勉強する方が合っているって言っていたし」
 私はギョッとしながら慌てて適当な言い訳を見繕う。きっと仲間内の調和を気にかける鎌田君の事だから他意なく言ったのだろうけど、ほんの少しでいいから、こう……私の気持ちも汲んでくれればと身勝手ながら思う。
「そうなのか。だよな、だから俺がこんな風に酒留と一緒に勉強が出来るもんな」
 本当に、他意なく言っているんだと思う。
 でもそんな微かな一言が、私の胸を悪戯に熱くすることに、この人はいつになったら気がつくのだろうか。

「そういえば、お父さんとの生活はどう?」
 もうちょっと鎌田君の嬉しい言葉を聞きたかったけど、これ以上は舞い上がってとんでもない墓穴を掘りそうな予感がしたので、私は敢えて話題を変えた。
「うん。結構、普通」
 そう言いながらも、鎌田君は至極嬉しそうに頬を緩めた。
 先週から鎌田君のお父さんは家に戻っている。
 いつもなら家に寄りつかず、すぐに鎌田君一人を置いて放浪してしまうお父さんだけど、今度は長く居るらしく、これからはずっと居住するらしい。
 前回の勉強会は鎌田君が気を遣って私を家に招いてくれた。その際に私は初めてライオンの巣穴をこの目で見たのである。家の中は一人暮らしの割にきちんと整頓されていて、むしろ男性にしては小綺麗に過ぎるほどだった。
 でもそれが、逆に彼の孤独を色濃く匂わせているようにも感じたけど、そんな巣穴に、親ライオンが戻ってきたのだ。
 鎌田君の、仔獅子の長く辛い試練は終結を迎えたかのように感じて、私も泣いてしまいそうなくらいの安堵感に包まれた。
「実は私、鎌田君のお父さんとまだ一度も会ったことがないの。今度、お店に来るかな?」
「お父さん、お酒は飲まないから酒留の店に行くかどうか分からないな」
 お父さん、と呼ぶのに慣れていないのか、鎌田君は若干口ごもる。照れを隠すように口元を押さえる仕草が可愛らしい。
「そうなんだ。うちのお父さんとは大違い。お酒を飲まない日なんて無いんだよ。でも会いたいな、鎌田君のお父さん」
「じゃあ今度、一緒に買い物へ行くよ」
「鎌田君と顔、似ている?」
「どうだろ。あんまり言われたことないけど、俺は似ていると思う。酒留には、どう見えるかな」
 そしてまた手を口元に持っていき、無理矢理に照れ笑いを隠す。彼の珍しく本心から嬉しそうな様子は隠しきれないみたいだ。
「鎌田君のお父さんって、もともとは何をしている人なの?」
「うんとね、写真家だったり画家だったりとにかく芸術関係が好きな人でね。今は彫刻をしていて、それが都会の方であったコンクールに受賞して小さなスポンサーが付くらしいんだ。だからその資金を元に、今の家をアトリエにするんだって」
 なるほど。それでこれからは一緒の家に住めるという話になったわけだ。
 放浪癖のお父さんといえども実家をアトリエにするということは、自宅を職場にするのと同じ。酒屋を経営しているうちのお父さんと似たようなものだろう。
「ただ、それだけの資金では元手が足りなくて、大山の呉服屋からお金を借りなきゃいけないらしいんだけどね。でも遅くても今年の夏頃には自宅を改装する工事に入るんじゃないかな」
 まさに順風満帆だった。
 心なしか鎌田君の口調も弾んでいるように感じる。それも当然だろう。今まで嫌というほど孤独な夜を噛み締めたのだ。これからは精一杯、お父さんとの時間を満喫して欲しい。

