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2010'03.06 (Sat)

団体準決勝 中堅戦  丸藤・宗方VS筑摩・千田

 試合を終え、佐々木の元へ戻る村上と佐野。ハキハキとした声で『お願いします!』と今の試合の講評を賜ろうとしたが、佐々木は組んだ手で口元を隠す仕草のまま首を横に振った。自分の指示に対して首尾よく収めた、ということなのだろう。村上と佐野は小さく吐息を漏らすと『ありがとうございました!』と礼をしてメンバーの輪の中に入っていった。
 二人が退くと同時に、中堅ペアが佐々木の指示を仰ごうと待ち構えていた。
 第四中二番手、後衛の筑摩と前衛の千田はメンバー内でも最も攻撃的なプレーを得意とするペアである。後衛の筑摩は中学生と思えないほどに筋肉隆々で背丈が大きくパワーテニス思考で、隙あれば前衛のサイドをガンガン抜いてくる常に好戦的なタイプだ。前衛の千田はゲーム展開を読むのに長けていて、チャンスと思えば躊躇せずにボレーを狙ってくる。防戦を主体とする丸藤ペアとは正反対タイプのペアだろう。
「さて、相手の後衛はジュニア経験者でロブが上手い。どんなシュートでも確実にロブで拾ってくるそうだ。前衛はソフトは初心者だが硬式をいくらか齧っていたらしくゲームの組み立てに長けている。しかもサウスポーだ。これは向こうの顧問から直接仕入れた情報だから間違いはないだろう」
 そういうと佐々木はチラッと第七中のベンチに置物同然に座った安西を一瞥する。頼まれてもいないのにペラペラと己のチームの情報を暴露するとは。ただ単に抜けているだけか、スポーツには縁遠い生活を送ってきたのだろうと、佐々木は相手チームの顧問をも分析していた。
「本来なら司令塔役の前衛から潰していくのが私のやり方だが、今回は逆だ。2ゲーム以内に後衛を潰せ。まずは機動力を削ぐのだ。そうすれば勝手に自滅してくれる。半分素人の前衛など、関わる必要もない。ただし……」

 念入りに右腕回りをストレッチする丸藤に、参謀である宗方が作戦内容の確認をする。
「……と、あちらは考えているだろうね。特にあの佐々木とかいう顧問、智将と呼ばれているくらいならばきっとそこまで読んでくるだろう。つまり丸男君、君にボールが集中してくるということなので覚悟したまえ」
 緊張して喉が渇いているのか、宗方は三本目のスポーツドリンクもすっかり飲み干して口の周りを拭きながら言った。そんなに水分を摂って大丈夫なのかと心配しながら丸藤は口を開く。
「丸藤です。あの後衛、見るからにパワーヒッターだから。僕、ちゃんと全て返せるか心配になってきたよ」
「問題ないさ、君なら出来るよ。そして話の続きだが、君にボールが集まるということは僕がノーマークになる。素人だと思って警戒してこないだろうね。そこでチャンスだ。君はとにかく相手後衛を左右に振り回してくれたまえ。相手がパワーヒッターならば必ずや痺れを切らして僕のサイドを抜いてくるはずだ。僕は全力でそこに賭けてみる。いいかな?」
 宗方が提示する作戦に丸藤は無言で大きく頷いた。宗方は素人の割にどこへそんな自信が潜んでいるのかと言いたくなくほど、胸を張って作戦を企てる。丸藤はそんな彼に連れ添うことが時々楽しくて堪らなく思えるときがあるのだ。
 物心ついた頃から始めたテニスだったが、自身のプレースタンスと相方に恵まれず、不遇な小学生時代を送った。中学に上がりラケットを手放そうと考えたが、顧問の安西から説得され新たに出来た友人からも懇願され、彼は再びラケットを握る決意をした。そんな彼の前に現れたパートナーが宗方だった。
 金持ちのボンボンで生意気な性格な彼だったが、ペアである自分を尊重し、腕が未熟な分は知力でカバーしようとひた向きに努力を重ねる姿に頼もしさを感じる。今だってそうだ。先鋒である高田ペアの試合で圧倒的な力量の差を見せつけられても、未だに彼は勝利に対するこだわりは一欠けらも失っていない。
 他の部員にしてもそうだ。先鋒戦を完封負けに喫してすっかり気持ちが落ち込んでしまったが、まだ二試合あるのだ。諦めるにはまだ早いことを部長から暗に叱咤されたような気分になり、心の中をリセットする良いきっかけになった。顧問の安西も、次に試合を控えている神谷と小堺も丸藤と宗方を精一杯に激励する。ベンチの隅ですっかり腐っていた高田と吉川へ、宗方は声をかけた。
「君達、もう出番は終わりだと思っているのかね? 次に我々、そして大将戦で神谷君達が勝てば次は決勝戦だぞ。我々は勝ちを諦めていない。君達もこの市議会議員の孫である僕が率いる第七中ソフトテニス部の一員ならば最後まで協力したまえ」
 その一言に、高田は恨めしそうな顔を上げて溜め息を吐く。
「うるせえな。……試合のすぐ後で疲れたから休んでいただけだ。ちゃんと応援すりゃあ良いんだろ。さっさと行きやがれ、デブ」
 少し表情に輝きを取り戻した高田の顔色を伺いながら、吉川もおずおずと口を開く。
「……うん。うん、そうだよね。まだ終わったわけじゃないんだよね。まるちゃん、ぶぅちゃん、頑張って!」
 気落ちしていた二人もどうにか立ち直ってくれたおかげで、第七中サイドはやっと本来の活気を取り戻し始めてきた。そんな部員達に丸藤と宗方はラケットを掲げて答える。そして意気揚々とコート内に足を踏み入れた。
 後方からは早速チームメイトからの声援が聞こえてくるが、宗方は丸藤に寄ると声を潜めた。
「君にボールが集中すると仮定して、もしかしたら前衛がこんなポジションを取るかもしれない。そうしたら……」
 参謀は常に予測される不安要素に備えて先手先手で攻めていかなくてはならない。コートを一つの盤上と見立てて、宗方はいつ何時も知力を尽くすことを惜しまないのだ。

