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2010'04.08 (Thu)

始まりの朝

 早朝から湿った風と共に若干淀みがかった雲が佐高市上空を覆い、大会役員や選手達は朝ご飯を齧りながら皆一様に天気の心配をしたが、輝ヶ丘テニス競技場にぼちぼち人が集まり始めた頃には雲間から日が差し込み、八時前にはすっかり太陽が顔を出していた。
 連日天気に恵まれたことに一同安堵の溜め息を吐きつつも、すぐにその溜め息をグッと飲み込む。今日は大会の二日目、個人戦が開催されるのだ。団体戦では学校単位での盛り上がりが繰り広げられたが、個人戦となるとやや毛並みが違ってくる。団体戦ではベンチ入りできなかった選手達も個人戦では出場権が得られるので、会場に集まった選手のうち、殆どの学校では一年生以外は選手としてコートに立つ事になる。それぞれの気合があちこちで分散していて、競技場は昨日と違った種類の熱気に包まれていた。それは第七中も例外ではない。
「何だって! ベスト三十二までは5ゲームマッチなのかよ?」
 丸藤の話を聞いていた小堺がびっくりして身を乗り出す。
「おい、5ゲームマッチってどういうことだ?」
 小堺の驚きようが今一理解出来ていない高田は、神谷に尋ねる。同じく隣では吉川が不安そうに首を傾げていた。
「普段俺達が練習でやっているのは7ゲームマッチ。5ゲームマッチってことは3ゲーム先取すれば勝ちってこと」
「ちょっとくらい考えれば分かるような話であろう。人に尋ねるよりもまず自分の脳みそを回したまえ」
 わざと悪態を吐いた宗方の胸倉を掴もうとした高田を、丸藤が体ごと割り込んで制する。
「中学校は試合展開が遅いし、選手数も多いからね。二回戦までは5ゲームマッチにして時間短縮を図ろうってことさ」
 高田の肘が当たってずり落ちた眼鏡を直しながら丸藤は解説した。すると小堺は快活に笑うとピョンピョンとジャンプをする。
「まぁ、3ゲーム先取すればいいんなら手っ取り早く終わっていいな! ベスト十六までは突っ走れるぜ! な、正樹?」
「試合感覚がずれそうで恐いけど、短く試合が終われるなら良い」
 自身のスタミナ不足が心配な神谷にとって、序盤で体力温存が出来るなら願ってもない事だ。何せ彼らが目標としている敵に当たるのは四回戦目、昨日惨敗を味わされた第四中の一番手ペアだ。出来れば少しでも万全な体制で挑みたい。
「それにしても丸男、お前らの一回戦の相手ってあの本田だろ? やりにくいんじゃね?」
 ジュニア時代に幾度と無く丸藤と対戦経験がある小堺は、もちろんそのペアである本田の事も知っている。こちらの特徴を知る相手となればやりにくくなることは必至だ。だが、それは相手にも逆のことが言える。
「やりにくいことなんてあるものか。丸男君に彼奴めの特徴を聞いたが、本田などという人間、恐るるに足りんよ」
 丸藤に替わり宗方がよく肥えた腹と胸を突き出して答えた。
「へぇ、勝つ気満々だな、豚。本田だって一応ジュニア経験者だし、ペアだって上級生だぜ?」
「無問題である。昨日、全体の練習で彼奴のペアも観察したが、三番手といえど大した腕前ではなさそうだ。あの本田という人間も同様。色々とシミュレートした結果、我々に分がある」
「凄い自信だね、ぶぅちゃん。それなら僕達が一番目の試合じゃなくて良かった~。いきなり負けちゃったら部内の雰囲気が悪くなっちゃうもん。ね、たっちゃん?」
 心底安心した顔で情けない事を言う吉川の脇腹に、高田は軽く拳を当てる。図体の割りにどうにも覇気に欠ける相方に、高田は発破をかけた。
「馬鹿野郎! 誰が一番目だろうが俺達も負けてらんねぇんだよ! 昨日は結局一勝も出来なかったのは俺達だけなんだ。今日はなんとしてでも勝って見せるぜ!」
 声を張り上げて宣言する高田に、吉川だけでなく他のメンバーも刺激されて大きく頷く。個人戦と言えども、彼らの気持ちはいつも同じ方向をむいていた。

