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2010'05.03 (Mon)

個人戦三回戦 神谷・小堺VSダブル後衛

 黒田は相方の角野を探そうと観客席を一つ一つ眺めていた。自分達の試合は次の次なのでそろそろウォーミングアップをしなければならないのに、角野はいつまで経っても見つからない。どうにも仲が良くない二人なので、試合中以外は別行動をすることが多いが、せめて試合前くらいは一緒にいて欲しいものだ。若干イライラしながらも競技場内を回っていると、第1コートの観客席で試合観戦をしている角野をやっと見つけた。
「角野、俺ら次の次に試合だぞ。軽くアップしておけって佐々木先生が言っていた」
 だが角野は黒田の言葉には反応を示さず、黙ってコートを見続けた。もとより自分の言うことなど素直に聞くはずもないと諦めていた黒田は、角野の隣に座ると同じく試合を観戦した。
 コート内では第二中の二番手と、昨日対戦をした新生第七中の一番手が対戦していた。
「あの一年ペアか。なかなか善戦しているようだが……ゲームポイントは1-2。何だ、負けているじゃないか」
 第二中の二番手ペアはまだ二年生だがジュニアからの経験者なのでなかなかの実力だ。なので一年生ペアの神谷と小堺が負けていて当然なのだが、角野は「違う」と呟いた。
「あのチビ共、わざと2ゲーム落としやがった。遊びでやった、っていうか調整しながらやったら2ゲーム取られたって感じだったな。まだまだ余力を残しているし、内容的にはチビ共の勝ちだ。見てな、ここから挽回する」
 妙に舌が回る相方を見ながら、黒田は持っていたパンフレットに目を通した。
「お前が言うように一年ペアが勝ったら、次に第六中のダブル後衛ペアと当たる。もしもそれにも勝ったら、ベスト八で俺らと対戦だ」
 黒田の話をまたもや無視する角野。きっとそのくらいは自分も知っていると言いたいのだろう。口にこそ出しはしないが、つくづく癪に障る相方だ。
「しかし、お前にしては妙だな。なんでそこまでこの一年にこだわる? 昨日の団体でも圧勝したじゃないか。とてもじゃないが俺達の敵だとは思えない」
 三年生になってからは東北大会入賞を目指して練習を重ねてきた彼らは、地区大会程度の選手には見向きもしなくなった。視野に入れているのは常に県大会以上の格上の選手のみ。こんな地区総体の、ましてや数ヶ月前にはランドセルを背負っていた一年ペアの試合をマジマジと観察している角野の姿が不思議で堪らなかった。
 すると角野は視線をコートから黒田に移す。
「あのチビ共、特に後衛がお前そっくりなんだよ。だから気に食わなくてね、徹底的にやっつけねぇと気が済まない。是非ともベスト八まで上り詰めてきてもらいたいもんだ」
 その見下すような眼をする角野を、黒田はジッと見返す。飽きれるほどに頭に来ることを言ってくれるものだと思いながらも、突っかかる気も起きないのは大会中だからか、はたまたすっかり慣れてしまったからか。こんな相手でもコートの上ではペアとして組めるのだからつくづく不思議でならない。
 何も言い返してこない黒田を詰まらなそうに鼻で笑うと、角野はポケットに手を突っ込んだまま立ち上がった。
「アップするんだろ。さっさと準備しようぜ」
 せっかくの試合観戦に黒田が横入りしてきたことに興を削がれたのか、角野は観客席から離れていった。黒田は無表情のまま聞こえないように嘆息すると、一度だけ第1コートに眼を向ける。
 昨日の団体戦で対戦した第七中の一番手ペア。まだ荒削りな部分が目立った二人だったが、決勝戦で対戦した第六中の一番手よりも手応えがあった選手だと感じた。まだ本気を出していない、という訳ではなかったが全力を出し切らずに終わったという感触が心の底へ引っかかっている。角野が彼らへ執着する理由も、もしかして自分が感じているそれと同じだからなのかもしれない。
 そんなことを考えながら、黒田はコートから眼を逸らすと角野の後を追った。試合はちょうど第七中ペアがゲームポイントを獲得して、これからファイナルゲームに突入するとこだった。たった一瞬しか眺めていなかったが、確かにこれは第七中の勝ちだと黒田はさっき角野が言った予想に同意した。

 第二試合をファイナルゲームでどうにか勝利を収めた神谷と小堺ペア。事務所にスコア表を提出してきた彼らをチームメイト達が出迎える。
「やったね。神谷君、小堺君。これでベスト十六入りだよ。あと一回勝てばベスト八。県大会出場できるね」
 パンフレットを片手に丸藤がそう彼らに告げる。隣にいる宗方もまるで自分達が勝ったかのように誇らしげに胸を張った。
「やはり一組くらいは県大会に出場してもらわないと、この宗方繁蔵の孫である僕の顔が立たないよ。それに次はあの憎きダブル後衛ペアだ。必ずや勝ってくれたまえ!」
「なんで神谷達がてめえの顔を立てなきゃならねぇんだよ。それに憎きって、お前らが弱くてボロ負けしただけじゃねぇか」
 相変わらず口は悪いが正論を説いた高田を、宗方は苦々しげに一瞥する。
「うるさい。君らなんて一回戦負けだろうが」
「なんだと、デブ! てめえ、もっぺん言ってみやがれ!」
 宗方の胸倉を掴んですごむ高田を、全員が割って入って止める。自尊心の塊のくせに他人に対してはデリカシーに欠けるのが宗方の悪いところだ。故に未だテニス部以外で友達が出来た例がない。
「まぁまぁ、落ち着けよ負け犬共」
「何だと朔太郎! てめえ!」
「小堺君! 負け犬とは失礼過ぎないか!」
 今度はトラブルメーカーの小堺が油を注ぐが、本人は大して気にする様子もなくケラケラと笑っていた。
「ところで神谷君。あなた達、次の試合は何番目?」
 今一パンフレットに載ってある対戦表の見方が分からない安西は仕方なく神谷に尋ねたが、何故かまた小堺が答える。
「えっとね! 今やってる試合の次の次だよ!」
「あ、あっそう、ありがとうね、小堺君。やっぱり三回戦となると次の試合まで早いわね」
 尚も見方を覚えようと対戦表をじっくりと眺めながら安西は呟く。第1コートで行われる三回戦は僅かに二試合。四回戦ともなると一試合のみとなる。
「試合の後半になると殆ど休む暇もなく連続になりますから。スタミナ配分も試合で勝ち上がっていくのに重要なんです」
 自身、一番の悩みの種であるスタミナ不足を考慮する神谷。今のところ疲れた様子を見せていないので、調子は上々なようだ。
「でもさ、みやちゃん達ってさっきまるちゃん達から勝ったダブル後衛の人達と対戦するんだよね。体力とか、大丈夫?」
 本気で心配そうに考え込む吉川が可笑しかったが、それは部員全員が懸念していた事だった。あれだけロブに定評がある丸藤でさえ、結局は体力を削られて敗退させられるという結果に終わったが、それと同じことをスタミナがない神谷がやられたら、丸藤よりも試合が続かないだろう。
 しかし、それは本人も重々承知なようで無表情のまま「問題ない」と言ってのけた。
「そうならないようにこっちから先に仕掛けていく。それに俺には朔太郎がついている」
 そう言うと隣に座っていた小堺がパァッと顔を輝かせ、神谷の腕にしがみ付いてきた。
「おうっ! 俺に任せろ!」
 チームメイトは小堺が神谷にベタベタふっつく姿に若干引きつつも、彼らの自信が確証あってのことだと感じ、少し胸を撫で下ろす。それと同時に自分達と一番手ペアの間にある実力の差に、ライバル心を燃やさずにはいられなかった。
 目標は高い方が良い。彼らにとっても神谷達が更に勝ち進むことを願わずにはいられなかった。

