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2010'04.15 (Thu)

個人戦 高田・吉川VS第三中の人々

 個人戦で第七中初の勝利を収めた丸藤と宗方を、部員達は盛大に祝福する。ジュニア上がりの丸藤がついているといっても、初心者の宗方が先日に引き続き勝利するということは、部員達にとっても驚きだったし、自分も頑張らなくてはという良い励ましにもなった。
 そんな丸藤と宗方に続くように、同じく第1コートの五試合目で試合に臨んだ第七中の一番手、神谷と小堺ペアは、対する第一中の三年生ペアと対戦し、圧勝で飾った。ゲームポイントはもちろん3-0、ボールポイントは僅か二失点に抑えて堂々の一回戦突破となった。
「しかし驚きだな。神谷君の球、昨日よりも加速しているように感じたよ!」
「小堺君のサーブの威力も上がっていたし、今日は相当気合が入っているね!」
 スコア表を事務所に提出してきた二人を部員達が迎える。今の試合に本人達よりも周りが興奮冷めやらぬ様子だ。しかしそれほどの気迫が試合中の二人から感じ取れた試合だった。
「俺達、調子が上がるまで時間がかかるから。今から気合入れないとベスト八まで間に合わない」
「よっしゃ! 残り二試合であの人達に当たるぜ!」
「朔太郎、気が早すぎる」
 そんな会話に余裕すら感じる一番手ペアを前に、高田と吉川の表情は浮かない。昨日と今日を通じて、まだ一勝もしていないのは彼らだけなのだ。初心者同士のペアで、しかも周りを見渡せば上級生ばかりの状況で勝てる見込みは皆無に近いのだが、それでも彼らはこの数ヶ月間で並みの初心者に比べて格段に上達していると感じている。もともと運動神経が良いのもあるが、野球部時代には常にトップを走ってきた彼らにとって、他の部員から一歩も二歩もリードされているのは我慢ならない。何としてでも個人戦の一回戦は、チームメイト同様に勝利で収めたい。
「高田君、吉川君。そっちの状況はどう?第4コートは何試合目まで進んだ?」
「今のところ五試合目です」
「あら、じゃあそろそろアップしておきなさい」
 顧問らしく指示を促す安西に、高田はムッスリとした態度のまま反応を示さない。吉川としては安西の忠告通りにアップを開始すべきだと思うのだが、相方の高田が動かない限り、自分が先に腰を起こすのは気が引ける。そんな高田の頭を応援に来た兄が小突く。
「おい、竜輝。美和ちゃんの言ってることが聞こえなかったのか? さっさと動け、こら」
 だが高田はそんな兄の手を邪険に振り払うと小さく舌打ちをした。その態度が気に入らなかった高田兄は、弟の胸倉を掴むと立ち上がらせる。驚いたチームメイトは恐々とだが、もしもに備えて構えた。
「おい竜輝! てめえ、俺に向かってその舐め切った態度はなんだ? あん!」
「うるせぇよ、兄ちゃん! 今、精神統一の真っ最中だったんだよ! これが俺なりのアップなんだって!」
 大声を上げる二人を野次馬達が遠巻きに眺めるが、安西は申し訳なくそれらに頭を下げる。声を張り上げて試合に臨む選手達や応援団で競技場内は騒々しいが、こういう違った種類の怒号はどうしても注目の的になる。
「あ、あの! お兄ちゃん! たっちゃんは昔から試合前に体を動かすより精神統一をした方が調子が良くなるんだよ! だから、離してあげて!」
 相方の吉川が沈痛に高田兄へ訴える。弟の言うことは今一信用しないが、幼馴染の吉川がいうことには信憑性を抱いている高田兄は、手を離し「だったらせめて返事くらいしやがれ」と言うと席を外した。
「美和ちゃん、俺ちょっくらコーヒー買ってくるわ」
 きっと高田兄も確認もせずに弟を責めたことがばつ悪かったのだろう。素直じゃないところは兄弟そっくりだと感じつつも、一同胸をホッと撫で下ろした。
 そうこうしているうちに、第4コートでは既に四試合目に入った。その試合は実力にだいぶ差がある対戦だったので、3-0であっという間に終わってしまった。高田と吉川は幾分気持ちの整理がつかないまま、チームメイトの声援を受けてコート内に足を踏み入れる。
「ったく、あのクソ兄貴のせいで気持ちが落ち着かねぇまま始まっちまうじゃねぇか。ちくしょう」
「まぁまぁ、たっちゃん。とりあえず切り替えよ? さ、挨拶にいかなきゃ」
 高田のご機嫌を伺いながら一緒にコート中央に進む吉川。対戦相手となる第三中の生徒と対峙する。
 パンフレットで確認するところによると、この対戦相手は二年生ペアで三番手の実力。団体戦の一回戦で対戦した第五中よりも実力が下だと言われている第三中ならば、初めて試合をした第五中の一番手よりも腕前は劣るはずだ。加えて、こうしてネット越しに対峙してみると分かるが、相手選手から勝とうという意気込みは全く感じられない。明らかに運動が不得意そうな体型の後衛に、気が弱そうな前衛。まだ手合わせをしていないのではっきりとは言えないが、吉川は淡い期待を胸に抱いた。どうやらそれは高田も同じだったらしい。
 試合前に行う一分程度の乱打は、相手の実力を測る機会と自分の調子を確認する貴重な時間である。それを終えた高田と吉川は、神妙にだがそわそわした足取りで顔を突き合わせた。
「のぼる。こいつら、弱いぞ」
「う、うん。こっちも全然大した球を打ってこない。僕が普通にラリーを続けられるくらい」
「こりゃあ、ひょっとするか?」
「ひょっとするって」
 高田の言わんするところは吉川も痛いほど分かる。だが、それを口に出すには吉川も高田も謙虚すぎるし、裏づけする自信が少なすぎる。

