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2010'01.19 (Tue)

なんしきっ! 安西と他校の顧問達

「しかし、先月の下谷杯ではうちの日村、高橋ペアが準決勝でお宅の二番手からやられましたからな。
 一番手なのに不甲斐なくて情けなかったですよ」
 頭が禿げ上がった頑固そうな中年男性が、でっぷりと肥えた腹をグッと突き出して、髪をきっちりと固めたまだ若い男性教師に声を掛けた。
「いえ、それでも第六中さんは我々にとって脅威ですよ。団体戦で当たったらわかりません」
「ハハハッ! これはまたご謙遜を! とか何と言って気持ちは既に県大会に向いているんでしょ、第四中さんは?
 地区大会なんて所詮は肩慣らしですらないんでしょう」
 厭味を含んだ笑いを見せる六中のコーチは、次に隣にいる細身に眼鏡を掛けた教師に探りを入れる。
「第一中さんの調子はどうなんですか? 地区総体を前にコーチ陣が張り切ってるんじゃないですか?」
「はい。今は部活動よりも選抜メンバーを集めた夜練習の方が本部活みたいなものです」
「ははぁ、第一中さんはコーチ陣の層が厚いですからね。それが手ごわいんですよ」
「でも、それが逆に生徒達にプレッシャーを与えているようです。大館、佐倉ペアなんてそれが原因で今スランプの真っ最中ですよ。船頭多くて何とやら、です……」
「ほうほう、大館、佐野ペアとなるとインドアの練習試合でうちの一番手から勝ったのに、ですか。コーチが多すぎるのも考えものですな。
 第二中の調子はどうです? 二年生達はだいぶ成長したでしょう」
 向かいに座った40代の気が強そうな女性教師に尋ねると、ムスッとした返事が返ってきた。
「うちは来年が勝負なんです。今年はせいぜい第四中さんと第六中さんで切磋琢磨なさってて下さい」
 第四中の名前を前に出されたので第六中の教師は気を悪くしたらしく、ふんっと鼻を鳴らすとその隣に座るいかにも面倒そうな顔をした二人ににも一応探りを入れた。
「第五中さんと第三中さんは、どうですか?」
 だが二人とも明後日を見るような目つきで「別に、なんとも……」と気の無い返事を返しただけだった。
 もとよりこの二つの学校は眼中に無かった第六中ソフトテニス部の顧問、八幡は一同をぐるりと見回す。そして、涼しい顔をした第四中の若い男性教師、佐々木雄次に注目する。
 熱心な指導と「智将」の異名を持つ顧問兼コーチの彼が率いる佐高第四中が、一番のライバル校だ。この学校は県でも団体戦でベスト4には入る強豪校である。いつも大会では団体戦、個人戦とも自分の学校が一歩及ばずに苦渋を味わされているので、どうにかして今年くらいは一矢報いたい。
 なんとか相手校の情報を少しでも手に入れて自分のチームに有益な差配を組みたいと画策している八幡が会話の糸口を探ろうとしていると、先に佐々木が口を開いた。
「ところで、今年からは第七中もエントリーするそうですね」
その話題に、皆一斉にずいっと身を乗り出す。
「そうらしいですな。あそこはせっかくキレイなコートが一面あるのに、テニス部がないのはもったいないと思っていたんですよ」
「全くです。市教育委員会でも問題になってましたから。だが、それが今年になって急にソフトテニス部を新設する、ですもんね」
「そうそう、しかも部員が六人集まったとかで、団体戦にも出場するらしいですよ。万年ブービー賞の我々第五中にはちょっとした脅威ですよ、ハハハ」
「第五中さんなんてまだいいですよ。うちの第三中なんていつもビリですから。出来たてホヤホヤのチームから負けるなんて、また生徒のやる気がなくなりますよ」
「なんですか、第五中さんも第三中さんも。一年生だけの新参チームに、もう負ける気でいるんですか?」
「いや、案外そういう可能性も否定出来ませんよ。なんせ第七中は六人中三人がジュニア経験者らしいですからな。しかも、一番手のペアは東北チャンプらしいですし」
「東北チャンプですか! それはすごい。これは番狂わせが起きるかもしれませんね。
 東北チャンプ……まさにダークホースですね。一年生相手だからといって油断していると痛い目にあうかも」
「えぇ、その通りです。
 ……ところで、その第七中の顧問の先生はいつになったら来るんですか?」
その一言に一同、しんと静まり返る。佐高市ソフトテニス顧問長の八幡が手元の資料をめくって一枚の用紙を取り出して読んだ。
「えぇと…佐高第七中学校ソフトテニス部顧問、安西美和先生、と。誰かご存知の方はいらっしゃいますか?」
全員が再び沈黙する。

「どうやらまだ若い先生らしいですな。きっと第七中が初赴任校なんでしょう」
「どうします? もう少し待ちましょうか」
 と、顧問長の八幡が若干苛々しながら提案したとき、テニスコート管理人の佐藤が電話の子機を片手に事務所へおとないを入れた。
「すみません、先生方。たった今、佐高第七中の安西先生という人から少し遅れると連絡がありました」
「遅れるですって? 理由は?」
「はい、それが……。道に迷ったそうです」
 佐藤は用件だけを伝えると、何も言わず退室していった。それと同時に、その場に集まった一同が深い溜め息を吐く。
 ここは輝ヶ丘テニス競技場内。来月に地区総体が行われる会場である。その事務所に集まった佐高中全てのソフトテニス部顧問が会議しようとしている議題は、地区総体の組み合わせについて。生徒には非公開だが、団体戦と個人戦のトーナメントの組み合わせの殆どは、ここにいる顧問達によって決定されている。
 というのも、例えば全てくじ引きで決めようとすると、下手をすれば前回の個人戦優勝のペアと準優勝のペアが一回戦で当たったり、トーナメントの半分に優秀成績者で固まってしまうこともある。なので、基本的にある程度試合で勝ち上がっている生徒は、ベスト8ないしベスト16くらいで同じくらいの実力者と当たるように調整されているのだ。ちなみに、前大会で個人戦ベスト4に入ったペアは自動的にシードだったり、トーナメントの四隅に位置づけられる。

