2017年04月 / 03月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫05月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT   このページの上へ

2010'07.14 (Wed)

私の星乞譚。 第五章

 木星の化身である歳蔵先生の周りには常に数人の女子生徒が取り巻いている。校舎の中庭や昼休みの体育館など、歳蔵先生の近くには必ずと言っていいほど誰かしらいて、決まってみんな頬を染めて目をとろけさせている。
 それもそのはず。甘いマスクに男性らしいがっしりとした骨格、乙女心を惹きつけてやまない低く落ち着いた声。とにかく女性が好みそうな要素を全て兼ね備えた人(星か?)なのだ。
 あのともえちゃんですら、歳蔵先生の側に寄るとほんのり頬を赤くするくらいである。私には分からないけど、ともえちゃん曰く「イケメンフェロモン」が放出されているらしい。
 木星にはガリレオ衛星を含めて、約六十個以上の衛星が存在していて、噂によるとその全てが歳蔵先生と星結いをした女性の数ということだ。
 どうにも信憑性に乏しい話だ。何故なら普段の歳蔵先生を見ていると、四十五億年生きてきて星結いをした数がたったの六十だなんて信じられないから! 一年間に二桁くらいはしてそうだもん!
 今もそうだ。教壇に立って神話の話を雄弁に語っている歳蔵先生の姿はさながら俳優みたいで、クラスの大半の女子はうっとりと聞き惚れている。
「……というわけで、娘のアンドロメダの美しさを自慢したカシオペア王妃は、神の怒りに触れてしまったわけだ。しかし、僕はその気持ちが痛いほどよく分かるよ。だって手元に美しいものがあれば誰だって誇りたいものだろ? 今の僕はまさにそんな気分さ。だって……」
 そう言って歳蔵先生は教壇に教科書を置くと、一番前に座った女子生徒にスッと近寄って囁いた。
「こんなに可憐な星に手が届くのだから」
 その瞬間、教室内に黄色い歓声がこだまし、歳蔵先生のフェロモンに当てられた女子生徒は真っ赤な顔のまま気を失ってしまった。
 ギリシャ神話の授業は毎回こんな具合で、殆ど歳蔵先生のオンステージで終わる。星座にはギリシャ神話に登場する人物が多いため、いざ星結いが成功した時に星座名を決める指標になるそうだ。それに初めて星座を打ち上げたのがケフィウス王だというので、それにあやかっている節もあるらしい。
「君達はこのギリシャ神話がフィクションだと思うかい? 登場する人物は全て作り物だ、って」
 気絶した女の子からするりと身を離すと、歳蔵先生は意味深な問い掛けをした。みんなどう答えればいいか分からず、首を傾げている。
「実はね、これらは全てノンフィクションなんだよ。あのゼウスだって実在した人物なのさ」
 驚いていいものかどう反応していいのか、みんな閉口したまま固まっている。歳蔵先生のファンの子達だけは陶酔してしきりに頷いているけど。
「もっとも力づくで世界を創り出したり、白鳥に化けて下界を散歩したりだなんていうのは作り話だけどね」
「じゃあ先生、ゼウスは一体どんな人だったんですか?」
 優等生の山崎君が質問を投げかけた。確かに実在するというなら、超現象な存在ではなく私達と同じ人間なのだろう。
「そう、彼は元々とある国の王様だったんだ。それが自叙伝を作るという時にね、僕がある提案をしたんだよ。どうせなら物語風に書き残してみては、ってね。
 彼は根っからの創作文学好きでね、よく他の国から語り部を招いては寝る間も惜しんで物語の世界に没頭していたよ。僕の話に賛同した彼は、自分を神とした物語を死ぬまで書き続けた。そして亡くなる間際に僕へこの神話を世界に広めるよう頼んだのさ。
 それから僕は旧友であるゼウスの遺志に従い、諸国を漫遊しながら彼の作った物語を伝えていったんだ。始めは口伝での布教だから大変だったんだけど、紀元前三世紀頃にはだいぶ世界に浸透していってね。今ではご覧の通り、世界的なロングベストセラーさ。
 それがギリシャ神話の真実、僕がこの授業の講師をしている理由さ」
 どうにも眉唾な話過ぎて信じにくい。でも木星の化身である彷徨の民ならば、そういう人物と密接な関係を築いていても不思議ではない。
「つまりギリシャ神話は半分フィクションで、半分ノンフィクションなんですか?」
 後ろの席の鎌田君も質問をする。歳蔵先生とは違った種類のハスキーな声に私の体はいちいち反応してしまうから情けない。
「そういうことになるかな。登場する人物はほとんど彼の身内をモチーフにして名付けられている。例えばお酒の神であるバッカスなんて元は城の酒蔵担当のチーフだからね。彼とはよく朝まで飲み比べをしたものだ」
 何千年前も昔の話だろうに、歳蔵先生はさも昨日あった出来事のように話をする。四十五億年の歳月にしてみれば、千年前なんてきっと、私達の半日程度の感覚なのだろう。
「それにしてもこのクラスの男子は、大変勉強熱心で好ましい。女子のみんなも、どんどん質問していいんだよ?」
 白い歯を見せてウィンクを飛ばす歳蔵先生。そんな仕草だけで女子達は黄色い歓声を上げるので、質問どころではないようだ。
 歳蔵先生は教科書を持ち直すと、授業を再開する。