 第一回戦同様に、丸藤ペアはサーブ権先取となった。丸藤サーブのフォームを構えて相手選手に注目する。後衛の筑摩はファーストサーブを警戒してベースライン近辺に位置しているが、なんと前衛の千田も筑摩と同じくらいの位置に立っていた。レシーブ側の前衛は普通ネット前に張り付いているものだが、千田はまるで後衛の如くベースラインとサービスラインの間辺りにいた。丸藤が驚いたのは前衛がイレギュラーなポジションにいるからではなく、千田のポジションが宗方の予想通りになったからだ。試合直前、宗方は丸藤にこう示唆した。
「もしかすると相手前衛は君がシュートを打たないものだと高を括ってスマッシュ狙いのポジションにつくかもしれない。つまりネット前に張り付かずに後方で待機しているということだな。もしもそうなった場合、もちろん左右に振ろうものなら前衛のスマッシュの餌食だ。相手後衛がいるコースに返すしかないのだが……。これを短く返したまえ」
「短く、つまりショートボールってこと?」
「うむ、シュートとショート、ややこしいな。相手後衛を前に引きずり出すのだ。そうすれば自然と相手前衛が後方を守らなくてはならなくなり、そこで敵は陣形を崩す。勝利を見出すならばそれしかないな。どうだい?」
 確かに、実力が劣っているペアが格上に勝つには相手のペースを乱すのがセオリーだ。少々イレギュラーだが、賭けるとすればそれしかない。
「わかった。それでいこう」