「仕方ないですね。第七中生徒の実力のほどは今大会から測るとして、今は未知数ということで適当に振り分けしましょう。その顧問の先生にしてもここのテニスコートが分からないくらいなら初心者でしょうし、良いでしょうか?」
 顧問長の八幡を差し置いて、第四中の佐々木が会議の進行を促す。それに対して全員が異議無しとばかりに無言で頷いた。特に第五中や第三中のような弱小校の顧問などは早く帰りたい様子で、早くも顎肘をついて傍観モードに入っている。そんな中、八幡顧問長の一際でかい声で会議がスタートした。
「それでは、まず初めに団体戦の組み合わせからスタートします! 団体戦も例年通りにトーナメント方式で! 今年から第七中も参戦しますので、去年はBチームを我が第六中と第四中の二校から出場させましたが、今回からは第四中だけとします! それでは組み合わせを…」


 桜の花はとっくに散ったが、青々と萌える草木が生い茂る生垣に囲まれて放課後の時間を部活動に精出す生徒達。その校庭の一角にあるテニスコートで、今年から新たにスタートした六人のテニス部員も練習をしていた。
「そんな大振りしなくてもいいから! とにかくラケットの真ん中に当てることを意識して!」
 珍しく大きな声を出して次の球を繰り出す神谷。そのボールを、ネットを挟んだ向かい側のいる高田が、忠告も聞かずに力一杯ラケットを振り回す。当然ながらボールはあらぬ方向に飛んでいった。
 先日入部したばかりの高田と吉川は、てっきり部活動に来ないものかと思っていたが、ふてくされた顔をしながらも毎日体育着に着替えて殊勝にテニスコートへやってきた。これには部員一同驚かされたが、表情からは伺えないがやる気はあるようなので、皆一丸になって初心者の高田と吉川にテニスを教えた。
 そして本人達の要望もあったので、高田は後衛、吉川は前衛としてペアを組むことになったのである。どうやら高田は他の部員がゲーム形式の練習をしているのを見て、後衛の方がたくさんボールを打てて活躍出来ると思ったらしい。
 動機としては単純だが、練習を重ねていくと以外と適性があるということに気付かされた。高田は動きはでたらめだが、不良とは思えないほどに体力があり、尚且つ瞬発力や筋力もある。フォームさえしっかり覚えればすぐに上達する見込みがあるのだが、如何せん本人は他人に黙って教えを乞うような性格ではない。

「あのね、高田君。さっき神谷君も言ったけど、そんなに大振りしなくても大丈夫だから。まずは相手コートに返す練習から、ね?」
 眼鏡をたくし上げながら遠慮がちにアドバイスをする丸藤を、高田はキッと睨みつけた。
「なんだと、丸男? 俺に文句を言おうってか?あん?」
 高田のドスを効かせた声に、丸藤があだ名の訂正もせずに「ひっ」と尻込みした。
 そんな様子を神谷は肩で息をしながら眺めていた。さっきから一時間近く球上げをしているので、だいぶスタミナが切れてきた。だが、その神谷に練習を付き合わさせている高田は全く疲労した様子も無く、ブツブツと何かを確認するように素振りをする。

 神谷や丸藤といった後衛陣がいくらアドバイスをしようとも聞く耳持たずなので、とにかく一球でも多くボールを打たせて体に教え込もうという算段だ。だが、肝心の上げボール係が先に音を上げてしまっては本末転倒である。
 なかなか次のボールが来ないことに気付いた高田が、素振りを止めてコートの向かい側に怒号を発する。
「おいこらっ、神谷! さっさと次のボールを寄越しやがれ! てめぇ、ぶん殴るぞ!」
 見かねた丸藤が神谷と交代するためにコートの向こう側に行ってしまった。そんな体力がないチームメイトを睨みながら、高田はあっち側へも聞こえるくらいに大きく舌打ちをした。

 一方、コートの空いている半分側では小堺が前衛陣にボレーの指南を行っている。
「そうそう、ボレーはとにかくラケットを当てるだけでいいんだ。無理にズバッと弾こうとすると、スカしたりアウトしたりしちゃうからな! よし、豚! フォアボレーから!」
 そう言って小堺は緩めのボールを繰り出す。歩いてでも対処出来るくらいの緩やかなボールだが、まずはラケットの面をしっかりと合わせる練習から入るのがボレーの基礎である。だが宗方は、そのボールを思いっきり振り抜いて余裕にアウトさせてしまった。
「だから振るなって何べんも言ってるだろうが、豚! ボレーは当てるだけでいいんだよ!」
「ふん、うるさい! 僕は頭脳派プレーヤーだから、小手先の技術なんて大体でもいいのさ!」
「いくら頭を回そうとも、技術が追いついてなきゃ意味ねぇだろ! あほか!」
 すまし顔で言い訳をする宗方を、小堺は呆れながら一喝する。すると他人から指摘されることを嫌う部長様は、一気にふて腐れてご機嫌斜めになってしまった。そんなすっかり拗ねてしまった宗方をおろおろと眺めていた吉川に声を掛ける。
「ほい、次は吉川! いいか、最初はとにかく当てるだけでいいんだからな!」
 宗方にも言ったことと同じアドバイスと一緒にボールを送る。すると吉川は素直に頷いて、小堺が上げたボールを自分のラケットに当てた。ラケットのスイートスポットからは外れて「ビチッ」とあまり心地良くない音が聞こえたものの、ボレーされたボールはきちんとコートの中に返ってきた。
 ちょうど足元に転がってきたボールを拾いながら小堺は
「OK! 吉川、上手いじゃないか!」
 と素直に褒めた。
 吉川は大柄な体に似つかわしくない照れ笑いを浮かべて、小走りに元の位置に戻る。
 基本的なストロークはまだまだで、ポジションもよく理解できない吉川だが、高田同様に体力はあるし、運動神経だって悪くは無い。ストロークも前衛としての技術もいまいちな宗方と並べて見れば、吉川の方がプレーセンスは良い方だが、ポジションの取り方やゲーム展開の組み立て方を考慮すれば、やはりまだ宗方に分がある。
 そんなことを考えながらも、小堺は次の練習に進める。

