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2012'09.10 (Mon)

傲慢に書き綴ったル・ヴィアンディエ 第九章

深い酔いで気だるくなった瞼を開く。視界の外はまだ暗闇で、辺りはシンと静まり返っていた。
やたらと酒臭い自分の吐息に眉をしかめて身の周りを確認する。今にも崩れそうな安物の包丁研ぎ台に、藁を重ねて拵えたベッド。どうやら俺は自分の部屋に戻ってきたらしい。
それにしても記憶が定かでないのが薄気味悪いが、外で寝転がったままでなくて良かった。このプロヴァンスでも季節はもう冬に入っている。危うく風邪を引くところだった。
体にはしっかりと毛布が掛けられていた。その温もりにホッとしつつ、俺は背中に一際温かい何かを感じて首を傾げる。そっと手を這わせて確かめると、指先が柔らかいものに触れた。おやっ? と思いさらに弄る。プリンのように崩れそうな弾力。何だ、これは?
そして、首筋から聞こえる微かな呼吸で、俺はハッと気付いて身をすくめる。後ろにいるのはサリーじゃないか!
女性の肢体を無遠慮に触ってしまった恥じらいよりも、反射的に身の危険を感じて青冷める。サリーの腰に携えた三本のナイフが、鈍い光を放つ場面がブワッと目の前に広がった。
殺される! と恐怖で跳ね起きようとしたが、体が上手く動かない。腕と足を使って身を起こそうとしたが、何かに阻まれ身動きが利かない。あろうことか、サリーの腕がガッチリと俺の腰に巻き付いていた。
体が一気にパニック状態に陥る。俺に出来たことは、声を上げず体を硬直させるだけだった。無理に喚いて体を密着させた獣を起こしてはいけない。そう瞬時に判断出来た自分に、賞賛を送ってあげたい。
俺は早鐘を打つ心臓を無理矢理宥めながら、口を閉じて息を潜める。そして背後から洩れるサリーの寝息を聞きながら、冷静に状況判断を始めた。
たぶん先程、屋外でサリーと杯を酌み交わしているうちに、俺が酔いつぶれてしまったのだろう。そんな俺をベッドまで運び介抱をしているうちに自分も眠りに落ちてしまった、と。まぁ、こんなところだろう。
それはいいが、問題はこれからだ。このまま寝過ごし朝を迎えようものならどうなるだろうか。きっとこの馬鹿女のことだ。自分から俺のベッドに入ってきたにも関わらず、条件反射で切りかかるだろう。話しても聞き入れてもらえる自信がない。だってこの娘、馬鹿だもん。
俺の中にいくつかの選択肢が浮かぶ。
選択その一。今すぐ寝ているサリーを起こし、穏和に話を聞き入れて誤解をといてもらう。
……無理だ。今、自分で話を聞かない馬鹿な娘って言ったばっかりじゃん。死亡。
選択その二。サリーが起きないように、ゆっくりとベッドから抜ける。
……無理だ。有り得ないくらいの力で腰に抱きついている。ちょっとでも無理矢理に腕を外そうとしたら起きてしまう。死亡。
選択その三。この際、どのみち助からないならと男の野生を目覚めさせ、獣になって獣に立ち向かう。
……無理だ。そもそもそんな度胸なんかねえよ。死亡。
どのみちバッドエンドな四面楚歌状態に俺は頭を悩ませた。いやだ、こんなよく分からん中世ヨーロッパにタイムスリップして、女の子に切り刻まれるなんて。俺は心の中でもんどり打った。どうにかせねばとパニック状態な俺に対して、のんきにスヤスヤ寝息を立てるサリー。ちくしょう、無邪気な息遣いが死の宣告にすら聞こえる。
その時、サリーが僅かに寝返りをうった。ビクッと過剰に反応してしまった俺だが、サリーは目覚めるわけでもなく再び寝息を立てる。
途端のことで体の感覚が敏感になり、俺は背中に触れた二つの物体に気付いた。若干、隆起した二つの柔らかい何かが、さっきから俺の背中に押し付けられていた。サリーが身じろぎしたからだろうか。その感触がさらに生々しく俺に伝わってくる。
心臓がけたましく鳴り響く。命の危険に晒されたさっきまでとは、まったく違う種類の鼓動だ。背中に密着したそのマシュマロよりも弾力を持つ物体が、男としての性を目覚めさせる。
酒の匂いに混じって鼻腔をくすぐるサリー特有の甘い香りが、理性を崩していく。
どうせ死ぬなら……せめて最後なら、その感触をこの手で……。
俺の頭が、今まで生きてきた中で一番よこしまに葛藤を繰り返した。
悶々と悩んでいたその時、ふと部屋の中に漂う空気の流れが変わった。
不審に思い、目だけでさほど広くはない部屋の中を見渡す。すると、部屋の正面にある扉がゆっくりと音も立てずに開いた。
恐怖に心臓がドクンと躍る。暗がりの中から人影が三つ、素早く部屋の中に侵入してきたのが分かった。
俺は声も出せずに震えそうな体を必死に抑える。こんな夜中に音もなく部屋に入ってくる人間なんて絶対怪しいに決まっている。
その時、一番近くにいた人影が懐から、キラリときらめく刃物を取り出した。次いで後ろの二人も刃物を構える。
今まで味わったことのない恐怖が全身を駆け巡った。こいつら、確実に俺の命を狙っている!