 まさか第一ゲームの一本目から宗方の言う通りになろうとは。つくづく自分のパートナーの読みの深さには脱帽だが、とにかくこれで最初から筋書き順にゲーム展開を組める。丸藤はあまり得意とはいえないショートボールを意識してサーブを放った。
 宗方にしてもまさか本当に相手がこのポジションで来るとは思わなかったが、逆にこれで先手を取りやすいと内心ほくそ笑んで思考を廻らせた。丸藤が指示通りにショートで後衛を前に引きずり出したら前衛の千田と勝負になる。そうすればすかさず自分がポーチに出てやろう、そんなことを画策しながら丸藤のサーブがサービスエリアに入るのを眺めていたが、筑摩はそのレシーブで宗方のサイドを抜いた。あまりに一瞬のことで真横を通過した白球に宗方は反応出来なかったし、丸藤も同じくただボールを見過ごした。そして第四中サイドから歓声が湧き上がったのを聞いて、初めて彼らは一本目から策を外したことに気がついた。それと同時に宗方は自分が策に嵌められたことに気付き、屈辱で顔が赤くなった。
 前衛が後ろに下がっていたのは、第四中ペアが丸藤狙いだと思わせるための罠。本当に出し抜きたかった相手は司令塔である宗方だった。佐々木は筑摩と千田に指示を出した時、最後にこう言った。
「ゲームの一本目とマッチポイントは必ず前衛を嵌めろ。ただし2ゲーム目までで結構だ。あの素人の足を止めなくていい。止めるのは思考だ」
 宗方は確かに戦略の組み立て方としては中級選手以上の力を発揮する。だが、智将の異名を持つ佐々木は更にその上をいく戦略家なのだ。
 自分が策に嵌められたことにわなわな震えている宗方を冷淡な眼差しで見つめながら、佐々木は一人呟く。
「将棋ごっこはこちらの方が一枚も二枚も上手なのだよ。大人しく突っ立っていてくれればすぐに試合は終わらせてやる。恥を掻かない程度に、な」

 自信家は総じて一度折られた鼻は容易に直すことが出来ない。完全に策を見誤った宗方の思考は既に停止してしまった。次も自分が狙われるのでは……いや、それも罠かもしれない、と疑心暗鬼に捕らわれてしまい、参謀が機能を失ったことでパートナーである丸藤はコート内で孤立してしまった。ここからが第四中の本当の狙いである。ジュニア上がりのロブ使い、丸藤を潰すことだ。
 第二本目のサーブを丸藤が放つ。一度サイドを抜かれた宗方はまた抜かれるのでは、と無駄に警戒し過ぎてついついポジションがサイドよりになってしまっている。そうなるとコートの三分の二を丸藤が死守しなくてはならないのだ。前衛の千田はコートのミドルに悠々とレシーブを返す。それもかなりの威力を持つシュートボールだったので、丸藤はほうほうの体でボールを拾い、どうにか相手後衛に返す。後衛の筑摩は持ち前の剛速球を丸藤に打ち付ける。
 今まで味わったことのない速度と威力を秘めた打球に丸藤はラケットを弾かれるのではないかと一瞬肝をつぶしたが、どうにかロブで返すことが出来た。信じられないほどの球威に手がジンジンと痺れる。果たして今の返球が本当にコートに入るのかと心配しながら目を向けて、丸藤は凍りついた。後衛の筑摩に返したはずのコースに何故か千田がいた。そして自分のロブをスマッシュで打ち落としたのである。唖然とするまでもなかった。前衛が後ろで待機しているところにロブを返せば、どうぞスマッシュを打って下さいと言っているようなものだ。千田が後方で構えている限り、丸藤のロブはほぼ自殺行為に等しくなる。

