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2008'03.22 (Sat)

「…ヨーグルトじゃない!…ケフィアだ!」 第一章


【More・・・】

一点の曇りがない力強い瞳で僕を見つめる彼女。
彼女の両眼は何も語らず、ただ止め処ない程の意志を宿している。
気丈そうに見せかけて、ガラスのような脆さを秘めている瞳。
僕だけが知っている数少ない彼女の秘密だ。綺麗に整った顔は、勿体無いことに感情に乏しい。
でも、それが逆に幼い彼女の花開く前の可憐さを際立たせる。
姿勢良く小柄で華奢な肢体に、二つに短く纏められた淡い栗色の髪。
彼女の全身を形作る全てが、愛おしい。
そんな彼女が、今、僕の目の前にいる。

ただそこにあるように、立っている。
僕の視線を自分の両眼で鷲掴みにした彼女は、微動だにせず僕の行動を制する。
果たして僕が奪わたのは視線だけではなく、その奥の心ごとだったらしい。
彼女の瞳に見つめられると、僕の思考は完全に無力化する。
体は動くことを忘れ、呼吸をすることすらはばかられる。
ただ、それに反比例するかのように、胸の心拍数は急上昇し、無意識に顔が紅潮してしまう。
あまりの恥ずかしさに彼女から眼を背けたくなる気持ちと、
いつまでも見つめ合っていたい気持ちが、心の中で葛藤する。
僕をこんな気持ちにしてしまう彼女がいじらしい。
そして、苦しいくらい愛おしい。
お互い一ミリも動けない、静止画のような膠着状態を破ったのは彼女の方だった。
僕と彼女の間にあった数メートルを、一気に手を伸ばせば届く距離に詰めてきた。
僕の心拍数は更に上昇し、顔の赤さは最高潮を極める。
歳のわりに背の低い彼女は、僕の顎くらいしか身長がない。
なので距離が近くなると、自然に僕を見上げる体になる。
少し上目遣いで僕をジッと見つめる彼女。
両眼に宿る強烈な光が、今は潤んだ瞳にも見えなくない。
そんなに近付いたら僕の心臓の鼓動が彼女にも聞こえるのではないか、
と心配をしてしまう程に胸の真ん中が騒ぎ立てる。
そんな軽いパニック状態の僕に、彼女は更に身を寄せてきた。
彼女の甘い香りを直に感じた。
それと同時に、あんなにうるさかった心臓が鼓動を止めた。
そして今度はお腹のあたりに重いものが、ゆっくりと静かに溜まっていく。
ちょっとの勇気があれば愛しい彼女に触れられる。
彼女を抱きしめたい。
肌を触れ合いたい。
そんな欲望が、意気地なしな理性を凌駕した。
僕が大好きな力強い瞳も、
色白で整った顔も、
シャンプーの香りが優しく薫る髪も、
小柄で華奢な身体も、

彼女の全てを知りたい。

意を決するわけでもなく、彼女を抱き締めようと、自然に腕を伸ばしたその時。
彼女はクルリと180°回転すると腕時計に目を落とし、
胸元から取り出した手帳に素早くペンを走らせ、奥の実験室へと消えていった。
遠ざかる彼女の背中を見送り、僕は大きな溜め息をついた。
そして目の前のシチューがこびり付いた鍋や皿に目を落とし、これで何回目だろうと考えた。
一週間ほど前からになるだろうか。
彼女は今のように、意味なく僕に近付き、
腕時計を確認して手帳に何かを記入して立ち去る。
僕はもう一度大きな溜め息をつき、洗い物を始めた。
その行動が何を意味するのかは、さっぱり検討がつかない。
彼女は悪戯に僕の精神衛生を掻き乱して去っていく。
それを1日に三度は繰り返す。
一度、何の意味があるのか彼女に問い質した事があるが、
彼女は何も言わず首を横に振っただけだった。
これは実に珍しいことなのだ。
理性的を通り越して、私感を一切挟まず起こった事象や
事実のみを淡々と語る超絶リアリストな彼女は、
自分が知り得ることなら、包み隠さず全て教えてくれる。
そんな彼女が、初めて僕の質問に答えなかった。
その時、僕は驚きよりも恐れの方が胸をよぎったことを覚えている。
僕が彼女と出会ってからこれまで、彼女が自分の意志をねじ曲げて、
嘘の気持ちを語っていたことを一度だけ見た。
それは、思い出すだけでつらい記憶だった。
僕と彼女が、彼女のお父さんの研究を引き継ぎ完成させた実験『突発性過醗酵エネルギー』、
通称『ヨーグルト』が戦争で殺人兵器として利用された。
その報道をテレビで目の当たりにした時、僕は急いで彼女の元へと駆けつけたが、
彼女は自分の気持ちとは裏腹に、研究の兵器利用を肯定したのである。
しかし結局は自分の気持ちに嘘はつけず、押し込めた感情を大粒の涙で出し尽くした。
きっと彼女の行動は、何かしらの実験の一つだろうと想像しているが、
心配性の僕としては、気が気でない。
何より毎日数回訪れる、彼女が作り出す甘い誘惑にも似た時間は、
確実に僕の精神衛生を侵している。
ある意味、生殺しにも近い。
僕は再び大きな溜め息をつき、洗い物の手を止めた。
彼女のよくわからない行動が始まったちょうど一週間前を振り返ってみる。
あれは確か、彼女と二人で出掛けに行った日だった…。

