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2010'07.19 (Mon)

私の星乞譚。 第六章

天野市には県内でも一番大きい、有名な動物園がある。
天野市は江戸時代まで城下町として栄えたが、大政奉還の際に幕府側に義理立てしたためか、明治の時代になった時に城の取り壊しを命じられた。そしてそれから百年後、広大な土地を利用して建設されたのが、天野動物園だった。
今日は課外授業の一貫として、天野動物園に来ている。朝から晴天でまさに動物園日和といったところだが、みんなどこか盛り上がりに欠けていた。
それもそのはず。天野市に住む学生なら、小学生の頃から課外授業と言えば天野動物園と決まっていた。そうでなくても家族で休日コースと言えば動物園がお決まりで、一年に一度は訪れる場所であり既に飽き飽きしているのである。
 そんな高校生にもなって何故動物園に連れて来られたかというと、これまた理由があってのことだった。
「夜空の星座に動物が多く存在することは、皆さん充分ご存知かと思います。黄道に動物の星座が多いことから獣帯と言われているのを例に上げるまでもありません。ですから普段から動物達と触れ合うことは星結いにも少なからず影響を及ぼすと考えられませんか?」
 整列した生徒の前に立ち、来園前の諸注意も兼ねて朔張校長が挨拶を述べる。
 季節は夏に近付いたというのに、朔張校長は相変わらず黒い外套に身を包んでいる。生徒達は既に夏服に衣替えをしたというにも関わらず、朔張校長は暑苦しい格好で汗一つ掻いた様子もない。そんな風変わりな出で立ちが校長を『忠義の淑女』であり、人外な存在であることを顕著に物語っている。
「要するにイマジネーションを育てようということですよ、イマジネーション。皆さんが養った想像力が恒光石を育てるのです。どうぞ、敬虔なる星の導きが巡りますように」
 朔張校長は最後にそう言って話を締めた。学年主任である土星の化身、桐野先生の指示に従い、みんな決められた班ごとに散策を開始した。
 私は同じ班であるともえちゃん、鎌田君。彼の友達の阿部哲也君、通称『ヒジテツ』君。そして学級委員の山崎君と五人組で、まずは決まったルート毎に進んでいった。
「中学生の時にも毎年来たのに、まさか高校になってまで動物園へ来るとは思わなかったな」
「あぁ。今さら見て回るまでもねぇって。キリンが年々ヨボヨボになっていくくらいしか変化がねえよ。適当に見て回って、あとは売店でフランクフルトでも食って時間を潰そうぜ」
 鎌田君の言葉へ気怠そうに相槌を打つヒジテツ君。そんな二人を今までじっくりとパンフレットを眺めていた山崎君がたしなめる。
「一応、課外授業なんだから真面目にしろよ。帰ったら感想文を提出しなくちゃならないんだから流して観ていると、なんにも書くことなくなるぞ。ね、大山さん?」
 ともえちゃんに同意を求めながら、眼鏡をたくし上げる山崎君。僅かに頬を紅潮させている山崎君へ、ともえちゃんは優しく微笑んだ。
「そうね。それに昔から来ていると言っても新たな感激が産まれるかもしれないし。ほら、触れ合いコーナーに世界のウサギ展っていうのをやっている。去年は無かったはずよ」
 ともえちゃんが指差すパンフレットに、山崎君は体ごと寄せて覗き込む。そんな様子をヒジテツ君は冷めた眼差しで見つめながら、わざと大きな声で独りごちた。
「あーあ! どうせ俺は真面目に動物達を見たところで、星結いが出来るわけじゃないからな! 山崎みたいに楽しめるわけねえよ!」
 ヒジテツ君の自嘲的な言葉に巻き添えを食った山崎君は、さらに顔を真っ赤にさせてともえちゃんから離れた。しどろもどろになる山崎君をよそに、ともえちゃんは気にする素振りもなく凛然としている。

