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2010'04.22 (Thu)

個人戦二回戦 丸藤・宗方VSダブル後衛

 高田と吉川がテニス競技場に戻ってくると、丸藤と宗方が競技場内の空きスペースで準備運動を開始していた。
「お、戻ってきたな。不良少年よ」
「おかえり。高田君、吉川君」
 お互い同じような動きで肩の関節を伸ばしながら、二番手ペアは二人を出迎えた。
「誰が不良少年だって、こらぁ? ところでお前ら、そろそろ第二試合かよ」
「うん、次の次の試合。一つ前の試合になったら神谷君が教えてくれるって」
 ちょうどそう言ったと同時に、神谷が観客席からひょっこりと顔を出した。
「丸男、誠司、終わったぞ。あ、竜輝戻ってきたな。お兄さんが怒っていたぞ。勝手にいなくなりやがって、って」
 神谷は無表情のままそう伝えると後ろの観客席の方を親指で差す。
「げ、兄ちゃんまだいるのかよ。もう帰ってもいいんじゃねぇか?」
 露骨に嫌そうな顔をする高田だが、神谷は小さく首を横に振る。
「それは困る。只でさえうちは選手層が薄いんだ。二回戦にもなれば各校、応援にも熱が入ってくる。だから味方は一人でも多い方が良い」
 実際に二回戦だと、一回戦で敗退した半数以上の選手も応援に回ることになるので、観客席は空きが少なくなる。なので高田兄は相手校の応援を萎縮させるという、第七中にとってはスーパーアイテム的存在がいなくては困るのだ。
「でも実際に考えて凄いよね。僕達、全員一年生なのに三ペア中二ペアも二回戦に残っているなんて」
 丁寧に肩の関節をストレッチしながら器用に眼鏡をたくし上げる丸藤に、ペアの宗方が「基本スペックが違うのだよ、我々は」と答えた。そんな問答をする二人を少し羨ましそうに見つめながら、高田が口を開く。
「ところでお前ら、次の相手ってどことだよ?」
「次はね、第六中の二番手だった」
「三年生ペアなんだが、特筆すべきはダブル後衛というところか」
 丸藤達の次の相手は、顧問長の八幡が率いる第六中の二番手。番手が上のペアなのにダブル後衛という少し珍しい組み合わせだ。
「なんだ、ダブル後衛ってことはどっちとも後ろにいるってことか?」
「そういうことだ。丸男、相当ストロークに自信があるペアだけど、大丈夫か?」
 無表情ながらも相手を気遣うように尋ねた神谷に、丸藤は渋い顔をしたまま「丸藤です……」と返しただけだった。そのあまり自信なさげな様子に、宗方が替わって声を張り上げる。
「相手がダブル後衛だとしても臆することはない。それよりも神谷君、キミの方こそ心配したまえ! このまま進めば第三回戦で我々は対戦することになるのだぞ! 練習では負け続けているが、試合では風向きが変わることもあるからね。覚悟していたまえ!」
 相変わらずのビッグマウスに一同苦笑いを浮かべたが、宗方が言うと本当のことになりそうなので不思議だ。神谷は宗方の話に乗って
「じゃあ俺達も絶対負けられないな。三回戦で会うことを楽しみにしているよ。とにかく次の試合も終わりそうだから、観客席で準備しておけ」
 と言って片手を挙げて応える。観客席に戻る神谷の背中を追いかけて高田と吉川も進んでいく。宗方もみんなの後についていこうとしたが、相方の丸藤が立ち止まっていることに気付き足を止めた。
「どうしたのかね、丸男君? 何か不安でも?」
 不安かどうか尋ねられてば、もちろん全くないわけではないが、丸藤の不安要素ももっと別のところにあった。
「う、うん。ダブル後衛か、と思ってね。僕、あんまり対戦経験がないからどうなんだろ、って」
 心配そうに俯く相方の顔を見て、宗方は大きく鼻息を吐き出すと丸藤の背中を叩く。
「無問題! さっき話したように作戦通りにやれば、いくら格上と云えど勝機は見えてくる。安心したまえ!」
 堂々と宣言する宗方を見て、どこからそんな自信が湧いてくるのか疑問にも思ったが、彼がそう言うのだから自分も信じて着いていくだけだと、丸藤は大きく頷いた。
「そ、そうだね。うん、頑張ろう! 宗方君!」
「うむ! 大船に乗ったつもりでいたまえ!」
 顔を見合わせてもう一度大きく頷くと、二人は仲間の待つ観客席に向かって走り出した。