二学期の期末テストを終え、学生達は試験から解放された安堵感と、
これから迎える短い冬休みに胸をときめかせる。
街を赤や黄色に染め尽くした街路樹は、紅葉を地面にも咲かせ始め、
季節は急速に冬へと向かっていた。
テレビの報道番組で衝撃の事実を突きつけられた翌日、
彼女は持ち前の心の強さで自分を立て直し、約2ヶ月ぶりに学校に復帰し、研究も再開した。
研究所兼彼女の実家に響く多種多様な実験道具の稼動音。
醗酵食品独特な香りが充満する中、慌ただしく実験道具の間を行ったり来たりし、
研究に没頭する彼女を見ていると、実に心が落ち着く。
またこの空間に戻ってきたことに、言葉では言い表せない喜びを感じていた。
僕は全く無駄のない動きで研究を続ける彼女を横目に、夕飯の準備に取り掛かっていた。
昨日はこの時期に旬な寒鰤を使ってブリ大根にしたので、
今日は鶏肉を調理しようか、と鼻歌交じりに考えていた。
しかし鶏肉を使うところまではいいが、味付けをどうしようか迷ってしまう。
昨日は和食だったので、今日は中華風にしようか洋風にしようか。
しばらく悩んだ末に、夕飯の主役である世帯主に直接聞いてみようと、
多分後ろで作業をしているであろう彼女に伺いを立てるため、振り向いた。
その時、目の前の光景を見て僕は、本当に他意無く思ったことを呟いた。
「目、悪いの?」
実験結果がまとめられたレポート用紙を見ていたのだろう。
文字の一つ一つを丹念に眺める彼女の瞳は真剣そのものだ。
ただ、見入っているのはわかるが、用紙と顔の距離が近すぎる。
ほとんど顔にくっつけて呼んでいるようなものだ。
僕の呟きを聞き止めた彼女は、顔の向きはそのままで視線だけを僕にやり、
「…それが何か?」
と、小さく反発した。
「いやいや、だって顔と紙が近すぎるもん。視力、相当悪いんじゃない?」
「入学直後の身体測定では両目とも1.5はありました。」
それは明らかにおかしい。
あのくらい紙を近くに持ってこないと見えないなんて、どう考えてもゼロコンマ以下だろう。
何よりおかしいのは、いつもは絶対に視線を逸らさない彼女の眼差しが、
僕とレポート用紙をゆっくり行ったり来たりしている。
僕はまさかと思い、彼女を問い詰めた。
「視力検査の測定表に描かれた記号を、丸暗記したとかじゃないよね?」
さっきまでそわそわしていた彼女の両目が、レポート用紙の前で沈黙した。
やっぱりそうか。
中学生時代の同級生に、似たようなことをした奴がいた。
そいつはそんなに視力が悪い方ではなかったが、
自分をよく見せたいがために、自分より先に検査をしたクラスメート達の答えをわざわざ記憶し、
測定結果を改ざんしたのだった。
呆れるような話だが、本人はそれで本来なら0.7しかない視力を1.5と測定させたのである。
きっと頭の良い彼女のことだ。
測定表の記号を全て記憶することなど朝飯前だろう。
「何でちゃんと視力検査受けないの?」
「現状として視覚認識に不具合が生じる事は在りません。」
彼女なりには質問に対する的確な答えをしたつもりらしいが、
長い事彼女と一緒にいた僕は騙されない。
それと同時に、誤魔化すという感情を誤魔化しきれない彼女を見て、
僕は心の中で感嘆の溜め息をついた。
以前はほとんど観測することが出来なかった彼女の中にある感情という気持ちの揺らぎが、
あの一件以来かなり表に顔を出すようになった。
少しずつ変化をみせる彼女を喜ばしく感じ、眼を細めたい気分だが、
今は別の意味で目を細める自分がいる。
「そういうのはきちんと受けないと駄目じゃないか。
 目が悪いんなら眼鏡をかけるかコンタクトにすればいい。」
「…興味がありません。」
「興味の有る無しの問題じゃないでしょ!危ないじゃん!はい、これ見て。何本?」
僕は指を三本立てて彼女に見せる。
彼女との距離は約三メートル。僕の指を凝視する彼女だが、一向に答えが出ない。
僕は溜め息と一緒に手を下ろした。
「せめて眼鏡くらいはかけないと駄目だね。」
「…必要性が感じられないのですが。」
僕から目を背け、いつもの抑揚がない声とはまた違った低いトーンで反論する彼女。
まるで歯医者が嫌で駄々をこねる子供と一緒だ。
「駄目だね。見えるものが見えないなんてかなり危険だよ。」
「…。」
「ちょうど明日は日曜日だし、眼科に行こうか。嫌なら僕も一緒に付き添うから。」
そう彼女に提案をし、僕は一旦台所に向かった。
これではまるで僕が彼女の母親みたいじゃないか。
ご飯を作って眼科に連れて行って、あとは洗濯までし始めたら完璧だな、
などとしばらく下らない妄想をしていると、数秒経た後に彼女が
「わかりました。」と、小さく呟いた。
僕は、やっと降参したかと彼女に得意顔を送ってやろうとして振り向いた時、
その日二度目の不思議な光景を見た。
僕と目があった彼女が、瞬時に顔を背けたのである。
そして暫し間をおいて、首が痛くならないのかと心配する程、ずっと首を傾げていた。
僕は彼女のとった行動が何を意味するのか分からなかったが、
それは彼女も同じようで眉間に皺を寄せ、険しい表情を作っている。
僕は呆然とその表情を眺めていたが、彼女に話し掛けたそもそもの理由を思い出し、
悩める科学者に質問をした。
「鶏肉は中華風がいい?それとも洋風にする?」
「…お任せします。」
僕は彼女と同じように、小首を傾げて眉間にたて皺を浮かべた。
何故ならば、彼女は主婦にとって一番厄介な答えを返してきたからである。

