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2008'03.26 (Wed)

「…ヨーグルトじゃない!…ケフィアだ!」 第二章


【More・・・】

次の日、僕は彼女と打ち合わせた時間通りに末広駅に着いた。
そういえば彼女と待ち合わせをするのは初めてだな、と思いつつ
待ち合わせ場所の駅前タクシー乗り場隣にある銅像に行くと、既に彼女が待っていた。
いつ雪が降ってもおかしくないくらい冷えた空気が頬を刺す中、
彼女は分厚いコートに身を包み、それよりも数倍分厚い本を読みながら
駅前のもう一つのオブジェと化していた。
僕は彼女の元まで走って駆け寄り、朝の挨拶を交わすと、
彼女は分厚い本を静かにたたみ僕を見上げた。

「おはようございます。」

「今日も寒いね。」

「現在気温は4℃。南西からの寒気団が昼過ぎにはこの街上空を通過する模様です。」

まるでニュース番組のお天気アナウンサーのような挨拶だ。
彼女はテレビに出しても問題無いくらいのキレイな顔だが、
威嚇するような無表情さはお茶の間をさぞかし震撼させるだろう。

「ここから少し歩いたところに、松田眼科って目医者さんがあるんだって。そこでいいよね?」

僕は一応彼女に確認を取ると、軽く一度だけ首を縦に振った。
僕は注意深く彼女の顔を観察する。
力強い瞳はいつも通りだし、昨日はあれだけ深く刻んでいた眉間の皺も、今日は全く見られない。
ピンと真っ直ぐ伸びた背筋も色白な顔も、別段いつもと変わらない彼女だった。
では昨日のあの態度は一体なんだったんだろう。
訝しげに首を傾げた僕を見て、彼女はそれも常と変わらない抑揚のない声で
「出発しないのですか?」と、催促をした。
僕は居住まいを正して「じゃあ、行こうか」と、彼女を先導した。
昨日のことはきっと僕の思い過ごしだろう。
僕は心の隅に一抹の疑念を抱きつつも、彼女を隣に歩調を合わせて
眼科医までの道のりを進んで行った。

末広駅前から真っ直ぐ住宅街まで伸びる大通りは、大通りというほど幅が広くない。
ただ、真っ直ぐな道がどこまでも限りなく伸びている。
交通の便がそんなに良くないためなのか、商売上旨みがあまりないためか定かではないが、
駅前というのに店舗という店舗が数軒数えられるだけである。
少し歩けば、もうすぐに民家やマンションが建ち並ぶ。
それでも大通りと呼ばれる、校長先生の話のように無意味にただ長い道路はどこまでも続いている。
それは毎日、放課後に彼女の家に行くときと帰り道で、
嫌というほど味わっているが、いい加減慣れる気配がない。
母から聞いた電気屋さんの大きな看板までは、もう15分くらい歩かないと辿り着かない。

「待たしちゃってごめんね。寒かったでしょ?」

「体の先端の体温及び血流が著しく低下しましたが身体能力そのものには影響ありません。」

僕は隣で、いつの間にか分厚いコートに顔半分うずめた彼女にお詫びがてら話し掛けた。
話口調や反応がいつも通りだったので、遅れたことで彼女を特に怒らせた様子はないと思い、
ホッと胸を撫で下ろした。

「どのくらい待ったの?」

「30分程です。」

安心仕掛けた気持ちが、彼女の答えを聞いて急激に強張る。

「…もしかして、怒っている?」

「いいえ。何故そのように判断したのですか?」

「いや、30分も寒空の下に待たせちゃったから…。」

「あなたはきちんと集合時間の5分前に到着しました。
 私が少々早過ぎただけの事です。あなたに落ち度はありません。」

彼女なりのフォローが僕の強張った胸中を安堵感で満たす。
本当に、彼女は優しくなったというか、こう言っては語弊が在るかもしれないが、
人間味が増してきたような気がする。

「昨日、不思議に思ったんだけどさ。なんでそんなに目が悪い事を隠そうとしたの?」

一瞬彼女の体がピクッと反応した。
僕は横目で彼女を見たが、返事に窮した様子が窺える。

「目医者さんが嫌いとか、眼鏡をかけるのがどうしても抵抗あるとか?」

彼女が話しやすいように、会話の糸口を提供したつもりだったが、
彼女は頑なに沈黙を破ろうとしない。
まぁ、どうしても聞き出したいわけではなかったので、僕はそれ以上の詮索を諦めた。
彼女がチラッとこっちを見たような気がしたが、あえて無視をした。
僕なりの気遣いの表れと判断してもらえれば幸いだけど。

