2017年06月 / 05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT   このページの上へ

2010'07.10 (Sat)

私の星乞譚。 第四章

 麗らかな春の日差しが窓から降りしきる午後。一年一組の教室では明天先生による歴史の授業が講義されていた。専用の踏み台に登って一生懸命黒板にチョークを走らせている、一見小学生にしか見えないこの人(?)が私達の担任だ。
「星結いの歴史は古くから伝えられており、っんしょ、紀元前にも遡ると言われていますっ」
 幼げな可愛い声にまだ馴れていない男子生徒達は、明天先生が一言話す度にクスクスと笑っている。
 ちなみに明天先生が担当する授業は歴史といっても星結いに関する歴史『星乞譚』という、この学校にしかないカリキュラムだ。
「この銀河で観測された星座で最も古いとされるものは、んと……ケフェウス座ですっ。古代エチオピアの王であるケフェウスが偶然打ち上げたとされるので、本人の名前が付きました。……よいしょ」
 手が届かないのか、一度踏み台から降りて位置を変えると、再び黒板に字を書き出す。その仕草が可笑しくて、クラスの大半の人が小さく吹き出した。隣に座った男子は友人と「子供先生」と言い合ってさらに悶絶している。
「それ以来、恒光石による星結いが頻繁に行われたかと言うと、そんな事もありません。五十年に一度、星座が打ち上げられるかの頻度……だったかな? うん、たぶんそのくらい」
 この地球が誕生したと同時期に誕生して、今日までこの地上を見守ってきた金星の化身は、人類では想像もつかないほど長寿の含蓄があるのだろう。だが、この子供じみた声や話し口調を聞く限りでは、とてもじゃないが尊厳を抱くのは難しい。
 齢四十五億年と言われる彷徨の民も、たった十六年間しか生きていない人間の学生から馬鹿にされるのも滑稽である。
「しかしここ数十年前から星座の誕生が活発化してきました。それもこれも私達、彷徨の民やルナちゃん……忠義の淑女が星結いを精力的に各地へ伝授し始めたからなのです」
 少し得意気に胸を張る明天先生。まるで初めてのお遣いに成功した子供みたいだ。
「この地域は昔から星結いの伝承が伝わっていたので、私達の考えを積極的に受け入れてくれたので、んしょっ、大変助かっています。ちなみに一番最近、この町で星座を打ち上げたのは十年前、三丁目でペットショップを経営している海野さん夫妻で『いるか座』を誕生させました」
 思いがけない話に教室中が驚愕した。
 三丁目の海野ペットショップといったら毎日登下校の通り道になっている。まさかそんな身近に星結いに成功した人達がいたとは。思い起こしてみれば、お母さんが海野さんを時々、いるか夫婦と呼んでいたけど、そんな意味が秘められていたのね。
 すると斜め向かえに座っていた男子生徒が手を挙げて質問をした。
「でも先生。そんなに有名な話だったら、この町の全員が知っていても不思議じゃない気がするんですけど」
「うん。実は星座が誕生したら、その星結いしたカップルが誰かというのは秘匿される事になっているの」
「何故ですか? 凄いことなのに」
「そうですね……。例えば、大山さん。あなただったら意中の人と星結いが成功したとしたら、みんなに公表して欲しい?」
 突然に名指しされたともえちゃんは若干戸惑いつつも淡々と答えた。
「いえ、恥ずかしいので遠慮します」
「そうよね。いくら初恋が実ったといっても、それがみんなに知れ渡るのは気分が良いものじゃないわ。見ず知らずの人から好奇の眼差しを向けられる。どの星座とは言えないけど、公表したのが原因で破談しちゃったカップルだっていたわ。せっかく星を繋げられたのに、可哀想だった」
 本当に悲痛な表情を浮かべる明天先生。きっとそのカップルと浅くない交流をしていたのだろうか。星乞いの成就を傍らで応援していたのかもしれない。
「それにね、星座まで打ち上げてしまったからには生涯添い遂げなければいけないっていう、妙な脅迫観念もあるのよ。だって毎年季節が巡ってくる度に夜空を見上げれば、去りし日の輝かしい記憶を思い出されてしまうんですもの。そう、何度も……」
「別にいいんじゃないっすか。初めて好きになった人と一生、一緒にいれるんなら」
 最初に質問した男子生徒がそう言うと、明天先生は肩をすくめて溜め息を吐く。
「世の中そんなうまくいくわけじゃないのよ。まぁ、お子ちゃまには分からないんでしょうけど?」
 全員が思った。明天先生からは言われたくないって。きっと思った。
 でも星座の誕生を公表するかしないかについてはみんなが興味あったようで、踏み台の上でしたり顔をしている明天先生をよそに、それぞれ話し合っていた。
 すると、背後の席に座っている鎌田君の声が耳に入ってきた。
「俺はイヤだな。だって恥ずかしいだろ」
 たったそんな一言が私の体にスッと入ってきて溶け込む。鎌田君もやっぱり星結いに興味を示しているのだ、という事実が私の耳をチリチリと熱くする。彼も星乞いをしているのだろうか。彼が乞う星はどんな瞬きを見せているのだろうか。
 その時、丁度良く終業のチャイムが鳴る。最後に明天先生はこう授業を締めくくった。
「ちなみに、いるか座の命名は海野さん夫妻が自分達で決定しました。なんでも星結いをした夜にデートで水族館にイルカを見に行ったそうです。形なんてあんまり関係ないですし、もしも本人達の希望がなければ私達が神話になぞらえて決めますが。星座の命名なんて案外そんなものです。凝りすぎると訳が分からなくなるんですよ。ペルセウス座とか」