 第六中二番手のダブル後衛、大井と太田は非常に大人しく粘り強い性格な二人で、まさにダブル後衛向きの選手だ。最初はお互い別の前衛と普通の雁行型で組んでいたが、どうもしっくりこないようで、顧問の八幡の提案で去年の夏からダブル後衛として組ませてみたら思いの他相性が良く、以来そのままペアでいる。今時珍しい根性論でギャンギャンと叱りつけるため生徒達からは評判の悪い八幡だったが、唯一第六中部員みんなが太鼓判を押すほどのナイス采配といえば、大井&太田ペアだと言われている。
「なぁ、丸男君。彼らは……双子か?」
 試合前の挨拶を終えた後、宗方は丸藤に身を寄せて尋ねた。
「いや、苗字からするに他人だろうけど。……うん、僕も言いたいことが分かるよ」
同じような背丈に同じような髪型、そして身に纏っている雰囲気もどことなくそっくりな第六中二番手ペア。昨日の決勝戦で第四中と対戦していた様子を観戦していたので大井&太田ペアを見るのは初対面ではないが、こうして間近に見ると本当に双子のようだった。策略をめぐらすのが大好きな宗方は、これも作戦の一つかと勘繰ってしまうくらいだ。
「ところで宗方君、今回の作戦はどうするの?」
 そんな策略家の宗方に指示を仰ぐ丸藤。このペアはゲーム展開を全面的に宗方が企てることになっている。確実に経験が長いはずの丸藤がソフトテニスは素人の宗方に全権を委ねるというのは、決して彼がゲームメイクは不得手だからではない。鋭い洞察力と巧みに策を弄する宗方を全面的に信用しているからだし、思わぬ着眼点で活路を見出す可能性に賭けているからだ。だが、そんなチームの参謀は険しい顔のまま珍しく歯切れ悪い言い方で話し出した。
「うむ、まぁ、あれだよ。先日の決勝戦を見ていて色々考えたんだがね、なんていうか……。とりあえずは君に頼るしかなさそうだ。本来ならダブル後衛相手だとキーマンは前衛ということになるんだが。その、僕は、あれだ……」
 そこで息をグッと飲み込んだ宗方は、苦虫を噛み潰したような渋い顔をして一気に言葉を吐き出す。
「僕は作戦を考えることはいくらでも出来るけど技術が及ばないのでね。かえって下手に手を出して失点を重ねるよりは、丸男君から粘り強く繋いでもらって相手のミスを期待するしかない」
 非常に言いづらいことだし、自尊心の塊のような宗方にとっては面目丸つぶれだろう。しかし自らチームの参謀と謳っている彼は、事実を在りのまま掲示しなければならないのだ。見栄や沽券で策略を濁すほど愚かなことは、彼の自尊心が最も許さないのだ。
 丸藤はすまない気持ちになった。プライドの高い宗方がそこまで素直に報告したのは、まぎれもなく飽くなき勝利への意志だった。ならば、ペアとして彼の期待に応えなくてはいけない。
「わかった。僕も出来るところまでやってみるよ。もしもの時はフォロー任せたよ」
 そう言って丸藤は手をかざす。すると宗方もやっと笑顔を見せてその手にタッチする。相変わらずふてぶてしく見える笑顔だが、ペアには常にこうであって欲しいと思う丸藤だった。

「なぁんか、退屈な試合になりそうだぞ~」
 大きく伸びをしながらつまらなそうに呟く小堺へ、隣に座った神谷がたしなめる。
「朔太郎、そんな事を言うな」
 だが小堺は態度を変える事無く今度は欠伸混じりに言った。
「だってよ、正樹。昨日の決勝戦で見てたけどさ、あのダブル後衛はかなり安定しているぜ。加えてうちの丸男だって相当ミスらないから、なかなか決着つかないだろうな」
 神谷もそういった状況を想定済みなのか、すぐにコクリと頷いた。さっきは宗方達に三回戦で待っていろと言ったが、どうしても実力的に考えて第六中に分があり過ぎる。
「ねぇ、神谷君。あなただったらこの対戦相手とどう戦うの?」
 フェンスを挟んだベンチから声を掛ける安西。すると神谷はまたもや考え込む素振りもなく「精度を上げます」と答える。
「ダブル後衛相手なら前に障害がいない分、好きなところに打てますから。相手の嫌がるところ、つまり足元やバック側など際どいコースで攻めていけばいずれ音を上げてくれるでしょう。ただし僕に出来ることはそこまで。後は朔太郎に全てを任せます」
 名前を呼ばれた小堺は、満面の笑みを浮かべると神谷にべったりとくっつく。お天道様は真上に昇りだいぶ蒸し暑くなってきたのに払いのけようとしない神谷を妙な目で眺めながら、安西は「なるほど。つまりポイントを決めるのはどうしても前衛ってことね」と今の話を聞いて感想を述べた。本人も言っていたように、ダブル後衛との対戦のキーマンは前衛である。後衛同士の打ち合いでポイントを決めることは難しく、殆ど根競べになるのだ。
「だったら尚更、宗方君には頑張ってもらわなくちゃ。なんとしてでもここを勝って、次は神谷君達に当たってもらいたいものだわ」
「先生、なんで僕達と丸男達が戦って欲しいんですか?」
 顧問として自分の選手の勝利を願うのはおかしくないが、生徒同士が当たるのを希望するのは妙だと感じた神谷は安西に尋ねた。
「べ、別に。ただ少しでも多く丸男君と宗方君には勝って欲しいな、って思っただけよ。気にしない、気にしない……」
 まさか佐々木との賭けがあるために少しでも簡単な相手と神谷達が当たって欲しいだなんて、教師としては口が裂けても言えなかった。
 そうこうしているうちに、いつの間にかコートでは試合開始の合図が告げられていた。

