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2010'03.29 (Mon)

明日に備えて

 その後の試合結果、第四中の決勝戦の相手は、第一中を下した顧問長率いる第六中となった。だが今年の第四中団体メンバーの実力は例年にない粒揃いばかりで、第六中など歯も立たない試合だった。全戦第四中勝利でゲームポイントを与えたのは僅かに2ポイントのみ。殆どの試合が4-0で終わるという、圧倒的過ぎて観客の興を削ぐような内容で終わった。
 さて、地区総体は一日目に団体戦が行われ、二日目に個人戦が行われる。団体戦は個人戦に比べれば大会自体終わるのが早く、決勝戦が終わった段階で午後の二時をちょうど廻ったくらいだった。なのでその後は選手達にテニスコートを自由に明け渡し、おおよそ午後五時までは好きなように練習をさせることになっている。翌日の個人戦に向けての最終調整が主になるが、選手達の本音からすると、個人戦であたる対戦相手の実力や調子のほどを下見しておきたいのだ。
 各コート毎にこれまた観客席同様、暗黙の了解で各学校ごとに割り振りされていて、選手達はそれぞれ乱打をしていた。個人戦に参加する選手は七十ペア。各学校ごと十ペアずつ選出されて出場となるので、この乱打に加わった選手数は全員で百四中人にも及ぶ。なので一つのコース毎に長蛇の列が出来上がっていた。
 その中でも第4コートの一番隅で、宗方はラケットの替わりにパンフレット片手で競技場内を見渡していた。
「ふぅむ……ここからだと第二中の練習風景が観察出来ないじゃないか。我々の一回戦の相手は彼らなのに、これは困った。だが幸い二回戦であたる第六中の二番手はすぐ隣に居てくれるから助かる。なぁ、丸男君?」
 傍らの丸藤に同意を求めると、彼はあまり気の入ってない声で「丸藤、です……」と返事をした。そんな心ここに在らずといった雰囲気のペアをいぶかしみ、宗方はわざと明るい声で笑った。
「ハハハ、何をそんなに臆しているんだい、丸男君? もしかして、二回戦が第六中の二番手だからって怖気づいているんじゃないだろうね。そりゃあ、確かに決勝戦で見学したところではかなりの実力者だった。しかもダブル後衛とは恐れ入ったね。だがね、ダブル後衛なら必然的に根競べになる。だったら尚更のこと君にとってはもってこいな相手じゃないか」
 強敵相手に明るい見解を提示してやったのだが、それでも丸藤のソワソワは治まらない。一体何をそんなに気にしているというのか。宗方は手に持ったパンフレットをめくる。
「それよりもまず初戦の相手かな。一回戦は第二中の三番手、か。第二中は二年生が主体のチームなようだね。しかしその中でも我々の対戦相手の三番手だけ前衛に一年生が入っている。名前は……本田。第二中は選手の層があまり厚くないのかな。一年生ということはきっとジュニア経験者ということか。丸男君、この本田という人間を知っているかい?」
 独り言をブツブツと呟きながら尋ねた宗方だったが、その時に丸藤が小さく「あっ」と声を発した。視線の先を辿ってみると、誰かがこちらに向かって歩いてくる。ユニフォームから察するに第二中の生徒だった。
「よう、丸藤。久しぶりだな」
 数メートル手前に来てその選手は気安く挨拶を交わしてきた。そんな彼に名前を呼ばれた丸藤がしり込みしながら応対する。
「や、やぁ。久しぶり、本田君」
 自分達とさほど身長が変わらない小柄な選手と自分のペアを交互に見つめて、宗方は目を丸くした。
「丸男君、この本田君って一回戦の……。君の知り合いだったのかい?」
「うん。僕の小学校時代のペアだよ……」
 これには宗方は驚かされた。まさか一回戦の相手が自分の後衛の元ペアだなんて。

