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2010'04.02 (Fri)

居酒屋『ばってん』での攻防

 佐高駅前にある居酒屋『ばってん』は昨年の秋に出来たばかりのまだ開店し立て独特の香りが残る飲食店だ。全国チェーンの居酒屋ではなく個人経営の店だが、地元の食材をふんだんに使用した素朴な味わいが受けて、この界隈ではなかなかの人気店となっている。その『ばってん』の奥にあるわずか十畳ほどの大広間には隣の人間と肩が触れ合うほどに人がひしめき合いながら座っていた。各校の男子女子の顧問に大会役員やコーチなどを合わせれば総勢三十名以上はいる中で、一番話題の中心にいたのはやはり新生第七中についてだった。一年生ばかりで構成されたチームにも関わらず初戦を突破したという戦果は驚愕に値するもので、各学校とも数年後を視野に入れた議論を熱く展開していた。
「やっぱり第七中はダークホースでしたね。まさか半分は素人で構成されたチームが一回戦を突破してくるだなんて、思いも寄りませんでしたよ」
「まったくです。第五中さんも貧乏くじを引かされてしまいましたね」
「それよりも驚いたのは一番手ペア! なんですか、彼らは? とても一年生には見えませんでしたよ! まだ今年度が始まったばかりだからいいですけど、来年の今頃にはどんな風に化けるか見ものですな!」
「あの佐々木先生とこの一番手には1ゲームも取れませんでしたが、それでも相当な実力でしたよ。こりゃ、うちの二番手よりも強いかもしれません。攻め方がどう見てもこないだまで小学生だった子供とは思えなかった」
「明日の個人戦は楽しみですね。彼らだったらベスト十六以内には入るんじゃないですか?」
「いや、下手するとベスト八までいくかもしれませんよ。しまったな、うちの奴らが確か二回戦で当たるんですよ。一年に負けて自信を無くさなければいいが……」
「じゃあここは一つ、顧問にでも探りを入れておきますか。おーい! 安西先生! こっちこっち!」
 安西は今まで話をしていたコーチ達に慌しく頭を下げると、会話を早々に切り上げて声がする方へマイグラスを握り締めて急いだ。乾杯直後からあっちこっちお呼びを掛けられて、安西は人の名前と顔を覚えるのにてんてこ舞いになっていた。
 佐高市中学校ソフトテニスの顧問やコーチには男性が多い。第七中の話を聞きたいのもあるが、アイドル並の容姿を持つ安西と酒を酌み交わしたいというのが彼らの本音なのだろう。大会中から既に目を掛けていた男性陣も少なくなく、テニスの話もそこそこに私生活の事や彼氏がいるのかなど、露骨に聞いてくる無粋な輩も中にはいた。安西にしてみればさほど珍しいことではなかったので、そんな御仁達はのらりくらりと煙に巻いてやり過ごしたが、テニスの話をされると真剣に耳を傾けた。
 中でもやはり第七中の一番手、神谷と小堺の話がダントツに多く、それもこれも顧問としては鼻が高い評価ばかりだった。コーチの中にはジュニア時代から彼らを知っていた人もいて、安西の知らない小学校時代の話も聞けたのは思わぬ収穫だった。
「神谷と小堺は学区は佐高市だったんですが、隣の亀岡市のクラブに通っていましてね、県大会でよく対戦したんですよ。小学校四年生から始めたわりには当時から頭角を現していましてね、小堺の抜群な運動神経もさる者ながら、やはり神谷のあの打球の区別が全くつかないフォームには驚かされましたよ。まさかあの二人が中学に入ってからペアになるとはね、最初は上手くいくものかと思いましたが、なかなか相性は良いようで」
「そのようですね。私、ジュニアの頃の彼らを知らないんですよ」
 安西はカシスウーロンを口に運びながら、その話をしてくれている第一中のコーチを見た。
「そうですか。それでは私の方が詳しいかもしれませんね。彼らの元ペアはどっちとも学区が亀岡市だったので、中学進学を機に離れ離れになっちゃったんですよ。真面目で大人しい神谷と元気だけは人一倍良い小堺がペアを組んで上手くやれるのかと思いましたが、杞憂だったようですね」
 もっとも我々にしてみれば痛手ですが、と言って第一中のコーチは声を上げて笑った。
 人は普段眺めている側面に違った事情を持っている。あの天真爛漫で仲良しな二人はずっと昔からペアを組んでいたものだと安西は以前まで勝手に思い込んでいた。彼らはついこないだ誕生したばかりのペアだったとは……。ペアの相性が勝敗を決するときもあると、以前神谷が言っていたことを思い出す。きっと神谷はその言葉の重みを今、自ら実感していることだろう。傍目から見れば上手くいっているように感じるペアだが内心はどうか? 神谷は、そして小堺はお互いにペアを組んで良かったと思えているのだろうか?

