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2009'11.30 (Mon)

悲恋なプランナーの場合 後編


【More・・・】

その晩、私は久方振りに実家へ顔を見せた美穂と旦那さんの正樹君と三人で夕飯を楽しんだ。急な招集にも関わらず、二人揃って来てくれた事に、私は言葉では言い尽くせない喜びを噛み締めた。
「そう……、あの赤沢さんがそんなことになっていたなんて……」
私にお酌をしながら美穂は暗い声を落とす。娘は赤沢や桃瀬とも交流を持っているので悲しみは深いようだ。するとそれまで黙って話を聞いていた正樹君が口を開く。
「でもお父さん、その赤沢さんという女性のしたことはそんなに悪いことなんでしょうか?」
普段、寡黙な婿殿が口を挟んできたので、私ばかりか美穂も驚いている。そんな我々の視線を照れた様子で受け止めながら、正樹君は言葉を続ける。
「結婚式場のスタッフが結婚前の新郎と恋に堕ちた、というのはさすがに問題があるでしょう。ですがその鎌田さんという方は既に独り身です。未亡人というわけでもないですし、構わないのでは?」
一見、生真面目で頭の固いイメージがある正樹君だが、よくよく話をしてみると実に柔軟な考えを持つ青年なのである。もっとも、そうでなければ美穂の旦那になろうとは思わないだろう。世間体や印象には耳を貸さず、物事の本質を見る目を持つ正樹君に、私はいつも救われる気になる。
「そ、そういうものなのか?」
「はい。私、生命保険の代行会社に勤務していますが、最愛の人を亡くした直後にすぐ別のパートナーを見つける人って、実は少なくないんです。皆さん、外聞を気にしておおっぴらにはしませんが。特に親が既に他界していたり、子供がいなかったりという人はそうなるケースが多いです。誰でも、孤独を恐れますから」
そう話を締めて、正樹君は熱燗の入った猪口を傾ける。まだ宵の口だというのに、もう顔が赤い。本当は下戸な婿殿だが、無理して私に付き合ってくれているのだ。
誰でも孤独を恐れる……。正樹君がいった言葉を噛み締める。私はこの歳になるまで、独りを味わうことはなかった。美佳さんを失うと同時に美穂の育児に追われ、孤独というよりゆとりを感じる暇すらなかった。それが昨年、この子が嫁いでいき初めて家の中に自分一人になった時、言い知れぬ寂寥感が胸を締め付け、これが孤独かと思った。
だが私にはこうして電話の一本を掛ければすぐに来てくれる人もいる。職場に行けば家族同然な仲間達がいる。それが当たり前な幸せなのだと改めて実感するが、そんな当たり前すら手の平からすり抜けてしまった人達もいる。美佳さん然り、鎌田さん然り……。もしかすると、赤沢も……。

「ねぇ、パパ。パパは赤沢さんが幸せになれないって言ったわね? なんで?」
正樹君の猪口に酒を注ぎ足し、次いで私の猪口にも酒を注ぎながら美穂は尋ねる。
「それは……あの子達がしていることは仮初めの愛情ごっこだからさ。ただ一時凌ぎでしかない慈しみなど、あとになって後悔しか残らない」
「仮初めでも偽りでも、愛情は愛情よ。一時凌ぎでもそれで救われるのが人間じゃないかしら。辛い真実よりも優しい嘘の方が私は好きだな」
「かもしれないが……私としては、あの子に私と同じ過ちを繰り返して欲しくないのだよ。もっと真っ直ぐな、人並みな幸せを掴んで欲しい」
「幸せって言うけど、それじゃあパパ。パパは幸せじゃなかった? ママと出会った事が不幸だと感じた? その結果で生まれた私は幸せじゃないの?」
その時、私はハッと息を飲んだ。赤沢を否定することはつまり美佳さんをも否定すること。我々がしたことが不幸なら、その末に生まれたこの子も……ということになる。
美穂は寂しさを押し隠すように、だけど優しく諭すように言った。
「パパ、幸せっていうのは他人が決められることじゃないと思う。そりゃあ、他の人が見れば可哀相でも、それを選んだのは本人達なんだし、決して後悔はしないと思うわ。少なくとも私はパパとママがどんな形であれ出会ってくれた事に感謝している。そして、そんな私の人生は幸せだったわよ?」
美穂に続けて正樹君も
「不謹慎かもしれませんが、僕もお父さんとお母さんの選択には感謝をしています。でなければ、私はこうして美穂さんと出会えなかったのですから」
と言って、頭を下げた。