「おいおい、相手は全然大したことないじゃないか。これはもしかして、勝てるんじゃね?」
 観客席で今の乱打を眺めていた小堺は、素直に思った感想を口にした。それは他のメンバーも同じだったらしい。期待に満ちた瞳を輝かせ、うんうんと頷く。
「やっぱりおめえらが見てもそう思うか? 素人の俺が見ても、敵は弱ぇぞ。あいつら勝てるんじゃね?」
 これまでまだ二試合しか観戦していない高田兄でも感じたくらいだ。完全に勝てるとは言わないが、実力的にはほぼ均衡。今までの明らかに桁はずれな相手ではなく、風のなびき方で勝敗が決してしまう、それほど差が感じられない対戦相手だった。
「試合が始まればどうなるか分かりませんけど、あの二人には武器がありますから。それが上手く使えれば勝てるかもしれません」
 そう言って高田の強力シュートボールと吉川のスマッシュの説明を、高田兄にする神谷。恐い思いをさせられたこと過去を持つ彼らだったが、今日半日一緒に過ごして、まだ警戒はしているものの、だいぶ高田兄と打ち解けてきたようだ。第七中の応援にも一役買って頂いている立場もあるので、遠慮がちにだが普通に会話をする程度の交流はとれるようになっていた。
「なるほどな。美和ちゃん、こりゃあ俺も声を出した方が良さそうだぜ。竜輝とのぼるのために人肌脱いでやるか」
 咳払いをして立ち上がった高田兄は、おもむろに腰へ手を当てると大きく息を吸い込んだ。そして眉間に皺を寄せると相手サイドを睨みつける。
「ぅおぉぉいっ! 竜輝にのぼるっ! いっちょかましたれや! 死ぬ気で攻めろや! こらぁ!」
 まるで任侠映画のクライマックスのような台詞と叫び声に、その場にいた全員が身を竦め、大会役員は何事かと事務所から飛び出した。そして直接本人に注意出来ない代わりに、顧問の安西に非難の眼差しを送る。安西はまたしても申し訳なさそうにあちらこちらに頭を下げた。
「高田君、お願いだから黙って座ってて、ね?」
 自身の女神にたしなめられて、高田兄は鼻の下を伸ばしながら大人しく座った。猛獣使いの安西にとっては、誰も手をつけられない不良と言えども調教はお手のものである。
 そんな一悶着を観客席で繰り広げている間に、コートでは早速試合が始まっていた。運良く第七中サイドがレシーブで始まった高田達の個人戦を、チームメイト達は固唾を飲みながら見守った。