「よし、じゃあフォアボレーはいいから次はスマッシュだ。これはサーブ練習の応用にもなるからちょっと突っ込んでやるか」
 後衛陣に比べると、ソフトテニス経験者は小堺だけなので前衛陣の層が薄いのが第七中の懸案事項なのだ。なので多少は駆け足になるが、前衛の基本練習は幅広く多めに行わなければいけない。基本的なポジションだけは教えてあるので(宗方には必要ないが)、自分が苦手なゲーム展開は後衛に任せるとして、とにかく前衛練習を繰り返し行うしか上達の近道はない。
「スマッシュはラケットを肩に担いで耳の真横を腕がブンと通過するように、ビュンっと振り抜く! な、簡単だろ?」
 フォームをスローで再生しながら解説をする小堺。
 彼の説明はいつも大雑把でやたらと効果音が多いので分かりにくい。テニス経験がまださほど長くなく、頭で考えるより直感的にしかプレーが出来ない彼なので仕方ないが、それでも宗方と吉川は、小堺を真似て首を傾げながらスマッシュのフォームを繰り返してみる。
 その時、何度もラケットを縦方向に振る吉川を見て、いやにスムーズだと感じた小堺だが、特に深く考えずにボールがたくさん入った籠を持ってコートのベースラインまで下がった。
「よし! まずは実際に打ってみないことにはわからないだろ! 俺がボールを上げるから、打ち落とせ! いいか!」
 相変わらず初心者相手なのに曖昧な指示だが、宗方と吉川は素直に頷いた。

 小堺は浅くスピードが乗っていないロブを打ち上げる。それを追いかけて宗方はヨタヨタとボールに合わせて動いてラケットを振り抜いたが、ボールはラケットに当たらずに宗方の真横に落ちた。
「豚! 左手、じゃなくてお前は右手か。空いている方の手でボールを掴まえるように構えてみろ! そうすれば当てやすい! 次、吉川!」
 真剣な表情で頷く吉川は、小堺が宗方へ言ったアドバイスを自分も実行してみた。ラケットを持っていない方の手、左手で落ちてくるボールの照準を合わせる。そしてタイミングを合わせて、ラケットを力一杯に振り抜く。
 その瞬間、炸裂音を上げたボールが小堺の真後ろにあるフェンスにノーバウンドで突き刺さる。ベースラインからフェンスまで余裕に十メートルはあるはずだ。口をポカンと開いて固まってしまった小堺に、吉川が平謝りをする。
「ごめん、小堺君! 変なところにボールを飛ばしちゃった!」
 ハッと正気を取り戻した小堺は、直ぐに今の吉川のスマッシュを分析してアドバイスを送る。
「あ、あぁ……大丈夫! 吉川、頭の真上あたりで当てたからだ! 左腕を斜め四十五度くらいで照準を合わせてスマッシュをしてみろ!」
「う、うん! わかった!」
 小堺の指示通りに、今度は上がってきたボールを少し頭上の前方で打ち落とした。
 するとそのボールは信じられない速さで、小堺の直ぐ足元に置いていたボール入りの籠へ直撃した。さほど重量がないはずのゴムボールが、とんでもない威力を持って籠を吹っ飛ばしてしまった。散らばっていくボールを、小堺だけでなく隣で練習をしていた後衛陣も唖然とした表情で見守っていた。
「あぁ! ごめん! 大丈夫だった? 小堺君!」
「す、すげぇ……。お前、肩がめちゃくちゃ強いな」
 小堺に感心されてすっかり照れてしまった吉川は、駆け足でボール拾いを始めた。
 それを見ていた他の部員も球拾いを手伝う。

 その中で一人、手伝う素振りもなく練習相手が早く自分の方へ戻ってきてくれるのをふてぶてしい態度で待っている高田に、小堺が近付く。
「なぁ、たっちゃん。吉川、めっちゃ肩が強いけど、昔何かしてたのか?」
 小堺の馴れ馴れしい言い方が癪に触ったが、高田は小さく舌打ちをするだけに留めて答えた。

「のぼるはもともと野球をやってて、結構有名な豪腕ピッチャーだったんだよ。
 小学五年生の時にはすでにストレートで130㎞は出ていたな」
「130㎞! それ、殆ど化け物じゃねぇか!」
「あぁ、加えてあの図体だからな。コーチからも『将来絶対にメジャーに行ける』って言われてたくらいだ」
「おいおい、そんなにすごいんだったら、なんで野球部に入らなかったんだよ? すぐ隣に行けば良かったじゃねぇか」
 フェンスを挟んだ広大に拡がる野球グラウンドを顎でしゃくりながら、小堺は首を傾げた。だが、高田はまた小さく舌打ちをすると、忌々しげに活動をする野球部員を睨む。その横顔がどことなく悲しそうな気がした。
 そして小堺を一瞥すると、「他の奴に言うんじゃねぇぞ」と釘を刺してから、高田はポツリポツリと語り出した。