その日は、次の日に駅前で待ち合わせをして眼科に行く、という約束をして僕は研究所を後にした。
結局彼女はその後、何を話し掛けても一言も返さず、終始難しい顔をしたままだった。
何か彼女の逆鱗に触れる事を言ったのかと考えたが、思い当たる節もない。
何より彼女の顔色を伺うと、怒るというよりは悩んでいるといった色が強い。
家までの帰り道、ずっとそのことを考えていたが、結局何も思い浮かばないまま帰宅に至った。


家の扉を開けるとタバコの匂いがした。
我が家特有の生活臭を嗅ぎ、今日は母がいる事を思い出した。
玄関で靴を脱ぎ居間に入ると、ソファーに寝そべった母に文句がてら帰宅の挨拶をする。

「寝ながらのタバコは危ないっていつも言ってるでしょ。
 またカーペット焦がしても知らないからね。」

「ついでに寝そべりながらビール飲むのもやめろ~、でしょ?はいはい、わかってますよ~。」

「わかってるならしなきゃいいのに。ただいま。」

「家にいる時くらいだらだらさせてよ。おかえり~。」

そう言いながら面相を崩し、ヒラヒラ手を振る母に反省の色は全く無い。
僕も本気で止めて欲しいわけでもなく、母への文句は数少ないコミュニケーションの一つだ。
自分でも思うほど目元がそっくりな僕の母は、
家から徒歩5分にある大きい国立病院の看護士として勤めている。
緊急外来に所属するナースなので、夜は家に居ることが少ないし、
自宅が近所ということもあり急な呼び出しが多く、日常的に家にいる姿をあまり見たことがない。
なので、父を急病で亡くしてからは家事の全てを僕が担っている。
家事の合間に勉強をしなければならなく、普通の学生よりは忙しい毎日ではあったが、
逆に悲しいとか寂しいとか余計な事を考える隙がなくて良かったのかもしれない。
母が知人に僕のことを紹介するとき、絶対に「女手一つで育てた」とは言わない。
いつも「勝手に育ってくれて助かってる」と言う。

「ちょっと聞いてよ!今日もさ、内科の佐藤ムカつくの!
 自分の手元にカルテがあるのに私にそのカルテ探してこいって言うの。
 で、突っ込んだらさ、顔真っ赤にして怒鳴るんだよ!
 なんで医者ってプライドだけは高いんだろうね?」