 相手後衛のサーブはサーブと言えるほどのものではなく、ただサービスエリアに入ればいいだけの緩やかな山なりのボールだったので、高田はしっかりと見定めて後衛にレシーブを返す。そしてコース変更はしないで正クロスのまま返ってきた打球は、丸藤のように若干ドライブがかかったロブではなく、ラケットに当てただけの打球。
 高田は練習で何度も打ち込んだフォームを頭の中に思い描く。球筋を安定させるために下半身がぶれないよう力を込め、ラケットは首に巻きつけるようしっかりと振り抜く。そして高田のイメージではラケットの軌道は真横の回転。ラケットが閃いた直後に素振りの音が聞こえてくるほどの神速で。
 それだけを確認すると、高田は渾身の力を込めてボールを打った。炸裂音と共に白球はコートを走る。その瞬間、見守っていた第三中陣営にどよめきが起きた。きっと彼らも一年生相手と思ってさほど実力に期待はしてなかったのだろう。それがとても三ヶ月前にテニスを始めたとは思えない球威を繰り出す高田に、一同度肝を抜かれてしまった。
 それはコート上の対戦相手も同様だったらしい。突然スピードを変えた打球に反応出来なかった後衛はラケットにボールを当てるだけでも精一杯だった。フレームに当たったような鈍い打球音と共に高く上がるボール。
「のぼる!」
 言われるまでもなく前衛の吉川は既にラケットを肩に担いで素早く後退している。そして左手で照準を合わせると、一瞬だけ相手コートに目を配りボールを打ち込む位置を確認する。逆クロスのコースに空きを見つけた。ポイントを確かめると吉川は右腕にグッと力をたぎらせ、落ちてくるボールに合わせて溜め込んだ力を一気に解放した。モノが破裂したような音が耳を突いたと思った瞬間には、既にボールは相手コートをしたたかに打ち向こうのフェンスに突き刺さっていた。あまりの速さに目で追えなかった第三中選手が放心するよりも先に、第七中サイドが歓声を上げた。
「うおー! たっちゃん、一発目からスゲェ!」
「吉川君もナイススマッシュだったよ! ほら、相手も目を丸くしている!」
 二人が最も得意とし、唯一の武器とするコンビネーションが鮮やかに決まったことに、高田の兄も驚きを隠せない。
「竜輝……! あいつ、なかなかやるじゃねぇか!」
 小学生の時、先輩達とつまらない諍いを起こして以来、野球を捨て無気力に過ごしていた弟が、まるで自分のようになるではないかと憂いたこともある。だが、始まりはやや強引ではあったものの、こうして意気揚々と体を動かす弟の姿を目の当たりにして、兄としても感激せずにはいられなかった。
「よっしゃ! もう一本いくぞ!」
「うんっ! ナイスボール! たっちゃん!」