 第1コートの試合はその後も順調に進行し、神谷達の三回戦はあっという間に回ってきた。上に進めば進むほど、次の試合までの間隔が短くなっていく。一息つく暇もなく次に当たる相手選手の事を考えなければいけない目まぐるしさに、神谷と小堺は小学生の大会で味わった感覚が甦ってくる。そしてそんな感覚が味わえるほど中学でも勝ち進んでこれたことに喜びを感じずにはいられない。
 フェンスの扉を開けベンチに荷物を置くと、既にコート内に足を踏み入れている第六中の二番手、大井&太田ペアを真っ直ぐに見据える。遠くから見ると本当に背格好がそっくりなペアで、双子のようだと言っていた宗方の言葉に納得してしまいそうだが、先ほどの試合からも分かるように巧みなコンビネーションを持つ堅実なダブル後衛。打ち壊すには容易にはいかない厚みを持った壁のようにも感じる。これまで闘った一、二回戦の選手とは桁違いな相手だ。
「正樹、どうやって攻めていく?」
 視線は逸らさずに敵を見つめたまま問いかける小堺。緊張しているというよりは、楽しみで仕方ないといった態度がありありと捉えられる。典型的な少年漫画のような奴だと思いながらも、自分自身うずうずしながら敢えてそれを表面には出さずに神谷は答える。
「いくらダブル後衛といっても陣形の崩し方はいくらでもある。まずは俺がそれで切り込み、後は朔太郎に全部お願いする。ボールが相当集中すると思うけど、いいか?」
「当然よ! 正樹の要望だったら俺、何でも応えちゃうよ? たとえ火の中水の中、ってか!」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ!」
 数瞬考え込んだ後、神谷は「よしっ」と小さく気合を入れてコート内に足を踏み入れる。それに続くように小堺も声を張り上げて乗り込んだ。

 試合前の乱打もそこそこに、審判の合図に合わせて早速試合を始める。三回戦ともなると既に相手チームの実力は検証済みなので長々と乱打で探りを入れる事は全く意味を成さない。体力面、精神面的にも、さっさと試合を開始させてしまいたいのが、選手としての心理だ。
 神谷達がサーブ権先行。中学一年生ということでサーブ力がまだ未発達な彼らは、サーブ権先行となるとどうしても後手に回ってしまうが、どちらも後ろで待ち構えているダブル後衛となると、その不利感はさらに上乗せになってしまう。だがそんなことも言ってられないので、神谷は出来るだけ渾身の力を込めてファーストサーブを繰り出す。
 神谷のサーブを丁寧にレシーブした大井のボールを、神谷はクロスにそのまま打ち返す。すると大井はロブで小堺の頭を越えると、神谷をストレート展開に誘導した。神谷は落ち着いてボールに追いつくと、回り込んでフォアハンドのシュートボールを再び大井に打ち込む。だが大井はまたしてもロブでクロス展開に誘導し、神谷を走らせた。
(なるほど。やっぱりな)
 神谷は心の中で独りごちると、再度大井にシュートを打ち込んだ。

「これって、僕達にやった作戦と同じことをしようとしているのか?」
 観客席で見守っていた丸藤が眼鏡をたくし上げながら言った。先の試合で散々辛酸舐めさせられた展開に、ついつい眉間に皺が寄る。
「うむ。だがな、彼らになら最も有効な手段だと思うぞ。特に体力がない神谷君にならな。僕が敵でも同じ事をする」
 悔しいながらも冷静に状況を分析する部長に、高田は試合から目を離さず言葉を返す。
「んなこと、奴らだって百も承知だろうよ。だからそれを崩す秘策があるってさっき言ったんだろ? まずは黙って見てようぜ」
 その一言を合図に第七中陣営は口を閉ざして試合に集中する。祈るには始まったばかりでまだ早い。神谷と小堺がどうやって攻略するかだけに注目をしたいところだ。