「俺とのぼるは小学校のときに同じ野球チームにいたんだ。昔から俺らは仲が良かったからな。プロ野球に触発された俺がのぼるを誘って野球チームに入ったのがきっかけだった。
 あいつは本当に小さい頃から運動神経が良かったから、野球をやらせてもすぐに頭角を現して、小学四年生の時には先輩達を差し置いて既にチームのエースになった。
 俺だってそこそこ運動神経が良かったから四番バッターで活躍していたけどな。そりゃあ、一度俺がバットを振れば殆どの球がバックネットに刺さっていたわけよ。まぁ、才能があったんだな、やっぱり。それに守備だってずば抜けて上手かっ」
「たっちゃんの自慢はいいから話を進めようぜ。なんで野球を辞めたんだよ」
 軽く窘めた小堺を、高田は一睨みして脱線した話を元に戻す。
「そんなわけで俺達、目立ってたからよ、先輩達からひがまれてたわけよ。ある日、のぼるが顔を腫らして練習に来たときがあったんだ。俺はすぐにピンと来た。きっとのぼるを妬んでいた先輩達がやったんだって。問い詰めたってのぼるは一向に口を割ろうとしねえ。きっと俺に言ったらもっと報復されると思ったんだろうな。あいつはそういう奴だから。
 それで頭に来た俺は、練習の後にその先輩達を呼び出して……ボコボコにしてやった」
「まじでか! たっちゃん、上級生相手に勝ったのかよ!」
「まぁ……な」
 高田の鼻が不自然にヒクヒクしている。本当のところは、呼び出したはいいが逆にボコボコにされた高田を見て、怒った吉川がその場にいた上級生を全員倒したのだが。それはあまりにも情けなくて高田は少々事実を捏造した。
 特に小堺を前にして自分の恥ずかしい話は絶対にしたくなかったのである。
「そんなわけで……その騒動があってから俺達は練習に出入り禁止になり、野球からは身を引いたんだ。
 俺達、本当はもう運動部なんて懲り懲りなんだよ。なのにあの兄貴のせいでこんな糞みてえなテニス部に入らせられちまった。良い迷惑だぜ」
 そう言って話を締めると、高田はフェンス脇まで歩いていって唾をペッと吐いた。どこで見知ったのか、彼は唾を地面に吐き捨てることを不良っぽくて格好良いと思っている節がある。だが、コートの真ん中に唾を吐くようなスポーツマンシップに則らない態度を見せないあたりに、小堺は好感を覚えた。

「でもさ、お前達テニス部に入って正解だったな」
 屈託の無い微笑みを浮かべる小堺に、高田は「あん?」とメンチを切ってみせる。
「何が正解なんだよ。たった今言ったばっかりだろ。もう運動部なんて懲り懲りだって。お前、馬鹿か」
「おう、馬鹿だぜ。だけどお前達、本当は体を動かしたくてうずうずしていたんだろ? わかるぜ、その気持ち。
 このテニス部には嫌な先輩もいないから思う存分調子こいて良いんだぜ。心置きなくテニスに専念しようじゃないか!」
 笑いながら遠慮無しに自分の肩を叩いてくる小堺。いつもの高田なら、そんな馴れ馴れしい態度をされたら口より先に手が出るはずだが、小堺があまりにも無邪気過ぎてつい気遅れしてしまった。そして小堺の一言が自分の胸の奥にあったわだかまりを、スッと溶かしていってくれたように感じた。

 そんな会話を繰り広げていると、丁度良くボール集めも終わったらしい。小堺は高田から離れると、吉川と宗方を再びネット際に立たせ、神谷にボールがたくさん入った籠を持たせる。
「よし! これよりサイボーグ吉川の運動性能覚醒実験を開始する! 正樹がドンドン球を上げるから、二人でドンドンスマッシュを決めていけ!
 サイボーグ吉川! お前はスマッシュを極めるんだ! スマッシュ製造マシーンと化すのだ!」
 よく分からず機械扱いされた吉川だが、しどろもどろになりながらしきりに首を縦に振る。彼自身、期待されていることを嬉しく感じていたし、久々に肩を力一杯回す感覚に喜びを感じていた。
「う、うん。スマッシュって……ピッチングに似てるな」
「何か言ったか? サイボーグ吉川!」
「ううん! 何でもない! お願いします!」
 意識しなくても自ずと高鳴る鼓動に、全身の力がみなぎってくる。
「そして宗豚の体脂肪減少運動も同時に行う! 鉄は熱い内に噛め、だ!」
「熱い内に打て、だ! 噛んでどうするんだい! 口が火傷しちゃうじゃないか! どこまで無知なんだね、君は!」
 豚呼ばわりされることには全く反発しない宗方だが、そう言った間違いは見過ごし出来ないらしい。
「うるさい! しっかり痩せないとまた養豚場に戻すぞ! よし、スマッシュ練習スタート!」

 ギャアギャアと喚きながらも愉しげに練習をしている吉川の姿を眺めていた高田は、一度だけ野球場で活動している部員達に目を向ける。
 そこには自分達が野球を捨てる原因になった小学校時代の先輩達も混じっていた。相変わらず下手くそで、あれでは現役時代の自分の方がまだ上手いように感じる。小耳に挟んだがあの程度でレギュラーだというから笑ってしまうが、それでも彼は知っていた。
 プレーの上手い下手だけが優劣の判断ではないということを。周りのチームメイトと交流を深めようとせずに、ただ傲慢に野球をしていた自分が結局、一番悪かったのだ。
 彼はバットを手放したときに悟った。野球を捨てたのではなく、自分が野球に捨てられたのだ、と。そしてそのとばっちりとして将来有望視されていた吉川までも巻き込んでしまったことを、彼はずっと自責の念として抱いていた。
 だが今、嬉しそうにボールを追い掛ける吉川を見て、高田は救われたような気がしてならなかった。それと同時に、今いるこのわずかテニスコート一面分の空間が、自分の守るべき居場所なのだと実感した。