「まさか俺達が一回戦からあたるとは思わなかったな。これが、お前の今のペアか?」
 宗方の足のつま先から頭のてっぺんまでジロジロと観察した後、本田は軽く鼻で笑った。その不躾な態度が宗方の自意識過剰なプライドの琴線に触れる。
「それで、本田君。何か用?」
「俺はただ神谷と小堺を見に来ただけだ。お前になんて用はないよ」
 そう言うと本田はコートの方に視線を移す。丁度良く神谷と小堺が乱打を繰り広げていた最中だった。一際凄まじい打球でやり取りする二人は、自然に周りのギャラリーの注目を集めていた。
「あの二人、相変わらず上手いな。ま、もっとも俺もお前とさえ組んでいなきゃ、ジュニアの時に一度くらいはあいつらに勝てたけどな」
 途端に口をついた嘲りに、丸藤はグッと唇を噛んで下を向いてしまった。そんな様子が愉快だったのか、本田はニヤリと笑うと宗方に向き直った。
「君も苦労しているだろ、こいつってロブしか打てないから。俺も散々イライラさせられたからね。後衛なんだからたまにはガツンとシュートボールでも打ってくれればいいのに。こいつと一緒に組んでいても精々地区総体止まりだよ? 君も早く別のペアを探した方がいいんじゃない」
 その一言に、宗方は信じられないほどの憤怒が湧き上がった。そして団体の一回戦直後に丸藤がポツリとこぼした事を思い出した。自分はジュニアの時にペアから怒られてばかりだった、ロブしか打てない後衛だと馬鹿にされたということを。その時のペアというのが、いま目の前にいる本田なのだろう。
 宗方はどれだけ自分の容姿や性格に対して陰口を叩かれたり直接罵られても決して怒ることはない。その程度で発憤するということは器が小さい証拠だし、憤るのは図星な証拠だと祖父に教わったからだ。だが、そんな彼でも我慢ならないことがあるのだと初めて気がついた。
「ところで君、小学校の時に見かけたことないけど初心者? それともどっかのジュニアでやってた?」
 一回戦の対戦相手ということで探りを入れてるのか、それとも単なる興味本位なのか、本田は宗方に経歴を尋ねた。すると宗方はらしくない淡々とした口調で答える。
「僕は県外から来たんだ。その前は全日本選手からコーチをしてもらっていた」
 その一言に驚いて丸藤は振り向く。何故なら宗方の言葉は半分嘘であり半分本当だったからだ。本田は言葉の真意を飲み込みかねて宗方の肥えた腹をマジマジと見つめる。そして「じゃあ、明日よろしくな」という台詞を残し、自チーム陣営に戻っていった。
「宗方君、なんでまた県外から転校してきたなんて嘘を。それに確かに全日本選手からコーチしてもらったのは本当らしいけど、あれって硬式じゃあ……」
態度はふてぶてしいが決して嘘を口にする性格ではないと思っていたので、丸藤は些か疑問に感じだが、宗方は涼しい表情で答えた。
「小学校の時に僕は軽井沢に行って県外から帰ってきたから嘘じゃない。だれも転校してきたなんて言ってないよ。それよりも丸男君、教えたまえ」
「な、何を?」
「あの本田という人間の実力、癖、長所、短所、性格、血液型、家族構成、趣味、嗜好。洗いざらい全てだ」
 宗方の横顔を見つめながら、丸藤はゴクリと唾を飲み込んだ。何故なら宗方はこれまで見たことがないほどに、鋭い眼つきで去りゆく本田の背中を凝視していたからだ。
「明日の一回戦は、ラブゲームで終えようじゃないか、丸男君」
「が、丸藤です……」
 自分のもっとも信頼を置いているペアを軽侮したことを、その身を持って思い知らせなければならないと、宗方は固く心に誓った。

 翌日の個人戦における顧問としての諸注意と仕事について、事務室で他の顧問連中からご教授を賜った安西は、ホッと一息をつきながら外に出た。初夏の生ぬるいというには少々熱気を帯びた風が頬に触れる。北国独特の短い夏がもうそこまで来ていた。安西は自チームの選手達の練習風景を観察するためにコートを見渡す。非常に多くの生徒がコート内をひしめき合っていて、自分達の小さな六人を探せるのかと不安になったが、赤とオレンジ色の派手なユニフォームのおかげで直ぐに見つけることが出来た。宗方議員後援会に感謝しなくては。
 そして安西は第4コート側の観客席に行こうと足を進めると、その先に第四中顧問の佐々木が眼に入った。さっきまで準決勝で対戦していた相手の顧問、『智将』の異名を持つ佐々木は、手すりに肘を乗せて手を口の前で組むという、試合中と全く同じポーズでコート内の選手達を眺めている。その表情は相変わらず冷たく眼光は鋭い。安西はそんな様子の佐々木に声を掛けるべきが躊躇したが、そのまま挨拶も交わさずに横切るのも悪い気がした。
「お疲れ様です、佐々木先生」
 声を掛けられた佐々木は一瞬、パッチリと目を見開くと直ぐに腕と表情を崩して爽やかな笑顔を安西に向けた。
「お疲れ様です、安西先生」
 そのあまりにも早い身替りに唖然としたが、安西もポーカーフェイスで応対する。
「団体戦優勝、おめでとうございます。そしてうちの生徒達に胸を貸して頂き、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらとしても大変良い勉強をさせてもらいました。特に一番手の彼らは本当に凄い。うちもうかうかしていられませんよ」
 社交辞令のような会話を交わすと、佐々木は再びコート内に視線を戻す。安西もそれに習って佐々木の横に並ぶと縦横無尽に動き回る選手達を眺めた。
「第四中の生徒さん達は学校に帰られたんですか?」
 よく見るとコート内に第四中生徒の姿はどこにもない。佐々木はなおも笑顔で答える。
「はい。うちは生徒数がどこよりも多いですし、それにこの競技場は学区内ですからね。学校で練習をしていた方が他の生徒さん達の邪魔をしないで済みます」
 もっともらしい言い分だが、『智将』と知った今では自分達の生徒の調子を対戦相手から観察されないよう体よく隠したように感じなくもない。そして顧問本人は会場に残り他校の選手をつぶさに観察。自分の生徒がいないコートならば、さぞかし注視しやすいだろう。
「佐々木先生って凄いですね。生徒達のことを思って熱心に指導してらっしゃいますし、きちんと立派な成績も修めていますし。私なんて本当にソフトテニスは初心者ですから、生徒に教わることばかりですよ」
 少し皮肉っぽく聞こえるかもしれないが、安西にしてみれば何も包み隠すことのない本心だった。全くの未経験者なので試合中もただ傍観しているだけの存在なのは仕方ないのだが、それでも一生懸命にテニスをする選手達を見ていると、自分もどうにかしなくてはという焦燥感に駆られてしまう。彼らのために何かをしてあげたかった。それは教師として顧問としてではなく、純粋に一人の人間として、だった。
「佐々木先生はいつも試合前に選手達へどんな風に声をかけてますか? いいえ、そもそも普段はどんな練習をしてらっしゃいますか? うちは全部が選手達に任せっきりなので、やっぱり専属のコーチがいてくれた方がいいんですかね。そういう人って、どこから探してくればいいんでしょ?」
 矢継ぎ早に質問をしてくる安西が可笑しかったのか、佐々木は小さく吹き出すと尚もあれこれと質問を投げかけてくる安西を手で制した。
「わかりました、安西先生。さすがに今、全ての質問に答えるのはちょっと難しいので、そういうお話は今晩ゆっくり致しましょう。安西先生も勿論来られますよね? 今日の反省会」
 佐々木にそう言われて、安西は今朝方に顧問長が連絡してきたことを思い出した。
「確か、今日の六時から居酒屋『ばってん』でやるっていう、反省会のことですか?」
「そうです。各学校の顧問とこの大会を運営する役員やテニスのOB、コーチ達との集いですよ」
 なんてことはない、ただ単に大人達の飲み会だ。だが今朝その話を聞いて安西は不思議に思った。何故、二日間行われる大会の真ん中に飲み会など催すのだろうか。全てが終わった明日の夜にでもやればいいものを。