「さて、アンドロメダの話に戻ろう。彼女は海の怪獣、化け鯨の生け贄にされてしまう。両手首を鎖で縛られ、あわやその美しい肢体に化け鯨の強牙が襲い掛かろうとした、その時! 颯爽と登場したのが勇者ペルセウスだったんだ!」
 歳蔵先生は芝居がかった調子で教科書を読み進めていく。この先生も相当に物語が好きだったのだろう。そのゼウス王と気が合ったという話も頷ける。
「彼はペガススに跨り、化け鯨にメデューサの頭を向けた! すると化け鯨は石化してしまい海へと沈んでいき、ペルセウスとアンドロメダはめでたく結婚しました、とさ」
 ペルセウスの英雄譚が終わると女子達は拍手喝采で立ち上がる。その様子を男子達は面白くなさそうに鼻白んで見つめていた。
 これだけ女子の心を独占してしまっていては、男子達もさぞかし嫉妬しているだろう。もしかして歳蔵先生を取り巻く集団の中に、自分が星を乞っている女子もいるかもしれない。
 もしも鎌田君が明天先生や夏日先生に鼻の下を伸ばしていたら、私だって気が気じゃなくなる。しかも相手が彷徨の民となれば勝ち目もなく、やりきれなさも倍増だろう。
 ……いや、明天先生には勝てるかもしれない。見た目年齢的に。
「これが古代エチオピアにまつわる神話の一番有名な話であり、秋の夜空に輝く星座の逸話になっている事は、みんなも知っているよね?」
 私はギリシャ神話の教科書を置いて、机の中から天体観測用の本を取り出す。そして秋の夜空を写し出したページを開き、指でなぞる。
 人類最古の星座と言われるケフィウス座を始め、ペガスス座にペルセウス座。まさに古代エチオピアの神話をそのまま打ち上げたかのようなラインナップだ。
 私はこの秋の天体が好きだ。特に目立つ星は無いけど、それぞれ個性的で見つけやすい形を持っている。まるで星座達が控え目ながらも精一杯に自己主張をしているみたいだ。
 そんな秋の夜空を見上げていると勇気付けられたりもする。なんの取り柄もない私だって、一生懸命に輝いていればいつかは気付いてくれる星になれそうな気がして。
 愛しい王妃とお姫様に自分達はここにいると訴え続けるケフィウス王とペルセウス。その願いが、いつかは届くと信じている。そうでなきゃ、私の思いも届かなそうで、恐くて……。
「このペルセウス座を打ち上げたのは元のソビエト連邦に住んでいた十五歳の少年少女だったんだ。戦時中だったけど、たまたまその少年と知り合ってね、しばらくは一緒に過ごさせてもらったよ。ある日、町で駐屯兵にからかわれていたその少女を見つけてね、少年が勇敢にも助けに飛び出して行ったんだ。残念ながらペルセウスのように格好良く決められはしなかったけど、それ以上に彼は少女の心を射止めるという大きな成果を得たのさ。そして相思相愛だった二人に星結いの所作を教えて星座を打ち上げさせたんだ。勇敢な戦士に最高の勲章をプレゼント、ってね」
 その話を聞いて、私はやっと合点が入った。
 何故、明天先生がこの間の授業でペルセウス座の事を名指しで非難したのか。きっと歳蔵先生が関わった星座だからだろう。件の星結い講義の時にも思ったが、明天先生は歳蔵先生の事が嫌いなようだ。
 外見がお子様で生真面目な金星に、異様に女性へ人気があり軽薄な木星。いくら彷徨の民同士と言っても、星の巡りが悪い場合もあるらしい。
「だから秋の夜空には、まだ王妃と姫が不在な状態さ。でもね、僕は信じている。きっといつかは古代エチオピアの逸話が秋の夜空に燦々と輝くことを。その星を結ぶのは、君達かもしれないね。カシオペアとアンドロメダ、そして……僕のお姫様はどこにいるかな?」
 軽くウィンクを飛ばす歳蔵先生に、女子達は授業中ということも忘れて我先にと先生に飛びついていった。憮然とする男子達の視線を流し、たくさんのお姫様候補を愛でる歳蔵先生。なんとなくだけど、明天先生の気持ちが分かる気がした。でもそれって、私もお子様という証拠なのだろうか?
 後でともえちゃんに聞いてみよう。