「そういえば、残りの恒光石はどうしたの?」
 ふと疑問に思って尋ねた私に、ヒジテツ君は少し寂しげな顔をしてから答えた。
「あの後すぐ、学校が終わってから全部打ち上げたよ。な、雅士?」
「うん」
 遠慮がちに相槌を打つ鎌田君。きっと友達が星結いをする機会を失ったことに悲しんでいるのだろう。誰だってそうだ。この青春時代にだけ許された特別な星乞いというものを、最早失ったことに嘆かずにいられない。
「でも俺の恒光石、数が多かったから大変だったぜ。適当な名前を付けるとしても、数が数だから面倒くさいの何の」
 ヒジテツ君はバツが悪くなったのか、わざと明るい口調で振る舞った。鎌田君とヒジテツ君の間に繋がっている無言の友情に、私はちょっぴり羨ましく思えた。
「そんなに数が多かったの? 何個?」
「全部で十七個!」
 その数の多さに、一同思わず吹き出す。
「本当に多かったよな。哲也も名前に凝るもんだから、二人で辞書を引くのも大仕事だった」
「だって俺にとっちゃ、恒光石との別れなんだぜ? そんな適当になんて出来ないよ。それに後から聞いたんだけど、うちの家系って恒光石が多いらしいの! ちなみに名前も聞いとく?」
「聞きたい、聞きたい」
 笑顔で頷くともえちゃんに気を良くしたのか、ヒジテツ君は冗談も交えて話し始めたものだから、私達はお腹を抱えて笑いながら動物園内を歩き回った。
 鎌田君も大きな口を開けながら笑っている。
 この間、お店に来た時に見せた寂しげな表情はあれ以来見ていない。何かの見間違えだったのではないかと思ってしまうほど、学校での鎌田君は普段通り振る舞っていた。私の考えすぎなのかも知れないし、本当に勘違いだったのかもしれない。
 今はただ、こんな風に間近で笑う鎌田君の傍にいるだけで充分で、それ以上のことまで考える余裕がなかった。
 一通り園内を一周するのにさほど時間は掛からず、僅か二十分もすれば全ての動物は見て回れた。
 もっとも毎年なにかしらで来園する機会があるので変な話、動物達ともすっかり顔馴染みになっている。だから新しいメンバーが増えていない限り、軽く挨拶をして素通りするくらいだ。
 他の班の人達も既に周り終えたのか、園内のあちこちでは創天高校の生徒が手持ち無沙汰にウロウロしている。課外授業枠なので勝手に帰るわけにもいかず、あと二時間は園内にいなければならない。
 残り時間をどう過ごして消化しようか、頭を悩ませていると、山崎君がともえちゃんに声を掛けた。
「大山さん、良かったら僕と一緒に、もう一度園内を見て回らない?」
 思い詰めたように、でも意を決したように一言一言紡いだ山崎君に、ともえちゃんは少し驚いたような表情を見せた。でもすぐに、いつもの品の良い笑顔を浮かべると
「いいわよ。一緒に行きましょ」
何故か私にウィンクを飛ばして、歩き出した。
 安堵の色を浮かべて顔をパァと輝かせた山崎君は、急いで先に歩くともえちゃんの傍に駆け寄る。そして私達、残されたメンバーは二人の姿が見えなくなるまで、しばらく茫然と見送った。
 三人になった私達はいつまでもその場に立っているわけもいかず、お互いの顔を見る。するとヒジテツ君が大きく伸びをして言った。
「あぁ~、それじゃあ俺は売店でフランクフルトでも食いながら時間を潰すわ。雅士はどうする? 一緒に行くか?」
 小首を傾げて思案した後、鎌田君は呟くように答えた。
「いや。俺はもうしばらく散策しているよ」
 その答えを聞いたヒジテツ君は、次に無言で私に視線を向けた。
「じゃあ私も。さっきともえちゃんが言っていた、世界のウサギ展でも観てこようかな」
 私の返事を確認すると、ヒジテツ君は「ふむ」と独りごちて歩き出した。
「哲也、集合の時間に遅れないようにな。勝手に一人で帰るなよ」
 去り行く友人に注意を促す鎌田君。ヒジテツ君は振り向かずに、後ろ手で振りながら売店のある方へ行ってしまった。
「さて、俺も行こうかな。じゃあまた後でな、酒留」
「あ、うん。また後で」
 爽やかな笑顔を残して鎌田君は別の方向へ去っていく。ポツンと一人残された私は、微かな寂しさを覚えながらとにかく足を進めた。それは月に蝕されたスバルを見た時に、ほんの僅かな時間だけ抱く寂寞感にも似ていた。


