2017年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT   このページの上へ

2010'02.14 (Sun)

VS第五中 先鋒戦

 ネットを挟んで互いの相手選手の顔と名前を確認すると、それぞれサーブ権の先攻後攻を決めるトスを行った。結果としては丸藤ペアがサーブ、高田ペアがレシーブ、神谷ペアがサーブとなった。
 初めての公式戦ということもあり半分のメンバーが初心者で構成された第七中は、緊張しながらも物珍しげに相手選手をまじまじと観察した。
 殆どが二年生で構成された第五中のメンバーと言えども、上級生とあってか背丈や顔つきがまるっきり大人びて見える。第七中にも吉川という大柄な選手がいるが、他のメンバーを見渡してみても丸藤をはじめ小柄な選手ばかりだ。宗方などはスポーツが得意そうな体型をしていない。
 だが、体格の差はあるものの、第五中の選手達からはどうにも覇気というものが感じられない。皆怠慢そうな態度が目につくが、顧問を見ても同じようにやる気はなく、さっさと終わってくれればいい、という思いがありありと伝わってくる。素人である安西ですら呆気に取られるほどだ。そんな第五中の選手と礼を交わすと、第七中のメンバーは再びベースラインに下がり、大きく礼をする。礼に始まり礼に終わるのがスポーツマンシップの基本のはずだが、第五中のメンバーはそれすらも満足にせずに、バラバラの掛け声で頭を下げただけだった。
「なんだかこっちまで調子が狂っちまうぜ。あいつらもやる気がねぇんならテニスやらなきゃいいのにな」
「まあまあ、余所は余所。うちはうち。さ、集合して」
 ブツブツ文句を言う高田を促して、六人の選手と顧問は円陣を組んだ。他のコートの学校もそれぞれのやり方で円陣を組み喝を入れているので、自分達も真似をしてあやかろうと思った。
「ご覧の通りにどうもやる気が感じられない相手だけど、それでも一、二年間は部活をしてきた子達ばかりよ。油断しないようにしなきゃね」
 顧問の激励に全員素直に頷く。言われるまでもなく本人達もその心づもりだ。
「まずは初戦突破! 各々悔いのない全力のプレーを心がけたまえ! 第七中ソフトテニス部っ! ファイトー!」
『オーッ!』
 他のチームに比べれば矮小で脆弱にも見える円陣だが、彼らの結束力は鉄の鎖よりも固く、勝利に対する意志は何よりも強い。輝ヶ丘テニス競技場に一際大きい掛け声がこだまする。
 佐高第七中ソフトテニス部の飽くなき勝利への挑戦が始まった。

 先鋒、丸藤と宗方ペアの相手は第五中の三番手ペア。後衛が三年生で前衛が二年生ペアだが背丈はさほど大きいものではなく体付きもそれだけスポーツマンらしいとは言えない。だが、小柄な丸藤と腹回りに余計な脂肪がついた宗方よりはよっぽど中学生らしい体格だ。
 ソフトテニスは試合に入る前に、一分ほどの簡単な乱打を行う。第五中はどちらかといえば成績を重視しない「やることに意義を見出す」タイプの部活らしく、部員全員からは勝とうという意志はあまり感じ取られず、声も全く出ていない。
 それでも二年主体のチームということできっと一年生の頃から個人戦で試合経験があるのか、特に緊張で体が硬くなっているようでもなく、打ち方も球筋もきちんとしているペアだというのが僅かな時間の手合わせで理解出来た。しかしジュニアで東北大会出場経験のある丸藤の方が確実に実力が上だった。シュートボールは一切打たない替わりに絶対にミスをしないロブに定評がある丸藤が相手ならば、第五中ペアは攻めるよりも先にミスを繰り返して自滅してくれるだろう。
 だからといって勝利に確信が持てない理由が一つある。前衛の宗方が公式戦は初体験なのだ。やはり試合となれば練習とはわけが違い、プレッシャーのためか普段動くはずの体がガチガチに固まってしまい、思い通りに動けないというのはよくある話だ。あの自意識過剰な宗方でも当然ながら人の子だったらしく、普段から覚束ないストロークがますます覚束ない。たった三、四回のラリーだったが一度もまともにコートに入ったボールは無かった。部員一同不安が募る中、審判のコールにより試合が始まった。