 足元ばかり見ていたので気がつかなかったけど、既に家の近くまで来ていた。私は少し残念に感じながらも、うちへ通じる小路を曲がる。
「じゃあ酒留、勉強会は今週の土曜日でいいかな」
 せっかくの鎌田君との約束を忘れるところだった。私はコクコクと頷き口を開く。
「うん。土曜日は午前中で学校終わるもんね。お昼ご飯を食べたら行くよ」
「あぁ、待っている。それじゃあ、バイバイ」
 軽く手を振ると弾む足取りで帰路に着く鎌田君。私はそんな彼の後ろ姿を見送りながら、あることを考えていた。
 このまま鎌田君が順調にお父さんとの生活を送れば、精神的にも余裕が生まれるだろう。そしたら、頃合いを見計らって彼に星結いをしよう。
 別に以前の彼では余裕がなさそうだから星結いをしなかったとかじゃなく、ただなんとなく、そのタイミングが一番良さそうだと思ったからだ。
 鎌田君が私のことをどう思っているか、知らない。
 もちろん彼の星はどこに向いているかも、知らない。
 それでも最近は彼の側にいると、気持ちを伝えたい衝動にかられてしまう。この破裂しそうな思いを持て余してしまうのだ。
 正直いってしまえば振られるのは恐いけど、万が一の可能性に賭けてみたい。
 鎌田君に星結いをしよう。
 そんなことを考えながら、私も自然と早まる足を帰路に向けた。時々、頭の中で鎌田君に伝える言葉をシミュレーションしながら。

 家の玄関でもある酒屋の扉を開けて「ただいま」と呼び掛ける。いつも番台にムッスリとした顔で座っているお父さんが、何故だか今日はいなかった。
 私は小首を傾げる。
 態度は悪いけど生真面目なお父さんは、たとえ風邪をこじらせようとも店番をサボるようなことは決してしない。立ち上がれないほどかなり体調が悪い日や、仕入れで店にいない時はお母さんが替わりに番台に座るけど、それもよっぽどない事だ。
 番台を抜けて母家に入ると、居間でお母さんがいた。
 テレビを付けるわけでもなく、湯呑みを両手で握り締めてボーっとしている。まだ夕飯の支度に取り掛かるには早い時間かもしれないけど、それでも何だか様子が変だ。
 私はおずおずとお母さんに「ただいま」と呼び掛ける。するとお母さんはハッとして顔を上げた。
「なに、心恵。あんた、いつ帰ってきたのよ」
「いつ、って……たった今だよ。何言っているの、お母さん」
「あぁ、そうね。もうこんな時間なのね。さて、お母さんはそろそろ晩ご飯でも作ろうかしら」
 するとお母さんは急に立ち上がり、いそいそと台所に向かう。
 やっぱり何かおかしい。微笑んだお母さんが何だか嘘っぽく、取り繕ったような笑顔に見えた。
「ねぇ、お母さん。お父さんはどこに行ったの?」
 私の問い掛けに一瞬だけ肩をピクリとすくめたお母さんは、こちらを振り向かないまま答える。
「……お父さんはね、大山さん家に行っているわ」
「ともえちゃんの家? なんでまた。町内会の集まり?」
「さぁ。たぶん、そんなところじゃないかしら。詳しい話はお母さん、わからないわ」
 まぁ、ご近所だからお父さんが大山家に出向くのも無いことはないけど。それでも店番をほっぽりだしてまで居なくなるなんて妙だ。
「お母さん、店番は?」
 思い出したかのようにお母さんは言う。
「あぁ、そういえば。すっかり忘れていたわ。心恵、悪いけどお父さんが帰ってくるまで座っていてくれる?」
 お母さんも店の事を忘れているなんて、やっぱり妙だ。

 お母さんの言い付けとおり店番をしていると、一時間もしないうちにお父さんが帰ってきた。でもその表情は普段以上にしかめていて、声を掛けづらいくらいピリピリ張り詰めている。おかえり、と言った私を見向きもせず、お父さんは番台をすり抜けて母家の方に行ってしまった。
 なんだか、ザワザワと不穏な胸騒ぎが止まらない。さっきまで鎌田君と楽しくお喋りをした帰り道にホカホカに温まった心が、今はすっかり冷めてしまっている。
 清々しいほど明るい月夜が、西の空から流れてきた薄い雲で朧気に陰っていった、そんな気分だった。