 とにかくスタミナに自信がない神谷は相手の魂胆を確認すると、早々に得策を講じる。簡単に勝てる相手ではないことは重々承知だが、この試合は出来るだけスタミナを残して次の準々決勝に臨みたい。神谷は体中の神経を集中させ、狙うべきコースを凝視する。そして寸分の狂いもなく打ち抜いた。まずは大井のいる方向の右サイドをギリギリの精度で狙う。フォアハンドで返せるとしても、ここまで厳しいコースだとさすがに打ち返すのが難しい。どうにかロブで返ってきたボールを、次に大井の足元に打ち込む。次には右よりのミドルと、神谷は徹底的に大井の返球しにくいラインを攻めていった。これに堪らなくなった大井は遂に打球のコントロールを失う。ほうほうの体で返したロブは小堺の頭上を大きく越えてアウトした。
 次も同じようにロブで返そうとする大井を、神谷は際どいコースで攻めていく。しかも神谷は執拗に大井ばかりを狙った。太田のいる左側を狙っては逆クロス展開になる場合もあるので少しでも得意なコースで攻めたいのと、左側を任されているということはバックハンドに自信がある後衛なのだろう。つまり大井と太田の二人を比べてみれば、プレーヤーとしての力量は僅かながら太田の方が上ということだ。さらに言えばわざわざ二人いっぺんに相手をすれば後衛の負担が大きい。片方を無視すれば「一人対二人」の構図を布けるのである。
 そうこうしているうちに、大井はまたもやコースを外しアウトする。単純な後衛同士の打ち合いだった今の場面で一年生に打ち負けた大井は、悔しさに顔を歪ませた。これで第六中ペアの第一作戦は徐々に崩れてきた。
 ボールカウント、2-0。続けて小堺のサーブに入る。小堺はファーストサーブを繰り出すとそのまま前方に突進していくスタイルで攻めていく。特にダブル後衛相手では自分が後ろで構えているよりも、いち早く前へ出ることを考えた方が良い。だが大井は小堺の突進をうまくロブでかわす。ロブばかり打たれてしまっては小堺の出る幕はないが、逆に相手がロブを打っている間は神谷に分があるのだ。小堺は自分の役割が来るまで、じっくりと待っていた。
 相変わらず大井の嫌がるコースのみ手厳しく突いていく神谷。だがやはり厳しいコースばかり狙うのは神谷にもリスクはある。三本目のシュートボールを神谷はボール一つ分の差でアウトをしてしまう。ホッと安堵の溜息を吐いた大井だったが、次に神谷は短いボールと深いボールの緩急をつけて大井を翻弄し出した。いくら打ちやすくロブで返しているからといってこのコントロール力の高さに、両陣営はついつい感嘆してしまう。さほど広いとは言えないコート内で、後衛の打ち返し辛いポイントだけを選んで正確なショットを決め込む様は、とても中学一年生のテクニックとは思えなかった。
「なるほど。これが『精度を上げる』ってことなのね。さっき神谷君が言っていたことがようやく分かったわ」
 ベンチに座りながら納得したように手を叩く安西に、フェンス越しで見守っていた丸藤が声を掛ける。
「僕も小学生の頃にこれで神谷君から負けてました。とにかく配球の精度がすごいんです」
「それにみやちゃんのどこに打つか区別がつかないフォームもあるでしょ? 本当にすごい後衛なんだね、みやちゃんって!」
 興奮したようにハキハキと相槌を打つ吉川。確かにここまで見事だとみている方も愉しくて仕方がない。
 そんな彼らが会話をしているうちに、第六中は二本連続で失点を犯し、あっという間に第一ゲームを一年生ペアに奪われた。歓喜の雄たけびを上げる第七中に対して、第六中の顧問の八幡はダブル後衛ペアをこれ見よがしに叱責する。
「一年坊主共に1ゲーム取られて悔しくないのか! もっと気合を入れろ! お前ら、ここで負けたら県大会の道が閉ざされるんだぞ! あいつらに負けたら引退だぞ! 死ぬ気で攻めて来い!」
 作戦もアドバイスもあったものではない八幡の話に、大井と太田はただ生返事を返すだけだった。八幡に言われるまでもなく、そんなことは彼らが一番良く知っている。なので何の生産性もない叱責は彼らの精神をイラつかせるだけで有益なことなど何一つない。早々に耳を塞ぐと彼らは軽く水分補給を済ませてコートチェンジした。そしてお互い作戦の変更を確認すると目配せをした。どうしても負けられないのは彼らだって同じ。第一ゲームは手を抜いたわけではないが、ここからは一年生だと思わず本気で立ち向かうことを決意した。

