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2009'11.20 (Fri)

悲恋なプランナーの場合 中編


【More・・・】

年が明けた。正月中に溜まった気だるさを抜くために、私と紫倉チーフ、そして紅葉谷はティールームで桃瀬がいつもより特別に淹れてくれたハーブティーをご馳走になっていた。しかし我々が集まった理由はそれだけでない。……ちょうど昨日、酒留さんの四十九日が明けたのだ。
酒留さんが亡くなったと聞いたあの日、フェリスタシオン迎賓館は火が消えたように静まり返っていた。ようやく平静を取り戻した私は午後から通常業務に戻ったが、赤沢はすっかり塞ぎ込んでしまい、桃瀬を付き添わせて早退させた。幸いに彼らの結婚式でキャンセル料などが発生するものはなく、私の時のような惨い訪問をする必要はなかったが、葬儀が終わって一週間後、鎌田さんはわざわざ
フェリスタシオン迎賓館を訪ねて結婚式のキャンセルを申し出た。
 最愛の人を亡くしてそんな気持ちの余裕などないはずなのに、それでも律儀に手続きをしようとする鎌田さんがあまりにも不憫過ぎて、私は胸が張り裂けそうになった。
たまたま鎌田さんが来館した時、赤沢はティールームにいたので、私は桃瀬に事情を説明して彼女をしばらくそこに引き留めておくよう頼んだ。まだ酒留さんの死を引きずって暗い表情でいる赤沢にまた思い出させるのは可哀相だったし、何より鎌田さんと彼女を会わせる事に良くない予感がしてならなかった。鎌田さんも特別、赤沢に面談を希望しなかったので、私と紅葉谷は慇懃に去り行く鎌田さんを見送り、その時点で我々フェリスタシオン迎賓館と鎌田さんの関係は完全に途切れたことになった。
それからしばらくして、酒留さんが亡くなって1カ月が経つ頃には赤沢もだいぶいつもの調子を取り戻し、周りのスタッフも敢えて鎌田さんの話題を避けているうちに、件の二人の事はすっかり記憶の中から風化していった。

「……ということだがな、紅葉谷チーフには引き続き赤沢君の様子をつぶさに観察してくれたまえ。申し訳ないが桃瀬君も頼んだよ」
私の話に黙って耳を傾けていた紅葉谷チーフが、ゆっくりと唾を嚥下してから口を開いた。
「支配人のご要望とあればそのとおりに致しますが……僭越ながら赤沢君はもう大丈夫なように感じるのですが。すみません」
紅葉谷の言うことはごもっともだと思った。担当のお客様が急死したプランナーの何を見張れというのか。常識で考えればどうにも的を射ない命令だろう。それでもこの場にいる全員があからさまに私の言葉に呆れないのは、薄々感づいているからだ。今の赤沢の状況が、約30年前の私にそっくりなのだと。そして、赤沢が私に似た種類のサービスマンなのだと。
「私としても要領を得ない事を頼んでいると思っている。だがな、君達が想像しているように私も赤沢君に対する不安が拭いきれないのだよ」
あの時、酒留さんの訃報を聞いて崩れ落ちた赤沢の両目が涙で濡れていた。そしてその瞳の奥に、不確かだが決意のような光を感じ取ったのだ。私が彼女の頭を掴みあげ「駄目だ」と叫ばずにいられなかったのは、きっと本能的な衝動からだろう。そして私の慟哭に対して見せた赤沢の怯えた表情。あれは恐怖からくる怯えではなく、本心を暴かれた怯えにも見えた。