 第六中がサーブ権先攻で始まった第一球目、なかなかスピードが乗った大井のファーストサーブだったが、丸藤はこれを丁寧にレシーブで返す。丸藤のレシーブを宗方の頭を越えるロブで返ってきたボールを、丸藤は次に太田へ向けて打った。すると太田はまたもや前衛オーバーのロブで返す。丸藤の案としては、まず後ろにいる二人に交互に打たせて実力を肌で感じようとしたが、一方の第六中は徹底して丸藤を左右に振り回す気だった。十八番というかそれしか打てない丸藤同様に、大井と太田もロブでひたすら宗方の頭上を抜く。コート内は一本目から張りのない打球音がいつまでも続くという、些か緊迫感がない展開になった。ラリーというよりも丸藤と大井と太田の三人でのんびり乱打をしているような、そんな雰囲気すら漂っていて、観戦している方もあくびを噛み殺すのに必死だった。
 それでもロブ同士の打ち合いだがいつしか終わりは訪れる。数分続いたラリーだったが、大井が打つする瞬間にこの地域独特の急なつむじ風に見舞われてボールのバランスを崩してしまい、ミスショットをしてしまった。ボールがコートのサイドにアウトをした後に、第七中サイドから思い出したかのような歓声が湧く。小堺が予想したとおりの退屈な試合展開に、一同試合だということを忘れていたようだった。やっとゲームが進展したことにホッと胸を撫で下ろすチームメイト。だが、観客席は弛緩しているかもしれないがコート内にいる二人には着実に変化が現れ始めていた。
 続いて大井のサーブを受けた宗方だったが、やはりまだ速いサーブには対処しきれずに敢え無くレシーブミスをしてしまい、これでポイントは振り出しに戻り1-1。
 次いで太田のサーブを丸藤がレシーブで返し、またもや例の乱打が始まったことに観客席は両チームとも声援の力を少し落とす。交互に打ち分ける丸藤に左右へ散らす大井と太田の構図は、さっきから全く変化なく続いていく。観客席で見守る生徒達は、よく飽きもせずに何分間も同じ事を繰り返されるのだと呆れながらも、その反面よくこれだけミスショットをしないなと感心していた。中学レベルのソフトテニスでは、自分でポイントを決めるのが三割、相手のミスで得点するのが七割と言われている。つまり自分から打って出ていくよりは相手のミスを誘発させる方が勝利により近付く。そして自分からミスをしないというのが必須条件になるのだ。なのでいくらロブと言えどもここまで全くミスショットをしない展開というのは在る意味、稀有な光景なのかもしれない。それだけ丸藤も第六中ペアも安定したストロークの持ち主といえるだろう。
 だが、いつしか均衡が崩れる時が来る。もう何分間打ち合っていたか思い出せないほど長い展開に終止符を打ったのは丸藤だった。例によってクロスからストレートに振り回されて返すはずだった打球が、ややドライブを薄くかけてしまったのか僅かの差でアウトしてしまった。これでボールカウントは2-1。続いて太田の放ったサーブを今度はどうに返すことが出来た宗方はすかさず前に詰める。コート内の役者が定位置に着いたことを確認したように、再び第六中は振り回しを始めた。またかと観衆がうんざりし始めたと思った矢先に、それまで安定感を誇っていた丸藤がボールをすぐにアウトしてしまった。その様子を見ていた神谷はハッとしたように立ち上がると、試合中にも関わらず駆け出した。
「おいっ、神谷! てめぇ、どこに行く気だ!」
 突然の行動に驚いた高田はその走り去る背中に声をかけたが、神谷は振り返る事無く競技場の外へ言ってしまった。一同不思議に思ったが、今はコート内の二人に注目したい。永遠に続くのかと思われた第一ゲームがマッチポイントを迎えていた。
 おそらく観客席の中でその異変に気付いたのは神谷が最初だろうが、コート内にいる宗方は当然近くにいるからか、もっと早くに気付いていた。
「丸男君、大丈夫かい?」
 マッチポイントを握られた場面でペアにかけるには似つかわしくない言葉だが、今の丸藤を目の前にしてみれば誰でもそう言うだろう。明らかに疲弊した表情に滝のように流れる汗、そして肩で息をする様子は普段の丸藤からは想像がつかない姿だった。傍から見れば単調な動作を繰り返していたように映っただろうが、丸藤はこの時間中ずっと左右に何度も走らせられていたのである。筋力はないがスタミナはあると自負している丸藤だったが、さすがに疲労は隠せなくなってきた。加えてストロークの土台ともなる下半身を集中的にやられたため、得意のロブも翳りを見せ始めたのである。
「だ……ょうぶ……から」
 負けじと劣らず額から止め処ない汗を流している宗方に心配をかけまいと言ったが、かすれた声しか喉の奥から出てこない。自分でもがっかりするほど体力を削られたらしい。悲痛そうに顔を歪める宗方だが、それ以上なにも声を掛けることが出来ず自分のポジションに戻り、頭をフル回転させる。何故もっと早く気付かなかったのかと自分を諌めながら。
 サーブは一巡して再び大井の番になる。今度は最初のようにスピードが乗ったサーブではなく、確実性を狙ったサーブを放つ大井。マッチポイントだから慎重に、というよりはまたストローク合戦に持っていってさらに丸藤の機動力を削いでおきたい、といったように感じた。どうにか気力を振り絞りボールを繋ぐ丸藤。対する大井と太田は当初から変わらず丸藤を右に左にと振り回す作業を淡々とこなしていた。
 一人で走り回る丸藤とは対象的に、大井と太田は二人で交互に打っているし、殆ど大きく位置を移動していないので体力は全く減ることがないのだ。ただ巣に掛かった獲物がもがく様を蜘蛛のようにジッと眺めているだけである。糸に絡むだけ絡まって身動きが取れなくなった獲物は朽ちるだけ、大井と太田には丸藤がそんな風に映ったのだろう。
 左右に往復運動を繰り返させられた丸藤は、遂に疲労の蓄積が重なりすぎたのか、ボールを追いかける途中に足がもつれてしまいそのまま転倒してしまった。悲鳴を上げる第七中サイドを嘲笑うかのように転がっていくボール。丸藤はゲームポイントと一緒に、自身の要となる機動力を失ってしまった。