 火星は昔から凶兆のイメージが強い。
 地球に二番目に近い惑星なのに、あの禍々しいほどに深紅な星は見る人の心に畏怖を抱かせながらも、惹き付けられずにいられない。だから夜空を見上げてもそういう感慨が胸にくるほどなので、その化身が目の前にいるとなれば、誰でも自然に背筋が伸びてしまう。
 今、教鞭を揮っているアラビア・ギリシャ語教師である西郷夏日先生の授業中は、他の授業に比べてみんな大人しい。特に西郷先生が威厳高く振る舞っているわけでも、大声で怒鳴り散らしているわけでもない。
 ただ淡々と授業を進めているだけなのだ。
「……というわけで、どちらかと言えば恒光石の命名はアラビア語の方が多いわけだ。では次のページを……今よんでもらった後ろの席の人」
「は、はい! 山崎です!」
「山崎、か。すまないな、まだ日が浅いので全員の名前を把握していないのだ」
 若干、物憂げにも聞こえるのんびりとした語り口調だが、どことなく凄みが感じられるのは何故だろうか。
「い、いえ! では読ませて頂きます!」
 普段は優等生然とした山崎君だけど、彼らしくもなく声を裏返させながら音読をしている。その様子を西郷先生は赤い瞳を真っ直ぐに見据えていた。
 あの瞳に見つめられては、体のあちこちから嫌な汗が出てきそうだ。きっと誰もが、次は自分の番かとヒヤヒヤしているだろう。まるでペルセウスが左手に携えたメデゥーサのようだ。あの食変光星に睨まれたら、誰もが声を発するのも忘れて石化するだろう。
「星座を構成する星達はアラビア語、もしくはギリシャ語で名付けられているものが多い。別段、統一規格というわけではないが、古来よりアラビア語やギリシャ語で恒光石を打ち上げた方が星結いの成功率が圧倒的に高いためだ」
 そう言うと西郷先生は、これまで名付けられた星達の名前を次々と暗唱した。低く落ち着いた声が心地良く教室に響き渡る。中には私でも知っている星の名前も出てきたが、西郷先生の声はまるでリズムを刻んだ唄のようにすら聞こえてきた。
「なぜアラビア語やギリシャ語で命名した恒光石が成功し易いかというと、一説にはこれらの言葉のリズムが恒光石と共鳴しているからだと言われている。本当に……不思議な石だ」
 そして西郷先生はもう一度、星達の名前を呼び始めると、そのままゆっくりと教室内を歩き出した。まるで夜空を惑うように、星々の間を縫うように巡りながら。
「そうだ。恒光石の話が出てきたついでなので、この石についても少し説明を補足しておこうか。みんな、自分の恒光石を手元に出してくれ」
 教室をぐるりと一周し、教壇に戻ると西郷先生は手に持った教科書を置いた。みんな、先生の指示に従って胸元から巾着袋を取り出すと、慎重に中から透明な玉を出す。
「恒光石は大きさも数も人それぞれ。直径が一センチ程の玉があれば、二センチに及ぶ物もある。数も一つしかないものもあれば、一人で十個も二十個も保有している者もいる。今は四つに分断されたが、かの有名なアルゴ座などは殆ど一人で打ち上げたものだった。隣同士、見せ合ってみるがいい」