 動物触れ合いコーナーは園内の南側にある、奥まった場所に設置されている。ウサギやハムスターのような小動物はもちろん、二頭いるポニーには草を与えられるだけでなく、背中に乗って柵内を歩く事が出来る。
だから子供には大変人気のあるコーナーで、私も幼い頃はよくポニーに跨っては、はしゃいでいた。中学生の頃には恥ずかしくて素通りするだけの場所だったが、こうして改めて訪れると新鮮な高揚感が生まれてくる。
 さて、世界のウサギ達はどこにいるのかと見渡すと、即席で作られたと分かる看板が立っていた。
 そして小高い柵の中に多種類なウサギに囲まれた人物が二人。私が知っている人達だった。
「キャー! こっちの白い子、すっごくモフモフー! ルナちゃん、触ってみて~。モフモフ~」
「あらら、この子。そんなに私が気に入った? なんなら特別に月面で餅つきさせて上げても良くってよ」
 こんな平日の日中、触れ合いコーナーに足を運びたがる物好きはいない。休日ならば小学生以下のお子様が大勢戯れているけど。だが、今ここにいる二人は観てくれお子様だけど、齢四十五億年と呼ばれる惑星と衛星だった。
 フワフワの毛を持つ白いウサギに頬ずりをする明天先生。喜悦に浸っている顔は幼さをさらに際立たせている。茶色く滑らかな毛並みのウサギが、朔張校長の黒い外套に鼻や体を擦り付けている。愛くるしいウサギ達の仕草を眺める校長は、今にもほっぺが落ちそうなくらい微笑んでいた。
 そんな様子なので今日の朔張校長は随分と年若く見え、明天先生と並んでいるとまるっきり児童のようだ。
 私は厳めしい二つ名を持つ二人には似付かわしくない光景を前にどうしようかと悩んだが、可愛いウサギ達の魅力に惹かれて、仲間に入ることにした。
「朔張校長先生、明天先生。こんにちは」
 私の声に反応した二人は、のん気に顔を弛緩させたまま振り向く。
「あ、酒留さ~ん。あなたもウサギちゃん達と遊ぶ~?」
「あなたもこの可愛い子達の引力に吸い寄せられたのね。分かるわ。こっちにいらして? 一緒にウサギさんを愛でましょう」
 先生方に手招きされたので、私も柵を跨ぎウサギの楽園に足を踏み入れた。
 最初は警戒していたウサギ達だが、だいぶ人に馴れているのか、しゃがみ込むと数羽寄ってきた。
「こっちの子がロップイヤー。こっちの子はジャージーウーリーよ。こっちの子、本当はネズミ科だからウサギじゃないんだけどね」
「そんなの関係ないわよ。可愛い子はみんなウサギでいいわ~。仲間外れなんて、ヤだよね? ん~モフモフ~」
 まるでファーかバスタオルのように、両腕で抱えたウサギへ頬擦りをする明天先生。その姿は小さい子供よりも幼く見えて、とても高校教師とは思えない。
 私も傍に寄ってきた一羽のウサギを捕まえて、顔に擦り寄せてみた。これは、確かに気持ちがいい。
「やっぱり生物達は今の時代が一番可愛らしくて素晴らしいわ。この状態で進化を止めてくれないかしら?」
「え~。それは生物学進化上、可哀想だよ。いっそのこと、生物は可愛さだけ進化させるっていうのはどう?」
「それって、不細工な生物は絶滅するってことかしら」
「うん! あのねあのね、この世は可愛いものだけが生き残るような生態系を組むの。ゴキブリとか蛇とか、きちゃなくて恐いのは徹底的に天敵からロックオン! すると三百万年後、この惑星は可愛いものだらけの生物で満たされた星になるの!」
「名案よ! ナイスアイディアだわ、夕子ちゃん! 萌えに特化した生物だけが進化を遂げるんだわ! あぁ、なんという素晴らしい世界! 動物も植物も全てが萌え! そうしたら私、引力を無視して地球に密着しちゃうかもしれないわ!」
「じゃあ私も! 地球にヴィーナスアタックしちゃいます!」
 なんという恐ろしい話だろう。可愛いもののせいでこの銀河の天体力学が破錠するというのか。この先生達が言うのだから、冗談なのか本当なのか判断がつきにくくて困る。
 萌えの力、恐るべし。