そうなのかもしれない。確かに赤沢や私がしたことは倫理的に非常識だろう。
赤沢と鎌田さん、遠い未来に今ある時間を後悔しようとも、この時が仮初めの幸せだとしても、「今」が幸福ならばそれが真実なのだ。
私だってそうだった。美佳さんと一緒に暮らし、彼女の中にある深手を負った傷が癒えていくのを見る度、僅かながらでも幸せを噛みしめたことがあった。会社で周りから鼻つまみ者扱いをされても、実家の両親から勘当をされても、美穂の成長に頬を緩めない日はなかった。
私が赤沢や鎌田さんの幸せか否かを決めつける権利なんて、どこにもない。

しばらく黙り込んだ私を見守った後、美穂は空になった猪口に酒を注いでくれた。そして赤沢の話はおしまい、というように他愛もない世間話を始めた。正樹君も察してか、普段の寡黙に戻り猪口の酒をちびちび舐めている。
未だ悩んではいるものの、案外これで良いのかも知れない。鎌田さんに寄り添いたいと望む赤沢が幸せだと言うのなら、それでいいじゃないか。それでも心の端に引っ掛かりを感じつつ、私はそう自分を納得させるように、一気に酒をあおった。

それから私は会社で赤沢と距離を置くようになった。会って何を話せばいいのか分からないし、最早わたしから彼女に伝えられることはないと思った。外国について行くにしろ、行かないにしろ、全ては赤沢が決めること。
そんなある日、ティールームでちょっとした騒動が起きた。

三月上旬、まだ寒さが抜けきれない中、私は薄手のコートを羽織ってチャペルの草むしりをしていた。秋の終わりにサボった証拠である越冬した雑草達が、暖気をはらんだ日光を受けてニョキニョキと生えてきた。
三月にもなれば外に出れなくもない。チャペル式が終わった後のガーデンは賑わいのシーズンを迎えるだろう。友人達に囲まれて写真におさまる新郎新婦の後ろで雑草が生い茂っていては、せっかくの記念が台無しだ。
最高の笑顔な新郎新婦の表情を思い浮かべながら、一つ一つ丁寧に草を引き抜いていると、誰かが私の名前を呼びながら駆けてきた。何事かと頭をもたげると、息せき切った桃瀬が私の腕を取りながら叫びに近い声で言う。
「支配人、大変です! 今すぐティールームに来てください! 早く!」
「落ち着きたまえ。一体何があったというのだ?」
急かす桃瀬に腕を掴まれながら立ち上がる私。急に腰を上げたので立ち眩みを起こした私に構わず、桃瀬は真っ青な顔をして尚もぐいぐいと引っ張る。
「みっちゃ……赤沢さんと緋村さんがケンカしちゃって! 緋村さんが凄く興奮して手がつけられないんです!」
「なん、だ……と!?」
「紅葉谷チーフ一人では収拾がつかないんです! 支配人、助けて下さい! 早くっ!」
私は弾かれるようにティールームへ向かい駆け出した。後ろからついてくる桃瀬に尋ねる。
「原因はなんだ? あの緋村君が怒るだなんて、よっぽどだぞ」
すると桃瀬は沈痛な表情を浮かべ、呼吸を乱しながらも答える。
「みっちゃん……いえ、鎌田さんが、明日の飛行機で、外国に旅立つって……。みっちゃんが、それに、ついて行くのか、で言い争いに……」
私はカッと目を見開く。赤沢は、あの子は本当に鎌田さんへついて行こうとしていたのか。しかもそれが明日だなんて……。
口から荒く息を吐きながら、歯を食いしばる。あのバカ、そんな話はこれっぽっちも私の耳に届いていない。上司に退社届も出さずに行くつもりでいるのか。進退を自分一人で決めるだなんて、幼稚にもほどがある。
私は腹の底からふつふつと湧き上がる悲しい怒りを感じながらも、ティールームへと急いだ。