固く目をつぶり掛けたその瞬間だった。一番前に出ていた人影が低い呻き声を上げてうずくまる。その脚にはいつの間にか小型のナイフが突き刺さっていた。そして俺の背後からのんびりとした声が聞こえてきた。
「今宵は、随分と大きいイタチが屋敷に紛れ込んだものだな。それも、三匹……」
途端に気配を変えた後ろに控えた二人が、うずくまった人影を荒々しく飛び越え襲い掛かる。俺は顔面を蒼白にして身を強ばらせると、体に被せてあった毛布がブワッと舞い上がった。
毛布が狼藉者の視界を塞ぐと同時に、俺の真上を疾風が駆け巡る。両手にナイフを携えたサリーが三人の人影に立ち向かった。
「この狼藉者共が! 我が愛刀の錆に変えてくれよう! もっとも毎日研いでいるから錆びんがな!」
一瞬の騒動だった。暗闇を人影がうごめいたと思うとバタバタ足音が遠退いていき、部屋の中央にはサリーだけが凛々しく立ち残っていた。
宙を舞っていた毛布がパサリと地面に落ちる。それと同時にサリーが、糸を切られたマリオネットのように倒れた。
「サリー! 大丈夫か! 返事をしろ!」
飛び跳ねてサリーに駆け寄り肩を抱く。俺の呼び掛けにサリーはうっすらと目を開き、口をパクパクと動かした。
「よ、酔いがまた回った……」
額を手で抑え深呼吸をするサリー。どうやら寝起きで急に動き回ったので、気分が悪くなったようだが、怪我などはなく無事らしい。俺は安堵の溜め息を吐いた。
「致命傷までは至らないが、全員に二太刀ずつは浴びせておいた。一人だけ良い動きをしていた奴がいたが、左腕を斬りつけておいた。これでしばらくは襲いに来ないだろう」
そして首を回し辺りを確認する。最初に放った小型のナイフが血を滴らせて落ちていた。
「良かった。私のペティナイフをちゃんと置いていってくれたようだ。これがないと野菜の皮むきが不便なのだ」
「何者なんだ、あいつ等は。西棟連中の一味か?」
「恐らくそうだろうな。まさか三人掛かりで襲ってくるとは思わなかったが、大した手練れじゃなくて助かった」
そう言ってサリーは不敵に笑みを浮かべた。
サリーの左手からナイフがこぼれ落ち、地面に乾いた音が響く。白魚のようなしなやかな指には、襲撃者の返り血で濡れていた。こんな可憐な女の子が俺のために、命を張ってまで守ってくれたのか……。
俺はサリーの手を両手で包み、額に押し抱いた。
「済まなかった、サリー。俺なんかのために身を危険に晒してまで……。本当に済まなかった」
サリーはホッと目を丸くすると、照れくさそうに小さく笑った。
「タイユヴァンからの命令だからな。それにこの程度、ゴキブリほいほいさ」
「……もしかして、お茶の子さいさいのつもりか?」
「あぁ、そうとも言うな」
顔を見合わせて低く笑い合う。ひとしきり笑うとサリーは身を起こし、地面に落ちていたナイフをしまい、毛布を拾った。
「まさか今夜はもう誰も襲ってこないだろう。済まないが私は寝させてもらうぞ。寝不足は美容の天敵だからな」
「あ、今の騒動で疲れただろう。どうかそちらのベッドを使ってくれ。俺は藁の方で充分だ」
するとサリーは少し考える素振りを見せ、言った。
「何だったら一緒に寝てもいいんだぞ?」