それから5分くらい無言のまま歩いていた頃だろうか。
彼女は半分コートの中に入れて寒さを凌いでいた顔を表に出し、静かに呟いた。

「視覚認識は所詮光の反射を観測しているに過ぎないのです。」

僕は急に語り始めた彼女に驚き、足を止めた。

「え?今、何て言ったの?」

「視覚認識は所詮光の反射を観測しているに過ぎないのです。
 物質や行動だけではなく存在の確認や時の経過などは視覚認識に頼らずとも
 観測は充分可能です。
 むしろ視覚認識のみで物事を判断する方が他の感覚で観測出来得た可能性を
 見落としてしまう危険があるのです。」

僕と歩調を合わせて歩いていたので、自然と彼女の足も止まる。
やたらと回りくどく分かりにくい単語を使うので、
彼女が一体何を言わんとしているのかさっぱり解らない。
つまり、

「目に見えるものだけで判断するな、ということ?」

「簡単に言い表せばそういうことになるでしょう。
 それにフォーカスを合わせない方が本質がよく見えるというのもよくある話ですし。
 科学者であるならば斯くもあるべきではないでしょうか?」

科学者というよりは哲学者という感じだけど。
視力の悪化を放置していただけで、彼女はその言い訳を言っているだけにしか聞こえないが…。

「う~ん、よくわからないけど。
 ならどうして斯くあるべき科学者が目医者に行くことを決意したの?」

「…その答えを得るためです。」

彼女との会話はあまりにも不可解過ぎる。
昨日といい今日といい、一体彼女はどうしてしまったのだろうか?
いつも彼女は僕の問いかけに対して、冷静に明確に答えてくれた。
面白みのない無機質な会話だったが、イヤな気分になったことはないし、それはそれで楽しかった。
だが、信じられないほど不明瞭な対応をする彼女を目の当たりにして、
僕は知らず知らず彼女に甘えていたのではないか、と考えるようになった。
彼女ならなんでも簡単に教えてくれるだろう。彼女に全ての解答を委ねればいいのだ。
いつしか僕は彼女のことを便利なロボットのように思っていたのかも知れない。
彼女だって年頃の女の子だし、小さな事が原因で悩む時だってあるだろう。
そんな当たり前のことを見落としていたようだ。
取り敢えず、この件に関してはこれ以上追及するのはやめよう。
隣を見れば、彼女はいつの間にかまた顔半分をコートの中に埋めていた。

僕は、わざとのように明るい声で話題を変えた。

「そう言えばさ、前に話していた『ケフィア』団体に所属してるっていう伯母さんから連絡来たの?」

「えぇ。昨日エアメールが届き再来月までには調査結果をまとめて帰国するとのことです。」

テレビの報道番組で、僕らが研究をした『ケフィア』
(以前は『ヨーグルト』と呼んでいたけど、最近はそう呼んでいる)が、
戦争に利用されたと知ったあの日。
彼女が目を真っ赤に腫らしながら僕に今後のすべき課題を提案したが、
その中の一つに「論文の行方」というのがあった。
僕らが数ヶ月かけて作成した論文は、研究の半ばで不慮の事故に見まわれ
亡くなった彼女のお父さんの発表という形で、
彼女が弱小ながらも『ケフィア』の研究を取りまとめている団体に提出した。
しかし、その後の論文の行方が全くの不明で、誰知らぬまま兵器に利用されてしまった。
なので、現在僕と彼女は新しい実験に着手する傍ら、論文が如何なる経で
兵器利用まで至ったのか調査を依頼している。
その依頼相手が、『ケフィア』研究団体のフランス支部に所属する彼女の伯母さんなのである。
ちなみにその伯母さんは、彼女のお父さんの姉にあたる人なのだという。
科学者というのは、やっぱり家系も必要なのだろうか?