現場に駆けつけると、普段見慣れたティールームは悲惨な状態になっていた。
テーブルや椅子は倒れ、お茶の葉は散乱し、ティーカップが一つ割れている。その赤いティーカップは、本人のイメージに合わせて桃瀬が選んだものだ。
そのカップの持ち主はというと、頬に手を当てたまま椅子に腰掛けてうなだれている。対峙する緋村は鼻息を荒げて真っ赤な目をして赤沢を睨み付け、それを涙目になった紅葉谷から羽交い締めで抑止されている。
状況から察するに、どうやら緋村が一方的に暴れたようだ。いつも冷静沈着でキャリアウーマンな彼女も、今は見る影もない。

「何とか言いなさいよっ! そんなのプランナーを辞める理由にはならないわ!」
怒気を含んだ声で赤沢を責める緋村。その剣幕に全員がたじろぐ。赤沢は頬に手を当てたまま、愚鈍に呟く。
「だって、鎌田さんには……私が必要だから。あの人の支えに、なってあげたくて……」
「そんなのついて行く理由にはならないっ! それってプランナーを辞めてまでしなきゃいけないことなの!?」
「私がいなきゃ……私がそばにいなきゃ、鎌田さんは……」
「じゃあ今、担当しているお客様はどうするの! 途中で投げ出していく気っ!?」
赤沢の体がピクッと反応する。そして手をぷるぷると震わせた。
「あんたの覚悟ってその程度のものなの!? そんなに無責任なものなの!? 鎌田さんさえ良ければ、他のお客様なんてどうでもいいんだ!」
「!……違っ」
「違わない! あんたにとって鎌田さんはたくさんいるお客様の一人だったかも知れないけどね! 他のお客様にとって、あんたは唯一のプランナーなのよ! 無責任以外の何ものでもないじゃない!」
罵倒する緋村の声が徐々にふるえ出す。
「そんなので何がサービスマンよ! 何がプランナーよ! そんな奴を、ライバルだなんて思っていた、私は一体何なのよ! 馬鹿じゃない! 惨めじゃない!」
緋村の両目に涙が浮かんでくる。そして紅葉谷が掴んだ腕を解くと、緋村は力無くその場にガクリと膝を折った。
「……勝ち逃げなんて、ズルいじゃない」
全く正反対の性格な赤沢と緋村は、常にライバル関係にあった。それこそ一方的に緋村がライバル視しているように見えたが、自分にない赤沢の性質を認めていたからであろう。勤勉な彼女にしてみれば、赤沢という好敵手が居なくなってしまうのが寂しくて仕方ないのだ。さらに辞める理由に不満があるのなら、寂寞の思いは怒りへと変わってしまっても不思議はない。
シクシクと涙する緋村の肩に手をそっと置き、次に赤沢へと視線を向ける。きっと緋村に頬を叩かれたのだろう。真っ赤になったほっぺたを手持ち無沙汰にさすっていた。
「赤沢君、気持ちが落ち着いたら事務所に来てくれ。いや、違うな。緑川さんのところへ行って、もらってこい」
「……何を、ですか?」
「退職届、だ」
その場にいた全員のカッと見開いた視線を一身に受け止め、私は毅然と言い放つ。
「明日、鎌田さんについて行くんだろ? ならばその前に退職届を出してからにしてくれ。社会人として、自分の進退くらいはきちんとつけてもらわないと困る」
そして私は倒れたテーブルと椅子を片付ける。その間、みんなは押し黙ったままうなだれていた。いつもは賑やかなティールームも、この時ばかりは葬儀場のように静まり返っていた。