「先生方は、この銀河が誕生してから地球にいらっしゃるんですか? それとも、人類が誕生してからですか?」
 だんだんと物騒な話になってきたので、私はわざと話を逸らした。ウサギの喉を撫でながら朔張校長が答える。
「どちらも正解、と答えておこうかしら」
「どちらも……?」
「えぇ。この銀河が誕生して、地球が惑星としての形を成した時から、私達は地球上の表面に化身として存在していました。
 ただしそれは存在していただけ。きちんとした自我が芽生えたのは、人類が現在のホモ・サピエンスという形態を得てからよ」
 なんだか難しそうな話に小首を傾げる私に、抱きかかえていたウサギも一緒に首を傾げた。その仕草が堪らなく可愛かったのか、明天先生が飛びつくようにそのウサギを奪っていく。
 朔張校長はそんな様子に微笑を浮かべて眺めながら、話を続けた。
「自我や意志というものはね、共鳴する相手がいてこそ生まれるものなの。
 そこにある木々をご覧なさい。彼らは間違いなく生物として存在しているのに、我々やあなた方は意志を共鳴出来ないわよね? あなただって同じ。生まれてから当たり前のように存在していた人類という生物の集合体に意思の疎通を出来たから、こうして自我を持って存在していられるの。
 私や『彷徨の民』も同じ。偶然にも意思の疎通に成功したから、私達は私達という自我が誕生したの。だから存在が誕生したのはこの銀河と同時期だけど、意志が誕生したのは人類と同時期ね」
 頭の上に幾つもクエスションマークがポンポンと浮かぶ。残念ながら凡人でしかない私に『忠義の淑女』の講義は、難解過ぎたようだ。
 だけど、そんな私を察してか担任教師が助け舟を出してくれた。
「つまりあなた達、人類が私やルナちゃんに名前を付けて話し掛けてくれたから、私は夕子でルナちゃんは朔張望でいられるって事。その前なんて、ちょっとした動く石か草程度の存在だったの。
 意思を通わせて楽しくお喋り出来るから、生きていて良かった~って実感できるでしょ?」
「もしも植物だけでなく、石や水とも意思を共鳴出来るなら、私達のような、そうでなくても近い存在と仲良しになれるのかもね。案外、それが妖精とかの正体かもしれないわ」
 そう言って朔張校長はウサギを抱え上げると、明天先生のように頬擦りをした。その仕草はなんだか、今この時代に存在する喜びを校長なりに控えめに、精一杯表しているように見えた。
 この人達にとって四十五億年の果てしない歳月に比べれば、人類が誕生し文化を築き始めた数千年なんて瞬きするほどの感覚なのだろう。
 私とこうして会話をしている時間なんて、尚のこと刹那……。
 それはどんな気分なのだろうか。
 哀しいだろうか、悔しいだろうか。
 それとも、途方も無さ過ぎて考える隙すらないのだろうか。

「だから今の時代なんて天国みたいなものよ。恐竜が跋扈していた白亜紀なんて最悪だったわ」
「恐竜! 超最低だった! あいつら、私達が動いて珍しいからって、すっごく追い掛け回すの。だから隕石が落ちて氷河期に入った時にはせいせいしたわ」
 苦虫を噛み潰すように顔をしかめる明天先生。そんなスペクタクルな時代に生きた覇者達を、まるで近所の乱暴なノラ犬のように言えるのだから、つくづく底が知れない。
「本当に、ざまあみろでしたわね。あれ、実は夏日さんがわざと公転周期をずらして引き寄せた隕石だった、って聞くけど。事実かしら?」
「そうなんじゃない? 夏日ちゃん、高所恐怖症なのにプテラノドンから空中に連れて行かれたって怒っていたから。夏日ちゃんがあそこまで怒ったのを見たのは、後にも先にもあれが初めてだったわ」
 なんという衝撃の事実だろうか。まさか恐竜絶滅の真実にそんな裏話があったとは。
 こんな話を聞かされては、ますますこの人達が持つ星の質量に敬意を払わずにはいられない。
 これからは出来るだけ惑星さん達を怒らせないようにしよう。人類のために……。