 丸藤が転んだのと同時に、どこかに行っていた神谷が手にスポーツドリンクを持って戻ってきた。どうやら大量の汗を掻いている丸藤に気付き、水分補給用にと買ってきたらしい。
「先生、これを二人に」
 そう言ってフェンスの上から安西に投げて寄越す神谷。だが運動神経が悪い安西は一つは手でキャッチ出来たが、もう一つは脳天でキャッチしてしまい、もんどり打った。
「美和ちゃん! コントしてなくていいから早く丸男に!」
 宗方の肩を借りてベンチに戻ってくる丸藤。その表情は苦痛に歪んでいる。
「丸藤君、はいコレ! 神谷君から! それと足は大丈夫? 痛くない?」
 ラケットを受け取る替わりにその手へスポーツドリンクを握らせ、ベンチに座らせる心配そうにする安西に、丸藤は肩で息をしながらゆっくりと答える。
「少し……すりむいた、だけで……す」
 どうやら骨に異常はないようだが、その疲労困憊とした姿にチームメイトは何と声をかければ良いか分からなかった。とにかく僅かな時間でも丸藤に休息を取らせるしかない。だがその後はどうする? これからのゲームでどうやって活路を見出せばいいのだろうか? 神谷と小堺にはその打開策に気付いていたが、それは彼らだから出来る事だった。
 つまり、丸藤と宗方では力不足なのである。参謀である宗方もその事には気付いていた。だが、自分の実力が明らかに劣っていることを自分が一番良く知っている彼は、ただ悔しそうに唇を噛み締めるしかなかった。
 一ゲーム目を先取した大井と太田を荘厳というよりは横柄な態度で出迎える顧問の八幡。ベンチに足を組んで座り、両腕を背もたれに投げ出している姿は、あまり教育者として適切とは思えない。だが、第六中の生徒はそんな八幡には既に慣れっこになっている。
「よし、作戦通りあの一年坊はもう打って出てこれないだろう。だからと言ってお前ら、絶対に油断するんじゃない! なんだ大井、あの一本目のミスショットは!」
 叱責される大井も、する八幡も大したミスではないと心の底では思っている。だがこれは八幡特有の指導ということに生徒も気付いているので、あえて反発しても仕方がないと感じているのだ。八幡は技術どうこうよりも、とにかく根性論。生徒に気合を与え、精神を屈強に構えることが勝利に結びついてくると考えているのだ。ライバルである第四中の智将・佐々木とは正反対の指導方法なので、この二人が反発しあうのはごく自然なことなのである。

 役一分間というベンチコーチングの時間はあっという間に終わる。ましてや進行が遅い中学ソフトテニスの試合ならば少しでも時間短縮を図るのが望ましい。第六中の生徒は早々に準備を整えチェンジコートを終わらせたので、丸藤達もいつまでもベンチで休んでもいられずに覚束ない足取りで向こう側のコートへ走っていった。僅かな時間のインターバルでは丸藤の疲労は回復出来なかったらしい。よたよたと走っていく丸藤の後姿を部員達は歯がゆい思いで眺めるしかなかった。第二、第三ゲームを連続で先取されれば丸藤達はこちらに戻ることなく試合を終えることになる。せめてもう一度くらいは、こちらに戻ってきて欲しいとチームメイト達は切に願わずにはいられなかった。
「丸男君、調子はどうだい? 回復したか?」
 額の汗を拭いながら尋ねる宗方。相方が振り回されている間、彼だってコートの真ん中で何もしていなかったわけではない。丸藤が左に動けば空いてる右側のポジションを守らなければならないので、丸藤ほどではないが相当走らせられた。聞かずとも様子を伺えばわかりそうなことだったが、それでも宗方は敢えて尋ねずにはいられなかった。
 そんな宗方をぼんやりと見つめ返す丸藤は、想像以上に疲労が蓄積されているからか、声も出せずにただ首を横に振るだけだった。いつも頼りっぱなしの相方がここまで苦しい状況になっていることに、宗方は悔しくて堪らなかった。そしてそんなペアを少しでも救済すべく、一つの案を提示する。
「丸男君、ショートボールだ」
「ショート、ボール……?」
「そうだ。彼らのどちらにでも構わない。わざと短いボールを放って前に引きずり出す。そう易々と陣形が乱れるとは思えないが、少しは風向きが変わるとは思わないか?」
 それに対して丸藤は何も返答が出来なかった。その作戦は丸藤が第一ゲームの最中に何度も考えたことだったからだ。けれど丸藤は思いながらもその考えを幾度となく押し込めたのである。何故ならそれが第六中ペアのもう一つの狙いだと、気付いていたから。
「どうだい? ここは一つ、その作戦でいこうじゃないか。これ以上、君が疲弊するのはチームとして危険だ」
 頷くことも否定することもせずにジッと俯く丸藤を残して、宗方は彼を返答を催促するわけでもなく自分のポジションに着く。とにかく作戦は提案した。後はチームの要である丸藤がそれを実行するか否かである。

 第二ゲームは第七中がサーブで始まる。丸藤は肩で息をする呼吸を落ち着かせ、確実性のあるサーブで様子を伺う。レシーバーの大井はその速度が感じられないサーブを激しく打ち返すわけでもなく、そのまま丸藤へ緩やかに返球した。どうやら第二ゲームも第一ゲーム同様、丸藤の体力を削る作戦を続行するらしい。その粘着質にも似たやり方に、丸藤は背筋に冷たいものを感じつつも、とにかくボールを繋げるしかなかった。丸藤の意思を確認したように大井と太田もどっしり腰を構える。巣にかかり尚ももがこうと決意した獲物には粘り強く相手をするに限る。
 一方、ネット前で相手後衛の動作をつぶさに観察しながら、宗方はいつ丸藤がショートボールを打っても良いように身構えていた。だが、後方からは相変わらずロブ特有の滑らかな打球音が聞こえるだけ。きっと丸藤も様子を伺っているのか、もしくは振り回されてショートを打ち込む余裕がないのかと勘繰っていたが、一向にシュートを打つ気配がない丸藤に、段々と痺れを切らしてきた。ゲームを長引かせればそれだけ自分の首を絞めるだけだと気付かない丸藤ではないはず。それでも宗方の作戦に同意しないということは……。宗方の歯がゆさは徐々に焦燥感へと変わっていった。
 結局、丸藤はショートを打ち込まないまま、またもやロブを打ち損じた。部員達は声の限りに励ましを送る。そして二本目のサーブも、レシーバーの太田は緩やかな球を丸藤へ返した。丸藤が徐々に弱っていく様子だけを見せられる公開処刑のような光景に、部員達は最早目をつぶりたい気持ちになっていた。ベンチに座る安西もコート内の二人があまりにも不憫過ぎて居た堪れなくなった。だが、そんな彼らよりも最も悔しい思いをしていたのは、誰であろうペアの宗方だった。