 ハイタッチを交わす二人のボルテージは一気に上昇していく。快調な滑り出しに高田と吉川の緊張も直ぐに解けた。二人はこのテンションが下がらないうちにと思い、興奮もそこそこに位置に着く。いつまでも喜んではいられない。試合中の、たった一本を取っただけなのだ。
 続いては吉川のレシーブ。相手後衛のサーブは先ほど同様に大したスピードを持ったボールではないが、あまりストロークが得意ではない吉川は、これをアウトしてしまう。
「ごめん、たっちゃん」
「気にすんな。次に決めればいいだけの話だ」
 渾身の力でスマッシュを決めた一本も、簡単にミスをしてしまった一本も同じ一本。少し気落ちした吉川を高田が励ますと、彼は途端に安堵の表情に切り替えて大きく頷く。その大柄な容姿からは想像もつかないが、吉川は極端に気持ちが小さくいつも高田の顔色を窺って生活しているのだ。
 続いてのレシーブを高田がまたも緩やかに返して相手の出方を見た。すると今度は相手後衛は大きめのロブで吉川の頭を越そうとした。きっと高田の強打を恐れて勝負を逃げたのだろう。だがその恐れがロブにも出てしまったのか、少し大きく打ちすぎたボールは敢え無くアウトした。これでボールカウントは2-1。相手前衛二本目のサーブはなんとダブルフォルトをしてしまい、ついにボールカウントは3-1、マッチポイントを迎えた。
「たぶん、あいつらにしてみたら初めてのマッチポイントだな。変に力まないといいけど」
 実際の試合でも練習のゲームでも、マッチポイントの場面に遭遇したことがないのを知っていた神谷がポツリと呟く。ゲーム中のマッチポイントの場面は特に重要で、ここを決められるか、決められないかで今後のゲームを大きく左右する。実力よりもプレーヤーのメンタル面が試されるのだ。
「お願い、しっかり決めてね。高田君、吉川君……」
 ベンチコーチとしてコート内に入っている安西も、神に祈るように二人をジッと見つめた。何も出来ないながら間近で見ている分、安西には試合中の二人と同じくらいのプレッシャーを感じているのだ。
 そして相手後衛のサーブが吉川に向かって放たれるが、なんとファーストサーブを外してしまった。きっと相手の後衛もこの場面で一年生に負けられないと緊張しているのだろう。明らかに顔色は曇っている。そして、二本目のサーブを吉川はタイミングを合わせてゆっくりと返す。この試合、二本目にしてやっと吉川のレシーブが返ったことに第七中サイドは沸き立つ。真正面に返ってきたボールを、相手後衛はロブではなくきちんと打ち込んできた。だがその球は決してシュートボールと言えるほどスピードが乗った代物ではなく、高田にしてはこれも絶好球に感じ、四股に力を込める。そして真横に大きくラケットを引くと、腰を思いっきり旋回させてボールを打ち込んだ。白球は弾けるような快音を立てて矢のように飛んでいくが、コントロールがまだ覚束ない高田のボールは、ネット前に立っている前衛の真正面へ向かって行った。
 万事休す!と顔をしかめかけたチームメイトだが、その瞬間、なんと相手前衛がボレーで返そうとした高田の球をスルーしてしまったのである。ラケットにボールの手応えがなかったことに顔を苦痛に歪める前衛。あまりのラッキーと初めてゲームポイントを先取したことに、高田と吉川はコート内をピョンピョン飛び跳ねて狂喜乱舞した。同じように喜びを露わにした第七中サイドも彼らに惜しみない声援で祝福した。
 一通りコート内を駆け回った後に、興奮冷めやらぬ二人はチェンジサイズ前にベンチへ戻る。
「やったわね! 高田君、吉川君!」
 嬉しそうに掲げた安西の小さく白い手に、高田は満面の笑みを浮かべ力強くハイタッチを交わした。
「へへっ! 俺達だってやれば出来るんだよっ!」
 今まで見たことがない顔で嬉しさを表現する高田。安西はこんなウキウキしている高田を見るのは初めてだった。普段は学校で不良生徒と教師連中に鼻摘み者扱いをされていても、彼だって周りの子達と変わらない、可愛い生徒なのだ。
「ありがとうございます、先生」
 少し遅れて吉川も安西の手に優しくタッチする。控えめながらも頬を上気させている吉川も、心の中では相当興奮しているのだろう。
「凄かったぜ、たっちゃん! 相手の前衛、あまりの速さに手が出せなかったんじゃねぇの?」
 最後のショットを褒め称える小堺に、高田は喜びながらも疑わしげに首をひねる。
「あんなのたまたまだろ。いきなり打ち込まれたから、相手もびびっただけなんじゃね?」
「いや、あのボールは相当速かった。あれだといくら来るって分かっていても、そうそう取られるものではない」
「ほ、本当かよ?」
「本当だ。朔太郎もそう思うだろ?」
「おうっ! 俺だってあのボール打ち込まれたら取れる気はしないぜ!」
 一番手ペアにおだてられた高田はしばらく神妙に俯くと、グッと顔を上げて「よっしゃ! 次もかましてきてやるぜ!」と叫び、水分の補充もそこそこに吉川を引っ張ると、向こう側のコートに走っていってしまった。その背中に檄を飛ばしながら、丸藤はおずおずと神谷に言った。
「神谷君、あれはちょっと言い過ぎだったんじゃない?」
「なんでだ?」
 不思議そうに丸藤の顔を覗き込む神谷に、隣にいた宗方も咎めた。
「僕も丸男君と同意見さ。あの不良少年、完全に調子づいちゃったよ」
「おいおい、ぶぅちゃん。いいじゃねぇか、多少なら調子づいても。俺達はあいつのテンションを上げてやろうと思って励ましたんだ。なぁ、正樹?」
 同意を求められた神谷は、うんうんと頷きながらも徐々に渋い顔をして小首を傾げ始めた。最後に見せた高田の一瞬考えこむような仕草に、なんとなく嫌な予感がした。そんな神谷に、彼をもっとも良く知る兄がポツリと呟く。
「あいつ、野球やってた時もそうだったんだけどよ、あんまり調子に乗りすぎると空回りするんだよな」
 スッと青くなった顔を上げる神谷に、高田兄は無表情に見つめ返した。そしてそのまま、視線をコートに向ける。チームメイト達も、今の会話を聞いていた安西も、息を飲むと黙ってコートに目を向けた。