 そんなことを考えながら、安西は一通り全ての人に挨拶をし終え、自分が乾杯の時に座っていた席にやっと戻ってきた。あちらこちらで話を聞きながら酒を勧められたので、安西はだいぶ酔いが廻ったと時々重くなる瞼に苛まれながら感じた。あまり酒が強いほうではない安西の顔は既に熟したトマトのように真っ赤になり、ちょうど向かいに座っていた佐々木と隣にいた第二中の女性顧問である最上は話を中断してその若い教師をまじまじと見つめた。
「どうでしたか、安西先生。他のコーチの方々から有益な情報は得られましたか?」
「ふぁい……とにかく飲ませられて話を聞かされただけで、じぇんじぇんでした……」
「もしかして、だいぶ酔ってます?」
口に運ぼうとしていた酒猪口を一旦テーブルに置き、佐々木は気遣うような声で尋ねた。
「はぁい……大丈夫れす……」
本当に酔った人間ほど大丈夫と言うものだ。最上はまだ酒の嗜み方が上手に出来ていない新米に、年配らしい忠告を言い渡す。
「安西先生、教師というものはいつどこで父兄や生徒に見られているかわからないものです。いくらプライベートと言えども素行にはご注意された方がいいんじゃないですか? 特に最近ではお酒絡みの事件も多いですからね。酔っ払った教師なんてPTAの格好の的ですよ」
 安西は酔ってはいるものの、まだ理性は完璧に保たれていたので、最上のお説教に恭しく首を垂れる。
 最上は二年生が主体の佐高第二中の顧問で、歳は四十近く。明日、丸藤達が一回戦で対戦する本田の所属校のそれである。いつもしかめっ面で厳ついイメージの強い典型的な熟女教師だ。第二中は専属のコーチがいるものの、最上も自ら熱心に男子女子共々、指導をしている。特に現在の二年生にはジュニア上がりの選手を多数従えているため、来年度は覇道を虎視眈々と目論んでいるチームである。新米の安西に冷たい態度を見せるのも、同じ女性顧問で来年度には自分達を脅かす存在のチームになるであろう、警戒心から生まれたものだ。そして若く美人ということで他の顧問やコーチ連中からちやほやされている姿に、年甲斐もなく嫉妬しているのである。
「まあまあ、最上先生。安西先生もまだお若いですし、それに今日が初めての飲み会です。色々な方からお酌をされて少々飲み過ぎたのでしょう。少しアルコールが弱めの物を注文しましょうか? ファジーネーブルなどいかがでしょう」
 安西のフォローをしながら、すかさず手元のカクテルグラスから判断すると、佐々木は微笑みを浮かべたまま直ぐに店員へ飲み物を注文してくれた。この何気ない気遣いに安西は感心する。酔った女性を前に多少は気にかけてくれる男性は普通だが、こうやってわざとアルコール度数が低めのお酒を用意してくれる男性は珍しい。私生活ではさぞかしモテるんだろう。
「さすがは『智将』の佐々木先生ですね。もしも安西先生を口説くのにお邪魔でしたら、私はいなくなりましょうか?」
 わざと蔑意を含んで『智将』と呼んだ最上に、安西は驚いて佐々木を見た。だが当の本人は涼しい顔で冷酒が入った猪口を傾ける。
「いえいえ、まだ出会ってまもないレディーを口説くなんて野暮な真似はしませんよ。もっとも、最上先生が他の方々とお話がしたいというのなら止めはしませんが」
「そうやって生徒達にももう少し紳士的な態度を見せてはいかがですか? 慈悲もなく軍隊のような指導方法、いい加減やめた方が生徒のためですよ」
 苛立ちを隠さないように非難する最上の言葉に乗るわけでもなく、佐々木は依然として微笑みを浮かべているだけである。なにやら不穏な空気に安西は恐る恐る最上に声を掛けた。
「あの、最上先生、なんの話をしているんですか?」
「この人の指導方針についてですよ。教育者としていくばくか問題があると思ったんで注意しているだけです!」
 何となくだが安西にも話が読めていた。きっと最上は、『智将』佐々木流の指導方法が生徒のためにならないと懸念しているのだ。それは実際に安西も、今日の団体戦の一回戦直後、第五中の顧問から佐々木について話を聞いた時に感じたことでもある。
「確かに部活動は生徒達の心身の育成が目的と言っても、勝負事ですから勝ち負けにこだわるのは結構。ですが、それを最優先にして自分の生徒を駒として扱うのは問題があるんじゃないですか?」