「あっしもお嬢ちゃんは支配人に似たタイプだとは薄々思っていやした。ですがね、だからと言って支配人と同じように……失礼ですが、相方を失ったお客様に無理矢理寄り添うような真似をするようには思えねぇんでさぁ」
紫倉チーフも悩みに悩んだといった風に自分の意見を述べた。そしてさらに言葉を重ねる。
「そもそも、お嬢ちゃんはなんだってあそこまでお客様にのめり込み過ぎるような接客をするんですかい? こう言っちゃナニですが、あの子は支配人のように思慮深いわけでもなければ責任感が強いタイプでもない」
自分の内なるものすら掴めずにこんなことを言うのも何だが、確かにチーフが言う通り、赤沢が私のようにやり過ぎのサービスになってしまう動機がわからなかった。天性のもの、と一言で片付けてしまえばそれまでだが、そう断定するにはあまりに赤沢はポテンシャルが低すぎるし、常日頃の言動からはとてもじゃないが結び付かない。もっと別の原動力を胸に秘めている気がしてならない。
すると、それまで沈黙を守っていた桃瀬がおずおずと口を開いた。
「あの……これって今、話して良いことなのかは分かりませんが、ここだけの話ということで聞いてもらっていいですか?」
勿体ぶった前置きをつける桃瀬に無言で続きを促すと、彼女は一度唇を噛みしめてから語り出した。
「みっちゃん……赤沢さんのご両親って昔からあまり仲が良くないそうなんです。お母さんは会社を経営して独立してますけど、外に男の人を作ってめったに家へ帰ってこないそうですし、お父さんもお父さんで似たような感じで。お兄さんも今は仕事で長野に住んでいるからともかく一家バラバラな状態らしいです」
思いがけない内容に我々は桃瀬の話を聞きながら目を丸くする。
「みっちゃん、みんなの前では明るく振る舞ってますけど、本当は凄く寂しがり屋なんです。だからその反動なんだと思います、みっちゃんがお客様に対して過度に接するのは」
私の印象では、赤沢は陽気で子供で天真爛漫な普通の女性としか映っていなかった。だがその背景に暗い過去を背負っていたとは……。それが全てではないだろうが、赤沢の接客の動機を掴めた気がする。
では、私はなんだったのだろうか? と自問自答してみる。私はごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の生活を送ってきた。それでも「やり過ぎ」と言われるサービスをしてしまう原点を探ってみれば、美佳さんに行き当たる気がする。私が初めて担当を持ち、結婚式直前に相方を失った美佳さん。そんな彼女にヴァージンロードを歩かせたくて夫婦になった私達。
きっと私は、初めてのお客様である美佳さんに対して常軌を逸したサービスをしてしまったせいで、その後のお客様へも同等の気持ちで接しなければ失礼になってしまう、と思ったのだろう。私の初動は美佳さんにあったのかも知れない。
 そんなことを桃瀬の話を聞きながら考えてしまった。

腕を組んで沈痛な面持ちで黙り込んだ私達に、桃瀬はこれからが本題とばかりに「まだ、あるんです」と声を喉の奥から押し出した。
「今回、みっちゃんが鎌田さんと酒留さんに対してのめり込んだのには、わけがあるんです」
「わけ、と言うと?」
そこで一旦、桃瀬は息をつき苦痛に顔を歪めた。
「実は新郎の鎌田さんの家庭も幼い頃から一家バラバラで、みっちゃんと同じような境遇で育ったらしいんです。みっちゃん、自分に似たようなお客様には共感してしまうのか、普通のお客様以上に世話を焼きたがる傾向があって……」
そこから先は声にならなかった。桃瀬は喉を潤すように自分で淹れたハーブティーを飲もうとしたが、カップを握り締めた指が微かに震えていた。
人は似たような境遇や傷を持つ者同士、惹かれ合い寄り添いたがるという。誰だって他人に本当の自分を見て欲しいという願望を持っているだろうし、その反面、素の自分を拒絶されることを極端に恐れる。ならば自分に共感してくれそうな過去を持った人間を手近に置くのが一番良い。似た者同士が集まるのはごく自然なことなのだ。
だから存外口が固い桃瀬が我々に赤沢のプライベートを打ち明けてくれたのは、ある種の危険な匂いを感じ取っていたからだろう。特に桃瀬ほどフェリスタシオン迎賓館スタッフ全員の内部事情を知り尽くした人物はいない。今回の赤沢に対して見過ごし出来ないと以前から思っていたから、敢えて我々に打ち明けたのだ。
「もしも桃瀬君の言うことが的を射ているなら、赤沢君は鎌田さんに接触を図りたいと思うだろう。そして鎌田さんは……あの人はどう思うだろうか」
赤沢が一方的に鎌田さんの力になりたいと願うのは勝手だが、実際に鎌田さん自身がどう受け取るかによるだろう。最愛の人を失い喪が明けて間もなく、自分達が結婚式をしようとしていたスタッフがノコノコ顔を出す。人によっては憤慨されても仕方ないだろう。事実、私はあの時にボロボロだった美佳さんを更に混乱と絶望に叩き落としたのだ。
桃瀬は答えようもないという風に、首を横に振っただけだった。
「あ、あの……すみません、支配人。仮に、仮にですよ? 赤沢君が鎌田さんに会いに行ったとして、彼女は鎌田さんに何をしてあげたいのでしょうか?」
暗に言い辛い言葉を回避しながら紅葉谷が私に尋ねる。それは私も考えていたことだ。すると無駄な言い回しを嫌う江戸っ子気質の紫倉チーフがはっきりと言った。
「つまり、お嬢ちゃんも支配人みてぇに鎌田さんと結婚式を挙げる気か、ってぇことでさぁ」
私は胸が一度だけ大きく鼓動したのを感じた。儀式人として最大の禁忌を犯した私の部下が、よもや同じ罪を犯す可能性をはらんでいる。もしも本当に赤沢が間違った行為に及んだら、私は上司として彼女にどう処罰を下せばいいのだろう。
しかし、そんな不安を桃瀬があっさりと否定する。
「それはないと思います。こう言っては変ですけど、鎌田さんはそこまで結婚式に思い入れがあったように感じませんでした。酒留さんが凄くノリノリでそれに付き合っているというスタンスでしたから」
「そうか。……では結婚式どうのこうのという線はないわけだな?」
「恐らくは……」
それを聞いて少し胸をなで下ろす。そうだ。ただ私の前例があったせいで、どうしても悪い想像が膨らんでしまっただけなのだ。
「うむ。それでも赤沢君の性格上、楽観視は出来ない。私も気にかけておくが、紅葉谷チーフと桃瀬君も気にかけておいてくれたまえ」
「かしこまりました、すみません」
「はい。私も社外ではなるべくみっちゃんと一緒にいるようにします」