 第二ゲームは神谷達、レシーブで攻撃することになる。ダブル後衛にとってサーブほど重点を置かなければならない場面はない。少しでも威力に乏しいサーブや緩いセカンドサーブを打ったならば、たちまち短く浅いレシーブで返されて泡を食うからだ。
 大井が一本目のファーストサーブを放つ。だいぶ練習を積んできたのが伺える、どっしりとした重みのあるサーブを神谷はどうにか打ち返す。一瞬反応が遅れてミスをするかと思った打球だったが、どうにかコート内には収まるようだ。そのボールを大井がシュートボールで返す。第一ゲームはあれだけロブばかりで防戦一方だったのに対して、ここにきてやっと小細工は捨てて本来のストロークに賭けてきたのだろう。
 神谷も負けじとシュートで打ち返すが、その瞬間、少しだけ苦い顔をする。大井のシュートが想像以上に強烈だったのだ。そしてクロス展開でもう一本ずつシュートボールの応酬をする。これには観客席で見守っていたチームメイト達も勘付いた。神谷の打球が大井に押されているのである。ロブの応酬となれば小手先で遣りようがあるが、力技でこられたら力技で返すしかないし力量の差は顕著に現れる。ここで先取した流れを挽回されてしまうのかと一同憂慮した矢先、大井がシュートボールを打ち込んだ瞬間にネット前を黒い物体が素早く横切った。目を見開くまもなく心地良い打球音がコートに響くと同時に、小堺が咆哮する。
「よっしゃー! 一本いただきっ!」
 歓声が湧き上がり、神谷は小堺に駆け寄るとハイタッチを交わした。
「ナイスボレー! 朔太郎!」
「おうよっ! なんせこれが俺の仕事なんだからな!」
 第一ゲームは全くといってモーションを見せなかったのが功を奏したのか、第六中ペアは今まで前衛の存在を忘れていたことに歯がゆさを感じた。露骨に後衛と打ち合いを続けていれば前衛の格好の餌食になることは分かっていたはずである。顧問の八幡がベンチから怒号を撒き散らしたので、神谷と小堺は少したじろいでしまった。
 第二ゲームも第七中先攻でスタートを切った二本目、大井のサーブを小堺はミドルに返す。その返球を大井ではなく、右側に位置する太田が返球した。わざわざバックハンドで返した太田だったが、それはきっと次は自分に打ち込んでくるものだと確信してだったからである。先ほどから神谷はクロス展開に持ち込んで行きたがる嫌いがあるのを見越していた太田は、わざと自分に打ってくるようにアプローチをしたのだ。果たして神谷は思惑通りに太田へシュートを打ち込む。それを太田はチャンスとばかりに小堺のサイドを抜いた。
 太田はダブル後衛という性質上、前衛の動きを誰よりも警戒する。なので一度でもボレーを決めて調子付いた前衛はなるべく早く押さえ込まないと気が済まないのだ。単なる個人的な好みの問題ではなくチームとして、より勝率を上げるためである。これでもう二、三度頭を押さえてやればもうしゃしゃり出てくることはないだろう。そう画策していた太田だったが、残念ながら小堺は普通の前衛とはかけ離れた選手なのである。
 ボールカウント1-1。続いて太田からのサーブとなる。大井以上に腕力に自信のある彼は、体の瞬発力と上手く併用して驚異的なサーブを放った。これには神谷もタイミングを合わせることが出来ずにレシーブミスをしてしまう。ここにきて初めて第六中が一歩リードした。続く二本目のサーブも小堺はミスしてしまい、ボールカウントはあっという間に1-3と、第六中はマッチポイントを迎えて応援にも力が篭る(高田兄に恐々としながらも)。
 サーブは一巡して大井からの攻撃。これはどうにか返せた神谷だったが、大井はコース変更で拡散し始めた。ただし第一ゲームの時とは違い、ロブではなくシュートも織り交ぜたストロークに、神谷も狙ったコースへ簡単には打たせてくれない。だがタイミングを見計らった小堺がまたもやボレーを決める。打ち合いになる後衛にとって、上手くポーチに出てきてくれる前衛ほど頼もしいものはない。
 そして続いてのサーブを小堺は真っ直ぐ向かい側にいる太田へ返球した。太田は「馬鹿め」と内心ほくそ笑みながらもラケットを大きく構える。
 ポンポン前に出てきたがる前衛は得てしてプライドが高い。一度抜かれたコースは取り返さないと気が済まないらしく、ムキになって後衛に突っかかってきたがるものだ。そしてそんな状況になれば後衛は絶対に先ほどと同じコースに打ち込むことはないと思っているのだろう。ということは、小堺は必ず一本目からポーチに飛び出してくるはず。ならば裏を掻いてもう一度サイドを抜いてやれば良いだけのこと。太田は第二ゲームはもらった、とばかりに小堺のサイドへと打ち込んだ。
 だが小堺は少し左側へ走ると鮮やかなバックボレーで太田の目論見を叩き落した。これには太田は驚きを隠せないようで、悔しがるよりも先に口をあんぐりと開けてしまった。
 小堺が普通の前衛と違うところは、過去のゲーム展開をあまり覚えないというところにある。自分がどんな展開でボレーを決めたのか、相手からどの場面で抜かれたのか、いちいち記憶していないのだ。なので常に直感で行動し、作戦は相方の神谷へ全面的にお任せしているのである。詰まるところ、馬鹿なのだ。
 これでボールカウントは3-3、デュースに突入する。デュースに入ると先に2ポイント連続で先取した方がゲームポイントを獲得することになる。ここで先ほど二本連続でサービスエースを取った太田に回ってきたことが有利となった。どうにか当てることだけに徹してレシーブを試みた神谷だったが、なんとか返せたボールをすぐに鋭いシュートで返されてミスをしてしまった。そして小堺がレシーブをまたもやミスしてしまい、この第二ゲームは第六中から持っていかれてしまった。

「くぅ~、すさまじいサーブだったな。ありゃあ、次に食らったら堪ったもんじゃねぇぞ」
「まったくだ。だからこの第三ゲームは何としてでも取らないとな」
 ゲームカウント1-1と迎え、再びサーブ権先攻で始まる神谷と小堺は作戦の確認をする。チェンジコートではないので素早く終わらせばならないので、小堺は簡単に神谷へ指示を仰ぐ。
「次はどうするよ? さすがにあの人達、もうロブは打ってこないぜ。ガンガン出ていって良いだろ?」
「あぁ、それしかない。俺はとにかく大井さん狙いでいく。一本でも多く繋げるから、ネット前頼んだ」
「おう!」
 握手を交わして大声で気合を掛け合う二人。そんな彼らとネットを挟んだ向こう側にいる第六中ペアも、額を突き合わせて作戦会議を行う。
「まさかこんなに早く、アレをやるとは思わなかった。出来れば第四中に当たるくらいまで誰にも見せたくなかったんだけどな」
「あぁ。でも負けてしまっては元も子もない。ここでなんとしてでも引き離すぞ」
「わかった」
 そしてもう一度丹念に作戦を確認すると、彼らは素早く自分の配置に戻った。

 第三ゲームの開始を告げるコールに合わせて、両陣営はコートにいる選手達に声援を送る。その応援を背に受けて、神谷は一本目のサーブを打ち込む。レシーバーの大井はシュートで返すが、そのボールを一本目から小堺が飛び出してボレーを決めた。開始直後に観客席がドッと揺れる。さっきのゲームから小堺の活躍は目を見張るものがあり、第六中だけでなく周りで観戦していた他校の生徒までもが彼に注目していた。
 そして二本目、太田はレシーブを小堺にアタックしたかったところをグッとこらえて、神谷にボールを繋ぐ。相当調子づいているだろう小堺を潰さずにはいられなかったが、チームの勝利を考えれば今は個人の感情を優先させる場合ではない。ダブル後衛は何よりボールを繋いでこそ、勝利に近づくのだ。それに、この二人をねじ伏せる作戦を発動させるのが今は最優先なのである。
 太田からのレシーブを神谷はストレートにいる大井へ打ち込む。そしててっきり大井が自分にシュートで返球するものかと思いきや、ロブでクロスへ打ったのだ。これは珍しいことだと思いながらも、きっと小堺のボレーを恐れて再びロブ戦法へ切り替えてきたのだろうと考えながらも神谷はコートの右側へ走る。そしてここぞとばかりにクロス側のさらに右サイドの際どいコースを狙い撃ちした。
 その時、神谷は不思議な違和感を覚えた。神谷が打ち込んだサイド寄りのボールを太田が拾う。そして小堺の頭を超えてストレート展開に戻した。自分が感じた違和感に気付かず、奥歯に物が挟まった気分を抱えつつも神谷は再びコートの左側へ走る。こちらのコースはフォアハンドで回りこまなくてはいけなくなるため、際どいコースを攻める打ち方は出来ないがせめて大井に返球しようと考えて、神谷はやっとその違和感に気付いた。さっき自分は「大井」に向けて打ったはずだ。なのに何故、返球してきたのは「太田」だったのだ? すると視界の隅に、コートの中を誰かが移動する姿が映った。そのありえない光景に驚くと同時に、ネット前にいる小堺が叫ぶ。
「気をつけろ、正樹! この人達、入れ替わっているぞ!」
 驚愕して混乱状態になった神谷はフォアハンドに回り込まずにバックハンドで返す。その緩やかに落ちてきたボールを、太田が小堺のサイドを抜いて得点した。