 溜め息混じりの舌打ちを一つだけ鳴らすと、高田は視線を野球場からネットを挟んだ向こう側に立つ丸藤に移した。
 気弱な彼はビクビクしながら黙り込んでいる高田を凝視している。高田は大きくラケットを二、三度振り、フォームの確認をしながら、大きな声で丸藤に呼びかける。
「よっしゃ! 丸男、球上げ頼むわ! ぼさっとしてるとぶっ飛ばすぞ!」
 その一言にホッとしながら眼鏡をたくし上げる丸藤は、聞こえないくらいの声で小さく呟く。
「丸男じゃなくて、丸藤なんだけど……」


 団体戦のトーナメント組み合わせ表はとっくに作成が終わり、個人戦の方もあらかた済んだ頃、弛緩した空気をぶち壊すように輝ヶ丘テニス競技場の事務所の扉が大きな音を立てて開いた。
「すみません! 遅れてしまいました!」
 皆一斉にそちらへ注目すると、若い女性教師が荒く息を吐きながら、泣きそうに顔を歪めて立っていた。
 その場にいる全員が突然の闖入者がだれであるか大方検討がついたが、やはりここは大人が集う社交の場、こちらから問うより先に本人へ自己紹介をさせるのが礼儀であり常識だろう。
「あ、あの! 私、佐高第にゃにゃ、あ! 第なにゃ! ふごっ! ……ぜぇぜぇ、佐高第七中の安じゃい、ふぎゃ!」
 慌てて走ってきたためか息が上がっているうえに焦っているせいで、上手く呂律が回らない安西に、一同心の中で溜め息を吐く。遅刻はしてくるは、まともに喋れないはで安西の第一印象は散々だった。
「第七中の安西先生ね。はいはい、どうぞその辺にお掛け下さい」
 顧問長の八幡は見向きもせずに手をヒラヒラと振ると、再び会議の進行を促した。
 明らかに歓迎されていない様子を察した安西は、息を落ち着かせそろそろと近くにあるパイプ椅子に腰掛ける。移動教室で遅れてきた生徒が見せるバツの悪そうな態度が痛いほど良く理解し、今度からはそういう生徒に少しくらいは優しく接して上げようと誓った。

 完全に気落ちしてしまって俯いていると、隣からそっと資料が送られてきた。顔を上げるとそこには涼しげな笑顔をたたえた第四中の佐々木がいた。どうやら安西は彼の隣に座っていたらしい。
「どうも初めまして。第四中の顧問、佐々木と申します」
 会議に差し支えない程度のボリュームでそう自己紹介をされた安西は首をすくめ、ちょっぴりハニカミながら自分も自己紹介をする。
「は、初めまして。第七中の安西美和と申します」
「よろしくお願いします。安西先生はテニス部の顧問は初めてですか?」
「そうなんです。テニス経験もありませんし、部活動も新しく設立されたばかりで何もわからなくて……。きっとご迷惑をお掛けすることが多々あるとは思いますが、よろしくお願いします」
 そう言うと佐々木は優しく微笑んで頷いた。今年で三十歳になる佐々木は女子生徒にも人気があるほどに美形な顔立ちをしている。印象も爽やかでこういう人ほどテニスラケットを振る姿が似合うのだろうと、安西は佐々木がテニスコートで汗を流す場面を勝手に頭の中で想像してみた。

「それで、今は何をしているんですか?」
 だいぶ乗り遅れてしまったが顧問として話し合いには参加せねばと、思考をそちらに切り替えて安西は佐々木に尋ねる。
「あぁ、個人戦のトーナメントを協議しているんです。ですがもう粗方は決まりましたし、今は最終調整といった段階ですがね」
「トーナメントですか。くじ引きとかで決めるんじゃないんですか?」
「いえいえ。実は誰と誰が対戦するかは全て先生方が決定するんですよ。生徒達には内緒ですけどね」
 そういうと佐々木は安西に軽くウィンクを飛ばす。もしも他の男性がやったら気障ったらしく見えるが、佐々木がやるとなんら違和感はない。むしろ慣れた仕草に見えて、安西は苦笑交じりに問いかけた。
「そうだったんですか。じゃあ、うちの生徒達も既に誰とあたるか決まっちゃったんですか?」
「はい。勝手ながら決めさせて頂きました」
 佐々木の返答に、安西は自分の失態を悔やみ額に手を当てた。
 自分が遅刻をしたせいで生徒達が不利な対戦カードを組まれてしまった可能性もあるはずである。全くの素人だが、いるかいないかでは対応が違ったかもしれない。生徒達になんと言い訳をすれば良いか。

 だが佐々木はそんな安西の心中を汲み取ると、わざと明るい声で
「ですがご安心下さい。第七中は新規参入で実力も未知数ということで、無難な位置にいますよ。初戦から前回優勝ペア、などはありませんので大丈夫でしょう」
 と彼女の不安を払拭してあげた。それを聞いて安堵の溜め息を吐く安西に、佐々木は言葉を続ける。
「それにこちら側としても様子見というところがありますからね。なんせ、今大会のダークホースですから」
「ダーク、ホースですか?」
 佐々木の言葉を繰り返す安西。正直佐々木の言わんとする事が今一掴めない。