 日が落ちて街は黄昏色に染まる頃、母家から夕飯へ呼ぶ声が届く。私は少し凍えた足をさすりながら立ち上がった。
 夕飯を囲むちゃぶ台では、お父さんはビールをチビチビ飲みながら野球中継を見ていて普段とおりだけど、お母さんは憂いげに黙々と箸を動かしていた。
 空気が重い。
 私は夕飯を手早く済ませてしまい、お風呂に入る。落ち着かない気持ちを、早く温かい湯船の中に溶かしてしまいたかった。
 お風呂から上がり髪をドライヤーで乾かしながらとかす。湯船に浸かって幾分気持ちがゆったりとした。湯気で曇った鏡台を手で拭う。居間に戻ったらお父さんへ何があったのか聞いてみよう。たぶん答えてくれなさそうな気がするけど、モヤモヤした今の気持ちでいるよりはマシだ。
 パジャマに着替えて浴室のドアを開けた時、少し離れた居間からお父さんとお母さんの話し声が聞こえてきた。
ともえちゃんの家とは違い、さほど広くなく部屋を間仕切る壁も薄い家だ。多少、大きな声を上げれば二階にある私の部屋まで話が筒抜けになる。
 お父さんが口を開けているのも珍しいけど、さらに声を張り上げているなんておかしい。お母さんもそれに負けず劣らず大きな声で話している。
 その時、お父さんの言葉が耳をついた。
「結局は借金に縛られる生活になるしか、ねえだろうよ」
 私はギョッと身をすくめる。借金って、一体なに? うちの経営って、そんなに悪かったの?
 私は顔から血の気が引くのを感じつつ、足を忍ばせて居間に向かった。本当ならば、まだ子供な私が聞いてはいけない話だと思う。それでも、自分の生活に降りかかるかもしれない話となれば、聞かずにはいられなかった。