先ほど背中に感じた柔らかい感触を思い出し、俺は慌てて首を振った。
「い、いや! 遠慮するとしよう! こう見えても俺はジェントルマンだからな!」
するとサリーはニンマリと微笑んだ。
「それもそうだな。しかしさっきは危なかったな。危うくあの輩共より先に、私から息の根を止められるところだったぞ、ワタル?」
「……起きてらっしゃったのですか?」
背筋がゾクゾクと凍り付いた。
その時、屋敷のどこかで大きな悲鳴が聞こえてきた。弾かれるように扉を開け通路に出るサリー。そして耳をそば立てて静かに瞼を閉じた。
俺も恐る恐る、通路に出た。
「今の悲鳴はどこから?」
「たぶん、タイユヴァンの寝室の方向……」
その言葉を口にした瞬間、サリーは形相を変えて駆け出す。俺も急いで後を追った。
通路の突き当たりにある部屋の扉が開いていた。サリーがマエストロの名前を叫びながら部屋に足を踏み入れる。悲鳴に気付いた何人かが、俺を押し分けて中に入ってきた。
ベッドの上にナイフを握り締めたまま横たわるマエストロ。その体は全身が青く打撲の痕で腫れ上がっており、両腕が有り得ない方向へと曲がっていた。
「タイユヴァン! 大丈夫か! 返事をしろ!」
血の気が引いた顔をしたサリーが駆け寄り、マエストロの頬を叩く。何度目かの呼び掛けに、マエストロが低く声を洩らし反応した。サリーの顔がクシャクシャに崩れる。
「大丈夫か、タイユヴァン! 私の声が聞こえるか!」
「……あぁ、聞こえますとも。……しかし、しくじりました。やったのは、イエールです。癪なことに本人が自ら名乗って……」
「もういいから喋るな! 誰か、救急箱を! 包帯と人を呼べ!」
マエストロの寝室は一時騒然となった。『陽日の胃袋』の調理人が右往左往する中、サリーは肩を震わせて、ずっとマエストロの手を握り締めていた。

「うむ。全員揃ったな……」
体を起こしているのも辛いのか、マエストロは苦悶に顔を歪めながら一同を見渡した。
襲撃を受けたマエストロは何とか一命を取り留めたものの、両腕は複雑骨折していて、医師の診察では向こう二ヶ月は動けない様態らしい。
そんなマエストロが手当てを受けてすぐに、『陽日の胃袋』の五つ星以上を持つ調理人に召集を掛けた。
「サリー、お前もここにいてくれ」
退室しようとしたサリーを呼び止めたマエストロ。五つ星を持つ連中と同じ空間にいることに臆したのか、サリーは仕方なくすごすごと部屋の隅で待機した。
「さて……諸君等をここに呼んだのは、この事態に対する収拾を図るためではない」
「何を言う、タイユヴァン。俺はいい加減に我慢の限界だ。これは西棟からの宣戦布告だ。今こそ全員で立ち向かわなくてどうする」
ドレッシング担当のピーターがいきり立つ。それに続けて他の調理人達も鼻息を荒げた。
「もうやられっぱなしなんて御免だ! タイユヴァンがやられた以上、こっちもイエールの野郎の首を取ってやる!」
「下の連中も今回ばかりは制止しきれないぞ。いずれ我々がやらなくても個々で行動をおこすはずだ」
「まったくだ。こればかりはいくら私としても、右に受け流すわけにはいけない」
え、こいつも五つ星だったの?