 店の番台に座りながら、今日学校で出された宿題に取り掛かっていた。
 学校の成り立ち自体が特殊で私立という事もあってカリキュラムは異質だが、それでも授業のレベルが高いのが創天高校の特徴だ。生半可に授業を聞いていては、たちどころに置いてきぼりを喰うし、普通教科に関しては学習塾に通う生徒もいるくらい。だから私もこうして店番をする傍ら、空き時間を見つけては勉学に精を出している。
 今、手を着けているのは『星乞譚』の課題だ。担任教師である明天先生から提出された宿題だが、これまた量が多い。見た目に反してストイックな性格なのか、明天先生の授業は全教科で一番厳しいと専らの噂だ。
 逆に見た目は冷たいイメージがある夏日先生の課題は比較的優しい。惑星は表面だけでは判断出来ない別の顔を、球体の裏側に隠しているということか。
 紀元前に誕生した星座について感想文を書かなければいけないが、当時の時代背景なども考慮するとなかなか難しい。普通の歴史教科書と旧式の天体図を開きながらの作業となるので骨が折れる。三千年前ともなると北極星の位置すら今とは異なるので、頭がパンクしてしまいそうだ。
 頬杖を突きながら課題用ノートにペンを走らせていると、店のドアが開いた。慌てて頭を上げて、私は息を飲む。
 買い物に来たお客さんは、鎌田君だった。私は詰まりかけた喉を無理矢理押し開いて言う。
「い、いらっしゃいませ」
 そしてどうにか声を絞り出すと、朱色に染まった頬を隠すように、深く俯いて課題をする振りをした。鎌田君は爽やかに微笑むと、入り口に置いてあるカゴを手にする。
 私は課題の事など全く頭に入らなかったけど、わざと気のない風にペンをいそいそと走らせた。空を走るペンが落ち着かない心をさらに掻き立てた。
 買うものが始めから決まっていたのか、鎌田君は店内を一周すると、カゴを番台に置いた。そして私はようやく頭を上げる。
 ここからが、私だけの秘密の時間が始まるのだ。
「それ、今日の課題?」
 低く落ち着いた声がスッと胸に滑り込んでくる。鎌田君の言葉は、どうやら私の頭にすんなりと入ってこないようだ。胸の中で転がした言葉を何度か反芻して、その余韻に浸りながらやっと脳みそに理解を任せる。
 面倒な体だ。
「うん。明天先生の課題って、時間掛かるから。店番しながらやらないと、夜中になっちゃう」
「そうだよね。俺も帰ったら早速取り掛かろう。今日のは難しい?」
「う、うぅん。先週よりは少し楽かも」
 こんな何気ないやり取りを、教室内ではとても出来ない。
 鎌田君は勉強も普通に出来るしスポーツも万能なので、クラスの中ではいつも中心人物だ。だから女子にも密かに人気があり、みんなを差し置いて気軽に話しかけるのは難しい。
 それに少しでも男子と親しくしていると、星乞いだの星を繋ぐだのと勝手に話が発展するので恐くてたまらない。だからこうして店番をしながら、週に一度くらい鎌田君と話をするのはみんなには内緒。私はこの時間だけは流星群を観測するように、全神経を集中させるのだ。
 鎌田君への願い事が叶うように。
 商品の会計は時間を掛けてゆっくりとする。鎌田君は途中になっている私の課題に目を落としていた。
「酒留は星乞譚の教科が得意だよね。この前の中間テストも俺より点数が良かった」
「でも他の教科は全部、鎌田君の方がずっと良かったじゃない」
「そうだけど、星乞譚は覚え方が難しいというか、明天先生の問題の出し方が独特というか」
 先週、買い物に来たときに私と鎌田君は中間テストの結果を打ち明け合った。また一つ、二人だけの秘密が増えたことに狂喜乱舞し過ぎて、あの日は店番の後に速攻でともえちゃんに電話をしたのだった。
「うん。あれは教科書よりも授業中に明天先生が喋った事の方がテストに出てくるみたい。それに時代背景を重要視する節があるから、中学校の時に使った歴史の教科書が意外と役立ったりする」
「そっか。そうして覚えればいいのか」
 感心したように目を見開いてみせる鎌田君。
 その時にふとある提案が頭に浮かんで、胸が騒いだ。言おうか言うまいか自分の中で大会議が開かれて、パニックになった。
 どうしようか、言ってみようか。
 一緒に勉強、してみる? って……。
 唐突に胸がキュッと苦しくなる。口を噤んだ私に気をかける事もなく、鎌田君は微笑を浮かべていた。
 もしも鎌田君と一緒に勉強をするという口実を取り付けられれば、二人だけの秘密をまた増やせるし、さらに距離を縮めることが出来る。でも、それを言ってしまった後、鎌田君はどんな顔をするだろうか。その顔を見るのが恐くて、私は口を開けずにいた。
 しかしチャンスの神様は愚鈍な人間には微笑まないという。
 あまりに長く沈黙していた私を訝しんだ鎌田君が、おずおずと尋ねてきた。
「酒留、会計はいくら?」
 最早タイミングを完全に逃してしまった事を悟った私は、ハッと顔を上げて手早くレジを打ち込んだ。
「な、七百六十円です……」
 胸のポケットから財布を取り出すと小銭を数える鎌田君。私は意気地のない自分を恥じながら、真っ赤な顔をしてまた俯いたしまった。
 時間というものは誰にでも平等で、タイミングというものだって誰にでも平等に隣をすり抜けていく。
 曇天が晴れるのを待って夜空を見上げていたけど、お目当ての星座はいつの間にか西の空を通り過ぎ、森へと帰っていってしまった。