 ちょうど最上が佐々木に向かってそう捲し上げた時に、店員は佐々木が安西のために注文した飲み物を持ってきた。それを安西に笑顔を添えて手渡しながら、佐々木も反論に打って出る。
「なにも私は生徒達を駒として見ているわけではありません。もっとも勝率が上がるように戦術を駆使して的確な配置にしているだけです。それも全て生徒達に勝利という美酒を味わってもらうためですよ」
「その勝利に対する執着のあまり、犠牲になっている生徒もいると聞いてますよ。強い選手ばかり手塩に掛けて育成して、それ以外の見込みのない選手達は三年生であろうとも永遠にボール拾いばかりさせられて、試合にも出してもらえないそうじゃないですか!」
「犠牲という表現は適切ではないですね。強くてやる気のある選手を育成するのは当然のことです。そのボール拾い係の彼らにしてみても、悔しいのならばもっと自主練習なりして努力をすれば良いだけの事。私だってそういう生徒は重宝しますよ」
「生徒に個々の実力差があろうとも、平等に機会を与えてあげるのが我々教師の仕事ではないんですか。そういう指導の下、脱落していった生徒達はこれからどうするんです? そういう生徒も救ってあげるのが、あなたの役割でしょうが。そういう教育方針が現在の格差社会の温床になるんです!」
「つまりそこです。生徒達には学生のうちから、世の中というものは競争社会だということを教え込むのも、教師の役割ではないかと。学生だからといって、努力をしている生徒としない生徒を平等に扱うこと自体、間違っている。最上先生の言葉を借りれば、そういう今の格差社会に順応出来ない人間を作り出してしまうことこそ、現在の教育方針の弊害かと」
「では佐々木先生は生徒を差別するのが当然だというのですか!」
「差別ではありません。区別です」
 佐々木にもらったファジーネーブルを握り締めたまま、安西はそれを口に運ぼうともせず二人の討論に聞き入っていた。佐々木の主張も最上の主張も、共に言いたいことは痛いほど分かる。自分も教育者として日々生徒と接して、本当にこれでいいものなのかと、葛藤を繰り返しながら自分の教育理念を手探りで見つけ出そうと必死にもがいている。
 だが、どちらかといえば安西は最上の主張に賛同だった。佐々木のそれは確かに正しいのかもしれないが、極論過ぎる。人を育てるという職務を全うするには、些か乱暴に感じた。格差社会について語るつもりはないが、陽の目を浴びている生徒の陰で鬱屈としているたくさんの生徒達もきちんと救ってあげるのも、教育者としての責務だと思う。

「あの、佐々木先生。私はまだ教師になりたての人間なのでそんなに偉そうなことは言えませんが、生徒達にとって本当に勝つことが全てだとは思えないんです。それに話に聞くと、佐々木先生は練習メニューはおろか、試合中の作戦や生徒達の動きも全て自分が指示を出して、生徒達には一切自ら考えさせることはしないそうですが……。それじゃあ、せっかくの生徒達が自分で考える能力を発達させる機会を奪っている気がするんです」
 それが佐々木が『智将』と言われる由縁だった。最上も安西と同意見だったようで、うんうんと力強く頷いている。だが佐々木は納得したように一度頷いて(その頷きもパフォーマンスにしか見えなくて寒々しいが)再び反論する。
「生徒の自主性を育てる……ごもっともです。ですが実際問題に生徒達に自ら全てを委ねて、果たして上手くいくケースなどいくつあるでしょうか? 心身共に未成熟な中学生には自ら考えさせて行動させるにはまだ早すぎる。失敗させて無駄な時間を費やすよりも、的確に指導をしてあげるのが一番の近道です」
「生徒達はその失敗の中から大切な何かを学んでいくんだと思います」
「それにしては中学生活の三年間は短すぎる。そんな悠長に構えていては、彼らの時間などあっという間に無くなってしまいますよ」
 詭弁にも捉えられる言い方だが、佐々木の言葉に何も言い返せないと言う事は、安西も正論だと思っている証拠だ。最上も歯軋りをして佐々木を睨みつけているが、反論は出来ない。だが、何かが違う気がして認めたくない。安西は飲み込めない佐々木の主張の替わりに、手に持った飲み物をグッと飲み干した。