片付けを終えた私は最後にもう一度、赤沢に顔を向けて口を開く。
「お前はお前が思う幸せの形を求めればいい。その答えを私は素直に受け止めよう。だから、どうか……」
それ以上は何を言っていいのか分からず、私は口を閉ざしてティールームを後にした。私が去った後も花嫁の楽園は静寂に包まれていた。きっとみんな、私が赤沢に辞めないよう説得をするものだと思っただろう。みんなだけでなく、たぶん本人も。
それでも私は赤沢を引き止めようとは、しなかった。そもそも私が説得をして考えを変えるくらいなら、初めからあの子は鎌田さんと関係を持たなかったはず。
人は誰も他人の責任を負うことは出来ない。自分で背負った荷物は、一生でも自分の背に乗せて歩いていくしかないのだ。たとえその道が平坦であろうとも、険しく厳しい道であろうとも。
あの子が思う本当の幸せの形を、魂に巣くった貪欲なサービスのなれの果てを、私はこの目でしっかりと受け止めなければいけない。
それが私が出来るあの子への、精一杯のはなむけなのだ。

事務所にある自分の椅子の深々と腰をうずめ、私はどっぷりと濁った溜め息を吐き出した。そして隣でしかめっ面をしている緑川に事の次第を説明する。
「……そんなわけで、済まないが退職届を一通、準備してくれないか?」
話を聞いた後、緑川はさらにむっすりとした顔をして、返事も返さずに引き出しから人事関係の書類を取り出す。
「あ、そうだ。簡単にでいいから、鉛筆で下書きをしてやってくれないか? 一応は本社に出さなければいけない書類だからね。あの子の事だからとんでもない理由を書きかねない」
「……かしこまりました」
「すまないね。面倒をかける」
私に言われるよりも先に、緑川はサラサラと退職届に薄く鉛筆を走らせている。どうやら本人もそのつもりだったようだ。

緑川が手早く赤沢用の退職届を仕上げるのを横目で眺めながら、私はしばらく考えごとをした後におずおずと言った。
「緑川さん。申し訳ないが、その……何かのついでにで構わないから、退職届をもう一通」
「い・や・よっ!」
途中で話を鬼神様に遮られた。緑川はこちらに顔を向けようともせず、机が叩き割れるのではないかという勢いで、退職届の書類に判を押す。
「人事関係の書類は本気で面倒くさいの! もしも本当に欲しいのならまた別の機会にしてちょうだい! まったく、こっちの身にもなってよ。何が少数精鋭よ。自分で言っといてよくそんな退職届だなんて……」
最後の方は愚痴のようにゴニョゴニョと尻すぼみになっていく。私は苦笑いを浮かべて、自分の発言を諫めた。最近、独り身の寂しさがしみてきたのか、気持ちが弱くなっていけない。
ともかく明日、赤沢が出す答えをじっくりと待つことにしよう。


成田空港、国際線の22番ゲート。背筋を伸ばし、真剣な眼差しで真っ直ぐ前を向いた青年が一人立っていた。
きっと誰かを待っているのだろうその手には、小さな手提げ袋のみ。周りを行き交う旅行客は大きなキャリーケースを引いているのに違和感を覚える。きっと荷物は前日に全て現地へ郵送してしまったのだろう。
その荷物の中には、日本で過ごした思い出は入っているのだろうか? いや、きっと置いていっただろう。例えば、結婚式直前に失った恋人との思い出、とか……。
思い出や記憶は形も無ければ質量も無い。持っていって邪魔になるようなものではないだろう。それでも、鎌田さんにとっては不必要なものかも知れない。
何故なら、これから彼は別の女性と海外へ旅立とうとしているのだから。

微動だにしないまま直立してから、かれこれ20分は経つ。椅子に座って待てばいいものの、彼はずっと立ったまま待ち人を迎える体勢を保っていた。
よほど几帳面で生真面目な性格なのだろう。それは彼の外見にも滲み出ている。しかしそれ以上にどこか落ち着かなく見えてしまうのは、彼も不安だからだろうか?
待ち人が必ずここへ来ると断言出来ない。そんな心配が直立不動の彼が、堂々とした出で立ちに見えない理由なのかもしれない。

それから待つこと5分、足もだいぶ痺れて倦怠してきたのだろう。軽く立ち位置を変えようとした彼の足がピクリと止まる。そして引き締めていた口元を僅かにほころばせた。
視線の先を追うと、そこには軽快な足取りでロビーを歩く、一人の女性の姿があった。彼は口元だけでなく、目元や頬をもほころばせて、安堵の表情を見せる。
手を振りながら近付いてきた女性が口を開く。
「おはよ~っす。結構、待ちましたか?」
「いいや。そんなに待ってないよ」
知的に見える鎌田さんのパートナーにはよほど似つかわしくない軽い調子の赤沢。何故、これだけ実直そうな青年が赤沢を選んだのか首を傾げたいところだが、この明け透けとした彼女の性格が傷付いた心を癒したのかもしれない。