「じゃあお父さん、大山さんの話だと借金っていうのは嘘だったの?」
「違う。借金した、ってのは本当だ。ただ資金って話が嘘だった」
「なんでまた、そんな嘘を……」
「大山を信用させたかったからだろ。だがな、呉服屋もそこまで馬鹿じゃねえ。ちょっと調べてみたら野郎のでっち上げだって分かったんだ。野郎、何度も大山から無心しているからな」
「そんな、そこまでして……」
「あいつはそういう奴だ。結局はてめえの事しか考えちゃいねえんだよ」
 ……なんだか様子がおかしい。
 話から察するに我が家が借金を背負っているわけではなさそうだ。じゃあ、お父さんとお母さんは誰の話をしている?
 その時、心の隅にあった記憶に何かが引っかかった。
 大山家に借金をした人……お父さんが毛嫌いする人……。
「それで、そのこさえた借金はどうするの? 返す当てはあるっていうの?」
「ねえに決まってんだろ。そもそも奴が一度だって大山に借りた金を返した時があるかい」
「じゃあ、大山さんはどうする気なの」
「辛い話だが、坊主に払わせるしかねえだとよ。その代わり金利は無しで期限も無しっていうのが大山の出来るギリギリの譲歩だ」
「まだ高校生だっていうのに、可哀想。こないだ道ですれ違った時に、これからはお父さんと一緒に暮らせるって嬉しそうに言っていたのに……」
 勢い良く扉を開けた私を一斉に振り向くお父さんとお母さん。仏頂面のお父さんが、今だけは大きく目を見開いていた。
「ねえ、どういうこと? 今の話、鎌田君のことだよね。……ねえ、どういうことよ」
 私の唇がワナワナと震えていた。
 お父さんは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、お母さんは青ざめた表情のまま俯く。何も答えない二人に、私はもう一度問いただす。
「ねえ、どういうことよ。鎌田君、お父さんと一緒に暮らすんじゃなかったの? 今の家をアトリエに改装するんじゃなかったの? 彫刻のコンクールで受賞してまとまったお金が出来たって。ねえ、どこまでが本当の話なの?」
「全部、嘘っぱちだったんだ!」
 私の言葉をぶっつりと切るようにお父さんは怒号を上げたので、私は身をすくめた。その横でお母さんは小さく呻くと、前掛けで目元を押さえる。
「そんな話は全部、奴のデタラメだったんだ! 大山や坊主を信用させて、てめえは金だけ手に入れてさっさと蒸発しやがった! もう二度とこの町には帰ってこねえよ! 坊主にすべてを押し付けて、いなくなったんだよ!」
 その絶望的な話に耐えきれず、私はがくりと膝を折る。そして頭に浮かんできたのは、お父さんの話を嬉しそうにする鎌田君の顔だった。
 照れ笑いでニヤける口元を手で隠したり、ためらいながらお父さん、と呼んだあの鎌田君。
 そんな僅かな希望が、跡形もなく砕け散ってしまった。
 俺はあのライオンみたいなものなんだ……動物園で寂しそうに鎌田君はそう呟いた。
 あの時の胸が潰れそうなくらい悲しげな表情を忘れられない。それでも彼は懸命に、いつか平穏な暮らしが送れることを夢見て、どんなに辛くても歯を食いしばって耐えてきたんだ。
 それなのに……。
 私は立ち上がると、ほぼ無意識に居間の壁に掛けてあったダッフルコートへ手を伸ばす。そして素早くコートを羽織ろうとした手を、お父さんから掴まえられた。
「どこに、行く気だ」
「どこって。鎌田君のところよ」
「駄目だ」
「なんでよ。お父さんには関係ないじゃない」
「駄目だ!」
 大声で怒鳴りつけるお父さんに気圧されて、たじろぐ。でもすぐに反抗的な気持ちがむくりと首をもたげた。
「なんで駄目なのよ! だって鎌田君は今、すごく傷付いていると思う! 私が行って慰めになるとは思わないけど、でも行かなきゃ駄目なの!」
「駄目だ! 行っちゃならねえ!」
「なんでよ! なんでお父さんにそんなことを言われなきゃならないの? 関係ないじゃない!」
「どこの世界に好きこのんで、てめえの娘をライオンの巣穴へ嫁に出させる親がいる!」
 えっ、と息を着く暇もなく、お父さんは乱暴に私を突き倒した。
 茫然と見上げたお父さんの顔は般若のように怒りを露わにしていたけど、何故か寂しそうにも見える。