 一気に暗雲立ち込めてきた第三本目、未だ動揺が隠せない宗方はダブルフォルトしてしまう。そしてマッチポイントの四本目、宗方のサーブを千田はミドル(コートの真ん中)へ向けてシュートボールで返した。これも彼らの弱点である。左利きである宗方がコートの左側にいるとき、ミドルに打ち返されると丸藤も宗方もバックハンドになるのだ。これはサウスポー選手がいるペアの決定的なウィークポイントなのである。
 結局、第一ゲームは1ポイントも奪取できずに終わってしまった。試合前の意気込みはどこへやら、暗い表情で言葉なく俯く宗方と丸藤に、チームメイトもなんと声をかければいいか分からず、黙ってタオルとスポーツドリンクを差し出すだけだった。
 そして中堅ペアは無言のまま向こうのコートにとぼとぼと歩いていく。その後姿を彼らは黙って見送るしかなかった。この試合を落とせば団体戦敗北が決定してしまう、非常に重要な試合なのだ。だからと言って実力は向こうの方が何倍も上手、かと言って現状を打破できるような作戦も思いつかない。まさに第七中は四面楚歌の状況を迎えていた。
 背後に第四中の声援を受けながら、どうすることも出来ずに段々とやきもきを募らせていた丸藤に、それまで黙りこくっていた宗方が振り絞るような声で呟く。
「丸男君、ショートボールだ」
「え、何?」
「ショートボール、レシーブを短く返したまえ。それであちらの後衛を前に引きずり出すんだ!」
 宗方は当初案じていたもう一つの作戦を思い出した。前衛が後ろでのさばっているなら後衛を前に引きずり出せばいいだけ。起死回生のチャンスを得るためにはその一策に賭けるしかない。
「丸男君、ショートといってもかなり短めで返さなければならない。あの後衛をネット前に張り付かせ、後方に下がらせる余裕がないほどに、ね。出来るかい?」
 ペアのブレイン役である宗方の瞳に力強い意志が甦っているのを感じた丸藤は、若干躊躇いながらも大きく頷いた。真剣な表情で自分を真っ直ぐ見据える彼に、丸藤も精一杯の自信を見せて答えなければいけない。それが彼から背中を預けられた後衛として、チームの誰よりも経験歴の長い自分へ課せられた責任だ。
「あまり得意ではないけどやってみる。というよりも、やらなきゃ駄目なんだよね」
「うむ。我々はなんとしてもこのゲームを落としてはならない。どのような手段を駆使してでも彼らに次のバトンを回さなくては」
 そう言うと宗方は向かい側のベンチにいる大将ペアを遠めで見つめる。宗方は先ほどの試合で初めて彼らの実力を間近に感じたが、あの二人は本物だった。神谷と小堺に負けが決定した試合に挑ませるなんてことは、絶対にさせたくない。それが彼なりの部長としての意地でもあり、使命でもあるのだ。丸藤も宗方と同じように向かい側のコートに注目する。相手前衛の千田は1ゲーム目と同じようにネット前でポジションを取る気はないようで、既にベースラインよりも後ろで悠然と待ち構えている。あちらにしてはこちらペア対策の定石ポジションなのだろうが、それを打ち崩す策は宗方が講じてくれた。
 審判のコールに合わせて、丸藤と宗方は各々のポジションに着く。2ゲーム目、ここから挽回しなくてはならない。