 サーブ権が自分にある丸藤は、一度ゆっくり深呼吸をするとファーストサーブを繰り出す。それほど威力があるサーブではないが、ボールはきちんとサービスエリアに入り、相手後衛が丸藤にレシーブを返す。丸藤はそのボールをお得意のロブで緩やかに返すと、相手もシュートを打たずにロブで返した。しばらくは後衛同士のロブの応酬になったが、ベンチで見守るチームメイト達は固唾を飲んで一球一球を眼で追った。
 すると少し力んでしまったのか、相手後衛の放ったロブが大きくアウトをした。今後を左右する重要なゲームの一本目は丸藤達が先取した。
「よしっ! もう一本先攻!」
「丸男君! ナイスボール!」
 しっかりとボールを繋げられたことに安堵する丸藤に労いの言葉をかける宗方。二人はハイタッチを交わし、次のサービスの準備に入る。ベンチでも顧問の安西を始め、チームメイト達が互いに顔を合わせて喜びを露わにする。
「良いわよっ! 丸男君! ねぇ、神谷君。こんなときってなんて言えばいいの?」
「そうですね。本当だったら相手がミスをしたので『ラッキー』でいいと思うんですけど、ここは『ナイスボール』の方がしっくり来るかと」
「なるほどね。よーし、丸男くーんっ! ナイスボールよー!」
「あ、先生、ダメ」
 相手ベンチまで聞こえるほど大きな声で応援した安西に、神谷が指摘をしようとした矢先、競技場のスピーカーから注意が飛んできた。
『コート内の顧問及びにコーチはチェンジサイズ時のみのコーチングを徹底して下さい。なお、選手以外の過度な応援もご遠慮下さい』
 自分が注意を受けたこと自体に気付かない安西は、鳩が豆鉄砲を食らったようにキョロキョロと廻りを見渡している。そんな初心者顧問の安西に神谷がアドバイスをする。
「先生。テニスでは基本的に選手以外が大声出して応援しちゃダメなんですよ」
「そうなの! 何よ、もっと早く言ってよね。じゃあ私は何のためにここにいるの? テニスに関しては全くの素人だから気の効いたことも言えないし、応援すら出来ないんじゃ意味ないじゃない」
 ごもっともな意見だが、規則といってしまえば仕方がない。本人がいうように素人の顧問がベンチに座っていても無用の長物なのだ。
「いいじゃねえか。美和ちゃんなんかマスコットみたいなもんだよ。誰も期待なんかしてないっつうの」
 同じ素人の高田からばっさりと言われて、安西は釈然としない気分になってしまった。だがそこで神谷はすかさずに副部長らしくフォローを入れる。
「そのうちにゆっくりと覚えていけば良いと思います。それに行き詰ったときに第三者からのアドバイスが思わぬ解決策になることだってなくは無いですし」
「そ、そうかしら」
「はい。まずは試合に集中しましょう」
 そう言って神谷は直ぐに意識をコート上に切り替え、丸藤と宗方に声援を送る。普段は物静かで日常会話でさえ囁くようにしか声を出さない神谷だが、ことテニスに関しては急に声が大きくなる。いつも馬鹿声を出している小堺にも負けじと劣らない声がコートに響き渡る。
 コート上では丸藤が二本目のサーブを打ち込む。ソフトテニスは一本目に後衛側へサーブをするが、二本目は場所が変わり前衛側に向けてサーブを行うのがルールだ。丸藤が放ったサーブを相手前衛がネットをした。二本連続先取に第七中サイドが湧く。
「よしっ! オッケー! ナイスサーブ!」
「ぶうちゃん! 次、サーブしっかりとね!」
 丸藤からボールと受け取った宗方は一度屈伸をして体を解す。彼は硬式テニスの経験があるが試合に参加したことは一度もない。なので試合の雰囲気も感覚も何もかもが初めてで、自分が思っている以上に緊張して体が動かなくなっていた。動かないのは体だけでなく、いつもは軽快に廻る頭脳もコートの上に立った瞬間からブレーカーが落ちてしまったように回転しなくなっていた。そんな心中を察した丸藤は自分の位置に戻る前に、相方へ声をかける。
「宗方君。まだ試合は始まったばかりだからそんなに焦らなくていいよ。ゆっくりいつもの調子を取り戻していけばいいからね」
 丸藤の言葉に宗方は無言で頷いた。自分よりも明らかに経験が上なのに、いつもゲームの時には自分の作戦に黙って従ってくれる丸藤。部活の時には融通の利く優しい後衛といった印象しかなかったが、ここにきて初めてその信頼感に気付いた。丸藤が励ましてくれて後ろをしっかりと守ってくれるから、自分は心置きなく前衛に専念出来る……たったそれだけのことだったが、宗方はふと肩の力が緩んでいくのを感じていた。
「うん……。よし、丸男君。もう一本先攻といこうか! フォローよろしく頼んだ!」
 ラケットを構えながらニッコリと微笑む丸藤。
「丸藤だけどね。もちろんさ。遠慮なく前に行ってね」