ニコニコと微笑む赤沢に合わせるかのように、顔を綻ばせる鎌田さんだったが、彼女の手荷物が軽装過ぎるのを見咎めたようだ。そして服装にも注目し、その安堵が薄らいでいく。
これから向かう国は暖かい気候のところなのだろう。まだ春先にもかかわらず、鎌田さんは薄手のジャケットにインナーはTシャツを着ている。対する赤沢はコートに身を包んで首にマフラーを巻いているほどだ。それに手荷物はバッグ類ではなく深めの紙袋。鎌田さんのように事前に荷物を郵送済みなのだろうか。
しばらくソワソワした後に、意を決して口を開こうとした鎌田さんを、赤沢が遮った。

「実はですね、鎌田さんに渡したいものがあるんすよ」
そう言って手に持った紙袋から赤沢は何かを取り出した。鎌田さんの視線がその一点に集中する。
「赤沢さん、それは一体……?」
その手に持ったものは、グラスドームに包まれた小さな盛り花。赤沢はそれを鎌田さんに渡すと、微笑みながら言った。
「このお花、なんだか分かります?」
「たしか……スイートピーじゃなかったかな?」
「さっすが、鎌田さん。物知り~」
いつもの調子な赤沢に鎌田さんは逆に動揺する。この場面で思いがけない贈り物に、真意を探りかねているようだ。
「それじゃあスイートピーの花言葉、知ってます?」
「さぁ。さすがにそこまではちょっと分からないな」
「……『門出』です」
その瞬間、鎌田さんの手がピクリと止まった。しかし赤沢はわざと気付かないように話を続ける。
「このお花っすね、造花っぽく見えるけど実は造花じゃないんです。見て下さい」
赤沢に促されて、鎌田さんは眼鏡をたくし上げるとグラスドームに顔を近付ける。しげしげと眺めながら、鎌田さんは「本当だ……」と呟いた。
「これ、生花を特殊加工して作った『プリザーブドフラワー』って言うんですよ。ほら私、桃ちゃんのママにフラワーアレンジメント習ってるって言ったじゃないっすか。それでこの度、チャレンジしてみたんです」
赤沢の言葉一つ一つを噛み締めるように、鎌田さんは優しく笑みを浮かべて頷く。
「よく結婚式で生花ブーケをプリザーブド加工するお嫁さんがいるんですよ。でもこのプリザーブドフラワー、半永久的に持つわけじゃないんですよ。四年か五年くらいすれば枯れちゃうらしいんです。しかも素人の私が作ったんだから二年くらいしか保たないかも知れません」
一瞬だけ寂しそうに視線を足元に落とす赤沢。だがすぐに頭を上げると、満面の笑みを作り声を弾ませて言った。
「だからこの花が枯れた時に、もしも酒留さんとの思い出が整理出来ていたら、そしたらもう一度わたしを迎えに来て下さい」
ハッと大きく目を見開いた鎌田さんを真っ正面から見据え、赤沢はハッキリと告げた。
「それが私から鎌田さんへの門出のはなむけです。新転地に行っても、どうか元気で頑張って下さい」