 相手後衛の筑摩は高くトスを上げる。ボールがゆっくりと宙を舞う間、彼はその屈強な肢体に力を込める。丸藤は唾を嚥下して筑摩の放つサーブを待ち構えようと膝を緩くタイミングを合わせていた。そして筑摩の振りかぶったラケットがボールに当たった瞬間、丸藤も素早くラケットを引いたがそれよりも速くボールは丸藤の足元をしたたかに打ち抜いていった。
 筑摩のサーブは勢いがあまり過ぎて結局フォルトになったが、まさに一瞬の出来事で丸藤は度肝を抜かれてしまった。これほど威力があり速いサーブは小学時代には体験したことがなかったので、まともに反応が出来なかった。もしも今の打球がサービスエリアに入っていたら、丸藤は容易にサービスエースを取られていたであろう。中学テニスは体格も力量も全く別次元だというのは承知の上だったが、彼は始めてその実態の洗礼を受けたような気持ちになった。
 とにかく今は試合中、丸藤は怖気づきそうな心を奮い立たせて二本目のサーブに挑む。筑摩の構えから見ると、ダブルファーストサーブ(二本とも上から打ち下ろす力強いサーブ)ではなさそうだったので丸藤はホッと胸を撫で下ろしラケットを構える。早速チャンス到来である。緩めのボールほど短く返しやすい。
 果たして筑摩は二本目のサーブを予想通りのゆったりとしたボールで放つ。丸藤は何度も頭の中でイメージトレーニングをした通りに、ラケットをコンパクトに構えると、ボールを擦り当てるように短く相手コートに返した。その瞬間、後方の第四中ベンチサイドがざわめく。サーブを放ったばかりの筑摩が慌てて前方に突進し、滑り込むようにボールを緩く返した。少し小高く上がったボールを宗方が必死で追いかける。だが丸藤は声を張り上げて叫んだ。
「宗方君! 追わなくても良いっ! ポジションに戻って!」
 宗方も最初からこのチャンスボールに飛びつくよう狙っていたのだろうが、後ろから冷静に判断してみても宗方の運動神経ではボールに届きそうもない。それでこちらの陣形を乱されては元も子もないと察した丸藤はボールを繋ぐことを選んだ。丸藤の指示を一瞬で理解した賢明な参謀は足を止めると直ぐに元のポジションに着いた。丸藤は緩く上がったボールにしっかり狙いを定めて筑摩の頭を越すロブで返球した。後方に位置していた千田が素早くコートを左から右へ走り丸藤のロブに追いつく。またもや第四中応援陣がどよめいた。
 宗方はその反応を冷淡に分析して次の展開を慎重に見極めた。どうやら作戦は成功したようだ。筑摩も千田の慌てた様子を目の当たりにした時に、彼はやっと相手ペアに一矢報いた感慨に耽ると同時に、くもの巣にかかった獲物をどう調理しようかと捕食者のように虎視眈々と次の返球に思考を巡らせた。
 だが、丸藤のロブを同じく緩やかなロブで返した千田は束の間だけ見せた焦りの表情を素早く引っ込めると、冷静に次のボールに備えてラケットを構えている。筑摩も同様に、後ろへ戻ろうとする素振りも見せずにネット前に張り付くと然るべきポジションを陣取って丸藤の打球を見守っていた。違和感を感じたのは宗方だけではなく丸藤も同じだった。
 前後各々の陣形を逆転されたにも構わずに落ち着き払った態度を見せる相手ペアは、ある意味異様だった。もしも自分が急にネット前に引っ張り出されたら淡々とポジションを考えている暇もなくパニックになるだろう。
 さらに千田はどうだ? 確かに中学三年生になれば前衛といえどもストロークには自信があるだろが、千田の打球は違う。自分のロブをなんの躊躇もなく伸び伸びと打ち返してくるし、左右に振られてもうろたえることなく対処してくる。
 思惑とは違った結果になって急遽第三案を捻り出さなければならなくなった宗方は、ボールを眼で追いながら必死に頭を回転させたが、それが一瞬の隙に見えたのか千田は宗方のサイドを悠々と抜いてポイントを決めた。
 愕然とする宗方に追い討ちをかけるように第四中の応援は一気に湧き上がる。すっかり打ちのめされて頭が混乱状態になった丸藤は、転がったボールを拾おうとよたよた第四中ベンチに近付くと、ちょうど足元にあったボールを敵将の黒田が拾い投げてくれた。そしておずおずと頭を下げる丸藤に、黒田は止めを刺す。
「筑摩と千田は去年まで前衛と後衛、逆にやっていたんだ。だから前後を入れ替えられても弱点にはならない。残念だったな」
 その一言を聞いて、丸藤は顔が真っ赤になった後に直ぐ真っ青になるのを感じた。確かにテニスには前衛と後衛という二つのポジションしか存在しないが、それが何も途中で進路変更しないとは限らない。本人の資質、チーム内の前後衛のバランスなどで前衛から後衛に変えさせられる選手もいる。実のところ、丸藤本人もテニスを始めて一年目は前衛としてプレーをしていた経験があるくらいだ。だから、黒田がいうことが自分達を惑わせる嘘だとも思えないし、今のプレーから察するに真実だと断定していいだろう。つまり、起死回生のチャンスを賭けた作戦は無残にも失敗に終わったということだ。
 丸藤はその事実を宗方にも報告をする。きっと宗方のならば次の作戦を企ててくれるかもしれないと思ったが、参謀は真っ青な顔をしてだんまりと俯いてしまったので、丸藤は根拠もない期待を抱いたまま絶望してしまった。
 確かに宗方は丸藤よりも頭の回転は早いし、ゲーム展開を組み立てることに長けている。だが、宗方に何よりも不足していることは経験だった。頭の中ではゲームを盤上と見立てていくらでも知力を尽くすことが出来るが、経験が少ない分だけ動かせる手駒(策)が圧倒的に足りないのだ。なので一つ二つの作戦が崩れると、直ぐに万策尽きてしまう。ましてや実力は遥か上を凌ぐ相手では、弄せる策などたかが知れていた。

