2017年03月 / 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT   このページの上へ

2010'08.07 (Sat)

私の星乞譚。 第九章

 家に帰ると夕飯の準備をしていたお母さんに呼び止められる。
「心恵、さっき阿部君って男の子から電話があったわよ」
「あぁ、やっぱり。それでヒジテツ君、何て言っていた?」
「また後でかけ直します、って」
 やはり間に合わなかったかと思いながら自分の部屋に入ろうとすると、お母さんが背後からソッと呟いた。
「お父さん、知らない男の子から電話があったから、凄く不機嫌になっているわよ」
 それだけを言い残すと、そそくさと台所へ戻っていく。
 私は部屋の扉を閉めてセーラー服を脱ぎながら、仏頂面で店番をしていたお父さんを思い出した。どうりで普段よりも眉間に寄ったシワの本数が多いと思ったら、そんなことで腹を立てていたのか。私は最近とみに顔をもたげる反抗心がムクリと立ち現れたのを忌々しく感じ、スカートを無造作にベッドへ放り投げた。
 着替えを終えて居間に戻ると、ちょうど良く電話が鳴った。お母さんは私への電話だと知ってか、振り返る気配もない。受話器を耳に当てると、教室で聞き慣れたヒジテツ君の声が聞こえた。
『やっと出た。六時に電話するって言ったのに、なんでいないんだよ』
「ごめんごめん。ともえちゃんと話が盛り上がっちゃって」
『なんだよ。俺なんかより大山の方が大事だって言うのか?』
「当然じゃない」
 声を上げて笑いながら、私は電話の本体を持って階段の隅に移動する。居間にいたままじゃ、お母さんに聞かれて居心地が悪いし、薄い戸を一枚隔てたお店では、お父さんが耳をそばだててそうで落ち着かなかった。
「それで、話ってなぁに?」
『おう。あのさ、女子って部活をやってない男子に、魅力を感じないものか?』
「どうかな。部活やっているとか関係ないんじゃない?」
『酒留はどう思う?』
 一見、自由奔放で周りの目や評判を気にしなさそうなヒジテツ君だけど、意外にも周囲からの印象や見てくれについて非常に気になるようで、何かと私の意見を尋ねてくる。もちろん私はその都度、自分なりのアドバイスを返すが
「確かにスポーツで汗を流す男子はカッコいいと思うけど、だからといって好きになるかどうかはわからないわ。それに部活をしていない方が、放課後は自由にデートを出来て都合がいいんじゃない」
 それはあくまで私個人の意見でしかないから、大して参考にならないと思うんだけど。
『そうか。言われてみれば、部活をやっている奴らって休みの日も暇がなさそうだし。ポイントが高いわけじゃないんだな』
 それに私はヒジテツ君に質問をされる時、決まって鎌田君の姿を思い出して状況をシミュレーションしてしまう。同じ男子でもヒジテツ君と鎌田君では全然違うし、本当に参考になるかどうかは定かでない。
 ヒジテツ君は恋する男子かもしれないけど、私だって密かに恋する乙女なのだ。
 それからヒジテツ君は、男子は髪が短くあるべきか、告白も無しにデートへ誘うのはおかしくないかとか話題にして、私もその都度、親身になって答えたり、時には冗談も交えて語り合った。
 そして話は徐々に逸れていき、いつしか恋愛とは関係のないところへ行き着く。
『そういえば、雅士の親父さんが近々帰ってくるらしいぜ』
「へぇ。そうなんだ」
 私にしてみれば、こっちの方が本題だ。ヒジテツ君には悪いけど、クラスでは最も近い位置にいる彼から鎌田君の情報を仕入れたいがために、相談に乗っているといっても過言ではない。
 私は気取られないように、わざと無関心を装った生返事をする。
『酒留は雅士と近所だから、あいつの家庭のこと知っているよな』
「うん。お父さんとか教えてくれた」
『そっか。雅士のやつ、あぁいう性格だから俺達の前では出さないけどさ、親父さんがいなくて相当寂しいと思うぜ』
 やっぱりヒジテツ君も、鎌田君の抱えた奥深い寂寥感に気付いているのだ。
 テレビの音だけが支配する、さほど広くもない家に取り残された、孤独なライオン。そんな彼を理解してくれる人が私以外にもいることに、勝手ながらも安堵感を覚える。
「そうなんだ。私、実は未だに鎌田君のお父さんを見たことないんだ」
『マジかよ。なんか今度はずっと家で暮らすかもしれないって話だから、お前の店に顔を出すかもな』
 その言葉を聞いて、私は胸に温かい何かが流れ落ちてきたのを感じた。あぁ、これで鎌田君は寂しい思いをしなくて済む、彼の孤独とやるせない哀愁は氷解するのだ、と。
 千尋の谷に突き落とされた獅子の過酷な試練は、終結を迎えるのだ。