 きっと全員が抱いたであろう嫌な予感が、図らずとも的中してしまった。
 第二ゲーム目は高田達がサーブ先攻で始まる。もともとサーブが得意ではない彼らではあったが、だからだろうか。どうも勝ちに急ぎすぎているように見えた。その中でも特に目についたのが高田のシュートボール。普通に後衛に向けて打ち込めばいいものの、第一ゲームの最後で味を占めてしまったのだろう。何故か前衛に集中してシュートを打ち込むようになった。
 相手も高田の球威に慄きミスを重ねたが、それも最初の一、二回までのこと。だいぶ目が慣れてきたのと、自分が狙われていると分かったからか、しっかりとネット前に張り付き、高田の打球を跳ね返すことだけに一点集中したのだ。それが失策に繋がってしまい、第七中はせっかく取った1ゲームを挽回され、一気にゲームカウントは1-2と境地に陥ってしまった。第三ゲーム目の最後の打球をミスした高田は、不愉快そうにチェンジコートのためそそくさと向こう側に帰ろうとしたが、それを吉川が引き止めた。
「ねぇ、たっちゃん。さっきから一体なんなの?」
「あん? 何ってなんだよ」
 眉間に皺を寄せて相方を睨みつける高田だが、吉川も含むところがあるからか目を逸らさない。
「なんでさっきから前衛ばっかり狙っていくの? きちんと後衛に繋げないと駄目じゃないか」
「うるせえ。俺のシュートであの前衛をミスさせようとしてんだよ」
「でも取られてばっかりじゃん。これ以上、失点を重ねるのはやばいって」
「けっ、大丈夫だって。そのうちにまたあの前衛がミスり始めてくるって。見てな、俺があのネット前に張り付いている奴をねじ込んでやるよ」
 神谷と小堺から絶賛されたからというのもあるが、高田としても自分の得意とするシュートボールでポイントを奪ってやりたかった。なので自らの球威で相手選手を黙らせる方法に気付き、それに執着してしまった。だが、それは後衛として決して思ってはいけないことであり、特に彼らのペアでは一番やってはいけないことだと、高田は気付かないでいる。
「たっちゃん! そうしたら僕なんていらないじゃないかっ! たっちゃんがシュートを打ち込んで、相手後衛がバランスを崩したボールを僕がスマッシュで決める! それが僕達の作戦でセオリーだろ?」
 人一倍プライドを持った高田はテニスをしながら、いつも鬱屈としていた。確かにゲーム中は自分がガンガンシュートを打ち込んで気分が良いが、結局は吉川にスマッシュを決めさせるための手段に過ぎない。そのために相手の迎撃に耐え、左右に振り回されて体力を削られる事を不毛に感じる時があった。
 後衛はあくまで繋ぎで前衛がポイントを重ねる、それがソフトテニスとして正しい勝ち方だというのは承知していたが、なんとなく高田は納得出来なかった。自分もポイントを決めて活躍したかった。
「んなこたぁ分かっているけどよ! だったらお前もせっかく決めたポイントを、てめえのつまらないミスで帳消しにするのなんとかしろよ!」
 それを言われて吉川はグッと口を噤んでしまった。先ほどから二本連続でレシーブミスをしたり、ダブルフォルトで失点を重ねているという負い目があるため、高田に大きい口を叩ける身分ではなかったのだ。