 月と金星という太陽系の主要な星達から大変興味深い話を聞かされて、私は圧倒されっ放しだった。今までの常識を覆されたといえばいいのか、開拓されたと言えばいいのか。とにかく普段なら絶対に聞けない話を聞かせてもらい楽しかった。
 すると、ウサギを撫で回しながら明天先生がポツリと尋ねる。
「ところで酒留さん。こんなに私達とのんびりお話していて、良いの?」
 至福の笑みを浮かべながら問い掛けられて、私は何のことを言っているのか、さっぱり分からない。
「はい。先生方のお話を聞くのは面白いですし、大変ためになります」
 それ以上の感想もないので素直に答える。すると朔張校長が口元を三日月のようにニッと歪め、言った。
「私達にしてみれば実に嬉しいことだわ。若い人とこうしてお話をするのは願っても叶わないことですから。
 でも酒留さん。あなたがこうしている間に、鎌田君が他の女の子と逢瀬を交わしているかもしれなくてよ?」
一瞬にして頭が沸点に達した。
不意打ちに鎌田君の名前を告げられ、脳みそがパニックを起こす。あまりにあたふたし過ぎたのか、腕の中にいたウサギを思わずきつく握り締めていた。キュンキュンと悲鳴を上げるウサギを明天先生が取り上げる。
「もう駄目じゃないの、酒留さん。ウサちゃんが可哀想」
「な、なんで先生が鎌田君を……。いえ、そもそも逢瀬って一体?」
 脈動変光星で有名なミラにも負けないくらい、顔を真っ赤や真っ白にさせて、しどろもどろに尋ねる私。
「不思議に思わなかったかしら。さほど大きくもない、既に来馴れている天野動物園という課外授業に二時間半もの時間を用意したことを」
「言われてみれば……」
 どうにも鈍感な私は朔張校長に言われ初めて疑問に思った。
「動物と触れ合い、星結いに対するイマジネーションを育成するのは、ほんの建て前。真の目的は星々の距離を縮めるためなのです。ご覧なさい、酒留さん」
 そう言われて校長先生が指差す先をマジマジと見つめて、私は「アッ」と小さく息を飲んだ。そしてこんな場所でウサギと遊んでいた浅はかで愚鈍な自分を、思いっきり悔やんだ。
 動物園のメインストリートでは、創天高校の生徒が未だにダラダラと行ったり来たりしている。だがよく目を凝らして見てみると、そのほとんどは男女ペアで歩いていた。
「酒留さんもご存知の通り、我々の目的は夜空に広がる星座を増やすこと。ひいては星結いの手助けをすること。ならば星が近付くチャンスを自然に提供して差し上げれば、確実性が増すのではじゃなくて?」