「それよりも、安西先生はどこに? 朝に一度会って以来、姿が見えないけど」
 辺りを見渡す神谷に見習って、皆キョロキョロと競技場内を見渡した。朝に全員揃っていることを確認した安西は、足早にどこかへ行ってしまい、それ以来姿を見せない。
「安西先生、朝から具合悪そうだったよね。大丈夫なのかな?」
 実は昨日の酒が少し残っているのだが、安西は恥ずかしくてそんなこと言えるはずもなく、選手達には風邪気味だと嘯いたのだ。長い時間外にいると体調を崩しやすいと言った今朝の安西を、不安そうに一際探している丸藤を見て、高田がニヤニヤと笑う。
「丸男、お前やっぱり美和ちゃんのことが好きなんだろ?」
「んなっ! 何を急にっ!」
「別に隠すことは無いぜ。兄ちゃんも言ってたからよ。第七中の男子生徒の大半は必ず美和ちゃんに惚れるってな」
 耳まで真っ赤になった丸藤を他のメンバーが好奇の眼差しで見つめる。丸藤が安西に淡い恋心を抱いていることは誰もが承知だったが、あからさまな反応をされてしまうとつい愉快で堪らない。これ以上赤くなるのかと思うほど赤面した丸藤は、反論も出来ずにそのまま体育座りをして塞ぎこんでしまった。
 あまり苛め過ぎるのも可哀想なのと、試合前に精神状態を乱されては困るので、宗方はわざと話題を変えた。
「そういえば先生、今日は強力な助っ人を呼んだって今朝方言ってたけど、誰だか知ってるかい?」
 宗方の問い掛けに一同首を横に振る。助っ人といっても学生連中は全員地区総体の真っ最中だし、新設されたばかりのソフトテニス部に知り合いと呼べる知り合いはほぼ皆無だ。
「一体、安西先生は誰に声を掛けたんだろうね」
「さぁ。とりあえず、本人がいないからな」
 一向に姿を現さない顧問に、皆そろそろ不安を感じてきて、今の今まで顔を真っ赤にしていた丸藤も立ち上がってもう一度周りを見渡した。しかしその時に安西は、もう一人顔を紅潮させている人間の前にいたのである。