「お前がまともに点数を稼げないだから、俺がポイントを取りにいくしかねぇんだろ。……足、引っ張んじゃねぇよ」
 その一言が、たった一言が吉川の心に暗い影を落とし、二人の間に見えない壁を作ってしまった。一触即発の緊迫した試合中のコートの中、頼るべき縋るべき一人の味方との間に溝を作ることは、漆黒の闇を疾走していくしかない状態で明かりを手放す行為に等しい。それはある意味、一人で二人の敵と対峙すること、もしくは三人の敵と対峙することにもなるのだ。
 チェンジコートで第七中サイドに帰って来た二人を、フェンス越しにチームメイト達は励まそうとするが、その声すらも高田と吉川には届かなかった。ベンチに入った安西も、ただおろおろするばかり。事態は何一つ改善しないまま、二人をコート内に戻すしかなかった。
 ゲームポイント1-2で迎えた第四ゲーム。5ゲームマッチなのでこのゲームを落とせば、高田と吉川は悲願の初勝利を逃してしまうことになる。だが、今の二人はそんなことすら頭にないほど迷走していた。一旦否定してしまった自分達の作戦を、今更ながら気持ちを切り返して初心に戻ることが出来るほど、彼らは試合慣れしていないばかりか、経験が乏しい。
 その心のひずみは、それまではミスなく打ち込めていた高田のショットにも影を落とした。どれだけ打ち込んでもボールは相手コートに届く前にネットから阻まれるか、もう数センチというギリギリのラインでアウトをしてしまう。
「あっまた! もうっ! ねぇ、神谷君。なんで高田君のシュートボールまで入らなくなっちゃうの? さっきまでは調子が良かったのに!」
 あまりの歯がゆさに二人を直視できなくなった安西は、沈痛な面持ちでフェンス越しの神谷に声を掛ける。だが、神谷も第一ゲーム後に高田をおだてたことに責任を感じてしまってか、思いつめた表情で真っ直ぐコートを見ていた。
「テニスって、本当にメンタル面に左右されるスポーツなんです。いくら同じフォームで同じショットを打っても、気持ちが荒れていればボールは素直に飛んでくれません。ましてや高田はまだ経験が浅いので、精神的な乱れがそのまま打球に反映されるんです」
「だからって! ちょっと吉川君と喧嘩しただけなのに、ここまで落差が激しいものなの?」
「そうです。自分のメンタル面を支えるのはいつだってパートナーなんです。だからソフトテニスは何よりもチームプレーを重んじるんです。以前、先生に言いましたよね? ソフトテニスは敵が二人にも三人にもなることがあるって」
 朝練習の初日に神谷から言われた台詞だったが、それを今、安西は目の前の光景を見てまざまざと実感していた。そして観戦していたチームメイト達も、パートナー同士、お互いに目配せをして彼らの試合を教訓とした。
 そうこうしているうちにボールカウントは既に1-3、マッチポイントを取られていた。1ポイントは取り返したが、これはただ単に相手前衛がレシーブをミスしただけ。決して二人の下がったテンションを上げる要因にはならなかった。そして高田はファーストサーブを外し、セカンドサーブを打ち込む。相手後衛はその打球をわざと短くレシーブし、対処に間に合わなかった高田は前の方へ滑り込むようにラケットを伸ばしたが、ボールはそれよりも先に二度目のバウンドをした。