 大井と太田から左右に振り回される丸藤。そのさっきから全く変わらない光景に異変が起きた。丸藤が右に走れば自然とコートの左側が空くので前衛である宗方は左側に移動することになる。だが、そのとき宗方はずっとコートの右側に突っ立っているだけだった。
 疲労に蝕まれた丸藤が事態に気付いて驚く。コートの右半分に一列になる自分と宗方。そしてがら空き状態になっているコートの左半分。明らかにポジションを見誤った宗方に、丸藤はなんと言えば良いかわからず、ただ呆気に取られた。それは観客席で見守るチームメイト達も同様で、慌ててコート内にいる宗方へ叫ぶ。
「おい豚! 何を突っ立ってるんだよ! 左! 左っ!」
「さっさと動きやがれ! デブっ!」
 だがそんな彼らの声が届いているはずの宗方は全く動こうとしない。相手後衛の大井は若干疑わしく感じたが、とにかくコートにがら空きの箇所があれば打ち込まずにはいられない後衛の本能からか、真っ直ぐにロブではなくシュートボールで打ち込んだ。その途端、今まで信楽焼きのように鎮座していた宗方が素早く渾身の力でコートの左側へ走り抜ける。そして大井のシュートを無理やり手を伸ばしたボレーで弾き落とした。
 これには第七中サイドばかりではなく、第六中サイドからも歓声が沸きあがった。宗方は初めからこのボレーを狙ってわざと左コートを大きく空けていたのである。誘いにもならない大き過ぎる誘いだったが、これまでロブばかりで感覚が鈍っていた大井には思いのほか利いた様だった。その証拠にシュートを打ち込むにしては球威が劣っていたしコースも大雑把過ぎた。
「な、ナイスボレー。宗方君……」
 この場面でボレーを決めた前衛に賞賛を送ろうとした丸藤だったが、喜ぶはずの宗方がムッスリと自分を睨んでいたのでたじろいだ。
「ど、どうしたの?」
「丸男君、何故ショートボールは打ち込まないのだね?」
 その一言に丸藤はグッと言葉を飲み込んで顔を背ける。
「何かね、君はシュートを打ったら僕に負担がかかると思ったのかい?」
「ち、違う。なかなか打ち込む隙がなくて」
「違うだろう! あの二人が僕に集中攻撃をし出したら一気に負けてしまうと言いたいんだろう?」
 丸藤はハッとし屈辱に満ち溢れた宗方の顔を真っ直ぐに見つめた。宗方本人が、その事を初めから気付いていたなんて。
「そりゃ確かにそうさ。まだまだ素人の僕には、小堺君のようにどんなボールでもネット前で処理できる実力は備わっていない。君がシュートを繰り出すということは、今度は僕が奴らの標的になるという事だからね。相手に新たな攻略手段を与えるようなものだ。だがな! だったら現状をどうやって打開する気だ! このままいけば君の体力が削られて終わる! 僕はそんなことを見過ごしには出来ないのだよ!」
 今のボレーは在る意味、宗方による丸藤へのアピールだった。自分も前衛としての仕事が出来る、自分を信じろと。宗方は怒鳴り声を上げながらも苦痛に顔を歪める。
「それにな、僕はもう君がただ疲弊するだけの姿を見てられないのだよ。それはただ単に可哀想だから、などという安っぽい同情ではない。君一人が抱え込むのが辛くて堪らないんだ。丸藤君、僕にも君の苦悶を分けてくれないか? そうでなくては僕はここで君と同じコートに立っている価値がない」
 宗方の必死の訴えに、丸藤は愕然とするほどの後ろめたさを感じてしまった。自分は、プライドが高い宗方が集中攻撃をされて失望することを恐れて、わざとショートを打つまいとしていた。それがかえって宗方にとって失礼な行為だと気付かずに。だが宗方はそんなことは覚悟の上で抱えることを主張した。本当に抱える覚悟がなかったのは自分の方だったなんて……。
 丸藤は小さく息を吐き出すと呼吸を整える。下半身は鉛のように重たく、これ以上走り回るのは辛く、打球にも影響を及ぼすだろう。いや、既に伝家の宝刀であるロブにも錆は回ってきている。もう、どのみち宗方の実力に賭けるしかなさそうだ。
「わかった。これからはどんどんシュートを打ち込んで相手を拡散していくよ。その後の処理は、宗方君に頼んだ」
 そう言われて、宗方は大きなお腹を突き出して自信満々に答える。
「もちろん! 任された!」
 第二ゲーム目にしてペアの命運は、初心者である宗方の双肩に託されたのであった。