「そうです。確か東北チャンプになった生徒さんがいるそうで。他の部員はどのくらい実力があるんですか?」
「そうですね。他にも東北出場者が二名いますが、それ以外はみんな素人です。
 でも一人は硬式経験者でゲーム展開の構成が上手いって言われてました」
「とすると、まともに試合が出来そうなのは2ペアですか。
 その硬式経験者は前衛ですか? 一番手の東北出場ペアと二番手のペアの実力はどの程度差があります?」
「神谷君達と丸男君達ですか……。
 そうですね、実力で言えばもちろん神谷君達が強いですけど、丸男君のロブの上手さには定評がありますし、前衛の宗方君もめきめき上達してきてますからね」
「二番手の後衛の子はロブが得意なんですね。じゃあ前衛が主体のペアなんですか?」
「はい。作戦は全て宗方君が考えているらしいですよ。
 しかも彼は左利きなのでそれを強みにした独特の作戦があるらしく、神谷君達もそれには苦戦を」
「あ、ストップ。安西先生、そこまで素直に話しちゃ駄目ですよ」
 佐々木が安西の口元に指を触れて会話を遮った。そしてしばらく黙り込んだ後に、安西の表情が徐々に青ざめていく。その仕草が可笑しくて、佐々木はクツクツと声を立てずに笑った。
「そうやって相手チームの情報を巧みに引き出してくる顧問の先生方もおりますからね。気をつけて下さいよ」
 安西はいつの間にか自らのチームの情報を相手チームの顧問にリークしてしまっていたのだ。
 ソフトテニスはプレー技術が勝敗を決するのはもっともだが、策略と作戦もゲーム中は重要な鍵になる。なので相手チームの情報は少しでも集めておくのが一番効果的だ。
 そして相手チームにこちらの情報を与えないのも当然である。
「こういう風に聞かれた時にはですね、調子が良いとか悪いとか程度で受け流すのが一番賢いやり方ですよ。たまには嘘の情報を流してくる先生もいますけどね」
 そう言うと佐々木は、会議テーブルの上座にいる八幡にチラッと視線を送る。
 安西も佐々木を真似て盗み見るように、殆ど対戦表が決まったのに未だ自チームの選手が有利な位置につけるようアレコレ文句をつけている八幡を一瞥した。
「生徒のフェアプレーのために、まず顧問が守秘義務を遂行せよ、です」
「なるほど……。勉強になります」
「安西先生はまだ顧問になったばかりですし、ソフトテニスも初めてですからね。
 もし宜しければ私が色々と教えて差し上げますよ」
「そうして頂けると助かります。佐々木先生って優しいんですね」
 秘め事を分かち合ったように互いの顔を見つめて、クスッと微笑む二人。
 顧問会の中では若い者同士なので、自然と親近感が湧いてくるのだろう。
 敵ばかりだと思っていた顧問会に意外にも自分に味方をしてくれる人が現れて、安西は一気に心が安らいだ。

「へくちっ!」
 二度ほど連続でくしゃみをしてしまったせいで、ずれた眼鏡をたくし上げる。鼻を啜りながら周りを見回していた丸藤に、コートの向こう側にいる高田が咎めた。
「おいこら丸男! なにボサッとしてんだよ! さっさと次の球を寄越せ!」
 不良少年に怒鳴られた丸藤は慌ててラケットを構えると、緩やかなボールを高田に送る。そして首を傾げて一人ごちた。
「今誰かに、丸男って言われた気がしたんだけど……」

 コートの半分側では、吉川と宗方のスマッシュ練習が引き続き行われていた。直ぐスタミナが切れる神谷と交代交代で小堺も上げボールをする。
 上げボールをする方もそうだが、スマッシュを打ち込む方もそれ相応のスタミナを消耗する。余計な贅肉で足を取られている宗方などはさっきから既に息が上がりっ放しで、弱音こそは吐かないものの膝がガクガクと笑っている。
 だが、もう一人の吉川は額にうっすら汗を浮かべている程度で、さっきからスマッシュの球威はまったく衰えることを知らない。むしろ徐々にコツを掴んできたからか、コートに入る精度が上がってきている。
「サイボーグ吉川! もう少し深めにボールを上げるぞ! 引き足を速めろ!」
「小堺君! 深いボールって何?」
「もう少し奥に上げるってことだ! いくぞ!」
 大きく上がったボールを思いっきり後にダッシュして追い掛ける吉川。届かないと思ったのか、引き足のままジャンプをしてスマッシュを打ち込む。そのボールは正確にコートの左サイドを打ち抜いた。
 吉川が着地したのはサービスラインを裕に越えてベースラインに達していた。ほぼコートの端から端までスマッシュを決めたことになる。
 コートの半分で練習をしていた丸藤が唖然として上げボールの手を止めてしまった。
 ネット前からボールを追いかけてきた吉川が、いつの間に自分の隣まで走ってきている。その運動神経と瞬発力は中学一年生とは思えない。丸藤はゴクリと唾を飲み込みながら呟く。
「これじゃあ、僕のロブは全部取られちゃうよ……」
 ロブ使いにとってスマッシュ使いは天敵である。自分の攻撃であるはずのロブが、相手にとっては全て上げボールでしかないのだから。
「おい丸男! だからさっさと球上げろっていってんだろ!」
「あ、うん! ごめんね! それと高田君、僕は丸藤」
「うっせえ! ごちゃごちゃ言ってっと、ぶっ飛ばすぞ!」
 嘆息交じりに丸藤は次の球を高田へ送る。そのボールを高田は相変わらず力一杯振り抜いた。ボールはあらぬ方向へ飛んでいきフェンスへ激突する。
「だから高田君! そんな力一杯振らなくてもいいから! まずはラケットの真ん中に当てることから始めようよ!」
 堪らず注意を促す丸藤だが、高田は聞く耳持たずでラケットを肩に担いで怒鳴った。
「あんっ? ラケットにはちゃんと当たってるだろ! なんか文句あるのかよ!」
 言われてみればボールは問題なくラケットの真ん中に当たっている打球音がする、と一瞬納得しかけた丸藤だが、すぐに気持ちを切り替えると自分の足元をラケットで指し示した。
「じゃあ次はちゃんとコートの中に入れてよ! コートに入らないことには意味ないんだからね! いくよ!」
 そう言って送ったボールを、またもや高田は思いっきり豪快なホームランで打ち返した。自分の遥か真後ろのフェンスに当たったボールを見ようともせずに、丸藤は深い溜め息を吐いた。
 これでは何度やっても同じである。来月の試合までに、高田の打球はコートに入るのは無理だろう。