その日はそれだけで話を終えて、我々は通常の業務に戻ることにした。赤沢の見えない心の中にそんな闇を抱えていたとは思えなかった。そして鎌田さんの身辺事情にしてもそうだが、どうしても悪い方向に考えが行きがちになってしまう。それもこれも元を質せば私という最悪な前例があるせいだ。私と赤沢、鎌田さんと美佳さんとたまたま境遇が似ているだけで、私は赤沢ではないし、鎌田さんも美佳さんではない。時代も違えば性別も違う。今は不安が拭えなくても、これが二ヶ月、三ヶ月と時間が経つ度、徐々に風化していくだろう。良くも悪くも時間はたくさんの思いや記憶の密度を薄めてくれる。半年後には今の状況をとんだ杞憂だったとため息混じりにほくそ笑む日がくるだろう。
……そう、今回のことは杞憂だったと終わらせてしまいたかった。



一月も終え、サービス業界では閑古鳥が大活躍する二月を迎えた。もっとも当館、フェリスタシオン迎賓館も二月中は二件ほどしか結婚式の予定がなく、館内は穏やかな空気が流れていた。それでもプランナー達にしてみればちょうど今の時期が春の婚礼シーズンの新郎新婦の打ち合わせが大詰めで、にわかに慌ただしい毎日を送っていた。
最近では赤沢も以前のように塞ぎ込むこともなく、多忙に煽られながらいつもの彼女らしさを取り戻していた。休憩時間にはティールームでハーブティーを啜りながら高らかに笑ったり、事務所では上司の紅葉谷をからかって怒られたり、私も周りも鎌田さんの一件はすっかり記憶の端から零れていって、思い出すこともなくなった。
フェリスタシオン迎賓館はいつもの調子を取り戻していたのである。