 佐々木は「どうしても私の指導方法が間違っていると思いたいんでしょうがね」と呟き、テニス談義に花を咲かせている顧問、コーチ陣を手で仰いで言った。
「私の指導方法をどうこう言ってますが、実際のところこの中で私の生徒達に勝てるチームはあるんでしょうか? 私が間違っているのならば、何故あなた達は我々第四中に一勝も出来ない? いくら議論を交わそうとも、私が正しいことは結果が物語っていますよ」
 佐々木の言葉が耳に入ってムッとしたコーチや顧問の先生は居ただろうが、彼らは振り向きもせず聞かなかったことにした。ここで反応をしても薮蛇だということは、本人達が一番良く理解しているのだろう。スポーツでは勝者の言葉が最も強力なのである。
 だが、もともとスポーツには縁遠いかった安西だけが、食いついた。
「勝てばいいってものでもないでしょう? 勝つためだけに執着すればどのチームだって勝てるんです。ただそれをしないのは、学校教育として成り立たないということを、佐々木先生はわからないんですか?」
 爽やかで気遣いが出来て紳士然とした佐々木が、何故ここまで他の顧問連中から毛嫌いされているか、安西にもようやく理解出来た。そしてそれと同時に、酔いがだいぶ廻ってきていたからか、段々と目の前にいる佐々木の薄ら笑いが腹立たしく思えてきた。
「それは単なる敗者の言い訳でしょう。勝てない人間はいつもそうです。勝てない言い訳を考えている暇があるなら、少しでも勝利に近づける努力をすればいいだけなのに」
「勝つことってそんなに大事なんですか? それよりももっと大事なものがあるはずです。それを犠牲にしてまで勝利を納めようだなんて思う人は、この中に誰もいないって、なんで気付かないんですか?」
「もっと大事なもの、ですか……。なんですか、それは? 結局この世の中は競争社会なんですよ。それを学生だからとひた隠して、生徒達に平等だのオンリーワンだのと、自分達がさも特別な存在なんだと調子に乗らせて、自意識過剰で競争意識が低い生徒を世に輩出する。そっちの方がよっぽど罪深い」
「でもそればっかりの心が欠けた生徒達を世に出すのだって、社会にとっては害悪です! 学生には学生のうちだけ得られる大切なことを学ぶ権利があるんですよ!」
「じゃあ安西先生、あなたがそれを第七中の生徒達に教育を授けてなお、私達のチームに勝ってみて下さい。その学生のうちに得られる大切な何か、とは競争社会を生き抜く強い人間を作るという私の信念よりも強固なものなのでしょう? ならば勝てるはずですよね? 私の支配下でプレーをする生徒なんかよりも、ずっと。だから安西先生は専属のコーチを見つけようともせず、練習を全て生徒任せにしてるんですよね。その自主性を重んじた行為が、本当に生徒達の勝利へ繋がるんでしょうか?」
 安西は何も言い返せずに口を噤んだ。あの毎日一生懸命に練習をする生徒達のために何かしてあげたいとは思いつつも、結局は何も出来ずにただ見守るばかり。それなのに自分は佐々木に対して偉そうに講釈をたれるなんて、滑稽だった。佐々木が言うように、どれだけ非難されようともきちんと結果を残しているのは、誰であろう佐々木だというのに。これでは単なる僻みで終わってしまう。

更新日 4月7日

 佐々木は徳利からだいぶぬるくなった冷酒を猪口に手酌で注ぐと一口に飲み干して、もう一杯注ぐ。小うるさいおばさん教師と理想だけの新米教師を言い負かして、一息つきたかったのだろう。二杯連続で猪口を呷ると、佐々木は残りの酒を注いで近くにいた店員に空の徳利を渡しながら新しいものを注文する。
「でもそこをいくと、先ほど最上先生がおっしゃった軍隊というのもあながち間違いではありませんね。この世の中というのは身勝手な人間ばかりで統制を取るのが難しい。ならば初めから軍隊式にストイックな指導方法を取る私のチームが一番社会に適している。安西先生もそう思いませんか?」
「……」