「私は以前父が所属していた日本支部に論文を提出したのですがフランス支部では
 その父の名前が記された論文が提出された形跡は一切ないし耳にしたこと
 もいという情報が伯母からのエアメールにありました。」

相変わらず抑揚のない声だが、真っ直ぐ前を見る力強い瞳に僅かながら光が宿る。
どちらかというと今、僕達が研究している実験よりも、
彼女にとってはこちらの調査の方が気にかかるようだ。
亡きお父さんの名誉のためにも…。
そして、自分のためにも…。

「父がまだ団体に所属していた頃は必ず誰かが発表した論文は
 世界中の支部に公表される情報伝達網になっていたはずです。
 伯母に問い合わせたところ現在では更に支部間の情報伝達が過密になっているというのに…。」

愁い溢れるような言葉で、一旦話を区切った彼女だが、
その表情は更に力強く輝いている。
今し方擦れ違った人が、ギョッといった顔で彼女から目を逸らした。
最近になって見ることになった、強烈な意志がハッキリと窺える彼女の表情は、
正直僕でも直視することを窮する。

「今回伯母のエアメールに記された情報は以上です。」

「なるほどね。消えた論文、か…。
 取り敢えずは伯母さんの情報を待つしかないのか。
 ところでその伯母さんってどういう人なの?」

しばらく考えた後、彼女は頭の中で整理した情報を教えてくれた。

「フランクな方です。さっぱりとした性格で協調性に富んだ女性です。
 ただし研究や実験のこになると真面目で非常に優秀な頭脳の持ち主です。
 以前は父とともに日本支部に在籍していました。」

「じゃあ姉弟で『ケフィア』を研究してたわけだ。
 あのさ、答えたくなかったら答えなくていいけど、君のお父さんってどういう人だったの?」

僕はかねてから聞いてみたかった質問を丁度良い機会だと思い、恐る恐る尋ねた。

「研究以外には興味を持たず忠実に理念を追求する根っからの科学者でした。
 父が昔、量子力学や素粒子の話を子守歌替わりに話してくれたのを今でも覚えています。」

さっきのような困惑した顔をされるかと心配したが、
彼女は意に介することなく淡々と話してくれた。
というか、彼女はお父さんの遺伝子を脈々と受け継いだらしい。
僕は初め、彼女は自分のことを話しているのかと思って、
自分の勘違いに気付き、思わず吹き出してしまった。
彼女は不躾な僕をちらりと見上げ、
「科学者は斯くあるべきではありませんか?」と、小さく反発した。
僕はその彼女のセリフに、更に吹き出しそうになったが、
あることに思い至り再び彼女に問い掛けた。

「お母さんは、どういう人だったの?」

僕を下から睨みつけていた瞳を不意に外し、
彼女は軽く目を閉じ顔をまたコートに沈め静かに語った。

「朗らかで優しくて生真面目で心配性な方でした。
 料理が上手で科学に精通してないもののよく父の実験に付き添い手伝っていました。
 いつも父や私を気遣う、そんな母でした。」

軽く閉じた瞳をうっすらと開き、遠くを見つめる彼女。
その顔が今は亡き母を思い出してか、優しく微笑んでいるように見えたが、
ちょっぴり悲しそうにも見えた。
そしてそのままの彼女にしては淡い表情で僕を見つめ、

「そう。あなたは少し母に似ているのかもしれません。」

と、ゆっくりと呟いた。
その言葉が何を意味するか、なんとなく分かりかけた気がしたが、
彼女の哀愁漂う美しい表情にただ見とれてしまっていた僕は、
彼女が差し出した感情の尻尾を、間抜けにも掴み損ねてしまった。

気がつけば目の前に電気屋さんの大きな看板が見える。
目指す眼科はすぐ近くらしい。


初めての診察ということで、
当然ながら診察券を作らなければいけないらしい説明を受けていた彼女は、
渡された用紙に鼻が付くのではないかと思うほど顔用紙を近付けて記入していた。
その姿を見た看護士さんが、小さく溜め息をついた。
待合室での彼女は、いつもと変わらぬ表情で分厚い本のページをめくっていた。
診察室に呼ばれても相変わらずの無表情でだったので、別に病院が嫌いなわけではないらしい。
診察室に彼女が入っている間、彼女が呼んでいた本をめくり眺めていたが、
たったの一行も理解出来なかった。
科学に関する本だというのは記されてある記号などで判るが、
内容がどの学問のものなのか、さっぱりわからない。
2分ほど読んで、というよりも眺めて僕は早々に断念して、
待合室の棚に陳列してあった料理雑誌に手を伸ばした。