 丸藤の励ましを受けて宗方がサーブの構えを取る。そしてサービスラインにしっかりとポイントを合わせて一球目のサーブを放ったが、緩やかな弧を描いたサーブはサービスエリアには着地せずフォルトした。だが宗方は気にする様子もなく二本目のサーブを構える。
 一本目を外したおかげで自分の力加減をやっと思い出したようだ。そして二本目のサーブは見事にサービスエリアに入った。相手後衛はその全く威力の感じられないサーブをしっかりと構えて宗方に返球する。後衛よりもストローク力が劣る前衛が後ろにいる時に前衛に返すのは、セオリーというよりも鉄則だ。もちろん宗方も自分にレシーブが返ってくることは予測していたので、サーブを打った次の瞬間には既にラケットを構えている。そして緩やかに返してすかさずネット前に詰めようと思ったが、相手のレシーブが予想以上に球威があり、タイミングが外れてしまい宗方は空振りをしてしまった。
「どんまい、宗方君。次は取れるよ。それとミドル(真ん中)よりにきたボールは僕が取るから、宗方君は直ぐに前へ走っていいからね」
 ミスをしてしまったパートナーに丸藤はすかさず声をかける。そしてアドバイスと作戦の確認も忘れない。たったそれだけのことに宗方は心底安心感を得て、ミスをして重くなった心が一気に軽くなった。
「うん、ありがとう。次はきちんと返すから」
 二本目のサーブで宗方は一度で決めることが出来、相手前衛からのサーブもどうにか向こうのコートに返球することが出来た。そこまでいけば後は相手後衛が丸藤のロブ合戦に折れるのを待つのみ。ほどなく相手後衛があっさりとアウトをしてくれて、ゲームカウントは3-1。マッチポイントを先取した丸藤のサーブを相手後衛がレシーブミスをして、丸藤ペアは第一ゲームを先取した。

 まずは最初のゲームを制した二人を、ベンチではチームメイトが感激を露わにして祝福する。
「ナイスゲーム! 丸男と豚! 良い流れでゲームを取れたじゃないか!」
「この調子で次も頼んだ」
 吉川が二人にスポーツドリンクとタオルを差し出す。
「まるちゃんもぶぅちゃんも凄く格好良かったよ。ぶぅちゃんもレシーブをちゃんと返せていたし、このままいけば初勝利かもね!」
 大した動きをしたわけではないが、緊張のため喉がカラカラに渇いていた宗方は自前のスポーツドリンクをごくごくと飲み干した。丸藤はコンディションの整え方を把握しているようで、飲み物は一切口にはせずにただタオルで汗を拭いた。
「先生もワクワクしちゃった! 二人の頑張っているところ、しっかりと見ていたわよ!」
 そこで安西は今こそ応援をする絶好のチャンスだということを思い出した。コートチェンジをするこの僅かな時間のみ、ベンチに入った顧問やコーチは選手へのコーチングを許される。何と言って励ましたらいいものかと色々と思案した安西だったが、結局口から出た言葉はこんなものだった。
「……頑張りなさい! 以上!」
「美和ちゃんに言われなくたって頑張ってるだろうが。もっと気の利いた台詞の一つでも考えやがれ」
 番手の組み合わせの際に散々下手くそ呼ばわりされた仕返しとばかりに、高田がきつい一言を添えた。ごもっとも、と顧問として不甲斐なさを噛み締めたが、当の選手達は素直に瞳を輝かせて「はい! 頑張ります!」と返事をしたので、安西はホッと胸を撫で下ろした。それもそのはず、このペアは色々な事情があって安西には決して頭が上がらないのである。