手に持ったグラスドームが小刻みに震えている。鎌田さんは瞳を固く閉じ、歯を食いしばって俯いていた。赤沢はそんな鎌田さんから目を反らさず、ピンと背筋を伸ばしている。
永遠に感じられるほどの時間が流れたその時、鎌田さんはゆっくり顔を上げると、キッと引き締めた唇を緩めて無理矢理に笑顔を作った。
「そっか。それじゃあ仕方ない。この花が枯れるまで、僕は一人で頑張るとするよ」
「はい。鎌田さんならきっと大丈夫っす。私が保証します」
「赤沢さんにそう言ってもらえると嬉しいな。なんだか自信が出てきた」
そして二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
まるで級友のようにひとしきり笑い合った後、鎌田さんは大きく深呼吸をすると、赤沢に近づき握手を求める。
「赤沢さん、あなたのようなプランナーに出会えて、僕は本当に幸せでした。どうかこれからも、みんなを幸せにする赤沢さんでいて下さい」
「……はい。ありがとうございます」
手を握り返してペコリと頭を下げると、鎌田さんは最後に一瞬だけ寂しそうな表情を残し、踵を返した。そして振り返らずにそのまま搭乗ゲートの方へ向かっていった。
赤沢は鎌田さんの姿がなくなるまでずっと見送っていた。そして他の乗客が搭乗し終えても、飛行機が飛び立った後になっても、ずっとロビーで立ち尽くしていた。朗らかな笑みを浮かべたまま、いつまでも見送っていた。


私は深く溜め息を吐き、腰掛けていた待合室の椅子から立ち上がると、彼女の元へ歩み寄る。
「行っちゃったな、鎌田さん」
「行っちゃいましたね~、鎌田さん」
振り向きもしないまま、赤沢は答えた。
「てか、支配人。いつから見てたんすか? どこにいたんすか?」
「お前が来る前からだ」
「知ってましたよ。匂いで分かりました、支配人がいるって」
「そうか。お前もサービスマンとして達人の域に近付いてきたな」
「そんなの嘘に決まってるじゃないっすか。支配人じゃあるまいし、ハハハ」
「やっぱりな、ハハハ」
他愛のない冗談を言い合う私達の声がどこか寒々しい。でもそれが今は、心地良くさえ感じた。

ひとしきり乾いた笑いを漏らし終えると、そこでやっと赤沢が私に振り返る。
その表情は笑顔のままだった。
「支配人。私、本当に鎌田さんのことが好きだったんですよ?」
「あぁ……知ってるよ」
私も彼女に倣って、笑顔で答える。
「あんなに誠実で真面目で優しい男性、これから先に出会える自信がないっすね」
「あぁ、そうだな」
「そのうえ女性には紳士的でデートではいつもリードしてくれますし。理想が服を着て歩いているようなもんですよ」
「そこまで言われるのなら、同じ男性として羨ましいくらいだよ」
「しかもお医者さんですし。看護婦さんからもモテモテだった、って酒留さんも言ってました。もうパーフェクトっす。言うことないっすね」
「あまつさえ、眼鏡男子だからな」
「そうそう、それが一番のポイントです」
手の平を合わせてうっとりと鎌田さんの話をする赤沢。だが散々話し尽くすと、途端に笑顔のまま眉毛をへの字に下げた。そしてポツリと呟く。
「なのにどうして……私はついて行けなかったんでしょうかね」
きっとここに来てからずっと、無理をして笑っていたのだろう。去り行く鎌田さんへ無駄な心配はかけたくないがために。本当は悲しいはずなのに、赤沢は張り付いたままの笑顔を外せなくて困ったように、また苦く笑った。
そんな彼女を真っ直ぐ見つめ返しながら、私は一瞬ためらったもののハッキリと答えた。
「それはお前が、鎌田さんを『お客様』として好きだったからだ」
私の一言で赤沢は何かが弾けたように真顔になる。構わず続きを語ろうとする私の口を飢えにも似た眼差しで凝視する。
「もしもお前が本当に一人の男性として鎌田さんを好きだったのなら、迷わず一緒の道を歩もうとしただろう。だが、お前は『お客様』である鎌田さんを好きだったのだ。無意識のうちに、いま担当しているお客様と比べたのだろう。
 プランナーにとってはどんなお客様でも平等。だから一人のお客様のためだけに、自分の信念を曲げてもついて行くことは出来なかったのだ」
私の言葉を聞いた直後、赤沢の眼から一滴の涙がこぼれた。そしてそれを皮切りに、止め処なく泣き出した。ロビーにいた人はみんな搭乗済みでここには誰もいないので、人目をはばかることはない。赤沢は声を張り上げてワンワンと泣いた。
私が一歩近付くと、赤沢は弾かれたようにしがみついてきた。娘ほど歳が離れた彼女を、私は両腕に力を込めて抱き締めた。赤沢に触れた部分から彼女の寂寞とした感情が流れ込み、共鳴した魂が火傷をしそうなくらい真っ赤になる。その痛みをかばい合うように、私はさらに背中に回した両手に力を込めると、赤沢もバラバラになりそうな心と体を守るため、こすりつけるみたいに身を寄せてきた。