『……とめ、酒留? おーい、聞こえているかー』
 いつの間にか自分の世界に入り込んでいたせいで、私は受話器越しに相手をしていたヒジテツ君の存在をすっかり忘れてしまっていた。
「あ、あーごめん。ちょっと呆けていた」
『なんだよ。俺との話なんてどうでもいいってか?』
「うぅん、そんなことないよ。それよりもねヒジテツ君、私なんかに電話しているヒマがあったら、その好きな子に電話すればいいじゃない」
 私は悟られたくないがために、わざと話を逸らす。
「ねぇ、ヒジテツ君。あなたの好きな子って一体誰なの? いい加減、教えてくれたっていいじゃない」
 実はこんなに親身になって相談に乗っているのに、ヒジテツ君は未だに誰が好きなのか教えてくれない。問い詰めても言葉を濁すだけなくせに、ちゃっかり自分の相談だけは聞いてもらう。
「私が思うにね、うちのクラスの誰かじゃないかなって。だって私が知らない人だったら、名前を教えたって困らないでしょ」
 あまりに隠し立てするので、私なりに推理をしてみた。でもヒジテツ君は相変わらず
『うるせー。酒留には絶対に教えない』
 と、真相を明かそうとはしない。
「なんでよ。ここまで相談に乗ってあげているんだから、いい加減白状してもいいでしょ。それにヒジテツ君の好きな子が分かれば、私がその子の情報をこっそり教えてあげられるのに」
 私が鎌田君の事をリークしてもらっているのと逆のことだ。私の個人的な意見よりはずっと参考になって有益なのに。
 その時、台所の方からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。どうやら夕飯の準備が出来上がったらしい。
「ごめん。うち、そろそろ晩御飯みたい」
『あぁ、そのようだな』
 お母さんの声はヒジテツ君にも聞こえていたようだ。せっかくこれからもっと詮索をしてやろうかとしていたのに、と残念に思っていると、ヒジテツ君が少し声のトーンを落として尋ねる。
『……そんなに、知りたいか?』
「え、そりゃあ……まぁ」
 急に態度を変えたヒジテツ君をいぶかしむ。
『わかった。じゃあ教えてやるから、明日の放課後、お前ん家の近くにある公園に来い』
「え? あ、うん。わかった」
『時間はちょうど今頃な。じゃあ、明日』
 それだけを口早に伝えると、ヒジテツ君は私の返事も聞かずに電話を切ってしまった。小首を傾げる私に、台所のお母さんはさらに声を張り上げて呼ぶ。
 何故、今頃になって打ち明ける決心が着いたのか、私はちょっと戸惑いつつも、受話器を置いて台所へ向かった。
「心恵、お父さんに夕飯だって伝えて」
「うん」
 店番をしているお父さんに夕飯だと告げると、お父さんはうんともすんとも言わずに、のそりと立ち上がった。私はそんな態度に憮然としながら、大きくて広い背中を睨み付ける。
 ……さっきのヒジテツ君といい、お父さんといい、男の人って何を考えているのか、さっぱり分からない。