更新日 7月24日

 さっき、班のメンバーが四散した時の光景を思い出す。
 顔を強張らせて緊張しながら、ともえちゃんを誘った山崎君。
 そうなのだ。
 この課外授業は気になる異性と上手く二人きりになりやすいよう、そして誘いやすくするように先生方が用意した場所なのだ。
 だから私はあの時、鎌田君と別れた時に二人で回ろうとか誘うとかいう考えすら思い付かなかった自分に落胆した。去り際、ともえちゃんが私に残したウィンクの意味。今更になって気付くなんて。きっとともえちゃんは山崎君について行くことで、鎌田君と私が二人きりになりやすい状況をこしらえてくれたのだろう。
 親友の気遣いにすら気付かない私……最悪だ。
 でもそんな自分を悔やみながら、私は今しがた朔張校長がいった言葉を思い出して再び赤面した。
「あの……なんで私が鎌田君に星乞いをしているって、分かっちゃったんですか? もしかして、バレバレとか」
 さっき、校長先生は確かにハッキリと言った。鎌田君が他の女の子と、と。それはつまり、私の思い人が鎌田君なのだと確信があっての言葉だろう。
 もしも先生方にさえバレバレなら例えばクラスメート、もっと最悪の場合、鎌田君にも私が好きだって分かっちゃってるかも。意味もなくハラハラと冷や汗が流れてくる。
 でもそんな私に朔張校長は満面の笑みを向けた。
「安心して、酒留さん。きっと確証を得ているのは我々だけでしょうから」
「ルナちゃんは人間の心にある星乞いの位置が分かるのよ。えぇと、月光の元に晒して?」
「明白なる月光の元に晒せば星の座標すら明け透ける、ですの。
 まぁ、ただ単に私、勘が鋭いだけなのですけどね。ですから誰がどなたに星乞いをしているなんて、すぐに見破ってしまうのですわ」
 私は感嘆の溜め息を吐く。さすがは齢四十五億年の含蓄。長い月日をかけて人間観察をしてきた力量は並大抵のものではないということか。
 そこで私はあることに気付いた。
「じゃあ、もしかして鎌田君も誰に星乞いをしているか、朔張校長は分かっているのですか?」
 私から放たれている星の光がどこに向けられているか分かるなら、当然ながら鎌田君のも分かるはずだ。
 鎌田君の星は誰に向けられている? はたまた、まだ星すら生まれていないのか?
 朔張校長は口元をキッと結び、首を横に振った。
「それは決して言う事が許されていません。あなたの思い人だけではなく、他人の事も」
「でも、先生方の目的は星座を増やすことなのですよね。だったら、お互いに好き合っている人達を発見したら星結いをさせるように仕向ければいいんじゃ……」
「それも絶対に許されないのです」
 はっきりとした否定だった。優しく微笑んだ朔張校長の顔に、確固とした意志が宿る。
「確かに我々はあなた方と同じ外見で、同じ言語を話し同じ生活を営みます。ですがそれはあくまで表面上の事。我々は一皮剥けばあなた方とは異形の生命体、いえ生命体ですらない存在なのです。
 ですから決して干渉をしてはならないの。過度な干渉は星の運命を大きく狂わせてしまうのです」
「だからね、あなた達に星結いの事を伝えるのが、私達が出来るギリギリの干渉。それ以上介入しちゃったら、私達がこの惑星を玩具にしたのと同じことになるのよ」
「もしもその禁忌を犯した惑星は同等の罰が下るように、私達はお互いを引力という鎖で縛り付けているの」
 その話を聞いて私は、つくづく先生方が私達とは違う存在なのだと実感した。でもそんな話をしながらも、手元で戯れるウサギを愛でる姿は人と何一つ変わらず、なにかと向き合う時に一番大事なのはどんなものなのかということを、微かに理解した気がした。
 私は制服に着いたウサギの毛を払いながら立ち上がる。今の自分が一番向き合いたい人に会いに行く勇気がついたようだ。ちょっぴり恐いけど、鎌田君を誘ってみようと思う。
「あら。もう行ってしまうの、酒留さん」
「はい。とってもためになるお話をありがとうございました」
 深々と頭を下げる私に、朔張校長は静かに頷くと優しく微笑んだ。その表情が全てを包み込むような母性に満ちていて、さっきまで幼女みたいだった校長先生が、急に壮年の女性に映った。そして慈愛を込めて呟く。
「敬虔なる星の導きが巡りますように……」
 その言葉に後押しされて、私は一気に触れ合いコーナーに張られた柵を飛び越える。そして動物園のメインストリートへ向けて駆け出した。
 そんな私の背中に、明天先生が声を掛ける。
「酒留さーん、デートもいいけど感想文もちゃんと提出するのよ~」
 私は振り向いてクスリと微笑んだ。
「はいっ、必ず。ウサギのこともちゃんと書きますね」
 今は鎌田君のことで頭がいっぱいだけど、今夜感想文を書いている頃には、彼との距離が今より僅かでも縮まっていれば嬉しい。

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06:43  |  星乞譚  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

 
よ、ようやく追いつけました・・・っ
お久しぶりで御座います、桐崎です
やっとこさ読み終わりました(^ω^;)

甘酸っぱーいですわね!
心恵ちゃん可愛いですわ♪

山崎くんに親近感持ちました、名字一緒だもの(^ω^)
 
桐崎 紗英 | 2010年07月21日(水) 19:32 | URL | コメント編集

>>桐崎 紗英さん
どうもお久しぶりです!
最初の方は説明系ばっかりで退屈でしたでしょうが、
ここら辺からやっと話が動き始めますので、
どうぞ続きもお楽しみください♪

ちゃふ子さん、山崎だったんだ!
要人(かなめびと) | 2010年07月22日(木) 08:50 | URL | コメント編集

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