 ボールカウントを1-1にして、サーブは宗方に切り替わる。宗方はラケットを小さく短く構えると、一試合目に見せたカットサーブを繰り出した。本当にいつの間に習得したのか部員一同驚愕したが、そのサーブは敢え無くネットしてしまう。だが二本目、またもや宗方はカットサーブを試みたが、そのボールは見事にサービスエリアに入り、逆回転になるとは知らずに油断していた大井は情けなくも空振りしてしまう。これでボールカウントは2-1と、この試合で初めて第七中がリードした。
 次いで太田へのサーブだが、これも宗方はカットサーブで挑む。タイミングが合ったのか、サーブは一本目からサービスエリアに入った。たかだかサーブが入っただけなのに歓声が湧く。それだけの期待が宗方のカットサーブには込められているのだ。
 だが太田はじっくりと球筋と回転方向を見極め、そのまま宗方へとレシーブを返す。サーブを取られた事よりも自分に返球された事に驚いた宗方だったが、あまりうまくないストロークで再び太田へ返し、すかさずネット前に駆け出す。だがネットに張り付く直前に、体の右側へ太田のシュートボールが打ち込まれる。きちんと体重が乗った威力あるシュートに、宗方はバックハンドだったこともあるが、ボレー出来ずに撃沈した。
 悔しそうに腕を振る宗方だったが、実はその一本が第六中ダブル後衛の攻める対象を切り替える合図になるとは、本人は気付かないでいた。
 ボールカウントは2-2と再び振り出しに戻る。だがボールカウント0-0と2-2では全く意味も捉え方も違ってくる。次にこの一本を取った方が自然とマッチポイントになるのだ。それはコート内にいる選手がその身をもって一番良く理解しているだろう。サーブは一巡して丸藤に回る。ここはしっかりと決めておきたい丸藤は、スピードは乏しいが確実性には定評のあるファーストサーブを放つ。果たして望みどおりにサービスエリアに入ったボールを大井は先ほど同様に緩やかに丸藤へ返した。てっきり自分にアタックを打ち込んでくると思っていた宗方は、四股に込めた力をホッと緩めたが、後ろから聞こえてきた打球音を聞いて再びグッと体を強張らせる。ラケットがボールを掠ったような音、振り向くまでもなくショートボールの音だった。
 それにあわせて大井が前の方に詰めて来る。この試合、初めて陣形を乱したダブル後衛ペアに観衆はワッと声を張り上げた。大井との距離が縮まったことに慄きながらも宗方はしっかりとネットに張り付き、真っ直ぐ対峙する。もしも大井が打ち込んでくるとして、想定されるコースはがっちりと塞いだ。それでも大井は宗方の壁を抜かんとシュートを打つ体勢に入る。
 歯を食いしばってラケットを構えた宗方だったが、大井が打ち込んだシュートは無残にもラケットの間をすり抜けていってしまった。

 湧き上がる第六中サイド。その歓声を耳で聞きながら、宗方は悔しさを顔に出すまいと必死で押し込めた。大井の放ったシュートボールはギリギリ目で追うことが出来た。だが体が全く反応出来なかった。もう一度同じ場面に出くわしたら、次は取れることが出来るのか? ここを取らないとせっかく丸藤に進言したことが全くの無駄になってしまう。彼はそんな自問を繰り返したが、いつまでも思考を止めておくこともならない。試合は絶えず進行している。丸藤の励ましを受けて宗方はポジションに着く。
「とうとう、豚で勝負を賭けにきたか。これが当たりか外れかはわからないけどさ、どのみちこうするしか活路はないわな」
 同じ前衛として自分と重ねているのか、小堺が呟くように言った。
「あぁ。出来れば第一ゲームからこの展開でやればよかったんだけどな。丸男の体力を失い過ぎた。ここで誠司があのダブル後衛を食い止められれば……」
「出来るわけねぇだろ。もしそんなんで勝てるんなら、俺ら後衛は用無しだ。そしてお前ら、前衛もな。だからみんな必死こいて練習すんだろ」
 高田の正論が全員の胸に突き刺さる。そう、そんな図面通りにネット前に立っていれば百発百中ボレーを決められるようなら、誰もボレー練習はしないし後衛はシュートを打たない。宗方のように作戦、戦略も結構だが、結局は前衛を突き抜けるような打球を持つ後衛に軍配が上がるのだ。宗方はそんな初歩的で当たり前な真実に、今は苦しむしかなかった。

 ボールカウントは2-3、第六中のマッチポイントを迎える。ここを落とせば一気にゲームカウントもマッチを取られることになる。丸藤と宗方は窮地に立たされていた。
 そんな場面で丸藤のサーブを太田はロブではなく、珍しくシュートで丸藤に返した。相手も完全に宗方を狙っているわけではない。基本はあくまで丸藤を振り回して自滅させ、勝負に出ようと宗方に預けたら素人同然の前衛を潰す、これを徹底的に貫くつもりだ。ゆるぎないダブル後衛の作戦を前に、丸藤も宗方もなす術はない。散々振り回せた丸藤は、逃げるようにショートを打つ。そこへ待ってましたとばかりに前へ飛び出した太田が宗方の死角となった右サイドを正確に打ち抜いていった。
 愕然と肩を落とす二人。これでゲームカウントは0-2になってしまった。