「えっ! なんだったの今の? なんであの子達、わざわざ入れ替わったの? わかんない! さっぱりわかんない! 誰か教えて! ねぇ!」
 混乱したのは本人達だけではなく、ベンチにいる安西や観客席にいるチームメイト達も同じだったらしい。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながらも必死に頭を回そうとしているが、さっぱり状況が掴めないらしい。だがその中で、チームの参謀役である宗方だけが、誰よりも早く真意に気付いた。
「ボールがどちらか一方に集中するのを拡散させるためだと考えられます。今の場合だと神谷君は確実にあの大井氏を集中攻撃していました。結局ダブル後衛と対峙した時にはどちらか一方だけ攻めれば『一人対二人』という構図を作れます。負けてしまった我々が言えた立場ではありませんが、太田氏よりは大井氏の方が若干実力が劣ります。なのでその致命的な弱点を克服するために彼らが編み出した秘策なのかと」
 宗方の説明に一同感嘆の声を上げる。
「だとしても随分と荒業で克服するもんだね。そんなことをしなくても大井さんがもっと練習して強くなればいいだけのような気もするけど」
 ずれた眼鏡を直しながら呟く丸藤に、宗方は首を振って答える。
「きっと苦肉の策だったんだろうよ。彼らはこの地区総体で負ければ個人戦は引退だ。それまで大井氏の実力が間に合わなかったのでは? それに荒業かもしれないが、見たまえ。我らが一番手ペアには効果絶大だったらしいぞ」
 全員一斉にコート内にいる二人へ視線を戻す。一体何が起こったのか未だパニックになっている神谷。きっと宗方のように傍から冷静に観戦していれば彼らの作戦の意図が掴めただろうが、緊迫状態の試合の真っ最中ともなれば、そこまで分析出来るにはもう少し時間がかかるだろう。兎にも角にも神谷は無理矢理平静を装いながらも試合を続行しなければならなかった。
 結局、神谷達は第六中ペアの虚を突いた戦法に見事嵌ってしまい、この第三ゲームは落としてしまった。

 チェンジコートで自チーム陣営に戻ってきた神谷と小堺は、素早く宗方から相手の策をかいつまんで説明を受けた。しかしいくらチームのブレイン役といっても気が利いた対策方法など思いつかなかったらしく、第七中サイドは頭を抱えるばかりだった。適度な水分補給を終え、第四ゲームを始めるべくポジションに着く神谷の表情は暗い。打開案が見つからなく困り果てているのだろう。と、そこへいつになく真剣な顔で小堺が神谷にすり寄る。
「正樹、ここは一つ頼みがある。俺を信じてくれないか?」
 要点がつかめず首を傾げる神谷。
「朔太郎、どういうことだ?」
「めちゃくちゃ穴がでかくなるし、ミスもするかもしれない。でも俺がやるしかないと思うんだ」
「だから何の事だかサッパリ分からん。分かるように説明してくれ」
「あのな、ゴニョゴニョ」
 わざわざ神谷に耳打ちをする小堺を見て安西が肩を落とす。
「あの子ったら。こんな場面で何をイチャイチャしているのかしら」
 話を聞き終えた神谷はしばらく考え込むと、力強く頷く。そしてそれを合図に小堺は大声を張り上げてネット前のポジションに着いた。チームメイトが不安に見守る中、第四ゲームが始まった。