 タオルとスポーツドリンクを吉川に返し、神谷と小堺から細かいアドバイスを受けた二人は意気揚々と向こう側のコートへ走っていった。そんな後ろ姿を頼もしく眺めながら安西はベンチに腰を下ろしたが、座り心地が悪くて何度も足を組み替えた。
「ねぇ、神谷君。このベンチってどうやって座ってればいいの?」
 不思議な質問を受けた神谷は、「普通に、でいいんじゃないんですか」と返すしかなかった。選手にまともなアドバイスすら出来ずに応援も出来ない自分が、両脇に立っている選手達を差し置いてただベンチに座っているのが、どうにも居心地が悪くてたまらないらしい。そんな安西に小堺が笑いながら「他の学校の先生方を真似すればいいんじゃね?」と提案したので、彼女は競技場内のコートをぐるりと見渡してみた。
 向かい側の相手チーム、第五中の先生は足を組んでつまらなそうに顎肘をついている。あれでは頑張っている選手に失礼なので絶対に真似はしたくない。次に遠くに見える第六中の八幡顧問長に注目してみると、彼はふてぶてしく両腕を背もたれに掛けてふんぞり返っている。あれもとてもじゃないが真似出来ない。自分以外の女性顧問率いる第二中を見てみると腕を組んでジッとしているのみ。真似をしてみるならあのポーズか……。
 そんな風に色々な顧問達を観察していると、隣のコートで試合中の第四中Aチームと第三中の試合が目についた。もしもこの試合を勝ち抜けば、このどちらかの勝利チームと第二回戦で当たることになるが、スコアボードを見るからに明らかに第四中優位なようだ。こちらはまだ1ゲームが終わったばかりだというのに、第四中の先鋒は既に3ゲーム先取していて、そろそろマッチポイントになる勢いだ。そんな強豪校を率いる佐々木はどんな姿でベンチに入っているのかと見てみたが、彼は両手を顔の前で組んで、ジッと佇んでいるだけだった。ちょうど組んだ手が口元を隠していたが、佐々木は凍りつくほどに無表情で、顧問会の時や今朝会った時との爽やかな印象とは別人と思うほどに、一切の感情が伺えなかった。

 変わった人だとは感じつつも、安西は意識を自分のコートに集中させる。こちらも準備が整っていて第二ゲームが開始されようとしていた。
 先ほどサーブだった二人は第二ゲームがレシーブで始まる。朝練習などでみっちり特訓をしたおかげで、彼らのレシーブには安定感があった。一本目、相手後衛からのサーブを前衛の頭を超えてレシーブした丸藤は、返ってくるボールを次々にコース変更をして相手を拡散させる。第一ゲームでは大人しかった相手前衛がそろそろモーションを見せてくるかもしれないと懸念した上での作戦だった。そして、徐々に緊張も解けてきた自分の前衛からも何かしらのモーションが欲しかったため、チャンスを待っていたのである。
 右に左にと振り回された後衛は段々と我慢の限界も迫ってきたのか、ストレート展開から正クロス展開に持ってきた丸藤のロブを狙って、宗方のサイドを抜こうとした。だが、これは宗方が最も得意とする誘いのポジションである。部活動の初日にあの神谷、小堺ペアをも出し抜いた左利き特有の誘いのポジションで、宗方は待ってましたとばかりに右サイドを狙ったシュートボールをボレーで返した。
「ナイスボール! 宗方君! 十八番のコースが出たね。相変わらず鮮やかだったよ」
 ペアからの褒め言葉に宗方は気を良くして胸を張る。
「まあね。それに相手後衛のフォームをじっくりと観察していれば、サイドを抜いてくるって見え見えだったよ。神谷君のフォームに比べれば判り過ぎるくらいだね」
「宗方君、神谷君のフォームを見極めようとしているの?」
「? もちろんさ。彼相手に知恵比べだけで挑むには武器が少なすぎるよ」
 呆れたというか恐れ入ったというか、丸藤は宗方のその無謀なほどの向上心に自分もうかうかしていられないと気持ちを新たにした。最初は嫌だったが、彼と組んでいればいつかは神谷、小堺ペアに一矢報いるときが来るかも知れない。彼の有り余る自尊心からこぼれた自信が、消極的な丸藤の心にも微かな希望を与えていた。