更新日 7月18日

 財布の中から八百円取り出した鎌田君は、その銀貨達を私に手渡す。その時、鎌田君の指が軽く私の手のひらに触れた。
 体中を電力が駆け巡る。体と頭はバラバラになって鼓動を繰り返す。鎌田君がほんの少し触れた部分が熱を放ち、そこから言葉では言い表せない喜悦がじんわりと全身に浸透していった。
 私は鎌田君から受け取った小銭に落とさないようにレジの中へ入れると、何度も確かめるようにお釣りを数える。十円玉を四枚、手のひらに並べて鎌田君へ差し出す。そして私は臆病な自分を奮い立たせるように、ある行動を決意した。
「よ、四十円のお返しです」
 震えそうになる手をどうにか鎮めて、お釣りを渡すときに鎌田君の手に、そっと触れてみた。
 男らしく大きな鎌田君の手は温かく、一瞬触れただけで心臓を鷲掴みされるような、魂を温水で浄化されるような温もりと優しさで溢れていた。
 十円玉を鎌田君の手のひらに落とすと、弾かれるように手を引いた。どんな顔をしたのかと恐る恐る上目遣いで見上げると、鎌田君はさほど気にした様子もなく爽やかに微笑むだけだった。なんだかちょっぴり悔しかったけど、少しだけ前進出来た自分を素直に褒めてあげたい。本当に、僅かな前進だけど……。
「味噌、二種類も買うんだね」
 このまま秘密の時間が終わってしまうのが惜しくて、私は必死に鎌田君との会話の糸口を探した。そして、ビニール袋に入れた商品に注目をする。
「? そうだよ」
「なんで二種類も買うの? お味噌は一つあれば充分なんじゃない」
 小首を傾げる私に、鎌田君は少し苦笑いを浮かべながら答えた。
「サバの味噌煮を作るときとか、白味噌と赤味噌の二種類を混ぜると、味に深みが増すんだよ」
「へぇー、そうだったんだ。知らなかっ」
 そこまで言って、私はしまった! と自分を諫めた。そんな事も知らないなんて、普段から料理をしない女の子というのがバレバレじゃないか。
 なぜ鎌田君が苦笑いで視線を逸らしているのか、やっと理解した。料理が出来ない私が傷付くのではないかと憂慮してくれたのだろう。そんな気遣いがますます私の頬を赤らめた。
「で、でも! 鎌田君、料理は自分で作っているんだ」
「うん。結構得意だよ」
「すごいね。私なんて時々お皿を並べるくらいしか台所に立つ機会がないのに」
 ちょっと自嘲気味にわざと明るく振る舞う。ここで変に落ち込んでしまったら、せっかく気を遣ってくれた鎌田君に申し訳ない。
 でもその時、鎌田君は何故だか伏し目がちになり弱々しく微笑んだ。その少し暗い影を含んだ哀しげな仕草が気にかかった。いつも明るくて優しい鎌田君が一瞬だけ別人に見えた。