20分ほど経ったのだろうか。
夕飯のレパートリーを増やすべく、すっかり集中して料理雑誌に見入っていた僕は、
目の前にある気配に気づき、頭を上げた。
するとそこには無言で僕を見ている彼女が立っていた。
僕はビックリして手に持った本を慌てて落としてしまった。
・・・まったくいつもそうだか、いるなら声くらい掛けて欲しい。
あたふたする僕を余所に、彼女は「隣接する眼鏡院にご足労願います。」と告げた。
相変わらず落ち着き過ぎてるくらい落ち着いた彼女の様子を見て、
僕は小さく溜め息をつくと雑誌を片手に席を立った。

「いるなら声くらい掛けてよ…。」

「随分と熟読してましたので。」

彼女は僕が棚に雑誌を戻すのを確認すると、すたすた歩き始めた。

「検査の結果はどうだったの?」

「右視力が0.1。左視力が0.2。眼鏡かコンタクトレンズ等の視力補助器具を着用するように。
 ということでした。」

彼女は診察券を受付に渡しながら、溜め息混じりに呟いた。
要するに単なる近視である。
当然というか妥当というか、予想した通りの診察結果だったようだ。

「で、隣の眼鏡院に眼鏡かコンタクトレンズを買いに行かなければならないってことなんだね?」

「そうです。」

「眼鏡にするの?コンタクトレンズにするの?」

「眼鏡を購入しようと思います。四六時中身に付けるつもりはありませんから。」

ここに来て眼鏡を買うだけでもギリギリの譲歩だと言いたいのだろう。
彼女にしてはだいぶ長い時間診察に拘留されたためか、心無し不機嫌に見える。
速やかに会計を終え、受付の看護士から来週また来るよう言われていたが、
僅かでも研究に時間を費やしたい彼女のことだ。絶対に来ないだろう。
僕の提案で嫌がる彼女に眼鏡を買うところまできたのだ。僕もそこまで強制はしない。
隣接する眼鏡院で受付を済ますと、また長い時間待たされた。
その間に僕は料理雑誌を三冊ほど熟読し、
彼女に美味しい夕飯を作るためレパートリーを更に増やすことが出来た。
冬野菜特集を見終わり、やっぱり冬は多少値が張っても
緑黄色野菜を多めに取り入れなきゃ、と胸に刻みながら顔を上げると、
またもや何も言わない彼女が銅像のように立っていた。
すっかり慣れてしまった僕は、今度は驚く代わりにわざと肩をすくめて大きな溜め息をついた。
手にビニール製の袋を持った彼女は、僕の反応を全く意に介さず短く「帰ります。」と帰宅を促した。
僕が読書に夢中になっている間に、彼女は会計も済ませてしまったらしい。
無言で僕を見つめる彼女の手には、多分たった今作ったばかりの眼鏡が入っているのだろう。