「あの、なんて言ったらいいのかわかりませんが。えぇっと……昨日は本当にすみませんでした」
 顔を真っ青にしながら深々と頭を下げた安西の目の前には、第四中の顧問、佐々木がいた。昨晩に酔った勢いで啖呵を切った直後、気を失った安西はそのまま最上に付き添われ、自宅まで送り届けられた。そして今朝、ジンジンと痛む頭を押えながら昨晩のことを思い出した安西は、取り返しのつかないことをやらかしてしまったと自責の念に苛まれ、しばらくベッドの上でもんどり打ったのである。よく酔っ払うとその前後の記憶が無くなる人もいるが、安西はしっかりと記憶が残っているタイプだった。いっそのこと、記憶が飛んでいてくれたらと嘆いてしまったが、とにかく詫びねばと思い、こうして佐々木の目の前で頭を下げているのである。
「ハハハ、安西先生、昨晩のことは覚えてらっしゃるんですね」
「あ、はい。悲しくなるほど鮮明に……」
 そう言って顔を上げた時に見た佐々木の顔は、昨晩見たのと同じように真っ赤だった。昨日の試合で日焼けしたのとはまた違う赤らみ。それにどことなく普段落ち着き払っている佐々木が浮ついて見えるのは気のせいだろうか?
「記憶があると言うことは、私に言った事も全て覚えてるんですよね?」
「は、はい」
「では、約束のことも?」
 安西はしばらく考えてから言葉を選ぶように答える。
「何でも一つお願いを、というあれですか?」
「そうです!」
 佐々木は必要以上に張り切って大きく頷く。そして更に顔を赤らめて言った。
「たぶんうちの生徒が第七中さんに当たるのは、準々決勝。こちらの黒田、角野ペアとそちらの神谷、小堺ペアです。ともに一番手ペアなので勝負には申し分ないでしょう。それでいいですよね?」
 随分と饒舌な佐々木に気圧されて、安西は「は、はい」と頷くしかなかった。安西の返事を確認すると、佐々木は急に真面目な表情になり
「それでは準々決勝でお待ちしています。お互い、それまで健闘を尽くしましょう!」
 と言い残してどこかに去っていってしまった。その後姿を見送って、安西は頭を抱えて蹲る。酔っていたとはいえ、どうして自分はあんな約束をしてしまったのだろうか。佐々木の誘導尋問めいた風に感じたが、それでも男性とあんな約束をしたのは今までの人生で初めてだった。それにあの嬉々とした佐々木の態度、一体自分は何をさせられるのだろう? ニコニコ笑っていたが、実は腹の底では相当怒っているかもしれない。だから自分を懲らしめるためにあんな約束を取り付けたのだろうか。
 そんな風に安西は自問自答を繰り返したが、事態は進展するわけでもない。彼女の命運は昨晩の段階で既に神谷と小堺に託されてしまっていた。まずはどうかしてでも彼らに勝ってもらわなくてはならない。自分で掘った墓穴だが、生徒に負けて欲しくない理由がもう一つ増えてしまった。