更新日 4月1日

 そんな安西の疑問に答えるように、佐々木はすかさずに理由を話し出した。つくづく他人の考えを読み取るのが得意な男性だ。
「幸いに明後日の月曜日は振替休日になるので構いませんが、先生方は日曜日の夜にお酒を飲むのを嫌うでしょう? だから自然に土曜日の夜に会合を開く運びになっているのです。ある意味伝統のようなものですね。普通、テニスの大会は個人戦よりも団体戦の方が早く終わるんですが、不思議に思いませんでしたか? どうせなら盛り上がる団体戦の方を二日目に回した方が選手達も早く帰れるので都合が良いはずなのに、何故か初日に行う。これ、実はそういう大人の事情が絡んでいるんですよ。最初に個人戦をしちゃうと長引いてお酒が飲みにいけなくなっちゃう、って」
 そこでわざと佐々木は声を潜めた。きっと生徒や父兄に聞かれてはやや憚りがあると思ったのだろうが、個人戦をまだ体験していない安西にしてみれば、そんなものなのかと頷くだけだった。
「それに大概どこの学校でも大きい試合の後には、保護者との飲み会に出席しなくてはならなくなりますからね。私も明日の夜には父兄からお招きを頂いております。なので二日間に渡って行われる大会は必ず飲み会も二日間連続になるんですよ。日中は試合で生徒達の相手、夜は居酒屋で大人達の相手。顧問というものは体力的にも精神的にも休まる暇がありません」
 最後は少し愚痴めいたものになったが、佐々木の笑顔が翳って見えたところによると、本心なのだろう。安西はこれからそういった気苦労とも付き合っていかなければならないのかと、運動部の顧問になったことを若干後悔したが、そんなことを今更嘆いても詮無きことだった。
「そんなわけで、今晩の飲み会には私以外の顧問や熟練したコーチ陣も多数参加しますので、きっと安西先生にとっては良い勉強になるかと思われます。反省会、出席なさいますよね?」
 佐々木のもう一度した催促に安西は「はい、もちろんです」と即答した。その反応に満足した佐々木は再びコート内に視線を戻す。もとより彼は他校の選手の検分の真っ最中だったのだ。安西もそれに倣ってたくさんの選手がうよめくコートを見る。他校の選手を見ても誰がどれほどの実力があるのかさっぱり分からず、安西の視線はついついオレンジ色のユニフォームを纏った自校の選手達に移っていった。
 佐々木の話を聞くからには、初心者の安西には願ってもないほど有益な会合になりそうだ。自分の生徒達のために、安西は安西の立場なりに得るものは得ておいた方が良いと意気込みながら、頬に当たる熱い風を受け止めた。




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06:43  |  なんしきっ!  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

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