 翌日、私は放課後いつものように、ともえちゃんの家でお喋りを楽しんだ後、近所の公園へ向かった。
 日が落ちるのがだいぶ早く、辺りはすっかり夜の帳が降りて真っ暗だった。私はダッフルコートの襟を掻く。西から吹きつける風が肌寒い。公園に一つだけある水銀灯の下に、ヒジテツ君が待っていた。
「ごめん。待った?」
 おとないを入れるとヒジテツ君は首をすくめたまま、振り向く。この寒い時期に学生服一枚では、体の芯まで冷えるだろう。
「あぁ、ちょっとしか待ってねえよ。でも、寒い……」
 そう言って苦笑いを浮かべると、ヒジテツ君はその場で足踏みを始めた。
「だってもう二学期も終わっちゃうんだよ。いつまでも秋のつもりでいるけど、半分冬みたいなものだって。だから電話で教えてくれれば良かったのに」
 実際問題、ヒジテツ君の好きな人が誰かなんて、電話で聞けば事足りる用件じゃないか。それをわざわざこんな時間に呼び寄せて。
 男子というのは大雑把そうに見せ掛け時々、仰々しく見せたがるから面倒くさい。
「さぁ、それじゃあとっとと白状してもらいましょうか。ヒジテツ君、誰が好きなの? 答えなさい」
 ニヤリと意地悪く微笑みを浮かべ詰問を始める。だけどヒジテツ君はすぐに答えようとせず、何故か空を仰いだ。
「今日の夜空は晴れているな」
 ヒジテツ君につられて、私も夜空を見上げる。街灯の明かりのせいで細かい星は見えないけど、惑星や大きな星はかろうじて探せた。
「うん。午前中から天気が良かったからね。でも明日からは空模様が崩れるらしいわよ」
 南の空に親友の思い人の木星とフォーマルハウトが丁度良く並んでいる。大酒飲みで有名な南の主ならば、木星の接見も快く迎え入れるだろう。北東の空にはペルセウス座が昇ってきた頃だろうが、残念ながらミルファクの姿しか拝めない。西の空に傾いてきたベガとアルタイルも拝見しようかと首を回すと、ヒジテツ君が口を開いた。
「俺の好きな奴さ、同じクラスの女子なんだ。前から結構会話はしていたけど、最近になって頻繁に話すようになったんだ」
 私は顔を真っ直ぐヒジテツ君に向け直す。
 最近になって頻繁に話すようになった……? この人、私以外の女子とも仲良くしていたのか。でも、私はヒジテツ君が同じクラスの女子の誰かと、言うほど話をしている姿を見たことがない。
 待って。何かがおかしい。
 言い知れない胸騒ぎが、じわりじわりと湧き上がってくる。
「俺、そいつにさ、恋愛相談をしていたんだ。笑っちゃうだろ? 好きな相手に好きな奴の事を相談していたんだぜ」
 待って。ちょっと待って。
 どうかこの胸騒ぎが杞憂であって欲しいと、何度も心の中で叫ぶ。
「しかもそいつ、自分の事を相談されているのに全然気付かないし。たぶん鈍感な性格なんだろうな。だからさ、ハッキリ言ってやろうって、決めたんだ。俺が好きな人って言うのは……」
 真っ直ぐ真剣な眼差しを私に向けて、一歩踏み出すヒジテツ君。
 私は反射的に後ずさる。
 待って。止めて。その先は言っちゃ駄目。

「お前だよ、酒留。俺が好きな人は、お前だったんだ。今まで隠していてごめん」

 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。耳を塞ぎたいくらいの耳鳴りがうるさくて、眩暈で目の前の景色が揺れる。
 なんでヒジテツ君が私を好きなんて言うの?
 なんで今まで普通にお喋りなんて出来ていたの?
 なんで……なんで?