更新日 4月10日

 輝ヶ丘テニス競技場の全部で十コートあるうちの四コートを、昨日の団体戦同様に男子が使用する事になる。なので一回戦だと実質三十試合ほどをたった四つのコートで行わなくてはいけないため、1コートにつき九試合は回さなければいけない。三回戦までは5ゲームマッチというのも頷ける。なので一回戦においては、それぞれ初戦が直ぐに始まるペアに一番最後の方になるペアがいたり。もっとも、その一回戦が全て終わる頃には全選手の半分が消えることになるというシビアな現実が待っている。
 第七中の一回戦の予定表は丸藤ペアが第1コートの二試合目。神谷ペアが同じく第1コートの五試合目。高田ペアが第4コートの七試合目と、全試合かぶることなく手が空いている選手は応援に回れそうだったので助かった。たった六人しかいない薄い選手層の第七中にとっては、後方で声援を送ってくれる仲間が一人でも少なければ、士気があっという間に下がってしまうのである。それゆえに彼らの結束は固く、目に見えないながらも互いにかける信頼は絶大なほどに強い。
 大会二日目なので開会式は行わずに、顧問や大会役員の準備さえ整ってしまうと、選手達は早速試合開始を告げられる。各コートとも顧問やコーチ陣に激を受けながら浮つく足取りでコートに入っていく選手達。一回戦の一試合目となると、心の整理がなかなかつかないのだろう、皆なかなか試合を始めようとしないため、大会役員からスピーカーなどで呷られて、ようやくプレーボールをするのが個人戦のお決まりの光景だ。そして大会に出場しない補欠選手やまだ試合が遥か後方に控えている選手などは、自チームの選手を応援するべく観客席を陣取り、各校とも試合前の応援合戦に花を咲かせる。だいぶ競技場内の空気が熱を帯びてきた頃に、地区総体の個人戦が幕を開けるのだ。
 試合は5ゲームマッチなので3ゲーム先取すれば勝利となる。試合を開始して早ければ十分もしないうちに終わることだってある。なので第1コートの二試合目に控えている丸藤と宗方は、コート近辺で次の試合に備えていた。やや険しい表情で試合を見守る宗方と丸藤。宗方などはまださほど気温が上がっていないにも関わらず、既に額には玉の汗が光っていた。
「おいおい、デブ。今からそんなに緊張してどうするんだよ。試合が始まったら頭にバスタオルでも巻いていた方が良いんじゃねぇか?」
 高田の冗談に皆小さく吹き出したが、当の本人は真剣な表情を崩さず、汗を拭いながら静かに呟く。
「この勝ったペアと二回戦当たるんだ。黙って観察させたまえ」
 第1コートで行われているのは第六中と第四中の試合。もっとも第六中は二番手ペアで第四中はBチームの三番手ペアと、学年も実力も第六中の方が上だ。試合は常に第六中優勢で、既に2ゲーム目先取に手をかけようとしている。余裕な試合展開にも関わらず、ベンチに座る第六中顧問の八幡は険しい表情で選手に混じり、声援を飛ばしていた。きっとライバル視している佐々木率いる選手達なので、余計に熱が篭っているのだろう。通常、ベンチに入った顧問やコーチが試合中に応援をするのは禁止されているが、顧問長という立場と彼の性格を知っているからか、大会役員は注意出来ずにいる。悪い例で人徳が功を奏しているケースだ。対する佐々木はいつものように手を口の前で組んで冷淡に構えている。
「この分だと一試合目はもうすぐ終わるぜ。やっぱり5ゲームマッチは早いな」
「ねぇ、ぶぅちゃんにまるちゃん。アップとかしないでいいの?」
 試合直前にも関わらず、のんびりと試合観戦している二人を気がかりに思ってか、吉川が尋ねる。だが宗方は「必要ない」とだけ言い、丸藤も曖昧に微笑んだだけだった。元ペアと当たるというのに随分悠然と構えているものだと、むしろ感心して二人の様子を眺めていたが、宗方が急に何かを思いついたように頭を上げると、吉川に言った。
「吉川君、次の試合中だけでいいから君のラケットを貸してくれたまえ」
「え、僕のラケットを? 別に構わないけど、なんで?」
「なに、悪いようには扱わないさ」
 そう自信満々に答える宗方を不審げに思いながらも、吉川は一旦自分達の陣地に戻るとラケットを手に取り宗方へ渡した。
「すまない。恩に着るよ」
 そう言ったのと丁度良いタイミングで、第1コートでは第四中の選手が最後のボールをアウトしてゲームセットとなった。
「あらら、随分早く終わっちゃったわね。3-0か」
 不必要にガッツポーズを決める八幡を眺めていると、いつの間にいたのか安西がポツリと呟いた。
「安西先生、どこにいたんですか?」
「あ、う……うん。ちょっと大会役員のお手伝いをしていたのよ。それよりも個人戦も先生がベンチに入っていいんだよね?」
「はい。お願いします」
「我らが守護神たる安西先生が傍にいてくれれば百人力です」
 普段は絶対にそんな軽口を言わない宗方だが、ここぞとばかりに安西をよいしょする。権力には都合よく屈するいかにも政治家体質を今から兼ね備えている宗方が可笑しくて堪らないが、そんなことに気付かないチームメイト達は、宗方も安西に気があるものだと勘違いし、それぞれ顔を見合わせるとニヤニヤ含み笑いをした。
「それよりも先生、今朝言ってた強力な助っ人っていつになったら来るんですか?」
 少し気になっていた丸藤は安西に尋ねてみた。
「うんとね、もう少ししたら来ると思う。九時までには、って伝えたはずなんだけど、結構時間にルーズな人だから」
 腕時計を見ながら大して気にしたふうに見えない様子で答える安西。時計は既に九時十分は廻っている。佐高市は元々、百姓と商人の町なので時間にルーズな土地柄である。大抵、催しものがあると十分、二十分遅れて始まるのはむしろ当たり前だ。
「美和ちゃん、その助っ人って一体誰だよ?」
「……誰って、身内よ」
 怪訝そうに尋ねた高田に一瞬含みを持って答えた安西だったが、コートを見ると相手選手が既にスタンバイに入っていた。
「そんなことより早く行くわよ! 丸男君、宗方君! レッツゴー!」
 一人張り切って先頭を切る安西の後ろを、選手の二人も追いかけていく。守護神のご加護を受けながら、二人は気合も新たにコートに勇み出た。





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