今にも包丁やおたまを武器に、西棟へ乗り込まんばかりの調理人達。気を鎮めろといっても難しいだろう。何せ自分達の大将が負傷したのだから。
しかしマエストロは固く目を閉じ、首を横に振るだけだった。
「報復など一時の憤りに身を任せる愚行であり、得るものなど何一つ有りはしない。それよりも我々はもっと重要な事態に直面しているのだ。二週間後に開催されるシャルル王子が御来館なされる正餐を誰が取り仕切るか、だ」
あれだけ威勢の良かった調理人達の表情が一気に曇る。
「ご覧の通り私は前線で指揮を取るには難しい体になってしまった。この身に鞭打って厨房に立とうと全く使い物にはならないだろう。悔しい……口惜しいがそれでも我々は何としてでも、シャルル王子が満足される料理を食卓へ運ばなければならない。そこで、正餐の全指揮をワタル殿とサリーに執って欲しい」
「……は? 俺、達?」
突然の指名に度肝を抜かれる。サリーなどは驚きのあまり声にならないようだ。

更新日 9月15日

「ワタル殿の深い料理知識と度胸を見込んで是非ともお頼み申したい。この『陽日の胃袋』始まって以来の窮地を切り抜けるには、貴殿の力が必要なのだ。メニュー構成から調理スタイルまで、全て好きにしてもらっても構わない。私の指示で調理人達を全面的に協力させる。だから頼む。このとおりだ」
「ま、待てマエストロ。いくらなんでも急過ぎるし無茶だ。責任が重大だし、俺はそんな器じゃない」
「だからサリーの力を貴殿に託す。今まで誰の指示も受け入れきれなかったサリーを、そなたは手足のように扱ってのけた。最高のレシピ本に最強の包丁が組み合わされば、これ以上心強いことはない。頼む、我々に力を。我々を導いてくれ」
しどろもどろになる俺は、やり取りを黙って見守っていた調理人達に視線を向ける。どいつもこいつも、すがるような瞳で俺を見ていた。
そして部屋の隅にいるサリーに目を移す。あのいつもひょうひょうとしているサリーが、急な大抜擢に恐れをなして震えていた。
しかし視線だけで何かを俺に訴えかける。その瞳の奥に灯した小さな炎が、俺の心にも火を点けた。俺の中にある、調理人としてのプライドが赤々と燃え上がってきた。
唐突に与えられた特権に怖じ気づいて、躊躇したのは一瞬だけ。すぐに気持ちを立て直した自分を、今回ばかりは誉めてあげたい。
「マエストロ、俺もやるからには一切妥協はしない。貴様の部下たちはきちんとついて来られるのだろうな?」
ざわめく調理人達。マエストロは大きく目を見開くと、包帯で被われた腕を俺に差し出した。
「当然だ。我が『陽日の胃袋』の屈強な調理人達を、思う存分に使ってやってくれ」
俺はマエストロの手をがっしりと握り返す。取り巻きの調理人達にはそれがバトンタッチに写ったのだろう、意気揚々と俺の肩や背中に手を当てた。
俺は振り返り、目を爛々と輝かせるサリーに最初の指示を出した。
「聞いたか馬鹿女。これでお前はマエストロ公認で正式に俺の右腕になった。目一杯に暴れさせてやる。まずはその血が付いたナイフを研いでこい」
待ちきれんばかりに素早くナイフを引き抜くと、サリーは二本のナイフを胸の前で合わせた。
「アイアイサー!」
自分が目に見えない何かに試されているような不思議な感覚だ。きっとこういう境遇を人は運命とでも言うのだろう。ならば結構、受け入れてやろうじゃないか。
「なんとも頼もしい言葉だ、参謀長殿。どうか我らの命運を東邦の光で導いてくれ」
そう言ってベッドに体を横たわらせようとしたマエストロの手を、グッと引き寄せた。
「痛っ! 何をするか、ワタル殿!」
「おい豚、何を居眠りここうとしているのだ。早速料理メニューについて打ち合わせを始めるぞ」
「え、ちょ……。俺、怪我人なんだけど?」
思わず素に返るマエストロの鼻を指で弾く。
「そうだぞ、ワタル。タイユヴァンはご覧のとおり体を起こすだけでやっとの身。少しは労ってあげても」
「知ったことか。頭と口は動くのだろ? だったら寝ながらでもいいから参加しろ。なに、安心してくれ。死なない程度に働かせてやる。もっとも死んだとしてもチャーシューとして具材の一部にしてやるよ。それと給仕係の主な人間とワインを管理している連中も呼んでこい。今から話し合いをつけておかないと間に合わん」
途端に仕切り始めた俺に、マエストロをはじめ調理人達はスーッと顔を青ざめさせた。そんな弱気な連中に叱咤激励をする。
「なにせ俺は、過労死という言葉が存在するほど勤勉な国の出身だからな。任されたからには完璧にプロデュースをする。貴様等も向こう二週間は寝る暇などあると思うな。死ぬ気でついてきてもらおうか」
恐ろしいものを眺めるように調理人達は口々に、悪魔だの死神だのと囁き合っている。情けないことだ。上役の命令に眉をひそめているようでは、即刻リストラの対象だぞ。
自分の采配でコース料理のメニューを全てコーディネートする立場に就く。きっと現代の日本にいたら数十年は叶わない願いだったかもしれない。
頭の中では既にレシピ本が音を立ててページを舞い上げている。
さぁ、究極の料理達を生み出してみようか。



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