 もともと、初めから本気で勝てるとは思っていなかった。宗方だって自分の実力を過信するほど愚かではないし、相手の実力が読めないほど盲目ではない。ただ、だからといって何もしていないうちに勝負を投げるのは絶対に許せなかった。それに技術では劣るが、知力を尽くせば活路が開けるかもしれないという淡い期待も捨て切れなかった。
 だがその知力を尽くせば尽くすほど、どうしても粗が見えてきてしまう。勝てない要因が浮き彫りになってしまう。丸藤には何一つ問題は見当たらない。明らかに劣っているのは、自分の実力だった。それが悔しかった。負けてしまうのが悔しいのではない。丸藤の足を引っ張り、自ら足かせになってしまっていることが申し訳なかったのだ。
 第三ゲームは第七中がレシーブと、サーブに比べれば優位なのかもしれないが、この相手では全くそれは意味をなさなかった。第一ゲームではさほど球威を感じさせなかったサーブを放っていた大井だが、ここで一気に勝負を決めにきた。バウンドした瞬間にホップするようなサーブを受けて、丸藤は思わず仰け反ってレシーブをミスする。
 普段の丸藤だったら、どんな体勢になろうとも返球くらいはしそうなものだが、第一、第二ゲームで散々痛めつけられた下半身が、既に対応できなくなっている。第六中ペアが様子見を終えて一気に刈り取りにきたのはそういう下準備が整ったことを確認したからだ。
 丸藤が取れなかったサーブを、さらにストローク力が劣る宗方が取れるはずもなく、続いての大井のサーブに宗方は触れることすら出来なかった。
 これでボールカウントはあっという間に0-2、太田へとサーブが回ってくる。ストローク力は大井よりも威力がありそうな太田だったが、サーブは今一つ劣るようで今度はどうにかレシーブを返せた。そして終盤になろうとも例の振り回しで執拗に丸藤を攻めだした。恐ろしいほど堅実で粘着質な攻撃に、丸藤は既に思考すら疲弊されている。その心中をペアの宗方も痛いほど分かっていた。ショートボールを打つ気配を見せない丸藤に、もう彼はこれ以上負担を掛けたくなかった。
 左サイドから右サイドへ振り回される丸藤。自分もそれに合わせて左サイドに移動しなければならなかったが、宗方はまたもポジションに逆らって動こうとしない。第二ゲームで大井を出し抜いた作戦だったが、これには観客席で見守っていた全員が発狂しそうになった。そんな見え見えの作戦なんぞ決まるわけもないし、逆に穴を広げるだけだ。だが、今の宗方には状況を冷静に見極める眼を失っていた。ただ丸藤の負担を減らすこと、それだけに心を奪われていた。
 失望しながらラケットを大きく構える大井。同じ手に二度と引っかかるほど馬鹿ではないし、第一焦った宗方は既にボレーをせんと走り始めている。動きがバレバレもいいところだ。だから、敢えて大井は宗方の賭けに乗ることにした。こんな自分を舐め切ったプレーで挑んでくる相手には力を持ってして応えるに限る。実力の差というものを見せ付けておく必要があるようだ。
 大井は狙いを定めてラケットを一閃する。打ち抜く場所は宗方が得意なフォアボレーで決められる左サイドの更に左寄りの際どいサイドコース。宗方は必死に腕を伸ばしてシュートを止めようとした。だがダッシュが弱く腕が短い彼ではとても届くわけもなく、ボールは虚しくラケットから一メートルの距離を置いて通過していった。

 遂にマッチポイントを取られて後がない二人。なんとしてでも逆転を狙いたい宗方は、このレシーブを決めなければならない。
 太田のサーブが放たれる。若干体に力が入りすぎたからか、レシーブは大きく宙に浮いた返球になってしまった。しかし宗方にしてみればもっけの幸い、ネット前につめる時間が稼げる。ボールがバウンドするのと同時に息せき切ってネット前に着くことが出来た宗方はしっかりと太田のフォームを確認する。大きく構えたところを見ると、ロブで返す気はないようだ。とすると、絶対に丸藤がいる右サイドに打ち込んでくるはず。宗方は左足を小さく屈伸させて力を込める。ここでポーチに出ればバックボレーになるが、この際気にしていられない。宗方はラケットを引くとタイミングを合わせて右サイドに向かって駆け出した。その途端、今まで自分がいた左側へボールが飛んでいく。しまった! と思う暇もなく打球はコート内に吸い込まれたのと同時に、第六中サイドが歓喜する。
 太田は宗方がレシーブ後にすぐポーチへ出てくると始めから読んでいたのだ。そして自分の行動を読まれたことに、宗方はがっくりと膝を折る。結局、何もすることが出来なかったばかりか、お荷物にしかならなかった自分が情けなくて、堪らなかった。悔しい思いが胸を締め付けて立ち上がれずにいると、相方の丸藤がそっと自分の肩に手を当てて弱弱しく微笑んだ。それがまた宗方の胸を締め付け、彼はもう、どうにもならなくなってしまった。

更新日 5月1日

 試合終了の挨拶を終え自チームのベンチに戻ると、安西が二人を拍手で迎えてくれた。結果は惨敗ながらも、精一杯頑張ったことを讃えてくれているのだろう。その隣に神谷と小堺がスタンバイしている。彼らの試合は、丸藤達のすぐ後だったのだ。
「済まないな、君達。三回戦で当たる予定だったけれども負けてしまった。我々の雪辱、君達がきっと晴らしてくれることを切に願うよ」
 いつもと変わらない調子で言う宗方に、二人は無言で頷く。そのすぐ後ろから第四中の一年生が二人、審判台に向かって走っていく。基本、主審と副審は前の試合の敗者が行うことになるのだが、同じ学校同士が選手と審判では不公平が生じるので、大会役員が気を回して第四中の生徒に審判をお願いしてくれたらしい。先輩達の試合の応援をしたいだろうに迷惑そうな顔をしている第四中の生徒を眺めながら、宗方は観客席に戻らずそのまま競技場外に歩いていった。
「ぶぅちゃん、試合見ないの?」
 どこに行くのかと不審に思った吉川が尋ねる。すると宗方は振り向きもしないで「トイレさ」と答えた。
「あ、僕も一緒に行くよ」
 宗方の後を追うように丸藤も観客席を離れる。その時に一瞬だけ吉川には、宗方がばつ悪そうな顔をしたように見えた。