 そんな丸藤の不安も余所に、高田は高田なりに色々と試行錯誤を繰り返していた。
 野球部時代はどんなボールだろうがホームランにしてきた豪腕バッターの高田だが、テニスとのギャップに少々やきもきしていた。ボールの大きさはほぼ同じ、バットよりも当たる面積は断然大きいラケットで打っているはずなのに、正確なコースを打ち抜けない。
 もともと打球をコントロールなどという繊細な感覚は持ち合わせていなかったため、なんでもかんでも力任せにバックネットに持っていけば良かったが、テニスはそうはいかない。高田はラケットを何度も振って微調整を繰り返した。
 ブツブツと唱えながら素振りをする高田を遠くから眺めていた丸藤が忠告する。
「高田君。そんなに大きく構えるからホームランになっちゃうんだよ。もっとコンパクトに振り抜けばいいんだ」
 その一言を聞いた高田は、素振りをしていた手をピタッと止めると、しばらく考え込んだ。そして数回素振りをした後に、ポツリと呟いた。
「なるほど……。センターゴロで良いわけだ」
 そして何か会得した彼は、丸藤に「ボール!」と指示を出す。丸藤はもう何度目か分からないほどに手馴れた様子でボールを送った。

 高田は神谷のフォームを手本に素振りをしていた。天空に高々と突き上げるテイクバック(ラケットを後ろに引く動作)の姿勢がきれいだと思ったし、その方が豪快な打球を繰り出せると思っていた。
 だが、微調整が出来ない素人の高田ではボールはアウトどころかノーバウンドでフェンスに突き刺さるばかり。コートに入れなければ何も始まらないというのは丸藤に指摘されなくても重々承知である。テイクバックでラケットを上に掲げると、どうしてもラケットの軌道が縦の弧を描いてしまうと気付いた彼は、テイクバックを思いっきり真横に引いてみることにした。
 そうすれば横回転の軌道になり、ボールが真っ直ぐ飛んでいくと思ったのである。
 結果、彼の憶測は的を得ていた。打点と同じ高さである真横にラケットを引いた彼のフォームはきれいな横回転の軌道を描き、スイートスポットに当たったボールは弾丸のようにネットを通過し、宗方の横腹を直撃した。
「ぶひぃっ!」
 もんどり打って倒れこむ宗方。疲労と痛恨の一撃に彼は既に虫の息だった。

 打球をコントロールすることは出来なかったが、高田の放った打球は神谷のシュートボールに匹敵するスピードを兼ね備えていた。
 吉川のスマッシュに引き続き、一同開いた口が塞がらなかった。人数合わせくらいの感覚しかなかった彼らが、まさかのパワフルプレーヤーに化けるとは思いも寄らなかっただろう。
「よし! 丸男、もう一丁!」
 悶絶する宗方などお構い無しに、高田は興奮した様子で次のボールを催促する。きっと今の感触を忘れないうちに打ち込んでしまいたいのだ。
 丸男の上げボールを今と同じく横回転のフルスイングで打ち返す。ボールはアウトになったものの、さっきまでの山なりホームランボールではなく快音を立てて鋭いシュートボールに近付いた。すかさず高田のフォームを解析した神谷がアドバイスを送る。
「竜輝、ラケットを真っ直ぐ縦に当てるんじゃなく、ちょっと斜めにしてドライブをかけるとコートに入る」
 神谷の指示通りにボールがラケットに当たる瞬間、グリップで角度を調整して振り抜くと打球は素直にスピードを保ったままコート内に収まった。それと同時に一同歓声を上げる。
「すげえぞ! たっちゃん! 正樹に匹敵するくらいのシュートボールじゃないの?」
「いや、もっと上達すれば俺よりも速くなる」
 東北大会出場経験者に褒められた高田は、すっかり調子づいた。
「はっ! 俺様が本気を出せばこんなもんよ! 待ってろ! すぐにてめえらに追いついてやるよ! 精々素人に負けないように頑張るんだな!」
「シュートばっかり打って勝てるほどテニスは甘くないよ。ロブも打てるようにならなきゃ後衛の意味ないだろ」
 天狗になる高田に釘を刺す丸藤だが、どことなく悔しそうなのは自身がシュートボールの威力のなさがコンプレックスでロブに頼るしかないからだろう。
 だが、チームメイトの成長はやっぱり手放しで嬉しいらしく、彼はその後も素直に高田の練習に付き合った。
 もともと吉川同様に野球では将来有望視されるほどに運動神経は達者なので、高田は一度掴んだコツを既にモノにしてしまったらしく、快調にシュートボールを打ち込んでいる。コントロールはめちゃくちゃでどこに飛んでいくか分からないのが難点だが、初心者二人の思わぬポテンシャルに小堺は今まで口に出そうかどうしようか迷っていたことを、神谷にそっと打ち明けた。
「なぁ、正樹。もしかしてうちら、団体でもいけるんじゃないか?」
 高田のシュートボールに見とれていた神谷は、小堺の一言で我に返り大きく頷いた。
「俺も、今それを考えていたんだ。一番手の俺達はいいとして、二番手は丸男の実力は問題ないけど、宗方がまだ初心者だから不安だ。だから二番手勝負になるかと思ったけど、そんなこともないようだな」
「あぁ。今すぐっては無理だけど、このまま三番手も伸びてくれば、団体は全員で勝負ができる。一番手のうちらはオールマイティープレー。二番手は宗方参謀の戦略頭脳派プレー。三番手は元野球部コンビのパワープレー。良い感じに役者が揃ってるんじゃね?」
「……いけるかもな。次の大会まで一ヶ月しかないけど、詰め込んでみるか」

更新日 1月27日

 丁度二人が今後の練習予定について意見を出し合っていると、安西が顧問会から帰ってきた。
「あ、美和ちゃん。お帰り~」
「はいはい、ただいま。小堺君、先生をちゃん付けするのは止めてくれない?」
「先生、顧問会はどうでしたか?」
「だ、大丈夫よ! 先生、何も変なこと言ってないし、絶対にトーナメントのことなんて教えないんだから!」
 妙に慌てている顧問の態度が不審で神谷と小堺は顔を見合わせて首を傾げたが、すぐに今し方話し合っていたことを相談してみた。話を聞いた安西はしばらく考え込み
「学校側は問題ないと思うけど、他のみんなはどう思うかしら?」
 と進言する。