 審判台に座った主審がゲームセットのコールをする。第七中三番手ペア、勝てるかもしれなかった試合を仲違いの結果落とすという、屈辱的な敗北を喫された。ガックリと肩を落とす吉川に、悔しさと悲しさにわなわなと震える高田。
「……っくしょう! ちっくしょー!」
 叫びながら手に持ったラケットを振りかざした高田は、それを地面目掛けて叩きつけようとした。一斉に立ち上がるチームメイト。だが、そのラケットは地面に当たる直前、ピタッと止まる。八つ当たりを受けるはずだったラケットを見つめて、高田はグッと歯を食いしばる。どうしてもこれだけは叩きつけられなかった。このラケットを手放したら全てを失うような気がして、高田は胸の中を駆け巡るやるせない思いを沈めるように、その場に膝を折って蹲った。

「ねぇ、みやちゃん。たっちゃん知らない?」
 敗者審判を終えて目を放した隙にパートナーを見失った吉川が、周りをキョロキョロ見渡しながら神谷に尋ねる。
「俺は見ていないけど。誰か、竜輝を見たか?」
 神谷も不審げにチームメイトに尋ねたが、皆、首を横に振っただけだった。
「なんだよ、たっちゃん小便じゃないの?」
「うぅん、さっきトイレにも行ってみたけどいなかった。どこに行ったんだろ?」
 必死になって探そうとする吉川を見て、部員一同嫌な予感がして互いに目配せをした。試合終了直後の高田の落ち込みようはそれこそ異常なくらいで、今すぐにでも姿をくらましたいといった様子だった。それだけならいいが、彼はもともと自ら望んでテニス部にきたわけではなく、兄の強引なゴリ押しで入部した立場。あまりの落胆に居た堪れなくなり、もしかするともう戻ってこないのかもしれない。
「おい、のぼる。ヒマだから一緒に探してやるよ」
 弟の身を案じてか、兄が手助けを申し出たが吉川は口をもごもごさせると頭を下げた。
「ありがとう、お兄ちゃん。でも、きっとたっちゃんはその辺にいると思うから、僕一人で探してみるよ。みんなも次の試合に備えてアップして、ね?」
 そう言うと吉川はみんなに何度も頭を下げながら駆け出そうとする。その背中に安西が不安そうな眼差しで声を掛けた。
「吉川君、絶対に……高田君を探してきてね」
 吉川は気弱そうな笑顔を安西に向けると、小さくペコリと頭を下げて走り出した。

 輝ヶ丘テニス競技場は全てで十面あるコートの中央に事務所が設けられていて、そこから全てのコートが展望できるようになっている。吉川は事務所の回りを一周し、観客席などに高田がいないか隈なく探してみた。だが、高田はどこにもいない。競技場を囲んでいる雑木林へも目を向けて見たが、そこにも高田の姿は見受けられなかった。
 吉川はどうしたものかと額の汗を拭いながら、もっと遠くの方を見回す。すると、競技場から少し離れた場所に雑木林に囲まれた小さな児童公園が目についた。その公園内にある小さな芝生のスペースに緑色のユニフォームらしき人影を見つけて、吉川はホッと胸を撫で下ろす。

更新日 4月21日

 高田は少し木陰になった芝生の上で横になりながら、目の前に生えている草を千切っていた。テニス部に入部することになったあの日、ちょうど体育の時間にもこんな風に芝生の上で寝転んでいたなと、高田は思い出した。あの頃はやりたい事が見つからず、ただ周囲に反発して退屈な毎日を過ごしていた。本当はどこかの部活動に入りたそうにしていた吉川も巻き込んで荒んでいたのも、きっと独りではぐれ者になるのが怖かっただけなのかもしれない。つくづく情けない自分に嫌気がさす。
 それがひょんなことからテニス部に入部する事になり、毎日毎日ヒマさえあれば馬鹿みたいに練習に励んだ。放課後だけでは足りずに、朝や休日の時間も全てテニスに費やし、自分でも驚くほど一心不乱にコートの中を駆け巡っていた。
 だから、さっきの試合で負けた時には本当に悔しかった。怒り狂った頭でも、負けた原因ははっきりと分かっていた。呆れるほど下らない理由で負けてしまったことで、今までの練習の成果が冒されたように感じてならない。そしてそれは自分だけでなく、吉川に対しても申し訳なかった。
 正直、これからどういう顔をして吉川に接すればいいか、分からなかった。吉川だって、この試合はどうしても勝ちたかっただろう。自分の我が儘のせいで負けてしまったことは明白だがきっと吉川のことだ、絶対に高田のせいにはせず、自分自身を責めるだろう。それがまた、高田には耐え切れない。いっそのこと罵ってくれればどれだけ楽だろうかと思うほどだ。