そんなある日、私は普段のように事務所の自席で本社からのメールに返信を書いていた。経費削減の対策が芳しくないことをネチネチ遠回しに書かれたメールへの返信と、隣人の鬼神様の愚痴を朝から聞かされてうんざりしていると、事務所のドアが勢い良く開いた。
「おっはよーございま~す!」
無駄に元気の良い声を張り上げて出勤してきたのは赤沢だった。今日は夜にお客様と打ち合わせがあるため、遅番で出社してきたようだ。
身にまとったコートやマフラーを自分のデスクにポンポンと投げて、出勤簿に判子を押すため私の前を通っていく。
「支配人、おはようございま~す」
「はい、おはよう」
朝一の挨拶というのにどうも重みに欠ける。もう少し社会人らしい態度を身につけて欲しく指摘をしようとした時、赤沢が通り過ぎた後の異種な香りに鼻をくすぐられた。すぐにどこかで嗅いだ香りだかわかったが、私は首を傾げる。
「赤沢。お前、どこか体調が悪いのか?」
出勤簿に判子を押しながら、笑顔を浮かべて振り返る。
「へ? バリバリ元気っすよ。なんでっすか?」
聞かずとも様子を見れば馬鹿なくらい体調が良いのはわかったが、だから尚更不思議に思ったのだ。赤沢が身にまとった香りと観てくれに関連性が見いだせない。
「だってお前、病院の香りがし」
そこまで言って、私は口を噤んだ。心臓を冷たい何かでザラッと撫でられた感触がする。きっと目を見開いた私を最初は訝しく思っただろうが、すぐに真意に気付くと赤沢は笑顔をスッと引っ込めてバツが悪そうに視線を泳がせた。
途端に無口になった私達を何事かと眺める緑川。私は赤沢の顔をしばらく凝視した後、立ち上がり腕を取る。
「ちょっと、こっちに来い」
返事も聞かずにズイッと力づくで腕を引っ張られて戸惑う赤沢。けれど私は気にかけずにグイグイと彼女を引き連れて事務所から出て行った。突然の行動に珍しく口をポカンと開けて緑川が我々を見送った。

チャペルに入る前にあるロビーまで赤沢を引っ張っていくと、周りに誰もいないことを確認してから手を離した。少し力強く腕を握ってしまったせいか、赤沢のスーツにシワが寄っている。彼女は私に抗議するでもなく自分の腕をさすっている。顔を伏せて私の目を見ようとしない事が、私の嫌な予感が的中したのを裏付けていた。
「単刀直入に聞こう。お前、鎌田さんに会っているな?」
一瞬だけ体をピクリと震わせ、赤沢はなおも腕をさすっている。出来れば否定して欲しかったが、沈黙が質問を肯定していることを示していて、私は愕然としながら言葉を続けた。
「元気で医者にもかかっていないのに、お前からは病院独特の消毒液の匂いがした。それは医療関係の人間と長い時間、過ごした証拠。……鎌田さん、お医者さんだったな?」
私の問い掛けを初めは無視していた赤沢だったが、だんだんと重くなる空気に耐えかねたのか、自嘲気味に笑った。
「……支配人、鼻が良すぎっす。犬みたいっすね」
「サービスマンは視覚だけに頼らず、聴覚や嗅覚でもホール全体にいるお客様からの小さなサインに気付かなければいけない。紫倉チーフに教わらなかったか?」
「あぁ、聞いた気もします……」
それからしばらく沈黙が流れる。赤沢は手持ち無沙汰に腕をさすり、私は微動だにせず彼女をジッと睨み付けていた。

三分ほどそうしていただろう。年の功だからか、我慢出来なくなった赤沢の方が先に沈黙合戦を降りる。
「ダメなんすかっ!?」
途端に叫ぶ赤沢に怯まず、私も大きな声で返す。
「駄目に決まっているだろ! お前、自分で何をやっているのか分かっているのか!? 相手はお客様だぞ!」
「もうお客様じゃないっすもん! 鎌田さんは新郎さんじゃないっすもん!」
子供のように駄々をコネる赤沢を目の前に腹立たしさを感じる反面、私は薄ら哀しい感傷を抱いていた。
鎌田さんはもうお客様じゃない。私も30年前に赤沢と同じ言い訳で自分の過ちを正当化していた。……美佳さんはもうお客様じゃない、傷付いた一人の女性なのだ、と。
弱々しくも私に噛み付くように睨む赤沢。その両目にはうっすらと涙が滲んでいた。あぁ、この子も自分で痛いほど分かっているのだ。罪を犯しながらも求めずにはいられない本能に苦しんでいるのだ。