更新日 8月23日

「てめえが鎌田の坊主に惚れているのは、ずっと前から知っていたぜ。あいつが買い物に来る頃を見計らって店番に着こうとするし、番台で坊主とニヤニヤ話し込んでいたからな。あの坊主だってそうだ。お前が店番をしてそうな頃だけ店に顔を出しやがる」
 お父さんには全部見抜かれていたんだ。でもその事実は不思議にも、私を赤くも青くもせず、淡々と心の中に滑り落ちていくだけだった。
「俺はそのことを咎めもしなかったし、気にもしなかったつもりだ。だがな、あの坊主と一緒になるのだけは許さねえ! これを機会に坊主とは距離を置け! 間違っても星結いなんてするんじゃねえぞ!」
「な、なんでそんなこと……。なんで、駄目なのよ……」
「さっき聞いていただろ。あの坊主は若い身空で既に借金持ちだ。しかも頼る身内もねえ。そんなところに喜んで嫁がせる親がいると思うか」
「でも、だってお父さん。お父さんは鎌田君のことをよく面倒見ていたじゃない。お菓子とか、醤油とか……くれていたじゃない」
「あんなは単なる憐れみだ。同情に決まっているだろ。可愛がっても、娘まで差し出す義理はねえ」
 ハラハラと涙が零れ落ちた。
 てっきり私は、お父さんは鎌田君に対して好意的な印象を抱いているものだと思い込んでいた。
 そんなに遠くない未来、もしも鎌田君と星結いが出来たら、改めてお父さんへお互いのことを紹介するのだろう、と。そしてお父さんは相変わらずムッスリと憎まれ口を一つ二つ言いがらも、私達のことを認めてくれるだろう、と。
 でもそんな儚い妄想さえも、辛辣な事実は嘲笑うかのように奪い去っていった。今まで私が見ていた世界は情けないほど狭く、恥ずかしいほど稚拙なもので構成されていたのだと思い知らされた。
「分かっただろ、心恵。間違っても星結いなんてするんじゃねえぞ。あの坊主とお前が繋がっちまったら、たまったもんじゃねえ。
 そもそも星結いなんて聞こえはいいがな、自分の尻を自分で拭けない小便臭い若造がてめえを一生縛る鎖なんだ。一度繋がってみろ。たとえ相手を嫌いになっても憎くなっても絶対離れられねえ。あんなもん呪いだ、呪い」
 お父さんの言葉が追い討ちをかけ、私はずたぼろに崩れ落ちる。そんな私を気の毒に思ってか、お母さんが涙で目を真っ赤にしながらお父さんに、そのへんにして上げて、と訴える。
 同じ女としてお母さんも心苦しいのだろう。娘が初めて人を好きになった思いを、こんな形で否定しなければならないのだ。
 私だって分かっている。夢はいつまでも砂糖菓子のように甘いものじゃなく、氷のように時間が経つにつれ、溶けてなくなってしまうものだと。
 私はまだ何も知らない子供だけど、そこまで子供じゃない。彼を思い続けていれば、どんな辛い未来が待っているかを予想出来ないほど、馬鹿じゃない。
 でも、それでも……。

 私はのろのろ立ち上がり、涙でクシャクシャになった瞳を拭う。そしてお父さんを真っ直ぐ見据えた。
「それでも私は、鎌田君の星になりたい」
 この思いは、止められない。
 その瞬間、お父さんの平手が勢い良く私の頬をぶった。再び倒れ込む私に、お母さんが叫び声を上げて覆い被さる。
「お父さんやめて! この子は女の子なのよ! 心恵もこれ以上は諦めて! お父さんとお母さんの気持ちも分かって!」
 ジンジンと痛む左頬に、耳をつんざくお母さんの泣き喚く声。
 お父さんにぶたれたのは生まれて初めてだった。
 それでも私の高ぶった心はショックを受ける間もなく、この小さな体を奮い立たせる。仁王立ちするお父さんから守るように私を抱きすくめるお母さんを跳ね飛ばす。
 そしてダッフルコートを掴んだ私はお父さんの制止を振り切って、一目散に玄関へ向かった。
 酒屋の番台を抜けて店の戸を開くと外に飛び出す。背後からはお父さんの怒号とお母さんの泣き叫ぶ声が聞こえてきたが、すぐにスッと遠くなっていった。

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06:24  |  星乞譚  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

 
恒光石を打ち上げちゃったってことは、
もう山崎くんは星を結べないのですかね・・・(´・ω・`)
ヒジテツくん・・・!

どんどん話が進んでて楽しいです(^ω^)
次はどうなっちゃうのかしら・・・次回に期待☆
 
桐崎 紗英 | 2010年08月20日(金) 09:35 | URL | コメント編集

>>桐崎 紗英さん
残念ながら山崎君はともえちゃんに振られてしまいました。
初恋なんてそんなものなのかも知れませんね。
私の星乞いも失敗したっけ。今から十数年前ですが。
要人(かなめびと) | 2010年08月21日(土) 08:32 | URL | コメント編集

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