まるで女学生のように明け透けと語る母。
親だからという気負いなど全くなく、天真爛漫と生きる姿を僕は好ましく感じている。

「どうせ母さんのことだから、思いっきり馬鹿にした風に言ったんでしょ?」

「まぁね。『下の階に眼科がありますよ。それとも隣の脳神経外科に行きますか?』って言った。」

「それは誰でも怒ると思う。母さんが悪い。」

いつも無邪気で明るい母だが、一度だけ立てなくなる程に泣き崩れたことがある。
父が亡くなった時だった。
父がガンで倒れた時も、病室のベッドで徐々に衰弱していく姿をみても、
冗談を飛ばしながら笑顔で元気付けていたので、
医師から臨終を告げられた時に関を切ったように泣き叫び始めた母を見て、
僕は自分の涙を忘れるくらい驚愕した。
それまで、何が在ろうと母だけは気丈に振る舞う強さを持っているだろうと
勝手に決めつけていた僕は、初めて母の脆さを知った。

「今日も夕飯を食べてきたんでしょ?」

「うん。最近ご飯作ってやれなくてごめん。」

「あんたがきちんとご飯食べてるんなら別にいいや。」

母は、僕が彼女のところに放課後や休日に行くことにとやかく口出さない。
母にしてみれば全面的に僕を信用しているというスタンスらしい。もっとも彼女との
ことや研究のことを話したところで、理解してもらえるとも思えないが。

「母さんさ、末広駅近くにある眼科で良いとこ知らない?」

「すえひろえき~!?随分マイナーな地名ね。
 え~と、あの近くの眼科っていったら松田眼科さんが有名だけど?」

「そこまでの道筋知ってる?」

「んん~。確か駅前の大通りを真っ直ぐ行くと電気屋さんの大きい看板ある十字路があったはず。
 そこを右に曲がってしばらく歩けば着くと思ったけど…。違ってたらごめんね。」

「うん、わかった。行ってくる。」

僕が答えると、母は新しいタバコを取り出し火をつける。
そして大きく煙を吐くと、訝しけれげに僕を見た。

「何?あんた目悪くなったの?」

「いや、僕の視力は至って正常だよ。友達がちょっとね。」

「ふぅん。ならいいけど。お金は?持ち合わせあるの?」

「別に僕がお金使うわけではないし、大丈夫。まだこないだ貰ったお小遣いが残ってる。
 それよりも、そろそろ勉強したいから部屋に行くね。」

「はぁ~い。頑張ってね~。」

母は手に持った缶ビールをヒラヒラ振ると、既に僕に対する興味を失ったのか、
テレビを見てケラケラ笑っていた。
僕はそんな母の様子を眺め、居間を後にした。
三時間程机の上の参考書に集中した後、僕はお風呂に入り、まだ体が温かいうちに布団に入った。
そして睡魔が襲ってくるまでの間、今日あった彼女とのやり取りを思い出した。

今日の彼女は途中からかなりおかしかった。
眼科に対する拒絶反応もそうだけど、終始険しい顔で悩んでいた姿も印象的だった。
もちろん彼女がいかに頭が良くても、研究が上手く進まないことだってある。
そんな時は今日のような難しい表情を浮かべることはあるが、
今回は実験や研究に関した事ではなさそうだ。
思い返してみると、彼女がそんな態度になったのは僕が眼科に行こうと誘い、了解してからだ。
たったそれだけのことなのに、あの彼女が悩まなければいけない要因を僕はいつ見逃したのだろう。
研究所を後にしてから、長い帰り道や電車の中でも散々考えてきたけど、全く謎は解けなかった。
僕は何度も同じことを頭の中で反芻したが、
いつの間にかやってきた睡魔に襲われて、その日は眠りについた。
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09:29  |  「ヨーグルト…。…いいえ、ケフィアです!」  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

これから「…ヨーグルトじゃない!…ケフィアだ!」を読む事に挑戦していこうと思います^^

「…ヨーグルトじゃない!…ケフィアだ!」は続きだったんですね!

熱心に研究していた所為で彼女の視力は随分落ちていたんですね・・・・。
それを気遣っている彼の姿はまるで親みたいで不思議でしたw

それにしても、彼女のあの不思議な行動が気になります(¬¬)σσ

ランクリしていきます!ポチ★
桜輔 | 2008年08月29日(金) 16:30 | URL | コメント編集

>>桜輔さん
今回のは前回に比べると若干長いです。
でもその分、楽しんで頂けるかと♪
彼女の謎の行動は後々分かりますが、…今読んでもかなりイミフですねwwwwww
要人(かなめびと) | 2008年08月29日(金) 21:09 | URL | コメント編集

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