私は激した自分を諫めるように、小さく溜め息を吐くと壁に寄りかかる。
「……いつからだ。いつから鎌田さんと会っている?」
私の声色に合わせるように、赤沢も俯くとボソボソと答える。
「先月からっす……。酒留さんの喪が明けて、しばらくしてから……」
なんということだ。私達がティールームで赤沢についてあれこれ意見を交わしていたあの時には、既に鎌田さんと接触していたというのか。
「初めは、単なる弔問のつもりだったんです。酒留さんを亡くして、鎌田さん辛いだろうなって。私と話しでもすれば、少しでも気が紛れるかな、って。打ち合わせの時にあれだけ幸せだった時間があったこと思い出して、それが心の支えになればいいなって……」
これはデジャブだろうか? と思ってしまうくらい、目の前で沈痛そうにうなだれる赤沢が若い頃の自分そっくりで……。セリフをそのまま過去から持ってきたのかと不気味に感じた。
「鎌田さん、幼い頃からずっと一人で生活していて、だから早く独立出来るように、周りから認められるように、って頑張ってお医者さんになって。なのに酒留さんを失ってまた一人になっちゃって。あんまり可哀相過ぎて……」
赤沢の頬に一筋の涙が流れる。きっとこの子の事だ、こうなると半ば予想して鎌田さんへ会いに行ったのではないか。孤独の侘びしさを誰よりも知っていて、それを共鳴する相手がいて見過ごしに出来なかったのだろう。
「鎌田さんとは、そんなに会ってるのか?」
「……結構、頻繁に」
愚問だった。私でも察知出来るほど匂いが移る環境なら、決して浅い関係ではないはずだ。それはすなわち、鎌田さんも赤沢を受け入れてしまった事を意味する。
鎌田さんを責めるつもりはサラサラない。愛する人を結婚式直前に亡くしたというに、喪が明けて矢先に他の女性と関係を持つ、常識で考えれば倫理観が欠乏していると非難されても反論出来ないだろう。
だが、人間はそこまで強くないことも真理だ。最愛の人を失った寂しさとやるせなさを抱いたまま、毅然と振る舞っていられるほどに人間というものは強くない。
『もう……、一人はイヤなんです』
私とヴァージンロードを歩くことを承諾した時に言った、美佳さんの言葉だ。
あの人も決して弱い人間ではなかった。それでも一人では耐えられないほど孤独という魔物の影を恐れたのだ。

「支配人、私のしていることって、本当に悪いことなんですか?」
食いつくような眼差しで問い掛ける赤沢。私は逃げたい衝動に駆られながらも、目を反らさなかった。
「……」
「答えて下さい。私達がしていることは、悪いことなんですか?」
この質問はずるい。私がそんなことを尋ねられれば、否定するわけにいかないだろう。今の赤沢を否定すれば、過去の自分を否定することになる。そればかりか、美佳さんをも否定することに繋がるのだ。
それでも私は、この子の上司として、同じ罪を負った前科者として凛然と諭さなくてはならない。
「あぁ。お前は間違っている。そして、鎌田さんもだ」
もしもこの子が己の魂に巣くう欲望がために道を踏み外すそうとしていたその時は、全力で引き留めようと誓ったのだ。

驚いたように歯を食いしばる赤沢。その仲間に裏切られたような顔を私は真っ直ぐ見据えた。
「傷付いた人間が哀れで手を差し伸べる、それ自体は悪くない。しかしお前は一線を越えてしまった。行き過ぎたサービスはサービスとは言えない。それは単なる自己満足だ。お前達のやっていることは自己満足のなすりつけ合いだ」
「違います!私はただ鎌田さんの支えになりたくて!もう一度笑って、生きる希望を取り戻して欲しいんです!」
「そんなお節介がお前だけでなく鎌田さんをも新しい罪に巻き込んだのだ。いい加減、気付け? みんながみんな、誰でも理想の形で幸せになれるとは限らないんだ。時には救いのない状況でも一人で踏ん張って耐えなきゃいけないんだよ」
「最終的に幸せになれば罪じゃないっす!」
「無理やりねじ曲げた幸せの何が幸せか。今はいいがいずれは歪みが出来てさらに罪は重くのしかかってくるんだぞ? それが本当の幸せか? 仮初めの幸せなんて裏を返せば不幸だぞ」
「じゃあ支配人はなんでお客様と結婚したんすか! 自分のやったことは間違いじゃないって言うんですか! 今の私と昔の支配人、同じじゃないっすか!」
「間違いだと気付いたからこそ、こうやって言い聞かせている。お前は俺と同じ道を歩いてはいけない。頼むよ、赤沢。……お前はもう一人の俺にならないでくれ」
もう涙で顔がクシャクシャになりながらも叫び続ける赤沢を、懸命に宥めようと諭す私。赤沢は苦痛で心と体がバラバラに切り裂かれないように、か細い両腕で自らの体を抱き締めている。私だって同じ気持ちだった。赤沢を諭す言葉は、そのまま過去の自分を糾弾する鞭と化す。自らの魂を切り刻む感触に耐えかねて、今すぐにでも逃げ出したかった。
……頼むからもう、意地を張らないでくれ。