 私は隣のともえちゃんと恒光石を見せ合う。こんなに長い間、一緒にいたのに一度もお互いの恒光石を見たことがなく、何だか気恥ずかしい。
「本当だ。ともえちゃんの方が私より大きい」
「でも数は心恵ちゃんの方が多いわよ。私のなんて五つだけですもの」
「え~。私のなんて小粒なのが六つもあるだけだよ」
 そんな風に話していると、ちょうど斜め後ろから声が聞こえた。
「酒留は六つなのか。でもそんなに小さくは見えないけど?」
 声の主がいる方を振り返って、私の心臓はコトコトと鳴り始めた。
 徐々に鼓動を速めていく。
 鎌田君が、声を掛けてきた。
「そ、そうかな? 鎌田君は、何個?」
「俺は三つ。大きさが全部バラバラなんだ」
 そう言って手に乗った恒光石を私に差し出す鎌田君。大きく男の子らしい手の上には、淡い光を蓄えた玉が転がっていた。
 これを使って星結いをするのかと思いながら恒光石を眺めていると、まるで鎌田君の見てはいけないような、心の中を覗いているみたいでこそばゆかった。
「ちなみに恒光石の大きさと夜空に打ち上げた時の明るさは関係ない。恒光石の時は直径が二センチ強あっても、実際の夜空では五等級程の明るさしか、なかったり。研究の結果、玉の大きさと星の明るさには何の因果もないと結論付けられた。
 さらに、恒光石の数も個人の優劣とは関係ない。一つ同士しか持たない者同士でも星結いは可能だ。星座など言わば点と点を結べれば良いのだからな。ただし、多く持って産まれる家系はあるようだ。
 以上の事を踏まえ、恒光石とはDNAや血液型に近いものなのかも知れないと、私は考える」
 星結いに必要なのは当人同士の強い意思だ、と話を締めると、西郷先生がこちらにツカツカと歩み寄ってきた。
「そして恒光石のもう一つの特徴を教えよう」
 少し体を固くして身構えると、先生は私の恒光石を一つ掴んだ。
「酒留、一つ借りる」
 呆気に取られる私をよそに西郷先生は窓を開けると、何の躊躇も無しに振りかぶって私の恒光石を外に投げ捨てた。
 悲鳴にも似た絶叫が教室中に響く。みんな目をいっぱいにカッと開いて、窓の外へ向ける。私は何が起こったか事態が掴めず、ただただ放心して先生を見つめた。
 私の、鎌田君に星乞いをした恒光石が、無造作に、投げ捨てられた。
 両目にじんわりと涙が浮かんできた矢先に、西郷先生は制止を掛けるように手を振る。
「待て、安心しろ、酒留。心の中で自分の恒光石を念じてみろ」
 グシャグシャになった考えのまま、先生の言う通りに胸の前で手を組んで念じてみた。
 すると、手の中に何かモゾモゾとした感触がある。手を広げてみて驚いた。そこには西郷先生が投げ捨てたはずの恒光石があったのだ。
 まるで手品でもされたかのようで、私だけでなくクラスのみんなも騒然とした。
「ご覧のように、恒光石最大の特徴は必ずその本人の身から離れないという事だ。だからどこかに落としても、捨てようとしても壊しても念じるだけで元に戻る。体の一部みたいなものだ。それ故に地方によっては不気味だと忌み嫌われることもあり、早々に空に打ち上げて処分される」
 みんながマジマジと自分の恒光石を見つめる中、西郷先生は構わずに授業を進める。
「話がやや逸れたがアラビア、ギリシャ語の講義に戻ろう。全員、恒光石を仕舞い、辞書を出すように」