 大井のサーブから始まる第四ゲーム。ゲームカウントを2-1とリードした第六中ペアは流れが自分達に向いているからか、若干表情に余裕が見られる。この三回戦からは7ゲームマッチになるので4ゲーム先取した方が勝ちとなる。先ほどサーブ権先攻でゲームポイントを獲得した大井達は、さらにゲームポイントを取りやすいここで3-1と優位に立ちたいのだろう。気合の入った大井のサーブをタイミングを合わせて本人に返球する神谷。大井は待ってましたとばかりに小堺をロブで越そうとする。先ほど同様に入れ替え作戦で神谷を翻弄するつもりなのだろう。
 ロブと同時に走り出した大井と太田だったが、その時に目に映った小堺の姿に慌てて足を止めた。
 大井が放ったロブに合わせて後方へ素早く足を引く小堺の肩には既にラケットが構えられている。まさかと思った矢先に小堺のラケットが縦回転の起動を描いて旋回した。
「食らいやがれっ!」
 ボールが弾かれた瞬間にフォロー体勢に入る大井と太田だったが、それよりも早く小堺のスマッシュはコートを強かに打ちつけて二人の背後へと消えていった。
 突然のスマッシュに観客席は歓声を上げるよりも、何が起きたのかと目をパチクリしていた。なので一拍遅れて湧き上がった声援を背後に、神谷と小堺は次のポジションへすかさず移動する。
 小堺の背丈から見て絶対にスマッシュは追えないだろうと高を括っていた大井と太田が一番驚いた。だが奇跡は二度も起きないだろうと楽観視した二本目、神谷を振り回そうと放ったロブをまたもやスマッシュで打ち落とされたのである。
 これにはさすがに落ち着きを失った二人だったが、すぐ後ろから飛んできた八幡の怒号で気付いた。
「馬鹿野郎! あの前衛のポジションをじっくりと見てからロブを打て! サービスラインまで下がっていたぞ!」
 それを聞いてやっと彼らは合点が入った。小堺のポジションに違和感をかんじていたと思ったら、そういうことだったらしい。普通ならネット前に張り付いてこその前衛だが、小堺はスマッシュを打つためだけに、わざとポジションを後ろに取っていたのだ。そうと分かれば逆にチャンスを広げてくれたようなもの。大井と太田は鼻白むような笑みを浮かべると、何も言わずに頷きあった。
 ボールカウントは2-0と連続でポイントを先取したのはいいが、続いては脅威ともいえる太田のサーブをレシーブしなければいけない。しかし神谷と小堺だってそう何度もサービスエースを取らせるわけにもいかない。剛速球には変わりないが、目とタイミングさえ追いつけば拾えないことはないのだ。神谷はどうにか太田にレシーブを返す。そして太田は小堺のポジションを確認すると、コンパクトに構える。相手もそれほど馬鹿ではないらしく、今は大人しくネット前に張り付いているようだ。それならばと太田はロブで小堺の頭を越すと、素早く大井とポジションを入れ替わった。どちらに打つべきか若干躊躇う様子を見せながらも、神谷は大井が走った方向へ打ち返す。ただし一瞬向こうコートを見たためにシュートを打つ余裕はなく、ごく平凡なボールしか打てなかった。大井はラケットを構える前に小堺の姿を捉える。そしてニヤリと口元を歪めると大きく振りかぶり、サービスラインまで下がっていると確認した小堺の真正面にシュートボールを打ちつけた。
 ノーバウンドの剛速球をどうにか打ち返そうと構えた小堺だったが、ラケットを弾いたボールはそのまま在らぬ方向へと飛んでいきアウトする。当然といえば当然の結果に、第六中サイドは嘲笑を含んだ歓声を上げた。
 ボレーというものは通常、ネット前に張り付いてこそ効果を発揮する。ネットと同じ高さに掲げたラケットを一つの壁として作ることで、打球を弾き落とせるのだ。そう、ボレーは叩くでもなく、打つでもなく、「弾き落す」ことで価値が生まれるのである。
 ではそれがネットから離れた位置でボレーをするとどうなるか? 単純な話、相手コートへ入る前にボールは自分のコートへ落ちて終わるだろう。だから前衛はどれだけ自分の頭上を通過するロブをスマッシュで叩き落したくても、ネット前に張り付いていなければいけない。
 しかし、ネットから離れた位置でもボレーを決める技がある。それが「ローボレー」だ。ローボレーはネットから離れた位置でもボールをノーバウンドで決めるテクニックで、決めの打球というよりは繋ぎの打球で使用される場合が多い。しかも技術的にかなり高等なテクニックを要求される技で、並大抵の中学生がおいそれと使えるものではなかった。使いたくても使えない、むしろ使うほどリスクを生むローボレー。そんな誰もが考えなくても分かりそうなローボレーを、小堺は選んだのだ。

「中間ポジション?」
 丸藤の解説を聞いていた三人と、フェンス越しの安西が同時に聞き返す。
「そう。前衛がサービスエリア近くにポジションを取るのを中間ポジションっていうんだ。ちょうど今の小堺が立っている位置がそうかな。あそこにいるとスマッシュが追いやすいけど、その分ネット前が疎かになるし狙われやすくなる。かなり上位の練達な選手なら出来るけど、僕ら中学生レベルがこなせる代物じゃないよ」
「なるほど~。僕も真似すればたくさんスマッシュを狙えるかも! って思っちゃったけど、あそこに立ってボールが飛んできたら、どう対処すればいいかわからないもんね」
 自身の強力な武器であるスマッシュを有効活用出来るチャンスだと思った吉川だが、すぐにその選択肢は破棄したらしい。
「吉川君でも考えれば分かりそうなものなのに、小堺君はそれを今実行してるんでしょ? まさかそこまでお馬鹿なわけじゃないだろうけど……大丈夫なのかしら」
「狂気の沙汰としか思えんな」
 明らかに無茶だと言わんばかりに嘆く安西と宗方を横目に見ながら、高田がやや怒気を含んだ声で言った。
「お前ら、それを本気で言ってるんじゃねぇだろうな? いくら小堺が馬鹿でも伊達や酔狂で中間ポジションに挑むわけがねぇだろ。あいつはあいつなりの可能性があってやってるんだ。あいつが出来るんなら、出来るんだろ。まずは信じて応援をしようぜ」
 そして大きな声で声援を送る高田。周りのメンバーも気後れしながら、高田に続いて応援を始めた。決して小堺を信じていなかったわけではなかった。ただ、見るからにリスクが高い方法を選んだ小堺に不安を感じずにはいられなかったのである。

「ごめん。やっぱりいきなりだったから失敗しちゃったぜ。次は決まるから!」
 近付いてきた神谷に弁明をする小堺。責めるつもりで来たのではないが、小堺が気にしているところを見ると、本人にとっても相当博打な手段らしい。神谷はそんなペアを労わるように気合をかけた。
「俺は始めからお前がやることには全面的に信頼している。どんな結果になろうとも気にせずに続けてくれ」
 その一言で小堺の顔が途端にパァッと輝く。そしていつもの満面の笑みになると、首を縦にブンブンと振った。
「おうよっ! 頑張るぜ!」