更新日 11月29日

「もうこれ以上、鎌田さんと会うのはよせ。自分でも分かっているだろ? 一緒にいたところでお前達は本当に幸せにはなれない」
悔しそうに息を荒く吐きながら涙する赤沢をなおも宥める。そうだ、今ならまだ引き返せる。この子も、鎌田さんもまだまだやり直せる若さだ。
しかし、そんな私の説得をぶち壊す言葉を、赤沢は声をつぶして言った。
「もう……遅いっすよ」
「何が、だ?」
「来月、鎌田さんは外国に行くんす。……私はそれに着いて行くんす」
その言葉を口にした瞬間、反射的に赤沢は身構えたので私はハッとした。気付けば私の右手は勢いに任せて振りかざされていた。追い込まれた小動物のように怯えながらも抗う眼差しを向ける赤沢。愕然と青ざめる私。なんという事か、私は部下の頬を叩こうとしていたのか……。
震える右手を左手で抑えつけ自責の念に駆られる私に、赤沢は吐き出すように言葉をぶつけてきた。
「もともと鎌田さんは学生時代にNPOの海外支援で貧しい国の医師団に参加してたらしいんす!今も誘いの便りがきてたんすけど、結婚するからって断ってて!でも酒留さんを失ったから行くって!ここには!日本には酒留さんとの楽しい思い出が多すぎるから辛いって!だから!だから……!……私が、傍に居てくれたら、心強いって……。一緒に来て欲しい、って……」
最後の方は全く言葉にならず、赤沢はとうとう泣き崩れてしまった。子供のようにわんわんと声を上げて泣く赤沢を、暗澹とした気持ちで見下ろす。似たもの同士の私と赤沢の間にある決定的な差に気付かされた。
--私は男で、赤沢は女。
私は美佳さんを引っ張っていったが、赤沢は鎌田さんに引っ張られていくのだ。

私はもうどうしていいのか分からず、ただ溜め息を吐くだけだった。そして、泣きじゃくる赤沢にたった一言
「勝手にしろ」
と言い捨てて、その場を去った。
背後から聞こえてくる赤沢の嗚咽が胸を締め付ける。やはり我々は、抗おうにもこうやって生きていくしかないのだ。呪われた魂を抱きながら、道を踏み外しながら歩いていくしか出来ないのだ。

久しぶりに、娘である美穂に会いたい郷愁が胸をさらっていく。あの子だけが、私が間違っていなかったと思える唯一の証だったから。



↓紫倉「黒助は時々プッツンになるから油断ならねぇ」
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06:36  |  儀式人の楽園  |  CM(5)  |  EDIT   このページの上へ

Comment

赤沢さん…なんだか大変!
支配人のカンって言うか、周りを見る目は凄いですね(驚)
この先どうなって行くのか心配です。
昨日、要人さんから聞いたと大学生の男の方が来てくれたんですれど、予約なしだったので出来ませんでした(涙) 今日の午後にでも来るかもと言っていたんですけど…来てくれたら嬉しいな。
夢 | 2009年11月27日(金) 09:59 | URL | コメント編集

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 | 2009年11月27日(金) 15:27 |  | コメント編集

>>夢さん
マーボーに言っちゃったんですか!?
あっちゃー!
でも彼は一番信頼をおけるアルバイトさんなんで構いませんが、
他の人には言っちゃ駄目ですよ。恥ずかしいですもん。
要人(かなめびと) | 2009年11月28日(土) 06:54 | URL | コメント編集

いやぁ~、彼は何だか話やすい感じでついつい…
でも恥ずかしがる事はないと思いますけど(汗)
鎌田さん、なんて言うか自分勝手のような気がするんですけど…赤沢さんを好きでそう言ってるんでしょうか?凄ぉ~く疑問です。
夢 | 2009年11月29日(日) 15:33 | URL | コメント編集

>>夢さん
確かにマーボーは話しやすいです。
いい奴なんですよ、本当に。

鎌田さんは自分勝手なように見えますが、人間なんてみんな自己中心的なんですよ。
赤沢のことは好きなはずです。
要人(かなめびと) | 2009年11月30日(月) 06:46 | URL | コメント編集

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