 驚くほど単純なことなのに、私は現状を整理できず、頭の中はパニックが収まらない。
「冗談っぽく思えるかもしれないけど、俺は本気なんだぜ。入学してすぐ辺りから、お前のことが好きだったんだ。ずっと本心を隠して相談に乗ってもらう振りをして、騙したみたいで悪かったと思っている。でもさ、そうでもしないと酒留に近付く機会がなくて。どうにかして話がしたくて。だから俺のこの気持ちが本気だってこと、見て欲しいんだ」
 そう言ってヒジテツ君はポケットから手を出すと、それを私に突き出す。
 私はその輝く光の粒を見て、息を飲んだ。形は小柄だけど、確かにそれは恒光石だった。
「だってヒジテツ君、全部、打ち上げたって」
 動物園に行った時に、ヒジテツ君は確かに言っていた。あの夏日先生の授業で誤って恒光石を打ち上げてしまった後、残りの全ても打ち上げた、と。
「あぁ。雅士にはあれで全部って言ったけどな、どうしても最後の一つだけ散らせなくて。だから酒留に告白するときに打ち上げようと決めたんだ」
 恒光石を持った手を空高くかざすヒジテツ君。恒光石は震えるように、光を増していく。そしてゆっくりと目を閉じ、静かに唱えた。
「酒留に、俺の気持ちを伝えたい。……コル・アルゲニブ」
 その瞬間、淡い光を発していた恒光石は途端に意思を宿した一つの生命体のように、強烈な光を放ちながら私達の周囲を飛び交う。そして夜空へ目掛けて、一直線に飛び去っていった。
 その姿は小ぶりで精密な花火のようで、一瞬にして見る人の心を奪っていく美しさすら秘めていた。
 呆然と夜空を見上げていたけど、私はハッとして前に向き直る。きつく唇を引き結んだヒジテツ君。彼の本気は痛いくらいに私の胸に深々と突き刺さった。
 昨日、ともえちゃんがいった言葉を思い出す。
 誰でも望む形で星結いが果たせるとは限らない。それでも人は期待してしまう、と。
 まさにその通りだった。ヒジテツ君は誰かと星座を結ぶ機会を永久に失った。それでも一つだけ恒光石を手元に残していたのは、叶うはずもない願いを捨てきれずにいたから。そんな一片の可能性が、彼にとって背中を押してくれる勇気になっていたに違いない。
 答えはとっくに出ていた。
 彼の本気を知っても、答えは変わらなかった。私の星は鎌田君だけに向いていて、その光は決して方角を違えることはない。
 きちんと言えばいいのだ。
 入学式の日に、星結いの特別講義で学んだとおり、作法に則ってヒジテツ君の告白を断ればいいのだ。彼だってあの講義を受けたんだから、たった一つの恒光石でも敢えて星結いの作法とおりに告白をしたんだから、一言告げれば納得してくれるはず。
 でも、そのたった一言がどうしても言えない。
 言わなきゃと分かっているはずなのに、舌は石になったみたいに固まって、言葉は口から零れ落ちない。
 同じ班になると、いつも明るく楽しい話題でみんなを笑わせてくれたヒジテツ君。常にひょうきんで調子がいいイメージを抱くクラスメートもいるけど、実は人一倍周囲に対する気遣いを欠かさないヒジテツ君。
 そんな彼を、私は傷付ける言葉しか持っていない。
 彼のせいでも、ましてや自分のせいにもしちゃいけない事は分かっている。でも、私の口から出る言葉は確実に彼を傷付けてしまう事が、自分の体を切り裂くくらい痛くて恐かった。
 ともえちゃんも山崎君を振った時に、同じ悲痛を味わっただろうか。それでも凛然と、真摯に断った彼女を私は心の底から尊敬してしまう。
 いつまでも答えを出さず、わなわな震えるだけの私にヒジテツ君は業を煮やしたのか、私との間にある距離をグッと詰めた。
 一瞬、気を逸らした私の肩にヒジテツ君の両手が置かれる。同い年の男子が肌も触れ合う距離にいる。顔がカッと熱くなり、頭のてっぺんから電気がピリピリとほとばしるようだった。
 彼が今、何をしようとするのか分かっている。私の視線は自然とヒジテツ君の唇へと注がれた。