「この世の中の人間は結局、一人ひとりが歯車なんです。その歯車に組み込まれてこそ、人間は社会に所属することが許されるのです。会社の組織だってそういうものでしょう。適応出来ないものは容易に淘汰され、代わりの歯車がそこに入るだけ。ですから生徒達にしてもそう、盤上で私の動かす駒になってこそ真価が発揮出来る。実に合理的だと思いませんか?」
 その一言を聞いて、最上は腹の底から憤怒が湧き出して佐々木に物申さなければ気が済まないと思い腰を浮かせた。だがそれよりも先に、佐々木の横っ面を平手がしたたかに打ちつける。その平手の主は誰であろう安西だった。ちょうど猪口を口に運んだ矢先にビンタを喰らった佐々木は、上着に酒をぶちまけて驚愕した。安西は目を怒らせて立ち上がる。
「あんた馬鹿じゃない! なにが軍隊よ? 歯車よ? 駒よ? いったい生徒達を何だと思ってるの! あんたのやってることはね! ただ単に生徒達を扱いやすい環境に納めているってだけなの! 何が指導よ! そんな指導でいいならここにいる全員がとっくにやってるの! なんでやんないか分からない? そんな方法は臆病で卑怯な人間がやる方法だから! そんなことも分からないで何が智将よ! ちゃんちゃら可笑しいわ!」
 突然の出来事にその場にいた全員が会話を止めて仁王立ちをしている安西を凝視した。対峙する佐々木も引っ叩かれた頬に手を当てて、点になった目で安西を見上げている。
 県議会議員の副議長である安西の父親は、特に学校教育に力を注いでいる議員の一人だ。なので安西は幼少の頃から父が語る理想の教育を日常的に耳にしていたので、大学卒業後に中学教諭になったのは、至極当然のことであった。そんな父の理念を脈々と受け継いでいた安西に、生徒を駒扱いする佐々木がどうしても許せなかった。加えて普段飲めない酒を飲まされて、理性というたがが緩んでいたので言葉よりも先に行動にでてしまったのは仕方ない。
 安西の口からはなおも怒りが止め処なくあふれ出てくる。
「確かにあんた達の生徒は強いわよ! 強かったわよ! でもね! 私の子供達を甘く見ないでちょうだい! あれだけボロ負けしてもね! 明日の個人戦にはあんた達を負かしてやるため闘志を燃やしていたわ! あんたみたいに軍隊指導しなくてもね! うちの子達はみんな強い意志を自分で育んでいるわ! 出来合いの強さしか持たないあんたの子達よりも、天然の強さを持った私の子達の方が強いに決まっている!」
 据わった目のまま一気に捲くし立てる安西を傍観していた周りの人間は、さっきまでの清楚な安西のイメージが音を立てて崩れ落ちたが、佐々木に今まで言いたかった鬱憤を代弁してくれたので、スカッとした。
 佐々木は最初のうちは口をあんぐり開いて固まっていたが、徐々に顔を真っ赤にすると口を閉ざして俯いた。だがその赤面した表情に恥辱や怒りの色は見られず、何故か瞳はキラキラ輝いている。そして佐々木はグッと顔を上げると、未だに興奮冷めやらない安西を真っ直ぐ見つめる。佐々木も本当なら口を開けないほどに気分が高ぶっていたが、『智将』としての本能が言葉を紡いでくれた。
「じゃ、じゃあ、安西先生は第七中の子が、明日うちの生徒に勝てるというんですか?」
「当然よっ! 負ける気がしないわっ!」
「も、もしも、負けたら、どうします……? 絶対に、負けないんですよね? もしも負けたら……私の言うことを、何か一つ聞くというのは……どうでしょう?」
「いいわよっ! あんたの言うこと、なんでも聞いてあげるわっ! ただし! うちが勝ったらあんたのその態度! 改めなさいよねっ!」
 そう言い終るや否や、安西は急に糸が切れたようにその場に倒れこんだ。驚いた最上が慌てて介抱する。酔いが廻ってたのといきなり興奮状態になった安西は、血が頭に廻りすぎて気絶してしまったのだ。周りで見守っていた人たちも、安西が崩れ落ちたのを皮切りに、お絞りを持ってきたり店員を呼んだりと右往左往。店内は一気に混乱の坩堝と化した。

 だがその中で、佐々木だけは顔を紅潮させたまま、頬に手を当てて茫然としていた。堕ちるのは誰だって唐突で一瞬。『智将』と呼ばれる佐々木もやはり人の子、例外ではなかったようだ。



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