 一緒に行くと言ったものの、別段用事もなかった丸藤は、トイレに入っていく宗方を見送り自分は近くの木陰で待つことにした。
 試合で負けた後というのは言葉では言い表せない苦味が残っている。こればかりは何年間もテニスをしてきたが、決して慣れることが出来ないと丸藤は思った。いや、慣れてしまっては駄目だろう。こんな気持ちを味わいたくないがために、逃げたくないために自分は中学生になってもテニスを続けることを決意したのだ。木陰に佇みながら丸藤はそんな感傷に耽っていたが、いつまで経ってもトイレから宗方が出てこないことに気付いた。
 かれこれ三分ほどは経過している。第一コートでは既に神谷達の試合が始まっているだろう。自分も早く戻って応援したいのだが、如何せん宗方が遅い。丸藤はお腹の調子でも悪いのだろうかとトイレの出口を眺めながら心配していたが、相方は一向に出てくる気配がなかった。ちょうどその時、トイレから二人組みの男子が出てきた。ユニフォームから察するに第三中の生徒だろうが、そんな彼らの会話が聞こえてきた。
「何だったんだ、あいつ」
「あぁ、ちょっとキモかったな。あれ、かなり泣いていたぜ」
 特に聞くつもりはなかったのだが、一度耳に入った会話だったのでその後の話も自然と聞こえてきた。
「よっぽど試合に負けて悔しかったんじゃねえの」
「でもさ、なんで『おじいちゃん』って単語が出てくるかね。爺さんでも見にきてたのかな?」
 その言葉を聞いて、丸藤は弾かれるようにトイレに入っていった。
 三つある個室のうち、一番奥にある個室のみ鍵がかかっている。そしてその扉の前に立つと、男子生徒のすすり泣く声が聞こえてきた。トイレ内には他に誰もいない。丸藤は個室のドアに耳を当てた。
「ぐす……なんでなんだよ、一体。ふざけるな、ぐす……なんで僕が負けなきゃいけないんだよ。僕は……市議会議員であるお爺ちゃんの孫なんだぞ……ぐすん。なんで僕は、こんなに弱いんだよ……。こんなんじゃ、おじいちゃんに顔向け出来ないし……ぐす、丸男君に申し訳ないじゃないか……」
 このまま、聞かなかったことにしてトイレから離れるのが一番良いのかもしれない。プライドが高い宗方のことだ、こんな場面を知り合いに見られたらさぞかし傷つくだろう。けれど、丸藤はドアに額を当てると小さく、個室の中に聞こえるほどの声で囁いた。
「宗方君、僕は全然なんとも思ってないよ。神谷君達の試合を見に行こう? 僕、中学に入ったら絶対に神谷君達に勝ちたいって思っていたんだ。だから少しでも彼らの試合を見て研究しなきゃ。それに、ペアが宗方君じゃないと勝てる気がしないよ。うぅん、宗方君じゃないと勝てないんだ。だから、ね?」
 個室に響いていたすすり泣く声が始めは大きくだが、徐々に小さくなっていく。丸藤はその声が聞こえなくなるまで、ジッとドアに額を押し付けて待っていた。



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 | 2010年04月24日(土) 14:34 |  | コメント編集

●No title

やっと読めました~♪
みんな負けても前向き、誰も人のせいにしないのがイイですね~!
宗方君もイイ子!
丸男君ピンチですけど、勝って欲しいですね!
夢 | 2010年04月24日(土) 18:04 | URL | コメント編集

●No title

>>夢さん
ここまで全員良い子過ぎて大丈夫なんだろうか、と自分でも心配になるほどでした。
でもそこが創作文芸の素晴らしいところだと納得させてます。
要人(かなめびと) | 2010年04月26日(月) 07:27 | URL | コメント編集

●No title

 「ケフィア」やっと読み終えましたぁ~!読み終えてから、儀式人のシェフのお話を読み返しました♪こういうことだったのかと、また違った感覚で読めました♪
 記憶喪失になった時には、どうなる事かとハラハラしましたが、ハッピーエンドで安心しました♪
 最初はお昼休みの暇つぶし(すみません(-_-;))に読んでいたのですが、続きが気になって気になって、自宅へ帰ってからも一気に読んで、寝不足気味ですが、明日からは早く眠れそうです!ですが、明日からは「剣と萌え」を読もうと思っているので、しばらく寝不足かなぁ…。
優 | 2010年04月27日(火) 00:17 | URL | コメント編集

●No title

>>優さん
大変ありがたいお言葉、ありがとうございます♪
そういえば儀式人の方から先に読むということは、ケフィアのその後を知ってから本文を読むということになるんですね。
たぶんこれまた違った味わいがあったかと思います。
結構長いお話でしたが最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
萌え剣の方はたぶん二時間もあれば読めるはずですよ♪
要人(かなめびと) | 2010年04月27日(火) 08:49 | URL | コメント編集

●No title

昨日はありがとうございました♪

思う通りに動けない宗方君、悔しいですよね…
この悔しさをバネにしてくれる事を願います。
夢 | 2010年04月29日(木) 10:47 | URL | コメント編集

●No title

>>夢さん
部活始めて数カ月の子がここまで頑張るのは凄いです。
負けて強くなっていくんです、男の子は。
そしていつかは痩せる日がくるでしょう、宗方君も。
要人(かなめびと) | 2010年05月03日(月) 08:29 | URL | コメント編集

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