 腕を組んで悩む二人を見て埒が明かないと思った安西は、練習中の他の部員に召集を掛けた。
「みんな、お疲れ様。なんかね、神谷君達がみんなに相談があるんだって」
「なんだね? 言ってみたまえ」
 部内のことならばまずは自分を通せと言わんばかりの態度でずいっと前に出る宗方。そんな宗方の出っ張った腹の肉を摘みながら、小堺がみんなに提案した。
「あのさ、来月の地区総体まででいいんだけど、朝練をやらないか?」
「朝練?」
「そうだ。放課後の練習だけじゃ、どうしても大会まで間に合いそうにない。今からでも遅くないから朝の一時間だけでも練習をするべきだと思う」
 一同が顔をしかめる中、神谷が珍しく熱を込めて語った。
「大会に参加するのはきっと殆どが三年か実力がある二年だけだと思う。言ってみれば俺らよりも数倍練習をしてきた選手ばかりだ。俺や朔太郎、丸男の経験者でも勝てるかどうか分からない」
「なんだよ。てめえら東北大会にも出てるんだろ。地区大会ごとき余裕に通過するんじゃねぇか?」
「それがそうもいかないだろう。確かに俺らは経験者だが、小学校までは練習が精々週に三回程度だったんだ。でも中学生はほぼ毎日練習をしている。テニスに対する密度が全然違う。加えて体付きからして差があるからな」
「確かに……そうだね」
 眼鏡をたくし上げながら丸藤が同意する。いつになく饒舌な神谷に一同、聞き入っていた。
「それに俺らだけが勝てればいいんじゃ意味がない。俺は団体で勝ちたい。みんなで勝ちたい。だからみんなで一緒にもっと練習を積み重ねてもっと強くなりたいんだ。駄目か?」
 皆なんと言っていいのか分からず押し黙っていると、高田が鼻をフンッと鳴らした。
「俺は別に構わないぜ。そこまでテニスに入れ込む気はねえが、何の勝負であれ負けるのだけは気に入らねえ。朝練して勝てるんならやろうや。なぁ、のぼる? お前だっていいだろ」
「う、うん。たっちゃんがやるっていうなら、僕もやるよ」
 三番手ペアの賛同に触発されてか、丸藤と宗方も首を縦に振った。
「みんながやるんだったら僕もやるよ。僕だってやるからには負けたくないし」
「部長としても当然賛成さ。この宗方繁蔵の孫である僕が率いるソフトテニス部が、呆気なく初戦敗退なんて無様な姿を晒すなんて耐え切れないからね」
 部員みんなに自分の思いが伝わり、神谷は嬉しくて「ありがとう」と呟くと俯いた。
「よし! じゃあ、早速明日から朝練を始めるぞ! 時間は七時から。場所はここ。みんな宜しくな!」
「ちょっと待ちたまえ! そういう連絡事項は部長である僕が皆に伝えるから! もう、勝手なことをされては困るんだよ、君は」
 元気良く宣言をする小堺に嫉妬した宗方が、仕切りたがり本性をずけずけと前に出してきた。その横で高田が「そんなもん、どうだって良いじゃねえか」と呟く。
「良くないよ! 君にはわからないだろうがね、統制というものはそういった小さな事から乱れていくんだよ。まったく、僕の苦労も考えてくれたまえ」
「あん? うるせえぞ、デブ。あんまり調子こいてると、その脇腹にまた球をお見舞いすっぞ、こら」
 先ほど直撃を食らった横腹を押さえながら後ずさる宗方。そして忌々しげに高田を見つめる。
「まったく、これだから粗野な人間は相容れないなくて困る。この不良少年が」
「なんだとデブ! もういっぺん言ってみろ!」
 宗方の胸倉に掴みかかる高田をみんな一斉に止めに入り、テニスコートは一時騒然となった。部員全員があたふたする中、顧問の安西は一人、そんな光景を遠巻きに眺めつつ、ニコニコと微笑んでいた。
「朝練に、喧嘩に、みんな一丸となって勝利を目指す姿勢……。まるで青春ドラマみたいで、素敵だわ」






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06:59  |  なんしきっ!  |  CM(4)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

●No title

小堺君が「たっちゃん」って呼んでる…
あんな事があったのにこの馴れ馴れしさ、将来大物になりそうですね(笑)
個性的な部員達の練習風景が微笑ましいと言うか笑えます(爆)
大会では強いトコを見せて、他の学校の先生方を唖然とさせたいですね~。
ところで要人さんは前衛だったんですか?
夢 | 2010年01月21日(木) 11:09 | URL | コメント編集

●No title

>>夢さん
ここからが部員達の絡みが面白くなるところです。
私は前衛でしたよ。左利きの厄介な前衛でした。

来週に髪を切りに行かせてもらいますね♪
要人(かなめびと) | 2010年01月22日(金) 06:45 | URL | コメント編集

●No title

昨日はありがとうございました!
今日も寒いデス、スッキリしすぎて風邪ひかないように!

丸男君の天敵が同じチーム内にいるって事は、丸男君も天敵相手に練習すれば怖いもの無しになるんのでは?と思うのは私だけ?
高田君の頑張り方には好感もてますね♪
このチームの雰囲気、私も安西先生同様微笑ましく感じます。
明日から朝練頑張れ~!
夢 | 2010年01月27日(水) 10:20 | URL | コメント編集

●No title

>>夢さん
つまりそういうことですね。
丸男が吉川を攻略すれば恐いものなしなのです。
でも、そうもいかないのがソフトテニスの深いところなんです。
要人(かなめびと) | 2010年01月28日(木) 06:40 | URL | コメント編集

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