更新日 7月13日

 アラビア語はこれまで全く触れ合ったことのない言語のため、読み方も書き方もサッパリと掴めない。でも入学と同時に西郷先生が配布した辞書は特徴で、調べたい単語を日本語で引くと、アラビア語はカタカナ表記で記載されているので分かり易い。
 アラビア語を学ぶというよりは、恒光石に名前を付けるだけに特化した辞書と言える。
「星結いは恒光石に名前を付けなければ何も始まらない。いくら意中の相手に思いを告げようが接吻しようが、恒光石の名を呼ばなければ星座は結べないのである」
 少し厚手の辞書をパラパラとめくると、カタカナ表記が目に飛び込んでくる。中でも『アル』で始まる語句が多いことに気付く。
「恒光石は好きなように名付けて結構だ。ただし、出来るだけ身体の部位の名前を付けるのが好ましい」
「何で、ですか?」
 鎌田君の左隣に座っていた男子が手を挙げて尋ねた。
 たしか彼の名前は阿部哲也君。いつも鎌田君と一緒にいて中学校からの友人だと聞いた。
「星座に動物や神話に登場する偉人が多いのは知ってのとおり。つまり星座が誕生した時に生物の名を付けられる可能性が高く、身体の部位の星であれば形が決めやすいのだ」
 納得したように頷きながら、哲也君は熱心に辞書をめくり始めた。
 彼は今のように、西郷先生でも臆することなく物事を尋ねる男子だ。度胸があるのか、それともただ単にお調子者だからか分からないが、クラスでは一目置かれている存在である。
 西郷先生は教科書を持つと話を続けた。
「そうでなくても数字だったり、方角だったり。ともかく簡単な名称がいいだろう。あまり凝った名前だと長くなって、せっかくの大切な場面でつっかえてしまうぞ」
 その時だった。私の背後で哲也君が何かと言ったと思った瞬間、眩い光が放たれた。
 驚いて振り返ると、哲也君が焦った様子で強烈な光を発するソレを握り締めている。その場にいた全員が、彼が何をしたのか理解した。西郷先生は額を手で覆って呆れている。
 哲也君はきっと、恒光石の名前を呼んでしまったのだ。
 慌てふためく哲也君の手の中にある恒光石はさらに光を強めていく。みんなはあまりの唐突さで弾かれたように席から離れる。
 哲也君も何か叫ぼうと口を動かすが、恐怖のあまり歯の根が合わない。居ても立ってもいられなくなったのか教室内を走り回るが、それに併せて黒い人だかりも逃げ惑う。
 そうこうしているうちに恒光石は目を覆いたくなるほどに光を強め、臨界点に達したと思った瞬間、哲也君の手から放たれた光は開いていた窓から猛烈な速さで飛び出していった。
 全員で追い掛けるように窓へとすがる。眩い光は天空目指して飛んでいき、じきに見えなくなった。
 みんな、一言も発する事が出来ず空を見上げていると、館内放送のチャイムが鳴った。
「ただ今の星結いの観測結果を報告します。南東の空に約十六等級を一つ。星座の誕生は発見出来ませんでした。なお、星団、星雲なども同様に観測出来ず。緯度や経度、変光星、赤色星、二重星などの観測は追って報告致します」
 声の主は朔張校長だった。謎の放送に一同うろたえていると、相変わらず仕事が早いと呟きながら西郷先生がみんなに着席を促した。
「一年に一人か二人はな、必ず冗談半分で星を打ち上げる奴がいるんだ。今やったのは……堀部だったか?」
「……阿部、です」
「あぁ、阿部か。すまない、まだ顔と名前が一致しなくてな。やるなと言われればやりたくなるのが人の本能。それは致し方ない。ただし」
 そう言って西郷先生はみんなを見渡す。真っ赤な瞳に射竦められ、一同背筋を伸ばす。
「一つでも恒光石を失えば、他に何個残っていようとも星座を結ぶ機会が永久に失われるということを肝に銘じておいて欲しい。星座はその人が持った全ての恒光石を用いて結ばれるものだからな」
「じ、じゃあ先生。哲也は例え星結いが叶っても星座は結べないってことですか?」
 友達をいたわってか、鎌田君がおずおずと尋ねる。
「そういうことだ。なに、別段どうしても星座を結ばなくてはいけないわけではない。初恋は叶う、相手次第だが」
 そうかもしれないが、哲也君はもう星乞いの成就を形で残すことが出来ないのだ。もしも自分の立場だったらと考えると、同情を禁じ得ない。
「だがな、そういう生徒がいてくれるおかげで、こちらとしては他の生徒に訓戒を与えやすくて助かる」
 みんな深く理解したようで、しきりにウンウンと頷いた。今の光景を見せられれば、誰もがなんとしても恒光石の名前を呼ぼうなどとは考えないはずだ。只でさえみんな大人しいアラビア語の授業は、次回からさらに静寂に包まれるだろう。
「ちなみに阿部。お前は恒光石になんと名前を付けたのだ?」
「……アルゲニブです。体の部位の方が良いっていうから」
「……肘、か」
その日から哲也君のあだ名は『ヒジテツ』になりました。



FC2ブログランキング にほんブログ村 小説ブログ スポーツ小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
08:14  |  星乞譚  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

このページの上へ

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。