「私、ついて行けなかった……!鎌田さんに、ついて行けなかった……!大好きだったのに……!すごく好きだったのに……!」
嗚咽混じりに搾り出すような声で訴える赤沢を、背中をさすってあげながら励ます。こういう時は思いっきり叫びだしてしまえばいい。心の中をカラッポにしたいなら、声にして吐き出してしまえばいいのだ。
「お客様の顔が、みんなの顔が頭の中から離れなくて……どうしても裏切ることが出来なくて!私、何度も何度も何度も何度も悩んだんですけど、どうしてもお客様を捨てて鎌田さんについて行くことが出来ませんでした……!」
それから何度もうわごとのように「出来ませんでした!出来ませんでした……!」と叫ぶ赤沢。昨日、怒った緋村の言葉に反論出来なかったのは図星だったからだろう。赤沢は一人の女性でありながら、責任感の強いプランナーでもあった。そんな彼女が現在担当をしているお客様を放っていけるわけがない。悩むよりも何よりも、答えは既に決まっていたのだ。
それでも彼女の味わった悲恋は、こうして涙となり頬を伝わっていく。私は気が済むまで彼女の涙に付き合おうと、離せば崩れそうな支えた腕を握り直した。

どのくらいそうしていただろうか。きっと次の便に搭乗する乗客達だと思うが、ロビーには僅かに人影が増えてきた。
いつまでも抱き合っている我々に好奇な眼差しを向けてくる人々。その姿はさながら不倫女性に泣きつかれている中年男性か、それとも初めて家を出ることに寂しさを募らせる娘を慰める父親に見えるのか。出来れば後者で捉えてもらいたい。
そんな視線をあえて無視していると、赤沢もだいぶ落ち着いてきたのか、今は私の胸の中でスンスンとしゃくりあげている。
そんな彼女の頭を優しく撫でて一呼吸おき、私は赤沢を引き剥がして言った。
「昨日、緑川にもらった退職届はまだ持っているな?」
突然の問い掛けに戸惑いながら頷く赤沢。急に上司の顔へ戻った私に恐れすら感じているようだ。
それでも私は、気にせずに言葉を続けた。
「今回の件は全て本社に報告した。その結果、鎌田さんは既にお客様ではないという事で、上からはお咎め一切無し、とのことだった」
上司というものは良いことでも悪いことでも、知ってしまった以上はさらに上へ報告しなければいけない決まりになっている。それが部下を、ひいては自分の身に処罰が下ろうとも冒してはならない義務であり、責任である。
「だがな、当館としてはそのままにしておけない。赤沢、明日フェリスタシオンに出勤したら、退職届を提出しろ」
大きく目を見開き、愕然とする赤沢。当然だ。今の今まで悲恋に打ちひしがれた自分を慰めてくれていた上司が、会社を辞めろと言っているのだから。
私だってこんなセリフは口が裂けても言いたくない。それでも伝えておかなくてはならないこともある。ただ単に上司としてではなく、同じ罪を犯した先輩として。
「今回の件で身にしみただろう。お前は理性をも凌駕し、自分が傷付くことすら厭わずに暴走してしまうサービスマンだということを。つまり、私と本質は一緒なのだ。
もしも同じことがもう一度、起こったら、お前は耐えられるか? その可能性はゼロじゃないぞ? 次は自分の身を滅ぼすほどの大きな波が、襲ってくるかもしれない。その時、お前はサービスマンであり続けられるか?」
行き過ぎたサービスは身を滅ぼす。その言葉の意味をほんの一部だが体感した赤沢は、反論する余裕もないほどに息を飲んでいた。
私としては、この子が立派なサービスマンに成長してくれることを切に願わずにはいられないが、それより何より、幸せな人生を送ってくれることが一番重要なのかと思う。もしもサービスマンの名札が重荷になるのなら、残念ながらそれを外すことを勧めなければいけない。
ギュッと唇を噛み締める赤沢。彼女にしてもフェリスタシオン迎賓館は仕事場以上に大切な場所であろう。だがその楽園が突然に凶歯と化し、自分を切り刻む可能性を孕んでいることも知ってしまった。
きっと彼女の心の中では葛藤が渦巻いていることだろう。押し黙ったままの赤沢にこれ以上掛ける言葉がないと悟った私は、最後に冷たく「明日、フェリスタシオンで答えを聞こう」と残し、その場を去った。
周りからは不倫女性を無惨に振った冷徹な男と映ったのか、非難の眼差しが五月蝿かったが私は気にせずに空港から出て行った。
どんな答えを出そうとも、それは赤沢本人が決めることと、寂寥感をグッと堪えながら……。