 ボールカウントは2-1。以前リードしているものの、今のミスが第七中サイドに暗い影を落としていた。太田が放つサーブを小堺が返す。もとよりテニスのプレーセンスは神谷よりも高い小堺は既に太田のサーブをしっかりと見極める術を習得していた。ミドルに返球したボールをサーバーだった太田がそのままストレートにいる神谷へシュートボールを打ち込む。神谷がそのボールを右サイドにいる大井へ打ち込むと、小堺は後ずさり中間ポジションに立った。大井はその小堺の位置を把握すると、心の中で舌打ちをしながらラケットを大きく構える。
(なめやがって、一年坊主が。お前、そこのポジションにいて俺のシュートが取れると思ってるのか、よっ!)
 めいっぱいラケットを振りぬいたと同時に、小堺はグッと膝を屈伸させるとラケットを手前に掲げ全神経を集中させる。足のつま先から指先の一本一本まで神経が行き届く感覚に、小堺は周りの雑音がスッと遠のいていくのを感じた。目の前にあるのはコマ送りのようにこちらへ飛んでくるボールと自分の体だけ。ボールの軌道に合わせて体を捌き、ラケットの面を調整してボールを当てる。そしてボールがラケットから離れていったと思った瞬間、スローモーションだった時が動き出した。
 ボールはそのまま左サイドの浅い部分に落ち、慌ててフォローに走った太田が無理矢理ラケットを前に突き出したが、五十センチの間隔を空けて二度目のバウンドをする。それと同時に、観客席から大きな歓呼の声が上がった。
「すっげー! 小堺マジですげーっ!」
「あの男! 本気でローボレーを決めたぞ!」
 興奮して手を取り合いながら口々に小堺に賞賛を送るチームメイト達。安西もベンチの上で足をバタバタさせながら瞳を輝かせていた。素人の安西が見ても鮮やかなローボレーだった。
「凄いわ小堺君! もう先生、怒られちゃってもいい! 小堺くーんっ! ナイスボールよーっ!」
 歓喜しながら手をパチパチと叩く安西の姿に、神谷と小堺は笑いながら手を挙げて応える。そして早々にポジションに着くと、悔しそうに眺めている第六中ペアに進行を促した。
 小堺のローボレーをまぐれだと決め付けた第六中は、もう一度中間ポジションをとる小堺へシュートボールをお見舞いしたが、一度感覚を確かめた小堺に恐いものはなく、その打球を易々と返してポイントを決めた。
 これでゲームカウントは2-2と、一時は絶望的と思われたが第七中がなんとか追い着いた。

 第五ゲームを観客席から観戦する第四中の黒田と角野。第1コートでの次の試合が自分達なのと、ここで勝ったチームが自分達の準々決勝の相手ということもあり、ウォームアップもそこそこに試合の行く末も見守っていた。
「ここにきてローボレーとは恐れ入ったな。公式戦で、しかも地区総体レベルで中間ポジションをとる前衛なんて初めて見たぜ。よく考えた、というよりはよく出来たというべきか」
 隣で感想を述べている黒田に相槌を打つでもなく、頬杖をついて面白くなさそうにコートを見下ろしている角野。もっとも黒田は角野からなんの反応がなくても大して気にしない。
「こないだまで小学生だった分際がローボレーの練習なんてしてたとは思えねぇ。あいつ、感覚だけで打ってやがる。才能ってやつか? ムカつくぜ」
 珍しく僻みめいたことをいう角野が可笑しかったのか、黒田は話しに乗る。
「だったとしても俺のシュートがあの前衛に取られると思うか? あれは大井と太田のストロークがヘボだから決められているだけだ。それに俺ならあんな前衛の真正面に返すなんて芸のない真似はしない」
「はっ。団体戦の時にその一年坊主からポンポンとボレーを決められていた奴がよく言うぜ。足を引っ張られているこっちの身にもなってみやがれってんだ」
 憎まれ口で返す角野に、黒田は薮蛇だったかと口を噤んだ。この二人、お互いに嫌い合っているというよりは角野が一方的に黒田を遠ざけている、といった方が適切だろうか。それ故に黒田も辟易としてしまっているのだ。

 第1コートではローボレーとスマッシュを駆使する小堺とそれを支える神谷、変則入れ替えポジションで対抗する大井と太田のガチンコ勝負が繰り広げられていた。互いのチームを声の限りに応援する両陣営に鼓舞されるように勢いを増す選手達。一本一本に気合が込められた打球がコート内を行き交う。実力は均衡のように思われるほど熾烈な展開だったが、僅かな差が得点板の上に現れ始めていた。
 第六ゲームの中盤に差し掛かった頃、それまで口を閉ざしていた角野が鼻を鳴らすと言った。
「準々決勝の相手、決まったな」
 気は合わないが意見は合うようだと内心感じながら黒田も答える。
「あぁ、もう見なくてもわかる」
 ちょうどそう言った時、コートではまたもや小堺がスマッシュを決めた。この試合だけであの小さな少年は一体いくつ得点を重ねたのだろうか。相手が弱いからか? それともあの少年のポテンシャルが高いからか? そんなことを考えながら、黒田はおもむろに立ち上がると屈伸をする。
「少しアップをしておく。お前はどうする?」
「……行かね」
 頬杖をついたままつまらなそうに言い捨てる相方を横目に、黒田は席を離れた。随分熱心に観戦しているなと思いながらもその横顔がいつになく楽しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 それから試合が終了し、最後の礼を交わした選手達。そして審判からスコア表を渡された神谷と小堺は、第七中サイドへと戻っていく。そんな彼らをチームメイト達は惜しみない拍手で迎えた。
「やったね! みやちゃん、さくちゃん! これでベスト八だよ!」
「大したもんだぜ! 本当に勝っちまったんだからな!」
「これで君達も県大会出場出来たわけだ! 多少はお爺ちゃんに報告できるな!」
「次は念願の黒田さん達だね。さっき君達の試合を観戦してたよ」
 結局、それから1ゲームも落とさずに神谷達は2ゲーム連続でポイントを奪取し、第六中二番手ペアを下した。三年生の実力者相手に勝った一年生ペアに、周りで観戦していた他校の生徒も一気に注目を集める。ジュニアからの経験者に神谷と小堺を知っているものへ出来るだけ情報を仕入れようと躍起になっている輩も見受けられるほどだ。
「そういえば今、コートに入る時に第四中ペアの人から何も言われなかった?」
 ちょうど入れ違いでコートに入っていった黒田と角野に会った彼らを心配して、丸藤が尋ねる。昨日の団体戦で試合終了直前に角野からイヤミを言われたことを聞いていたし、彼らの試合は欠かさずに観ていた第四中ペアを丸藤は警戒していた。ただでさえ一年生にとって他校の三年生は畏怖の対象なのである。
「別に何も言われなかった」
「てか、目も合わせてくれなかったよな?」
 思いの他、淡白な反応に丸藤はホッと安堵の溜息を漏らす。しかし、たった今第四中と接触をしたときにいざこざがあったのは、選手ではなく顧問の安西の方だったのである。