 第二ゲームはそのままの調子で先取した丸藤、宗方ペアだったが、次の第三ゲームで一気に調子が崩れる。
 丸藤と付き合っていても埒が明かないと判断した相手後衛が、一か八かで全て宗方を狙い始めたのである。頭脳は恐ろしいほどに切れてゲームメイクは目を見張る宗方だったがそれはあくまで盤上でのこと。自分も駒の一つとして活躍するにはそれ相応の実力が必要となる。
 だが彼はまだその腕前が伴っていないという弱点があった。全てのボールとまではいかないが、ほぼ半分以上の打球を宗方の正面にシュートボールを打ちつける相手後衛に宗方はなす術もなく棒立ちになるしかなかった。五、六メートルの至近距離から打ち込まれた打球をラケットで返す技術など、どちらかといえば運動神経に乏しい宗方には到底備わっているはずもなかった。ゲームカウントは一気に2-2と挽回されてしまう。
 だが、だからといって丸藤もそのままサンドバッグと化した宗方を可哀想に眺めているだけではなかった。相手後衛を執拗にコース変更で振り回し、体力を削ると同時にシュートボールを打ち込む隙を与えなくした。そんなガチンコ勝負を繰り返し、いつしか試合はファイナルゲームまで流れていった。
 ここまで来ると最早選手に必要なのは技術といった身体的なテクニックではなくなった。精神的にも瀬戸際な状態を前に、集中力を切らさないチームの方に勝利の女神は微笑むのである。
 そうなれば序盤からコツコツとロブを繰り出してきた、いや、物心ついてテニスをし始めた頃からどんなに試合が長引こうとも精神力を切らすことなくロブに頼ってきた丸藤の方に分がある。
 ファイナルゲームは殆ど相手チームにポイントを与えることなく、軍配は第七中に上がった。団体戦の一回戦、先鋒戦は第七中が制した。丸藤にとっては中学生になってからの、宗方にとってはソフトテニスを始めてからの、貴重にして記念すべき一勝となった。

更新日 2月19日

 第七中サイドでは興奮冷めやらぬ歓声を上げ、先鋒ペアの勝利を祝福した。彼らにしてみれば初の公式戦。その団体戦を勝利でスタートを切ることが出来たのである。これを喜ばずしていられるだろうか。ラケットを片手に至福の笑みを浮かべた丸藤と宗方を、メンバーは熱烈に歓迎する。
「やったな! お前ら! まずは一勝目だ!」
「よくファイナルまで粘れたな。さすがは丸藤だ」
 一番手ペアの手放しの称賛に、丸藤は照れ隠しのように眼鏡を外すとタオルで顔を拭いた。
「いや、僕だけの力じゃないよ。宗方君が色々と戦法を考えてくれたおかげさ」
「え、豚。お前サンドバッグにされてただけじゃないのか?」
 肩で息をしながら宗方は本日二本目のスポーツドリンクを一気に飲み干す。額から流れる滝のような汗を拭いながら、宗方は小堺をギロッねめつけた。
「僕だって馬鹿じゃないからね。技術が及ばないなら頭脳で対抗するまでさ。とは言っても……」
 そこで一呼吸を置くと宗方は柔和な眼差しを相方に向ける。
「第三ゲーム目、相手に挽回された時には正直焦ったよ。でも丸男君が悠然と構えていてくれたからね、僕も落ち着きを取り戻せたんだ。本当に君には感謝しているよ。いや、むしろ足を引っ張ってすまなかったね」
 普段は自己中心的で荘厳な態度ばかり鼻につく宗方が、あまりにも素直に労いの言葉を口にしたので、丸藤ばかりではなく神谷や小堺まで驚愕してしまった。初勝利の媚薬は部長に思わぬ効能も与えてしまったらしい。
「い、いや、こっちこそありがとう。僕ね、今までペアを組んでいた前衛からそんな風に言われたこと、一度もなかったんだ。だからなんだか……嬉しいな」
「なんでだね? 君ほどボールを繋げるのが上手い後衛もいないだろうに」
 怪訝な面持ちで首を傾げる宗方だが、小学生の頃から大会などで彼を知っていた神谷と小堺は沈痛な表情で俯いた。きっと宗方のような視点で後衛としての丸藤を見れるのは珍しいのかもしれない。
「僕ってロブばっかりで全然攻撃的なテニスが出来ないから、どうしてもさっきの宗方君みたいに前衛ばかりが狙われてしまうんだ。だからいつもペアの子からは怒られてばかり……お前のせいで前衛の負担が多くなってしまう、ってね」
 神谷と小堺は試合で何度も見かけたことのある光景を思い出していた。負けた試合の後や、試合中に雲行きが怪しい場面になると、丸藤の前衛は決まって彼に悪態を吐いていたのである。その度にただ悲痛にうなだれる丸藤を見ていて、かつてはチームメイトではなかったものの、居た堪れない気持ちになった。なにもその前衛を非難するわけではない。試合でコートに立てば勝ちたいという気持ちは誰でも同じだから、緊迫した状態になればペアにもシビアな要求をしたくもなる。もちろんその気持ちを充分なほどに理解している神谷と小堺としては、致し方ない事だと目を逸らすしかなかった。だが
「ふざけた奴だな。何が負担だね? 馬鹿馬鹿しい!」
 宗方は彼の話を聞いて、鼻息が荒くなるほどに憤ってしまった。その様子を見て三人は唖然としてしまった。
「後衛が繋げて前衛が決めるのがソフトテニスの正攻法なのだろう。だったら前衛が狙われて当然。それを処理しきれないそいつが下手糞なだけじゃないか? それを丸男君のせいにするだなんて言語道断! 責任転嫁も甚だしいよ!」
 言うことはご尤もだが、それほどテニスは単純なスポーツではないし、だから何千通りもある戦略を駆使してまで勝利を掴み取る努力を怠ってはならないのだ。なのであまりにも素人な見解に呆れた小堺が宗方に直言する。
「そりゃそうだけどもさ、豚。そんな簡単な話でもないわけよ。確かに丸男のボールを繋ぐ技術はピカイチだぜ? でもさ、それだけでは乗り切れない場面も出てくるわけよ。シュートも打てないと困る場面もあるわけよ。じゃなかったらそれこそみんな、ロブばっかり打っ」
「いや、いいんだよ。小堺君」
 小堺の話を途中で遮りながら、丸藤は眼鏡を外すともう一度顔にタオルを押し当てた。そしてくぐもった声で再び「いいんだよ……」と呟く。その言葉の意味を、誰一人口にすることはなかったが全員が理解していた。特に神谷と小堺は感慨深い眼差しで背中を丸めている丸藤を見つめる。小学一年生から始めたソフトテニスの中で彼は初めて理想とするペアに出会えたのかもしれない。