更新日 12月9日


翌日、少し早めに出勤した私は朝掃除もそこそこに自分のデスクにどっしりと身構えていた。どことなく落ち着きに欠けている気持ちをよそに、私は事務所のドアが開くのを今か今かと待っていた。
まず最初に出勤してきたのは紅葉谷だった。身を乗り出すように固まった私が早朝の事務所で出迎えたので、彼は何事かとたじろいでしまった。そして何故か申し訳なさそうに頭をペコペコと下げながら自分の席に着く。意味なく謝るな、あちゃけめ。
次いで緑川、紫倉チーフ、緋村と出勤してくるが、お目当ての人間はまだ姿を現さない。よくよく考えてみれば赤沢はいつも時間ギリギリに出勤してくる奴だった。私が早く来たからといって彼女も早く来るわけではない。
自分一人がやきもきとしていた事に落胆しながら本社からのメールでもチェックしようとしたその時、赤沢の元気な声が事務所にこだました。
「おっはよ~ございま~す」
相変わらず社会人としての緊張感が一切感じられない挨拶だったが、それよりもその場にいた全員は無言で目配せをする。一昨日の騒動があった後で出勤してくるということは……みんなの心の内が手に取るように分かってしまう。そして視線は自然と私に注がれた。
赤沢は気にすることなく自分の席に荷物を置くと、中から一枚の用紙を取り出して私の前に立った。
「支配人、昨日はありがとうございました」
「ん……んむ」
歯切れの悪い挨拶しか出ない私に、赤沢は笑顔で返すだけだった。そして手に持った退職届をスッと差し出す。心臓の鼓動が鳴り大きく目を見開く。事務所内にいた全員も息を飲んだ。
しかし次の瞬間、赤沢は舌をペロッと出すと退職届を破り捨てた。あんぐりと口を開ける私に、赤沢は深々と頭を下げる。
「いたらない部下でご迷惑ばかりかけると思いますが! これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
事務所に響く大きな声で宣言した赤沢に、私は胸の中にのしかかっていた重石がスッと軽くなった気がした。そしてわざとらしく長い溜め息を吐く。
「そういうものは私ではなく直属の上司に言うものだ、あちゃけ」
そう言って紅葉谷を指差す。すると赤沢は納得してすぐに紅葉谷の傍まで行くと、同じように大きな声を出した。
ニコニコと赤沢に頭を下げている紅葉谷を眺め、私もつい頬を緩める。隣の緑川などは恨めしそうに歯をギリギリと鳴らしている。きっと自分が作った書類を目の前で破られたのが、よっぽど気に食わなかったのだろう。

紅葉谷に挨拶を済ませると、赤沢はもう一度わたしの元へ来た。
「実は~支配人にお願いがあるんですけど。今夜、大丈夫っすか?」
「今夜? 一体なんだ?」
「だいぶ前になりますけど、あの約束はまだ有効ですか?」
赤沢の話を聞いて、私はよく覚えていたものだと感心しながらも、昨日の今日でと呆れてしまった。しかしそれもまた、この子らしいと言えばこの子らしい。
私達が慣れ親しんだ日常に、やっと戻ってきたのだと実感した。


私は美佳さんを連れて行ってしまった。
赤沢は鎌田さんが連れて行こうとした手を拒んだ。

赤沢は、私と同じ道を歩まなかった。





↓支配人「酒と一緒に蕎麦も食いたい……」
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