 事務所にスコア表を提出しなければいけない神谷と小堺を先に行かせた安西は、彼らの荷物をまとめると観客席に戻ろうとしていた。するとそこへ、第四中の顧問である佐々木が選手を従えて現れたのである。
「おめでとうございます、安西先生。これでベスト八ですね」
 朗らかな笑顔を浮かべて讃える佐々木を前に、安西は苦笑いで返す。
「ありがとうございます。次に彼らが勝てば、すぐにうちと対戦なんですよね?」
 恐る恐る尋ねる安西に、佐々木は急に瞳を輝かせ始めた。
「そうです! とうとう待ちに待った我々の対戦が始まるんですよ!」
 その尋常ならぬ様子に安西は恐怖を覚え二、三歩たじろぐ。
「ハハハ、そうですね(何よこの人! 我々の対戦って闘うのは生徒達じゃない! 一体何をそんなに楽しみにしているのよ! もしかして、内心ではよっぽど私を恨んでいる? それで賭けに勝ったら相当ひどいことをさせられるんだわ!)」
 全く負ける気がしていない佐々木を腹立たしくも思ったが、それより何より段々と自分の身が心配になってきた。
「あ、あの……佐々木先生。その、賭けなんですけど、やっぱり止めにしません? なんだか一生懸命闘っている選手達に悪いですし、それにいい大人になって賭けだなんて……」
 すると佐々木は顔を紅潮させると安西に一歩詰め寄った。条件反射的に安西はそれよりも四歩も後ずさる。
「何を言っているんですか! そもそもあなたから言い出した話でしょ! きちんと責任を果たして頂かなくては困ります!」
 その剣幕に安西は今すぐにでも泣きたい気分になってしまった。
「は、はい! わかりました!(この人よっぽど怒ってるわ! やばい! 私、かなりやばい! 絶対に何かやらされる!)」
 てっきり冷静沈着で爽やかな男性とばかり思っていた安西は、『智将』と呼ばれる佐々木の本当の本性を垣間見たような気分だった。これは何としてでも神谷と小堺に勝ってもらわなくてはならない。もちろん生徒達自身の為に、ひいては自分の身の安全のために。

更新日 5月14日

「それにしてもさくちゃん、あんなに上手いだなんて本当にビックリしたよ。どうやったらあんなにポンポンとボレーが出来たりスマッシュが決められたりするのかな」
 観客席では勝利した一番手を囲んで第七中メンバーが口々に今の試合について語っていた。その中でも吉川は特に興奮した様子で小堺に話しかけている。自身が前衛ということもあり、小堺のプレーに自分の理想形を見出したのだろう。
「次の試合もお前、中間ポジションにいた方がいいんじゃねぇの? スマッシュも狙いたい放題、ローボレーも決めたい放題で良い事尽くめじゃねぇか」
 そんな安易な発想に部長である宗方がぴしゃりと釘を刺す。
「あれはダブル後衛相手だから効果的だった戦法である。それに第四中の黒田氏の球威はあの第六中ペアと桁違いだからね。小堺君と言えどもそう易々とローボレーは取れないだろう。そのくらい頭を回したまえ、不良少年」
 宗方の言い方が気に入らなかった高田は目を怒らせて胸倉を掴もうとするが、すぐに兄から脳天に拳骨を喰らうと大人しく黙った。
「小堺君、小学校の時よりも格段に上達しているように見えた。それにローボレーなんて練習でもやってるの見た事なかったよ。いつの間に習得していたのか驚いた」
 眼鏡をたくし上げながら尋ねた丸藤に、小堺は汗を拭きながら笑顔で答える。
「ローボレーなんて見よう見真似だよ。なんとなくポーンって返したら出来たってだけ」
「で、でもそれを本当に出来るだなんて、小堺君はプレーセンスがずば抜けているからね。天性の素質ってやつかな、うらやましいくらいだよ」
 本当にうらめしそうに見つめる丸藤へ、小堺はしばらく考えると首を振った。
「俺だってあれだけ上手くやれるとは思わなかったぜ? でもさ、正樹が信頼してくれているって考えると、何でも出来ちゃいそうな気になってくるんだよな。愛の力ってやつか?」
 その一言に全員の表情が凍りつく。時々小堺はなんとなく気まずくなるような発言をするときがあるが、それが冗談なのか本気なのか、チームメイトは判断しかねる事がある。なんだか突っ込むのも悪い気がして言葉を濁す中、あえて宗方は躊躇しながらも話を拾った。
「お、おーい神谷君。こんなことを言われているが、君はどうなんだい? 愛の力ってやつなのかーい?」
 だが神谷は何の反応も示さない。小堺の冗談話(?)を毎度飽き飽きしているのか聞かない振りをする神谷だが、どうも様子が違うようだ。
「おい、神谷。お前、聞こえてるのか?」
 頭にタオルを被せてうなだれていた神谷は、高田の声にようやく気がついたのか顔を上げる。だがその表情は精気に乏しかった。
「みやちゃん……大丈夫?」
「今の試合でだいぶ体力を消耗したんじゃないか?」
 実際に今の試合で、神谷は相手がダブル後衛ということもあったからか、コート内で相当振り回された。更に小学生の頃には味わった事がない強烈なストロークの応酬に、思いの他体力は奪われてしまったらしい。
 心配するチームメイト達に神谷は何か安心させるような言葉でも掛けようとしたが、上手く声が出ない。疲労はあらゆる器官にもダメージを与えていたようだ。
「でもさ! 正樹は体力ないけどその分回復するのも早いしな! この試合をやっている間にスタミナも戻ってくるさ!」
 ペアを気遣ってか小堺も励ます。そんな相方に神谷もグッと唾を飲み込んで何とか答えた。
「次の試合くらいはフルで動けると思う……」
「おうっ! 頼んだぜ!」
 本人の一言に全員胸を撫で下ろしたが、どうにも不安は解消されない。せめて少しでも試合が長引いてくれれば神谷の体力が回復する間を与えてくれる、と祈りながら観戦していたが、残念なことに第四中一番手ペアはあっさりとゲームカウント4-0で試合を終了させた。相手も第一中の二番手と決して弱い相手ではないはずだが、王者としての貫禄をまざまざと見せ付けられた、そんな内容の試合に第七中サイドは慄くばかりだった。




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08:33  |  なんしきっ!  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

●No title

小堺君、大活躍ですね~!
神谷君…大丈夫?
次の試合が楽しみですね♪
夢 | 2010年05月14日(金) 15:50 | URL | コメント編集

●No title

>>夢さん
次が最後の試合ですからね。
二人の結末や如何に!?
要人(かなめびと) | 2010年05月16日(日) 06:31 | URL | コメント編集

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