更新日 8月12日

 だめ……。

 両肩に置かれた手に、グッと力がこもる。足のつま先まで凍える寒さなのに、私の両肩だけははっきりとした熱を帯びた。

 だめ……。

 そっと瞳を閉じると、ヒジテツ君は軽く唇を突き出す。そして徐々に顔を寄せてきた。

 だめ……。

 いつの間にか体の震えはおさまり、見えない力に突き動かされるように、私の瞼は閉じていく。

 だめ……。

 ヒジテツ君の細い鼻息が私の前髪に触れた。そしてそれが次にまつげへ降りてくる。

 だめ……。

 そう、こんな風に、私はいつか鎌田君と口付けが出来る日を、夢見てきた。

 だめ……!

 その瞬間、私はカッと目を見開くと力任せにヒジテツ君を突き飛ばす。頭の中に誰かの声が聞こえたおかげで、私は正気に戻ることが出来た。
 気が動転し過ぎて、何故かヒジテツ君に全てを許してしまいそうなほど、頭がポーっとしていて流されそうになったけど、あれは一体何だったのだろうか? 彼の恒光石が残した魔力?
 それよりも、私は目の前で尻餅をついているヒジテツ君を見て、ハッとする。
 驚愕に目を丸くした彼の顔が、だんだんと泣きそうに歪んでいく。男の子だったら絶対に女子の前でしてはいけない情けない表情だけど、ヒジテツ君は気付きもせず愕然としている。
 そんな彼を目前に、それまで麻痺していた私の頭がやっと回りだした。色々な事が一辺に起きてまだ整理しきれずごちゃごちゃしているけど、その中でもまず思ったのは、卑怯にも鎌田君の事だった。
 ヒジテツ君が私を好きだということを、鎌田君は知っているだろうか?
 仲良しな彼らのことだ。私がともえちゃんに相談しているように、ヒジテツ君が鎌田君に私のことを話していても、なんら不思議はない。それが鎌田君にどう伝わっているかは分からない。けれど、決して私の星乞いには有利にならないだろう。
 そしてたった今、精一杯に私へ秘めた思いを伝えてくれた男の子を目の前にして、無意識にそんなことを考えている自分に対して、呆れてしまうほど失望した。
 勇気を出して胸の内を明かしてくれた男友達を前に、私はこんな打算的なことしか考えられない。頭の中が悔しさと情けなさでグチャグチャに混乱していた。
 顔を覆って小刻みに震える私を心配してか、ヒジテツ君は立ち上がり努めて平静な声を絞り出す。
「ごめん、酒留。急にびっくりさせてしまったな。俺、どうかしていた」
 そう言って無理矢理に笑顔を浮かべて、ヒジテツ君は私に歩み寄る。それに対して私は反射的に一歩後退ってしまった。
 しまった! と思ったけどもう遅く、私からの拒絶にヒジテツ君はまた深く傷付いたように顔を歪める。
 鼻の奥にツンとした痛みが込み上げる。ダメ。今、泣いちゃダメ!
 私はこれ以上、ヒジテツ君の心の中をえぐりたくなかった。今の私ではどんな動作をしても、それは全てヒジテツ君を無惨に傷付ける刃物にしかならない。
それに、もう泣かないって決めたのに。
 鎌田君の本当の姿を知ったあの夜流した涙を最後に、もう泣くのは止めようと心に誓ったんだ。いつまでもメソメソ泣いているだけの腑抜けな女の子じゃ、あの高尚な魂を持つ鎌田君の隣は相応しくない、って。
 決めたのに。
 もう、私はその場にいたたまれなくなった。私がヒジテツ君にしてあげられる事は何もない。
混沌としてグチャグチャの頭が出した答えは一つだった。
 後退った左足に続けて右足も一歩下がる。そしてさらに左足、右足と後ろに下がりながら私は身を翻す。
 ヒジテツ君の顔を見ないように、私はずるくもその場から走り去った。そう、私は卑劣にも逃げたのだ。
スポンサーサイト
08:10  |  星乞譚  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

このページの上へ

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。