もくじはこちら



FC2ブログランキング にほんブログ村 小説ブログ スポーツ小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
08:23  |  なんしきっ!  |  CM(6)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

●No title

テニス部やってた頃の思い出と重ねながら読んでしまいましたw

なんで審判のコールで試合が始まるところで終っちゃうんですかwww
一番読みたい先が読めない;;

楽しみにしてます!
桜輔 | 2010年02月14日(日) 19:54 | URL | コメント編集

●No title

>>桜輔さん
団体戦のトスの時って、わけもなくそわそわしてしまいますよね。
もしよければ最初の方から読んでみてくださいな♪
要人(かなめびと) | 2010年02月15日(月) 06:53 | URL | コメント編集

●No title

はい^^自分もそわそわしてましたwww
強い人はサーブを確実に決められるので、絶対にサーブをとります……自分はいつもレシーブをとりま(ry

はい!是非読みます^^
ただ、あまり時間が無いので(申し訳ないです)、時間ができたときに随時読んでいきます。
桜輔 | 2010年02月16日(火) 22:13 | URL | コメント編集

●No title

>>桜輔さん
私ももちろんレシーブでいきます。
なかなか攻撃的なテニスができないもので。
要人(かなめびと) | 2010年02月17日(水) 07:06 | URL | コメント編集

●No title

 
ども、お久しぶりです

少し空けた間にデブルジョワが活躍しててウハウハです
頭の働くデブルジョワですね!
なんか知らんけど神谷くん惚れるぞ(笑)
一年の頃は男子でも可愛いですよねー
三年になるともう・・・何て言うか、オッサンです
 
楚良 紗英 | 2010年02月17日(水) 22:30 | URL | コメント編集

●No title

>>楚良 紗英さん
デブルジョワはまだまだ活躍しますよ。
どうやら私は宗方や桑原副会長など、クセの強すぎる男性を書くのが好きなようです。
神谷君は後半でさらに格好良くなりますよ。
要人(かなめびと) | 2010年02月18日(木) 07:01 | URL | コメント編集

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

このページの上へ

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。