 どう会話を続ければいいのか迷っていると、母家の方からお父さんが、ぬっと顔を出した。相変わらずのしかめっ面をこっちに向けるお父さんに気付いた鎌田君は、さっきまでの暗い表情をスッと引っ込める。そして朗らかな笑顔を浮かべ挨拶を述べると、頭を下げる。そんな様子をしばらくジッと見つめていたお父さんは、何も言わないまま店内を歩き回り、お菓子の袋を二、三個掴むとそれをビニール袋に突っ込んで鎌田君へ渡した。
「もってけ」
 ぶっきらぼうに言い捨てるお父さんに対して、鎌田君は戸惑う様子もなく受け取ると、礼を述べてまた頭を下げた。
 お父さんは時々、鎌田君がお店へ買い物に来ると、その辺にあるお菓子をいくつか無料であげるのだ。だから鎌田君も毎度のことと断る素振りもせず、有り難く頂くことにしていた。
 お父さんは誰に対してもこんな事をするわけではない。むしろ客商売にも関わらず店に居るときはいつもムッスリしていて、他人を拒絶しているようにしか思えない。素行が悪い若者なんて、怒鳴って追い返すほどだ。鎌田君へのあからさまな差別を私は常々疑問に思っていた。
 番台の後ろで腕を組み仁王立ちしているお父さんに臆してか、鎌田君はもう一度お礼を言って店から出て行った。そして去り行く鎌田君の背中を惜しみつつ、母家に戻ろうとするお父さんに声を掛ける。
「ねぇ、お父さん。なんでいつも鎌田君にお菓子をあげるの?」
 星乞いをしている相手に自分の父親が特別な対応をすることは喜ばしいけど、それでも理由がなければ不思議でたまらない。お父さんはしばらく黙り込んだ後、ぼそっと呟いた。
「んなもん、お前が知ったこっちゃねえだろ」
 素っ気ない物言いに、私は頬を膨らませて反発する。
「なによ。教えてくれたって良いじゃない。私がお店のお菓子を勝手に食べると怒るくせに」
「下らねえこと言ってないで、勉強でもしてろ」
 そう言ってお父さんは母家の方に戻ってしまった。私はそんなお父さんの背中に舌をべぇーと出して、再び課題に取り掛かる。
 それでも気持ちはどうしても、鎌田君の事を思い出さずにはいられなかった。
 さっき交わした会話の内容。
 手のひらに触れた指先。
 そして、ふと見せた哀愁。
 あれは一体、何だったのだろうか。
 幼い頃から鎌田君の事を知っていたつもりだけど、あんな表情を見たのは初めてだった。
私は星乞いをした人の事を表面しか知らなくて、その裏側に隠した一面に触れた事もなかった。もしも知ってしまった時、今のように鎌田君を好きでいられるだろうか? なんだかそれが恐くて、私は課題に取り掛かれずにいるペンをギュッと握り締め直した。
 胸に微かな、ほろ苦い痛みを抱いたまま……。



スポンサーサイト
06:59  |  星乞譚  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

このページの上へ

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。