 木陰の下は心地良いが、ちょうど正午に差し掛かってきたためか、上半身が隠れる程度の影しかなく、足は直射日光が当たって暑い。すると、不意に高田のふくらはぎ辺りが急に涼しくなり、頬に冷たいものが触れた。
「うわっ! 冷てぇ!」
 驚いて飛び跳ねると、そこには手に缶ジュースを持った吉川が自分を見下ろしていた。頬に触れたのは缶ジュースだったらしい。吉川は缶のプルタブを開けると、高田に差し出す。彼はそれをおずおずと受け取りながら、また横を向いて寝転んだ。
 吉川に見つかったのは仕方ないとして、一体何を言えばいいのか分からない。てっきり吉川から何か言ってくるかと、それこそ決して言われたくない謝罪の言葉などが聞こえてくると思ったが、彼は高田の傍に腰掛けたままで一言も言葉を発しなかった。
 そしてしばらくして、高田は悟った。きっと吉川も自分と同じ気持ちなのだと。自分に非があるのに、高田は自責の念に捉われているのだと思い違いをしているのだ。
 そう思うと何だか急に可笑しくなり、それと同時に何故あの一瞬、心が離れてしまったのかと不思議に思えた。それはきっと、ただ単に自分自身が未熟だったから。いや、独りで抱え込むのは一番相手を傷つけるとたった今、学んだばかりだ。そう、自分達が未熟だったからだ。高田も、吉川も、お互いに……。
 なんだかそう考えると、気分がグッと楽になる。そしてまだまだ自分達は走り出したばかりなのだと、スタートラインに立ったばかりなのだと思える自分が嬉しくさえ感じた。吉川と一緒だと、もっと強くなれる。いや、一緒だから強くなれる。
 ペアの先導役はどうしても高田になる。ならば、こういう時のタイミングを切り出すのも自分であるべきだと高田は思い、ゆっくりと立ち上がった。
「のぼる……俺、もっとシュートに磨きをかけるぜ。誰よりも速い、誰にも取れないようなシュートボールを目指す」
「……う、うん」
「だから、のぼる。お前はどこにロブを上げられてもスマッシュで打ち落とせる前衛になれ。俺が打ち込んでお前がスマッシュで決める、俺達はそれでのし上がっていくぞ。いいな?」
「……うんっ!」
 高田が差し出した手を取って、意気揚々と立ち上がる吉川。頭一つ分は身長差があることをあまり感じさせない不思議なコンビだが、それはきっと、高田も吉川もお互いに同じ目線で今後を見据えていけるからだろう。新設第七中の中でも特に経験の乏しい二人だが、しっかりと確実に一歩一歩前へ進んでいける強さを彼らは持っている。



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08:34  |  なんしきっ!  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

●No title

 
個人戦は益々格好良くなると言われてましたが、
デブルジョワの格好良さが異常です(^ω^;)
お、お前ただのデブじゃ無かったんだな!つぇえな!
高田兄の再登場密かに望んでた自分には嬉しい再会ですわ

安西先生バチーンしちゃいましたね
ビンタってまともに喰らうとすげー痛いですよ、ご愁傷様佐々木先生
彼の「お願い」内容に期待してます
 
桐崎 紗英 | 2010年04月19日(月) 21:03 | URL | コメント編集

●No title

>>桐崎 紗英さん
高校生になって名前も心機一転ですね。
宗方君はどこまでも進化し続けますよ。なんせ市議の孫ですから。
佐々木先生のお願い、そんなに大した用事ではありません。
ただこの二人、書いていて面白かったです。
要人(かなめびと) | 2010年04月20日(火) 07:01 | URL | コメント編集

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