「眼鏡、もう出来たんだ。」

僕が何気なく言うと、彼女は無言で首を縦に振った。
彼女が眼鏡をかけるとどうなるんだろう…。
見たい気がする。

「ねぇ。もし良かったらかけてみてくれないかな?」

単純な興味本位だった。
きっと彼女のことだから素晴らしいくらいに似合うのだろう。
すると彼女は僅かに体をピクッと震わすと、そのままの姿勢で沈黙した。
二人の間に流れる空気が、一瞬で真空状態になる。
また何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか?
固まってしまった彼女につられて僕もそのままの姿で静止してしまったので、
受付にいた看護士が、どうかしたのかと訝しげな視線を向けている。
冬だというのにこめかみから汗が流れ落ちそうな感覚に見舞われたが、
なんとかこの状況を打開しないとますます周りから変な目で見られてしまう。
僕はどうしようかと、軽く咳払いをしたと同時に、
彼女は沈黙を守ったまま手荷物の中から新品の眼鏡ケースをゆっくり取り出した。
そして眼鏡ケースから眼鏡だけ取り出し、ケースを僕に渡す。
ケースを受け取った時、軽く彼女の指が触れて一瞬心臓が飛び上がったが、
視線は恐る恐る眼鏡をかけようとする彼女に釘付けだった。
しっかりとフレームを耳にかけ、俯いたままの表情を人差し指で鼻当てを持ち上げるように披露した。
彼女の眼鏡をかけた姿を見た時、さっきから僕の胸を叩き続けた心臓が一瞬止まると、
すぐに更に激しく鼓動を刻んだ。
キレイに整った表情に宝石のように冷たく輝く力強い瞳が印象的だった彼女の表情が、
細目のフレームな眼鏡を身につけることにより、
急に知性的で品格溢れる柔和な淑女といったイメージに変わったのだ。
今の彼女を目の前にして、見取れない男性がいるだろうか?いないはずだ。
僕は全身が心臓になったみたいになってしまったが、
目の前の彼女は、眼鏡の奥にある瞳を大きく見開いていた。
すっかり茹だった頭が、彼女の表情を見て小さな疑問符を上げたと同時に、
彼女は眼鏡を外すと僕の手から乱暴にケースを奪い取った。
突然の行動に呆気に取られた僕を尻目に、彼女はスタスタと眼鏡院を出て行った。
しばらく呆然とした僕は、ようやく自我を取り戻し、
急いで彼女の後を追いかけて外に出ると、彼女は無言のまま僕に背中を向け、待っていた。
僕はさっさと行ってしまった彼女に抗議の声を上げるが先に、
無表情だが眉間に皺を浮かべた彼女が振り向いた。
少し勢い良く詰め寄ってしまったので、
急に振り向くとは思わなかった彼女の頭がすぐ目の前に来てしまった。
彼女の栗色の髪から甘く香るシャンプーの匂いを嗅ぎ、僕の心臓はまた急に高鳴ったが、
彼女の表情を見て自分の眉間にも皺が寄ってくるのを感じた。
また、あの表情だった。
昨日から僕らの間に不穏な空気を作る原因になっている、
彼女の悩んでいるような困っているような顔。
さっきの行動といいこれはもう、異常事態である。
彼女と出会ってそんなに長くはないが一緒に過ごした時間は、かなり濃密だったと思う。
だから彼女については大体のことを理解していたし、誰よりも知っていると自負していた。
だが、それは自惚れだったらしい。
彼女の知らない一面を見ただけで萎縮し、
共に悩む事も出来ない僕は本当にただただ未熟だった。
彼女が俯き、「帰ります。」と声を絞り出すように呟いても、
僕は励ますことも手を差し伸べることも出来ずにいた。
いつも買い物に行くときや研究所に行く時、
決して先行することも後について来ることもなく、
歩調を合わせ隣を歩いてくれる彼女が僕を置いてさっさと背中を向けて歩き出した。
その小さな背中には、無言で追随を許さない意思が感じ取られ、
僕は悔しさにも似た歯がゆさを心の中で握り潰した。

…それが丁度、一週間前の話だった。
次の日、恐る恐る登校した僕はいつもと変わらない姿で机にかじりつく彼女を見て、
なぜか罪悪感が混じった安堵の溜め息をついたが、
その日の崩壊後から始まった、更に意味不明な彼女の行動が僕を苦しめた。
あの不意に近付いたり離れたりする仕草は、何かの実験なのだろうか?
それにしても日曜日に見せた困惑の表情と、この行動の関連性が見いだせない。
更に腕時計を見て何かをメモ帳に記入しているのも気になる。
最近の僕は、この件で頭がいっぱいで勉強もまともに捗らない。
朝から晩まで気付けばずっとこの事を考えている。
年が明ければすぐに三学期が始まってしまう。どうしよう…。

最近めっきり癖になってしまった深い溜め息をつくと、後ろに気配を感じ振り向いた。
るとそこには、腕時計で時間を確認した彼女が、ゆっくり僕に近づいて来る。
僕はもう一度、深い溜め息を吐いた。
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08:33  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

確かに、彼は彼女の母親に似てますね。
だから、彼女は彼の作った料理を残さず食べてたのかもしれませんね!

彼女の眼鏡をかけた姿・・・・妄想してました(笑)

ポチッ★
桜輔 | 2008年08月30日(土) 14:03 | URL | コメント編集

>>桜輔さん
彼はかなり世話好きな人間なのです。
そして怖いくらいに家庭的で学生にも関わらず家事全般をこなし家計簿までつけている堅実な青年です。
要人(かなめびと) | 2008年08月30日(土) 20:32 | URL | コメント編集

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