更新日 3月11日


 それからはすっかり塞ぎ込んでしまった宗方とボール上げ係と化した丸藤が相手ペアに蹂躙されるという一方的な展開となった。相手ペアは智将・佐々木の指示通りに一本目とマッチポイントでは必ず宗方を狙ってポイントを取り、それ以外は丸藤にボールを集めてスマッシュで封じる。完全にパターン化されたゲーム展開に嵌められた二人にはなす術もなく、ついに1ポイントも奪取出来ないままゲームカウントは0-3。
 ラストゲームになっても宗方は意気消沈したままで復活する兆しが見えなく、丸藤はどれだけロブで返しても簡単にスマッシュで打ち返される展開に、イライラがピークに達していた。彼は自分のペアに苛立っているわけでも相手選手に腹立てているわけでもない。ロブを打つことしか出来ない自分自身に頭に来ているのだった。第一試合目が終わった後に小堺がいっていた言葉が頭の中でグルグル廻る。
 『シュートも打てないと困る場面もあるわけよ』
 まさに現状を最も良く言い表している台詞だ。自分がロブしか打てないのを承知だから相手前衛は後ろに下がりっ放しで狙い撃ちにされる。自分がこれまで信じて鍛え抜いてきた技術が今では仇となっていた。
 丸藤はネット前で声もなくうなだれている宗方を見る。彼は自分を頼り、こんな自分に感謝をしてくれた。だが、自分がロブしか打てないせいで参謀である彼の作戦の幅を狭めてしまっている、という自責の念に駆られてしまう。
 チェンジサイズをして今は後方のベンチにいるチームメイトを見る。既に敗北の色が濃厚になったにも関わらず、たった四人で必死に声援を送ってくれていた。そんな彼らに応えることも出来ない自分が情けなかった。そしてベンチに座る顧問の安西へもちらりと視線を送る。本人にまだはっきりとした自覚はないが、淡い恋心を抱いている安西にすがる様な表情をさせてしまっていることにまた、丸藤はショックを受けてしまった。チーム六人の中でも自分がテニス歴最年長者なはずなのに、こんな無様な姿を晒すことしか出来ない自分が悔しかった。

 そうこうしているうちにゲームはいつの間にかマッチポイントを迎えていた。この1ポイントを落とせば、第七中団体戦の敗北が決定する。向こう側の第四中サイドは既に決まったも同然の勝利に、応援の張りは最初ほどなくなり弛緩していた。もう頭の中は決勝戦のことでも考えているのだろう。そして最後の一球、相手前衛の千田が放ったサーブを宗方がどうにかラケットに当てて返す。そして丸々と太った体を揺らし、しっかりと顔を上げて自分のポジションを取った。宗方が勝利を諦めていない、といったら嘘になるだろうが、それでも懸命にボールを返そうとする姿勢に丸藤は歯軋りをした。まだ始めて間もない彼があそこまで頑張っているのに、自分は一体何をしているのか? このまま終わらせるつもりか? 本当にロブしか打てないのか?

 丸藤の中で何かが切れた。そして宗方のレシーブを千田はのんびりと丸藤に送ると、またもや悠然と構えている。既に勝利を確信した余裕の笑みを浮かべて。最後は丸藤にロブを打たせて、自分のスマッシュで華々しく勝利を収めようという画策か。丸藤は緩やかに返球してきたボールを牽制すると、普段より大きくラケットを後ろに構えた。そして素早く足を引くとその両足に渾身の力を込める。歯を食いしばり心の中で叫んだ。
「僕だって……!」
 その魂の叫びが怒号として喉の奥から噴出す。
「僕だってーっ!」
 丸藤は全身の力をボールに打ちつけた。その叫び声に見守っていた一同が口を噤み、向こう側のコートでは筑摩と千田が目を見開くとすかさずラケットを構える。ペアの宗方も今まで聞いたことのないパートナーの声に驚き、後ろを振り向く。
 そして次に、自分の足元に転がっているボールをゆっくり目で追った。丸藤の放った全くコントロールを無視した打球は、相手のコートにワンバウンドをする前に、中央で仕切られたネットに阻まれて制止してしまった。たぶんチームメイト一同が初めて目にした丸藤のシュートボールだったが、お世辞にも威力が篭った打球とは言い難く、きっと素人の高田でさえも欠伸をしながら返せるような、貧弱な打球だった。
 自分の力ないボールを目の当たりにして心底失望してしまった丸藤は、がっくりと膝を折るとそのまま砂混じりのコートに突っ伏してしまった。
 審判がゲームセットのコールをして審判台から下りる。その瞬間、第七中ソフトテニス部団体戦の敗北が決定した。


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